ここで、そこで、いろんなところで

日々の生活の中で想う、エッセイ未満のことたち


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友人がダウンした。


なんだかものすごくムチャをしていた(ように私には思えた)ので、

「あんなにムチャをしていたら倒れちゃうよな~

大丈夫かな~」

と思っていたら、本当に倒れちゃったらしい。


私は何もしてあげられないので、少しでも楽になるようにお祈りをしている。


何にでも誠実なのが、あなたのいいところ。

だからきっと、頼まれると断れないし、自分の限界を超えてがんばってしまうんだね。


でも、あなたも私もロボットじゃない、生身の人間だもの。

限界以上のことをしようとしても壊れてしまう。

ロボットだって、付加をかけ過ぎるとショートしてしまうよ。


手を抜くんじゃなくて、上手に気を抜こうよ。

(きっとそれが一番ニガテなんだよね)


人生半分以上折り返してしまって(たぶん80過ぎまでは生きないと思うし)、結構挫折を繰り返しても、しぶとく生きている私のような人間は、手の抜き方も気の抜き方も得意なんだけどね・・。

ま、それでも時々うまく吐き出せなくて、ウジウジ考え込んじゃったりもしているけれど・・。


上手な生き方なんて、本当は一生かかってもわからないのかもしれない。

でも、自分にとってちょっとだけラクに生きられる方法っていうのは、見つけられるのかもしれないよ。

それも、ほんの少し視点を変えるだけで、案外カンタンに・・。


自分をもっと大切に扱ってね。

私たちは身体だけでも、心だけでも生きてはいけないんだもの。

器の体が壊れてしまっては、大切な心が収まる場所がなくなってしまう。

体の器が丈夫でも、中に納まる心が壊れてしまっては、器の意味がなくなってしまう。


大事にしようね。

お互いに。

自分のこと。


元気になったらまた会おう。







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勅使河原蒼風という方はいけばな草月流の創始者。

蒼風先生は、「花のピカソ」と言われたくらい、すばらしいいけばなのアーティスト。


そして、いろんなアイディアを持っていらっしゃった方だった。

今回私が生けた花器は蒼風先生のオリジナルのプラスティック花器。


kaki-1


裏に「蒼風好み」と書いてある。

蒼風先生は79年にお亡くなりになっているので、この花器自体、30年以上前の作品。


陶器では出せない、軽さ、シャープさを持っていて、私は大好き。

今でも充分におしゃれでモダンな花器だ。

その花器に、柿と桐、小葉ユーカリを生けた。


kaki-3


桐はたんすになるあの桐。

今は花がついていて、その花粉が飛んで、私は何度も咳き込んだ。

桐は見た目よりも意外と軽い。


そして、柿はたわわな実をつけていて、どっしりと重い。


私たちの教室は、恵まれていることに、その時花屋さんがもってきてくれた花材のなかから自由に選択ができる。

私はまたもや、枝の美しさにほれ込んで、桐と柿を取ってしまい、はたと悩む。


枝の植物ばかりで生けるという表現方法がある。

それはそれでいいのだけれど、柿と桐はどう考えても、和風な素材。

これをどっしりとした陶器の器に生ければ、和風で重厚ないけばなが完成する。


でも、私には残念ながら、そういう感性がないのだ。

どうしても和風はニガテ。

というより、私の生活の中に、どっぷりと和風なものが存在していない。

生まれてこのかた、和洋折衷の生活はしているけれど、正座も出来なければ、着物を1人で着ることも出来ない。


kaki-2


そこで、蒼風先生の花器に助けていただく。

シャープな花器に自然な枝ぶりの植物をあわせる。

和風モダンを目指す。


一緒にいけばなを学んでいる方には、70過ぎていて、どんな器にでも、和風なおおらかな花を生ける方がいらっしゃる。

かと思えば、地味で目立たない服装をしていらっしゃる60過ぎの女性は、シュールな色使いのいけばなをいれられて、こちらが度肝を抜かれることがある。

それぞれに個性的で、私には絶対マネができない。

それがいけばなのいいところ。


自分の中にないものは生けることができない。

だから、毎日の中で、いろいろな気づきを得て、自分のフトコロを大きくすることが大切なんだよね。


また、いけばなによって、隠れている自分を発見することもある。

新たな自分を発見することもある。


たかがいけばな。

されどいけばな。




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中日ドラゴンズには、先天性難聴の石井裕也投手がいる。

