2005-08-29 07:28:02

夏休み2

テーマ:生活

昨日は午前中、こうちゃんとそらちゃんの夏休みの課題や宿題のチェックや始まるときに持っていくものの用意などをして終わった。


「うん!大丈夫、みんな終わってるよ」


な~んていいながら、見てみると、何が何が。。。

漢字ドリルは?計算ドリルは?


「あ~、あれまだ途中だった」

「・・・」



お昼まで、勉強をやらせながら、後のこり3日間のスケジュールを立ててやって、そのとおりにやるように言い聞かせ、お昼はみんなですがき屋のラーメンとソフトクリームを食べに行き、その足で買い物に


まあ、夏休み最後だからとラーメンを食べさせたのはいいけど、あまりにのんびり食べているので催促につぐ催促・・・それでものんびり食べてるもんなあ



帰宅して買ってきたばかりのとうもろこしを茹で、それをおやつにして食べたら、みんな暑さで疲れたのか僕を含めて爆睡^^

起きたら、7時近かったので焦ったね。みんなはまだ寝てるしねえ~



大慌てでお手伝いをやらせながら、僕はマグロの山掛けと納豆と豆腐の味噌汁(これはチビ達用)、豚の薄切り肉の生姜焼きや、しのだうどんなどを作ってようやくやれやれである。



はーちゃんの学校は夏休みが少し短く、今日からはじまるから(最初から平常授業でお弁当を持っていくのです)3日間はチビ達2人だけなんだけど、どうなることやら・・・

テレビを見放題なのかなあ~、それとも僕の作ったスケジュールをちゃんとやってくれるのかなあ~


朝、そんなことを考えながら食事をしている子供達を残して、会社に行きました。


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2005-08-28 05:16:55

夏休み

テーマ:生活

結局、夏休みの間、毎週耳鼻科へ行っていたんだけど、なんとか先生から

「いいですね」

っていう返事をもらって、この休みの間に耳鼻科詣でがなんとか終わった。



しかし、これだけの時間がかかると中耳炎もかなり面倒なものだと痛感したね。

「2学期が始まっても、プールはやめておいてください」

と、言われ、今年は仕方ないとはいえ、毎日こうちゃんがプールへ行っていたのに、可哀想だったな。


毎年行っていた海も今年は行かずじまいだったし、来年はなにもなく行ければいいけど・・・



長い夏休みも終わり、今週からまた学校が始まってお昼の心配がなくなる分、やれやれだけど、休み慣れした身体を戻すのにしばらくは苦労しそうだ。(なんといっても最近は朝、なかなか起きないからねえ)



9月にはいれば、すぐに運動会やら遠足やらでまたざわざわしい煩雑さがあるけれど、それでも子供は学校に行ってもらっている間はなんとなく安心だ。

そのまえに夏休みの課題やら提出物のチェックやらで2~3日はちょっとしたパニックになりそうだけど・・・



最近はこうちゃんとそらちゃんのお手伝いの量がまた増えて、こちらもぼやぼやしていると、疲れきって、知らない間に寝てしまうから、お尻をたたくように次から次へと催促をしなきゃいけないし、お姉ちゃん達は以前ほどかまわなくなってきているから(僕が言うこと以外やらなくなってきている)余計に油断できない。



休みの間はそれでも時間があったからいいようなもの、これからまたしばらくは戦争かな?

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2005-08-23 23:06:41

苛立ちと情けなさ

テーマ:悩み

これは先週15日(月)の話である。


最初、これを書きかけて途中でやめた。


今も書こうとして、やっぱり細かいことは書けないなあって、思うんだけど、あまりにも情けなく、可哀想で、さりとて自分ではどうにもならないようなことに出くわしてしまった。




それはお義父さんのところに孫を連れて、出かけて行ったときのこと



お義父さんは、定年とともに働かずに、家にいる生活を始め、当初大好きな釣りやその道具つくりに精を出していた。

でもそういうことは3ヶ月位毎日やっていて飽きてきたのだろう。

ぷっつりとやめて、もっぱら専業主婦のような生活、つまり近所の人たちと仲良く話し、家の中のことをあれこれとやるような生活になっていった。


たまたまお義母さんが、パートから正社員になって働いていたこともあり、炭鉱の閉山の関係から他の人よりも年金がいいため、十分それで生活は成り立っていたし、僕のところにも夫婦でよく孫の顔を見に来たものだった。


