ここで、そこで、いろんなところで

日々の生活の中で想う、エッセイ未満のことたち


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ランディさんが「ハイヒール顔」というエッセイをブログに書いていた。

私の花の師匠は、出会ったときは60になったばかりだったけれど、ハイヒールを履いて、ボディコンシャスな洋服を着て、階段をリズミカルに駆け上がりながら、当時南青山にあったお稽古場のギャラリーに、いつもやってきていた。
お稽古場の中で彼女が一番年配であったにもかかわらず、彼女が一番ステキで一番「オンナのにおい」がした。

現在80になった彼女は、ひざを痛めて杖をつくようになってしまったので、さすがにハイヒールは履いていない。
でも、相変わらずおしゃれで、「動きやすい服装でいてください」という先生の忠告を無視して「ズボンなんていやよね~」といいながらスカートをはきつづけている。
今でもおしゃれで色っぽいところのある人なのだ。

私はハイヒールを何年履いていないだろうか。
若い時は履いている時代もあった(ああ、また年齢の話になってしまう・・しくしく・・)。
でもある日突然、ハイヒールを履いている時に、親指の付け根がモーレツに痛くなったのだ。
外反母趾になっては大変だと思い、靴の中で指じゃんけんできるほどのスニーカーや、ローヒールを履いていた。
すると、外反母趾は免れたのだけれど、足のサイズが大きくなってしまって、今まで履いていたヒールのある靴がことごとく履けなくなってしまったのだ。
緩めると大きくなるのはウエストだけではないのだ。
「おしゃれは足元から」と思っていたし、「安い靴は足を痛める」と信じていたので、靴には随分散財していた。
でも履けなくなってはただの皮のカタマリでしかない。
そしてその靴たちは、足が小さかった頃の私と、サイズが同じである私の師匠の元へお嫁入りした。
「sumikoさん、ぴったりよ~、嬉しいわ」と言って、彼女は随分と重宝がってくれた。
ハイヒールはカラダの重心がずれるので、腰を悪くしたり、いろいろとよくないと聞いている。
この年齢になると、色気より健康だから、もちろん、もうハイヒールなど履く気はさらさらない。
そうやって色気から遠のいていく。

ある雑誌に「男性から見て、中年女性のココがいやだ」みたいな記事があって、「カラダの線のくずれよりも、厚化粧をしていたり、髪の手入れが行き届いていない」などの「だらしなさなさ」だと書いてあった。
確かに年齢があがっていけば、以前ほど自分の身の回りに神経が届かなくなる。
でも、やっぱり清潔さって大切だよね・・。

ある日、久しぶりにオトコ友達と会った。
待ち合わせ場所に現れた彼は、以前あったときよりもさっぱりとした印象があったので、それを告げると「sumikoさんと会うから、髪の毛をきってきたんですよ」と言った。
もともとおしゃれな人だけれど、その日の彼はとてもスッキリさわやかに見えた。

おしゃれじゃなくても、色気がなくても、清潔感って大切にしたいな。

綺麗なオンナにはなれなくても、小奇麗なオンナにはなりたいな・・と思う。

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ご近所の60になる男性が、不眠、めまいでふらふらになって救急車で運ばれた。
入院した総合病院では、あらゆる検査をしたけれど、「悪いところはありません」と冷たくあしらわれたそうだ。
いろいろ考えて、思い切って心療内科に行き、話を聞いてもらってクスリを出してもらって、やっと落ち着いてきたと言っていた。

中高年の自律神経失調症やうつ病が多いというけれど、これって「オトコの更年期」なんじゃないのかな・・と思う。
ご近所の男性もそうなんじゃないのかな・・と思いながら話を伺っていた。

昔は人生50年だったから、男性も更年期など迎えずにあの世に行ってたんだろうけれど、今は「人生80年」だから、男性でなくなってもまだ残りの人生がある。
女性もモチロンそうだけれど、男性や女性という「性」がなくなることに私はまだピント来ない。
だからその喪失感とかもまだ分からない。
でも、もうすぐ確実にやってくる。

