大好物

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えぇもんあげるでこっちおいで!

夕方母からご機嫌な調子で声を掛けられる

以前、親類が送るからねと言っていた

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長崎福砂屋のカステラです

台風前でよかったね

一応仏壇に供え、いそいそと開けてみるとザラメがしっかりありました

家族で美味しい、美味しいと食べながら「やはりカステラは福砂屋のでないとね」と母は嬉しそうに食べながら言います

私も福砂屋好きなので京都ISETANで見つけた時、京都土産に買おうとしたら夏は無かったような?

母が子供の頃過ごした実家が本店の真裏になるそうで

その当時は切れ端をお裾分けでいっぱい貰って食べてた

子供の頃から慣れ親しんだ味は忘れられんと、長崎弁で語りますが

私もいろいろ食べたが福砂屋のが好きです

モチっとして、まっ黄きで、あま〜いですけどね父はあま〜いものはウエルカム!なので美味しそうに食べていました





端っこはいらんとさね、真ん中を手でちぎって食べたかと!と駄々をこねて

「お店んさ娘も食べた事なかよ?」

なしてそげんかこと言うの?と言われつつ

チビ母は駄々こねてお店のおじさんからは「ほらー、食べたかようにしてご覧?」と(昔は木箱に入っていた)カステラの真ん中から贅沢食いさせてもらう

「で、どうだった?」

端っこと変わらないんだと分かり、それ以来黙って端っこを食べたとさねって




私は端っこの好きですが

ちょっと香ばしく焦げていたりして美味しいし、お得感よりレア感かな

製品はいつでも買えるから

カステラのこと良く聞くけど、母の実家が本店の裏通りにあるって初めて知った

もう時代も過ぎて家は無いみたいですが

父の鹿児島の枕崎は行った

ただ、長崎にはなかなか行く機会が無かったので、もし長崎に行ったら

目的に一つ「母の言う実家」があった場所に立ち寄るのもありかなぁと思いました




カステラには牛乳と合うと思う派です

東海銘菓のなごやんにも牛乳

血糖値を思いやるなら甘いものを食べる前に豆乳

それは置いといて、好きな組み合わせである牛乳とカステラの組み合わせで食べました

牛乳とカステラ、最高


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占いもしたし、占いの本も持っています

若い頃から結構好きでしたよ

ある時(その時はチャクラについて学んでいる頃)、星座の話を聞いたんです

その時の講師は占星術を何故勉強しているかについて

相手がどんな人間か知るためだ、と言っていたと思います

私の解釈では講師がそう言うのは、どの立ち位置からは別として「相手を理解していたい」なのかな?と

色んな人と関わるセッションを行う仕事柄、他者が何者かに関心がある事なのかも知れません

その当時から、チャクラの話もそう、占星術の話もでしたが

ページをめくる様に進むもの

そう理解しました

何故ならチャクラの話からグラウディングという言葉の解説、次は第一、第二、と続くのだがあるところで

「ハイ、やり直しってなる」と聞き

占星術を学び中の講師は星座のストーリーも面白く話してくれました

牡羊座、牡牛座、と続きますがこれは魚座の成り立ちから赤ちゃん、幼児、成人しても社会性につながるストーリーとなって面白かった

山羊の岩場を駆け上がる、水瓶座の水の如くさすらう、そういう感じなのでちゃんと物語りになる

順調に行けば螺旋を描く様に、円すい状の形をとりながら天に昇る

また同じ星座の位置に戻っても、以前とは格が違うというかステップアップした状態でそこから始まる(そうです)

そしてここでも

もし、その課題が今生で上手くいかなかったらその螺旋の進みを一旦戻される

「ハイ、やり直しってなる」と聞く

じゃ誰が「やり直し」と判断するのでしょう? 

その辺を今なら「質問!しつもーん!」と挙手するのですが

その時はそんなのイヤだなぁーと思った

その様に質問にまとめるよう昇華させられず

「やり直し」とされたく無いと思ったものです

そうなる理由も今は自分なりの言葉で説明できるようになり、その時は何をして、それから何をする事でと過程が見えているから問題では無くなったのですが

星座もチャクラにもストーリーがあり

一応、私はこれだなと

たとえば私は牡牛座で、動物占いだと○○○○のペガサスで、イノシシ年で、とでるのは誕生日があるからなんですけど

その部分を取り出すと見えないが

その部分には前後がある

私が仮死状態で生まれずポン!と予定通りに生まれていれば、また違う解釈になるのであまり仮死状態の件も誕生日も今はもうそういう事は重要視していませんが

牡牛座なら次は双子座があります

当たり前ですけど星座の順番にストーリーが込められていたと聞くと

ずーっと、なんでかなぁと思い、もしかしてと思い「うーん?」と思う




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この本はいいよと聞いて中古で買ったんです、何気にたまに手に取るので元は取った

この本買おうと決めた時「この本の言っている意味が分かる人と、分からない人がいるよ」

その時は「うーん?どういう意味かな?じゃ買って読んだら分かるな」

読んでみていろいろと思う事はあるのですが

自分の事ではある数字に、前後があると注目し私に関係無いだろう数字の初めからページをめくり読んだ時

ここにもストーリーがあると読み進める

そして自分を表す数字の先に行くと「うーん?うーん?」と一体何?といくつもあった

そして数年

今言えることは、占いは前後を見てみると味わい深いものだという解釈があります

それは

「できないとやり直し」と聞いてこう至ったのですが、合っているかは置いといての私のたわごととして聞いてくださいね

「これやらなきゃオヤツなしよ!」

と聞けば、そんなもんいらんわと反抗するのが私の性格なんですけど、そのオヤツが欲しいもので、やらないといけないと言われる事がちょっと頑張ればやれるレベルなら俄然やります

ちゃっかり者で、現金なんです

ただ、やった事が無い事の内容がどうも初めてでも全く未知なもの、だとパニックを起こすタイプのようです

何故これをするのか分かっている、何の為にしているか分かる

理性でよく捉えているし、しかし身体がいう事きかない

痛みは学べないとよく言われていて痛みの最中は分からなかったから、なるほどと思うことでもあります





痛みの移動は何を表しているのか?

ずーっと「うーん?」でした

そんな事に無縁の人が多い、ほぼそっちの人が多くいる中で私はこれはどういう事?

今年の夏に、突っ立ってしまったようなものですが確かに私は何故そうなるのか解き明かしたいとしていた

ただこんなに早く全く頭では「え?それ?」ですが解明された訳です

それがこういう事かと分からなければ、多分訳が分からず、打ちのめされた気分で私はペインクリニックの門を叩いていたでしょう

しかしまたやらかし、これではアカンと思うのと同時にやっと疑問に思い

目には本として現れ、これが私へのアドバイスだと教えてもらったことでもあります





良くなる事しているのにパニックを起こしてどうするの?

私のたわごととして聞き流してくれると幸いですが、人それぞれ何にパニックを起こすか

そういう事を考えた事も無い私には「うーん!」と笑える事でもあります

理性からの理由はアホな・・・という事です

良くなることに立ち止まる、機能不全を起している

「これをやらないとオヤツなしよ!」

と努力してはいけない、意図を持っては(努力)逆転の法則が働く理由=仕組みを知る

努力してもいい事ないと体験しこれからは理性や感情を育てる必要が生まれる、そして自我が選ぶ基準を見直すことに少しずつ携わる

自分の人生を主体的に関わることのほうが面白いと思っているためです




痛みの移動を再体験する事を選ぶつもりはさらさらありませんでした

しかし、私の知らん所で何がどうしてこうしたのかごちゃごちゃこねくり回さず神様のお計らいとする

「はい、やり直し」とした事はやはり知っていないと理性が伴ってくれない部分でもあります

寿命がある身体を持ち、時の中で生きているなら

より良くあらゆる面で良くなる様にいなくては「はい、やり直し」ばかりでは身が持ちません

自制するのは理性ですけど、アカンこれはアカンと思っていても楽しくない





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変えるって簡単だ

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一年前、私の見た目は

比較的なのか、さほど、というレベルらしいのですけど

まっすぐだよと言われました

私の感覚では寝た自分の身体感覚は、アルファベットのKみたいな感じなんだけどね

この感覚が良いとか悪いじゃないんです

はじめは、まっすぐと言われ「やったー」と思っていました

まっすぐが良いと判別していましたから

しかし、どんどん自分が空間で立っている時、寝ている時にはどんな状態で静止しているか分かり始めると「やったー、じゃない」と焦っていたような気がします

その時は足の魚の目、しぶとい母子球に出来るタコがいつの間にか消えていました

それまで魚の目もタコもめくっていましたから、気づけば無くなっていると

とても短期間に消えていました

そこへ注意が向く前に

これをしたからには、ここへ変化が現れる筈と言われていればどうなっていたでしょう、フェルデンではそういう事は言われません、常に自分の感性を開くしかないのですが

でもやはり何かが変わり、それは全体と組織立って協力し合い変わるのか

推測も立てる間もなく変わってしまっていました

同時に自分がどう体を操作しているのか

特に私にとっての利き脚がどちらか?がやっとわかった時でもあります

その様にして分かり始めると

利き脚が、利き脚ではない方が「どうやって私は普段は操作しているのか」を客観視出来たときであり

利き脚でない方が利き脚になったり、脚と関係ないようですが

不思議と利き手ではない手でペンを握ってみよう、とウニウニの字で書いて遊んでみたり(これがまた不思議なのですが、やってみようと遊んでみる、まさにそういう感覚でした)

