ここで、そこで、いろんなところで

日々の生活の中で想う、エッセイ未満のことたち


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本日とある場所で、フィンランド人6人を対象にいけばなのワークショップを行った。


教えることに夢中だったから、変な写真しかなくてちょっと残念。


finland-1


フィンランド人が日本にいるというだけでも結構珍しいと思うんだけど、そのフィンランド人がこの地方都市のある場所に6人も集まっているのだ。

「ひょっとしたら今日現在、日本で一番フィンランド人の人口密度が多い場所かも~♪」

とワクワクしながらその場所に向かう。


その場所とは某技術大学の一教室。

研究のために大学に来ている家族3人と、佐倉の歴史博物館に研究に来ている人とそのガールフレンドと、横浜の大学に研究に来ている人の計6人のフィンランド人。

なぜその人たちにいけばなを教えることになったのかは、話せば長いので端折るけど、私はフィンランド語も英語もほとんどダメなので、英語がペラペラな研究室の助教授やら、学生さんたちがついてくれて、私をサポートしてくれた。


日本人の学生さんたちも含めて、いけばな初心者の方たちばかり。

私は初心者の方、特に外国の方にいけばなを教えるとき、ぜひ伝えたいと思っていることが二つある。


それは左右非対称の美しさ(アシンメトリーの世界)と「天地人」。


アシンメトリーに美を感じるのは日本人独特の感性。

いけばなはアシンメトリーを大前提として生けていく。

アシンメトリーを完成させるためには粗密が大きなポイント。

つまり、空(空間)を内包してこそその美は完成される。


そして「天地人」は草月流では教えないのだけれど、3本主枝のこと。

その3本を軸にいけばなは展開されるのだけれど、「天」は空、「地」は大地、「人」は人間。

つまり、作品の中に宇宙をこめるという意味。

ここに「いけばな」が「華道」と呼ばれる所以がある。

いけばなって結構奥が深いのだ。


今日は、ワークショップということで、堅苦しいことは抜きにして、わりと自由にいけてもらった。

花材は桃とチューリップとスイトピー。

もうすぐ雛祭りだしね。

ワークショップに参加してくれたフィンランド人も喜んでくれたけれど、意外と学生さんたちが通訳をしながら楽しんでくれていた。

いけばなを再認識してくれたみたい。


ところで、この研究室、結構おもしろいことをやっている。

色彩を人間の脳がいかに感知しているかという人間工学のひとつを研究しているのだ。



finland-2


そして、今「色彩のユニバーサルデザイン」に取り組んでいるらしい。

これはとっても面白い話なので、また後日。


ところで、フィンランドみやげにもらったチョコレート、真ん中のチョコは「geisha」って書いてあるんだけど・・・・?


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ミルクチョコにヘーゼルナッツのフィリングが入っているらしい・・。

