全方位・壮一帆の、えりたんブログです。ご注意の上、お読みください。
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2016-08-12 12:59:06

セミの声で見る『若き日の唄は忘れじ』

テーマ:*折々のかずほ

 

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 山の日に、雪組中日劇場版『若き日の唄は忘れじ』(壮一帆主演)を観ました。

 

 タカラヅカファンの方にはおなじみですが、藤沢周平さんの「蟬しぐれ」(文春文庫刊)の宝塚歌劇版で、初演は1994年、星組で紫苑ゆう、白城あやかのトップコンビが文四郎とふくを演じ、2013年には中日劇場で壮一帆、愛加あゆが演じました。二人のトップお披露目公演でした(その後、全国ツアーでも続演)。


 なぜ今『若き日の唄は忘れじ』なのかというと、壮さんがファンクラブの会員に宛てて、ときどき気が向くと(笑)手書きのメッセージをアップしてくれるのですが、ちょうど、最新版の書き出しが、宝塚と東京ではセミの鳴き声が違うことに気づいたという話になっていて、ちょっとセミの鳴き声について調べているうちに、『若き日の唄は忘れじ』のセミはミンミンゼミだったなと思い、ちょうど季節もぴったりだし、よし、見てみようとなったわけです。

 

 ディナー&トークショーでも、山形を旅したという話を聞いたばかり。山形の食べ物と風景が好きで、『若き日の唄は忘れじ』を見てから、いっそうその思いは募っていたのですが、壮さんに先越されちゃった(笑)。今年の夏はもう無理かもしれないけれど、山形を旅してみたいなあ。来年こそ。

 

 ところで『若き日の唄は忘れじ』です。

 

 これが、今見ると、とりわけ今の季節に見ると、とってもいいのです。夏のまっさかり、お盆の時期というのもあるし、「蟬しぐれ」が、若き日の恋を思い出すという物語なので、タカラヅカ時代の壮さんの思い出とリンクするし、お盆だし、いっそう胸に来る。

 

 それに、『一夢庵風流記 前田慶次』もそうだったけど、改めて見ると、背景やふくの着物の柄、年中行事、鳥や虫、雨の音など、本当に繊細に季節を拾っていることにも気づきます。

 

 そしてもちろん、壮さんの文四郎さんがすてき。近頃タカラヅカでは、何かと日本物が多く上演されているけれど(日本物だと、どこかから補助金でも出るんだろうか(笑))、こういう湿度のある、情感豊かな純日本物というと、やっぱり雪組の独壇場で、『若き日の唄は忘れじ』『心中・恋の大和路』『一夢庵風流記 前田慶次』『星逢一夜』と続く四作品はやはり素晴らしかったと、ちょっと得意になったりして…。素晴らしいのは雪組で、ファンのわたしが得意になる理由はまったくないんですけどね ^ ^ 

 

 話がそれた。セミの話でした。

 

 『若き日の唄は忘れじ』で最初にセミの声が聞こえるのは、七夕が過ぎて、文四郎の父が捕らえられ、その沙汰を聞きに龍興寺に行ったとき。

 

 ミーンミンミンミンミン…

 ミーンミンミンミンミン…

 

 これはミンミンゼミです。父を心配する文四郎のドキドキ感をドラマチックに煽るように鳴いていました。

 

 次が、父と対面し、何も言えなかったと、ちぎちゃん演ずる逸平に告げるせつない場面にもセミが鳴いていました。

 

 カナカナカナカナカナ…

 

  ヒグラシの鳴き声です。

 

 折しもきょうは8月13日。七十二候の「寒蟬鳴(ひぐらしなく)」にあたります(8月12日から16日まで)。ヒグラシという名前は、日暮れに鳴くことからつけられたもので、鳴くのは早朝と夕暮れ。日中は鳴かないそうです。

 

 逸平さんと話したのも夕暮れ。文四郎のことを気づかって、でも、お勤めを終えて訪ねてくれたんだろうか、なんて考えたり。夏の終わりを感じさせるようなせつない鳴き声がしっくりくる。いい場面です。

 

 昼過ぎの文四郎がたった一人、父の亡骸を運ぶ場面に鳴いていたのは…。

 

 ジージージージージージー

 

 アブラゼミでしょうか。都心部ではクマゼミが優勢で、めっきり減ってしまったというけれど、文四郎さんたちのいた時代の山形だもの。

 

 正午過ぎの焼け付くような日差しの中、あざけりの声が響き、早く運ばなくてはという文四郎の苛立ちを表現したような、ジリジリするようなうっぷんを感じさせた鳴き声でした。

 

 そして、二十年後の夏。今は助左衛門を名乗る文四郎が、出家をするふくの逗留する湯宿を訪ねるラストシーン。二人の感情が静かに高まっていく場面で聞こえてきたのは、

 

 カナカナカナカナカナ…

 

 再びヒグラシの鳴き声でした。これがせつなかった。絶妙のタイミングで、鳴くのです。二人のこれまでの夏を惜しむように…。

 

 原作である藤沢周平の小説も、この最終章は「蝉しぐれ」と名づけられていました。

 

《 顔を上げると、さっきは気づかなかった黒松林の蝉しぐれが、耳を聾するばかりに助左衛門をつつんで来た。蝉の声は、子供の頃に住んだ矢場町や街のはずれの雑木林を思い出させた。助左衛門は林の中をゆっくりと馬をすすめ、砂丘の出口に来たところで、一度馬をとめた。前方に時刻が移っても少しも衰えない日射しと灼ける野が見えた。助左衛門は笠の紐をきつく結び直した。

 馬腹を蹴って、助左衛門は熱い光の中に走り出た》

 

(藤沢周平「蝉しぐれ」より)

 

 この余韻…。初演の脚本と演出を手がけた大関弘政先生は、この蝉の鳴き声も、ていねいに選んで、入れていかれたのだろうなあ。

 

 見ている間も、セミの声には気づいていたつもりだったけど、改めて追ってみると、細やかな演出の妙に気づかされます。

 

 日本物ってやっぱりいい。壮さんもこれから先、また藤沢周平の作品に出たりすることがあるだろうか。あるといいな。ううん、きっとあると思う。

 

 考えてみると、日本の「お盆」の風習って面白いですね。死んだ祖先たちが帰って来て、盆踊りなんかしちゃうんだもの。メキシコの「死者の日」とか、面白いお祭りが世界にはたくさんあるけど、日本のお盆も面白すぎる。子供のころに、「お盆になると、死んだご先祖さん、おじいちゃんやおばあちゃんがみんな帰ってくるんだよ」と聞かされたときの衝撃を思い出しました(笑)。

 

 来年のお盆も、また 『若き日の唄は忘れじ』を見よう。

 

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2016-07-19 01:07:28

海の日に

テーマ:*折々のかずほ

 きょうは「海の日」。

 

 壮さんだって、この間ファンメッセージをアップしてくれたし、「海の家」を名乗る以上、不定期なこの店もきょうくらいは開けなくちゃ。と思いたち、久しぶりに壮さんへ夏のお便りを(*^▽^*)

 

 せっかくだから、何か海にちなんだ壮さんを観ようかなあと思ったのだけど、宝塚歌劇の舞台には、ほとんど海辺のシーンが出てこないことに気がついた。

 

 そうだよねえ。女性が男役をするのだから、さすがに水着にはなれないよねえ。細い腕を出すこともできないし、短靴を脱ぎ捨てて裸足になることも無理。見た目の男らしさはとっても重要だから。

 

 それを承知で、わたし、壮さんに『太陽がいっぱい』のリプリーを演じてほしかったんだけど、実現しなかったなあ。ちょっとせつないけど、それもいい思い出です。

 

 舞台で海が出てくるのって、わたしが思いつく限りだと、『ノバ・ボサ・ノバ』くらい。鴨川清作先生ってやっぱりすごい。と、改めて感心してしまった。港を舞台にした作品や、船上の物語なんかはありますけどね。

 

 あ、トウコさんの『シークレット・ハンター』も海が舞台って言っていいのかな。あの作品が大好きで、この間見た『ローマの休日』よりもよほど「ローマの休日」らしかったと思っていたりするのですが、それはまた別の話になってしまう。

 

 ショーだと、やっぱり『Red Hot Sea』! 主題歌も好きだし、ユウヒさんとのどかさんの「ひき潮」。あれは名場面だと思う。草野先生も、鴨川先生リスペクトの意味もあって、海が大好きなのかもしれませんね。ざざーんという波音が聞こえてくると、期待で胸がいっぱいになります。

 