そして他の人の歩く姿を見て、この人右だ左だと見えるようになる

自分が理解すれば勝手に分かる様に変わるんだと思いました

そのためまっすぐだと評価された時から一年、魚の目、タコが消えて行き本来のものがどんどん出てきても

遊び心で利き手以外を使ってみるかな?と今までとは違うサラッと感で始める行為も含め、私なりの「学んだことの後はサラッと、ちゃんと理解して試すもんだ」

これが一つの学び方の全体像かなと思いました

付け加えると、一年前に「まっすぐだよ」と言われていましたが、頭の下、横寝になると挟むマットの数、立膝にされてもローラーやタオルやいっぱい使って調整されました

「こうすると楽でしょう?」という事です

そして私は「あー、それ良い感じ、楽です」

フェルデンクライスの養成に行きどうなるのか、記念としておこうと

フェルデンクライス養成初日の朝に撮った横姿の写真があります

そこから一年後の過ごした幾つかについて、予言した写真みたいな感じです









そういう事もあって、空間でどう私は体を操作しているのかなぁと初めて疑問に思いました

当たり前と言えば当たり前だけど

見る機会がなければ気付く事も出来なかったが、あれ?と何故思ったのか

足首が痛かった所を一つとってみると、そこは腫れていた

腫れていれば湿布を貼ってでいいですが

ここがツボであるという事を知ると、腫れているのではなく健康的なツボの状態ではないという事でした

病んでいると、捻れていたり、広がって、どちらの経絡寄りかと偏りが起きている

知らなけれそれまで、私は知ってしまったのでどんどん掘り下げると「アイタタタ・・・」とあまり気にもしていなかったけどアカンなと何処かでは思っていた不摂生が明らかになりました




ほかっておく訳にはいかないけど、どうしようかな?と一瞬思ったのですが

ちゃんと、今まで私はどうしていたか?とハッとさせられる情報に触れる

どうすればいいではありません

何をしていたか、です

その一つに水の飲み方です

水分補給はこの肉体労働者でもある私は必至です

水分不足が飢えを誘発して食欲が爆発するのは

体が水分を欲している場合もあるのでこまめに取っていたつもりでしたが(なので、異様な食欲、甘み、油分が何処が欲しているか、止めるとかじゃなくどうして止められないか分かるものですけど)

もっと早く言ってよ〜という感じのこと

「こまめに水分をとる」について量ではなく、私の場合はもっとチマチマ取って行かなければならなかったということです

あ!と思いました

水の働き、体の仕組みなど見る事もないが何気に見ていたらコレやん!とわかる、だから「変える」とやっていた事の質が変わる

「私の血液に」

水分が行き渡る様な補給の仕方が

他所様の感覚よりもっともっとこまめに、口に含む、ほんの一口レベルですることが、もう急務だったのでしょう




今年の夏、ホントしんどかったー

脱水状態は数年前から熱中症になってから毎年癖の様にありましたが

今年は明らかに脱水状態の症状と、神経おかしくなって自律神経が作用している様な変な汗かくし更年期なのかな?もう現場は無理なのかな、そう思い

どんどん自分の能力不足に向き合う年齢に来たのかと思ったが、それは今までのやり方でいいの?と体が示してくれたことを今は感謝しかない

水分補給について以外、色々とツボの捻れで頭の事に注意してみたら

この世界で(空間で)自分が何をしていたかという事を示していた

以前指摘された頚椎、目の可動域など、言われても今ひとつ快適さが行ったり来たり

東洋医学としてフェルデンをする事で二度目の経験となる痛みの移動について

足の熱感、自分はどういう体質なのか分かりましたがここは専門家ではないので注意しています

夏の状態はこうなっていたと思い当たることが、東洋医学を少しかじっていたからそこからの情報で

やっと、これが私かと分かる

どうしたらいいかではないです

何をしているのか気付く事が出来れば人は変われる

そう聞いて自分がその通りにいくつも「何をしているか」と客観視出来れば助けになることは世の中は開かれているという体験

頭脳を使っているのは今の時代だから

昔は肉体労働者が主で「肉体の感覚的には今の時代と違う」ため、その時代、その人の生活で何が主なのか

その為、その人がその人に戻るためのリフレッシュする手段は偏らないものを選ぶものです

私は肉体を使いつつも、移動手段は車で実際は座る事が多い何時間も1日のうち座るとしてもデスクワークがメインの人とはやっていることは違う、私は特殊な方だと思います

なので相手に伝える事が本当にそのまま当てはまらない、その人の、私にとっても

日常は何を主にしているのかとても考えさせる機会でした

私にあった援助をと常々考えていましたから、フェルデンではない方法で目に見えないようにでも「これは私への援助だと」分かるような援助を受け取る

これでやっと好きなフェルデンを、仕事では踊りを、私の考えた振り付けをどう伝えたら気持ちよく踊ってもらうか頭をフル回転したり

私にあったやり方が今の今まで捻れたり、よくわからなかった為に体を通し対立していたのだなと思います

肉体は好みがある、頭の中でもです

ツボに関して言えば、その人がもつ独特な方向があるけどそれが上手くあれば健康的なツボとして現れる

空間、体のラインからも無理がない

病んでいると捻れたり、偏りを起こし、ピンとしていなく動こうとしないしそこは広がっていて感覚がおかしくなっている

体を診るとは、体であることの役割りが其々に繋がりあっているから意識も繋がりあっている、心身一如ではないけど病んでいても病んでいるなりの快適さを持っている

見た目では分からない

その人の捉え方次第と思うのは病んでもう直ぐという状態でも意識は迷走せずしっかりとしている





多分、私の今の体の状態は病んでいるのか分からないけどご機嫌なのでいいんじゃないかな?と思う

気分よくいられることがこんなに健全でいられるものなんだと、少しでも昨日より良くなるよう 

そう心がけようとする意欲がある

それを少しでも長くするために、謙虚でなければならない(周りとぶつからない様に気遣いながら私の体が空間の一部としてコロコロ転がっていた時)と

今回の痛い思いをして、あの時を思い出します

もう満足だと思い呼吸しながら動けた時を、この様にして生活の中であの時に気付いた私なりの空間感覚だったのかもとと思います

こんな形で再現できるとは思わなかったです










水の飲み方は変えました、チビチビ飲んでむくみもなく、お小水もしっかり出て気分も体調も変わりました

え?こんなんで?というほど変えたことは大仰ではないが自分の体には大きな変化でした

この積み重ねでしょう

来年の夏に活かせるか試すしかないですけどね



カレーは未だ食べてます

メーカー変えて楽しんでいます

薬膳カレーを目指していますからパウダーばかりです

味付けもどんどん進化するかというと案外シンプルになってきました

赤缶は店頭でよく売られている

ザラつきがなく定番だよねという感じでした

でも私は確かハウ○製のルーが好きだったので、探してネットで買いました

ハウ○のは入っているハーブが全部表記されてて、効能を楽しみにしていますから見ていて楽しいですね

どんな味になるのかこれから作ります

まだ世の中には沢山カレーパウダーがあるので探すの楽しめそうです
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今は東洋医学を参考にはしましたが、私の今の基本はフェルデンクライスメソッド

今回の事もそれがあったからと思います






















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夏はグズグズの体調のままフェルデンクライスの養成に参加していましたから、得る事いっぱいで楽しかった!というより

一体なんであんな事、こんな事?と気付いた事の方の関心が高く帰ってからの時間の方が(自分の中では)充実していた

観察したり、変化をどう生み出すか

あっという間に10月だった、その最中は夢中というかそんなもんでした




私が好きだと思うものを私は持っている

その事柄、そうだったものがもう一度見直して欲しいと関心を向けさせる

即ちエゴがあってよかったと思う、自分様々でありエゴの塊である一つのこの身体

所謂私が好きだということ、コロコロ変わって見えるけど結局ここからというもの

変わらず自分自身には突き詰めて行こうとする事は私はカラダでありますが

試したり観察する事が人によっては

めんどくさぁと言われること、サッサと答え示してよと苛立つ分類、ほぼ共感は得られなくとも私は苦にならないもの

私の経験でもサッサと答えを示してよ、という時期が往々にしてあったのですがコレは呼吸動作など、ほんの些細な自分の動作への注意力が育つことで劇的に(簡単に)変化するのでは?と仮定しています

「変化したいと人は言うけど条件がある」そう聞いて確かにそうだなと思う、そう言わなくても「体は変化に対して条件を出すもんだ」と

そんなもんだなと、それが普通だよねと大らかになります

あんまり、言われてハイ捨てますとパッパカ捨てられる人は信用ならないよな?その人のその人で居させる信念やら信じていたものは何だ?