お味はまた不明。



フィンランド







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思春期の頃、男の子になりたかった。


自分の中のウェットな部分がイヤで、男の子になれば、もっとさわやかに生きられるんじゃないかと思っていた。

自分がオンナだから世の中が息苦しいのだと思っていた。

寂しかったし辛かったから、早死にしてもいいと思っていたし、打ち上げ花火のような人生でいいと思っていた。


村上春樹を読み出した。

つい一ヶ月前から。

青春3部作(「風の歌を聴け・1973年のピンボール・羊をめぐる冒険)を読んだ。

ミシマの4部作は、一年以上かかってまだモタモタと読んでいるというのに・・・。


ハルキさんは周知の通り、とっても人気のある作家。

流行りモノに手を出すのが億劫なタチなので、このトシになるまで一切読んだことがなかった。

いえ、一つある。

カポーティの短編集。

でもそれだけ。

だから、あるきっかけから人にすすめられなかったら、未だに読んでいなかっただろう。


ハルキさんの小説を読んでいて、思春期の頃の自分を思い出した。


不安定で先が見えなかったこととか、友達とうまくいかなかったこととか、失恋をして一人で海を観にいったこととか・・。


自分の中の弱さやら、情けなさやら。

どこがどう苦しいとか、哀しいとか、うまく表現できない気持ち。


そして、何か微妙に心と体がずれたカンジ、ここにいていないようなカンジ・・・。

そんな言葉にならない空気が、行間にひっそりと漂っている。


ベールの中から現実を観ているような、シュールとリアルのハザマのような・・・。


私の友人は

「ハルキを読むと事故るから、何もないときじゃないと読めない」

と教えてくれた。


また、人との関わり方がくどくない。

会話がとてもさらりとしている。

一見なんの脈絡もなさそうな話の中に、ふっと気になる言葉があり、はっとする文章がある。

少ない言葉のやりとりの中に、思いやりや友情があったりする。
女の子との関係も、ベタベタと書かれていない。


オンナ姉妹しかいなかった私は、男性の世界を自分が都合のいいように美化していた。

リアルな男性の世界は、もっと泥臭かったりするのだと、あとになって気づいて、少々がっかりしたのだけれど・・。

それは、男兄弟で育った男の子が、女の子に憧れるようなもの。

でも、ハルキさんの小説の中には、私が憧れていた男性の世界がある。


今でも時々、心と体が少しずれているような気持ちになったりするけれど、彼の小説が好きな人は、みんなそんな感覚を持ってるのかな・・。

現実を生きているのかいないのか、でも夢じゃなくて、本当は夢のような現実なのではないかと思えるような・・。


生活感のない小説と括ってしまえばそれまで。

でも、その生活感のないものの中に、私のなにか大切なことが隠されていて、それがあったからこそ、ここまでなんとか生きてこれたような気がする。


ハルキさんの小説を読んでいると、ビールを飲みたくなる。

そして、浮遊したくなる。

彷徨いたくなる。


バックパック一つ持って、缶ビールとハルキさんの小説を持って、ローカル線をゆらゆらと揺られながら旅をしたい。

どこへ行くあてもなく、どこへたどり着くでもなく。



これから「ダンス・ダンス・ダンス」を読む。

少しまだ、あの独特な世界に浸っていようと思う。






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サッチャー元首相のブロンズ像がイギリス議会に飾られることになり、除幕式にはご本人も参加されていた。

「鉄の女」として名を馳せた女性。

アメリカのレーガン大統領に、「彼は話が出来る男よ」と言って、ソビエトのゴルバチョフ大統領を引き合わせたのも彼女だといわれている。

彼女の政策には賛否両論あるけれど、ともかく11年間イギリスを率いた女性。


81歳の彼女は若々しくてきれい。

スピーチで

「鉄で作った方が良かったかもしれないけど、ブロンズもいいわね。鉄のようにさびないから」

とジョークを飛ばしていた。

アタマの回転もまだ若いみたい。


私はこういうウイットの効いたジョークが大好き。

人を傷つけないジョークって実はとっても難しい。

ジョークにも知性や品格ってあるんだなあ・・とつくづく思う。


落合信彦氏が以前彼女にインタビューをしたとき、

「日本の若者に向けてなにかメッセージをください」

と言ったら

「人生は短いわ。

そしてやるべきことはたくさんあります。

本を読みなさい。歴史を勉強しなさい。

歴史には学ぶべきことがまだまだあります。」

とおっしゃったという。


一国を率いたことのある女性は、すべてにおいて格が違うのかも知れないなあ。


「鉄の女」ブロンズ像に英議会で除幕式

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今、徳川美術館では「尾張徳川家の雛まつり 」が開催されています。

