ここで、そこで、いろんなところで

日々の生活の中で想う、エッセイ未満のことたち


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「若いお嬢さんなので、かわいいお花にしてください」

なじみの花屋さんに頼んで、枕花を作ってもらった。


こちらのほうでは、お通夜前にご遺体が自宅に安置されているとき、お参りに持っていく花を「枕花」という。


友人のお嬢さんは15歳だった。

彼女と私は年の近い友達であり、いけばなの師弟の関係。

ご主人も良く知っているし、本当にステキなご家族だ。


お嬢さんがまだ一歳に満たないころ、彼女はお嬢さんを抱いて、お花のお稽古に来たり、ウチでの飲み会によく顔を出してくれていた。

元気で大きな赤ん坊だった。


その子が今、棺の中で静かに眠っている。


成長期の子供に時々見かけられる、肉腫に罹っていたのだという。

春ごろ、「余命半年」と宣言されたらしい。


お嬢さんには、

「治らない病気だよ」

と伝えてあったのだそうだ。

ただ、死に結びつく病気だとは、親の自分たちでさえ受け入れられないのに、子供にはとても話せなかったと彼女は言った。


お嬢さんは亡くなる4日前まで学校へ行っていたらしい。

最初はきちんと登校していたけれど、段々と体力的に難しくなり、午前中の授業に出れなくなり、そのうち給食もみんなと一緒に食べられなくなり、最後は6時間目の授業を保健室で受けるだけだったらしい。


動かなくなる体を押して、学校へ行くだけで帰ってくる、そんな状態を自分でも歯がゆかったらしく、

「元気なみんながうらやましい」

と帰ってきては落ち込んで泣いたのだそうだ。

それでも次の日、体調がよければ

「学校へ行く」

と言って、重たい体を引きずって登校したらしい。


学校へ行くことが、「自分が生きている証」であったのだそうだ。


また学校では、お嬢さんが登校していると聞けば、友達が保健室に遊びに来てくれ、亡くなったことを知らされたその日は、下校途中に大勢の生徒が彼女の家へ押しかけたらしい。

そして、彼女がびっくりするほど、たくさんの生徒が冷たくなったお嬢さんを観て、大泣きをして帰っていたのだという。

お嬢さんは学校やみんなを愛していたし、みんなもお嬢さんのことが大好きだったのだ。


最期は痛みが激しくて、モルヒネを打つ間隔も短くなり、ただ、体をさすってあげるしかなかったのだと彼女は言った。


「だからね、こんなにおだやなか顔で寝ているようなこの子を観るとね、もう苦しまなくていいんだと思ってなんだかほっとしてます」

淡々と彼女は言った。


「今までは、この子の病気のことを誰にも話せなくて、私たち家族だけで、この子のことを思うと哀しくて、泣けて仕方がなかったんです。

でもこうやって、いろんな人が来てくれて、この子のことをまるで自分のことのように、泣いて悲しんでくれているのを観ると、なんだかこっちが癒されてます」

彼女は時々目を潤ませたけれど、決して涙は見せなかった。


看病でほとんど寝ていないだろうに、疲れたそぶりも見せず、彼女はお嬢さんのことを精一杯伝えようと、私たちにたくさんの話をしてくれた。


すでにお嬢さんの棺の上には、たくさんのかわいい枕花が置いてあった。

「きれいなお花をありがとうございます」

私たちが持ってきた枕花を観て、彼女は丁寧にアタマを下げた。


彼女の凛とした姿に、こちらが泣かされっぱなしだった。


15年の短い生涯だったけど、この家族の中に生まれてきて、お嬢さんはとても幸せだったはずだ。

そしてお嬢さんは、家族や友達や関わったたくさんの人たちに、多くのものを与えきって天国へ旅立ったのだと、彼女とお別れのハグをしながら思った。


若き魂の冥福を心よりお祈りしたい。

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mat


コレ、お香典のお返しにいただいたマットです。


んで、わかんないと思うけど、このマットの中央にロゴが入っています。


VAN GOGH


ヴァン・ゴッホ

つまり、あの有名なゴッホです。

で、説明書が入っていて、


この商品はオランダのヴァンゴッホインターナショナル社とのデザイン提携により日本で生産されたものです。


なんだそうです。


死んでも稼ぎ続けてます、ゴッホさん。

生きているときはとってもお金には苦労したのにね。


誰が何を使ってお商売しようと構わないのですが、ただ、ゴッホが生きていたらこのようなマットのデザインに関わったのかなあ?