 

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 『Red Hot Sea』の壮さんは全て好きです。プロローグのお魚さんも、波に扮した激しいダンスナンバーも、「コーヒールンバ」を歌ったトロピカーナも、真珠のロケットボーイも、彩音ちゃんを取り合ったストーリーダンスも、デニムの衣装で登場したパレードも。わあ、見たーい。DVD探して見ればよかった。

 

 たぶん、壮さん史上、いちばん踊ってるショーなんじゃ? というくらい、全編激しく踊っています。いや、雪組時代の『レ・コラージュ』あたりもかもしれない。

 

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 それから、海というより船だけれど、らんじゅさん時代の花組『カノン』の「夜のノクターン」も思い出深い、大切な場面。
 
 銀座ヤマハホールでのシャンソンコンサート「悲しみよこんにちは」でも、歌っていました。

 このコンサートのイメージソングともいうべき「悲しみよこんにちは」は、フランソワーズ・サガンの小説『悲しみよこんにちは』の映画で、若き日のジュリエット・グレコが歌った曲。ニースが舞台でした。つい最近テロが起こったりして、ちょっと他人ごととは思えませんでした。

 

 なんて、思い出話はこれくらいにして。

 

 タカラヅカ時代は海とはあまりご縁がなかったわけだけれど、special DVD BOX に入っていたかっちょいいー「くちばしにチェリー」のPVでは、海でロケをしていて、あれはすごくうれしかった。壮さんも海に行きたいってリクエストしたのかもしれませんね。

 

 懐かしくなって『壮一帆メモリアルブック』を久しぶりに見たのですが、発行されたのが、ほぼ二年前。2014年7月17日でした。

 

 当時はあまりにあわただしくて、ここに感想を書いている時間もなかったのだけど、これめちゃくちゃカッコいいし綺麗。中身も本当に楽しいので、お持ちでない方は、今からでも。変えるのかどうか分からないけど、なんとか。

 

 口絵のポートなんか、レスリーさん、デヴィッド・ボウイを意識してたんじゃないかと思う(笑)。ホントですよ。『アラジン・セイン』のジャケ写に似てるの。

 

 

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 今年のオリジナルカレンダーも(MARCOさん撮影)海で撮影したカットがあって、やっぱりあの写真がいちばん好きかもしれない。ラストカットの笑顔がめちゃくちゃかわいい ^ ^ 

 

 壮さんも、卒業したいまは、海の気分を楽しんでいるのじゃないかなあ。泳ぎになんかも行っちゃうのかな。日焼けしちゃうからダメか。

 

 そういえば壮さんは最近、『ONE PEACE』にハマってしまったとか! やっぱり海の子!

 

 今年の壮さんの夏も本番間近です。

 

 

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2016-05-31 16:31:53

今はまだ人生を語らず*壮一帆「悲しみよこんにちは」

テーマ:*折々のかずほ

《シャンソンの黄金時代》オープニングコンサート
壮一帆「悲しみよこんにちは」
2016年5月30日(月)銀座ヤマハホール


 壮さんにはシャンソンが似合う。きっと似合うと思っていたけれど、ほんとうだった。

 

 サントリーホールの小ホールもそうだけれど、ヤマハホールには、小ぶりのクラシック向けホール特有の、緊張感とあたたかさが同居したような空気感があって、時に、音楽に包まれているような感覚になるのです。

 

 きょうのコンサートもまさにそんな感じ。ピアノ、チェロ、ベース、ミュゼット・アコーディオンという、シャンソンにぴったりな編成の楽団の音と、壮さんの声(ゲストの嵯峨美子さんも素晴らしかったです)と、客席のため息とに包まれるという、本当にしあわせな時間でした。

 

 壮さん自身は、今後の予定を紹介するくだりで、「『エドウィン・ドルードの謎』では、男役。次の『HONGANJI』がお坊さんで、11月からの『扉の向こう側』ではSMの女王と、今年の壮一帆はどこへ行こうとしているのか。女優・壮一帆はいつ?」みたいなことを言って笑いを取っていましたが、なんのなんの、もうすっかり「女優」です。

 

 明るい歌も、悲しい歌も、せつない歌も、どの曲でも、それぞれの曲世界を作ってから演じ歌う、「女優シャンソン」みたいなものが出来上がっていて、それがチャーミングでした。

 

 壮さんも、「シャンソンを歌うにはまだ若い」と思ったらしいのですが「今の自分でできるやり方」でいいのだと思ったら気楽になったと話していました。

 

 うん。確かに、日本における「シャンソン」って「日本のシャンソン」という独自の世界観を作り出してきたけど、もっと気楽に歌ってもいいのかもしれない。
 
 トークゲストの、今回のコンサートのコーディネーターであるムッシュウ・オリヴィエ(違っていたらごめんなさい)とのシャンソンについてのトークを聞いて、そんなことを思いました。

 

 だって、みんなが100年近くも歌い続けている「歌」なんだものね。オリヴィエさんが、音楽の教科書にもシャンソンが載っていて、誰もが歌っていると聞いて、「日本じゃ『荒城の月』ですもんねー」とか言って驚いているジャパニーズ・ガールな壮さんがかわいかった。

 

 オリヴィエさんのネイティブな「シャンソン」という言い方が気に入ったのか、その口調を真似て「シャンソン」と言っていたのがかわいかった。「パリジェンヌの雰囲気がありますよ」と言われて、「皆さん、聞きました?」と、大阪のおばちゃんみたいにドヤ顔で客席にアピールしていたのも。

 

 壮さんはスルーしたけど、オリヴィエさんの言うフランス訛りの「ソーサン」がたまらなく素敵で、もっと言ってほしかったです(笑)。

 

 あ、いけない、かわいいしか言ってないや(笑)。

 

 かわいいついでにもう一個書くと、衣装がすごくかわいかったです。

 

 オープニングは、宝塚のスタンダード! 「宝塚我が心の故郷(おおコルシカ愛の島)」だったのですが、もう、最初は壮さんの衣装に目が行っちゃって。

 

 今回のコンサート「悲しみよこんにちは」のイメージ写真に使われた衣装をアレンジして登場したのです。

 

 スタイリストさんが、『悲しみよこんにちは』の映画版に主演したジーン・セバーグのイメージでスタイリングしてくれたという、あの衣装。

 

 麦わら帽子に、カウガールみたいな幅広のデニムをサスペンダーで止めて、肩を思い切り出したセクシーな白のカットソー。

 

 こういうの、ホント似合う。肩のラインとくちびるがほんのりセクシーで、ジュリー・デルピーがヴァネッサ・パラディのコスプレしたみたいな感じで(わ、わかりますか?(笑))、かわいいの。大人かわいいの反対で、というと、フレンチ・ロリータになっちゃう? 大人かわいいの、「かわいい」の比重を多くしたというか…。

 

 どんなにセクシーに、アダルトにしても、清潔感を失わないところは壮一帆さんの財産だと思います。首が長く、スレンダーな体型がそうさせるのかな。

 

 このチャーミングな衣装に身を包んで歌う壮さんは、「日本のシャンソン」のイメージからはほど遠いものだったけど、それがまた似合っていて。さっきの話に戻ってしまうけど、こんなふうに気楽に歌うシャンソンもいいなと思いました。

 

  「アイ・ラブ・パリ」と「幸福を売る男」はドンピシャ。どちらも、この衣装と、壮さんのもっている明るさにぴったりで楽しかった。

 

  「アイ・ラブ・パリ」も大好きだし(なつめさんを思い出す)、大好きな「幸福を売る男」を、それも、高木史朗さんの詞で歌ってもらえたのが、めちゃくちゃうれしかったし、後からじわじわと感動が。

 

 この曲は、訳詞にもいろいろなバージョンがあって、岩谷時子さんも書いていますが、わたしはやっぱり宝塚のこの詞が大好きです。

 

「悲しい時に明るい歌を 涙のほほに笑顔の歌を」

 

「夢はいかが希望はいかが 明るい笑顔お安くしましょう」

 

「暗い世界に明るい歌を 苦しい浮世に笑顔の歌を」

 

 このフレーズを聴いただけでたいてい涙です(笑)。明るいメロディーなのにすごいの。

 

 それが「シャンソン」だと思うし、タイトルの「悲しみよこんにちは」であり、朗読をしてくれたギョーム・アポリネールの「ミラボー橋」にもつなかっていたるのだと思う。

 

 「ミラボー橋」の朗読も素敵でした。

 

 わたしね、壮さんは朗読というものはちょっと苦手なんだと思ってたの(笑)。

 

