ここで、そこで、いろんなところで

日々の生活の中で想う、エッセイ未満のことたち


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生きていれば、愉しいことや面白いことばかりじゃなくて、つらいこともあれば、涙することもある。

当たり前なんだけど・・。


そんなとき、支えてくれるのは友達であったり家族であったり・・。

そしてもう一つ、趣味というのもずいぶんと重要なポイントを占めていることがある。


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私の場合はいけばなだったりする。

細々と教えていたりするし、今は師匠の仕事の手直しに奔走していて、趣味の範囲を超えてはいるけれど、

「いけばなで生計を立てられない」

ということは、やっぱりどちらかというと趣味の範疇なんだろう。


いけている時間は植物と自分の世界になるので、結構集中しているし、エネルギーも使うので、頭も使うし体力も必要。

でも、日常の煩わしさから開放されたりも出来るし、生きた植物からエナジーをいただけたりするので、気持ちが和んだり、気持ちが切り替えられたり、すっきりしたりすることもある。


きっとこれだけ文化センターや、スポーツクラブが繁盛しているのも、習い事やスポーツが趣味として純粋に楽しみだったりするんだろうけれど、みなさんきっと生活の中のメリハリとして、大いに役立てているんだろうな・・。


以前の自分は、

「習うものは趣味の範囲を超えて資格をとって」

と思っていたけれど、

ただ単純に

「楽しめる」

だけでもいいなあ・・と思っている。


人生って楽しめることが多いほど、心豊かに暮らせると誰かが教えてくれたことがあったな。


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ということで、本日の花材は唐辛子とソリダコ(またはソリダスター)。

ワイヤーやおとし(とめるための道具)を使わずに、ため(植物を曲げること)だけの作品です。


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今日は天気がよかったので、少し衣替えをした。


昔ほど「洋服命」ではないけれど、やっぱり洋服は好き。

私の場合、好きで買った洋服は流行遅れになろうとも、なかなか処分できない。

タック入りのパンツ、肩パットの入った洋服もしまってあるゾ(笑)。

そしてこの年齢になると、ファッションにはサイクルがあって、ある程度リバイバルすることもわかってくる。


今年の春は15年前に買って大事にしまってあったLの花柄のワンピースをよく着ていた。

また去年辺りから、これも10年ほど前に買ったRのレースアップのショートブーツをよく履いている。

ちなみに4年前からよく来ているオーバーは、30年ほど前の母からのおさがり。


今秋はロングのカーディガンがたくさん出ている。

押入れからケーブル網のロングカーディガンを引っ張り出す。

そろそろ出番かな?


流行を追っかけるのには疲れたけれど、おしゃれは嫌いじゃない。


自分のテイストではないのに流行で買ってしまったものや、その場しのぎで買ってしまった安い服は、いつの間にか手元を離れているけれど、好きで買ったものはまた流行が来るまで大事にしまってある。

もちろん、年齢的に着れない服もあるけれど・・・(涙)。


ある友人は靴や洋服はあまり買わないけれど、徹底的に履き潰すし着倒すそうだ。

それはそれで小気味いいな。

私は毎年そんなに買わないけれど、靴は底を張り替えたりメンテナンスに出したりするし、洋服もすそをつめてもらったり、ウエストを出してもらったり(昔のウエストには戻れません・・・涙)あれこれ工夫するのが好きだ。


そうやって、家にある服をリフォームしたり、復活させたりするのも楽しみの一つ。

長いお付き合いの友達なら

「それ、懐かしいんじゃない?」

って服を時々着ているので、見つけてみてね。






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旧徳山村のカメラおばあちゃん、増山たづ子さんのドキュメンタリーを観た。