そして、このマットをデザインした方は一体どういう気持ちでデザインしたんだろう・・・?


なんだかこれを観て、ちょっとシュールに感じてしまった私でした。


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入学試験の話を少し・・・・。


私は推薦入試だったので、試験は小論文とカンタンな実技試験と面接だった。

ここの推薦入試は、ものすご~く変なことをしない限り、落ちないと聞いていた。

なので、私もちょっとリラックスムード。


小論文は原稿用紙2枚程度。

一応、出そうな題名だけは事前に聞いておいたので、前日にワードで感触を確かめておいた。


いざ、小論文。

テーマ「この学校で学びたいこと」

だって。


え?

そんなの聞いてないよ。

この学校の「志望理由」とか、学校卒業してからとかじゃなかったの?

でも仕方ないから、あらかじめ骨格を決めて、シャーペンをすらすらと滑らせ・・・・られない。

言葉は浮かぶんだけど、文字が書けないのだ。

「ていねいに・・」ってあれ?テイネイってどんな漢字だっけ?

「テキセツなハンダン」の「テキセツ」の「テキ」は?

「ヘイガイ」の「ヘイ」って・・・?


先日、「幼稚な文章しかかけない大学生」というTVの特集を見てせせら笑った自分が恥ずかしい。

ああ、全然だめじゃん。

PCのおかげで、文字は読めるけど書けなくなっているの。

こんなことで授業のノートなんて取れるんだろうか?

私の学生生活大丈夫なんだろうか・・・・?

不安・・・・。


結局「テキセツなハンダン」は「その場における正しい判断」という言葉に置き換え、

「ヘイガイ」は「良からぬこと」という言葉でごまかす。

この世に存在しない漢字を書くよりもいいよね、きっと・・。


これでも文章を書いて、お金をいただいていた時期もあったんだけどなあ・・。

知性のかけらもない小論文になってしまった。


そして面接。

次々と名前を呼ばれて、一人ずつ席を立っていく。

私の前の女の子は、小さなメモに質問を想定した受け答えをびっしりと書いている。

え?

何を質問されるかなんて、まったく考えていない私。

にわかにアタマがぼおっとしてくる。


ずらりと並んだ試験官は5名。


最初の試験官「この学校の志望理由を教えてください」

と、まあ、それなりのご質問。

私もそれなりに一生懸命答える。


次の試験官「論文を読ませていただきました。sumikoさんのような、志のはっきりとした方に、ぜひ入学していただいて、若い子達をグングン引っ張っていっていただきたいと思ってます。期待してますよ」

私「はあ?」

この年齢だもん。

期待されてもなあ・・・。

若い子達に付いていくのがやっとだと思うんだけどなあ・・・・。



次の方は、私の卒業学科に興味を示されて

「どうして農学部に入学されたんですか?」

とおっしゃる。


コノガッコウニカンケイナイトオモウンデスケド・・・・?