毎年恒例の人気企画なので、連日超満員です。

私も2度ほど行きましたが、平日でもすごい人です。

でも一見の価値はあります。


で、その期間中、一週間だけ常設展示のほうで観ることのできる特別な名物があります。

それが

竹茶杓 銘 泪 千利休作 名物


利休が秀吉に切腹を命じられて、自刃したのが2月28日。

そして、この茶杓は利休が最後に削ったものとされ、古田織部はそれを形見として大事にしていたとのことです。

古田織部は家康に切腹を命じられるので、その茶杓は徳川家のものとなり、徳川美術館にあります。

利休の命日にあわせて、前後一週間だけ特別展示されます。


私はこれを最初に観た時、利休という人の生涯が凝縮されているように思えて、なにか心に迫るものがあり、言葉が出ませんでした。

それと同時に、映画では三国連太郎さんや三船敏郎さんなどの大御所が利休を演じているし、小説でも風格のある方のように描かれているので、利休のイメージとして、堂々とした方を想像していたけれど、本当は非常に繊細で細やかな心配りのある方ではなかったのかな・・と思えました。


この茶杓が以外に華奢だったことを、東京のいけばなの師匠に話したとき、彼女は

「命を削ったのねえ・・」

としみじみとおっしゃいました。


そう、もしかしたら、本当は死ぬことがこわくて心が震えていたのかもしれない。

切腹という理不尽さに涙を流していたのかもしれない。

それが作品のなかににじみ出ているのかもしれない。


心のうちは利休本人しかわかりません。

でも、こうやって利休の残した作品を拝見しながら、利休という人を自分なりに想像し、感じてみるのもいいかもしれないな・・と思います。


人によって感じることは千差万別。

ということは、結局、利休の作品を通して、自分の心のうちと対話することになるのですから・・。


まあ、この茶杓にぴんとこなくても、お雛様も、そのお道具も本当にすばらしいので、江戸の職人さんたちの技を堪能するだけでもいいし、徳川園のお庭を散策するのもいいし、まあ、お近くにいらしたらぜひお立ち寄りください。


徳川美術館



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今日は、NHKの石澤アナウンサーの講演会ということで、舞台花の生けこみだった。

舞台と言っても、まあ、ご覧の通りの小ささなんだけど・・・。


石澤アナウンサーと言ってもぴんと来ない方は「新・日曜美術館」のキャスターだった方といえばおわかりかしら?

ということで演題も

「美術の楽しみ方」

決して堅苦しい話ではなく、時に冗談を織り交ぜながらの1時間半。


生け込みは地元教室の私を含めて5人。

石澤さんが担当する中部限定番組「金とく」に師匠が生け込みを担当していることもあって、師匠も忙しい中、生け込みの時間に来てくれていた。


花材は苔梅、こでまり、チューリップ。

苔梅は、レクサスで使った梅を師匠の好意で譲り受け、前回のお稽古のときに組んでおいたもの。

花器は3人が持ち寄った。


今回はいけこみ時間が少ないのと、作業が手馴れているということで、師匠の教室でアシスタントをしている友人と私がほとんどの生け込みを担当、3人は花を水切りしたり、手渡したりしてくれて、裏方にまわってくれた。

おかげでいけこみは、30分で終了。



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作品もそんなに大作でもなく、花材もゆとりがあったので、手早くガンガン生ける事ができて、私としては楽しい作業。

植物は生きているから、こちらが勢いを持って生けていると、そのエナジーをちゃんとキャッチして、こちらにたくさんのエナジーを返してくれる。



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この生け込みのおかげで、仕事を休むハメになっちゃったけど、やっぱりいけばなはたのし。

この楽しさを知ってしまうといけばなはやめられない。






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エルミタージュ宮殿でロシア帝政時代の華麗な舞踏会が開かれる。

まるでトルストイの「アンナ・カレーニナ」の一場面のようだ。


その中で踊り終えた婦人の一人が顔を輝かせて言う。

「まだ踊っていたいわ」


ソクーロフ監督はヒロヒトの映画「太陽」を撮った人。


大エルミタージュ美術館展にあわせた特別上映会は200人近い人で溢れていた。


豪華絢爛なエルミタージュ宮殿の中、迷い込んだ主人公と語り手(監督自身)は、宮殿を埋め尽くす美術品とともにピョートル大帝やエカテリーナ2世、そしてニコライ2世の家族の幻と出会う。