左の耳はほとんど聴力がなく、右耳がわずかに聞こえるだけなのだそうだ。


小さい頃から野球が大好きで、高校でも野球部で活躍していたらしい。

しかし、障害が理由で、プロ入りできなかった。


それでも彼はあきらめず、働きながら社会人野球を続ける。

その間、筋力をアップして、145キロの速球を投げれるようになる。


そして、今期中日ドラゴンズにドラフトで入団。


強気のマウンドと速球が持ち味。

難聴のハンディは、瞬間的にものを判断できる視力でカバーする。


ボコボコに打たれたり、2軍に落ちたり、神様はカンタンには微笑んでくれない。


でも、その都度その都度、彼は成長していて、ついには中継ぎから先発を任された。

コーチから「先発やりたいか?」と聞かれたとき、「ジョークかと思った」そうだ。


そして巨人戦で初勝利をあげる。


来期は先発ローテーションの一角を担えるようにがんばりたいとのこと。


彼を見ていると

「神様は、その人に乗り越えられる試練しかお与えにならない」

という言葉を思い出す。


そして、その試練を黙々と乗り越えている石井投手の姿に、沢山の人たちが勇気や感動をもらっている。


来期、先発の石井投手を観にいきたいな。

彼が、一つ一つ階段を登りながら、夢を掴んでいる姿を、ぜひこの目で観たい。




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私は谷口吉生さんの建築が大好きだ。

谷口吉生さんだから好きなのではなくて、好きだと思う建物が、谷口吉生さんの作品であることが多い。


新幹線の車窓から見える資生堂アートセンターは、そのフォルムの美しさに、いつも見惚れていた。


そして、信州の東山魁夷美術館の、魁夷さんの作品と一体化したような、暖かくて、静かな空間。

東京国立博物館法隆寺宝物殿の、仏様たちを包む、凛として神聖な空間。


そこに収められた作品と会うことと同じくらい、その建物に足を踏み入れることのできる喜びを、私はいつもいつもかみ締める。


豊田市美術館も谷口さんの作品。


今回は、谷口さんがMoMAの増改築に携わられたということで、そのお披露目のような展覧会だった。


氏の作品の丁寧な模型と写真が展示してある。

また、その建築物の一日を追いかけた映像もある。


それを観ていて、自分が知っているはずの空間が、見たこともない美しさを放っていることに改めて気づかされた。


法隆寺宝物殿も、豊田市美術館も、何度も足を運んで、何度も観ているはずなのに、あの窓から見た風景、この角度からみた内観、こんな場所もあんな場所もあったのかと気づく。


映像も、写真も、さすがにプロだなあ・・と感心する。

目のつけどころが違うね。


本当に美しいものは、どこから見ても輝きを放っているものなんだ。

そして、飽きないほどに、新たな発見のあるものだ。

まるで、時々違う魅力をのぞかせては驚かせてくれる、素敵な友人のようだ。


私もこれから、ここを訪れるたびに、何かを発見しよう。

常に新鮮な気持を忘れないでいよう。

そして、お気に入りの空間も大切にしながら、この美しい場所を益々好きになろう。

今日、閉館ギリギリに美術館を出て振り返ると、薄暮の中で建物が、白いガラス越しにカラフルな色に染まっていた。

中にあるネオンの展示物の光が反射していたのだ。


そして前面には、クリムゾンの夕焼けとサファイヤブルーの大きな空が木々越しに拡がっている。


この美術館を訪れて、初めての発見、初めての体験だった。

この日の美しさは、この美術館の美しい思い出となって、私の中で大切に生き続ける。


豊田市美術館







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芸術の秋、ということで、本日はディジュリドウ・レッスンだった。


dhiju-1



・・というわけではない。


本当は月イチくらいでレッスンを受けるのが一番いいんだけど、師匠とスケジュールが合わなかったり、忙しかったりで、とうとう前回から4ヶ月以上空いてしまった。


師匠とは、以前はちょこちょこメールの交換をしていたけれど、それもなく、最近では音信不通状態。

業を煮やした師匠から

「最近どうしているの?」

とメールをもらい、

「ゲ!見つかっちまったぜ」

と心で小さく驚く。

師匠の目に付かないように、ひっそりと生活していたんだけどなあ・・。


何でもそうだけど、楽器って、触っていないと演奏出来なくなる。

ディジュリドウもご他聞にもれず、何ヶ月も吹かないと吹けなくなる。


思い出したように、時々は吹いていたけれど、ものすご~く音が悪くて、吹いていて自分でも哀しい。

そうなると、自然と吹く回数も減ってしまう。

そうすると、ますます吹けなくなってしまう。


これではいけない!