「進路に迷っていたときに、有吉佐和子さんの『複合汚染』とレイチェル・カーソンさんの『沈黙の春』を読み、環境のことを勉強したいと思いました」

優等生的な答えだけど、これはホントの話。

ただし、高校生のときは農学部への志望理由に

「将来立派なお百姓さんになって、日本の農業に貢献したいと思います」って書いたんだけど・・・。

(農業をされている方たち、すみません。お役に立てず、申し訳ございません。)


試験官「私も読みましたよ。複合汚染には草の根運動時代の菅さん(民主党の菅直人さん)も登場しますよね」

私「はあ?」(だって読んだのは高校生のときだから、すっかり内容なんて忘れちゃっている)


試験官「体によい食べ物とはどんなものだと思われますか?」

私「自分が生活している土地で育った作物が、一番よいと思います」


試験官「農業で一番大事なことはなんだと思いますか?」

私「土に対する愛情だと思います」


・・・・時々ね、自分でも思いもしなかったような言葉が口から出ることがあるもんだ。

そうだよね、愛情だよね。

うんうん。


なんだか忘れかけていたことを思い出させてもらっちゃった。

食べることの基本は愛情、そして感謝だよね。

そしてそれは命をいただくこと、自分を支えてくれているすべてへの愛情と感謝。


いつになっても忘れちゃいけない大切なことでした。


ということで、とりあえず面接も見事にパスして?合格通知をいただけた私。


農業の基本、というよりも、生きる基本としての愛と感謝を忘れずに、これからの毎日過ごしていけたらと思っている次第でございます。








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ある専門学校の入学試験を受けた。


いろいろと考えた末の決断。


何で今さら、その年齢で・・・ってカンジだけど、

ずっとずっと、のんびりと歩くことばかりを考えていた。

そして、これからものんびり歩いていこうと考えていた。


でも、いろんなことがあって、無理やり走らされた。


そしたら、「もう走れない」って思っていたのに、

「私ってまだ走れるんじゃない?」

って思えたのだ。


だったら走ってみたい。

ころんでもいいから、ケガしてもいいから。


何かを我慢しても、ちょっとがんばってみたいと思ったのだ。

夢を追いかけることをちょっとお休みしても、地に足つけたいと思ったのだ。


って、書くとかっこいいけれど、パート的に働いていた職場で同僚がやめちゃって、その重荷がどっと来たのだ。

最初のうちは今までやったことのない仕事を抱えて、失敗したり、怒られたり、ブログを書く元気さえ湧かず大変だったんだけど、ある日、この仕事ががぜん面白くなってきた。

どんな仕事にもクリエイティブな面があって、それを「面白い」と思えたとき、仕事って楽しいものになる。

私の友人はかばん屋さんに勤めてバッグを売り続けているけれど、その仕事をとっても気に入っていて、誇りを持って仕事をしている。


私の場合、このままでもよかったんだけど、せっかくだったらきちんとした基礎知識を身に着けたら、もっとこの仕事が楽しめるんじゃないかと思うようになったのだ。

そして、

「ステップアップして、この職場に戻ってきちゃる!」(何弁だ?)

って思った。


ところで、試験にどんな服装でいけばいいんだろう?

私「何を着ていけばいいと思う?」

友人「フツーは制服よねえ」

私「・・・このトシでセーラー服・・・?コスプレじゃん・・・?」

(私が通っていた高校はセーラー服でした)