所蔵品は300万点にのぼるというエルミタージュ美術館(宮殿)。

名画が所狭しと並べられた部屋は、まるで絵画の森のよう。

廊下さえも芸術作品。

そこで撮影されたワンカット(継ぎ目がない)映像。

それらを観ながら、展覧会と称して海を渡ってきた一握りの絵画だけでは、この美術館を体感したことにならないことを痛切に思い知らされる。

どんなに美しい指先やつま先を見せられたところで、やはりその全体を観て、直接触れて感じなければ、その魅力を語ることは出来ない。


本物が持つ迫力、そして、そこで起こった悲喜交々の出来事。

歴史の深さや重みも含めてこそエルミタージュの真髄がある。


映像は小さいし、人は多いし、最初は意味がわからなくて、ちょっぴり退屈気味だったけれど、私も段々とこの幻想の中に引き込まれ、最後は虜になってしまった。

そしてそれはあまりにも美しすぎ、儚すぎる幻想だった。


私たちは夢や幻の中で生き続けることは出来ない。

夢も幻も現実でないからこそ美しい。

でも、もし叶うなら、この脆く危うい幻想の海の中で溺れてしまいたいと思った。

私の中で、理性ではなく感性が勝手に反応する。

この映画が終わり、幻想が消えてしまうこと自体が哀しかった。

切なくて、切なくて、知らないうちに涙が滲んできた。


映像を観終わったあとも、なかなか現実に戻れなくて、休日の街をただただ歩き続けるしかなかった。


そして主人公は私の望みどおりエルミタージュの幻想の中に残っていった。


エルミタージュ幻想


大エルミタージュ美術館展





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2001年1月カリフォルニアで大停電が起こる。

2001年12月エンロンが倒産する。

2003年カリフォルニア州知事にシュワルツネガーが当選する。


この点のようなニュースが、この映画の中で線で結ばれていく。


投機目的で電力が売買され、そのために計画的な停電が起こる。

電力が値上がりし、市民生活が大混乱する。


このカリフォルニアの電力危機でエンロンは大儲けをし、カリフォルニア州は財政赤字を抱える。


カリフォルニア州知事はこの事件が発端でリコールされ、シュワルツネッガーが州知事になる。

ブッシュ大統領と同じ共和党からの立候補。


エンロンの会長のケン・レイはブッシュ親子と親しい関係にあり、ケン・レイは「ケニー・ボーイ」とブッシュ大統領から親しみをこめて呼ばれていたという。


ブッシュ大統領はカリフォルニアの電力危機のとき、「政府は介入しない」と言い、カリフォルニアを見捨てたと言われている。


規制緩和って、本当は電力のように守られなければいけないものまで自由市場にしてしまえってことだったのね・・。

今、日本でも規制緩和が叫ばれているけれど、それは私たちの生活が、ある日突然トレーダーたちによって食い物にされてしまうってことも意味しているんだ。

ホリエモンが

「みなさんも気をつけないと、ずるがしこい人たちにやられちゃいますよ」

って言ってたことを思い出す。


一時90ドルだったエンロンの株は今は40セントに満たない。

そして、幹部たちは株が大暴落する前にまんまと売り逃げている。

大半の社員たちは年金として自社株を持たされていたにも関わらず、倒産するまで一切のことを知らされていなかった。


先週は「ダーウィンの悪夢」を観ていた。

グローバリゼーションの中で、搾取され、取り残されたアフリカの映画だった。


そして「エンロン」はお金のために手段を選ばない多国籍企業の失墜のドキュメンタリー。


ケン・レイ会長が

「私だって被害者だ。資産は目減りし、1000万ドルになってしまって・・」

みたいな発言をしているのを聞くと、虚ろな気持ちになる。


先週はわずかな食べ物を暴力で奪い合う子どもたちをスクリーンで観ていた。

そして、先日は同じスクリーンで、今度はお金のためなら人々の生活を破壊することもいとわない人たちが映し出されている。

彼らは電話やpcで実在しないお金を操作する。


ケン・レイ会長は昨年心臓発作で亡くなっている。