しかしこれはもう捨てなくてはならない、そう本人が気付いたものならちゃんと捨てられると

新しいく生まれる仕草、新しい行動、心地よく発展していく考え方を通して元々備わっていた頑張らなくても無理くりいじりまわさずに自然と出来ること

人ってのはそう「するもんなんだ」と私は娘のフェルデンクライスを実験台として受けてくれる母の体を通して記録(記憶)しています

私から提案したものに、なに?お母さんそれできるの?ってこちらは驚いても「出来るよ」と言ってサッとやられた時に70のオバァが!と目が点になった事がありました

母にしてみると二十代の頃の頚椎捻挫の経験が、既に終わった事としても実際首は前に倒れている

でも徐々に首の位置が変わった事での弊害も起きていますが

自分自身の記憶より、実際こっちがいいと判断した事へスムーズな移行が始まる

あー、だからかぁとブツブツ言い自分の始めたことと捨てた事がわかっている状態で、またやってみたらさっきみたいに上手く出来なくなったと考えたとしても

動揺は小さい

母の条件が変わったんだと思いました

でも、変わるという事に無条件でいる事が出来たら葛藤もなく

無駄にエネルギーを消費する事なくいられるんだろうと思うのですが

自分の殻を見る事が出来る知性を持つ人間で生まれた以上

ある程度は必要な事なんだろうと受け止めています

振り返る事、何をして来ていたのか見て

より良くなりたい、そう考える言葉を生み出していく事をしているのは自我=体に他ならないと思うからです







変わるといっても、条件にOKして

その条件のもとやってみて「あ、これはアカン」と気付く

そもそもどんな条件を持っているのか当人は分からないものです、私も何がそうなのか分からないからある所に来ると悪戦苦闘するものです

その為、「条件捨てに慣れる」には些細な事からやり始めないと大きな条件を捨てられないと理解しています




私にとって「何だろう何だろう」と試行錯誤を楽しめること

三大エゴの一つの体について自我を持つ私は努力ではなく探究として趣味みたいに楽しめる

自我を持つ私とは、思考を、感情も、姿勢も動かし方も

それらは身体からの表出したものに、OKとしていく

「その人が得意としていることからやってみる」

フェルデンクライスの考え方の一つに

そう聞いて一年、改めて私の得意な事(方向性)は何だろうと一度立ち返る作業は苦痛ではなく楽しめる事でした

フェルデンクライスに出会いつつも、同時に東洋的な考え方で身体を見ることにも関心を持っていた

身体について二つの方向性

(実際はフィットネスも仕事にしていたから三方向、その後はメンタルな事にもと、どうしてもこの仕事をしたいと思うことから色んな方向性が生まれたけど)

なんでだろう、という事に10年前に一番関心を持ち、参加し、頻繁にワークショップとか学ぶことに費やしたものでもあります

東洋医学の考え方

しかし、なんか途中でこっちではないと

沢山集めた資料や本やら処分して、あんなに関心があったものを気が変わるとパッと放り出すもんだと思っていたが「再燃」してきた

これは夏のグズグズ体調、痛みの移動、方向感覚がおかしくなり道を間違えてばっかりで「景色の見方、覚え方自体を見直す」必要性が生まれた

その中で私の体の方向感覚はどうなってるんだろう?何故足首のある一部が腫れ始めたんだろう、何故足の裏が熱いんだろう

何故レッスンの動作で急に右の脚の付け根がガクンと外れた感じがしたんだろう

その後から

高校生の時の歩行中の事故で経験した脚の痺れや、追突されてむち打ちで体感した頭の事が気になってくる

感情を思い出していた時と違って今回は忘れていたことである突発的に受けた事故やら怪我を思い出させるのかな?そう思っていました

今更どうしようも無いことです

ただあのあとに納得する治療をしたり、考えたり、そこから何かを学んだだろうかと

今だから自分の手で(先生や病院を選ぶこと、治療を惜しまないこと、被害者としての位置付けからどう学び終着させるかなども含みます)行う自分への援助に自分から積極的に試行錯誤したか

そういう試行錯誤が自我を育て突発的なことに動じない、最善な行為がサッサと行なうには自我の発達がなければ感情的か、無関心になる

「パニクって、固まった人と自分の安全を確保してそこに相応しい行動が出来るかどうか」

私の中でフェルデンを学ぼうと決めた時一番心惹かれた言葉に

サバイバル能力があるか?

私にとってのサバイバル能力とは?と常に考えていましたから

パニクって固まるか、自分の安全を確保したらその場に必要とされる行動力は「無い」と体から訴えたのだと思います

そうすると色んなことがスッキリと見える

足首が痛くてどうしていいか分からない、援助を必要としていると訴えたことは自分の弱さ弱点が頭で分かっているのなら対応は直ぐ出来ていた筈です

頭の中でこれは弱点と思ってもいなかったのか、突発的なことに「どうしていいか分からない」

こう素直に思うにはあの移動する痛みが不可欠で、何が起きているかじっくりと観察出来るには日常と一旦切っていられる場

フェルデンの養成で、日常から隔離し連泊にて京都でいられ本当に良かったと思う

そして日常に戻り再構築が出来る

そのために自我は不可欠と思うのは

何故そこを見るのか

注目することが出来るのか

一体何がしているのかに誰がするのか考えても自分しかいないと思います

そのため、色んな疑問符に以前関心を持って学んでいた事が、養成後すぐに再注目し

帰ってすぐにしていた事は

東洋医学についてもう一度見直してみたい、その為にAmazonで本をと思い購入していました

専門的な本でしたが、内容を理解できるだろうか?とは思わなかったです

というか最近選ぶときの基準がはっきりと分かれるのは、興味のある度合いに比例した物を自然と選ぶようになります

これは満足できるか?と推測し、実際やってみてハイ満足しましたは誰が決めるでも無い、自分ですから

厚い本が凄い事も無いけどコレを読みたい、手にしたいと思う本はどんどん高額になる

(まだ熱心さがない英語はペラペラの幼児本レベルだから私の熱心さの違いがわかりやすいでしょ)

「自分にはその専門的な本が相応しい」

改めて考えると、相応しいと思ったからあれもこれもやるために全て(自分が身に付けている事なので時間、お金、探究心など)注ぎ込んだな、と

その場に行くこと、新しく手にするもは

それが相応しいと思うから身も蓋も無いことも含め選びとる、後からイタイことを、と思う事もです

実際手にして飽きないから毎日読んでいくと、私の疑問符はその本にほぼ網羅されていました



そして毎日この本を読みながら

セグメント中の講義や体験、痛みの箇所から何を見つけたかというと

私は突発的な事に対して、如何に無防備か

その後の対応する力がないから見て見ぬふりで済ませた事、ここまでやれば大丈夫と積極的に面倒を見なかったこと

まず腫れ上がった箇所はツボと経絡としてみるのです

何を私は言っているのか

以前習った五行での感情の一つに恐れというものがあった

今回買った本ではあくまでも治療する、という考えなので臨床の場でどうか?と症例と治療行為がメインですから

あーだこうだと思考や感情の事は一切触れられていません

その人の命が関わるから治療として考える

とても繊細に扱うこが、大胆に行く場合もある

そして治療を施す側の精神論は身を引き締められる言葉が沢山あった

そしてただ読んで私の体を通して試してみるが、これはハウツー本ではないと何かしら感じ

心して自分の体に試しました

ハウツー本ではないから書ける真髄というかその道のプロが道を進むため

手助けになるように、技術を深める為に読んでもらおうと書かれている訳だから

ハウツー本のカジュアル感覚でこれいいよというのがおっかない

知らなければ済むことですが「本当に臨床では死につながるほど強力なんだ」というものだから生き返らせることも出来る

そういうギリギリの所、故に人っていうのは頭で考える以上に簡単にあの世に行く

そうさせたくないから心して、繊細に、時には必要ならば大胆にやれと言い切る

身の程を心得ていること、初心者ならやるなともあります、ベテランならやれともありました、そういうギリギリの所があるんだと驚きました、そこをハウツー本は不調に一押し、とざっくりと示している

なんせ目の前の人は命がかかっている適当はあってはならなく、見通しがあるならやる責任を委ねられているという状態

その体は何が言いたいのか繊細に探る、そこに痛みがあっては違うという事にも共感しましたが

自分の体で試すって本当は怖いものなんだとも理解しました

だから試していても、集中して

観察して

変化を記録してという作業が私は出来るのはどこから?

自我からでしょう

この腫れた場所、それに関して経絡はそういえばと思い出させるストックした情報がある

悪くなったからと、その部分をとってすげ替えればと体を自動車の部品のように考えて、と考えるけど・・・とフェルデンでも講義がありました

専門的だな、そう思った本はその書いた人の精神が宿っていると思う

フェルデンの考え方を持った今の私は

以前切り離した東洋医学の考え方に再び触れて

その時は夢中になったものは案外悪いものではなかったと思うが、一緒にしよう、コラボしようとは考えなかった

何でもいいところはある、混ぜればよくなるものもあるがそれは融合してであるから第三のとして出来た時

だけど今回のこれは個がたっていてる

ゲームの中に主人公が二つも三つも取り混ぜたものにしてしまう、なんかそれは変だなと私は思っていましたからこの考え方でいいと思います

フェルデンは治療とは捉えていない

今見ている本は治療として捉えている、喧嘩させてはいけません

それだけですが、何故私はこの本を手に取ったんだ?となる訳です

私が選んだのですね







これは人によって色んな意見や考え方があると思う

またそこをいじくりまわしてどうすんの?

