そらねこカフェ・店主ゆぎえみ・そらねこ会ブログ

そらねこ会は、『今ある命を大切に、不幸な命は増やさない』をコンセプトに活動している猫ボランティアチームです。


日々の思いを書いてます。


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私たちが応援している児童養護施設は、林の中にあります。

親の養育放棄や、身体的、精神的虐待による保護児童がほとんどです。


施設を囲む木々は、まだまだ枯れ枝のように灰色です。

だけどほんの少しだけ赤みが出てきたようにみえて、触ってみました。

確かにしなりが出てきていた。


ポキンって折れたりしない「しなり」。

少しずつ水を蓄えているのがわかります。





昨日は児童養護施設の卒園式でした。



今年は18才になった3人の生徒と、それぞれの志から旅立つ、3人の職員、計6名を見送りました。



大好きだった職員が、事情で辞めてしまうことに対して、子供の動揺はかなり激しいもので、まるで、また親から引き離されるように、泣いていました。


見ていて辛くなるその光景でしたが、普通にある別れとは違い、特別な感じがしました。


衣食住を共にして、生活のお世話をしてもらって、「いってらっしゃい」って送り出されて、「おかえり」って迎えられて、やっぱりここが彼らにとっての家だとしたなら、担当してくれた職員が辞めるとか、卒園しなければならないことに、心が混乱するのも無理ないことだと思います。




卒園式が終わり、私が帰ろうとした時も、ひとりの子どもが、辞めていく職員にしがみついて泣いているのを見ました。

家庭とは違う。
やっぱり今日は区切りなんだ。

そう思うと、切なくてなりませんでした。





18才となり巣立つ子供を見ると、笑顔でみんなと話していましたがその心の奥底にあるものはわかりません。


親や家族という後ろ盾のない寂しさや心細さはどれくらいのものか。
想像を遥かに超えていることと思います。


だけど、本当にキツい状況ですが、子供たちには施設出身を言い訳にして欲しくないです。


そしてこれから新社会人を迎える大人たちにも、施設出身の子供だからという見方を捨てて欲しい。
私、個人の考えですがそう思います。


だけどね、少しだけ余分に暖かく見守って欲しいです。


本来ならいちいちうるさく親が世話をやくところが出来ていない。


いちいち親に聞いて、親が手を出すところを全部自分でやらなければいけない。

だから暖かく、少し余計に暖かく見守ってあげて欲しいんです。


施設出身の子に限らず、若いころ関わった大人によって、新社会人達は、右へも左へも大きく道を変えるように思えます。


私もそうでした。

他人の差し出してくれた手の大きさや、優しい気持ちの有り難さに、本当の意味で気付くのはずっとずっと後になってからだけど。


新社会人を迎える私たちは、優しくて強い、大人のプロでありたいです。



しなりのある子供。
しなりのある社会。

しなりのある大人。

少しくらいのことには折れないように、水を含みながら伸びていきたい。

私も。



外にに出たらもう暗くて、春とは思えないくらい寒かったです。


だけど、少しだけ埃っぽい春の匂いを確かに感じて、私は無駄に急いで学園をあとにしました。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



頑固より偏屈で非柔軟な私。


誰より「しなり」を持たないといけないと思う私です。







「夕飯ご一緒に」って勧めてくださったのに、「次、予定がありますから」って急いで卒園式会場を後にしました。





泣きそうで、それどころか号泣しそうでいられなかったんです。


ずっと前、社会に旅立った日の自分を思いました。


沢山の大人に優しい手を借りましたが、意味も理解できず、不義理なまま来てしまったことがほとんどでした。


今度は私が返す番なんだなって思います。


子供たちが、道に迷った時、地図を見せてあげるくらいの大人でありたいです。


かなり方向音痴ですが。

高速道路の運転怖くて出来ませんが。


私は本当にそう思いました。







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あの日は、月が出てない夜で、山の形だけが浮き上がって見えました。