彼女のお葬式から始まり、彼女の足跡を辿っていく。

彼女は顔の広い人だったので、お葬式には元岐阜知事や、作家の方など、著名な方もたくさん訪れていた。


その中に、ジャーナリストのEさんの顔があった。

彼女との最後のお別れに、思わず涙が抑えきれず、小さくうめき声を漏らされた。


彼女は明るくてひょうきんで愉しい人だった。

いつもニコニコ笑っていたし、カメラを構えて

「えっとえっと・・」

といいながらいつの間にか写真を撮る人だった。


また彼女は筆まめな人だった。

電話も好きだった。

私も何度も電話をいただいたし、お手紙もいただいた。


Eさんも増山さんからたくさん手紙を送られていた。

そしてその手紙には必ず押し花が添えられていたらしい。

国木田独歩とか、何かの一説が添えられて

「この匂いも届きますように」

と書かれている。


それを読み返しながら

「彼女は文学少女だったからなあ・・」

とEさんはしみじみと語っておられた。


私はそれを観て、増山さんはEさんのことが好きだったのだと直感した。


増山さんは本をたくさん読んだ人だった。

私がトルストイの「アンナ・カレーニナ」を読むことができたのは、彼女に薦められたからだ。

パール・バックの「大地」は心に残った作品だと言い、ツルゲーネフを例にとって「恋愛は怖いぞ」と私に語った。

「どなまいきに思われるで」と言って、普段そんなことはおくびにも出さない人だった。


彼女は恋愛をしないまま、親同志が決めた結婚をした。

戦争の波に飲み込まれ、ご主人との結婚生活も合計すると1年にもならなかったという。

趣味も違うし「友達にもなれんかったわな」と語ったことがあった。


そして戦争未亡人となって独身を通した。

彼女はいつの頃からか「カメラばあちゃん」だったし、いろんな人の「おばあちゃん」だった。

私には「恋愛らしいものをしたことはない」と増山さんはおっしゃっていた。

でも、Eさんには淡い恋心のようなものを抱いておられたのではないだろうか。


可憐に咲いた野の花を、Eさんを想いそっと摘んで押し花にして、香りが逃げぬうちに手紙を添えて送ったのだ。

それはまるで、自分の気持ちが花の香りとともに逃げてしまわないように。

儚い思いがそっと届くように。


Eさんは、「カメラばあちゃん」ではないもう一人の増山さんの、少女のような心をわかってくれる数少ない人であったのかもしれない。


有名人であったばかりに、その秘めた思いが公になって、天国で増山さんは顔を真っ赤にして恥ずかしがっているのかもしれない。


本当のことはわからない。

ただ、女性としてのささやかな幸せを、そっと感じていたのであったなら、同じ女性としてうれしく思う。


子供のような愛らしい増山さんの笑顔が浮かんでは消えた。









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草月ではいけばなのお仕事のことをフラワークと呼ぶ。


今回師匠のフラワークのお手伝い。

場所は浜松の佐鳴台、T社のLという車の展示場。

浜松の閑静な高級住宅地の一角。


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花材はどうだんつつじ、藤づる、つるうめもどき、オンシジウム、プロテアキング、ストレチア、シウベルチ


私たちが住む土地からは車で約1時間かかる場所。

何班かに分かれて朝の8時に現地集合。


私たちは友人が運転するT社のライバルのN社の車で到着。

当然というべきか、隅っこの雨ざらしの駐車場に追いやられる。


T社の社運をかけたLの展示場はそれはそれは豪勢。

高級感漂い、キッズルームまで設けてある。

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8時から取り掛かり、9時半には終了。

展示場のゼネラルマネージャーの方から

「当社は朝の9時からの営業ですので、それまでにメンテナンスは終了していただきたいと思います」

と丁寧に念押しをされる。


え~?

午前中ならいつでもよかったんじゃないのお?


最初に説明を受けた友人も

「話が違う!」

とのどまで言葉がでかかったがぐっと抑える。


こういうときはクライアントさんが強い。


一ヶ月、みんなで交代で早起きをして、お花のメンテナンスをする。

お水を足したり、枯れた花を抜いたり、いろいろ・・・。


これが好評だったらお正月花の依頼もあるらしい。


え?

お正月に早起きですか・・・・?


