2006-12-28 07:04:11

BSでサッカーの歴史を楽しむ

テーマ:ワールドなひとたち

一気に録画見して感動しました。
一番感動したのは・・
マラドーナでした。
泣けちゃった。
戦術重視に興味があり組織サッカーが好きだったけれど、
これを見たらそれだけでもないと。
でも結局は、
マラドーナという個人技を生かせたのも、
アルゼンチンの組織がマラドーナを生かしたのです。
ひとりの力ではどうしようもないのがW杯。
しかしひとりの力が組織をも変えるのがすごいところ・・
録画でまた機会がありますので、
番組表を検索して見てみてください。
特にオランダサッカーが今の近代サッカーの基盤になっていること、
日本代表はどうしなければいけないか・・
答えは歴史の偉大な蓄積に隠されています。
マラドーナを生かしたアルゼンチン。
カントナを切り組織と個人の融合の理想を追うフランス・・
実は98年フランス大会からしか知らない私は、
たぶん日本代表がW杯に初出場したから見だしたにわかファン。
だからこの番組はとても勉強にもなり新鮮でした。

BS1: 毎週土曜 午後11時10分~翌午前0時
翌週日曜 午前11時10分~午後0時(再)
BShi: 翌週火曜 午前0時~0時49分(月曜深夜)(再)
翌週土曜 午前8時~8時49分(再)

ドキュメント スポーツ大陸

歴史を変えたワールドカップ
世界を魅了した攻撃サッカー
~1970年 ブラジル完全優勝~


1970年のメキシコ大会ではサッカーの王様ペレ率いるブラジルが予選から12戦全勝という史上初の完全勝利で3度目のW杯を勝ち取った。
 この大会では、ブラジルは4大会連続出場となるペレを中心に、華麗な個人技を持つスーパースターを数多くそろえ、攻撃的サッカーで他国を圧倒した。その裏には、主な代表選手を2年も前から選出し“お互いに意思の疎通が自由に取り合えるため”合同トレーニングを重ねていった計画性と、「攻撃陣の役割を柔軟にする」という戦術があった。
 番組では1970年W杯・メキシコ大会のブラジルチーム完全優勝までの軌跡を、当時の映像や選手、監督のインタビューなどを交えて描く。


・・この章は録画できていませんので未見です。
機会を見て再放送を楽しみたいと思います。


歴史を変えたワールドカップ
欧州サッカーの戦術革命
~1974年 西ドイツとオランダ~


1974年の西ドイツ大会は、華麗な個人技の南米チームに対抗しようと、長年、チーム戦術を磨き上げてきたヨーロッパチームが、その組織力を世界に示した大会であった。
 西ドイツは、従来、最後方で守備に専念してきたポジションに、中心選手で「ゲームメーカー」のベッケンバウアーを置き、ピッチの全てを見渡しゲームの組み立て役も任せる「リベロ(自由な人)システム」という形を作り出した。
 一方、オランダは、多くの選手がポジションを固定せず攻撃にも守備にも回り、ゴールキーパーまでがゴールエリアを飛び出しプレーするという「トータルフットボール」を駆使してワールドカップに望んだ。
 番組では、決勝を争うことになった両チームのワールドカップでの主な試合映像と元選手たちのインタビューを交え、戦術革命ともいわれた、この大会での2チームの強さと、世界を驚かせたチーム戦術を振り返る。

・・この章は大変勉強になり、
さらにサッカーを好きになりました。
ここらからゲーム要素が強くなり個人から組織への組み立て、
現代サッカーの基盤が出来上がったと思います。
オランダはすごい・・
今でも教科書のように取りざたされるオランダサッカー。
オフサイドやトータルフットボールがよくわかる。
オシムはここに帰ろうとしているのかも。


歴史を変えたワールドカップ
鉄壁の守備が世界を制した
~1982年 イタリアの鍵かけ戦術~


優勝候補No.1のブラジルは、ジーコ、ソクラテス、セレーゾ、ファルカンの「黄金のカルテット」と呼ばれたスターたちをそろえ、流れるようなパスと比類のない攻撃サッカーを見せつけた。「失点したらそれ以上に得点すればよい」という哲学のもと繰り広げられるブラジルの“美しく勝つサッカー”。
 その史上最強軍団と呼ばれたブラジルに立ちはだかったのがイタリア。そのスタイルはゴール前にカテナチオ(鍵をかける)と呼ばれた厚い守備網をしき、相手を無得点に抑え、カウンター攻撃によって最小得点で勝つ方式であった。「1-0」の完璧な試合を理想としたイタリアの“負けないサッカー”。
 「攻撃のブラジル」か?「守備のイタリア」か?番組では、「ブラジルVSイタリア」戦を中心に、イタリアの「カテナチオ」が、ブラジルの「黄金のカルテット」をどうやって封じたのか、“守備の重要性”“守備の美学”に迫る。