 というのも、下級生の頃のスカステの旅番組で、『この恋は雲の涯まで』の舞台を辿って、平泉を旅したとき、義経伝説の原作? を読む場面があって、驚いてしまうほどの棒読みだったことがあり(笑)。この記憶が影響しているかもしれません。

 

 それが、そのときとは全然違った。

 

 情感をこめて、それはすてきに読んでくれて…。表現力が豊かになっているんだと、シャンソン時間でいったらまだ「短い」にせよ、壮さんのこれまでの「人生」を感じもしました。

 

 人が本に目を落として読む姿を見るのって好きだし、本当に朗読劇とか実現したらいいのになあと、ちょっと夢を広げちゃいました。

 

 歌はそして、「さくらんぼの実る頃」へ。ゆったりとしたテンポの歌で、今年のディナーショーでも披露してくれたけれど、壮さんの声にも合っていて、とても素敵でした。

 

 この後に「群衆~風のささやき~パリのノクターン」とメドレーでなつかしい歌を歌い、ゲストの嵯峨美子さんのコーナーになるのですが、嵯峨さんが、シャンソンの小ネタをちょいちょいはさんでくれて、それが楽しかった。

 

 マチネでは、「さくらんぼの実る頃」がパリ・コミューンのときに歌われた歌だと教えてくれ(「血の一週間」への鎮魂)、そうだった、だから、加藤登紀子さんが歌ったのだと思い出し、『虞美人』の「赤いけしの花」もそうだったなとか、『アポロンの迷宮』での「パリ・コミューンの歌」を思い出したりして(アポロンたちは、パリ・コミューンで命を落とした市民革命家たちの子供という設定でした)、ちょっと胸を熱くしていました。

 

 ゲストの嵯峨美子さんが聴かせてくれた「日本のシャンソン」がまた素晴らしく。

 

 「再会」「それぞれのテーブル」、ジョルジュ・ムスタキの「生きる時代」「ボン・ボヤージュ」と、日本のシャンソンの原風景のような、男と女の世界を聴かせてくれました。

 

 深緑夏代先生に師事し、40年間もシャンソンを歌っているという嵯峨さんが歌で紡ぎだす世界は、キャリアはもちろんあるけれど、どこが違うんだろう。

 

 客観性かな。女優のシャンソンは、歌う人自身が自分で演じてしまうけれど(そこがいいんです)、シャンソン歌いのシャンソンは、フランス人の役者に演じさせて、その情景を歌うような客観性があるように感じました。


 それはもしかしたら、若い恋人を作ったり、何らかの理由があって、自分の元から去っていった恋人のこと、昔の恋を歌ったりするシチュエーションが多いから、そのくらいの距離感でないと成立しないのかもしれない。


 嵯峨さんの歌は、キャリアもあって、その距離感がなんともいえない奥深い味になっていました。


 人それぞれのシャンソンがあるのだと思いますが。タカラヅカのシャンソンはまた違うし。

 

 嵯峨さんのお話はとても楽しく、ちあきなおみさんが「それぞれのテーブル」を歌うときに、深緑夏代さんのところにレッスンに来られていたという話は本当に驚きました。ちあきなおみさんの歌、大好きなんです。でも、シャンソンと結びつけて考えたことがなかったので。本当にそれぞれのシャンソンがあるのだなあ。

 

 『ドンブラコ』をご存じなかった嵯峨さんに、説明する壮さんが楽しかった。

 

 わたしも初めて『ドンブラコ』を知ったとき、面白いなあと驚いたっけ。

 

 でも、 シャンソンを聴きにいらした「あの劇団」をご存知ないお客さまには、確かに謎だったかも。

 

 「あの劇団」的な内輪話のようなものも、寂しいけれどそろそろ卒業すべき頃合いかなあとちょっと思いました。そのあたりのことは、次の「ディナー&トーク」やファン・イベントで、存分に話してもらうようになっていくのかなあと。

 

(「ディナー&トーク」で、竹下典子先生がどんなところに突っ込んでくれるのか、ヒヤヒヤしつつも楽しみにしています(笑))

 

 歌や芝居で、プロパーなお客さまを魅了するソーサン(フランス風)の姿を見ることが、たぶんファンの多くが望んでいること。

 

 こんなところに書いても伝わらないけど、一人の役者の成長を見に来たり、追い続けるなんて、それはちょっと、いや、かなりおかしな人たちですから(誰よりも自分のことです(笑))、本当に気にしないでと言いたいです。

 嵯峨さんの言葉の中に、そういうやさしいダメ出しみたいなニュアンスを少し感じたのだけど、いつもの考えすぎかもしれません(笑)。

 

 ……。なぜ、こんなこと書いているのかわからなくなってしまいました(笑)。

 

 長くなってしまったので、後半のことは、改めて書きたいと思いますが、今回うれしかったのは、壮さんの歌声が、いろんなものを発していたと感じられたことです。

 

 歌い慣れた曲も多かったし、キーも低めで歌いやすかったというのはあると思いますが、低いキーでも、男役時代よりもぐんと情感豊かになっていました。

 

 素人ながら、高いキーに挑戦したり、発声を変えたりというレッスンの影響かなと思いました。高い声を出すようにすると、低い声も豊かになるんですね。

 

 そう思わされたのは、この後の、ドレスになってからの三曲なのですが、それは次回。

 

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2016-05-18 09:15:41

小さなお別れ*『エドウィン・ドルードの謎』大千穐楽のあとで

テーマ:*折々のかずほ

 プァファー姐さんの犯人の告白ソング。

 

 「♪間違えちゃったの 悪気はないわ これで満足よ でっかく生きた」

 

 最高! とかなんとかうっとりしていたのですが、今朝になって気づきました。

 

 エドウィンを間違えて手にかけておいて、「悪気はないわ これで満足」って、ちょ…「ありえへんて!」

 

 殺されかけたのは、我が最愛のエドウィンだった(笑)。

 

 危ない危ない。こんな大切なこと、すっかり忘れていた(笑)。トラップだらけだわ、このミュージカル。


  そんなビターなところが、このミュージカルのいいところなんですけどね ^^ ほんと、「あの劇団」だったら、とうていありえない(笑)。


 カーテンコールのあいさつで、「演劇の巨人」こと山口祐一郎さんが、「壮一帆特別記念公演」として、またまた壮さんにあいさつをさせてくれた。

 

 その「超新星ミュージカル女優」さんは、ていねいに感謝を述べ、飛行機の時間があるから手短にと付け加えて、キャスト全員にひと言をと、マイクをゆだねた。

 

 保坂知寿さんが「このミュージカルが伝説になったらいい」みたいなことを言ってらしたけど、本当に、いつかまた巡りあえたらうれしい。


 そのときは、「初演見たの。あたし」(プァファーさん風)なんて、ちょっと自慢してるかもしれない。

 

 今拓哉さんが、「また劇場で会いましょう」と言ったのも素敵だった。

 

 あの言葉ではっとしたのだ。

 

 ここはもう外部のカンパニーだから、この千穐楽の舞台がハネたら解散して、みんなそれぞれのカンパニーに、また合流するんだ。でも、またいつか出会う可能性もある。「あの劇団」の公演の終わりとは違う、小さなお別れ。


 そんなことを含んでの、ユーイチロー支配人の、できればこのままでいたいんですけどそうもいかず、「せめて、もう少しだけこの余韻を楽しんでいたい」という言葉なのでしょう。

 

 キャストの皆さんは、楽屋を出てきたら本当に散りぢりになって行った。皆さん売れっ子で、次の日からはそれぞれのご予定が入ってるんだから当然なんですけどね。

 

 壮さんも晴れやかで、おだやかな笑顔だった。


 この舞台がとても刺激になった、何度も観に来てくれた方、一度だけの方もありがとう、また手紙をください、私もブログに書くので気長に待っていてください、次はシャンソンですと言い(うろ覚え)、そして「自前です」と、あのトラのバッグに受け取った手紙を自分で入れて、タクシーに乗り込んだ。

 

 千穐楽の感動と興奮に包まれながら、終わってしまったのが寂しくて、でも、その寂しさが心地よくもある。このほんのちょっとの寂しさが勲章。

 

 同じ劇団の中の気心の知れたメンバーとやっていくのももちろん素晴らしいけれど、こうやって、風に吹かれて、また次の舞台に向かって歩いて行くのはすてきなことだ。


   『エドウィン・ドルードの謎』のホントのホントの最後に、壮さんが、エドウィンとして、女優・壮一帆として歌ったラストソング「運命のメモ」を、いまこのときに、もう一度胸に刻もう。


