ここで、そこで、いろんなところで

日々の生活の中で想う、エッセイ未満のことたち


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忘れもしない2001年の秋のある晴れた木曜日、私は横浜美術館の前で気絶しそうになった。


村上隆さんの個展と奈良美智さんの個展を同時に観れると思い、わざわざ上京したのに、横浜美術館は休館していた。


どうして横浜美術館は木曜日が休館なんだ~!



仕方がないので、友達との待ち合わせギリギリまで横浜トリエンナーレを観て、東京都現代美術館の村上さんの個展を観て、もう一人の友達と会って、ご飯を食べて帰った。

現美で村上さんと奈良さんを特集したブルータスを買った。


それから、奈良さんの作品を積極的に観にいくことはなかった。

それに、あの頃の奈良さんの描く少女は、怒ったような目をした子が多かった。


先日の「情熱大陸」で奈良さんを追いかけていた。

(ご本人はあのTVには納得されていないようだけど)

そこに描かれていた女の子は、やさしくあったかいまなざしをしていた。


孤独の中から生まれたその瞳が、私のハートに届いた。


2001年に買ったブルータスを久しぶりに開けてみた。


村上さんと奈良さんに同じ質問を100ぶつけている。

(A.はすべて奈良さんの答え)


Q.バーミヤンの仏像破壊についてどう思います?

A.先進国が行う熱帯雨林伐採と同じこと。


Q.「一億円やる。好きにしろ」と言われたら何をする?

A.寄付


そして、ジオットの「聖フランチェスコの生涯」が好きなこととか、美術館よりも寺院や教会が好きなことなどいろいろ・・・。


そしてそして


Q.この人のためなら死んでもいいと思ったことある?

A.早乙女愛!(うそ)・・・・・ない。でも「このひとのために生きたい」と思ったことはある。


これを読んで、私はクラっときた。


「生きようね」

少女のまなざしは、そっと私に語りかける。


弘前の展覧会、マジに行きたいと思って検討中・・・。


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青森への旅で、一番行きたかったところがここ、六ヶ所村。

弘前、恐山と周り、六ヶ所村を訪ねる。


ここは日本で初めての原子力の放射性廃棄物の再処理工場が建設されているところ。

今は試験稼動ということだけれど、2007年からは本格的に稼動する。


友人は「六ヶ所村ラプソディー」という映画を観ているらしく、私にいろいろと教えてくれる。

私は観ていないけれど、観てみたい映画。

六ヶ所村を丁寧に取材したドキュメンタリーらしい。

私も以前原発の本は何冊か読んだことがあって、お互いに知識を交換し合い現地に向かう。


私が見た六ヶ所村は、漁港と高原のあるのどかな美しい村。


rokkasyo-1


でも再処理工場はあるし、プルトニウムが運ばれる港もある。

のどかさと裏腹な現実にちょっと背筋が寒い。


「アレクセイと泉」という映画を思い出す。

放射能に汚染された村に暮らす老人たちの姿を淡々と映し出したとてもきれいな映画だった。

去年、その村へ田口ランディさんが訪れた。

同行した「アレクセイと泉」の監督の本橋成一さんは

「子供を生む気なら、行かないほうがいい」と忠告したと、ブログに書いていた。

何か原子力の事故が起こったとき、この六ヶ所村も、あの村と同じようになってしまうのだろうか?と頭をかすめる。


プルトニウムが運び込まれるであろう港にたどり着く。

そして、その近くの干潟に目をやると、たくさんの人が干潟に入って何かをしている。

貝をほっているらしい。

rokkasyo-2


ここ、立ち入り禁止じゃないの?

