バトン、受け取りました。
マイミクからの、ではなく。
じいちゃん、からの。
*
祖父が、きのう、しにました。
*
亡くなったという言葉は、
ぼくの、じいちゃんの、いまの、いままでの、
ことを考えると、とても他人行儀な言葉に聞こえるので
あえてしんだと言います。
*
じいちゃんが、きのう、しんだ。
*
大正生まれ。
89歳。
病名らしい病名はなく、老衰、で、逝きました。
*
おやじから、「だいぶ血圧が下がってきた」と
電話を受けたのが、きのうの19時すぎ。
「10分前に亡くなった」と
電話を受けたのが20時。
混乱。
仕事残りまくりで、
先輩にとんでもなく迷惑をかけつつもろもろ引継ぎ、
急いで病院へ。
*
暗い廊下のベンチシート。
父、母、祖母、叔父、兄、が座っている。
家族はもう、僕以外全員揃っていた。
「じいちゃんは?」
「いま、処置してるから。ちょっと待ってて。」
「会えないの?」
「もうすぐ終わるみたいだから。」
時折、他愛もない会話をする、僕以外の5人。
押し黙る僕。
*
数分後、看護士さんに呼ばれる。
じいちゃんのいる部屋へ。
廊下がたわむ。意識が回転する。
*
しずかに、じいちゃんが、いた。
肌が、つやつや、している。
頬は、急角度で、落ち込んでいる。
ねむっている。
ねむっているよ。
ねむっているんだろ?
*
「きれいな顔してるなー。しんだなんて思えないな。」
兄貴がいう。
「おじいさん、こうへいが来たよ、わかる?」
ばあちゃんが、泣きながらいう。
*
落ち込んだ頬。
シワだらけの首筋。
少なくなった頭髪。
硬い眉毛。
薄い唇。
それらと不釣合いなほどつやつやした肌。
*
人生を重ねてきた重みや強さや苦しみや自尊心が、
じいちゃんの顔にみなぎっていた。
働いて、
戦争に行って、
妻をしかり、
子をしかり、
働いて、
働いて、
働いて、
孫をしかって、
孫をかわいがったじいちゃん。
涙はとまらないけど、その顔は、とても強く、美しいと思った。
すべてを出し切った、と、深く落ち込んだ頬が、語っていた。
*
霊安室へ。
行く途中、おふくろが、むせび泣く。
おふくろからすると、じいちゃんは義理の父親。
嫁に入ったことで、
色々と大変なことがあったと思う。
だからこそ、その泣いてる姿は、
ちょっと、やばすぎた。泣けすぎた。
*
霊安室。
しきりに鼻をかむ叔父さん。
じいちゃんに語りかけるばあちゃん。
うつむく兄貴。
見回すおやじ。
鼻水だらだらのぼく。
*
「おじいちゃんね、お母さんがまだ働いてたとき、
こうへいの幼稚園のお迎えに行ってくれたりしたんだよ。
とってもね、やさしくしてくれたんだよ。」
そう言って泣くおふくろ。
*
じいちゃんの顔をながめながら、
思う。
家族をつくってきた、偉大さ。重み。
一人ひとりの人間を、
こんなにも悲しくさせる、存在の大きさ。
すごいことだ。
*
葬儀屋の方々が見えて、
じいちゃんをクルマにのせる。
見守る6人。見守られるじいちゃん。
あ、家族全員が揃ったのって、久しぶりだな。
ふと思う。
家族全員が揃う、というのは、
とても幸せな感じがする。
はは。
じいちゃん。
じいちゃんからの、メッセージなんだよね?きっと。
*
翌日。
実家に運ばれたじいちゃん。
「家に帰りたい」
と、年末に、
声をふりしぼって、言っていたじいちゃん。
じいちゃん、帰ってこれたよ。