 『エドウィン・ドルードの謎』のテーマであるこの歌は、すべての人へのエールと人生賛歌だけれど、同時に、出演したキャストと、すべての役者たちに向けられたエールと役者賛歌でもある。運命のメモ、すなわち、「目の前にやってきた台本の通りに生きろ」と。


 すてきな宝物がまた増えたね、壮さん(*^▽^*)


 わたしもまた、その運命のメモを楽しみに…

 


 「♪運命のメモがいう


   あきらめずに生きること
   とにかく死ぬまでは

 

   目を開いて
   前に進め


   運命のメモを見て
   生きよう 」

 

 

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2016-05-16 19:50:39

演劇の神様*『エドウィン・ドルードの謎』大千穐楽のエンディング

テーマ:*折々のかずほ

 福岡市民会館での『エドウィン・ドルードの謎』大千穐楽が終わりました。

 

 楽しかった。盛り上がった。そして、大納得のエンディング。演劇の神様はいるのだなあと思いました(笑)。

 

 『エドウィン』にはストーリーの分岐点が三つあり、それぞれ、観客代表によるくじ(パジェロ)、投票、観客の拍手とブーイングその他(ジャッジするのは2メートルの支配人)で選ばれるのですが、そうして実現した場面が、どれも納得の展開だったのです。

 

 もちろん、ほかのパターンも見たかったし、どんなパターンになったとしても納得だったとは思うのですが、終わってみれば、すべてのピースが気持ちよくおさまり、これが正しいエンディングだというような、やさし~い気持ちになって、物語も大団円を迎えていたのです。

 

 最後にロイヤル音楽堂がこんなしあわせ感に満たされるなんて、演出をした福田雄一さんも想像はできなかったのではないでしょうか。

 

 ラストの『エドウィン・ドルードの謎』はこんなふうでした。

 

○ダッチェリーの代役はクリスパークル牧師(コング桑田)

 この世は「ハレルヤ!」

 

 一つ目のストーリー分岐は、壮一帆さんが演じていた山羊髭の探偵ダッチェリーの代役選び。

 

 出演者たちの挙手により、タイトルロールのエドウィンが「死んだ」ことに決まり、それに怒った壮一帆さんが「私の出番終わりってことー?」「主役が一幕で終わりって、ないないない」「ありえへんやろ」「ほな、さいなら」と帰ってしまったので、代役を立てようという設定です。

 

 ダッチェリーと絡む芝居のある役者は出られないので、候補は、ローザ、クリスパークル牧師、ヘレナ、ネヴィル、バザードの五名。観客代表によるルーレットで決まるので、誰になるかは本当に運任せ。ここでダッチェリーを演じる役者は犯人選びの投票の候補から外れるので、その後の結果にも少なくない影響を与えるというのも見逃せません。

 

 この日の観客代表、サングラスをかけた渋いおじさまが引き当てたのは、クリスパークル牧師を演じたコング桑田さんでした。

 

 コングさんは前日に犯人を仕留めていたので、きょうはきっと投票のときも、遠慮されるだろうと思っていたので(ああ見えて、すんごいやさしい ^ ^ )、犯人役になったのはナイスだったし、壮さんとは最も見た目が遠いクリスパークル牧師がダッチェリーさんに変装していたっていう無理むりな設定が、まずとっても面白いし、ほぼ「出オチ」の、インパクトのある登場シーンでさらった大爆笑は、大千穐楽にふさわしいものだったと思います。

 

 センターに登場したクリスパークルさん。顔全体をダッチェリーさんのヒゲで覆いつくして、髭しか見えない(笑)。そして歌詞が、「髭の上に髭…」とか、爆笑の連続…と、なるはずでしたが…。

 

 客席に「ハレルヤ」と呼びかけ、「ハレルヤ」返しを求めているうちに? 歌詞を忘れてしまったごようす。ハレルヤと笑顔で乗り切ったけど、ホントに「出オチ」に近いことになってしまいました。

 

 最後の最後に。今まで歌えていたのにね(笑)。福岡出身で、この福岡市民会館の近くのマンションに、二十年間遠距離恋愛をしていた女性が住んでいたと告白してしまったりして、いろいろこみあげてくるものがあったのでしょうか。

 

 でも、そんなゆるい爆笑で、最後のダッチェリーさんの場面が終わったのも、なんだかこの作品らしい気がします。

 

 いつも教会でもっともらしいことばかり言ってるけど、変装して後をつけたりしたのはスリリングだった、みたいな歌詞だったと思います(ざっくり)。

 

 ついでながら、最後にして、コングさんのダッチェリーさんのコートが特別仕様だったことに気づきました。

 

 

○犯人役はマドモアゼル・パファー(保坂知寿)

 「でっかく生きた」

 

 最後の犯人役は、200票以上を集めて、プリンセス・パファーが当選。

 

 意外な気もしたけれど、納得。

 

 パファーさんの告白のナンバーを改めて聴いて、これは今回の『エドウィン・ドルードの謎』のウラ主題歌ともいうべき曲だと得心しました。

 

 パファーは、ローザのためにジャスパーを殺そうとしたのに、間違えてエドウィンを手にかけたのだと告白します。

 

 間違えて手にかけたのは、ローザと同じなんだけど、パファーさんが大物なのは、若干「火サス」調、ドラマチックに進むローザ編とガラリと違って、笑いと人生の教訓をわたしたち観客に与えてくれるところ。

 

 出だしはドラマチックに、淫らな欲望をローザにぶつけたジャスプァーが許せなかったと告白すると、曲は途中から、一幕では、早口言葉場面を盛り込みながら進められたパファーさんのテーマ「でっかく生きな」に変わります。

 

 そして歌うのです。

 

 「♪ だからよく聞いて 

    殺すときには よく確認すること

 

    間違えちゃったの 悪気はないわ

    これで満足よ でっかく生きた 」

 

 (はい、みんな一緒に)

 

 「♪ でーっかく 生きーたー 」

 

 最高!

 

 「最後を締めさせていただきます」のことばどおり、素晴らしかった。

 

 保坂知寿さんの犯人役を見るのは三度目でしたが、この千穐楽のがいちばん王道なパファーマンスだったように思います。ブロードウェイではチタ・リヴェラが演じた役だもの。

 

 犯人アピールの場で、最初から最後まで「ぷわふぁー」をやり通し、おいしいところを持っていく、失礼、最後を締めるという、まさに「でっかく生きた」見本を示してくれました。

 

 いつか。

 

 仮に実現するとしても、まだまだ、ずっとずっと先のことでしょうけれど、いつか、パファー役を演じる壮さんも見てみたいなあと思いました。

 

 

○ラストのやさしい ラーヴ・ソーング

 ネヴィルの魔法のじゅうたん

 

 最後の観客による選択は、一幕にエドウィンとローザが歌ったすてきなラブソング「二人だけさ」を歌うカップルです。

 

 女性陣から一人、男性陣から一人を、客席の拍手とどよめきでもって、ユーイチロー支配人がジャッジして選ばれるのですが、大千穐楽だしというので、困ってしまった祐一郎さんがほんっとうにかわいらしかったです。

 

 まずは女性陣を拍手で決めようとするも、ユーイチロー支配人、決められず(笑)。

 

 アンサンブルチームとキャストチームの代表ジャンケンで、知寿さんが勝利。

 

 しかし、犯人役をやっていた知寿さんは、私はもういいからと辞退。ローザとヘレナの対決(インド×イングランド)に。

 

 ヘレナ嬢はローザに勝たせてあげたかったみたいなのですが(福岡に来て、一度も歌っていないとか)、三回くらいあいこが続いて、ヘレナが勝ってしまいます。

 

 「カレーだからグーしか出せないのにー。もー」と言うヘレナ嬢。やさしいー(ローザちゃん、愛されてるね ^ ^ )。

 

 男性陣の拍手は、ネヴィルとジャスパーさんが大きく、ここも二人の対決(インド×イングランド)になり、ネヴィルがグーで勝利。

 

 これね、ヘレナ嬢の発言を受けて、「ネヴィルもグーで来るだろう」と踏んだジャスパーさんが、チョキを出したんじゃないかと思っているのですが、どうでしょう。

 

 ほら、カレー娘とヘンタイさんだと、あまりにもエロ…(笑)。大千穐楽仕様ではないと今さんが判断したのではと…。

 