・・この章のころ競馬中継がありまして、
半分録れていません・・
イタリアサッカーに興味があったので残念。
カテナチオも噛み砕いて説明してくれてたと思う。
この番組は図解で戦術をわかりやすく説明してくれる。
1-0で勝利する試合が一番だと思う私は、
きっと得点しても逆転され負ける日本にうんざりし、
最少得点でも勝てるイタリアに憧れを感じていたのでしょう。
今でも守りがあってこその勝ちの考えは変わりません。
もちろん取れるときには取ったほうが面白いですが・・

歴史を変えたワールドカップ
天才が伝説を作った
~1986年 マラドーナのための大会~



1986年メキシコ大会。前回大会でカテナチオ(鍵かけ)戦術をとった堅守のイタリアが優勝したことによって、80年代サッカーの主流は『組織戦術』、特に守備を重視したチーム戦術となっていった。
 そんな中、類まれなテクニックに加え、卓越した戦術眼を兼ね備えたアルゼンチンの“超人”ディエゴ・マラドーナが出現、個人技中心の戦いが不可能だと考えられていた常識を覆した。アルゼンチンチームは、マラドーナの能力を活かす戦術、さらにはマラドーナをおとりに使い他の選手も活かす戦術により、チームをまとめていった。
 伝説になっている2つのゴールを決めたイングランド戦、決勝の西ドイツ戦を中心に「マラドーナのマラドーナによるマラドーナのための大会」と言われたメキシコ大会の、アルゼンチン優勝までの軌跡を追う。

・・それまでの組織戦術に感心し、
やはりサッカーは組織ゲームだと共感していた。
そこにこの章はなんともいえない歴史への挑戦と感動。
ひとりの個人技でもサッカーは勝てる。
しかし私が感動したのはマラドーナだけで勝ったのではなく、
マラドーナを生かすチームを作ったアルゼンチン。
封じ込められたときにどうするか。
ここまでできる天才がもしいれば、
どこの国でもどこのチームでもそんな戦術を使うでしょうか。
アルゼンチンとイタリア、
この極端に違うようなチームが好きなのも、
セリエAを見だした98年ごろ、
イタリアの中で自由に活躍するアルゼンチン選手たちを見ていたから・・

歴史を変えたワールドカップ
最強のサッカーを作れ!
~1998年 フランス初優勝~


1998年フランス大会では、個人技と組織戦術の融合に成功したフランスが初優勝を飾った。個人技を高めることでは、エリートを発掘・育成する国家プロジェクトを打ち上げ、組織面では、天才司令塔ジダンをフォワードと中盤の中間におくフォーメーションで、攻守のバランスが抜群の安定感の“最強のサッカー”を確立した。
 「歴史を変えたワールドカップ」シリーズ最終回は、フランスの“個と組織の融合”を、試合映像、当時の選手・監督のインタビューなどにより検証し、最強と言われたサッカーが完成するまでの軌跡を伝える。


・・この章はまだ新しく今でも代表にいる選手が見られます。
個人的にはこのフランスの司令塔をトップ下に置く方法が好きだなぁ・・
そういえば日本も後ろは3バックではあるけれど、
中田ヒデをトップ下に置いていました。
記憶は薄いですがこのときの日本代表の守備、
日本には合っていたと思います。
アルゼンチンやクロアチアに1-0と善戦。
ただ、FWが決定力がなかった。
イタリアのように守りながらもカウンターで点を取る。
そのレベルには遠かった・・
フランスはイタリアとも対戦するわけですが、
2006年決勝戦と同じく0-0の延長PK戦。
サッカーは同じようなシステム、戦術のチーム同士がやるとつまらない。
1点で勝てるチーム同士がやると点が入らない。
決勝戦ブラジル相手のように、
個人技のチームに対しての組織力のフランスが面白い。

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2006-12-16 06:54:17

バルセロナが圧勝で決勝進出 クラブアメリカは3位決定戦へ=クラブW杯

テーマ:ワールドなひとたち

サッカーのクラブ世界一を決める「TOYOTA プレゼンツ FIFA クラブワールドカップ ジャパン 2006」(クラブW杯)の準決勝第2戦、クラブアメリカ対FCバルセロナの一戦が14日、横浜国際総合競技場で行われ、4-0でバルセロナが圧勝した。

 序盤からバルセロナが華麗なパス回しでクラブアメリカゴールに襲い掛かると、前半11分にグジョンセンがダイレクトシュートで先制点を決めた。30分には、デコのコーナーキックからマルケスが追加点を挙げ、2-0で前半を折り返した。