よかったね、じいちゃん。
じいちゃんが工夫して
作りまくった家具のある
じいちゃんとばあちゃんの部屋に、
帰ってきたよ、じいちゃん。
*
葬儀屋の方が処置をしてくれたので、
じいちゃんは昨日よりも元気な顔をしている。
唇には、うっすらと口紅のようなものも塗っているらしい。
頬も、落ち込んでいない。
だけど、ぼくは、昨晩の、
頬が落ち込んだじいちゃんの方が、
100倍美しく思える。
じいちゃんの歴史を、
なんだか踏みにじられたような気がした。
*
お客様が次々とやってくる。
近所の方。
むかし近所にいた方。
親戚。
「おじさんに、とってもよくしてくれて・・」
「おじいさん、やさしかったものね」
「働きづめだったよね」
「よくがんばったね」
いろいろな人が、
いろいろなじいちゃんを知っている。
いろいろなじいちゃんを知るたびに、泣けてくる。
*
自分にお金なんて全然使わない。
物は壊れたら直す。工夫して使う。自分で作る。
近所に住むひとたちを思いやる。
誠実な人生の偉大さを、ここでも感じる。
*
ひとしきりお客様もいなくなり、
一息つく家族。
ぼくは庭へ。
すごい。
小さいころは何とも思わなかったけど、
なにこれ、なにこの空間デザイン。
すごい。
ばあちゃんが横に立つ。
「おじいさん、花とか好きだったから。」
「今はおばあちゃんが手入れしてんの。」
「祭壇も、たくさんの花でうめるのよ。」
じいちゃんが大切にしたものは、
今も確実に生きている。
*
さいごに、昼間のこと。
相変わらず涙が落ちるぼく。
じいちゃんの額に、ふと手を触れてみた。
冷たい。
いや、冷ややかだ。
火照ったぼくには、その冷ややかさが
とても心地いいものに感じられる。
その冷ややかさが、ぼくに語りかける。
「こうちゃん、ほら、気持ちいいだろ。」
「こうちゃん、ほら、泣いてる場合じゃないよ。」
「こうちゃん、ほら、前に進まないと。」
*
ひとはしんでも終わらない。
だって、確実に誰かの心にくさびを打つんだもの。
*
じいちゃん、バトン、受け取ったよ。
走ってくらぁ。
じいちゃん、からの。
*
祖父が、きのう、しにました。
*
亡くなったという言葉は、
ぼくの、じいちゃんの、いまの、いままでの、
ことを考えると、とても他人行儀な言葉に聞こえるので
あえてしんだと言います。
*
じいちゃんが、きのう、しんだ。
*
大正生まれ。
89歳。
病名らしい病名はなく、老衰、で、逝きました。
*
おやじから、「だいぶ血圧が下がってきた」と
電話を受けたのが、きのうの19時すぎ。
「10分前に亡くなった」と
電話を受けたのが20時。
混乱。
仕事残りまくりで、
先輩にとんでもなく迷惑をかけつつもろもろ引継ぎ、
急いで病院へ。
*
暗い廊下のベンチシート。
父、母、祖母、叔父、兄、が座っている。
家族はもう、僕以外全員揃っていた。
「じいちゃんは?」
「いま、処置してるから。ちょっと待ってて。」
「会えないの?」
「もうすぐ終わるみたいだから。」
時折、他愛もない会話をする、僕以外の5人。
押し黙る僕。
*
数分後、看護士さんに呼ばれる。
じいちゃんのいる部屋へ。
廊下がたわむ。意識が回転する。
*
しずかに、じいちゃんが、いた。
肌が、つやつや、している。
頬は、急角度で、落ち込んでいる。
ねむっている。
ねむっているよ。
ねむっているんだろ?