私も人様のことで思う、えー⁉︎またそこ?と呆れることもあったが

でも自分自身を観察していると

そんなもんだな、そんなもんよねと大らかに受け入れるざるを得ないことが案外次へのステップになる事を経験していた

より良くなりたい

昨日よりほんの少しでも、より良くなりたい

今までは若々しく元気にハツラツと、ぶっちぎりでと思っていました

今は心への滋養、味わい、より深さへと

人生というものに常にあって欲しいものは

より良くなったと思える為にし続ける事が少しでも長く続けられるように

自分のことは自分で面倒がみられるから、と言えるように「回復能力」を育み活かせる自我へと

新たに学び取り入れ、条件としている事が本当にそれは役に立つのか、なぜ条件としたのか私の場合以前学んだ東洋的なこと

もう一度、あの時の様に東洋医学に触れてほしいと思うように展開する気付きや思考です

今回のセグメントで話題となった

その人の持つリカバリー能力、回復能力について、言われてみたらそうだなと思う事へ自分なりの考え方で昇華していく一月となっていました





引くことは簡単にできることかも知れません

でも、どうしてもと言うことは押す必要があるものです

ただアホみたいに押すのではなく、原理原則がそこにあると体は示します

原理原則があってやっていると言えるか

私は「なんか適当にやったらこうなった」ではないと思ってしまうのですね

そう思うのも自分であります

そして一番今思うのは自分をないがしろにしてはいけないと位置付けがあるからこのひと月楽しめた、どうして?なんで?と疑問に思い試して楽しめました

やはりフェルデンは好きです、はじめてよかったと今はシミジミと思う

頭の中で構築されている以上

どんなに新しく

変化しようとしても

構築されたものを壊し新たな動き方を体で実際にできないと「やっぱりできない」と諦めてしまう

頑張って、痛みこらえて、自分に鞭を打つよう努力した結果必ず報われるは幻想だと今は言います

努力しない、痛みに繋がっていくならそれは間違ってはないけど、違うと言える

努力という言葉にどんなイメージを持っているか?よりも、成し遂げることや成果を出す事はどんなイメージを持っているか?だと思います

だから何かするにもその地点から相応しいように展開される

頑張ってはいけないと聞き、何が頑張っているのか知らないのでしょう

壊す事がどんな事に繋がるのか見届けたことがなかったのでしょう

しかし本当に壊れてしまう事で(失敗して身動きが取れない、病気にもなる、病は気からと言うほどですからね)、そこは任せて!という分野があり

人はそもそも力強くあるからという前提にいる分野もある、この辺の考えが私は好きです

フェルデンの立ち位置だと思います、不可能なものがその人の可能性となり優雅さに変わる

そのために、イメージも大事だから実際に動き始める前にフェルデンは動いていなくても、イメージでは動いていることもする

一つの点がこう着状態もしくは存在すら忘れていたことから

そこには動きがあると発見出来るように学ぶ

それが良い方向に動き始めれば、もれなく他もよくなっていくことを聞き

実際に自分というセルフイメージに快適さが生まれる

私なりに実感したことの説明が出来るように

養成生だと言う立場にいるのですから、やっぱりフェルデン好きなのね





日本人は生まれ持っているでしょ?ただお茶出すだけなのに何故茶道があるの?

「道」とつくものが日本にあるからと、外人さんでもあるフェルデンの先生たちは言うのです

先生、そりゃ誤解だよー

クロサワ、ミシマとか言うけど、戦前戦後と日本人という精神はどんどん変わったよ

ユーモアたっぷりで、人情深く、刀を振りかざしている時代、奥ゆかしさ、大和魂など

日本人ってこうだって思うのは、(多分褒め言葉として日本人ってという憧憬かも知んないけどさ)そりゃ一部の人やん

でも、やっぱり私の中には日本人の血があるのかしら?と思います

とってすげ替えてチン!よりも空間を見て、四季の変化に身を置いて、何から生まれたのか洞察し全体を見る

治癒力というカテゴリーにおける東洋医学の考え方は好きですから

まだまだ体ってこんなに凄いんだよ!と書けない、感想ばっかり

でもいつか今回手にした本に言われているように、取り組むという事の心の在り方を言葉で見て自分は

それに同意したいとおもったから毎日のように見ていられたと思います

この本を見て、心動かされそして実践して欲しいと

どうしたらいいか分からないという自我も私、「この本を手にしたい」と思った思考も私

私に伝えたかったのだろうと思います

私が私とより近づいたと思える時間でした

最近痛みとかどっか行きました

ぶり返しても夏ほどではないでしょう

今は動くことがこんなに素晴らしい事なのかと、跳んだりしていても体が軽い

エアロやアクアのイントラである事を

リズムに乗って楽しめることを再び始められています、シミジミと再び運動に(運を動かすという表現でもある)楽しさを見出せることが嬉しいですね

実際に心臓をパックンパックんさせて循環器系を鍛えるには、それを楽しめるというものは最適な範囲の運動だから




お終い





胡散臭と言われますが・・・

神様はいると私は思う、よく面倒見てくれていると私はいつも思うのです








ご機嫌になる

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先日、叔母が糸寒天をお裾分けしてくれました

やっとこんだけになりましたよ

今回は、私は小豆好きですのでアンコを使って羊羹風に仕上げて何度か作りました

糸寒天は高級寒天だと思います

結構なお値段ですし、なんといっても歯ごたえが粉の寒天とは違います

大量だったので何度も試行錯誤して、どのメーカーのアンコなら美味しく食べられるかやってみました

合成甘味料の入っていない、ビート糖と天然塩で作られたアンコは値ははるけど

安心を買ったと思い満足しています

何よりも北海道小豆で味もいい、スッキリとしたアンコの甘さです




私は合成甘味料はオススメしない派です

実際に自分が合成甘味料の飴を口寂しさで舐め続け、知人がダイエットコーラを毎日飲んでお互い合成甘味料入りのものを止めてみたらこうなったという顛末があります

具体的に言うと私は不機嫌だったかも、知人は無気力で仕事中に寝落ちではないけど軽く意識は寝てしまうほど多眠症のような感じ下痢だと言う割に水太りのような感じでした脱水していたのかも

止めてみてそう言えば、あなた変わったわね?とご機嫌具合の変化を感じ、その後を報告し合い「あれはやめよっか」になったのです

そういう経験があるので

お互いにこれは止めようとなったのです

気にしなければ何てこともない人もいるし、メーカーが使うからまぁ、ねぇ・・・という位置にいますけど

もしかしたらガスコンロの焦げは発がん性があるとして言われても、発がんさせるには

焦げばっかり、それもたらふく食べてですよ!と今は言われます

そういうレベルかも知れないですから気にしすぎもよしわるし、です

合成甘味料については、敢えて食べる意味が無い、何か他にメリットがあれば目はつぶるけど

出来たら口にしない、という感じです

お店でアンコを見ていて

合成甘味料の入っていないアンコ探すことになるとは

今回はビート糖です、オリゴ糖ね

お腹の腹の虫が機嫌よくなりますように

母の便通がますますご機嫌でありますように




人間というのは、夜にはよく寝ることができていて排泄がスムーズだとほぼ健全でいられます

ほどほどがいいです、多眠は問題抱えてる

翌日スッキリを維持し続ける事

継続ができる両親は調子が良さそうです

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あまり形にはこだわらないので、ザッと丼にいれました

先ほど食べましたが今まで作った中で一番美味しいと言われました

何をしたか?余計な事を止めましたと母に言ったら笑われました





今日のそらちゃんもご機嫌で

「こんにちは〜」と手を出してみる

ご機嫌だとお手をしてくれます

仕込んだんですよ

でも猫なんでね、機嫌が良くないと無視どころか噛まれますから

猫もちゃんと芸ができます、そらは出来ますお茶碗に餌を入れて「どうぞ」と顔の前に見せると

ちゃんとお頂戴してから食べます

下さいってお椀に手をかけるんです、そしてお椀を床に置いてもらってから食べる

この、こんにちは〜は

貴重な写真なんです

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長くそらと過ごせますようにと願ってますね

やってらんない、やってらんないと繰り返し言ってるなと自分のブログを読み返していました

こんな事を、と驚きはないです

率直な感想だと思っている

8月のセグメントを過ごした時間、頭の中に入れた事は言葉では説明されますが、その言葉からイメージし実際に動く

そのため言葉で改めるよう改善されたのではない

自分が実際に動き、それを通して見つけたりした事

考えたりすることなく苦もなく動けることは沢山あります

では動きの質は?と問わないが

私の中ではじめて椅子から立ち上がること

それには難儀な立ち上がる過程しか持ち合わせていないようだった

なので他の動きの質を見直したことで、これはおかしな事をしていたと自分で気づく

それはもう止めたい、今回のセグメントが終わる時には解消したいと自分に誓って先生にも言っていました









日常で培った姿勢とか

特に私だと仕事環境に慣れ親しんでいる動作がある

それをどっちがいいも無いのですが

頭の中でストックされていることが優位に出ますね

ただ、今回のセグメント後から自分の中では語り掛け方が変わっていたりしています

体を触る練習がメインでした

その為、無言であっても相手の体に問うわけです、どっち?どっちへ行く?

こっちへも行くとも聞いたがやってみても良いだろうか?