妻は2人兄弟で弟が一人、だけどその弟は結婚せずにず~と独身だったため、孫と言えばうちの子供たちだけ

だから、贅沢なものをもらったわけではないけど、なにかとよくしてくれたし、お母さんは働いている関係で自分の服装や会社の人たちとの旅行、孫へのささやかなプレゼントなどをいつもしていたんだ。



10年ほど前にお父さんは脳梗塞で倒れて病院に担ぎ込まれた。

そのときは、命に別状はなかったものの、手足がしびれ、思うように何も出来ないような状態になってしまったんだけど、それでも家の中にいる分には特に不自由するようなこともなく何とか過ごしてきた。


それから2年、なんとか手足もリハビリの効果でやっていけるようになってきたんだけど、今度はお母さんがガンで入院した。

末期がんで生存率は2割あるかないかというほどではあったんだけど、毎日病院にお見舞いに行き何かと世話をしているうちにお父さんの足腰や身体は見る見る間に元気になっていった。


ただお母さんは入院して3ヶ月ほどは放射線治療をしていて、特に何も問題なかったんだけど、ある時期から抗がん剤の副作用によって、一気に体調を崩し、肺炎を繰り返し、結局、入院半年後に亡くなってしまった。



妻の嘆きもすごいものだったけど、それ以上にお父さんは特に何も言わなかったものの、落胆がひどかったんではないかと思う。

せっかく良くなってきた身体が以前以上に一気にひどくなって、ほとんど寝たきりのような状態になってしまった。



それから数年たって、介護をお願いしながらの毎日のリハビリでなんとか自分で生活できるところまできたかなあっていうところまでいったんだ。

ただ妻とは、よく2人の親をまとめて家に連れてきて面倒を見ようかという話をいつもしていた。

そんな矢先に妻が倒れ、その話は自然消滅になり、あとは弟が一緒に住んで面倒をみる(そうはいっても働いているから、介護の人の段取りをしていたんだけど)



いつも正月とお盆に両方の親のところに孫とともに行き、顔を見せる程度ではあったのだけど、上の3人はとっても可愛がってもらっていたので、特別な感情があるんだろうね。

どのような状況を目の当たりにしても、やっぱりおじいちゃんは変わりはないもん



でも・・・


去年の12月に結婚相談所の紹介から、弟は結婚ができそうだと言うことを知った。

相手は2人のお子さんがいて、すでに成人しているらしい。

結婚するなら、2人の子供は独立して、何処かのアパートに行くようなことを言っていた。


正月に僕達と顔をあわせる約束をしていた。

いつものように名古屋のおばあちゃんから先に行き、その後に行ったのだけど、その時はすでに帰ったあと・・・


3月になったら、正式にということで話は進んだのだけど、その時期になっても何も連絡は来なかった。

こちらから電話をしても埒が明かなかった。

だから、もう僕達の家族と縁を切りたいのかとも思ったんだけど、弟はともかくおじいちゃんは僕の子供のおじいちゃんなんだ!

だから、根気よく待って、5月の連休の時に会うことになったのだけど、またまたその時期が来ても連絡がまったくできず、そのまま



しかたないから、お盆の時に何もいわずに行こうと思ったんだけど、その直前に電話を受けたんだ。

老人ホームに入っているって


「なんで?」って思った。

今まで住んでいた家を売って、新しい家を建て、そこで3人で住むといっていたのに


おじいちゃんは、新しい家に行っても近所に誰も知り合いはいないけど、それでも息子と一緒ならと言うことで、持っているほとんどのお金を援助して家を建てたといっていたのに


そんなことなら、今までの古い家に住み、近所の中にいい人たちやいつもの介護の人たちに囲まれて生活していた方がって



老人ホームに孫を連れて行った。

いつもなら8月の初めがおじいちゃんの誕生日なので、ケーキを買って、遅ればせながらのお祝いをしていたのだけど、その施設に持ち込んでいいものか分からなかったので、シュークリームを持って出かけた。


おじいちゃんは、それをほおばりながら

「なんて美味しいんだろう、ありがとうな」

と、何回も何回も言い、涙ぐみながら、少しずつそれを口に運んでいた。

孫の成長を見て、かなり大きくなって驚きもしていたし、たまたまその日はすいか割り大会があったので、一緒に見ていた。


前は何とかなれた家ということで、大変ではあっても歩いていたのに完全に車椅子の生活

おじいちゃんは息子のあまりにも情けなさになんともいえない寂しさをもっている。

一緒に住むといった嫁さんになった人が、おじいちゃんを猛烈に煙たがり、とてもいられないということだったらしいけど、そのとき弟は一体何をしていたのだろうと思うと、あまりにも情けない。