そして最高責任者だったスキリングは裁判中。最高185年の禁固刑を受ける可能性もあるらしい。


ブッシュ大統領、スキリング、年金をエンロン株で持っていた平社員、ビクトリア湖畔に暮らす売春婦、ストリートチルドレン、そして私。

みんなこの地球の片隅で生きている人間の一人。


何かがおかしい。

何かが間違っているよね。


そして、そう思う自分さえ、本当は間違っているのかもしれないとふと思えてくる。


何が正しくて、何が善なんだろう?


「ダーウィンの悪夢」も「エンロン」も、何かを考えさせてくれる映画だった。


エンロン~巨大企業はいかにして崩壊したのか?~







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先日いとこたちと話をしていて「再結成」の話題が出た。


んで、私が再結成して欲しいバンドって何だろう・・・って考えていた。


それは

ロキシー・ミュージック


私がロキシー・ミュージック(以下roxyと省略)を知ったのは思春期の頃。

海外のビデオクリップばかり紹介する番組で、たまたま特集が組まれていて、ほかのロックバンドと一線を画すそのスタイルに釘付けになってしまった。


タキシードを着込んだブライアン・フェリーとゴージャスな衣装を身にまとったグラマーな女性。

またはミリタリーな衣装に身を包み、独特なスタイルでマイクを持つフェリーとコーラスのイロっぽい女性たち。


これぞオトナの世界。

オトナの色気。


私はそのときから

「ダンディー=ブライアン・フェリー」

という式が刷り込まれてしまって、それ以来ずっと私のアタマの中で生きつづけている。


アルバムのジャケットは物議を醸すほど、セクシーだったり凝っていたり・・・。

ちなみにアルバム「サイレン」のイロっぽい人魚姫・ジュリー・ホールは、今はミック・ジャガーの奥様だけど、そのときまだ10代で、フェリーの恋人だったらしい。

(フェリーは振られてものすご~くショックを受けてヘビのごとくつけまわしたというウワサ付です。)


また、甲田益也子さんと「アン・アン」の表紙を飾ったこともある。

私服はさりげなくブルックス・ブラザーズのシャツを着こなしていたとか・・・。

83年の来日コンサートは、今までに観たバンドの中で最高に洗練されていて、かつシンプルなすばらしいステージだった。

それは24年経った今でもそう信じている。

だれも私のまわりにroxyのファンがいなかったので、一人で行ったけれど、本当に本当にステキだった。

ただ2階席だったから、love is the drugでは踊れなかったのがものすご~く残念だった。

どなたかご覧になった方はいらっしゃいますか?


木村拓哉が主演の「ギフト」というドラマの主題歌に「tokyo joe」が使われて、ちょこっとゲスト出演したらしいけれど、そのドラマ自体がナイフ問題でオンエアされなくなってしまったので、観ることはできない。

見逃したのでとっても残念。


そして調べてみたら、ナント、2002年に 一度再結成して、ナント来日していたらしい。

ええ~?

なんで知らなかったんだろう・・・・?


まあ、2002年の頃はヒーリング・ミュージックばかり聞いていたからそういう情報はシャットダウンしていたのかもしれない。


んで、再び再結成の話もあるらしいし、今度新しいアルバムを出す予定があって、それにはイーノも参加しているとのウワサ。

そしてツアーのウワサもある。


ツアーやらないかなあ。

イーノは多分参加しないだろうけれど、エレクトリック・バイオリンの貴公子エディ・ジョブソン参加してくれないかなあ。


1945年生まれだから、御年62歳のフェリー。

私が最初に彼のことをカッコイイと思った年齢を私は越してしまったけれど、それでも私とフェリーの年齢差は縮まらない。


だからこそ、彼はいつまでもオトナで、いつまでもダンディーで、いつまでも私の憧れの人。

(あ、なんだかずっと秘めていた恋心を告白したみたいでちょっとスッキリ)


新しいアルバムが出たら絶対に買います。

(最近はレンタルでしかCD聞かないくらいだけど)

そして、ツアーがあったら仕事があろうと学校があろうと絶対に行きます!