結局シャツブラウスにネクタイして、Vネックのセーターを着て、黒のスカートをはいていった。

受験生はみんな制服かリクルートスーツだった。


よかった。

黒のワンピースにブーツを履いていかなくて・・・。


ということで、一応推薦試験にも合格して、来年からは晴れて女学生です。

詳しいことの顛末や、何の学校か知りたい方は、アタシの入学祝ということで、一緒に飲みながらゆっくりお話いたしましょう。



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あまり本を読むほうではない。


遅読だし、家では気ぜわしいので、移動中やお風呂の中で読むことが多い。

なので、単行本はほとんど読まず、もっぱら文庫本派。


また、基本的に小説より、エッセイや自叙伝のほうが好きだけれど、この秋は小説をよく読んでいる。


今読んでいるのは三島由紀夫の「豊饒の海」の第三部の「暁の寺」。

三島由紀夫のように硬質な文章、絶対に読まないと思っていたけれど、映画「春の海」(第一部)ではまって、「奔馬」(第二部)でうなった。

この「豊饒の海」は三島由紀夫の遺作。

この作品の中で次々と転生する魂は、三島自身の魂だということがよくわかる。


また読書好きのお友達が、どばっと本を貸してくれた。

まず最初に読んだのは、リリー・フランキーさんの「東京タワー」。

小倉にも住んでいたから、ここに出てくる方言は、イントネーションを間違えずにしゃべることが出来る。

飯塚出身の友人は

「九州のオカンって、ああいう人が多いよね」

と笑っていた。

確かに・・・。

ウチの母親も明るいし、誰か来ればご飯を出していた。

ううん、大学時代の友達のお母さんは京都の人だけれど、遊びに行くとたくさんご飯を作って待っていてくれた。

どこのおうちのお母さんも、あんなふうにご飯をたべさせてくれたもんだよね。

そして、今でもその友達の家に遊びに行くと、相変わらずたくさんのおかずでもてなしてくれる。

いつまでたっても子ども扱いしてくれるのがうれしい。


またよしもとばななさんにも挑戦。

以前「キッチン」を読んだとき、どうもマンガっぽくてダメだったんだけど、最近TVのインタビュー番組に登場した彼女を観て、

「もう一度読んでみたいな」

と思い、友達に借りた。

「ハゴロモ」を読んで、今は「イルカ」を読んでいる。


読んでいて、すんなりと文章が心に入ってくるのに、ちょっとビックリした。

ばななさんの文章も以前よりも表現が豊かになったこともあるけれど、それ以上に私自身が変化したのだと思った。

特に彼女の文章の中に流れているスピリチュアルな部分がすごく受け入れられるようになった。


この何年かの間に、自分も「信じてくれる人限定」で、誰かにエナジーを送ってあげることができるようになったり、一般的に「アヤシイ」と言われるようなことを信じられるようになったりしたこともあるのだろう。


すべては変化しているのだとつくづく感じる。


友人には借りっぱなしも悪いので、こちらからは田口ランディさんの「モザイク」と萩尾望都さんの「百億の昼と千億の夜」を貸してあげる予定。

キーワードは「阿修羅」。

まーちゃん、今度持って行くからマッテテネ。


そして、今文庫になるのを待っているのは林真理子さんの「アッコちゃんの時代」。

林真理子さんはまったく読んだことがないんだけど、このタイトルになっている「アッコちゃん」という女性、とてもよく覚えている。

M興産社長の愛人の娘の同級生から、M興産社長の愛人になった人。

そして、女優Fとそのご主人の離婚の引き金になった人。

そのとき、元愛人のクラブのママが

「あのお嬢さんは人のものを何でも欲しがるお嬢さんです」

と、彼女のことを聞かれて、慇懃にインタビューに答えていた。

バブル華やかなときは、もう田舎に引っ込んでいたけれど、でもちょっぴり恩恵をこうむった私でもある。

林真理子さんがあの時代をどう捉えているのか、とても興味がある。


でも、そろそろまた、ノンフィクションも読みたいな。

ダライ・ラマ師の自伝のように、人として尊敬できる生き方をしている方のものや、ピアニストのヘルフゴットの奥様ギリアンが書いた「すべては愛に」のような、心のオリが洗い流されるような、愛にあふれたものと出会いたい。