弟は高校1年の時に好きな子が違う以降工に行ったという理由でその高校を辞め、翌年違う高校に入った。


高校を卒業する時にはまた違う好きな子が、行く大学に行きたくて、結果は落ちて浪人した。


ここでいう好きな子というのはすべて片思いで、デートをしたことがあるわけでもなかったらしいんだけど


そして4年と言う信じられない長さの浪人生活を送り、見るに見かねて大阪のおばさんが、連れて行き、大阪で就職させたんだけど、3年ほどで帰ってきて、こちらで就職した。


弟は親にあれほど心配や苦労をかけてはいても、まったく意にかいせずという感覚で唯一、妻(姉)とは話すと言う本当に変わった奴だったんだけど、パチンコ以外なにもせず、友達も1人もいないというのにソレもあまり気にしていなかった。

もちろん女の子とはまったくの無縁でもあったし・・・


でも、もう肉親は1人しかいないんだよ。おとうさんしか・・・

それなのに


もうすぐ50に手が届くほどの年なのに・・・


おじいちゃんの気持ちになってみれば、情けなくて、寂しくて、張り合いの一つさえなくて・・・



だからといって僕の家に引き取りたくても面倒を見る人がいない。

妻が居ないんだから。。。


せめてこれからは1ヶ月に1回は孫を連れて、覗くことにしよう。

それがせめて今の僕に出来ることだと思った。



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2005-08-15 04:54:42

ネットの楽しみ

テーマ:生活

せっかくの休みなのに毎日3時には起きてしまう。


やっぱり子供なのかなあ・・・休みと言うだけで嬉しいからねえ^^


で、早朝ぐたぐたしていて、そろそろ眠くなりつつある頃にチビ達が起きてくるから結局寝れず、夜になると9時を回った頃には。。。



でも、どんなに早く起きてもこうしてブログをはじめたおかげで、あちこちのブログを徘徊し(以前のようにレスを書かなくなってきたけど)起きていても楽しいし、「時間をもてあまして暇」って言う気分にはならないから、とっても精神的にはいいものだ。



今までは自分の趣味のみでのネットであったものが、いろんな人の話や考え方などを見ては感心したり、笑ったり、手助けしようがなくても一緒に悩んだりとなんだかんだと言いながら、あっという間に時間は過ぎていく。



僕はきっと欲が深いんだろうね

あれもしたい、これもしたいが実に多いのだけど、ぼけ~としている空白のような時間も好きなんだ。

だから今こうしてとっても静かな時間を一人でネットの中を散歩したりしていると、また心が休まるような気持ちになるな。

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2005-08-11 04:53:19

やっと

テーマ:喜び

今日1日働けば、つかの間の休み・・・月曜までの4連休なのです^^



その間にやらなければならないことは、普段サボっている分、目白押しなのだけど、それでも嬉しいお盆休み



金曜日には万博に行って(実は2回目なのですが)日曜日には、母が来るので母の誕生会をやって、翌日の15日にはお墓参りとお義父さんを覗きに行ってと、まあそれで休暇は全部なくなってしまうけど、それでもやっぱり嬉しいものです。


子供は1ヵ月半も休みがあり(上の娘にいたっては2ヶ月の夏休み)、大人って本当に損だなあって思いはするけど、自分もそうだったからと、あきらめて働くのみ



でも、4日間でも嬉しいなあ


1、万博

2、母の誕生会

3、お墓参りとお義父さん訪問

4、庭の草刈り

5、子供の床屋さん(僕が切るのです^^)