若い時は自分が歳をとるなんて信じていなかったけど、でもちゃんと歳をとってしまった。
年月を経てしまったのだから、自分の年齢を受け入れるしかない。
以前は「老いることの恐怖」の方が大きかったけれど、今では「よりよく老いる」ためにはどうしたらいいのかを漠然と考えるようになってきている。

若さは2度と戻らない。
では若いときに戻りたいかといわれれば、今の精神状態で戻れるのならば、もう一度戻して欲しいと思う。
あんなに不安定で、傷つきやすかった自分には、あまりいい思い出がないのだ。
だから、若さと引き換えに神様が私に与えてくれたプレゼントは、本当に素晴らしいものだと思う。
「心の安定」や「やすらぎ」というものは、私の場合、生き続けるという経験の中で与えられたものだからだ。
そしてそれは、若いときにずっと手に入れたいと熱望しているものだったからだ。

もうすぐ「女じゃない私」になる時がやってくる。
そのとき自分は恋をしているだろうか。

していたらいいな・・と思う。
そして、オトコとかオンナとかという表面的なものではなく、若いときのように情熱的にではなく、その奥にある「人間としての核」みたいなものや、年月を重ねたからこそ分かるものを認め合って、静かに愛し合えていたらいいな・・と思う。
若いときには、お互い異性であることが邪魔をして、到達できなかった精神的な境地みたいなところにたどり着けるといいな・・と思う。

それって恋とは言わないのかもしれないな・・。

夢見る頃をすぎても、きっと楽しいことが待っていると信じたい・・。

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カウンターを設置した。

アメブロはランキングがあって、私などあまり順位には関係のない位置をウロウロしているのだけれど、それでも日によってランクが上がったり下がったりするのをみて、一体どれくらいの方が私のブログを観てくださっているのか気になっていた。

そうしたら、ヒロシさんがカウンターを設置していたので質問をしたら、ヒロシさんのサイトhttp://hiroshi0917.ameblo.jp/から、ちいさんのサイトに繋がって、そこにカウンターの設置方法が書いてあった。
http://kcmksc.ameblo.jp/entry-d500f11969a2aade46ce5dba47e805bf.html#tbox
ちいさんのブログにもありますが、アメブロの方はhttp://xrea.com/から来たアドレスでは貼り付けられないので、xreaの掲示板を参照にされるといいです。

は~、今日は一日カウンターと格闘していた。
カウンター一つとっても、色んな方に助けられているなあ・・・。

ところで、デザインを変更したけれど、フラッシュがなくてご覧になれない方っていらっしゃるのかな・・・?
観れない方はおっしゃってください・・って、このブログ自体がみれないのかな・・?
その場合はまた検討します・・。
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2年程前、HNKの「私はあきらめない」という番組に、五木寛之さんがゲストで出ていた。

そして「私はあきらめることが大切だと思っています。あきらめるとは<明らかに極める>、つまり、すべてを大いなる力にお任せするということです。」というようなことをおっしゃっていた。

その番組の中で、終戦を北朝鮮で迎え、そこで母を亡くしたこと、命からがらで日本に逃げ帰ってきたこと、弟さんを失ったこと、断筆したことなど、切々と語っていらした。
そして、「自分はお先にどうぞという心優しい人間たちを踏みつけて生きてきた、業の深い人間ではないのか」と自分を責め、「慈悲なんて言葉を、自分が語る資格があるのだろうか」と思いつめ、小説がかけなくなったことを告白していた。

それを聞きながら、今まで一度も五木さんの本を読んだことはなかったけれど、「この人の本を読んでみよう」と思った。

そのときの私は、1年がかりでまとめたある文章が、強力な横槍が入り、自分の名前で出版できないばかりか、それを他の誰かが出版するかもしれないという憂き目にあってへこんでいた。

「世の中に理不尽なことは山ほどある。」と自分に言い聞かせても、納得がいかなかった。
そして、スピリチュアルな方たちがよく口にする「望めば叶えられる」という言葉を聞くたびに、「私の望みが叶えられないのは、私の望み方が足りなかったからなのか」と自問したり、「うまく行かない自分ってなんなのか?消費するだけのつまらない人間じゃないのか」と責めたりしていた。