複雑な心境の私たち・・・。


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でもきれな花が入りました。

お近くの方、ご覧になってくださいね。








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ああ、やっと観にいけた。

最近は公開終了ギリギリ滑り込みセーフが多い。


これはどうしても観にいきたいと思いながら、なかなかタイミングが合わない映画だった。

私は9.11のときカナダのホセのところに遊びに行っていた。

初めての一人旅で、ちょっとドキドキしていたけれど、まさかこんな事件に巻き込まれるなんて思ってもみなかった。

そのことはちょこちょこ書いているし、ブログやhpにも9.11のことは書いている。

私の9.11①


この映画はドキュメンタリーのような映画だった。


私は9.11の起こった日、おべんとうを持ってみんなで遊びに行っていたし、ホセはTVもラジオもない生活をしていたし、英語能力の低い私なので、あまりピンと来なかった。


明けた12日、カナダのバンフは観光地だから、街は平静を保っていたけれど、事態の異常さは充分すぎるほど飲み込めたし、噂や憶測が飛び交って、空港もいつ再開するのかメドが立たない状態だった。

というより、世界全体がどうなるのかわからない情勢だったのだ。


私の帰国のチケットは9月13日。

それは事件から二日後の空港再開の初日だった。

カルガリーからバンクーバー空港まで、飛んだ飛行機に搭乗できた倍率は50分の1だったと記憶している。

ホセは仕事があるのに、遅刻覚悟でギリギリまで私に着いていてくれて、バンクーバーまでのエアチケットをうまく手配してくれた。

そしてバンクーバーに着いても、飛行機が日本に飛ぶという保証もなく、私は一人ぼっちで5時間待たされた。

その日、唯一日本へ飛んだ飛行機は私がチケットを持っていた名古屋便だったことなどを考えると、私は運がよかったと思わざるを得ない。

空港には、11日から再開を願って毎日足を運んでは飛行機に乗れない人たちがあふれていたのだから。


この映画を観ながら、あのときの空港のまだ緊張が解けない異常な雰囲気を思い出さずにはおれなかった。

そしてあのときの自分が体験した不安や恐怖も同時に思い出した。

荷物検査も何度も受けたし、管制官のOKもなかなか出なくて、機内でも1時間以上待たされ、やっと離陸したんだった。


一人旅というものは、気ままだけれど、責任も自分で負わなくてはいけないものだ。

そのことをイヤというほど痛感した。

そして、異国で一人ぼっちの心細さも、無力さも・・・。


そう、私はとても無力だった。

でもその中で、手当たり次第人に話しかけて、状況を把握する方法や、自分のいる現状を受け入れる度胸もちょっぴり身につけたような気がする。

そして、ああいう極限のときに、冷静な判断や望みを捨てない気持ちがどれほど自分を助けるのかも教えてもらえた。

もちろん、人の優しさや暖かさも身に沁みた。


個人はとても小さくて弱い存在だ。

でも、ユナイテッド93の一般市民である乗客たちは、勇気を持って凶悪なテロリストたちに立ち向かっていく。

「こっちのほうが人数が多いんだ」

食事用のナイフやフォーク、熱湯を武器に、最後まで望みを捨てずに。


水の一滴が大きな河を作るように、小さな力の集団が、凶暴な力に立ち向かう。

そしてその行為が、軍隊や国家の大きな権力が阻止できなかった自爆テロを唯一抑えることができた。

自分たちの命と引き換えに、これ以上の犠牲者が増えることを食い止めることができた。


9.11のことは忘れてはいけない。

そして、9.11のみならず、どうしてそのテロが起こらなければならなかったのか、憎しみの連鎖が何をもたらしているのか、尊い命が奪われ続けている今、あらゆる憎しみの犠牲になった命に祈りを捧げるとともに、その命を無駄にしないためにできることを考えたい。


ユナイテッド93


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草月流の教科書にはテーマがあって、今回は「葉ものによる面の構成」を選ぶ。


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ハランとストレチアの葉とを使って葉ものの構成にはなったけれど、面の構成とはいいがたい作品が仕上がった。

