バトン、受け取りました。 | 早朝バズーカで起こされて

バトン、受け取りました。

マイミクからの、ではなく。
じいちゃん、からの。



祖父が、きのう、しにました。



亡くなったという言葉は、
ぼくの、じいちゃんの、いまの、いままでの、
ことを考えると、とても他人行儀な言葉に聞こえるので
あえてしんだと言います。



じいちゃんが、きのう、しんだ。



大正生まれ。
89歳。
病名らしい病名はなく、老衰、で、逝きました。



おやじから、「だいぶ血圧が下がってきた」と
電話を受けたのが、きのうの19時すぎ。
「10分前に亡くなった」と
電話を受けたのが20時。
混乱。
仕事残りまくりで、
先輩にとんでもなく迷惑をかけつつもろもろ引継ぎ、
急いで病院へ。



暗い廊下のベンチシート。
父、母、祖母、叔父、兄、が座っている。
家族はもう、僕以外全員揃っていた。

「じいちゃんは?」
「いま、処置してるから。ちょっと待ってて。」
「会えないの?」
「もうすぐ終わるみたいだから。」

時折、他愛もない会話をする、僕以外の5人。
押し黙る僕。



数分後、看護士さんに呼ばれる。
じいちゃんのいる部屋へ。
廊下がたわむ。意識が回転する。



しずかに、じいちゃんが、いた。

肌が、つやつや、している。
頬は、急角度で、落ち込んでいる。

ねむっている。

ねむっているよ。

ねむっているんだろ?



「きれいな顔してるなー。しんだなんて思えないな。」
兄貴がいう。

「おじいさん、こうへいが来たよ、わかる?」
ばあちゃんが、泣きながらいう。



落ち込んだ頬。
シワだらけの首筋。
少なくなった頭髪。
硬い眉毛。
薄い唇。
それらと不釣合いなほどつやつやした肌。



人生を重ねてきた重みや強さや苦しみや自尊心が、
じいちゃんの顔にみなぎっていた。

働いて、
戦争に行って、
妻をしかり、
子をしかり、
働いて、
働いて、
働いて、
孫をしかって、
孫をかわいがったじいちゃん。

涙はとまらないけど、その顔は、とても強く、美しいと思った。
すべてを出し切った、と、深く落ち込んだ頬が、語っていた。



霊安室へ。

行く途中、おふくろが、むせび泣く。

おふくろからすると、じいちゃんは義理の父親。
嫁に入ったことで、
色々と大変なことがあったと思う。
だからこそ、その泣いてる姿は、
ちょっと、やばすぎた。泣けすぎた。



霊安室。

しきりに鼻をかむ叔父さん。
じいちゃんに語りかけるばあちゃん。
うつむく兄貴。
見回すおやじ。
鼻水だらだらのぼく。



「おじいちゃんね、お母さんがまだ働いてたとき、
こうへいの幼稚園のお迎えに行ってくれたりしたんだよ。
とってもね、やさしくしてくれたんだよ。」
そう言って泣くおふくろ。



じいちゃんの顔をながめながら、
思う。
家族をつくってきた、偉大さ。重み。
一人ひとりの人間を、
こんなにも悲しくさせる、存在の大きさ。
すごいことだ。



葬儀屋の方々が見えて、
じいちゃんをクルマにのせる。

見守る6人。見守られるじいちゃん。

あ、家族全員が揃ったのって、久しぶりだな。
ふと思う。

家族全員が揃う、というのは、
とても幸せな感じがする。

はは。
じいちゃん。
じいちゃんからの、メッセージなんだよね?きっと。



翌日。
実家に運ばれたじいちゃん。

「家に帰りたい」
と、年末に、
声をふりしぼって、言っていたじいちゃん。

じいちゃん、帰ってこれたよ。
よかったね、じいちゃん。
じいちゃんが工夫して
作りまくった家具のある
じいちゃんとばあちゃんの部屋に、
帰ってきたよ、じいちゃん。



葬儀屋の方が処置をしてくれたので、
じいちゃんは昨日よりも元気な顔をしている。
唇には、うっすらと口紅のようなものも塗っているらしい。
頬も、落ち込んでいない。

だけど、ぼくは、昨晩の、
頬が落ち込んだじいちゃんの方が、
100倍美しく思える。

じいちゃんの歴史を、
なんだか踏みにじられたような気がした。



お客様が次々とやってくる。
近所の方。
むかし近所にいた方。
親戚。

「おじさんに、とってもよくしてくれて・・」
「おじいさん、やさしかったものね」
「働きづめだったよね」
「よくがんばったね」

いろいろな人が、
いろいろなじいちゃんを知っている。
いろいろなじいちゃんを知るたびに、泣けてくる。



自分にお金なんて全然使わない。
物は壊れたら直す。工夫して使う。自分で作る。
近所に住むひとたちを思いやる。

誠実な人生の偉大さを、ここでも感じる。



ひとしきりお客様もいなくなり、
一息つく家族。
ぼくは庭へ。

すごい。
小さいころは何とも思わなかったけど、
なにこれ、なにこの空間デザイン。
すごい。

ばあちゃんが横に立つ。
「おじいさん、花とか好きだったから。」
「今はおばあちゃんが手入れしてんの。」
「祭壇も、たくさんの花でうめるのよ。」

じいちゃんが大切にしたものは、
今も確実に生きている。



さいごに、昼間のこと。

相変わらず涙が落ちるぼく。
じいちゃんの額に、ふと手を触れてみた。

冷たい。
いや、冷ややかだ。
火照ったぼくには、その冷ややかさが
とても心地いいものに感じられる。

その冷ややかさが、ぼくに語りかける。

「こうちゃん、ほら、気持ちいいだろ。」
「こうちゃん、ほら、泣いてる場合じゃないよ。」
「こうちゃん、ほら、前に進まないと。」



ひとはしんでも終わらない。
だって、確実に誰かの心にくさびを打つんだもの。



じいちゃん、バトン、受け取ったよ。

走ってくらぁ。