吉岡正晴のソウル・サーチン

ソウルを日々サーチンしている人のために~Daily since 2002


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◎テディー・ペンダーグラス死去:フィリーのメッセージをのせて

【Teddy Pendergrass : Yesterday I Had The Blues】

メッセージ。

フィラデルフィア・ソウルの隆盛を支えたソウル・シンガーの1人、テディー・ペンダーグラスが2010年1月13日、フィラデルフィア郊外のブリン・マー病院(Bryn Mawr Hospital)で死去した。59歳。2009年8月に大腸がんの手術をし、以来入院していたが、術後の回復が思わしくなく力尽きた。

いわゆる「フィラデルフィア・ソウル(略してフィリー・ソウル)」は、1970年代初期から、同地のプロデューサー、アーティストたちによって大きな動きとなった。これを牽引したのが、ケニー・ギャンブル&リオン・ハフやトム・ベルといったプロデューサーたち。テディー・ペンダーグラスは、このギャンブル&ハフの音楽制作作品の中でも、オージェイズとともに、車の両輪となった。オージェイズのリード、エディー・リヴァートが圧倒的なシャウト唱法で熱く暑く歌うのに対し、テディー・ペンダーグラスは同じシャウトでも、抑制の効いたクールでセクシーな面を全面に押し出した。ギャンブル&ハフは、「音楽にはメッセージがある(There's A Message In The Music)」というキャッチフレーズで同レーベルを大きくしていったが、そのメッセージの伝達者として、テディーはエディーとともに重要な役割を果たした。

テディーが歌ったメッセージ・ソングとしては「ウェイク・アップ・エヴリバディー」が白眉。みんなに「世界はかつてとは劇的に変わっている。後ろ向きに考えるのではなく、前向きに考えよう。この混迷の世界の中で、目を覚ませ」と歌う。

「ウェイク・アップ・エヴリバディー」」(値段が今は高いので、オリジナル盤を望まなければ、エッセンシャル他ベストに必ずはいってます)
ウェイク・アップ・エヴリボディ!


星。

テディー・ペンダーグラスは、1950年3月26日、フィラデルフィア生まれ。セオドーア・デリーズ・ペンダーグラス。愛称テディー・ペンダーグラス。(母親はサウス・キャロライナ州出身。テディーも生まれはサウス・キャロライナという説もある。公式バイオではフィラデルフィア生まれ) 地元の教会で歌い始め、説教などもするようになった。その後、ドラマーとして活動していたが、1960年代後期に、1950年代から活動を続けていたフィラデルフィアの名門R&Bヴォーカル・グループ、ハロルド・メルヴィン&ザ・ブルーノーツに加入。ここでリーダーのハロルド・メルヴィンに、歌を勧められヴォーカルに転向。

同グループは1972年、同地の有力プロデューサー、ケニー・ギャンブル&リオン・ハフがスタートさせた「フィラデルフィア・インターナショナル・レコード(略してPIR)」と契約。1972年5月、PIRからのデビュー曲「アイ・ミス・ユー」をリリース、これがソウル・チャートで7位を記録する幸先の良いヒットとなった。以降、「イフ・ユー・ドント・ノウ・ミー・バイ・ナウ(二人の絆)」(1972年10月からヒット、ソウル・チャートで1位、ポップで3位=ゴールド・ディスク)、「ザ・ラヴ・アイ・ロスト」(1973年9月、ソウルで1位、ポップ7位=ゴールド・ディスク)、「バッド・ラック」(1975年3月、ソウルで4位)、「ホープ・ザット・ウィ・キャン・トゥゲザー・ビー・スーン」(1975年6月、ソウルで1位)、「ウェイク・アップ・エヴリバディー」(1975年11月、ソウルで1位)など多数のヒットを放った。いずれも、テディーのハスキーで迫力のあるヴォーカルが最大の魅力となった曲だった。

テディーは1976年、グループを脱退、ソロ・シンガーへ転向。1977年4月にソロ第1弾シングル「アイ・ドント・ラヴ・ユー・エニモア」をリリース、ソウル・チャートで5位を記録し、ソロとしても着実な成功を収め始めた。ソロとしては「クロース・ザ・ドア」(1978年5月、ソウル1位)、「ターン・オフ・ザ・ライツ」(1979年6月、ソウル2位)、「カム・ゴー・ウィズ・ミー」(1979円9月、ソウル14位)と大ヒットが続き、まさにフィリーの星となった。

テディーは、セクシーなソウル・シンガーとして、「セックス・シンボル」のポジションを確立し、「フォー・ウーマンズ・オンリー」という女性だけのコンサートを開き、女性ファンの心を掴んだ。一時期人気の低迷していたマーヴィン・ゲイの後釜としても注目された。セクシーぶりが人気でライヴでは、女性の下着がステージに投げつけられることもあった。テディー作品は、歌詞の面で直接的な単語でセックスを歌うというよりも、間接的な表現でエロティシズムを醸し出していたところに「品(クラス)」があった。