 本当のところは分かりませんが、そうやって、みんなの見えないやさしいパスが繰り広げられて実現したのが、ヘレナとネヴィル、遠い国からイギリスにやってきた双子の姉弟、ヘレナ・ランドレス(瀬戸カトリーヌ)とネヴィル・ランドレス(水田航生)のラブソングが実現したのでした。

 

わ たしは見たことのないパターンだったので、もう楽しみで楽しみで。姉弟でラブソング? どうするの? と思っていたら、のっけからヘレナ嬢、攻めてきます(笑)。

 

 「今日は、私とネヴィルをどうしても近親相姦にしたいお客さまが多いようね」

 

 このひと言で大爆笑。もう、あまりにおかしすぎて、前半の展開は覚えていないのですが、とにかく、遠い国からやってきたけど、二人でまたカレーの国に戻るわという展開になり…

 

 「ネヴィル、あなた、魔法のじゅうたんを持っていたわね」とヘレナが言うと、結末のシナリオが書かれた二枚の紙(たぶんA4コピー紙です)を舞台に並べるネヴィル。

 

 「でもこれ、ホントに飛べるのかしら?」「飛ぶためには大きな猿がいるわね」と、大きな支配人を呼び、三人で魔法のじゅうたんに乗って飛行。

 

 ヘレナはストールをそよがせ、ネヴィルと支配人も手をそよがせ、周囲の出演者たちも全員で風を演出。本当に魔法のじゅうたんに乗って飛んでいるように見えました。

 

 やだ。ファンタジーになってる…。この展開で。信じられない(笑)。

 

 おかしな感動で、涙まで出ちゃいました。

 

 遠いインドから二人だけでやってきたヘレナとネヴィルが、イギリス軍がインドをバリバリ支配していた時代の英国の地で、勝利の凱歌をあげ、魔法のじゅうたんに乗って空を飛んでいる。なんてイイ話なの(笑)。

 

 それに、ホントにこの二人には楽しませてもらいました。身をもって楽しませてくれるその姿勢に、いつのまにかにわかファンになってしまったほど。

 

 魔法のじゅうたんに乗った二人を見れ、しあわせでございました。

 

 

○そして怒って帰ってしまった壮一帆は?

 「生きる それは勝ち負けじゃない」

 

 以上で、ラストのストーリーはおしまいなのですが、このあとにちょっとかわいいシーンがありました。

 

 このすてきなラブソングのあと、最後の最後に、「やあ、みんな! 僕は生きてるよ!」と、エドウィンの壮さんが登場し、「運命のメモ」を歌うのがシナリオ。

 

 エンディングによっては、犯人やカップルをちょっといじったりするのですが、エドウィンがことの次第を説明しながらセンターに来たところで、ネヴィルくんがエドウィンの横に、例のA4コピー紙2枚をひょいと置いた。

 

 ちらっと横目で見たエドウィンが、その魔法のじゅうたんに乗った。ネヴィルも乗った。ちょっとサーフィンみたいに、魔法のじゅうたんに二人乗り。

 

 もーお。なんてかわいいの。

 

 一幕であんなに張り合って、こんな騒動まで起こした二人が、仲よく魔法のじゅうたんに乗っている。

 

(ちなみに壮さん。一幕では、ネヴィルのジャケットを放り投げたり、小学生みたいないたずら仕掛けてました(笑))

 

 エドウィンはこの場面で歌います。

 

 「生きる それは勝ち負けじゃない」

 

 そのフレーズのまんま。そんなファンタジーが、最後の最後に…。

 

 もう、演劇の神様がここにいたとしか思えないでしょう?

 

 舞台って、面白い。

 

 ブロードウェイでの『エドウィン・ドルードの謎』がどんなだったかは知りませんが、この日本人キャストによる作品は、きわめてやさしい日本人的な『エドウィン・ドルードの謎』だったのではないかなあと思っています。

 

 なかなか言及する機会がないので唐突ですが、「演劇の巨人」こと、山口祐一郎支配人に心からの感謝を。

 

 やさしいやさしい名調子がいつのまにか刷り込まれてしまったようで、ひどく恋していというか、あれを聞かないではいられないのですが、どうしたら…。

 

 「2メートル山口」なんて自ら言っていたお茶目なユーイチローさんですが、やっぱりあれだけ大きいから、演劇の神様も見つけやすかったのかも、なんて、中途半端にイイことっぽいことを言って、ひとまずここは終わりに。

 

 最高に楽しい大千穐楽のエンディングでした。

 

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2016-04-24 10:57:59

タカラヅカに愛をこめて*『エドウィン・ドルードの謎』

テーマ:*一日一帆

【ちょっとネタバレです】

 

 そうか。そういうことだったんだ。

 『エドウィン・ドルードの謎』プレビュー公演を観たときに納得した。

 

 初日の幕が開くだいぶ前。どんな舞台になるのか、おそらく誰にも想像がつかない頃に、雑誌のインタビューなんかで壮さんは、こんな言葉を発していた。

 

 ファンの人は見たら驚いちゃうかも。
 どうせならとことんやりたい。
 すべて演出家の福田雄一さんにまかせています。

 

 いい意味で「どんな舞台になっちゃうんだ」感は高まっていったのだけど、ファンクラブの会員向けのメッセージの最後に書かれた、新しい壮一帆を楽しみにしてほしいという言葉とともに書かれた、タカラヅカへの愛とリスペクトが謎のように引っかかっていた。

 

 そうか。だから、メッセージの最後にタカラヅカへの愛を叫んだんだ。

 

 『エドウィン・ドルードの謎』で壮さんが演じる、《ロワイヤル劇場で『エドウィン・ドルトードの謎』に出演する女優・壮一帆》は、実際の壮さんの経歴をそのまま生かしたものになっている。

 つまり、宝塚歌劇団を退団したばかりで、在団中は数々の男装姿で劇場をにぎわせてきた、あと、いくつかの個人情報が、支配人・山口祐一郎さんから客席に紹介される。

 

 この情報は、舞台のなかで《「あの劇団」出身の壮さん》として、面白おかしく、いや、ネタにされていて(笑)、二幕の途中には本人自らが「あの劇団」について語り出すという場面まである。

 

 ほんと、ここまで、タカラヅカ出身ということをネタにしてくるとは思わなかったです(笑)。

 

 でも、イヤな気持ちは全然しなかった。それどころか、表向きはフツーに接して、「ああ、あの人タカラヅカ出身だから…」とか、思われたりしているより(いや、そんなベタなことがあるのかどうか知りませんが(笑)、一般的なイメージかと…)、もう、ぜんっぜんすがすがしかった。

タカラヅカでのクセが抜け切れていないのは、まあ、本当のことだと思うけれど、それを押さえつけようとせずに、さらけ出し、個性としてうまく使っていけるのは、壮さんの性格を考えても、すごくやりやすいんじゃないかと思う。

 

 それに、「あの劇団」「あの劇団」とネタにされているけど、決して腐しているわけではない。そうやってネタにしてもらえること自体、受け入れてもらっている証拠で、根本には宝塚歌劇団へのリスペクトがきっちり感じ取れる。

 

 それがもっとも表れているのは、エドウィンとローザのデュエット「もしもあなたと」ではないだろうか。こんなにきれいで、生身の性もを感じさせなくて、外国映画か少女漫画みたいに美しい二人の場面が、福田ワールドのなかにあってきっちりと存在していることが、何よりの証明だと思う(相手役がアニメの世界で生きてきた平野綾ちゃんだったことも大きいけれど ^ ^ )。

 

 ユーイチロー支配人をはじめ、出演者の皆さんにあたたかく見守っていただけているのも、一ファンとしてもそれが本当にありがたいです。

 

 最初に男装があると聞いたときは、ご多分にもれず、「男装なのか」と思った口です(笑)。

 でもこれは、『エドウィン・ドルトードの謎』の舞台構造と同じ、メタと虚構が入り交じった「男装」だから、まるで、退団十年後に男役の姿を素直に楽しむみたいなノリで、《あの劇団にいた壮一帆》さんを見て、楽しむことができたのかもしれません。

 

 それに、心の中のどこかに、あの大きなバックルのように、壮さんは「あの劇団」タカラヅカに育ててもらったんだ、これがルーツなんだという、大きなものを感じるような強い感動もあったのです。

 

 そして、二幕の途中で壮さんは、自らの意思で、《『エドウィン・ドルードの謎』に出演する「あの劇団」出身で「あの劇団」のクセがまだ抜けきっていない女優・壮一帆》の役を降りる。大きなバックルも持たず、あったかい外套も脱ぎ捨て、みんなに「ダサッ」と言われようが、自分の服を着て、自分の足で歩いて…。

 

 ちょっ…。ヤダ。なんていい話なの…。笑う場面なのに(笑)。これが福田ワールドか!