なんだかのたくった爬虫類みたいな作品だなあ・・・。


だってさ、ただのっぺり葉っぱで平面を出したっておもしろくないじゃん。

ちょっとハランを丸めて動きをつけて、躍動感を出したくってさ・・・。

そしてピンクのアマクリナムをポイントにしてね、ストレチアの葉も表と裏を見せて変化をつけて・・・ブツブツ・・・。


と言い訳してみたところで、作品はテーマから大きく外れている。


テーマをスパッと明快にみせてこそプロだよね。


私のいけばな修行はまだまだ続く。


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先日大阪へ行った際、国立国際美術館でこの展覧会を観てきました。


今月の18日までなので、会期も残り少なくて、展覧会情報として全然お役に立てなくて申し訳ないんだけれど、

「いけばなをやっている人間」

として観て、おもしろかったので、

「ちょっと感想を書いちゃえ」

と思った次第ですます。


というのも、この作家さんたちが三様に植物に関わっている展覧会だったからです。


須田悦弘さん。

丁寧な木彫りの植物を独自の空間に配置した作品。

葉っぱの虫食い跡などを観ると、この方がただ美しいものを作ろうとしたわけではないことがよくわかります。

そして、この方の作品ほど大きく植物とかけ離れた作品はないと思えたのです。

生きた植物は水を必要とします。

この方の作品からは水が一切感じられません。

蓮は黒い塗りの板の上で花を咲かせています。

逆さにしたバラは茎が空中に浮いています。

空中に浮いた生きたバラは萎れます。

それは枯れるよりも醜い。

木彫の暖かさと同時に無機質を感じる不思議な空間です。

ただ、仕切られた空間の裏のベニヤがむき出しなのが少し気になりました。


伊藤存さん。

刺繍の線が葉脈の途切れのようで、朽ちかけた葉の残骸のようでもあり、その線がどこかへ繋がっていきそうでもあり、それでいて手縫いの暖かさのある作品たち。

グロテスクでありながら、その糸の感触にやさしさを感じたりします。

思わず中に入りたくなるアニメも愉しいと思いました。


今村源さん。

一番植物を感じたのはこの方の作品。

たとえば、葉っぱ一枚をじっくり観察していて、葉っぱであることを忘れて、ふと違う世界を垣間見るような感じです。

受動性のアルミパイプをつなげた作品も、そのアルミパイプ部分を竹ひごや、木の枝で、形を作り、その空間を変えていく、そういう手法は、空間全体を意識する際、いけばなの手法としても存在します。

勅使河原宏は竹を使って、草月会館のイサムノグチの天国の庭(通称プラザ)を体感できるいけばな空間に作り変えました。

(下記に紹介しているのはイタリアの王宮での個展ですが)

今村さんの作品は、その場所を変容させるのではなく、置かれた場所によってその作品の感じ方がまったく変わってくる。

作品と距離を置くのではなく、作品の一部として自分も存在する、体感する。

これからはそんな作品がもっと増えていって欲しいと個人的には思っています。


ということで、自分もちょっと植物に関わっている人間なので、その観点で作品を拝見させていただきました。

あとわずかな会期ですが、もしよろしければいらしてみてください。


三つの個展

勅使河原宏個展(ミラノレアーレ王宮)