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とても静かな映画だった。


もちろん戦闘シーンはすごい迫力だし、スケールも大きい。

でもそこに描かれているのは、戦争という時代の波に翻弄される人たちの心の内面。


私自身は、先にこれを観た友人同様、日本とアメリカの戦争への温度差を感じた。

日本は本土決戦になり、一般市民も戦争の犠牲となった。

アメリカは、遠い島で起こっている戦争に、リアリティーが必要だった。

そのために、突然英雄にされてしまった3人の兵士たち。


イラク戦争でも、救出される女性兵士がヒロインにされたりしていたよね。

いつの時代も同じことが繰り返されるのかな。


そして、悲惨な体験は誰でも語りたくない。

ヒロシマやナガサキの体験をした人たちも、多くは口を閉ざしたままだ。

私の遠い親戚も、一度だけしか戦争の話を語らなかった。


また、息子を亡くした母親たちの姿が印象的。

先日観たTVで、福知山線の事故で娘を亡くした父親が、彼女の最後がどうであったのか知ろうと、同じ車両に乗っていて助かった方を訪ね、話を聞いていた。

そして、事故後初めて同じ時刻の列車に乗り、同じ席に座って追体験をしていた。


最愛の人を失う哀しみは、どんなに時代が移り変わっても変わらない。


そして、その意味や理由がどうであれ、愛する人たちを守ろうとする気持ちも、いつの時代にもやっぱり変わらない。


日本からの視点で描かれた映画「硫黄島からの手紙」も観なくては。


父親たちの星条旗/硫黄島からの手紙




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現代のガウディー。


と思ってしまった。


だって、建物が有機的。

細胞みたいにも見えるし、波のようにも、木々のようにも見える。

曲がり、撓み、ねじれ、交差する。


ただし、ガウディーの建築は、とても単純な構造の組み合わせから出来ているらしいけれど、こちらはコンピューターで計算された偶然の中の必然。


そして、この考え方って、とても日本的だなあ・・と思う。

日本の芸術の原点は「非対称」であって、歪みや捩れが生じることによってまた新たな歪みや捩れが生まれて、それによって均衡が保たれていく。


いけばなの原点は「不等辺三角形」。

均等にならないものから粗密が生まれ、アンバランスからバランスが生まれる。


自然を服従させるのではなくて、自然の叡智を作品に取り込む。

建物と自分とが、自然というキーワードで共振できそうで楽しい。


今回の展示も、丘のような床を、足の裏でその感触を確かめながら、作品の森を楽しんだ。


建築のことはわからないけれど、シロートの私にも

「この建物に入ってみたい」

って思わせられるのって、やっぱりすごい。


来年福岡に帰ったら、アイランドシティーに行ってみよう。

伊東さんの作品の「ぐりんぐりん」を体験しに。



伊東豊雄 建築|新しいリアル




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先日から試験湛水の始まった徳山ダムのドキュメンタリーです。

東海地区では11月13日の深夜2時40分から放送予定です。


プロデューサーの方は、故増山たづ子さんと30年のお付き合いのあった方です。

先日も増山たづ子さんと徳山村を追った丁寧なドキュメンタリーを制作されていました。


「徳山ダムを扱った番組が視聴率を取れるわけではない。でもこれは報道し続けなければいけない」

と先日お会いしたときに語っておられました。


もしよろしければご覧ください。


テレメンタリー

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herikonia-1


今回、めったにお稽古には登場しないハンギングヘリコニアがやってきた。

一本ですごい存在感。


ヘリコニアに圧倒されないように、こちらも真剣勝負。

イヤなのは、こちらの気持ちが花材に負けてしまうこと。

そして、その花材の魅力を引き出せないこと。


なので、ヘリコニアにはいっさい手を加えない。

その存在感を強調したいから、ギリギリまで背を高くする。

ということで、1Mを超える作品となる。


herikonia-2


ニュウサイランをねじって動きを出す。

生けていて

「あれ?」

と思う。


このねじれて上へ上がるカンジ、何かに似ている・・・・?


思い出した。

岡本太郎さんの文字だ。


この夏、太郎さんはブームだったし、「明日の神話」も2回観にいったから、私の体の中に感覚として太郎さんのイメージがどこかに残っていたのかも・・。


ならば、この作品は太郎さんのパワーにあやかって出来たことになる。


太郎さんありがとうございます。


こうやって世界のあちこちで、太郎さんの情熱の炎は、飛び火して燃えているのかもしれない。

私のハートも、そのおすそ分けをちょっぴりいただきました。


太郎さんのようなすごいパワーはないけれど、これからも日本の片隅で、いけばな続けて行く所存です。


ということで、

太郎さんに捧ぐ・・・・な~んて、あつかましいけれど、太郎さんに感謝をこめて。








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