私のその時の精神状態や体調もあるのですが

どれだけ繕っていても頭の中で思っている事は受け取る人の状態にもよりますが

無言であっても何かは伝わってしまうもんだと思った

一つ目は実際に触っている部分を見て、二つ目は目を閉じてそこをイメージしながら

三つ目は・・・と、それらに対し相手がどう感じるか聞いてみると相手のフィードバックの内容に驚きました

自分がどう思っているかで、私の手、指に影響し受け取る側に違いがお見通しという事でした

私のイメージ中、私の指先からのタッチの質は違っているということ

その変化や違いが分からない人もいるし

イメージの変化で何かを感じる人もいると知ったのです

息を吸いながら吐けない

「二つは同時は行われない」

この経験はなるだけだ自分に正直に

頭の中だけでも素直にいようと心がける

その結果の言葉はネガティブでも痛いなら痛いでいい

だけどその次には痛くならないようやり過ぎないように頑張るなよと自分に言う

セグメント後、仕事再開したら腰が痛かったですね

今この時点では消えていました、いつの間にか自然と消えたのかも知れませんし

色々疑問に思った為、自分で手をうちましたからそれも良かったようです

しかし、セグメントでみんなと散々やったFI(機能的統合と言われる個人レッスン)の練習で培った感覚、動きは?消えつつある

記憶を引き出す作業となりました

特に、足の裏で地面を感じること

それは「こっちに重心が乗っていたからだ」と違いが分かるようになる

記憶にある「あ、ここだ」と理解したところから以前の状態と比べられる力は養った

以前でも何度も足の裏の乗った感覚が鋭くなっていたが、いつの間にかその感覚が消えてしまっていく

それも苛立ちの発端になったりもする

しかし今回は足の裏が以前と比べられるよう、過程が見える

今は腰の痛みが無くなってきたのは統合されたのか

以前の使い方に戻ったのか、どっちなんでしょう

今はやってらん無いと思ってはいないようです





動作はこれを良しとしたイメージで行っていたであろう動きでも

「いや、こういう行き方もある(生き方という表現にも繋がると思う)」と

動作としても多少はズレが起きているのですね

それで、痛いって程ではないが腰やら、やってから後から気付くように

やり過ぎの結果にアイタタ・・・となる訳なので「もう!やってらんない」と思う事が悪い事とはしない

今は思いの外おとなしくなり馴染み出したのかな?と静観している所です

それほど今回は多くの情報が入り過ぎだったと思います

以前は「いー感じ、いー感じ」が多々あったがそれは今まで十分動かない所が動き始めていたのかも知れなかったと

判断もなくするすると動作が始まることも後から「これはいー感じだ」と評価を当ててしまう

それを続けた結果の一年後は

この調子ならもっといー感じに動けるんだと期待していましたが

2年目の8月にあったのは予定外のスットプ状態に陥ったんですね

養成生とやり合いっこする為に椅子に座ることもしんどい、人の腕をほんの数センチ持ち上げるだけも、歩くのも辛い

自分で言うのもなんですが怪我とか病気でもないのにあの状態は異常事態と思うことにする

だからもうイヤ!と一人漫才のようにボケて突っ込む

痛いなら痛い、辛いなら辛いと言わないとそれでいいの?となかなか私は新しい手を打とうとしないからです

例えば私ならそれをそれ以上は止めると判断する能力

何かを打ち出し改良する(治療ではないけど改善する提案者としての)腕もないのに

習い、ちょっとやった事で本当にこれで良いんだろうかと思いながらやっている

自信が持てないのは、やり込んでいないからでしょうデータが少ない

その為、何度もやります

それでも自分が痛い辛いと行き着くことは「安全に繋がっていない事をなんとか繕っている」と分からないといけないんだと思っています

これでいい人もいるでしょう

私にとってそれは安全では無かった





よく、楽しければ、面白ければ、安心だからと思いがちなんです

殆どその人の状態で全く変わるもので時間経過などで入れ替えられる可能性もあります

イントラになってから「それは安全かどうか」と散々言われる事でもありました

怪我する動きなんてものは無いなんて幻想ですよ

身を守る術を持っていた方がいいです

人と比べないよう自分に合うよう調整する機転を持っているかどうかですが私のレッスンに限ってはそれはOKです

どんどん試して

笑顔でやる意味も伝えました

視界についても、目はどんな働きを司るか

何度も何度も自分にも試してもみました

味わいが深くなるように感じるまで試していくと、更に違うものがあり、益々味わい深いものになります

私は教養としてでもフェルデンクライスメソッドの養成生ですからその視点から見ています

フェルデンクライスメソッドからの視点から「それでいい?」と

私はツッコミを入れられているんだと楽しんでいます






「今そこにあるのは何なんだ?」と問いかければ土台はあきらかにされるものです

それを決定付けたのは

はじめて参加したセグメントの音声を聞き直して改めて出る

「じゃ何故これは安全か」

その理解ができるのは

安全第一で整った環境とか、提供されたものが安全の元作られたとかであるのは必要ですけど

やる側にはコケ方を持っているかどうか

去年のはじめてのセグメントの後半

ヨガでいう三点倒立みたいに頭立ちをしていく事へ、とてもコレらは(日替わりに行われるATMレッスン)がその体勢へ行く為に意味を成すのか全くつなげられ無かった

今でも多分私は未だに頭立ちはできないと思うのは

それをする程の動きの繋がりを体の意識が備わっていない

運良く頭で立ったとしても多分腰は折れていて、背中も怪しい

首もしっかりしていないし

今自分にとってツボにはまった所なのですが

頭のどの点で空中にある体を支えると楽に立つか想像できません、そもそも想像が無いのです

できたらいいなと、いつかは再挑戦する機会を待っている

一年前その過程を踏んでも私は全く出来なかったのですが、それが頭立ちが重要と思われがちだけど違うよって

四つ這いからその頭立ちの体勢になっても日常頭立ちでい続ける事はないです

もし、できるようだったら頭で歩けとも指示が出ていても一旦床に仰向けに寝る必要になる

それはまた四つ這いに戻るのではなく、頭立ちから背筋をしなやかに反らせブリッジのようになる

その姿勢から動きの発展を見出す

静かに背を床に戻し仰向けになって行く

自分の中に、組織立つ仕方を手にしていれば少しのヒントで次への発展が見通せる

組織立つというものを持っていなければ

崩れ落ちて終わり怪我に繋がるか、エイ!と勢いや力任せでやる事で危なっかしい

これはアカンと判断することは今の判断であり今後やってはいけないということでは無い

そう自分になだめても

イメージや、やっていなくとも過程を知ってしまうと無理にでもできなくもない

それも分かるのです

言葉ではいくらいい事を聞いても

その言葉からはなかなかその次が生まれない、葛藤したり時間を要して自分に努力感として生まれる

頭の中では、言葉に対する重要度はあまり無いのかとも思う

その言葉を証明する事を体験なりしたらその言葉に「ほら!やっぱり」とはするのは自分でしかない

そうならないにはどうするか

見直す機会とするか、真実とするかだと思われます

という事は自分の頭の中で言葉で評価として生まれても、それは何とでも変えられる機会として捉えています

私は安全に戻る仕方を(今は)持っていないと認める事

これは、そのやり方を見直すきっかけとなるため、痛みや辛さがでたことで受け入れざるを得ない

「そうならない方法」は簡単で可能である、休みながらでいいとなる



まだまだ、自分の感想が多くでる

フェルデンクライスの素晴らしさとか全く出ていない、毎日試していますがまだ十分とは思えない

私なりにはあるのですが、まだそれを語る準備が無いのかもと思っています

フェルデンクライスを学ぶとして、そして始めてやって一年後痛い、痛いって今はネタにして、これを聞いたモシェさんはどうもしないだろうなと思います

治そうとしない、変えようとしない

そういう所ですから

自分で気付くことができる環境作り、内容などの配慮が沢山されている

そういう所だから私は楽しめる

これだけ痛い、痛いと言っても「もーフェルデンには行かない!」とは思えない

またお休み頂き冬のセグメントへ行って来るけど、心躍る、楽しみなんです

私にとってとても味わいのあるメソッドのようです





痛い、痛いもほっとくわけにもいかず

手は打っています

それを通して最近の発見では、

こっちに行きたいというものは体のほんの小さな点でさえもそういうものなんだと知りました

体は正直なんだと改めて思っていたりもします
フェルデンクライス・メソッドのバリバリの養成生です、ただまだ終わらない養成に面白さを見出そうと、でないとやってらんないから日々フェルデンクライスの考え方(メソッド)と自分を比べ「それ受け入れ難し!」と思う事もあったし、でもやはり「それ頂きます」などと遊んでいます

自分の身体で試し、遊んで上手いこといかず私の幼児期を振り返れば十分あり得る態度ですが今はプチ癇癪起こしてるなと、幼児のように遊んでいます

こうなるからとかは無いです

こんな言い方はしませんけど

とにかくやれ、ただし休みが必要と自分で判断したら休むようにしなさい

その休みは意味があり、よってそれを含め自分にどのような働きが起きるか聞いているのでやってみないと分からない、試さざるを得ないなんです

でもそれは楽しいことなんだと思うから早く次のセグメントを待ち遠しく(今はとしますが多分大丈夫と)思う





感じること、何をしているのか分かっていること、動きの構築に何処が加わっていないのか、繋がりを

感じる、感じる、感じる・・・

ここが動く!と箇所を感じ取った時よりも

実際に歩くとか、本当に単純な動作を動いてみた時の感覚としてでも「!」という新たなものに出会い感動したり、じわじわと後から出てきたりもする

はぁ?で?というものや

ったく!なんやこれ!という感覚も私に起きたことへ言葉をスルッと当てはめ浮かばせる

(昨日最終回だったドラマじゃないけど)「マリ、こんなの初めて・・・」と自分の中で起きた事に何もかも奪われそこから先に起こしたことは今までの何か分からなくとも溢れでたりする

そういうのは、決して不快じゃないですけどね、違和感はある時もあるがこれも私なんだ、です

ただどうしてもあの感動を再び、では無いですが通り過ぎたものをもう一度と思ってしまう

この学びは私にとって何か意味があり何かを得、何かを作るためとか大義名分は捨てて、自分のための教養だと割り切る

そうで無いとやってらんない、それに振り回されないよう自分を育む段階だと感じる、ここに入る前に確かに思ったから「自分を自分の手でこれからは育もう」

トレーニング生は、一般の人より感覚を鋭くする事は求められている

今はトレーニングのため必要だが外でも同じとしないよう、そこに陥らないようにと、でも自分を明らかにする事を楽しむ人たちもいると、聞いていていつも「どっちなん?なんのこっちゃ」と思う私

私みたいなアウターマッスル人間に不似合いと思いつつ意外ではあったが

とても私は繊細で神経質な所もあるそれで良いとしています

けど、感覚に溺れてはいけない

快、不快がどんどん区別される

それは仕方ないと分かる

心が静かになればなるほど普段見ていた目から得る山の景色にある時「こんなに綺麗だったんだ」と最初は感嘆して、また何時も見ていた、知っている山の景色だと落胆して、再び改めて綺麗だな、と思っても感嘆は静けさにかわり、どっちでもいいと思ったり、そういう繰り返しがあった