 後半開始からクラブアメリカはブランコを投入し反撃を試みるが、20分にはジウリーのシュートをGKオチョアがはじいたところにロナウジーニョが詰めてゴールを奪った。さらに、40分にはデコが強烈なミドルシュートを放ち、ダメ押しの4点目。バルセロナが4-0で危なげなく勝利を収めた。

 バルセロナは17日、横浜国際総合競技場で先に決勝進出を決めているインテルナシオナルとクラブ世界一を懸けて戦う。クラブアメリカは同日、アルアハリとの3位決定戦に臨む。

[ 12月14日 21時30分 更新 ]



昨日おとといと試合を見ていないのでなんともいえませんが、
ニュース映像を見る限りではやはりバルサだなぁと・・
師走ということもあり仕事が不規則&遅く終わり見られない・・
録画を頼んでいてもうまいことできていなかったりと(苦笑)
結局今回見られたのは第一戦のみ(汗)

バルサがうまくて楽しくて悪いところも見つからないチームという以外に、
どう言えばいいのか。
もしかしたらこのチームがワールドカップに出場したならどうなのか。
ありえない発想ですが・・
絶対できないことなんですが(笑)
楽しめなく試合をしたら(勝ちを意識して)
どうなるのかそれも見てみたい。
そのくらいジェラシーと羨望の混じった気持ちです。
たとえばそこそこうまい選手がいてて、
それを見たJリーグの選手やサッカー好きが自分に重ね真似しようとする。
それは個人技のレベルでは練習やJの試合で相手の力関係でできるかもしれない。

ただもうそんなレベルではない高すぎるレベルなのです。
注意深く見てみると、
楽しんでいるように見えて実は基本的なこともやってるわけで、
バルサの選手たちはそこを考えられないほどの練習量や素質で実践にしているだけ。
あの軽業師のような動きも幼少時代からの長い歳月から作り出されたもの、
そういう選手たちの集まりなのだからどこと比べるとかも考えられない。
しいて言えば同じラテン系のアルゼンチンやブラジル。
でもここらからバルサに入ってるんですからこれもたとえられない。
今回の目玉はロナウジーニョなのですが、
私はメッシをずっと見たかったので残念。
サビオラも来てないしアルゼンチンは怪我人ばかり。
あんまり知らない人ばかりだなぁ(ロニーは別として)
と気がついたらいるではないですか!
ザンブロッタ、テュラム・・裏切り者(苦笑)
ユベンティーノの私はなんともいえない。
けど今回の移籍は仕方がないね。
応援しますよザンブ。
ユベントスの選手のときにトヨタカップを取ってない選手なら、
これがあといくつあるチャンスかわからない。
昔デルピエロがMVPになったのはかなり前でした(デシャンも選手でいてた)
カンナバーロがレアルに行ったのも大きな大会に出たいから・・
選手の気持ちから野望や意欲がなくなったら終わりですから。

ところでこのバルサは個人技の他に大きく感心したことがあります。
ニュース映像しか見ていないのですが・・
フィールドを広く使っている。
あらゆるところにパスが出せる。
戻りが速い。
まるで刺繍をしているような、
線で縫われた糸のように模様を作っているのです。
相手はもうついてゆきかねて揺さぶられるだけ。
見ていないロナウジーニョのパスにいるはずのないデコが走りこむとか、
いるはずにないのではなく、
線でつながっているんですよね。
意思の疎通ももちろんのこと、
これだけ流れるプレーがスムーズだと、
派手に見えますが実際はかなり練習した成果と思います。
彼らは超満員のスタジアムで大変楽しそうでした。
お客を呼べるということは、
まずは強く魅力的であること。
私はスターを集めたレアルよりずっとバルサのほうが好きです。
バルサもスター集め(地元の選手が・・)ですが、
夢があるんですよね。
日本代表にまだ近いかな?と思われる全北の視察もいいけれど、
オシムさんにはバルサのサッカーを堪能したことで、
少しはファンタジーな代表に柔軟に変えていってほしい。
少なくとも前線だけでも少々わがままでも楽しいプレーをする選手を。

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2006-11-29 08:10:16

カンナバロが初受賞=DFで10年ぶり3人目-サッカー欧州最優秀選手

テーマ:ワールドなひとたち

【ロンドン27日時事】フランスのサッカー専門誌「フランス・フットボール」制定の2006年欧州年間最優秀選手(バロンドール)が27日発表され、ワールドカップ(W杯)ドイツ大会でイタリア優勝の原動力になった同国代表主将DFファビオ・カンナバロ(33)=レアル・マドリード=が初受賞した。
 1956年の第1回以来、DFの受賞はベッケンバウアー(72、76年)、ザマー(96年)=ともにドイツ=に続き3人目。イタリアからの選出は1993年のR・バッジョ以来5人目。
 同賞は欧州各国の記者投票によって決まるもので、カンナバロは最多の173点を獲得。次点は同じイタリア代表のGKブフォン(ユベントス)、3位にフランス代表FWアンリ(アーセナル)が入った。昨季初受賞したブラジル代表MFロナウジーニョ(バルセロナ)は4位、元フランス代表MFジダンは5位だった。 