日本ではソウル好きの志村けんがテレビで「ヒゲダンス」を生み出し、そのBGMにテディー・ペンダーグラスの「ドゥー・ミー」を起用。1979年、この曲は「ヒゲダンス」の曲として知られるようになった。

しかし、1982年3月18日、フィラデルフィアで自身が運転するロールス・ロイスが事故を起こし路肩の木に激突、瀕死の重傷を負い命は助かるものの、下半身不随になってしまった。その後は車椅子での生活をするようになったが、歌手活動は続け、1984年、PIRからエレクトラ/アサイラムへ移籍。約8年間在籍。

移籍第1弾アルバム『ラヴ・ランゲージ』では、当時無名だった女性シンガーをデュエットの相手に抜擢し、「ホールド・ミー」という曲を1984年6月からヒットさせた。その相手が翌年メジャー・デビューするホイットニー・ヒューストンだった。これに続いてルーサー・ヴァンドロスがプロデュースした「ユーアー・マイ・チョイス」もヒット。1985年7月13日、『ライヴ・エイド』のフィラデルフィアJFKスタジアムでのライヴでアシュフォード&シンプソンに付き添われ、車椅子で登場。彼らとともに「リーチ・アウト&タッチ」を歌い、数万人の観衆から大きな喝采を集めた。

『ライヴ・エイド』(DVD輸入盤、リージョン1だが、再生でき、一応日本語字幕あり)
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その後、1988年にはキャロウェイのプロデュースによる「ジョイ」、1991年には「イット・シュドヴ・ビーン・ユー」がブラック・チャートで1位を記録するなどコンスタントにヒットを放った。

サンプリング。

彼のフィラデルフィア時代の作品は、カニエ・ウェスト、トゥイスタら新しいヒップホップ系アーティストにもサンプリングされたり、また「イフ・ユー・ドント・ノウ・ミー・バイ・ナウ」は、シンプリー・レッド、パティー・ラベルなどもカヴァーしている。

また、テディーは一時期マーヴィン・ゲイの妻となるジャニス・ハンターとつきあっていた。マーヴィンの自伝『引き裂かれたソウル~マーヴィン・ゲイ物語』の中で、妻のジャニスがテディーの元に行ってしまう苦悩が描かれている。

テディーの作品をPIRでプロデュースしたケニー・ギャンブルは、1月14日、こう語った。「彼はおよそ10枚連続でプラチナム・アルバムを出した大変成功したレコーディング・アーティスト、パフォーミング・アーティストだ。輝かしい未来があったが、事故ですべて頓挫してしまった。だが(車椅子のシンガーとなって)彼は新たなアイデンティティとしてのロールモデルを見つけたのだ。彼は私に対しては、一度も事故について怒りを見せたことはなかった。事実彼はとても勇敢だった。彼はパワフルな声を持った本当に磁力のあるシンガーだった。彼は素晴らしいバリトン・シンガーであり、本当に滑らかな歌唱も見せ、そして荒削りな唱法も出来た」

テディーは1979年から1994年までにグラミー賞に5回ノミネートされたが、残念ながら受賞には至っていない。また、自身車椅子の生活になったが、脊髄を損傷した半身不随の人々のために「テディー・ペンダーグラス・アライアンス」という協会を作り、支援している。

2007年3月、事故からちょうど25周年を記念し、テディーはチャリティー・イヴェントに登場。そこで集めた資金を、同協会に寄付した。公のステージに上がったのは、これが最後らしい。

ギャンブルは言う。「静かな時を過ごす中で、彼はきっと多くの内省、熟考をしただろう。だが私は彼が一度も自身を哀れんだことは見たことがない。いつも忙しそうにしていた。そして、今、彼はもはや痛みを感じたり、悩んだりすることはない。(今までもよりも)良いところにいるんではないだろうか」

テディー・ペンダーグラスのオフィシャル・パブリック・ヴューイングは2010年1月22日(金)午前10時から、Enon Tabernacle Baptist Church : 2800 West Cheltenham Avenue, Philadelphia, PA 19150 で行われる。葬儀は同教会で翌日。

■ エッセンシャル(輸入盤)

The Essential Teddy Pendergrass
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■ 関係記事
2010年01月14日(木)
テディー・ペンダーグラス『トゥルーリー・ブレスド』ライナーノーツ 復刻
http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20100114.html
1990年リリースの『トゥルーリー・ブレスド』のライナーノーツ。

OBITUARITY>Pendergrass, Teddy (March 26, 1950 - January 13, 2010, 59 year old)
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