分かってるけど、経験済みでそういう時はどうするか理解しているけど、という感じでしがみつくのはそこじゃないと割り切る

ただ今は体と心は繋がってるの?と疑問に思ったあの時と違う、その10年前では無かった知識もある

思い込みが培われたものや、結論付けたりし、色んなものがストックされている

しかし脳の中では自分がこうだと思っている以外のことでも繋がりを見つけたり、つぎは何するか繋がるように作られているのかな?と

そう思うのは自分が信じなければどんなにこれ以外に無いと、周りが客観的な評価で導いた事実もであっても同意は生まれず信じないで済んでしまうということ

自分でもあるある

実際みんなこうやんと言われても、同意しない事はあるので私は自分の価値観をまず尊重している






一つの事が改善されると他ももれなく引き上げられていくという事を情報としてアタマに入れてしまったのですね

実際、これから行うこと「立ち上がる」動作にどう影響するのか

直に立ち上がる動作を改善する事をせずに全く関係ないような「手」からやってみる

ただ指を開いたり閉じたりを呼吸を忘れず行うだけですが、聞いたその理屈は本当なのかと

機能として備わっているなら?と観察がはじまります

↓脳の中の身体地図

※脳は機能として認識している自分の体はこんな感じなんですって、手と唇、舌が大きいです

※性器や体の大きな割合を占める脚はヒョローんとしている

※理科の実験で、背中には痛点が少なく、子供にはお尻へ注射するのも感覚が鈍いからと聞いたことがある

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手を使うベルハンドというレッスンが何故作られたか先に可塑性について聞く

そして私には「立ち上がる」ことの改善はあったかも知れませんが、注意が向いたのは「目」でした

首から変だ、目をギューっと閉じたくなる衝動は不快としかなく

評価は「おかしい!これはいつもと違うことがはじまった」

いつもの事だったと知るにはいつもの事は無い事を知らなくてはいけないけど

手でやった事がなんで改善じゃなく、今までそれが良いと思え無い事と、そう判断したものがどこで起きたのかが分からないと言う時は私は不安でしたよ

直ぐつなげられないことは不安定で、どっちにする?は一年かかったと思ったのは

また目が変だったけど、背骨と右の肋骨を動かしてもらった後、目ばかり変えようとしても他の使い方がそれに合わせられなければいけないんだと

超シンプルなことなのに理解が無かった

でも、それにより気になることが生まれ

じゃあ、なんで昔の人はこんな事に心血注ぎ発展させたのかな?どうしてこことここは繋がるという切り口を見出したのかなぁと

これに戻るということは

ナポレオンヒル的に言えば敗北した事へ、私はまた戻るという事を敢えてしよう!とする

今度はフェルデンクライスの考え方の元から行くので、大丈夫でしょう














お母さん、もういいから

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個人的なことですが、私は肥満児で汗かくから運動イヤでしたよ

でも短距離走は速かったです

筋肉の持ち合わせが、私は瞬発系がよく発達していたんでしょう

自主練習して逆上がりと跳び箱はクリアーできた、サクッとはいかなかったですが練習を沢山しました

「課題はできなければ、それができるまで特訓」という体育教育と覚えてますが?

今時は「課題は楽しくできる、できるにはやり方をこうするとどう?」

先日、テレビで子役の子が逆上がり克服するのを見ていて見入ってしまいました

私には子供がいないのでシュミレートします

もし子供が今の次元で(逆上がり)問題を克服しようとした時、私が親ならと思うのです、妄想です




先日第七セグメントから帰って来た後も、気分も体調も悪くはなかったです

結構、スーっと日常に入って行けたのは何故か分かりませんが(仕事はじめてからは筋肉痛ではあっても)、ボーっと休んでも良かったのですが聞いてしまった

「アンタが京都行っている間、お母さん店の駐車場でね」

目に入る子供はどうも店のカートを押しながらふざけて遊んでいて、危なっかしいなぁと思ったらぶつかってしまった

未だに膝痛いしー腰がぁ、との事

さけられなかったの?と聞いたら「お母さんがそこから避けるのは難しいね」と状況を聞いた

母としては、こっちに来ないでと、あの遊び方は危ないなぁと思っていたら案の定突っ込んで来た

周りの慌てふためく様子を倒れながら見ていて、それ程派手に母は倒れたらしい

母としてはこの程度で、と思ったそうです、以前だったらもっと酷い転び方をしたはずだよと比較できたからと言っていました

しかし周りで「大丈夫ですか!早く病院へ!」と大勢の人から言われる(程だったのかな?)

子供の両親も慌てて飛んできて母に声をかけたそう

周りのそれを見てなのか、やらかした事に後悔してなのか、子供は大泣きしてしまいますが

おばさん!ごめんなさい!ごめんなさい!と泣き叫んでたようです

母は病院へ行って下さいという子供の両親や子供にも、おばさん大丈夫だからと言い

家に帰って改めて自分の体を確認したら膝は血だらけ、アイタタといろんな所を打ち付けていたと

「その後、病院にはいかなかった?」

いかなかったと言う母の膝の傷は膿で膨れていました、一月前の傷ならかさぶたになってもいい頃なのにな?と見ました

「せっかくだからセグメントで覚えて来た事をやらせて貰えないかな?」とFI(機能的統合)を披露する事になりました

話しながらだし、まだまだ本格的な事は学んでいませんがセグメントの事を思い出しながら拙いFIを母に施す

話題は今回のセグメント中、私も腰やら首とか痛くてさぁ、親子揃って痛い痛いだったね

そして

「お母さん、私が子供の頃太っていて」

どうしてこうも私は太っているんだ?としょぼくれていたら、お母さんは代わってあげられるなら代わってあげたいと言ったのよ

覚えていないかも知れないけどね

それはもういいから、私の事は自分で面倒はみる事ができるよ、そういう勉強してんだし肩代わりは必要無いから

と、自然と言う自分に驚いた

でもそれははっきりと伝えなくちゃと言う気持ちに突き動かされていました

お母さんの体型と私の体型が、今は逆転している母としてはそうなる、私はこうなるだったかも知れませんけど

体型云々は重要じゃなく、自分の事は自分で面倒みようとしているが

母の無知は肩代わりと言う手段しか持ち合わせていなかったら?とふっと思った

戦争が終わりわっせわっせの時代、今は情報も時間の過ごし方は驚く程の変化で自分自身に、その気になれば可能な時代でもあります

私は体の事で多く時間を費やし、ぶつかり合うこともあったけど今は両親の理解のもとこんなに自由に学んだりしているのですが

お母さんは覚えていないなら尚の事、何度も言葉で伝えました

これは記憶としてたまに母が子供の時にそんな事を言ったなぁといいますが、娘は覚えていることです

たまに話題にもする

そんなん、替わるよって、肩代わりなんで出来っこないし、それが?って感じでした

けど、今回は「それについてい何を言うか」がはっきりと、動き出したのだと思います

体が弱く、何時まで生きられるかわからないと言われた娘がそこそこ就学出来る歳になれたが諸々の「体の問題」は年相応に起きている

代わってあげられるならと言う事しか出来ない親ではありますが、私は急に「いやいやいや!それをそのままにしてはいけない」と母と話していたこの時は思ったのです

覚えていないだろうから、と言っても私自身が自分の記憶を捻じ曲げている可能性もあるから尚のこと

ぼや〜としている私の為にも言葉と言う現象化を見せつける、そして当人と共有しなくっちゃと

何気なく言った自分の言葉にパチン!と目が覚めた感じでした

母は「そんな事言ったかなぁ」でしたがそれでいいんです

かっこ良く言えば、母が引き受ける必要のないものをいつまでも引き受けさせたくなかった




昨日も含め何日か体を提供してもらい練習台レベルのFIを受けて貰っています

なんかぶつくさと母が見つけた発見を

「あーこれかぁ、これが痛かったんだ、ここの動きを感じるよ〜」と楽しんでいます

が、体は転んで病んでいる、私は駆け出しの学び中で

セグメント中、どうやって今に至るか聞いていたせいか(ここが情報の共有で難しいな、と感じるところですが)後が大変でした

めまいはする、痛い、ふらふらすると言う

母の初めてだったのでしょう、私と追体験をして回復しようとしているのでは?とそっとしとくと徐々に変化に落ち着くとケロっとする

落ちついてから

FIをしないほうが良かったかなぁと聞いてみたら、それは違うとのこと

何か良くなったことは見つけられる?と聞くとそれはあると言う

そもそも、私は先生達みたいに見立ても出来ないし病院行く必要を感じたら行ってよと念押しして

二週間前より確実に良くなった様子、それよりも練習台になってから本当良く寝られるよぉと

再び念押しする

これは治療じゃない、その上私の技術はまだ練習だから本来なら問題を抱えていないと自覚している人で、練習台OKと言える人にするレベルだからね!と

一応、母の問題のない肩で練習した時

本人の肩がビフォーアフターを体験して「肩がふにゃふにゃ!」と自分の肩に感動していた様でしたが

私はちっとばかしやり過ぎたかなぁ、反省

ただ、母はよく寝れた〜と言っていたので良しとしました

あーよかった





これは、セグメント後直ぐの家族の話しです

ただ私的に、自分がこうすると決めた事をそうではない事と分かり辞めると決めるのはササッと止められるものもあれば

非常に葛藤するものもあるもんだ、と思うし

相手への想いから、愛情からの同情だったり慈愛だったり

(セグメント中、お腹と胸の関係で「みんなこんなにしんどいの?私が何とかしてあげなくては!」とパパっと言葉を当てはめて涙目になった。何が理由で、とか発端でとかは重要ではなく、後からこれは行き過ぎの事でそういうものを私は持っていると解釈しました。これはオキシトシンの作用にも似てるね)