断筆後に書いた五木さんの数々のエッセイの中で、
「ネガティブは悪いことではない。陽があれば、陰がある。どうしてそれをマイナスととらえるのか」とか
「世の中にはみんなが望んだ分だけの椅子は用意されていない」とか、自分の捻れた心境を言い当てたような言葉がたくさん詰まっていた。
そしてそれは、私がうまく行っている時には「ふ~ん」としか思わずに通り過ぎていくような、重たい言葉たちばかりだった。
でもその言葉たちは、私の心にとても響いたのだ。

哀しい時は泣けばいい、悔しい時はわめけばいい。
マイナスなイメージで捉えられ、時には否定したくなるような感情たちに寄り添うことで、私は少しずつ立ち直っていけたのだ。

五木さんの言葉は、私が前向きになるまで、ネガティブな心にひっそりと付き添い続けてくれたのだった。
今ではあまり、彼の本は読まなくなってしまったけれど、出会えたことにはとても感謝をしている。
そして、五木さんの本にめぐり合ったのも、単なる偶然ではなく、「大いなる流れ」の一部だったように思うのだ。

私はあのときから比べれば、ウソのように幸せな気持ちで暮らしている。

「望まなければ叶わない」と思っている。
でも「望んでも叶わないこともある」とも思っている。

そして、「叶わなくてもいいじゃない」と思う。

「あきらめて、すべてを流れるままにお任せしてもいいじゃない」って思うのだ。

五木さんも言っていた。
「遠い夢を夢として心に抱きながら、せめて軽やかに歌でも歌いながら、暗い夜道をあるいていこうではないか」(愛に関する十二章より)

ね、一緒に歩いていこうね。
永遠に続きそうな夜道でも、必ず朝はやってくるのだから・・。

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ランディさんが友人のことを書いていらしたけれど、実は私も家族のことが原因で、体調が悪い時期があった。

一時期、夜中に息が出来なくなって何度も目が醒めた。
私の友人が過去生を見てくれたら、三角関係でオトコを取り合いして、ライバルに首を締められて死んだらしい。(トホホ・・もっとカッコイイ死に方だと思っていたのに・・。魔女狩りにあって絞首刑とか、海で溺れたとか・・。)
なんだか三面記事のようだった。
ライバルは現在の姉らしい。
だから姉と私はなんとなくわだかまりがあるのかな・・。
でも、それがわかってから、なんとなくすっきりして、あまり夜中に息が出来なくなるということがなくなった。
姉とのことも、まだきちんと整理できたわけではないけれど、とりあえず「確執がある」ことを受け入れられたのだ。
いずれ、きちんと向き合わなければならないのかもしれない。

また、ここ1年ほど、風邪をひくとかならずノドに異常をきたして、息が出来ないほど咳が出るということが続いていた。
咳が出るというのは「言いたいことを言っていない、吐き出したいことを吐き出していない」状態のことがよくある。
やはりその友人に観てもらったら、「親子関係で何かあるんじゃないですか?」と言われた。
私的にはこれといって原因も思い出せなかったし、「何もない親子関係なんてあるわけないでしょう?少しくらい引っかかるものがあっても今は平静を保ってうまくやっているんだから、この状態でいいのよ!」と内心思っていた。
それと、「また家族なの?」という気持ちもあって、ちょっと辟易していた。

でも、すっきりとしない状態が続いている時、いろんなシンクロが起こって、その原因がわかったのだ。
そして、「なんでこんな家族に生まれてきちゃったんだろう・・私?」と切なく思う日々が何日か続いたあと、「私はこの家族に生まれてくることを心から喜んでいた」ことを突然思い出した。
その気持ちが甦った時、今までノドにつっかえていたものが吐き出されて、何かが収まった気がした。
それからぴたりと咳がやんだ。
私は「生まれてきて嬉しい!」って言葉に出して言いたかったんだ・・。
(そのときに「生まれてきて、よかったね!」という越智啓子先生の本を読んでいたことも私を助けてくれた)

カラダは時々サインをくれる。
目や耳の病気は、精神的な抑圧のサインだったりするようだ。
ちなみに、婦人科系の病気になりやすい人は、女性に生まれたことを嫌っていたりする場合があるようだ。
それをカラダの病気と捉えることもありだけど、それをきっかけに自分の気持ちと向き合うこともできる。