真っ黒な山は、すぐそこにあるようで手を伸ばしてみたけれど、何も触らないまま、いつまでたっても月の無い空には、ポツポツと弱い光を放つ星だけがありました。



平面に書いた墨絵のような風景の中、遠くへ遠くへと走りましたが、ススキの群が白く浮かんで雲の上に出たように感じて、慌てて止まりました。


自分の息の荒さと、犬の遠吠え、山から唸りながら降りる風が混ざって聞こえてきました。

私は恐ろしくて恐ろしくて、後ろを向くことはできませんでした。
懐中電灯は点けずにただ握りしめていましたが、へこみに足をとられて転んぶまで、それを点けることを忘れていました。


電気を点けていれば良かった。
いいえ、そんなことはない。
電気を点けていたら、見つかってしまう。

手を離れた懐中電灯を探す事もなく、私は自分の家にようやく這うように帰り着きました。












これは私の小さなころの記憶です。
熱でも出した夜などには、何度か悪夢として再現されてきました。
真っ暗な知らない道より、夏休みに聞かせてもらった和尚さんの怪談話より恐ろしくて、懐中電灯も点けずに走ったそれには理由がありました。





あの日、学校が終わって、一旦家に帰った私は、ランドセルだけ置いて、クラスメートの少年の家に遊びに行きました。
いつもは小さな弟や妹たちを連れて、暗くなるまで校庭で過ごしていた彼が、なぜこの日、私を家に招いてくれたのかは覚えていませんが、初めて上がらせてもらったその家は薄暗くて、散らかっていました。


校庭で見かける彼の小さな兄弟たちは、私を珍しそうに見ていましたが、すぐにそばに寄ってきました。
私はあまり清潔ではない環境と、まとわり付く小さい子供たちが異様に感じて落ち着きませでした。

私はクラスメートの彼とあまり話さず、何をして遊ぶということもなく時を持て余して帰ろうとしました。


そして、その時でした。


突然引き戸が乱暴に開いて、明らかに酔っ払っていると思われる父親らしき男が入ってきたのです。





訳のわからないことを怒鳴り散らしながら、部屋の机を蹴り始めました。小さな子供たちはさっと逃げて、それでも女の子が襟を掴まれ、壁に向かって投げられました。

クラスメートの彼が黙って男の腕にしがみついて、そんな彼を男は何度も蹴り倒していました。


大きな音がして、台所のガラスが割れました。


彼がコップを投げたのだと思います。

他の大人が入ってきて、父親らしい男は押さえ付けられながら、隣の部屋へ入っていきました。

『こんなに酔ってだめだろ、落ち着きな!』
そんな声が聞こえきました。



近所の方たちだったのだと思います。

なだめ諫めているようでしたが、私はぶるぶると震えが止まらなくて、彼の家を飛び出して一目散に走りました。

子供が大人に蹴られている光景を初めて見ました。


小さな女の子を、まるで物のように壁に向かって投げつける光景。


薄暗く異様な部屋の中でそれは夢ではなく、本当に起きた出来事だったのです。


月の無い暗い夜、星が出ていても美しさも感じなかった。

私はひとりで走り去った。

苦しくて、大きな裏切りをした、忘れることの出来ない夜でした。



それからも日常的にその中にいる彼の苦しみを救うすべもなく、親に話すことも、学校の先生に話すこともしないまま、校庭に暗くなるまでいるクラスメートの彼と、彼の小さな兄弟を見ることはあっても、彼の家に行くこともなく、誘われることもありませんでした。





今思うと、近所の方はあの父親の酒癖の悪さと、家庭内の暴力を知っていたのだと思います。

大人はみんな知っていた。
それでもどうすることもできずに何かが起きる度に、またかというような態度でなだめに入ることが精一杯だったのか、それ以上のことは他人の家のこと故、手出しが出来ない、あの時代が、まだまだそうであったのだと思います。



