2005-05-26 23:59:02

情けない親

テーマ:望み

自分のばかさ加減、いい加減さに自己嫌悪


去年の今頃からりーちゃんに奨学金の申請や手続きを調べるように言っていた。

なんといっても、僕の給料では大学なんて行かせられないから、その辺はよく話をして本人も納得してそういう形にしたんだけど、実際の申請は入学してからだった。


だから最初の入学費用は、そのために生まれた時からしている学資保険でまかなったんだけど、先月にその申請をする際に


「もう、これから自分で出来ることは、ちゃんと内容をよく読みながらやっていきなさい。その上で出来ないものやお金に関することは話にのるから」


といって本人に少しでもいろんなものを理解させるためにと、ある程度は自分で判断してもらおうと思っていた。


申請はすべてネットからおこなうもので、そのために通帳の開設、申請手続きなどの準備をした上で望んだんだけど、登録する時にりーちゃんも不安だったんだろう。

あれこれとその時いろんなことを聞いてきて、僕は何も下調べをしていなかったためにいい加減な返事をしてそれで登録した。



先日、振り込まれた奨学金がやけに少ないので不安になり、だから学校で半期にいくらいるのかを聞いてくるように言ったんだ。

そうしたら全然話にならない額だった。


「なんでそんなところを選択したの?」

「だってパパがそれでいいっていったじゃん!」

「そかー、ごめんな、りーちゃん、今期、へたするとこの1年は無理なのかもしれないけど、とにかく明日学校に行ったとき奨学金の変更申請について聞いてきてもらって、それで再登録してもらえない?」

「うん、わかった」


今日は突然に仕事で徹夜になりそうな勢いだったけど、どうなったのか心配で途中で電話を入れた。

「どうだった?」

「あれ何時からでも変更できるんだった!、今日は書類胃を持ってくるのを忘れちゃったんだけど、明日持ってきて変更の申請するね」

「そかー、たのむね」

「うん」



結局12時前に家に帰ってきたんだけど、さすがに疲れて何もやる気がしないし、インスタントラーメンを作ってお風呂に入って寝た。



遅くなりそうなときは、7時頃にはーちゃんに電話を入れて、家のこと、チビ達のこと・・・お手伝いや食事に関して頼んでいるのだけど、仕事だからと言って何にもしてない情けない親だな~と寝る前に感じた1日でした。


ただその分、娘たちは思っている以上にしっかりしているなあって・・・


情けない親だったら、自分達で何とかと言う気持ちが、きっと大人になってもそんな相手の気持ちにたって話せる、行動できる娘になってくれるんじゃないかと考えると少し嬉しかったな。

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2005-04-15 23:59:57

たまには変わった話

テーマ:望み

最近は子育て日記を書いてないなあ~

と、いうことでついでにもう少し自分のことを^^

これは「僕の軌跡」で最初は順番に書いていこうと思っていたんだけど、僕の今の感覚を皆さんに見てもらってそれに対しての意見が急に聞きたくなったので書きます。

 

僕は6年前に手足がしびれ、目の奥がしびれ、家の廊下でたつことも出来ずそのまま倒れ、救急車で運ばれた。


病院につく頃にはかなりそれが回復していて、血圧の急上昇によるものだといわれ、降圧剤をもらってのみ、帰宅したんだけどそれからまた2~3日たって、同じ症状で救急車・・・


精密検査の結果、脳梗塞であった。
その後も救急車に運ばれ、計3回乗ったんだけど、県病院で何度も何度も検査を繰り返し、薬をあらゆるものに変え、やっと自分に合う薬にめぐり合って落ち着いたのに1年を要した。


その間、病院での待ち時間が辛いこと、何回も会社を休んでいくいやらしさなどはあったんだけど、とにかく自分がしっかりしなければ家族が路頭に迷うと思い、気にしながらも通院を繰り返した。


妻も僕の身体をすごく心配し、健康食品や身体にいいものを少しでもといろいろ調べては、努力してくれた。

当時は仕事が早くても8時、10時や12時までが常識のような毎日だったから、そんなことが身体にかなり無理をしてきたんだろう。

年齢的に転換期に入り、そういうものがきっと出てきたんだろう。


そのときは妻がいた。何かと面倒をかけられる人が・・・

なんとか早く健康にと僕も先生の言うこと、妻の言うことを守り、元の健康にと思ったときに初めて僕の父の気持ちがわかったような気がした。

 

その後、安定していたんだけど妻の突然の出来事で一気に精神的におかしくなった。

もともと僕は躁状態が長く続くんだけど、いったん鬱になるとそこからなかなか抜け出せないんだ。

ただ、僕が運の良かったことはあれからず~と定期的に病院に通っていたことで、その先生(神経内科)といろんな話ができるようになったこと


そのときまでは朝
3錠、夜3錠だった薬が精神安定剤を加えて2錠ずつ増えたんだけど、それ以上にほんの10分か15分の先生との会話のなかで、僕はかなり救われていた。

 


それでも周期的にやってくる何ともいえない感情をどうすれば克服できるのか、自分の精神をしっかりとしたものにどうすればなれるのかはすごく考えていた。


それを考えると結果的にまた泥沼にはまっていったんだけど・・・

 