病気はいろんなことを教えてくれる。
ガンの専門医の方と以前お話した時に、「ガンになったら、その後の生きかたで、本当の自分がわかります」と言っていた。
前向きな人は治る確立が上がるし、落ち込んでしまったらガンに負けてしまうことが多いらしいのだ。

私の場合、家族のことが原因で、カラダに変調をきたすのは、カラダに教えてもらわない限り、きちんと向き合わずに避けてしまおうとするからなのだろう。

「健全な肉体に健全な魂が宿る」とは有名な言葉だけれど、健全、不健全はともかく、カラダと心は切り離すことことが出来ないものなんだなあ・・とつくづく思う。
そのことをもっと理解していたら、私自身もう少し早く気持ちが楽になれて、幸せな生活ができていたはずだけど、これが自分にとって一番いいタイミングだったのだろうから、仕方がないのだ。
でも、いろいろ悩んだり考えたりした自分がいたからこそ、今のささやかな幸せがより輝いて見えるのかもしれないし・・。

カラダのサインを見逃さずに、自分を生きていかなくちゃ・・。
心を柔らかくして、自分の体の声を受け止められるようにして・・。

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ランディさん、やっぱりTBはちゃんと読んでくれているんだ。
そうだと思ってた。

実は私がブログをはじめたのも、hpでエッセイをかしこまって書くのがしんどくなったこともあるけれど、ランディさんに近づきたいとおもったこともあるの。

去年の夏、友人が「神様はいますか?」を私にプレゼントしてくれて、それから三部作やエッセイを貪るように読み始めたの。
そのときがランディさんとの出会いだと思っていたけど、実は「アレクセイと泉」のパンフや「精神世界がわかる本」(実はこれもいただきもの)でランディさんと出会っていたことに気付いたんだ。

ランディさんと私の距離は「作者と読者」で縮まらないけれど、ブログのおかげで、少なくとも、私のヘタクソな文章をランディさんが読んでくれている。
それだけれも私はとっても嬉しい。

そして、ブログの世界に飛び込んだことで、また新たな出会いもいただけたし、私の世界もまた広がった。

ランディさんにありがとうが言いたい。
私の友達は「コンセント」を「私の家族の物語だ」と言っていた。
またある友達は「朝倉ユキと自分は同じだ」と言っていた。
みんなの心にあるものを物語にしてくれてありがとう。
そして、私のブログを読んでくれてありがとう。

これからもずっと読んでいます。

ただ一つ・・。
カラカラに置いてきた「三岳」はランディさんに届いたのでしょうか・・・?(笑)


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ランディさんが恋人との関係が不安定だった時のことを書いていて、それを読んでいて思い出したことがある。

オーラソーマのコースを受講していた時、ある人が「私はこんなにみんなを愛しているのに、どうしてみんなは私のことを愛してくれないの!」と泣きながら叫んだ。
オーラソーマとはカラーセラピーの一種で、このメソッドを取得するために、いくつかのコースを受けなければならない。
その段階で、「人を癒すためには、まず自分が癒されなければならないこと」に気付き、感情を吐き出す人が出てくる。

私は彼女の言葉に共振して、今まで押さえ込まれていた感情がどっと表に溢れてきた。
哀しかった、寂しかった、もっと愛されたかった・・・。
彼女と同じように私も泣きじゃくっていた。
私も彼女と同じように愛されたいと思っていたのだ。

そんな彼女と友達になった。
彼女は自分のことを「愛にクレージー」だと言った。
「いつでも愛のことを考えているのだ」と・・。
クレージーな状態とは、いつもそのことを考え、いつも不安なものだ。

実は私は恋をすると、いつでも恋のことを考えている。
そして、そのことだけがアタマの中をぐるぐる廻りだし、やがてそれが血液に乗って、体全体が恋で一杯になる。まさにクレージー状態だ。
相手が何をしているのか気になるし、相手が自分のことを考えてくれているのかどうか気になって不安になってくる。
それで相手と一緒に深みにはまり込んだこともあるし、私が途中で正気に戻って相手を振ったこともあるし、また逆に、相手に重たく思われて振られてしまったこともある。
でも、私は「恋にクレージー」になる。
「恋からは学べない。同じ過ちを繰り返す」と言うけれど、何度も同じことを繰り返しているのだから、そうなのかもしれない。