そんな日々が日常である子供の辛さはどれ程のものなのでしょうか。


彼は宿題も、普段の勉強もろくにやらないという印象がありましたが、そんな環境下にあっては、本当にそれどころではなかったのだと今なら良くわかります。


しかしそんな中、彼は全国作文コンクールで賞を獲ったことがありました。


『山形のなおみちゃんへ』というタイトルで、遠くにいる従姉妹に宛てた手紙のような文章でした。


母親の実家である山形の家に、一度だけ家族みんなで訪ねた時のことを、まるで宝物のように大切に書いていました。


山形までの長い道乗り、お菓子やお弁当を食べながら行く様子は聞いている者まで楽しくなり、自分の小さな兄弟たちに、なおみちゃんがとても優しくしてくれたと喜ぶ箇所ではこちらも嬉しくなりました。

一泊だけの家族旅行の作文はあまりに印象的で、私はほとんど暗記してしまいました

何十年も経った今でも、その文章を読み上げることができます。

楽しい文章なのに、口にする度辛くなる。
こんなに家族を思っていた少年が理不尽に、激しい日常的な暴力の中で過ごさなければならなかったなどということは、どんな理由があろうとも、許されることではなかったと悔しく思います。


あの日彼は、大人ではない私に助けを求めたのでしょうか?

大人ではない、なおみちゃんに助けを求めたのでしょうか?




クラスメートの彼は、中学校を卒業するころは誰も手を付けられないくらい荒れに荒れて、もう誰にも助けを求めることもなく、そのままどこかにいってしまいました。



あの頃ラジオから流れてきて、頻繁に耳にしたのが、スザンヌ・ヴェガの「ルカ(Luka)」という曲でした。
優しい曲で、素敵だと思いながら聴いていたのですが、なぜか涙が止まらなくて詩の意味を調べました。,






「My name is Luka


I live on the second floor


I live upstears from you


Yes I think you’ve seen me before


If you hear something late at naght


some kind of trrouble, some kind fight


Just don’t ask me what it was


Just don’t ask me what it was


Just don’t ask me what it was


I think it’s because I’m clumsy


I try not to talk to loud


maybe it’s because I’m crazy


I try not to act too proud


They only hit until you cry


And after that you don’t ask why


You just don’t argue anymore


You just don’t argue anymore


You just don’t argue anymore」




ネットからもらいました、和訳



「ぼくの名前はルカ。


二階に住んでるんだ。


君の部屋の上の階だね。


僕を見かけたことがあるんじゃないかな。


もし君が夜遅く,何かの物音を聞いても


それが何かのトラブルのような音だとしても


それが喧嘩のような音だとしても


それが何かって,僕に聞かないでね。


それが何かって ぼくに聞かないでね。


それが何かって ぼくに聞かないでね。


それは,きっと僕が不器用だからなんだ。


僕は,大きな声で話さないようにしてるんだ。


たぶん,僕の頭がおかしいせいだと思うよ。


僕は,あまり自慢げに見えないようにしてるんだ。


あの人たちは,僕が泣き出すまで叩くんだよ。


叩かれた後も,『どうして』って聞いちゃいけないんだ。


議論もしてはいけない。


主張もしてはいけない。


何も話してはいけないんだよ。」




スザンヌ・ヴェガ/ルカ





この曲を聴いて、センチメンタルに似たような気持ちに拍車がかかっている私がいるとしたら、それは、部外者だからです。

この曲を聴いて、バックミュージックのように思い出す自分にも腹が立ちます。

ただ、世界中で起きてるんだ。

世界中の子供たちが助けて欲しいって言ってるんだ。

そう伝えないと、と思いました。





そして2013年今度は日本でこんな曲を耳にしました。


文月メイ

ママ

作詞:文月メイ
作曲:文月メイ

ぼくのことが邪魔なの?
あのゴミ袋と一緒に捨てるの?
生きることが辛いの?
頼る人が誰もいないの?