 

 面白いなあと思うのは、これがオリジナルストーリーだということ。《「あの劇団」出身で「あの劇団」のクセがまだ抜けきっていない》という属性は、後付けなのに、いまの壮さん自身にピタリとハマっているのだ。

 

 こういう奇跡的な作用が起こるから舞台は面白い。

 

 あ、そうだ。このことを書いておかなくちゃ。

 

 「あの劇団」での壮さんと、劇中の「あの劇団のクセがまだ抜けきっていない壮さん」とは、全然違います。だから、「あの劇団」ネタをこんなに楽しめるのかもしれない。

 

 壮一帆さんもいたあの劇団、タカラヅカに愛をこめて――

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2016-04-22 21:25:58

ここにもそこにも、あの劇団の壮一帆が*『エドウィン・ドルードの謎』クリエは残すところあと三日間

テーマ:*折々のかずほ
  「エドウィン」を観たあとって、ホントによく眠れて困.る。

 昨晩も楽しい、いい舞台でした。 二幕の途中からは壮さんが登場しなくなってしまうのですが、壮さんのことも忘れて楽しんでいるくらい(笑)。

 役者の皆さんもそれぞれ捨て身の芸に出ていて本当に楽しいし、壮さんもやっとアップが完了したかな、舞台でイキイキしています。サッカー選手が、どんなにスーパーな選手で、どんなに練習していても、試合に出ないとゲーム勘を失ってしまうように、舞台人も同じなんだろうなと思います。

 壮さんも、コンサートはあったとはいえ、みんなで一つの作品をつくりあげる舞台にはしばらく遠ざかっていたので、舞台勘みたいなものはすぐには戻ってこなくて、もどかしい部分もあったんじゃないかと想像します。

 でも、もうすっかりそこにいるのはエドウィンで、エドウィンを演じる壮一帆です。

 ちょっと時間はかかっちゃったかもしれないけど、男役とか女優とか、そういういれもののことを抜きに、演じる人としての壮さんがそこに「いる」のをはっきりと感じます。ハレルヤ!

       *       *       *

 場面によって、いっしょにいる相手によって、エドウィンのいろんな顔が見えるようになってきました。

 ジョンといっしょのときは、少年みたいなエドウィン。
 ローザといるときは、やさしくて甘くて、少女漫画に出てくるプラトニックな関係の恋人同士のような、兄と妹のよう。
 ネヴィルといるときは、やんちゃ。英国青年らしい高慢さや皮肉がのぞき見える。
 ロワイヤル劇場の女優・壮一帆さんは、コメディを全力でやってしまう、あの劇団の愛らしいクセ(笑)がまだ抜けてない気がしますが、かわいいからもういいです。
 そして、最後に登場するエドウィンは、少年探偵のイメージ。

 そういう楽しみがありつつ、もう一つ、ファンの領域のものですが、場面場面に見えてくる、あの日あのときの壮さんを探すというお楽しみがあります。

 これから先、どんな舞台を観たときにも、そういう既視感はやってくると思うのですが、ここまで「あの劇団の」壮さんの舞台を思い出させてくれる作品はそうそうないのでは?

 ということで、書いてみます。

 「ここにもそこにも あの劇団の壮一帆」

【Act 1】

・エドウィンの衣装を見ると思い出す。わたしは映像でしか知らないけど、『送られなかった手紙』のドミトリー。そういえば、ドミトリーにもおじさんがいて(ヒロさん)、二人の複雑な感情を描いた作品でした。

そのドミトリー君は、謎の言葉を残して死んでいったのでした。その言葉とは、「ばらのつぼみ(ROSE BUD)」。

・あの劇団らしく踊りながら不自然なセリフを言うところのシャンシャンを手にしたおじぎは、やっぱり「ベルばら」のイメージか。・ローザは「クライスタラムのばら」。ピンクの薔薇かな。

・ジョン・ジャスパーさんとの二人だけの絆を信じるエドウィンを見ていると、トマスを追いかけていた『愛と死のアラビア』のトゥスンを思い出します。エジプトで一旗上げる計画立てたりしているところも、ものすごーくトゥスンっぽいです。

・そういえば、『さすらいの果てに』のジェフリーもエジプトに行きましたよね。

・ワインの場面。エドウィンがワインラスを持っていると、ばっと投げ捨ててアンドレになるんじゃないかと思ってしまう。

・というか、今さんと壮さん、オスカルの居間で会話をするアンドレとオスカルみたいじゃない?

「オスカル、飲むなっ!」バシッ
「そのワインには、毒が入っていたんだ」
「アンドレ…」

というくだりをやってほしくなる。今さんアンドレ、壮さんオスカルで。

・だから、あのね、二人の絆のくだりは、もっと意味深にしてもいいと思うの(笑)。

 「なんでもいいよ、ジョン」 
 「なんでもいいのかい? エドウィン」

これも劇中に散りばめられた意味深なセリフの一つでは? 
「誰もが犯人になりうる」ことを匂わせているのだと思うし、ジョンとエドウィンの秘密の会話のようにも聞こえます。マルトワインだもの。あまーい雰囲気でやってほしい ^ ^

ま、この二人の意味深なセリフは、ことごとく流されているわけだけど(笑)。「話がややこしくなるから、BLもどきはいらん」って感じなんだろうか。

・とはいえ、ジャスパーさんとエドウィンとローザって、ちょっとキャリエールとエリックとクリスティーヌみたい…。

・エドウィンの、周りが見えてない困ったおぼっちゃまぶりは、トゥスンだけど、ちょっとオスカル嬢に通ずるところがあります(笑)。

・かつて、オスカルのことを「わがままなお嬢さま」と表現した壮さん。その壮さんのオスカルが見られるとは!

・一幕ラストの「競馬に行こう」のナンバー。最後の指差しのあと、すかさず「バチッ、バチッ、バチッ」と続けたくなる。

「♪バチッ、バチッ、バチッ ショートする熱視線に
  ガチッ、ガチッ、ガチッ  離さないもう二度と 
  エキサイター、エキサイター…」

・だから、お願い。指差し首振りウインクを……(笑)

【Act 2】

・壮さんのもう一つの役、探偵ダッチェリーさんは、最初はそのたたずまいから、『太王四神記』花組版プロローグの長老プルキルを思い出したりしていたのですが、回を重ねるごとに、2000歳からどんどん若返ってきました。でも、ここは見るたびに年齢が違う(笑)。わたしはガチに探偵っぽいのが好きです。

そういえば、壮さんって探偵役は演ったことがなかったような…。警部(『黒蜥蜴』の波越くん)と警部補(『相棒』の神戸くん)は経験あるのにね。

・知寿さんとのかけあいのナンバー「ケリをつけよう」が大好き。ぶっかぶかのコートで体泳がせて踊る壮さんは、何に似ているというわけではないけど、なつかしいです。長いコートやお衣装の裾さばきがダイナミックでカッコよかったなあって…。『My Dream TAKARAZUKA』プロローグの白のロングコートも思い出す。

・エドウィンのラストソング「運命のメモ」を歌う壮さんは、もういろんな壮さんを思い出すけど、いちばん最初に見た時に「スタンだ!」って思って、きゅんとしたことを白状します。おもに歌詞の内容からなんだけど、「俺は逃げるぞー」と言って、いつも逃げてたスタンが大好きだったので。

「逃げる」といえば、『タランテラ!』の囚われの男だって思い出すし、『心中・恋の大和路』だってそうだし、フェルゼンだってそうかもしれない。逃げることで生きていく勇気みたいな、したたかさは、『復活』のシェンボックにも感じるし、でも、今まで見たことのないディケンズの小説の中の賢い少年のようにも見える。

       *       *       *

…と、いま思いつくのはこのくらいですが、こうやって書き出してみると面白いもんですね。

 私には、こんな壮さんが見えるわけだけど、見た人によって、また違う壮さんが見えたりするのだと思います。

 別に、タカラヅカ時代の壮さんがよかった、あのときが最高だったなんて思っているわけではありませんよ。

 演出をした福田雄一さんがそこまでを狙っていたわけではないにしても、結果的にエドウィン・ドルードという役は、「あの劇団の壮一帆」を楽しく思い出せるようになっていて、それがとても楽しいのです。

 役への入り方が、普通のお芝居と違っているからだろうと思う。メタな部分も出てくるから、壮さんに限らず、「演ずる」というのがどういうことか、皆さんけっこう考えさせられているんじゃないかと思う。まあ、そうでもないか(笑)。