で、最近自分の感情を冷静に考える機会があり、私は愛と恋を混同していたのではないかと思った。
だから、恋が続いている時は愛も続いているように思ってしまう。
恋がうまく行かなくなると、愛もなくなってしまうように思ってしまう。
恋と愛を混同していた私も、彼女と同じように「愛にクレージー」だったのかもしれない。

恋に愛はあるけれど、愛は恋ではない。
人類愛、兄弟愛って言うけれど、人類恋、兄弟恋とは言わないもの。
この歳になってやっと気付いた。
ああ、もう少し早くきづかせていただきたかった・・・。

恋は恋だ。クレージーになるほど、不思議なものだ。

そして、愛はなんだろう・・・?
ただ、一つだけ思うのは、恋のようにクレージーになるものではなく、「愛は自分自身がなるもの、または自分自身にあるもの」のように思う。
決して外にあるものではないから、クレージーにもなれないんじゃないのかな・・。
だから私自身に答えが出せないように、愛にも答えが出せないように思う。

それとも愛もやっぱりクレージーなものなのだろうか・・・?

http://blog.ameba.jp/randy/archives/000652.html

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寝屋川の中学校で事件を起こした少年が、日記に「人間関係が希薄で自分を変えたい」というようなことを書いていたらしい。

ふと、自分の若い頃のことを思い出した。

私は少しヘンな子で、小学生のころからテレビの「洋画劇場」が大好きで、親と一緒に古い映画を観ていたし、NHKの大河ドラマも大好きだった。
「新・平家物語」など、今でもよく覚えている。
その頃はやっていたアニメなどにはあまり興味がなかった。
そういう子供だったので、以前から友達と話が合わないところがあった。
それでも、小学生の頃はナントカ一見フツーにやっていたのだ。

中学になったらビートルズに目覚め(そのころはとっくに解散していたけれど)ロックに目覚め、パンクやレゲエを聞いていた。
萩尾望都さんの漫画も大好きだった。
そういう中学生だったので、やはり友達とはあまり話が合わず、ありきたりな会話は出来ても、深い付き合いなど出来ない状態だった。

自我にも目覚め、精神的にも不安定だったし、常に孤独だったし、誰も私のことを分かってくれないと思っていた。
あの頃の私を知っている友人は「あなたは自分を持っている子だった」と言う。
いわゆる「個性的な子」だったのかもしれない。
でも、個性的というのは人と違うのだから、孤独なのだ。
人と共通点がたくさんあるという事は、個性的ではないけれど、安心感はある。

誰も分かってくれないのも当たり前。
自分以上に自分のことをわかってくれる人間など、いるハズがないのだ。
そのことに気付くのに私は随分と時間がかかった。
最近になって「自分という孤独」を受け入れられるようになった気がする。
それは今だからわかることであって、あの頃はただただ「どうして自分はこんなに寂しいのだろうか」と思っていた。

事件を起こした子は中学の後半から不登校になったという。
おとなしい子だったというから、目立たなかったのだろうか。
「目立たない」というのも、ある種の個性のようなもんだ。

孤独だったのかな・・。
寂しかったのかな・・。
こんな孤独な世界をなぜ生き続けなくちゃいけないのか、いっそのことめちゃめちゃにしちゃえと思ったのかな・・。

彼がどういう気持ちで事件を起こしたかなんて誰も分からない。

でも彼は、これからの人生、罪を償いながら「自分の孤独」と向き合っていかなくてはいけない。
誰も分かってくれない自分と向き合いながら・・。


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「教養とは人の心を知る心」

先日養老孟司さんの講演を聞きに行った。
彼は大ベストセラーの「バカの壁」を書いた方だ。
演壇で講演されるのかと思ったら、ホワイトボードを使いながら、まるで授業のような方法で行われた。
笑いのツボもしっかりと押さえて、1時間半、あっという間のたのしい講演だった。