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その町へ行くのは15年ぶりくらい。

学生時代はアルバイトに通った道。

新しいお店と古いビルが入り混じる下町風情の残る町。


学生時代、お世話になった女医先生のお宅へお見舞いに行った。


先生はいつまでたっても変わらない。

髪の毛が薄くなったと笑っておっしゃる笑顔も、昔と同じようにまあるくて、かわいい。


でも、お茶を飲もうとして、時々顔をしかめる。

首に照射した放射線で食道をやられたらしい。

食べ物がうまく飲み込めない時があるらしい。


木造の先生の診療所の前には覆いかぶさるように、鉄筋のクリニックが建っている。

最初は眼科ができるという話だったのに、フタをあけてみたら眼科はなくて診療科目は内科や消化器系やら・・・。

先生の専門とバッティングしている。


どこにクリニックを建てるのも自由だけど、やっぱり仁義を欠いてるよね・・・。


先生は午前中だけ予約診療をして、午後から休んでいる。

それでも午前中、予約なしの患者さんが来るらしい。


動物好きの先生の家にはネコが13匹と犬が1匹。

捨てられたネコやら、拾ってきたネコやら・・・。

私がいた頃は、犬が4匹いましたよね。


リンパ腺のガンらしきもの(ガンマーカーでは数値が出ないらしい)はどこから転移したのかわからないという。

原因がつかめないのだという。

みんなは61年目のヒロシマでの被爆を疑っているけれど、今となっては証拠がない。

原因不明のまま、治療せざるを得ない。


帰り際、先生のお嬢さんが、おかずをタッパーに入れて持たせてくれる。

彼女は大学の先輩。

私を妹のようにかわいがってくれた。

あの頃からいろんなものをいただいていた。

先生は私に珈琲をくださった。


「先生、元気でいてくださいね」

先生の手を握って先生の笑顔を観たら泣きそうになった。


私は先生が大好きだったチョコレートをおみやげに持って行った。

のどを通ってくれただろうか。


先生、まだまだ会えますよね。


新幹線の窓の外、大きな十七夜が出ていた。






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幼い日、おばあちゃんは週刊誌を見ながら私に言った。

「ヒロノミヤ様はお勉強がよくおできになるらしいわ」

それを聞いていた母が祖母に言った。

「子供にうそを教えないでください」

その週刊誌には、ヒロノミヤ様の学力は普通と書かれていた。


「太陽」という映画を観た。

昭和天皇というより、ヒロヒトという一人の人物のフィクション。


紀元前より続く世界的にも稀有な王朝の中で、現人神であることを初めて否定した天皇。


私が生まれたとき、天皇はもう人間だった。

でも、祖母の言葉が示すように、どこかまだ神格化された部分が残っていたし、今でも天皇家の方々の言動などは下々のものには伝わってこない部分がたくさんある。


ヒロヒトを演じるのはイッセイ尾形。

私たちがよく知っている「あ、そ」という口癖や、唇を振るわせるしぐさをよく掴んでいて、滑稽なくらいになりきっている。


そして、観ているうちに段々とこの人物に疑問を抱く。


これはどこまでがフィクションで、どこからがノンフィクションなのだろうか・・・?


映画なのだから、すべてフィクションであったって構わない。

でも、日本人であればこそ、あまりにも遠すぎるこの人物を、どこまでが真実の人間であるのか知りたくなる。


この中に登場するヒロヒトという人物は、戦争とは遠く隔離された世界に住んでいる。

東京の大空襲さえ、飛行機が魚に姿を変え、恐ろしいほど美しい地獄絵の悪夢となる。


そして思う。


これは御伽噺ではないのかと。


これは昭和天皇という、世俗からは隔離された人が神から人間になるファンタジーなのだ。


ここで出てくる太陽は燦燦と降り注ぐ力強い太陽ではなく、雲に遮られ、それでもうっすらと白い光を放つ、美しくはかない太陽。


現人神を否定したヒロヒトは本当に幸せだったのだろうか?

私の中にたくさんの疑問符を突きつけて、この映画は終わる。


ロシア人監督のソクーロフの映像美に乾杯。


太陽 The Sun


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同性の兄弟、姉妹のいる人なら、あの兄弟の心情がよくわかるのではないかと思う。


私にも二つ違いの姉がいる。

先に生まれたほうが姉で、後に生まれた方は妹だ。

当たり前のことだけれど、どちらに生まれるかで人生が大きく変わる。


私には、何でも一番の姉がとてもうらやましかったけれど、姉は自由に見える私のほうがうらやましかったと言ったことがあった。


映画の中の兄弟も、ぞれぞれの思いがある。

それがある事件をきっかけに、露呈することになる。


兄弟であるがゆえの羨望、妬み、憎しみ、そして愛。


信念は疑惑にあっさりと取って代わられる。

優しさはあざけりに打ち砕かれる。


それでも、解けない何かがある。


ラストは見る側にゆだねられる。


私はもちろん、ハッピーエンドにしたい。

だって、私にも血の繋がった家族がいるのだから・・・。


ゆれる





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