ということで、レッスンを受けることにする。

あまりの上達のなさに、師匠の怒りが爆発してはいけないと思い

「最近全然吹いてないので、めっちゃヘタクソです」

と言い訳メールを入れておく。


師匠もすでにアキラメモード。

以前だったら

「そんなことを言っているから上達しないんだよ!」

とスポコン並みのお言葉が返ってきていたのだけれど、今は

「一分でもいいから、毎日楽しみながら練習しようね」

と優しく言ってくるようになった。


「芝生の上で練習したい」

という私のわがままを聞いてもらって、小高い丘へ。


yama-1


練習前、師匠が自分のディジュで試し吹きをしてくれる。

ヨルング族の長老、ジャルーのイダキ(イダキはディジュの正式な名前)。

柔らかくて深い音。

ああ、なんていいバイブレーション・・・。


体中に響くような、低音の暖かい音色を久しぶりに聞いた気がする。


そうそう、これがディジュリドウ本来の音色なんだよねえ・・。

私のディジュは吹きやすいんだけど、ピッチが高い。

私が吹くと、若い女の子がヒステリーを起こして叫んでいるような音がする。

師匠が私のディジュを吹くと、乙女の歌声なんだけどなあ・・。


ちなみに、大きいほうが師匠のイダキ。

小さいほうが私のディジュ、やっぱりヨルング族の若手プレーヤー、ノンゴが作ったもの。


まあ、二つは親戚みたいなもの。

ちなみに、ノンゴイダキ(イダキとはディジュの正式な呼び方)が私のものになったとき、

「これは君の分身になるんだから、名前をつけなよ」

と師匠に言われたので、

私は迷うわず

「スカーレット」と名づけた。(笑)