 ああ、いつものことだけど、惜しいなあ。公演が始まると終わってしまうのが惜しいし寂しい。いまの壮さんのエドウィンがすごくすてきだから。

 そんな昨晩の舞台を見て思ったのです。

 作品の中で、一人の役の筋を通そうとするのは、壮さんのとても素敵なところだけど、プレビュー公演のころ、まだピースがはまっていないように感じたのは、壮さんのそういう姿勢が、この作品を演ずるにあたっては、少し邪魔になっていたのかもしれないと。

 エドウィン・ドルードという人物の筋は通ってなくていいんだと思う。だって、そもそも、決定稿なんかないんだもの(笑)。

 どこまでいっても、千秋楽を迎えたとしても、永遠に決定稿はない。でも、演じるってそういうこと。これからはゴールなんてないのだ。
 「運命のメモを見て、生きよう」

(ささっと書くつもりだったのに、長くなった(笑)。次はささっと行こう)
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2016-04-18 21:57:25

箱の中へ*『エドウィン・ドルードの謎』2週目

テーマ:*折々のかずほ
 ひいきの長期公演中って楽しい。

 ひさしぶりにこの感覚を味わっています。
 おまけに場所は慣れ親しんだ日比谷のエリア。お隣の劇場では、雪組大絶賛公演中。

 この時期の日比谷というと、思い出すのは2011年。3月11日の震災後の暗い暗い日比谷で、『愛のプレリュード』と『ル パラディ』を花組が上演していた日々です。

 震災から5年がたったということで、今年は改めて、あの日々を振り返ったりしていたのですが、そんなときに、熊本に大きな地震が起こってしまいました。

 iPhone の「フリカエール」というアプリで、過去の今日のTweetや撮った写真が見られるようになっていて、これが感慨深く、ときどき見返したりしています。

 小さな地震も多く、舞台が中断してしまうこともありました。そうそう、セリ上のジョセフの部屋にマウロが訪ねてきたあたりで地震が来て、ドキドキしたこともあったっけ ……などと、いろいろ思い出したりしています。 

 舞台がはねた後には、花組みんなで相談し、自発的に行われたという義援金をつのるロビー活動が行われました(劇団は黙認。だから機関誌やスカイステージでも一切取り上げられませんでした)。

 あのときは、誰もが必死で、あまり喜んだりするような雰囲気ではなかったけれど、終演後に黒燕尾とイブニングドレスでタカラジェンヌがロビーに出てきて見送ってくれるなんて、なんとすごいことだったんだと、思い出して、今頃ぽーっとなったりしています(笑)。

 ファンがお見送りすることはあっても、見送ってもらえるなんて、そうそうないことですもん。 

 募金箱を持ったジェンヌさんたちのまわりはすごい人だかり。壮さんの持った募金箱がお札であふれちゃって、どうしたら…? となっている壮さんが思い出されます。

 壮さんはいつも、とても腰が低く、心配と感謝が入り混じった、なんともせつない表情をしていて、胸がきゅんとなりました。あんな壮さんは後にも先にも観たことがなかった。 

 毎日ロビーに立った“ゆうさん”こと真飛聖さんは、いつも笑顔で、すごいなあ、本物の支配人だわと思っていました。『ファントム』の支配人キャリエールに思いを馳せながら。


観劇してきました。 ゆうさんはもう、今公演中は、トップスター兼実質支配人ですね。お客さまににこやかに笑顔をふりまいていて、あんな姿を見たら、やっぱり超悪な支配人はやだなあと思い直しました(笑)。最高の支配人になってほしい。「ファントム」のチラシはなかったです。

    18:16 - 2011年4月1日


 5年後のいま、ユーイチロー支配人が笑顔で切り盛りするお隣の劇場に、壮さんも立っているなんてねえ、想像もしなかった(笑)。生きていると面白いことがあるものです。

 『エドウィン・ドルード』は楽しいミュージカルですが、なんといっても原作はチャールズ・ディケンズですから、社会的な問題やかっちりとしたテーマも隠されていて、見ようとしない人には何も見えないけれど、見ようとするといろんな部分が見え隠れするという作品です。

 演出・脚色の福田雄一さんはさぞかし大変だろうと思うのですが、結末どころか、シナリオの細部が日々変わっていくという、愉快でスリリングな舞台になっています。今頃、福田さんは、今日から始まる3週目に向けて、新たなシナリオを書き足したりしているのでしょうか(笑)。

 綱渡りで歩いていくような、先の見えない世界に生きているから、こうして思いきり笑えるということはなんて素晴らしいんだと心から思います。

 日曜のカーテンコールで、コング桑田さんが、みんなでつないだ手を上げながら「うおー、うおー」と雄叫びを上げていて、めちゃくちゃおかしかったのですが、あれだって、もしかしたら、地震でたいへんな思いをしている人たちへの遠回しなエールであるのかもしれません。

 コングさんだけではなく、ロワイヤル音楽堂の面々は、「がんばってください」なんて直截な言葉は言わないけど、「この劇場の中にいるときだけは、笑ったり泣いたり、劇場の中で起こることで楽しんでもらおう」という、役者だましいみたいなものを、客席で受けとめてしまいました。

 五年前もそうだった。『愛のプレリュード』は悲劇的なお話で、『エドウィン・ドルード』は喜劇的な作品だけど、それは変わらない。いつだってわたしたちはこうやって、ひいきの役者さんに、舞台に元気にしてもらっているんですね。

 奇しくも、壮一帆さん演じる『愛のプレリュード』のジョセフも、『エドウィン・ドルード』のエドウィンも一度は死んでしまうわけだけれど、どちらの舞台でも、もう一つのエンディングが用意されていて、そのことにも胸を熱くしたりしています。

(さらに『ル パラディ』にも、華麗に性転換しちゃう場面が)

 まあ、それは過剰な解釈としても(笑)、この『エドウィン・ドルード』には、いい言葉がいっぱい散りばめられているんです。笑えるだけじゃないんです!

 ネタバレになっちゃうから詳しいところは書けないけれど、エドウィンのナンバーの「運命のメモを見て 生きろ」って、すごいメッセージだと思う。

 自分で選ぶのではなく、書かれたメモのとおりに生きてみる。運命にまかせてみること。それは何か、はっとするような教えだったりもします。

、そして、書かれたメモ=台本どおりに生きてみるというのは、役者という仕事のことでもある。

「役者たちよ、帆を上げ、前へ進め。時には隠れたり逃げたりしてもいいから、とにかく前へ」

 そんな役者讃歌が、「運命のメモ」の、この作品のテーマであるのかもしれません。

 チャールズ・ディケンズはそんなこと考えてなんかいなかったかもしれないけど、それはそれ(笑)。

 今年3月に観た、デヴィッド・ルヴォー演出の『ETERNAL CHIKAMATSU』も、ある意味で役者讃歌の舞台だったかもしれません。

 未来の日本から物語に滑り込んできた、深津絵里のハルが、中村七之助の小春に言うのです。

「あんたはこれまで、もう1万7千回も死んできたんだ。今夜くらい、生きてたっていいじゃないか」と。

 それは、『愛のプレリュード』を観ているときに、壮さんのジョセフに、いつも言いたかったセリフでした。

 でも、次の日に、また舞台が開けば、劇場に行きさえすれば、また会うことができた。それが素晴らしいのだと、心から思いました。5年前、日比谷のあの日々に。

 役者ってなんて面白く、業の深い仕事なんでしょう。

 それを見届けることができてよかった。劇場があって、この人たちがいてくれて本当によかった。

 震災を受けた東北や九州が、一日も早く日常を取り戻せるようにと願っています。

        *         *         *

 シアタークリエにも、熊本の義援金箱が設置されていたと聞きました。
 お茶代くらい入れて来ようかと思っていたのに、場所がわからなくて、忘れて帰って来てしまった。次は必ず…。

 ♪ウウウ~ 箱の中へ~

 美人アンサンブルさんたちの、投票を募る替え歌パート1、最高でした ^ ^ 

(義援金の箱を持っていた壮さんを思い出しながら…)
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2016-04-11 21:22:46

心は孤独な狩人

テーマ:*折々のかずほ
 『エドウィン・ドルードの謎』、本日は休演日。

 壮さん、そしてカンパニーの皆さん(もう、すっかり取り込まれている(笑))、ちゃんといいお休みを取れているでしょうか。

 壮さんのエドウィンが、どんどん素敵になっていく。

 プレビュー公演を観たときは、心配してしまうくらい線が細く感じたの。でも、あれはなんだったのだというくらい、今ではすっかり美しき英国男子エドウィン・ドルードに夢中です。