私たちは思わず首を傾げたが、みんなお弁当を持って、寒い中休憩をしながら、笑いながら、やっぱり貝を掘っている。


生活がここにある。


危険であろうが、何であろうが、ここで暮らし、生きている人たちがいる。

そして、ここで獲れた魚や野菜を食べて、毎日の命をつないでいる人たちがいる。


私はそういう人たちを見ると、なんだかガツンと頭をなぐられたような気分になる。

時々、生きることに弱っちくて、悩んでいる自分が情けなく思える。


ここの人たちは私よりものすごく生きているし、ものすごく生活をしている。

この土地に住んだこともないただの旅人の私がまるで人事のように、この村のことを知識だけで考えているのがなんだか薄っぺらで恥ずかしい。


私が高校生の頃、友人と

「たとえば、明日地球が滅亡するとして、そんな時、滅亡することがきちんとわかっている人間でいたい。

のんびりと洗濯物を干しているような当たり前の人間でいたくない」

と語り合ったことがあった。


今の私は、たとえ明日地球が滅亡するとしても、のんびりと洗濯物を干している人間でいたい。

自分が最後に息を絶える日まで、きちんと生活をしていたいと思う。


生きること。

毎日泣いて笑って働いて、ご飯を食べること。


当たり前の毎日を丁寧に暮らしたい。

当たり前のことを大切にできる人間でいたい。


六ヶ所村ラプソディー



アレクセイと泉










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弘前を後にして恐山へ行く。

本州最北端の霊場。


私が幼い頃、TVの神秘特集では必ず恐山が登場し、イタコの口寄せなどが映し出されていた。

また、友人の親戚に降霊で著名な方がいて、その方亡きあと、後継者のお嬢さんは恐山で修行を詰まれたそうだ。

日本でも有数なパワースポット。


小雨降る霊場は思いのほか寒く、Tシャツを2枚重ね、その上にパーカーを羽織っても、まだ寒いくらい。

最高気温が10度。

やっぱり北は寒いのね。


硫黄のにおいの立ちこめる中、友人と別れ、一人恐山を歩く。

「きっと一人のほうがいろいろ感じられるよ」

との友人の配慮。(放置プレイではありません)


先日観たマイケル・ケンナの写真の中にも、神秘的で美しい恐山の写真があって、絶対に行ってみたい場所のひとつだった。

でも、最初の私の率直な感想は、霊山というより観光地。


いたるところに地獄があり、新しい地蔵像が立ち、個人で立てられた碑もある。

なんだか別府温泉の「地獄めぐり」の記憶と重なってしまう。


友人いわく、昔の恐山は、今よりもずっと地形がでこぼこしていて、もっともっと不思議な雰囲気の場所だったそうだ。

そういえば、高野山に登った人も、やっぱり現世的な雰囲気でちょっとびっくりしたと言っていたっけ・・。


そんな中で、この土地の核心を的確に写し撮る、ケンナというアーティストの感性に脱帽。


いたるところにある地獄をめぐっていると、どうして霊山に地獄があるのか不思議な気持ちになる。

説明書には

「地獄の責苦を代わりに受けて、生死に迷う人間を助け、清浄世界の天人を度す」

とあり、地獄に地蔵菩薩がある意味を説いている。

地蔵菩薩のおかげで、地獄も浄土となるらしい。


地獄をぬけると極楽浜が広がる。


地獄と極楽が混在する不思議な場所。


一人で黙々と歩いていると、段々自分との会話になってくる。

心に浮かぶ言葉が、自分の考えていることなのか、どこかから沸いてくるものなのか、区別がつかなくなる。


ふと、ここが自分の心の中のように思えてくる。

私の中にある地獄と極楽。


本当の地獄を知ってこそ、本当の極楽もわかる。

自分の中の地獄を見つめてこそ、相手の中の極楽も見える。

それは

「苦しみと喜び」に置き換えることも、「不幸と幸福」に置き換えることもできる。


人の心には神と仏と鬼と邪が住んどるんやで


増山さんの言葉を思い出す。


今回残念ながら、宇曽利湖の向こうに見える恐山の富士を拝むことはできなかった。

極楽浜から観るその景色は、まるで極楽のようなのだそうだ。


それでもなお、私の中にしっかりと何かが刻み込まれた気がした。

どんな闇の中にでも、光を見出せますように。


そして、私は形見の時計を恐山でなくした。

落としたというより、隠れてしまったかのようだった。

私が恐山においてきたものは何だろう?