その中で、彼の恩師の言葉として、冒頭の文を引用していた。
辞書を引くと「教養」という意味には二つあり、一つは学問や知識によって養われる品位とあり、もう一つはおしえ育てることとあった。
そして「おしえ育てる」という意味の方が先に出ている。

私は「教養」という意味をずっと前者の方だと思い込んでいた。(そのくせ教養学部についてはさして疑問を持たなかった。「知識を身に付ける学部」だと勘違いしていたフシがある・・恥ずかしいことだ・・。)

養老さんは、「個性重視の教育」というものに疑問を呈していた。
大切なのは「人のことが分かること、すなわち、人と違うことではなくて、人と同じ感性を持つこと、相手の心がわかること」ではないかと・・・。
それは自分を個性というワクにはめずに、どんどんと変化していくという意味も込められている。
私たちが一般的に考えている「人と違う個体という私=個性」という意味と若干ニュアンスが違う気もしたけれど・・。
(それは日本人を一括りにしてしまう戦前教育とはまったく違う意味として、個性という言葉が出てきたと思っている)

私自身がエラソーなことを言える偉い人間ではないので、誰かを「教える」とか「育てる」とかと言う言葉はニガテだ。
でも、長年生きていると、年下の人びとが多くなってしまい、好まざるとしても、誰かを育てたり、教育したりということも日常的に起こってくるのだ。
養老さんはもう一つの言葉で、「教育とは変化を助けることだ」とも述べていた。
人が成長するという事は「変化する」ということだとおっしゃっていた。

そうか。
「教える」とか「育てる」とかって考えずに、変化を助けていると思えばいいのだ。
そして、私自身も変化をしながら、相手の変化を助けていく。
これなら素直に受け入れられる。
ちょっと先にうまれた人間が、相手の変化を促す手助けをしていると思えば、主従関係ではなく、楽しい関係になれる。
また、相手の変化から自分の変化を促される場合もあるだろう。
私たちは変化の中をお互いに変化しながら生きていく。

「教養とは、相手の心を知る心。
そして、変化を助け、変化を受け入れる心」

そしてそれは絶対性ではない相対性というこの世界を、しなやかに生きていくための柔らかい心を持ちつづけることでもある。

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昨日、何気にtvをつけたら「波乱万丈」をやっていて、堀江社長が出ていた。
途中からだったので、幼少期とかは見れなかったし、外出する予定があったので、後ろ髪ひかれる思いでtvを消して出かけなければならなかった。

その中で彼が東大に受かったことについて「受験のコツ(って言ったかな?)があって、それが分かっていたから、勉強して受かったんですよ」みたいな発言のあと、「なんでもコツがあるでしょ?」って言っていた。
そして、学生時代も興味のないことには一切手をださない主義だったことなどが紹介され、インターネットのアルバイトの中で、強烈に「これだ!」と感じたことなどが紹介されていた。

それを観ていて、「この人は商売の女神をみたんだな・・」と思ったのだ。
彼は、今のシステムの隙間に女神(コツ)を見つけ、それを捕まえるというゲームをやったんだ。
そして、それでうまく行って、そのおもしろさの虜になって、今度は自分の考えた新しいルールでゲームをしようとしているんだなって・・。

実を言うと、私は人生を楽しんでいる人は好きだ。
先日は江川さんの記事の中の堀江さんの言動にいやな気持ちを持ったけれど、今はちょっと違う印象をもっている。
おもしろい人なのかもしれないなあ・・と思う。
だって、ビジネスの話になると「おもしろくて仕方がない」ってカンジで眼が輝いていたもの。
営業も好きだと言っていた。
「相手を説得して、いいものを提供してナットクしてもらうことがとても好きだ」みたいなことを言っていたし、きっとその時は「相手を落とす」戦略を立ててゲームに臨むような感じなんだろうな。

でも、商売のコツは掴んだけれど、きっと世間をうまく泳ぐコツはこれから掴むんだろうなあ・・。
でなければ、あんなにバッシングされなくても済むのになあ・・。
まあ、それはそれでよいのかもしれないけれど・・・。
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