*
「きれいな顔してるなー。しんだなんて思えないな。」
兄貴がいう。
「おじいさん、こうへいが来たよ、わかる?」
ばあちゃんが、泣きながらいう。
*
落ち込んだ頬。
シワだらけの首筋。
少なくなった頭髪。
硬い眉毛。
薄い唇。
それらと不釣合いなほどつやつやした肌。
*
人生を重ねてきた重みや強さや苦しみや自尊心が、
じいちゃんの顔にみなぎっていた。
働いて、
戦争に行って、
妻をしかり、
子をしかり、
働いて、
働いて、
働いて、
孫をしかって、
孫をかわいがったじいちゃん。
涙はとまらないけど、その顔は、とても強く、美しいと思った。
すべてを出し切った、と、深く落ち込んだ頬が、語っていた。
*
霊安室へ。
行く途中、おふくろが、むせび泣く。
おふくろからすると、じいちゃんは義理の父親。
嫁に入ったことで、
色々と大変なことがあったと思う。
だからこそ、その泣いてる姿は、
ちょっと、やばすぎた。泣けすぎた。
*
霊安室。
しきりに鼻をかむ叔父さん。
じいちゃんに語りかけるばあちゃん。
うつむく兄貴。
見回すおやじ。
鼻水だらだらのぼく。
*
「おじいちゃんね、お母さんがまだ働いてたとき、
こうへいの幼稚園のお迎えに行ってくれたりしたんだよ。
とってもね、やさしくしてくれたんだよ。」
そう言って泣くおふくろ。
*
じいちゃんの顔をながめながら、
思う。
家族をつくってきた、偉大さ。重み。
一人ひとりの人間を、
こんなにも悲しくさせる、存在の大きさ。
すごいことだ。
*
葬儀屋の方々が見えて、
じいちゃんをクルマにのせる。
見守る6人。見守られるじいちゃん。
あ、家族全員が揃ったのって、久しぶりだな。
ふと思う。
家族全員が揃う、というのは、
とても幸せな感じがする。
はは。
じいちゃん。
じいちゃんからの、メッセージなんだよね?きっと。
*
翌日。
実家に運ばれたじいちゃん。
「家に帰りたい」
と、年末に、
声をふりしぼって、言っていたじいちゃん。
じいちゃん、帰ってこれたよ。
よかったね、じいちゃん。
じいちゃんが工夫して
作りまくった家具のある
じいちゃんとばあちゃんの部屋に、
帰ってきたよ、じいちゃん。
*
葬儀屋の方が処置をしてくれたので、
じいちゃんは昨日よりも元気な顔をしている。
唇には、うっすらと口紅のようなものも塗っているらしい。
頬も、落ち込んでいない。
だけど、ぼくは、昨晩の、
頬が落ち込んだじいちゃんの方が、
100倍美しく思える。
じいちゃんの歴史を、
なんだか踏みにじられたような気がした。
*
お客様が次々とやってくる。
近所の方。
むかし近所にいた方。
親戚。
「おじさんに、とってもよくしてくれて・・」
「おじいさん、やさしかったものね」
「働きづめだったよね」
「よくがんばったね」
いろいろな人が、
いろいろなじいちゃんを知っている。
いろいろなじいちゃんを知るたびに、泣けてくる。
*
自分にお金なんて全然使わない。
物は壊れたら直す。工夫して使う。自分で作る。
近所に住むひとたちを思いやる。
誠実な人生の偉大さを、ここでも感じる。
*
ひとしきりお客様もいなくなり、
一息つく家族。
ぼくは庭へ。
すごい。
小さいころは何とも思わなかったけど、
なにこれ、なにこの空間デザイン。
すごい。
ばあちゃんが横に立つ。
「おじいさん、花とか好きだったから。」
「今はおばあちゃんが手入れしてんの。」
「祭壇も、たくさんの花でうめるのよ。」
じいちゃんが大切にしたものは、
今も確実に生きている。
*
さいごに、昼間のこと。
相変わらず涙が落ちるぼく。
じいちゃんの額に、ふと手を触れてみた。
冷たい。
いや、冷ややかだ。
火照ったぼくには、その冷ややかさが
とても心地いいものに感じられる。
その冷ややかさが、ぼくに語りかける。
「こうちゃん、ほら、気持ちいいだろ。」
「こうちゃん、ほら、泣いてる場合じゃないよ。」
「こうちゃん、ほら、前に進まないと。」
*
ひとはしんでも終わらない。
だって、確実に誰かの心にくさびを打つんだもの。
*
じいちゃん、バトン、受け取ったよ。
走ってくらぁ。