これから答えが見つかるのかもしれない。


恐山

マイケル・ケンナhp


ケンナの恐山

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友達のお父様がお亡くなりになった。


彼女とはここ数年、年賀状のみのやりとりになってしまっていたけれど、それでも大切な友人。

東京なので最初は躊躇していたけれど、いろんなシンクロがあってお悔やみに伺えることになった。


友達も

「遠いから無理しないで」

と言ってくれたけれど、これもきっとご縁だろう。


お通夜前日のご自宅にうかがう。

数年ぶりの友達は、ちょっとやせた。

この日も、明日あさってのお通夜や告別式の打ち合わせで慌しそうだった。


初めておめにかかる友達のお父様。


「パパ、sumikoさんが来てくれたよ。

こんな姿になる前に会わせたかったわ」


お顔の白い布をとりながら、彼女は親しみをこめてご遺体に話しかける。


私も初めてお目にかかるお父様に手をあわせてお祈りする。


彼女と彼女のご家族を、どうぞ天からお守りください。


ご病気の原因などを聞きながら、手短にお互いの近況など報告しあう。

元気にしているけれど、やっぱり疲れがにじんでいる。

看病からご逝去と、めまぐるしくて悲しみをじっくりと感じる時間がなさそうだった。


握手をして、

「それじゃあ」

といいながら、心が動いてハグをした。


すると、彼女が声をあげて泣き出した。

彼女の悲しみが、体を通して伝わってきた。


どんなに苦しくても、切なくても、受け入れなければいけない別れがある。


そのあと、ブログ仲間のwaku姉さんと会って、ご飯を食べた。

突然であいまいな約束にお付き合いしてくれて、waku姉さんに感謝。

いろんな話をして、笑って泣いた。

別れ際に笑顔でハグをした。


何も言わなくても、ただこうやって抱きしめあうだけで、伝わる・・・。












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はじめて青森に行った。(というより連れて行っていただいたというほうが正解だけど・・)


まず弘前に到着。


弘前と聞いて真っ先に思い浮かべたのは、佐藤初女さん。

去年の春、「ガイアシンフォニー(地球交響曲)第二番」の上映とともに、彼女の講演を聞いた。


初女さんは熱心なカトリック信者。

そして、彼女の心のこもったお料理は、たくさんの人を救ってきた。


映像の中の佐藤さんも素敵だったけれど、丁寧でゆっくりとお話される佐藤さんに私はすっかり魅了されてしまった。

今回はイスキアまでは足を伸ばせなかったけれど、映画の中にも登場した教会が弘前市内にある。


kyoukai-1


弘前カトリック教会。


kyoukai-2


こじんまりとした教会の中央に、祭壇がある。

その両脇に、マリア像どヨゼフ像が配置されている。


マリア様と向き合う。

弘前に行くことになったとき、私は「マリア様にご挨拶をしたい」と思った。

そしてその願いはかなえられた。

kyoyukai-3

きっとここでたくさんの人たちが、マリア様に会い、マリア様に祈り、自分自身を見つけ出していったことだろう。

佐藤初女さんも、心が揺れるときにはここへいらっしゃるという。


慈愛に満ちた静かな場所。


私の好きな「ピエドラ河のほとりで私は泣いた」の主人公のピラールは、

「もし苦しみがくるのであれば、すぐ来ますように。」

と言ってマリア様にお祈りをする。

「待つことはつらいことです。忘れようとするのもつらいことです。でも、どちらにすべきかわからないのは、最悪の苦しみです」

そしてその願いを聞いてくださったと感じる。


私もお祈りをした。

マリア様はただ何も言わず、私を見つめてくれた気がした。






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実は今日、一つ歳をとった。


・・・と言っても、私にとって今日は別に特別なことがあるわけでもなく、フツーに起きて、フツーに仕事をしている。

友達とご飯を食べに行く約束をしているけれど、誕生日だからではなくて、ただ、友達との日程があっただけだ。

だって、このトシになると、歳をとることがそんなに楽しいわけでもないし・・・。


でも、mixiで日にちだけを公表しているので、気付いた友達がメールをくれたりして、なんだか照れるけど「おめでとう」って言われるのはやっぱりうれしい。


この一年、振り返ると「出会いの年」だったような気がする。

たくさんの方と素敵な出会いがあった。

そしてみなさんのおかげで、充実した楽しい一年になった。


こうやって一年を振り返る日として、お誕生日は悪くないな・・・。


来年のこの日に、またこの一年を振り返って

「いろいろあったけど、いい年だったな」

と言えるよう、毎日を大切に生きていけたらいいな。


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ウチの花屋は時々壊れる。


今回の作品、ドラセナ、モンステラ、アンスリウム。

しめて花材費300円。


hana-1


横にビヨ~ンと飛び出しているのはアンスリウムだよ。


これだけドド~ンと植物を使えば、1500円はくだらない。

信じられないでしょ?