ごめんね、ママ
なにもわからなくて
なにもできなくて
でもぼくには、たった一人のママ
いい子にしてるから

どうして、ねぇママ
どうして、ねぇママ
神様が決めたの?
ぼくは生きちゃダメって

ぼくね、天使になったよ
いつでもママを見守ってるよ
だって弱虫なママは
一人じゃ生きられないでしょ

ごめんね、ママ
ぼくが大きかったら
更多更詳盡歌詞 在 助けてあげれたのに
でもぼくには、たった一人のママ
二度と巡り会えなくても

どうして、ねぇママ
どうして、ねぇママ
神様が決めたの?
ぼくは生きちゃダメって

ごめんね、ママ
もうそばにいられない
明日を迎えられない
でもぼくには、たった一人のママ
嫌いになったりしないよ

どうして、ねぇママ
どうして、ねぇママ
神様が決めたの?
ぼくは生きちゃダメって

どうして、ねぇママ
どうして、ねぇママ
ぼくの羽根
一枚置いていくからね




人格が形成するまでただただ親が好きであるかもしれない。

だけど、殺された子供の気持ちを部外者が美化してはならないと、正直私は、この歌詞にも、この歌詞を送り出した、関わった大人たちにも腹が立ってならなかった。

それは今も釈然しないままだけど、虐待をなくしたいと、同じ方向を目指してのことであると、そう思い、そう信じたい。





日本では、2000年にやっと児童虐待防止法が制定されて、少しずつ他人の家庭内のことであっても法に訴えられるという流れにはなりましたが、虐待というものの実証の決め手が微妙であり、それは今でも変わらないように思います。


手が出せない。

また、手を出した場合、その人の安全が確実に約束されているとも思えません。

手を差し伸べた人間が、行政の場合でも、民間人であってもです。


手を出すまでのハードルが高いし、出した人間が守られないのでは物事は進まないと思います。




こんなこともありました。

私は以前、近くのアパートに住む子供のことを、その子が通う幼稚園の園長先生に相談したことがあります。

毎日聞こえてくる母親の罵倒と泣き叫ぶ子供の声に耳を塞いでいられなくなったのです。

『てめえ、なぐられたいのか!殺すぞ!』ごめんなさい、ごめんなさいと泣きじゃくる声は長く続き、引き付けをおこすのではないかと、オロオロしているだけの自分を奮い立たせてのことでした。

もしも、少し元気が過ぎるだけのお母さんであったならそれでいいんです。

もしもどうしようもなくいっぱいいっぱいになってるが故のことなら、それを取り除ける何か策があるんじゃないか。


そして本当に虐待されている子供がそこにいるのなら、何とかしなければいけないと強く思ってのことで、園長先生には、何気なく注意を払って欲しいと、プロであるその方に託したつもりでした。


しかし、その日から、毎日毎日、何十回となく、その母親からの電話攻撃にあうはめになりました。


私が特定され、私という個人が、何をどう言ったか、直接その母親に伝わっていました。


激怒した彼女の攻撃は凄まじかったけれど、誠心誠意こちらの思いと、あなたを責めているのではないと伝え、何とか事は収まりましたが、この思わぬ展開にプロである現場の方々の意識の低さと徹底されてない法律に愕然とし、この程度で済んで良かったとホッとしたことを覚えています。


あれから大分時が経ちましたからもう少し進歩したと信じたいですが、そうであっても子供は自分が虐待されていると自己表現はしませんから、証拠と見極めが本当に難しいそうです。


うっかり手がだせないこと。


これらが法案の浸透を妨げているとするなら、もっともっと突っ込んだ対策を早急にしてほしい。

早く、直ぐにして欲しいです。





暗く曇った空を見る時、チカチカと光る明かりを一瞬みたように思うことがあります。
あの日落とした懐中電灯がここだよって呼んでいるように、重たく切ない思いに駆られます。


今、この時も隔離された空間で理不尽な暴力を受けている小さな命があるのなら、大人は全力で守るべきだと思います。


あの時と違うことがあるとしたら、私は大人になりました。







11月は児童虐待防止推進月間でした。『推進月間』という言葉にも違和感を覚えますが、一層立ち返るという意味だとしたら、少しでも前に進めるすべを、私も私なりに考えこの文章を書きました。

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私たちが応援している児童養護施設は、林の中にある学園です。