6、家の中の掃除・片付け


まあ、これくらいは最低やらなければ・・・


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2005-08-09 11:58:53

少し

テーマ:生活

先日(6日)の土曜日も朝は耳鼻科へ・・・


朝、診察券を置いてから、いったん家に戻って1時間後にそらと行く。




今週は僕のお盆休みの関係で、耳鼻科は開業してはいるんだけど、なんとか少しでもよくなっていて(あわよくば完治していて)ほしいと願っていた。


検査を最初に行い、そのあと診察

先生と一緒に検査結果のデータを見ながら、ほとんど右耳と変わらないくらいに聞こえていることを確認し、ほっとした。


それから先生が左の耳を診察後、右の耳を確認し、

「かなりよくなってきてますねえ、これならこれからは耳に蓋をせずにお風呂に入ってもいいですよ」

って、言ってくれた。



そこで僕は

「プールは入らせてもいいんですか?」

「う~ん、それは止めておいてください。まだ完全にと、言うわけではないと思いますし、今しばらく様子を見ましょう」

「来週の土曜日もお邪魔してみてもらうんですか?」

「いや、それは再来週でいいでしょう、そのときに今のままの状態でしたら、治ったということで」

「ありがとうございました。それならなんとか夏休みが終わったときに学校でプールが入れるかもしれませんねえ」

「そうであるといいですね」



なんかやっと光が見えてきたようで嬉しかった。

薬を2週間分もらい帰ってきてから、そらにもう一度忘れずに薬を飲むことを言い聞かせ、それでもうお昼



朝早くからご飯を食べさせているので、こうちゃんはもうお腹がすいてもたないって感じだったから、大急ぎでベーコンエッグを作り、やっことともに食べさせる。


そらも以前からそうなんだけど、どうしてこれで病気なんだろうって言うほど元気なんだよね。

医者にはじめていったときだけであとはみんな元気だからねえ



あいかわらず、ご飯を食べながら、半分こうちゃんにちょっかいを掛けながら、けんかもどきのように遊びながら、食べているので、とても遅い。

こうちゃんはそれでもさっさと食べておかわりするのだけど、こうちゃんが食べ終わった後もまだ食べているのが今後の課題だなあ~って、よく思う。



こうちゃんはとってもよく食べるおかげで、この2年の間に見違えるほど大きくなった。


それに引き換え、そらはまだまだ小さい。

女の子はみんな小食だったけど、我が家の男の子は恐ろしいまでの大食漢ばかり・・・

でも、そのほうが安心なんだよね。病気にもならないし・・・


そらにせめてクラスの中間くらいの背丈に早くなって欲しいと、食べる様子を見ながら思ってた。

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2005-08-08 07:20:15

花火

テーマ:喜び

僕は花火が大好きだ。

だから毎年1回は必ず見に行っている。



最近のお気に入りは名古屋港港祭り


ここのいいところは、地形的に名古屋港を取り囲むように埋立地が作られているおかげで、海上から打ち上げられる花火がどこからでもま近に見られること



みんなは交通機関を使って地下鉄名古屋港駅かその手前の築地口で降りて、歩くのだけど、そこはべらぼうに人が多く、さすがに行く気がしないので、いつもその周辺、僕の場合は8号地という埋立地の穴場に車で行って、始まるのを待ち、目の前に繰り広げられる競演を地響きとともに聞いている。(まあ、そこでも結構な人が来ますけどね^^)


7時半の待つ時間までは、炎天下の中それが夕方になっても30度を切ることが無いから結構辛い物があるんだけど、待っただけのものが得られるという喜びがあるから、毎年海の日に見に行くんだ。




でも今年は雑用が出来て行かなかった(行けなかった)

だから、今まで行ったことの無い長良川の花火を6(土)に見に行った。



ここは他の場所の花火と規模が全然違い、大体のところは3000発ほどの花火を打ち上げるのだけど、長良川は30000発・・・しかも品評会があるので、実に多彩な花火を見ることが出来る。



ただこれまでは、いくら大きな川と言っても人の数がべらぼうなので、渋滞や見る場所、帰る事などを考えると二の足を踏んでいたんだ。

周辺にある他の花火はほとんど行ったのに、ここだけは今まで行かなかった。




少し離れた河川の法面の小段にシートは広げ、運のいいことに3時頃に夕立があったため、案外暑くもなく、ほどよい風も吹いていた。

それでもクーラーに飲み物をいっぱい詰め込んで出かけたんだけど、始まる時間までにビールはなくなる(涙)

待っている間、のんびりした気分で川を眺めていたんだけど、あれよあれと言う間に全部飲んでしまっていた。。。


だから始まる頃にはそれなりに人が増えていまさら動けないので、なんとも不思議な気分(飲み足らなくて酔っているのか、よく分からない)で、眺めていたんだけど、いいねえ~、すごくいいわ!

花火はいい!