ということで、roxyのファンの方、どなたかいらっしゃるかしら?




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そこは南青山の一角にひっそりとあった。


その日は冬とは思えないような暖かい日で天気も良かったので、庭の椅子に座ってチャイをいただきながら、読みかけの本を読んだ。

ゆったりとした時間。



niwa

東京はめまぐるしくエネルギーが変わる場所。

ここ南青山も例外ではなくて、私がアルバイトをしていた骨董通りのギャラリーもすでになく、フロムファーストに通じる道は、ギャルソンとイッセイさんの本店を除いては、来るたびに店舗が変化している。


そんな中で、オアシスのようにほっとできる場所。

敏子さんがここをしっかりと守っているようだ。

庭の太郎さんのオブジェは笑っている。

椅子は怒っている。

アトリエには今でも太郎さんのエナジーが溢れている。



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時々漂ってくる排気ガスの匂いが、都会の真ん中であることを思い出させる。


「また来ます。」

お二人の魂にご挨拶をしてそこを去った。


帰り道、しだれ梅が花をつけていた。

春の香りがした。



ume




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先日、上京した際に「オルセー美術館展」を、名古屋では「大エルミタージュ美術館展」を観てきた。


どの名画を観たいというわけでもなかったけれど、フランスにもロシアにも行く予定はまったくないので、

「まあ、せっかく来ているんだから」

って軽い気持ちでお出かけした。


ので、どちらも美術の森を散策するように、ふんふんと楽しくまわって帰ってきた。


で、どちらの美術館も、美術館一個で展覧会を出来るくらい作品を貸し出していても、全然本業に差支えがないくらい、膨大なコレクションを持っている。

それを国の宝として、しっかりと管理されているって「ちょっとうらやましいなあ」と思った。


たとえば、フランスに旅行しようと思ったとき、美術にさほど興味はなくても

「オルセー美術館とルーブル美術館に行ってみたい」

って思うだろうし、ロシアだってサンクトペテルブルグに行くんだったら

「エカテリーナのコレクションを観てみたいなあ」

って思う。


そう考えたとき、京都・奈良を別にして、海外に自慢できる美術館って日本にあるのかなあ・・と思う。

「あそこへ行ってあのコレクションが観たい」

といえる場所。


正倉院は確かにすばらしいコレクションを持っているけれど、常時公開されているわけではないし・・。


そして、オルセーもエルミタージュも、権力やお金で集めたコレクションが基礎とになっている。

つまり、国がバブルの時にかき集めたもの。


日本がバブルのとき、ゴッホやミレーを買って

「国の宝をキャッシュ(汚い金)で持っていった」

と顰蹙をかったけど、もともとどちらもそういうことをして出来た美術館なんだよね。


日本の場合は個人や企業が西洋美術を買いあさっていたけれど、あの時せっかくだったら国が動いて、世界に散らばっている日本画や浮世絵のすごいやつたくさん買い戻して、世界に誇れる日本美術の集大成のような国立美術館でも作ればよかったのになあ・・なんて思ってみたりする。


新しく出来た国立新美術館はコレクションを持たないらしい。

綺麗な美術館だし、都心にああいう広々とした空間ができるのはいいことだよね。

そして、いい企画展をたくさんやってくれればいいのだから構わない。


ただ、

「あそこに行けば必ずあの作品に会える」

「あそこへ行けば、たくさんの名作に出会える」

そういう豊富なコレクションを持った安心できる美術館が日本にもあって欲しいなあ・・とちょっと思ったりしたのだった。


オルセー美術館展


大エルミタージュ美術館展



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