吉岡正晴のソウル・サーチン

ソウルを日々サーチンしている人のために~Daily since 2002


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○ラムゼイ・ルイスのジャズ・セミナー~ラムゼイ・ルイス語る(パート1)

【Ramsey Lewis Jazz Seminar: Ramsey Talks About History (Part 1 of 2 Parts)】

講義。

ジャズ・ピアニスト、ラムゼイ・ルイスが東京ブルーノートで2010年10月2日(土)、「ジャズ・セミナー」を行った。約1時間20分にわたって、司会者の質問に答え、最後に演奏を披露した。今回のセミナーは、ラムゼイ・ルイスのチケットを購入した人が先着で無料で入場できるという企画。司会者があらかじめ質問を用意し、その質問に答えた。この様子はUストリームで生中継され、ライヴ後はアーカイブとして録音が見られるようになっている。

ラムゼイ・ルイスは話し口調も静かでとても知的な印象。そのピアノの音色からも人柄がわかる。司会者兼通訳役の日本語がおぼつかなかったが、半分くらいはラムゼイが言っていたことを訳してたと思う。

この様子は、現在Uストリームで録画が見られる。



http://www.ustream.tv/recorded/9944156

用意された質問は、どのようにしてラムゼイ・ルイスさんはピアノを始めたか、教会で演奏を始めて学んだこと、その後、音大でクラシックを学んだことなど、大ヒット曲「ジ・イン・クラウド」誕生の話、アースのモーリス・ホワイトとの出会い、「サン・ゴッデス」誕生秘話(これはおもしろかった。司会者がこれを『太陽のめぐみ』(太陽の女神)と発音するので面白かった)、電子キーボード、エレクトリック機材について、ルイスが司会を担当するテレビ番組『レジェンド・オブ・ジャズ』について、今回ブルーノートで初演となる組曲が生まれた話、オーディエンスからの質問で、ピアノ・トリオへのこだわりについて、曲を作るとき何からインスピレーションを得るかなどについて。最後にちょっとだけソロでピアノ演奏を披露。最後の最後に、ほんのワンフレーズだけ「ジ・イン・クラウド」のリフを弾いた。質問→答え、質問→答えで、答えから次の質問は生まれず、記者会見のようだった。しかし、歴史を持ったアーティストの言葉は、どれもおもしろい。そのいくつかを。

ラムゼイ・ルイスの最大のヒット曲は「ジ・イン・クラウド」について。

「チェスにやってきて、たぶん17枚目くらいのアルバムを作っていたときだったと思う。12枚目くらいから、いつも、アルバムの中に1曲だけ、『シリアス(まじめな真剣なストレートなジャズ曲)じゃない遊びの曲』をいれるようにしていた。ただ楽しめる、ダンスが出来て遊べるような曲だ。アルバムのレコーディングはほぼ終わっていたが、そんな『ファン・ソング(遊びの曲)』をずっと探していた。地元のコーヒー・ショップに行ったときのこと。そこにジュークボックスがあった。顔見知りのウエイトレスと話をしていて、『曲を探してるんだ』というと、彼女が『これ、聞いてみてよ』と言って、ある曲をかけた。それが、ドビー・グレイというシンガーの『(アイム・イン・)ジ・イン・クラウド』という曲だった。私は聴いたことがなかったが、メンバーの二人(エルディー・ヤングとアイザック・ホールト)は知っていた。それでカヴァーすることにしたんだ」

「私たちは、そのとき、木曜・金曜・土曜に『ボヘミアン・キャヴァーンズ』というクラブで1日2セット演奏して、それを録音していた。最初の日のファースト・セットの最後。私たちはいつも、最後には『ファン・ソング(楽しい曲)』を演奏することにしていたんだが、『ジ・イン・クラウド』を演奏するのをほとんど忘れていた。すると、ドラマーのレッドホールトが、小さな声で『ジ・イン・クラウド』を忘れるなというので、やった。ところが、そのときの観客のリアクションがいつもとまったく違っていたんだ。歓声をあげ、手を叩き足を踏み鳴らし、すごい反応だった。そのライヴハウス『ボヘミアン・キャヴァーンズ』は、ハードコアなジャズ・クラブで、たとえば、ジョン・コルトレーンやジョニー・グリフィン、セロニアス・モンクなどが出ていたので、『ジ・イン・クラウド』のような曲をやっても、彼らが気に入ってくれるかどうかさえわからなかった。だから、なぜかはわからないが、この曲で観客が踊りだしたりする強烈な反応に驚いた。毎日、毎回、素晴らしい反応を得た。今でさえ、確かにアルバムとしてはいいアルバムだとは思う。だが、あそこまでの大ヒットになるとは、その理由はいまだにわからない」