(わたしの心の準備がまだ「オッケー(支配人風)」な状態になっていなかったのだろうかしらね)

 シアター・クリエという劇場の親密感も手伝って、舞台に立つごとに、女優のほうに振れて行く気がして、ドキドキします。

 考えてみたら壮さんって、現役時代にこういう美少年っぽい役ってあまり巡り合わなかったんですよね。『エリザベート』のルドルフや『ロミオとジュリエット』のロミオみたいな役。まあ、オスカルもかな。

 不思議なめぐり合わせです。きっと似合ったと思うし、私が演出家だったら絶対にキャスティングしたんだけどな(笑)。タカラヅカで『エリザベート』が上演されるたびに胸がちくっと痛むくらい、観てみたかった。そういうところ、男性の演出家には見抜けないところかもしれない。残念。

 唯一そんな雰囲気をとどめていたのが、『送られなかった手紙』のドミトリーや、『ルードウィヒ』新人公演のディルクハイム伯爵でしょうか。

 でも、いま、こうしてエドウィン・ドルードを観られるのだから、それはちょっと意外な贈り物をもらった気分です。

 舞台では、「あの劇団のクセが抜けていない」と突っ込まれてはいますが、もしもこれがタカラヅカ時代だったら、もっと低い声を響かせて、力強く歩いていたと思う(笑)。

 いまは、タカラヅカを退団した女優・壮一帆の足どりで歩いてる。壮さんがインタビューで語っていたとおり、男役が演じる男性ではなくて、女優が演じる男性になっていると思う。いや、まだ「元男役の女優が演じる男性」かな(笑)。

 日に日に、甘くてやわらかでやさしいエドウィンになっていっていると思う。

 エドウィン・ドルードには、書かれていない顔があると思うんです。ジャスパーとの関係は、どう考えてもフツーの伯父と甥の関係を超えたものだし、エドウィンとローザが私たちは兄妹になりましょうなんて言っちゃうのもめちゃくちゃ怪しい。いや、書かれていないだけで、そういうものを含んでいるお話でしょ(断言)。

 歌詞にその不可解なことがたくさん書かれています。一幕ではエドウィンとローザが、二幕ではその日の恋人たちが歌うやさしい曲「もしもあなたと」だって、原題は「Perfect Strangers」。人は誰もが孤独な旅人。そんなことがこの作品のテーマの一つなんじゃないのでしょうか。

 だけど。

 エドウィンが歌う「運命のメモ」には、その先のこと、もっと大切なことが書かれています(ちょっとネタバレ)。

 そんな大切なメッセージを歌い上げてくれる壮さんは、エドウィン・ドルードだけじゃなく、もっと小さな少年、ディケンズが生み落としたデイヴィッド・コパフィールドにも、オリヴァー・ツイストにも見える。

 そうだ。わたし、壮さんに『大いなる遺産』も演じてほしかったんだった。

 見るたびにいろんなところで、いろんな気持ちが湧いてくる。なんて素敵な作品なんだろう。

 『エドウィン・ドルードの謎』。
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2016-04-04 14:01:31

花束を君に*『エドウィン・ドルードの謎』初日に

テーマ:*折々のかずほ
 またヘンな夢を見た。今朝は、カルト教団のアジトに潜入するというなかなかハードな夢。雨降って、外が暗かったからかしら。

  違う。きっと、エドウィンのことを考えていたからだ。

 ブログでは、「プレビューの壮さん、40点」なんて書いてしまったけど、じゃあ、どうすれば点数を上げられるのかということは、わたしにも見当がついていない。
 一介の客なんだから、別にそんなこと気にする必要もないのだけど、ヘンな話、ずっと、舞台の上で変わっていく壮さんを見てきたから、こうやって一緒に考えている気分になるのが習性のようになっていて、ずっとアタマのなかにあるのですね、エドウィンってどう演じたらいいんだろうというモヤモヤが(笑)。

 難しい役なんだと思う。

 エドウィン・ドルードは純朴な英国の美青年である。ぱっと見、色濃いほかの登場人物のようには何もストーリーを持っていないように見える。

 でも、エドウィンにだって隠された過去や、秘密があるはずで、もしかしたら、『ジキル&ハイド』のように、ガラッと変わってしまう展開になった可能性もないわけではない。何しろ結末は、作者の手によって書かれなかったのだから。
 多少は妖しさとか怪しさが匂ってきちゃってもいいんじゃないかなあと考えたり、いや、でも、外の世界の人たちにはあまりない壮さんのピュアでさわやかな感じこそが求められているのかもと思ったり、結局なんだかわからなくなってしまう。

 この間、スカイステージで彩風咲奈ちゃんの「スター・ロングインタビュー」を見たときのこと。咲奈ちゃんが、壮さんとおぼしき上級生から言われたことについて語っていた。いままでの自分は舞台に立っていても遠慮がちだった。でも、それは間違っていた。自分が輝くことが、ちぎさんを支えることになるんだとわかった…という意味合いのことを話していた。

 こうやって、経験から何かに気づけるってことは素晴らしいし、壮さんのことばもちゃんと伝わっているんだなと、ちょっとうれしくなった。

 そして、プレビュー公演で見た壮さんが、まさに遠慮がちな下級生みたいに思えて、もう無性にかわいくなってくる(笑)。

 それで思ったのです。外の舞台とタカラヅカの舞台とで、違うことはたくさんあるだろうけれど、上級生がいないというのはものすごく大きなことなんじゃないだろうかと。

 これからはもう、親身になってダメ出ししてくれる上級生はいない。演出家だってそうかもしれない。

 あらかじめできる人が集められるからだ。コイツを成長させてやろうなんて思ってもらえるような舞台はたぶん、そうそうない。自分で気づいて、自分で加えたり、削ったりしながら、自ら作り上げていかなくちゃいけないのだ。

 世の中には、いつ見ても均一な舞台を見せたほうがいいという考え方もあるようだけれど、わたしはそうは思わない。

 舞台は生身の役者が演じるんだもの、変わっていって当然。最初と最後でうーんと違うものを見せる役者がいたとしたら(舞台に乗っちゃいけないレベルというのは論外だけど)、わたしはそれを面白いと思う。もし自分が面白いほうに出合えなかったのなら、それは選ぶ目を持っていなかったのだ。

 自分の知らないところで面白い舞台があったとしたら、めちゃくちゃに観たかったと思うだろう。そして、次には逃さず観たいと思うだろう。そういう誤差が、また次の観劇へと人を駆りたてるのだ。

 幸い、『エドウィン・ドルードの謎』というのは、いろんなことを試せる舞台。さらに、人の二面性、社会の二重構造をテーマにした作品でもある。だから極端な話、エドウィン・ドルードのキャラが日によって全然違っていたとしても、それはそれでアリなんじゃないかと(笑)。

 プレビュー公演で壮さんが演じてみせてくれたエドウィンは、美しくスマートで、人のことを疑わないピュアなハートを持った英国紳士で、壮さんらしくって大好きです。

 でも、同時に、こういう二枚目さんってタカラヅカの舞台の中でしか棲息できないんだとも思った。

 タカラヅカの常識と外の舞台の常識ではいろいろ違う。純朴な美青年といってもいろいろで、例えば『送られなかった手紙』のドミトリーは、外の世界では生きていけない人。『復活』のシェンボックくらいでやっと、なんとか生きていけるくらいなんじゃないのかしら。

 もちろんそれは、わたしのものさしで測った感想にすきません。でも、これからは、いろんなものさしを持った人が観るだろうし、壮さん自身も、舞台に立つことで自分のものさしを作っていかなくちゃいけないと思うので、まあ、ひねくれているけど声援のつもり ^ ^ 

 そんなわけで、壮一帆さんが、エドウィン・ドルードという役にどう色や匂いや味わいをつけていくのかを楽しみにしています。

 プレビューは終わり、今日は初日。いよいよ始まり。『エドウィン・ドルードの謎』東京初日おめでとうございます!

 クリエで3週間と1日、大阪、名古屋、福岡と、2か月近くの間、この『エドウィン・ドルードの謎』の行く手を追っていけるのを楽しみにしています。

『エドウィン・ドルードの謎』

(タイトルの「花束を君に」は、今日からお披露目される宇多田ヒカルの再始動の曲名から。『とと姉ちゃん』も今日からだそうです。曲、聴いてないんだけど(笑))

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