様々な事情で家族と離れて暮らす子供を、少しでも元気づけられたらと、施設職員の方々と相談しながら、できることを少しずつお手伝いさせていただいています。


私はふうちゃんという10歳の女の子と特別に親しくしていますが、他にも別の子供と、そんな関わりを持っている大人が何人もいます。


里親、ホストファミリーとまではいきませんが、特定の子供の一番近い大人の友達。
そんな表現があっているように思いますし、関われば関わる程、子供にはその子だけの特定された大人がとても必要だと思うようになってきました。


私はふうちゃんの一番近い大人の友達です。

友人を思うより頼りなく、恋人を思うより不安で、しかし大切な柔らかい感情が彼女に湧きます。




外に出ると、夕方になってもそれ程冷えていませんでした。
ついこの前までガサガサだった木の枝が、水気を帯びてるのが分かりました。

風に揺すられる音が違って、
林の中の学園を思いました。


私はたまらなくなって家に飛び込み電話をしました。

ふうちゃんのいる学園です。


職員の方が出て、ふうちゃんに代わってくれました。



元気そうで、照れくさそうな声がします。


彼女は時々ふざけながら、時々退屈そうに私の話に相づちを打って、友達や先生の話をしてくれました。


数分話してから「じゃ、またね」って言っても、電話の向こうにふうちゃんを感じます。


「じゃあまたね」ってもう一度言ったら、


ぷー・ぷー・ぷー・って、



それはそれは上手に電話が切れた音を真似てみせました。





こんな夕暮れは、なんかの拍子に、大人だってもの寂しくなるんだから、子供だったら尚更です。


ましてや、家族と離れて暮らしている子供です。


こんな夕暮れに、気まぐれに電話なんかしなくちゃ良かった。



もう一度「またね」って言った時、電話が切れた音は、ふうちゃんの物まねに、本当に本当にそっくりで、私はどうしようもなく寂しくなってしまいました。







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児童養護施設の職員である友人と会って来ました。

ちょっと打ち合わせを兼ねて、お茶。


デパートの端っこにある小さな店は透明なガラス張りです。
そこから、彼はぼんやりとキャラクターのお店を見ていました。





「あそこのタオルは200円だった」



昨日、施設の子供が万引きで補導されたと言いました。



離婚して父親と暮らすようになったその子は、新しい母親から日常的に虐待を受けていたそうです。

誕生日に、離れて暮らす実の母親からワンピースが送られて、それを大切に隠し持っていたところを実父と継母に見つかって取り上げられました。


実父はワンピースを持って、実母宅へ怒鳴り込みました。

小さな彼女も連れてです。


殴られながら謝る実の母を彼女はただ黙って見ていたそうです。




それから実父も加わり、継母の彼女への暴力は増していき、見かねた近所の方の通報で彼女は施設に保護されました。



わずか10才だった彼女は言葉を失っていたそうです。


季節外れの格好で、人混みの中を歩くその子の事を、幾人もの大人が見ていました。



言葉を失う前に、彼女の心は何も見えなくなっていたと思います。


大切なワンピース。
その為に殴られる母と、その為に増す自分への暴力。


何を道しるべにするべきか、大人にだって見当がつかない!

季節外れの装いは、感覚を失ったシグナルなのか、それとも体の痣を隠す為のものなのか。


問いただす資格は誰にもない。





彼女の万引きは繰り返されてしまうそうです。




私の友人は彼女の事を叱れないと言いました。

勿論、万引きは良くない事なのは誰だって知っている。

そんな事は当たり前です。


友人は、
ただただ、言葉を失っているその子に同じ姿勢で接するそうです。



今まで1人で頑張って偉かったね。


先生ならきっと駄目だった。


本当に頑張ったね。

だけどもう1人じゃないから。


それからもう誰も君を叩いたりはしないから。





日曜日、沢山の人が行き交う街。


雑踏の中から、覗き込むような、彼女の瞳を見つけた気がして、私は時々振り返ってしまいます。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




取材として、沢山の子供と接してきました。


先生、周りの大人、
親。


どんな事情があろうと、ここまで子供を傷つけることに、何の理由も通用しない。

私はそう思います。



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