ブログを始めて少し慣れてきたとき、すごい会員の数の中には僕のような人や僕より苦しんでいる人がいっぱいいるとわかってきた。

そしてそんな人たちの日常をブログを通し、それを垣間見ることによって、長い、長いトンネルのようなものから、すこし明かりを見い出せたような気持ちになったんだ。


ついこの前までの、そう3月半ばくらいまでの僕の感覚と今を比べると、かなり躁の状態になってきたかな。

これはとりもなおさず、そうした人たちの暖かさに触れ、手を差し伸べてもらった結果だと思っている。


薬は相変わらずではあるけど、それでももう6年越しになる先生とネットを通して知り合った人たちのおかげでかなりかわってきたなあって自覚する今日この頃です。

 

 

鬱になると、僕は1人では絶対こういうものから抜け出せない、

自分が内に内に入り込んでしまったり、悩みだしたらさらに深みにはまっていく。


仕事を頑張って、そのことを一瞬でも忘れようとさらに頑張れば、気持ちが途切れた時の反動はさらに大きなものになっていく。

 

僕が思うには、自分の心をさらけ出し、人の意見や励ましで背中を押してもらいながら、時には誰かにもたれながら、ゆっくり根本的なものを見つめ、1つ1つそれを取り除いていくしかないように思える。

 

さすがに今日は支離滅裂もいいとこだけど、思うままに書きました。すいません

 

  

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2005-04-10 23:09:51

将来の楽しみの考え方

テーマ:望み

昨日の疲れがしっかり残っていたんだろう。

 

それにたくちゃんが朝からチビ達を連れて友達とのバーベキューに行ったから、とても静かであった。

昨日の暑さももちろんだけど、仕事やプライベートの悩み、これからの先行きなどを考えていたらどんどん迷路に入ってしまいそうだったから、朝ご飯をチビ達と食べて見送ってから、さっさともう一度寝た。


起きたら3時過ぎているもんね。さすがに久しぶりによく寝た感じがした。
それからは慌てて、はーちゃんと買い物の行く用意をし、大量に買い物をして帰ってきてからは段取りだけでもう1日が終わってしまったような感じだった。


でもそんな日があってこそ、また翌日から働けるんだろうね。
来週は何を思ったか母が来るといっているから、金曜日会社帰りに迎えに行き、家でのんびりもなかなか出来そうにないけど、それはそれでチビ達も喜ぶから・・・りーちゃん、はーちゃんは母の料理がすごく好きだから・・・母は喜んでくれる孫がいるというだけでも幸せなんだろうね。

年中家に居れば、当然家族として嫌な面を言い合ったりすることもあるんだろうけど、2~3日の滞在はお互いにいいところだけをもらいあって、帰っていくのだから、母のそういう生活もそれなりにいいのかもしれない。


僕も年老いた時には、1日ずつ順番に子供達の家に訪問すれば、1週間に1回の訪問だし、ちょうどいいかなあ~なんてふと思ったな。
それもまた楽しみになるかもしれないって・・・

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2005-02-17 07:19:13

権利と義務についての考え方

テーマ:望み
友達にも指摘されたけど、世の中には権利は強く主張するけど、義務はって言うと?が付く人が多い。
確かにそのとおりだと思う。もちろん僕を含めて・・・


妻が亡くなるまでは、定期的に行われる町内の草刈、小、中学校における奉仕活動に参加する程度だった。それも妻に催促されて・・・

でも、それからというもの町内で開催されるあらゆるイベントに参加するようにしている。

家のすぐ近くの公園では毎週、敬老会がゲートボールをしている。
月に1回はそこに子供達と行き、その準備のための草むしりや設営のお手伝いなどをしてるんだけど、おばあちゃんが一握りのお菓子を持ってきて、子供にやってくれるのを見るとすごく嬉しい。
別にそれが目的じゃないけど、たまにゲームにも参加させてもらっている。

去年、町内の役(会計)をやった。
裏方としてあらゆる行事を経験し、大変だったんだけどそういった中で一番嬉しいのは沢山の人が参加してくれて、喜んでくれること、そういう喜びを知った。

そんなつながりから、民生委員や敬老会の裏方の人たちの苦労も知った。


実際一生懸命にやって、みんながそれを喜んでいることに自分が頑張ったことが報われたという喜びは、また格別なものだって思うようになった。

今でもその遺産がその当時、いっしょに役をやった人たちと月に一回集まり、飲みながら、あの頃は大変だったけど今から思えば楽しかったねえとか、これからどうあるべきか?なんて話で延々と飲んでいる。

こういった横のつながり(大きく言えば地域のつながり)を大事にすることによって、自分が協力できる範囲でお手伝いをし、それがまた僕や子供達にかえって来るんだとも知った。

僕の住んでいるところはとっても田舎、それだけにひとたびそういった人たちとの交流を深めるととっても気を使ってくれる。


それを権利というのかどうかは知らない、義務というのかは分からない。

でもそういった暖かい人たちの中で自分の出来ることを進んでやることによって、自分も楽しくなるんだなあって

いつもそういったときに連れ歩くこーちゃんとそらちゃん、時にははーちゃん、僕は相手の名前さえ知らないのに(顔は知ってるけど)僕達のことはみんなが知っている。

結構有名なんですよ。
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