ここで、そこで、いろんなところで

日々の生活の中で想う、エッセイ未満のことたち


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父は戦時中、エスという犬を飼っていた。

 

いつ頃、どういうわけでエスを飼うことになったのか、私は知らない。

ただ、戦争中にエスという犬を飼っていたのだと教えてもらった。

 

父は昭和9年生まれなので、戦争中はちょうど小学生だった。

 

エスのことが大好きだったらしい。

エスも父にとてもなついていたようだ。

 

敗戦色が濃くなって、父が住んでいた博多の街も空襲にあうようになっていた。

 

ある日、父たちが住んでいる地区を空襲が襲った。

避難するとき、エスをつないでいた紐を解いてやったのだという。

自分たちが逃げるのに必死の中、一緒に防空壕にエスを連れて行けるはずもなく、ただ、どこかで生き延びてくれればと願ってのことだった。

 

父たちが住んでいた街は焦土となり、父たちが住んでいた家も焼けてしまった。

たくさんの方が亡くなった。

とりあえず、父たちの家族は無事で、なんとか避難先で生活をしていたらしい。

 

数週間たって、父は自分が住んでいたところにふらりと行ってみたらしい。

自分たちが住んでいた家は跡形もなく焼けてしまっていたという。

 

そして、そこにぽつんと犬が立っていた。

焼けた家をじっと見ているらしい。

 

エスとそっくりの犬だ。

でも耳の形がちょっと違うかな・・?

父はずっとその犬を観察していた。

 

父はどきどきしながら「エス!」と呼んだ。

 

その犬は振り返って、父を見た。

そして首をかしげてその場に立っていた。

向こうもなんだか不思議そうに父を見ている。

 

エスじゃなかったのかもしれない。

 

ちょっとがっかりして、父はその場所を立ち去ろうとした。

 

でも気になって振り返ると、その犬はまだじっとそこに立って、父を見続けている。

 

「エス!」

父は、もう一度大きな声で叫んでみた。

 

するとその犬は、しっぽを振りながら、父をめがけて一目散に走ってきたのだ。

 

やっぱりエスだった!

生きてたんだ!

 

父とエスは抱き合って喜んだ。

 

父とエスの再会だった。

 

そして、父はエスを避難先に連れて帰った。

でも、戦時中の食糧不足の中だ。

人間がやっと食べていけるかいけないかの苦しい中、犬を飼うゆとりは父の家にはなかった。

 

エスはやがて、九大(九州大学)病院の実験犬として、引き取られたのだという。

 

そのとき、父が何を考えていたのか、父の両親がどうやってエスを九大に連れて行ったのか、私は知らない。

 

幼かった父に、大人がすることに口を挟むことなどできなかっただろう。

そして、もしかしたら、父さえも、戦時下のひもじい生活の中、エスを飼う事に疲れていたのかもしれない。

エスもそれを感じ取っていたのかもしれない。

 

ともかくそれが、父とエスの永遠の別れとなったのだ。

 

父は二度とエスに会えなかった。

 

そのせいか、父は犬にとても好かれる。

父の心の中にはずっとエスが住んでいるのかもしれない。

 

戦争で犠牲になるのは、人間だけでじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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