でも、このイダキ、ボディのペイントが赤いし、「スカーレット」もまんざらウソじゃないんだよ。


風に吹かれながらのレッスンは相変わらず気持がいい。

でも風が強くて、ちょっと寒かったけど・・。


私は相変わらずとてもヘタクソで、最初の頃の

「循環呼吸をして、自己瞑想の世界に浸る」

という意気込みはどこへやら・・。


自分のレッスンはほどほどで、師匠のお手本を聞きながら、和む。

私のディジュの腕は、いつまでたっても上達しない。

まあ、名プレーヤーの音を間近で聞いているんだから、本当は、それだけで充分なんだけどね。


帰りは夕焼けを見ながら下へ降りると、帰宅を急ぐ車の波にもまれる羽目になったのでありました。


yuuhi


師匠のhp

ナチュラルビート







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先日、元兄のお父様がなくなった。


元兄と言う呼び方は変だけど、兄は私の実の姉と離婚してしまったので、今は兄ではない。


そのお父様がお亡くなりになった。

一時は義理のお父様だった方なので、最後のお別れに行きたいと思ったけれど、

「もう縁の切れた人だから、おまえは行かないほうがいいだろう」

と父に言われた。

その言葉に、わずかな反発を感じたものの、反論する気持も沸かず、結局心の中でお別れさせていただいた。


そして、お葬儀に行った人から、義理のお姉さん(兄のお姉さん)からの言伝を聞いた。


「うちの弟と、sumikoさんのお姉さんがあんなことになってしまって、私としても大変心苦しく思っています。

sumikoさんのご両親にも、不義理をしてしまって本当に申し訳ございません。

それだけがいつも気がかりです。

いつも気に留めております。

どうぞよろしくお伝えください」


私はその言葉を聞いたとき、大声で泣き喚きたい気持になった。


姉と兄は結婚というカタチでつながっていたのだから、愛情が醒めてしまったり、共に生活が出来ない事情が発生してしまったら、結婚を解消するのは仕方がない。

兄も姉もそれぞれ再婚して、今は違うパートナーと幸せに暮らしている。

それはそれで構わない。


ただ、私たちは、兄の家族と、家族となり、親戚となった。

お互いに好きだったし、お互いのことを思いやっていた。


本当の家族になろう、親戚になろうと、努力していた。

それは苦労ではなくて、むしろ、家族が増える喜びであった。


兄は、姉妹だけの私たちの家族の本当の兄でいてくれたし、私にとっても兄以上の兄だった。

私の甘えやわがままを、「妹だから仕方ない」と言って、笑って許してくれた。

お母様を早くに亡くしていた兄は、私たちの母をとても大事にしてくれた。


でも、姉との関係が切れてしまい、私たちはもう兄妹ではなくなってしまった。

義理のお姉さんとももう家族ではない。


姉と兄の離婚が決まった時、私の中で、大切に暖めていたものが、無残に引きちぎられるような気がした。

それはたぶん、今まで家族であった人たちへの、情のようなものなのだろう。

姉が再婚して、新しい兄、新しい家族が出来た。

ものすごく暖かい人たちで、私もほっとした。

でも、以前の兄たちとのような、濃厚な関係はつくれずにいる。


先日、姉と離婚して以来、会っていなかった兄と、5年ぶりに再会した。

その間に、再婚相手との間に子供が生まれて、以前より少しふっくらして、印象も少し変わっていた。


「また連絡ちょうだいよ」

別れ際にそう言われた。

その言葉には、依然と同じ兄の優しさを感じて、涙が出そうになるのをぐっとこらえた。


わかっている。

誰も悪くない。


でも、この切ない、やりきれない思いを、今の私は受け止めることが出来ない。

受け入れることが出来ない。


誰も悪くない。

わかっている。


わかっているけど、やっぱり哀しいんだ。



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昨日、エロサイトと思われるブログのトラバがありました。

「思われる」と言うのは、そのブログに入って確かめたわけではないからです。


大変申し訳ございませんが、エロサイト、もしくはそれに追随するサイトのトラバもしくはコメントについては削除させていただくことにいたします。


また、読者登録におきましても、内容によっては非公開とさせていただきますのでご了承ください。

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先日、mixiで出会った方に

「見かけたら声をかけてくださいね」

と言われていたので、声をかけたらびっくりされた。

「本当に声をかけてくれるとは思ってませんでした」

って言われた。

だって、声をかけてくださいって言ってくれたじゃん・・・?


あ、でも

「うれしかったです」

って言ってもらえてほっとした。

私には時々そういうことがある。


4年前、カナダに行った。

それはカナダから帰国していたホセにあったとき、

「ぜひ、カナダに遊びに来てくださいね」

って、言われたし、メールでも何度もそういうことが書いてあったので、

「わ、呼んでくれているんだ、うれしいな♪」

と思って、ノコノコ出かけていった。


向こうに着いて、一緒にご飯を食べているときに

「いや~、“遊びに来てください”って言って、“行きます”って言う人は多いけど、本当に来る人って珍しいんですよ~」

と言って、ガハハ・・と笑われた。


私って珍しい人なの・・・?