そこからのこれは自分がやる事だと宣言した事から、関わった時間経過や、そらを見届けてからサッサと次へ行ければいいのだけど余りにもそれが長くなってしまい自分のケアをする事が疎かになる事に気付く事だったのか

今回のセグメントでは自分はどうだろうか?と沢山考える事がありましたから

肥満児なのは私が作った問題、お母さんがかわることじゃないし、当たり前だけどこう言いたかったんだなと分かります

父も含め母の時間も、家族がそれぞれの時間が益々動くと嬉しいな、と思う






運を動かす

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先日フェルデンクライス第七セグメントから帰り、フィットネスの仕事を再開し

あぁ、ココが筋肉痛になって

筋肉痛の箇所からセグメント中の事を振り返りながら考えたことでもあります

と、言うより考えざるを得なかったのです

私の年齢は46歳になりまして 

更年期かなんだか知らないけど、前はガンガン食べてもケロッとしていたしー、このぐらいが今の私にはちょっと食べすぎということ?とフンワリして脂肪が付くしさ、と

少し前までは、仕事柄肥えちゃマズイ、何処か痛いと言ってはいけない、とてもヘルシーで健康的なインストラクターとして振る舞うこと・・・

フェルデンクライス行き出して直ぐヘルシーで健康的な、特に元気で快活そうに振る舞うのは私は違うと思った

他にも色々と「それ止めた」とあります、今回のセグメントでも心の声があります

(なんで今までそこを捨てられなかったんだろうと思うことですが、それがない自分はどうしていいか分からない事でもあるから捨てられないのは真っ当でしょう)

別に仕事の顔があったっていい

「人間、二つは出来ない」

結構ふてくされ気味はセグメント中からありましたよ

ふてくされているのは自我かエゴか本当の私か魂の声かとかせず、っていう事は他所から得た考え方であり一先ず脇に置き何をしているか明らかにした

何故ならコレがこう言うものだと言う程の能力は私には無いと分かっています

今、私ができる能力は

言葉には出来ていなくても何を感じつつ、何を考え言葉にする思考があるか記録する等、これは出来ることなので出来ること自信を持ってやれる事しか出来ないと心得ている

(ふてくされる私は提供してくれる先生に失礼と分かりながらも、でも何故そういう思考をしているか私なりの着地点を見つける為にも必要な作業とする、そう思っている事を隠してもだだ漏れだったかも知れないけどね)

何々になりたいと子供の頃思うこと

何々になりたいと、こんなの違うと思ったことを、再現される痛みの移動と初めての腰痛で仕事に戻れるかなぁと寝泊まりした京都のマンションにて走馬灯のように思い出していました

行き着くのは、フェルデンクライスを必要としないことはあり得るかなぁ、10年前出会うこともなかったらどうなるのかなぁと

小学生では夢は描けなかったけど、初めての習い事のピアノはソコソコの技術はあったのに早くから先生になりたいと幼稚園ぐらいの頃には言っていたのだろうか

何故ピアノを存分に楽しむ事を選ばなかったのか

他にも色々あるのですが、それらの記憶の無い体だったとしたら?

マンションの中で、その記憶されている事は私を説明する記憶としてなかったらどうなるんだろう

先生達が言うように、記憶、思考、感情、それらが無意識に選ぶ環境を、選ばなくてはいけなかったのは何故だろう?

そして初めの文脈に戻り繰り返し考えていました

時間の経過を辿る作業でもあったのですが、現実に私は46歳であります

そして仕事を再開し、筋肉痛になり、今旬のテレビ等でフィットネス情報を見て、健康ネタとして言われている事を見聞きして

そして何故迷うのか

私は運動は楽しめるようになったけど、理想とする体型も手にし今だんだんと昔の「体型」に戻るのではと危惧しつつある(そんなことには為り得はし無い、それはあり得ないのは時間を過ごす体では以前には絶対に昔には戻らないと分かっているけど、体重はあり得るね)

子供の頃は肥満児で、体力なくて運動大嫌いでが、あれよあれよとより健康になる為に運動を指導しているが

それまでに

インストラクターという肩書きを得る為に、体の使い方の為、養成も何回か行って、ピラティスもヨガも筋トレとパーソナルに何十万と使い

やって来てねと言われたこと、宿題も敢えて作って貰ったりしてコツコツとやり、追い込みに「達成感」と感じていたのは私はその時は二十、三十代で

追い込みをする為には正直もう

そんなんもうイヤ!と、笑える

今までそれで出来ていたけどもね

だからと言ってフェルデンクライスか?と言うと

・・・

私は初めて見た高齢のルーシー先生の動きに突き動かされて、あの先生のように振る舞い動きたい、フェルデンクライスメソッドを受けて訳がわからないけど、このメソッドは一体何なんだ?と思って

学びに行く今がある

しかし、スポーツとしてでは無いから理想とする体型にする為の時間を過ごす必要がある

スポーツする為の訓練が必ずしも、自分が目にし理想する形にならないのは間違った体の使い方の結果としてでしかないと分かりつつも得意なもので解決しようとする

そしてフェルデンクライスの先生ばかりじゃないが、ボディワーク系の先生でも

結構なふくよかだったり、中を感じるピラティスでもふくよかな先生もいる、必ずしも体型と運動量とバランスいいと言うものは無いからホルモンバランスが関与したり食生活、筋肉の質は人それぞれだとわかってくる

なのに日頃新しく、もしくはリニューアルされた健康に関する情報は多い

フェルデンクライスの卒業したひとが「運動やると良いとは分かっているけど」と聞くし、筋トレ必要無いとも聞く

でも私はそのぐらいだったら、どっこも病んでる訳じゃないんだからフリーウェイトで10キロのシャトルを担いで、トレーナーを付けてフォーム確認してもらいながらサクッと数回スクワットやれば済むことでは?と思ったこともある

アスリートでなくても健康になる為に運動を選び、怪我やパフォーマンスに悩むならフェルデンで自分のやり方を見直したら?と思うし、ゆったり、ポヤーンとせずにアドレナリンをたまには出してみたら?とも

言いはしませんがスッと頭では反応しています、だだ漏れで伝わっているかも知れません、そうじゃないかも知れません

この様に選択肢が増えたことで良い結果に繋がるかというと、今言えるのは「迷う」もしくは慣れた考えに戻るという事

それでもただ言えることは、自分に合うものはとても移ろいやすくても良いと思う

私だったらとすると

追い込みや達成感と感じた事を今出来るか?と思うと、それはもうしんどいよと思う

毎日が運動だよ、もうお腹いっぱいと正直なコメントです、これで追い込み?冗談じゃない!とやっと思える

身体能力を上げるには運動で追い込む事ではない、と、私が言う身体能力を上げるという言葉の裏側に違う手段が根付いたと言えるのですがなかなかそれをオープンに言えずにいました

言ったら最後フィットネスで何を思っているか、嫌われると思っていたし

分からなかったからです




そもそも論ですが、フィットネスと言う場に行けなくなったら終わってしまうことが多々ある

脚を痛め踊れなくなる、病気になり回復するまではと言ってもらえない病気もある、神経やられて脳がおかしくなって今まで習ったフェルデンの事を感じられなくなる事だってあり得る

そりゃ迷って当然と思いました





「運動って運を動かすって言えるよ」とボディケア系の指導をする同業者の言葉に、言われてみればそう表すことね!

その表現面白いと楽しく話していた、今回のセグメント前

運を動かす、こうあるもんだと思っていた私自身にとって 

そう動くのは予定外だったようですが、動いたことで先生の問い(仕事は好き?楽しい?)に「今は好きですよ」と言える

今回の先生はもう自分から伺わないと会える先生ではないから質問を常に考える程だったのね、重かった

多分、なろうとしていた事を辞退しないと出ない答えだったんでしょう、じゃどうすればいいのよ・・・と、ふてくされてしまうのが分かるからです

セグメントから帰り速攻に、毎日見ているものは解剖学の本

何故、左のお尻(正確には中臀筋とハムストリング)や脚や、セグメント中の左足の腫れてきたツボが婦人科系の箇所だったのか

私なりの診立てより、客観的に知りたかった

左の首、左の鎖骨周り、胸鎖乳突筋

今回は初めて周りから言われる通り右利きと分かったから無自覚の左を感じ、そして痛めてそれらの箇所を感じた所を本で見ている

セグメントスタートから直ぐに、私の体はなんかおかしいんです!と動揺から先生達に有料でパーソナルセッションであるFI(機能的統合)をオーダーしました

本当にスタートから始まる痛みにどうして良いのか、何故前回の様に気持ち良く動けないのか

こんなふうになるのだから、フェルデンを人に伝えられないとも思っていた

自分で何が自分に起きているのか考えるには余裕が無くなるほど、動きの選択肢の多さに迷っていたのだと今なら分かる

「ほら、左の背中はちゃんとどう動くか動きを理解しているじゃない」実は右は余計な事をしていると知るには左の存在への関心から始めるられる様に初めにお願いした先生の診立てを確かめるように徐々に

左が動いている、左=私も動きの一つだ、動いている事を知って貰いたがっていると思いました

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↑仕事柄何冊か解剖学の本は持っていますが骨格や筋肉を見るとなると、真っ先にこの本を開きます




そして、今回のセグメントの先生であるスティーブ先生が私に言う通りなのかもと

振り返りながら過ごす

それを実行するか、そうしないようにするかはこれからの事ではあるけど

それはできたらそんな事でフェルデンの元に来てほしく無い、それでフェルデンをやってみることは私は悲しいと思うからです

そして動きのイメージはあるのに痛みがある為動けない、それに対してオーガナイザーの先生から「能力以上の事をしていないか?」そう言われる、そんな事無い!と即思ったけど今はそうだなと思う