周りでカップルがいちゃいちゃしていようが、家族連れの子供がわいわいやっていようが全然気にならなかった。

海と違って、べたつくような風で身体がべったりになることもなく、それも気持ちよかったなあ




終わった後、近くの大型スーパーの駐車場でそのまま車の中で寝ることにして、翌日はその周辺をドライブ


いくら同じ県だと言っても、まったく違うからねえ

僕の場合、ここに来るよりも名古屋のほうが近いのです。

だから目新しい店や食事やさんに行き、見回るだけでも楽しかった。



1本100円~500円のズボンや100円のラーメンどんぶり、30円の茶碗なんかもいっぱい買ったね^^


大きな一膳飯屋さん(ファミレス?)で食事をして、普段僕が好きだけど、作ると誰も食べないから、3日も4日も同じ物を食べなくちゃいけない。

だから自然に作らなくなったような煮付けや煮物などが実に美味しかった。



すごく疲れたけど、とっても充実した、そんな土日を過ごしておりました。


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2005-08-05 07:31:26

テーマ:

我が家の恒例の行事にカラオケに行って、思いっきり歌うというのがあった。


運動オンチな妻は、アウトドア的なものをまったくやりたがらなかった。



でも、そのかわり歌が大好きで、付き合いだした頃はその中でも 「さだ まさし」 の熱狂的なファンだった。


僕自身、ある時期にすごく凝っていて、それが他の歌手に移っていったんだけど、妻は僕の持っているカセットの中でとにかく、

1番は「さだ まさし」 !

遠くはなれて、他の歌手と言った具合にかなりのめりこんでいたと思う。



結婚する前も、結婚して子供が生まれたあとも、だからよくカラオケに行った。


そして好きなのにうまく歌えないとか言って、いつも僕に歌わせていたんだ。

僕はそういったなかでも、「無縁坂」や「朝刊」が好きだったので、他の曲も聞きたいといつも言われてはいたけど、他の歌手の曲も歌いたかったから、せいぜい2曲くらい歌うだけだった。



そのうちに僕の好きな曲の中から、自分もいいなあっていう歌を少しずつ増やしていき、またテレビを見ては、その主題歌などを反対に歌って僕に聞かせてくれたね。


その中でも「恋におちて」は特に好きで毎回歌っていた。




8年前、妻はお母さんが、突然のガンの宣告(すでに手遅れだった)を受けて、その看病に病院へお父さんといっていたときは、まだよかったけど、亡くなったあと、気持ちが切れてしまったように一気に暗くなっていった。

日常の子供の世話ややるべきことはやっているにしても、張りを持った楽しそうな姿ではなくなっていた。



子供の頃からお父さんが大嫌いで、その反面お母さんが大好きだった妻

どんなことも何でもお母さんに話し、お母さんはそれをいいとも悪いとも言わず、いつもニコニコして聞いててくれたらしい。




妻は2人兄弟の姉、弟が1人いるんだけど、いまだに結婚もせず、なにかにつけて妻があの家のことを取り仕切っていて(よく言えば、各々の連絡役になっていて)、それをいつもお母さんと話すというパターンであっただけに、脳梗塞を起こし、かなり身体がガタガタになってしまったお父さんや独り者の弟を心配しながらも、僕の少ない給料の中で多くの子供を世話していた。



「近いうちに家に引き取ろうか?」

「それなら、としくんのお母さんも一緒にしようか?」

なんて話も数え切れないくらいしたかなあ




お母さんの死後、妻は車を運転するときにいつも僕の持っていたカセットの中の、アリスの「帰らざる日々」や岩崎宏美の「思秋期」なんかをよく聞いていた。

家族でカラオケに行くのが我が家の手軽な発散の場だったのだけれど、そんなときには上記の歌や「ロード」をとくによく歌わされたかな?・・・いつも僕が歌うのですよ^^



自分は「恋に落ちて」や「love love love」をいつも歌いながら、僕の歌う歌にも注文をつけていた。


僕は阿呆だから、妻が

「としくん、うまいわ~」、「それ、声がぴったりあってるわ~」

なんて言われて、ついつい調子に乗って、リクエストに応えていたなあ




妻はお母さんが亡くなった悲しみを上記の歌をいつも聞いていて、少しずつ癒されていったと言っていた。





僕にはこれまでそのような感覚がまったく無かった。でも。。。。



つい先日、久しぶりにカラオケに行ったときに何気なく選んだ曲が、上記に書いた曲ばかり


そして、「ロード」や「チェリー」を歌ったとき、特にロードの歌詞を見ながら歌い出したとき、いっぺんに目頭が熱くなってしまった。

声がつまって、うまく出せない。



もう4年目、日常の煩雑さの中で忘れがちであった妻がこんなところにいたんだって、思えてならなかった。



年に1度か2度しか行かなくなったカラオケで、最近では妻と一緒に歌った歌はまったく歌っていなかった。

わざと避けていたのかもしれない。




でも・・・


こんなところに・・・僕の心のこんなところにいたんだね。


また歌うからね。妻ちゃんの好きだった、そしていつも僕に歌わせていた歌を・・・

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