そう言われれば、掲示板で知り合った女の子を頼って、神降地(上高地)に行ったときもそうだった。

彼女が上高地で働くことになって、現地に行く日、名古屋で開催されていたLala*Marikoさんの個展会場で待ち合わせをして、初めて会ったのだった。


その時、

「上高地にも遊びに来てね~」

ってものすごくフレンドリーに言われたので、本当に遊びに行った。

それから彼女とは、とても仲良くなって、ウチに泊まってくれたり、彼女が屋久島にいるときは遊びに行ったり、楽しいお付き合いをしている。

でも最初にノコノコと私が上高地に出かけていったときは、やっぱりビビったらしい。

「ネットで知り合って、しかも一度しか会ってないのに、一緒に寝泊りできるかなあ・・」

って思ったらしい。


こうやって書いていると、私ってものすご~くお気軽な人間に見える。

でも、実はとても人見知りが激しいし、自分から何かを誘うことって、基本的にニガテなのだ。


なので、

「誰か誘ってくれないかな~」

って、心の中でトキドキして待っているときがあって、タイミングよくお誘いがあったりすると、うれしくてその誘いに乗っかるのだ。


この前も書いたけど、こちらから誘って断られると、軽くショックを受ける。

まあ、私の場合、休みが変則で、突然思い立ったりするから、お断りされる率が高い。

もちろん、自分だって、お誘いをお断りすることだってあるのだから、仕方がないんだけど・・。


これではいけないと思って、できるだけ自分から進んで声をかけたり、話をしたりするようにはしている。

断られても、無視されても、心の中で

「めげない、めげない」

と、繰り返す。


そうやって、自分で自分の背中を一生懸命押したりしている。

それが逆に、いろんな人と軽々とコミュニケーションをとっているように思われたりするようで、

「sumikoさんって、誰とでも仲良く出来ていいですね」

って言われてびっくりしたことがあった。


これこそ勘違い。

だって、テンションが低いときってどうしようもなくて、知っている人が道を歩いていても、挨拶できずに、こっそり隠れちゃったりすることがあるのだ。

ああ、なんて暗いヤツ・・。


持って生まれたものって、なかなか変えられなかったりもするもんなのだ。

もちろん努力はしているんだけど・・。


なので、テンションが低いときにお会いしてしまった方、すみません。

あなたが悪いのではないです。

私自身に問題があります。


そして、私のこと、メッチャテンションの高いやつだと思っている人。

私は心からそこにいることを楽しんでいます。


こんな私ですが、どうぞよろしくお願いいたします。

これからも、どうぞ誘ってやってくださいませ。







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私の場合、sumikoは本名なので、いつもはたいてい

「sumikoさん」もしくは「sumiちゃん」と呼ばれている。


このトシで、「ちゃんづけ」もどうかと思うけれど、これってもうニックネームの一部になっているから、今さら変えられない。

きっと60になっても、70になっても、親しい人からは

「sumiちゃん」

と呼ばれ続けるのだろう。


子供の頃、ニックネームはとても当たり前につけられていたものだ。

クラスが変わるとニックネームも変わったりした。

私も、「カール」というニックネームがついている時期があった。

髪の毛が天然パーマだからだ。

ものすごく単純。


7年ほど前、「スカちゃん」というニックネームをもらったことがある。

30過ぎて、ニックネームがつくなんて、珍しいでしょ?

これは「スカーレットちゃん」の略。


一時期、お酒を飲んで暴れていた頃があって、平気で人を殴ったり、花火に手を突っ込んだり、危険なことを沢山しているのに、次の日全然覚えていないということが幾度か続いた。(トホホ・・)


それをあきれて観ていた友人が

「飲むと別人格が出てくる」

と言い出して、別人格の私に

「凶暴スカーレットちゃん」という名前がついて、それがそのままニックネームになってしまった。

最近ではすっかり「スカーレットちゃん」はなりを潜めて、ほとんど出てくることはないんだけど・・・。

(だからみなさん、安心して一緒にお酒を飲みましょうね)


でもこのニックネーム、ちょっと気に入っている。

よそ行きの自分じゃなくて、アホな自分を知ってくれている人がいるって、私にとってはとても安心できることなのだ。


ところで、最近ブログで知り合ったまりりんさんが私のことを

「すーちゃん」

と呼んでくれている。


まりりんさんがホノボノしている人なので、

彼女に「すーちゃん」と呼ばれると、こちらも肩の力が抜けてほのぼのする。


ブログもmixiも、みんなハンドルネームやニックネームがあって楽しい。

きっと本名よりも、その人らしさがあったりするもんだよね。

名前の由来とか、おもしろかったりするのかも・・。


ニックネームで呼び合えるって、親しさのしるしだよね。

ニックネームをつけあったり、呼び合ったりして、気心の知れたお付き合いが広がっていくのはとっても楽しい。







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基本的にケイタイに電話をかけるのがとてもニガテ。


ケイタイって、相手がどこにいようとお構いなしにかかってしまうし、ものすごく忙しいときだったら、申し訳ないなあ・・と思ってしまう。

特に、こちらから何かお誘いをするとき、相手がものすごく忙しいときで、お誘いも邪険に断られちゃったりしたら、なんだかとっても落ち込む。


自分だって今までに、何度もせっかくのお誘いをお断りすることだってあったし、それは仕方がないことだとわかっている。

でも、電話と言うのは相手の顔が見えないし、ケイタイの声は特に聞き取りづらいので、ネクラな私としては、

「やっぱり迷惑だったかも知れない・・」

などと、あれこれ詮索をしてしまったりするのだ。


その点メールだと、相手が好きな時間に開いてもらえるし、たとえお誘いを断られても、直接相手の声を聴くわけではないので、あまり気持を引きずらないで済む。


ただし、私のように、ケイタイをあまり活用しない人間にとっては、気を回して急いでケイタイに送ってくれたメールでも、何日も開かずに、友人から

「非難ゴーゴー」

のときがたまにあるんだけど・・。


かさねて、pcばかり使っている私にとって、ケイタイのメールは打ちにくい、面倒くさい。

なので、ケイタイにメールをもらっても、pcから打ち直したり、仕方なく返事をするときは

「はい」とか「いいえ」とか

ものすごく単純な言葉しか打てない。

こんなメールしか打てない自分が、ちょっと情けなかったりする。

相手の方にも申し訳ない。


世の中には、軽~くケイタイに電話をくれたり、メールをくれたりする人がいる。

若い子たちは本当に空気みたいにケイタイを扱っている。

私には、そういう身軽さがないんだなあ・・。


要するに、ケイタイを使いこなせていない女なんだな、私って・・。

いえ、コミュニケーションに対して、重量級なのかもしれないな・・。


ケイタイは便利。

でもニガテ。


必需品とは思いながらも、小さなカメラ付き電話を目の前に置いて、ぶつぶつと考える私なのだった。





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