こじつけかも知れませんが、その答えは

私の能力と思っていることは右ばっかりでやっていることで、パンク寸前で、右の仕事が多過ぎて左を効率良く参加させることはどうするか気付くことだったのかな?と今は解釈している

また、考えや気付きは変わるだろう

なんせこれらは私に起きたことであるので、私が脚本を書いているストーリーですから他の方達が何を感じ、気づいたか知りません

でもきっと動きだす何かはその人が見つけていて、また冬にはセグメントで顔を合わせるんだよ

私は次回が待ち遠しい

そして

運動はいいねと今は思っています















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第7セグメント、今回はとても長いセグメントでした

ほぼ毎日は京都のウィークリーマンションと歩いて10分強の会場の往復でしたが

今回、セグメント参加前に夏バテなのか体調は・・・あまり言いたく無いけど良くない状態でのスタートでした

体調管理には自信がありましたが今回は全く言う事きかない体を持って行き、何とかしようと抗わず、冷静に努めようとするのは「これは初めてでは無いなぁ」と思っていた

この頃、起こっている事は(9年前フェルデンで初めて体で起きたこといろいろと、どうして私の体はそうするのかを改めて)再確認するように、しかし今ならどうする?と自分に問う事がとても多かった

今までとこれから、培ってきた練習の場がメンタルなこういう事に少しでも力になっているようで、心について京都で四年その後は体についてこれからも含め四年かけて通っているのも何かの縁かなぁと思う

今回は二年目で一年間過ごした長い時間の過ごし方で、多少は成果が出て良くなっている自覚もあるが、何故か二年目のスタートは体は言う事をきかない

初めてというか、養成生に、先生に弱音と言いますか歩く事も痛くてしんどいと一番弱った姿を、「どうしていいか分からない」状態を感情的にならず、言葉で伝えました

援助を必要としていたのは自分であるとね

良くなるどころかこのまま帰って、待っている仕事で動くことは無理、と思う程腰に首に足首へと痛みの移動で不安になっていましたから

レッスンは淡々と進み、それは由々しき事だとまくし立てる事もない場所と知っている、今私はそこからどう自分で歩むのか探究するとわかっていることがありのままを出せたとも言えます

痛いなら動かないかといえばそうでもなく、私は案外動くことをする?と思いました

「感覚がある」ことが自分という存在の、生を自覚しているように感じましたが、今自分が学ぶことの方向にはそぐわないとことを敢えてしてどう収めていくかは関心がありました

環境に沿うよう作られていく私、何故それを選び1万時間でプロ、達人や極める人10万時間もの繰り返しでなるようにいるのか

(習慣にしてしまったものがなかなか変えられない理由はこの様にしてとても簡単だけど長ければ長い程意識しないと変えられないし、ましてや無意識の習慣や思考に戻りたくなるのは達人云々でなく、普通に真っ当な人間がすることと分かる、だから努力根性で変えるとどうなるか、強要すると何が起きるか想像に足る)

丁度フィッネスに対しては10年という区切りの只中にいる事

たまたま今回はスティーブ先生のFI(機能統合、所謂パーソナルレッスン)を受ける事になり、FIの前にはインタビューをします

インタビューとは、そのクライアント(私)がどんな環境で仕事をし身を置き

どんな家族構成で

どうプライベートを過ごしているかいろいろ聞かれます

(私もいずれこの様に聞き、クライアントにFIをする様になれるか?今の私には先生たちみたいな相手へ何をする必要があるかという洞察力は無いからね、多少は出来るように今後訓練するんでしょうね、でも何十年のキャリアを持つ先生達は凄いなぁと思うというか雲の上での事の様に思える。フェルデンクライスで私自身は先生たちを見て今後どうしたいんだろう?とこう言う場面にて問い直したくなる)

クライアントが自覚していることを、情報を聞くんですね

えー!?そんなん聞くんですか?っていうのもありましたが、先生から仕事の話になり、確かにそうだけど先生がそれを言っちゃう?、と苦笑いする私でしたが

改めて「仕事は好き?(楽しい?だったかな)」と聞かれ、私は「・・・分からない」と絶対泣かないゾと思いながら正直に言っていたこと

驚きもなく、訂正もせず、あぁそう言うんだ私、でした






その前にはセグメント中の中休みに

ミュージカルの公演を仲間と観劇していました

やはりプロって凄いですけど、フェルデンクライスの仲間とは多分この仲間こその見方があり「そうだよね・・・」と話していました

私はこの時は腰に足首と痛い時でしたけど、あー動きたいなぁ、跳びたいなぁと静かに感じていました

普通では動けないような、柔軟性でキビキビとしなやかに移動したりそこまでやるのに身体への訓練はいっぱいしていると思う

でも見ている人達は、一緒にというか憑依して自分自身があのステージで踊っている様にいるんだろうな、と

椅子に座っている私達は身動ぎをしてはいけないのです、下向くと上の席の人が見えなくなる、お尻痛くなっても、坐り直したくても「動くと後ろの人が見えなくなるのでご遠慮下さい」と言われている

だから余計に劇団員の動きしか目に入らないのですね、じっとしている私達には

後半盛り上がりの時は感動して見ていましたが、私の脳のイメージでは私も歌い、そして動いていたと思う(視覚情報は侮れません)

大きな感動が来るクライマックスでは、何度か見たことのある子が言うには俳優さんが良かったそうです

私は出来るのよ!凄いでしょ!と俳優の我が見えてしまう人だと、そこは読めてしまうようで今回の方はそこは上手で役柄を演じていたようです

(この見立てはセグメント中、とても大事な事として習いました。やる側が相手へどう情報を与えるかよりも何を思ってするかで実際にどう伝わるかやってみたので「なるほどね!」と。こう現象化したのを体感したことはプラクショナーとして大きな楔になりました)

ミュージカルでの俳優の動きに感化され、自分の今の仕事と重なるよういろいろと「今後どうあるか」と即座に思ったのですが、私はそれは答えとしなかった

だから、突然仕事について先生からの問いに「分からない」と即答ではなくても

今の答えとして、こう言いたいのでは?と自分に聞いて出した言葉は、この様に出たからこそここがスタートになり

いつか必ず「これが答えです」と言えることを探究できる、何かの方向へと動けると今に至ります

今回は体の何処かから思い出す記憶、感情がムクムクと出てもそれは重要ではないが必要であるかどうか私は見極める力があると信じること

そして緊張か、緊張が緩んだ結果か分からないが「涙が出そうになってもそれは重要ではない、サッサと次へ」と思い、先ず答えとして出すけど本当の答えかどうか慌てずに今直ぐ決定をしない、そうしていました

なかなかのチャレンジでしたが、やってみたらあっさり済むことと出来るほどとなり前回のセグメントで「そこに戻ってはいけない」という私なりの見通しは

その後となる今回は戻ることはなく、実際にスムーズに行える力を養えつつあった様でした

必要として戻るものと、必要として進む事の違いが、うっすらとしても自分の中では分別の境界が分かったきた様でした

確かに私は迷っている、素直に私はいろんな事に今迷っている事を認め、オープンにしていても問題ではないとしていられます







あれから何日か過ぎて、帰る頃は痛みも無くなり帰って直ぐセグメントで習った事を留守中転んだ母親に施しフィードバックを貰い

そして日常に沿う様に戻る

一年前は運転がフラフラ(直ぐ持ち直しましたよ)、レッスンの動きに難しさを感じ、頭がボーっととか言ってたなぁと




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やはりねー

本物の猫は家にいますからねぇ

ミュージカルで、そうかな?となんか冷静に見てしまったものです

擬人化した猫であり、四つ脚動物を人間がどう演じるか芸術としてこの世界観に私は引き込まれていたのは確かです

最後のクライマックス、天に上がりながら歌う「メモリー、私を触って・・・」との場面は感極まりました

毎回セグメントから帰ると、うちのそらは「ふん!」と私の親愛の挨拶を蹴散らすのです、そして数日無視されて私はとても傷つくのです

今回は母親からの秘策が功をなしましてね!

私の膝の中でゴロゴロ言って抱かれてくれました

マタタビをそらちゃんのお土産として、差し出したらコロッと態度が軟化されました

猫にマタタビは本当です、最強でした

メモリー、私を触ってー




でもね

触られすぎはウンザリする、流石にちょっとFI(じゃないよ、と先生たちは言う通り、これは探究の段階)やり過ぎでしたが相手をしてくれる養成生たちも心得たものでとても繊細になっている

その後のATM(グループレッスン)いかに、それでもまだまだ私は手を抜けていないんだと分かる為にもいい経験でした

本当に、スーっと流れるように動く人の動きが一名だけいました(それでもまだまだなのかもしれないが、あの中では一番静かで静かに目立っていたからその人にとって得意な動きだったかも知れない)

たまたま自身がちょっとレッスンに参加する気分にならず周りを見た時のことですが、一つのイメージとして印象深く残っています

今回のセグメントからは、FIを習得する段階に入った為に実践に向けてのFIのやり合いっこからスタートでしたから後半ちょっと頭も混乱気味で「感想浮かばず」の心境でした

でもね、触られて自分の筋肉がホッとして

静かに行くべき方向へ向かう時があります

呼吸が深く入り込む場所へ行く時、相手を受け入れて、あなたのやろうとする事を私は受け入れますと体がそう語る時

あぁ分かり合えたなと、こっちもホッとする

何故なら胸郭が開き重量を快く感じた瞬間は、羊水で満たされるお母さんのお腹の中ではない

重力の中で深く呼吸をするとは、人として生きる為に社会で生きる事を「自分で認めた」と私は思える

多分それをした事で心地よいと認識した時が記憶にあり、改めてした時に心地よい情報として思い出されるからだと認識しました