「アルバムは1965年の5月ごろリリースされたと思う。私たちがミシガン州デトロイトにいたときのことだ。チェス・レコードのオウナー、レオナード・チェスから電話がかかってきた。『どうやら、君たちはヒット・レコードをだしたようだ』とね。その時点で私たちは17枚のアルバムをだしていたので、『なんでいまさら、そんなことを言うんだろう』と怪訝(けげん)に思った。レナードが、言うには、アルバムの中にはいっている『ジ・イン・クラウド』を目当てにみんながレコード店にやってくるんだ、と。そういわれても、私はよくその意味がわからなかった。秋、9月か10月か11月あたりか、セールスが爆発的になってヒット・レコードを持ったって確信した」

モーリス・ホワイトとの出会い。

「モーリス・ホワイトはもともとチェス・レコードのスタッフ・ドラマーだった。当時のレコード会社は、自社アーティスト、シンガーのレコードを作るとき用に、スタッフとしてドラマーや他のミュージシャンを雇っていた。だから、モーリス・ホワイトはいつでもスタジオにいた。プロデューサーに頼まれればいつでもレコーディングしたわけだからね。そうして、私は彼と知り合うようになった。彼のこと知るようになると、彼は実に謙虚で、とても静かでとても礼儀正しい若い男だということがわかった。それに、とてもquestionable(疑問の残る、問題のあるという意味もある。だが、ラムゼイは質問をたくさんする男、という意味でこの言葉を使った。そこですぐに言い直した)な男だった。いや、正確に言うと、質問好きな男でね。(笑) たくさんの質問を私にしてきた。あなたは音楽出版社を持っているが、それは何をする会社なのか、とか、あなたにはマネージャーがいる、マネージャーというのは何をする人間なのか、とか。あなたには、ブッキング・エージェントというのがいるが、これは何なんだ、とか。そこで私は彼に尋ねた。『なんで君はそんなに質問ばっかりするんだね』と。すると、モーリスは答えた。『さあ、何でだろう。僕はただ、知りたいだけなんだ』とね。そうして、私の最初のトリオが解散し、ドラマーが必要になった。そこで彼にメンバーになってくれないかと誘うと、もちろん、と言って、(トリオの)メンバーになってくれたんだ。(メンバーになってからも)彼は依然とても静かな男だった。だが、プレイするとなると、炎が散るほどのものになったんだ。それもものすごい炎だ。ところが、演奏の最後にオーディエンスにおじぎをするときになると、彼はドラムスのシンバルの陰に隠れて、照れているんだな。そこでシンバルの位置が高いと思ったので、そのシンバルの位置を少し低くした。そうすれば、彼が座っていても、お客さんが彼のことを見えるからね」

「それから彼は3年ほど、ラムゼイ・ルイス・トリオにいたと思うが、あるとき、こう言ってきた。あと半年くらいで自分のバンドを作るんでこのトリオを辞めたいんだ、と。私は、『それは、すばらしい、すばらしい』と言い、『どんなバンドなんだ』と尋ねた。私はきっと彼がジャズのトリオか、グループ、カルテットかクインテットでも作ると思ったんだ。ところが彼は違うという。『我々のグループは、歌って、踊って、マジックもやって、ホーンセクションもいて、すごいことをなんでもやるんだ』と。私は、『ちょっと頭を冷やして、休め』と思った。彼はソニー・スティットや多くの素晴らしいジャズ・ミュージシャンと一緒にやってきてるんだから、そんな感じのグループができるはずだと思った。だから、彼の構想を聞いて、ものすごく驚いた。彼は言った。『ちがう、ちがう、僕のグループはR&Bをやったり、ポップをやったり、それにジャズの要素も加えるんだ』そして、後はご存知の通り、彼のグループは大変な成功を収めるわけだ」

こういう昔話は、本当に、生の情報で貴重だ。楽しい。そして、素晴らしい。

(この項つづく)(Cont'd to Part 2)

ENT>EVENT>Jazz Seminar>Lewis, Ramsey
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