hana-2


ただね、モンステラは3分の1ほど、変色していたり、腐っていたりしていたし、アンスリウムもちょっと色がぼけた感じ。


hana-3


「儲けの残りね」

と私が言うと

「違う、儲け損ねた残りだよ」

と、花屋の彼は苦笑いをしながら反論。


そうなのだ。

梅雨のこの時期、マナモノを扱う花屋にとって、とてもいやな季節。

湿度が高いため、うっかりすると花にカビが生えたり、腐ったりするのだ。

また、日によって急に温度が上昇するため、あっという間に花も開ききってしまったりする。


特にウチの花屋は極力キーパー(花の冷蔵庫のようなもの)は使わない。

キーパーに長時間入っている花は見た目はきれいでも、すぐにダメになりやすい。


ので、真夏なら用心する水の管理など、季節の変わり目のこの時期はうっかりすることが多いのだ。


ということで、フツーの花屋であれば商品にならないこれらは「捨てられる運命」なんだけれど、「捨てられるよりはいいだろう」ということで、「儲け損ねの花」たちは、私たちの教室で「バーゲンの花」に変身。

開ききったアリアムとか、とげを取っていないバラとか、今日はやたらと花材が安い。


でも彼の「儲け損ねの花」のおかげで、今日の私たちのお稽古は、花材をおおらかに使った作品が目白押し。


私の場合、前回に引き続き、グリーンアレンジになりました。

花材にボリュームがあるので、四方から観賞できます。

葉ものをふんだんにぽってりといける場合、足元の軽い花器を使うと軽快感が出ます。


わかりにくいけれど、アンスリウムもドラセナも微妙にためてあります(植物にカーブをつけること)。

モンステラの葉も、平面的にならないように、向きを気をつけます。


ただね、家でどれくらいこの花たちが生きていてくれるかは謎であります。





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時間が止まっている。

そしてフレームの中で、無機質であるはずのものが、命をもらってゆっくりと静かに呼吸している。


石畳に投げられたお賽銭が花びらになる。

雪にうもれた柵が、まるで五線紙のように並んで音楽を奏でる。


マイケル・ケンナの切り取った日本。

イギリス人のその人は、禅の庭のような、美しい空間を写真に収める。




マイケル・ケンナ展「IN JAPAN」


マイケル・ケンナHP


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姉と会ってきた。


姉が再婚してから初めての再会だから、3年ぶりかな・・。


私は姉の前のダンナが大好きだったから、姉が離婚したときは切なかった。

だから、今度のダンナさんとは、お互いの家族紹介のとき、一度だけしか会っていない。

姉ともなんとなく疎遠になっていた。


今回は、どうしても姉と直接会って話したいことがあったので、日帰りだったけど上京した。


姉の家を訪ねた。

3年ぶりの姉は、少し歳をとっていた。

それはお互い様。


ちょっとシビアな話だったので、ボタンを掛け違えるとケンカになるかもしれなかったんだけど、姉はおおらかに話を受け止めてくれて、こちらの言い分もよく聞いてくれて、最期は雑談などしながら、笑って別れることができた。


姉も離婚して、自立して、再婚して・・。

ここ5年ほどはめまぐるしくて、キリキリしてギスギスしていた。

いろんな意味で精一杯で、誰かのことを考える余裕もなかったんだ。

口を開けば何かの悪口ばかり言っていた時期があった。


でも姉は少し変わった。

今でもいろんな問題を抱えているけれど、日々を感謝して生きている。

きっと今のダンナさんがいい人なんだろう。


人は絶えず変化しているものなんだなあ・・。

変わることが当たり前なんだ。

そういう私も変わったのかもしれない。

いえ、きっと変わったんだろう。


姉のいいところがちゃんと見えている。

だからこそ、こうやって姉と私は穏やかに話をして過すことができたんだ。


姉のダンナさんはとてもお酒が強い人。

でも甘いものも大好きらしい。

私がお土産に持っていった豆大福、食べてくれただろうか?


ようかんをつまみに日本酒を飲める人らしい。

それはちょっとカンベンだけど、その人と姉も一緒に、一度ゆっくり一緒に飲んでみてもいいな・・と帰りのみちすがら、思ったりした。



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