[ 11月28日 11時1分 更新 ]

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2006-08-04 07:08:32

gifアニメ メッシは私とのたまう

テーマ:ワールドなひとたち

メッシは私にそっくりだ



messianime



マラドーナ・・おちゃめです

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2006-07-31 07:08:25

アレッサンドロ・デル・ピエロ

テーマ:ワールドなひとたち

アレッサンドロ・デル・ピエロ(Alessandro Del Piero、1974年11月9日 - )

は、イタリア・トレビゾ(コネリアーノ)出身のサッカー選手。ポジションはフォワード。

カルチョの国イタリアの歴史にその名を刻むファンタジスタのひとり。



1991年にセリエB(当時)のパドバでキャリアをスタート。

1993年からセリエAのユヴェントスに所属し、ミシェル・プラティニやロベルト・バッジョといった名選手たちが背負ったユベントスの背番号「10」を若くして引き継いだ。

負傷とスランプに度々悩まされるがその度にこれを克服し、センセーショナルな復活劇を見せて観客を魅了する、華のある選手である。

ユヴェントスでは1995-96シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ制覇のほか、2006年までに7度のスクデット獲得を経験している。

決して恵まれた体格とは言えないが、足技に優れプレーに豊富なバリエーションを持つ。

特に左サイドからをゴール前にドリブルで切れ込むプレーを得意とし、「デル・ピエロ・ゾーン」と呼ばれるゴール前左側約45度辺りのエリアから放つ右足のシュートで数多くのゴールを挙げている。

2006年1月10日に行われたコッパ・イタリアの対フィオレンティーナ戦でハットトリックをマーク。

これがユヴェントスでの185得点目となり、ジャンピエロ・ボニペルティの持つクラブ歴代最多得点記録を塗り替えた。

イタリア代表デビューは1995年3月25日のエストニア戦。

FIFAワールドカップには1998年、2002年、2006年と3大会連続で出場している。

不調に苦しむ間にフランチェスコ・トッティの台頭もあり、2000年代からは背番号「10」をトッティに譲っているものの、今も「アズーリ」に欠かせない選手のひとりである。

2006年のドイツ大会ではフォワードのバックアッパーとしてメンバーに名を連ねる。

準決勝のドイツ戦では延長戦から途中出場し、十八番「デル・ピエロ・ゾーン」から2点目となるダメ押しゴールを奪った。




兄スティファノも元サッカー選手。

子どもの頃からのプロレスファンとして知られる。

日本のプロレスラーで好きな選手はアントニオ猪木と藤波辰爾で、2005年6月に来日した際にテレビ朝日系「ワールドプロレスリング」に出演し、憧れの藤波と対面して感激していた。

この時に藤波からプレゼントされたタイガーマスクを被ったデル・ピエロの写真がユヴェントスの公式サイトに掲載されている。

トッティに背番号『10』を譲ってほしいと言われた際も僕は『7』の方が合っていると言って快く譲るなど性格、人間性なども優れた人格者でイタリア国内での人気も高い。

遠征先などでは、仲間の選手と一緒にテレビゲームをする。

好きなゲームはマリオシリーズだとか。

元日本代表の中田英寿と公私に渡って親交がある。

2006年7月の中田現役引退のニュースを聞いた際には、ワールドカップの試合前にもかかわらずインタビューで中田に対してのコメントを残している。

ユベントスが八百長事件によりセリエBに降格するも、真っ先に契約を更新しチームに残る決意をした事で、改めてファンの心を掴んだ。



alex


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


本名 アレッサンドロ・デル・ピエロ
愛称 アレックス(Alex)
カタカナ アレッサンドロ・デル・ピエロ
ラテン文字表記 Alessandro Del Piero

国籍 イタリア
誕生日 1974年11月9日
出身地 トレビゾ・カネリアーノ
身長 173cm
体重 73kg


在籍チーム ユヴェントス
ポジション FW
背番号 10
利き足 右足

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


日活
アレッサンドロ・デルピエロ~フィールドのテクニカルアーティスト~
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2006-07-30 07:57:57

バブロ・アイマール

テーマ:ワールドなひとたち

パブロ・アイマール(Pablo Cesar Aimar Wajad、1979年11月3日 - )

は、アルゼンチン・コルドバ州リオ・クアルト出身の同国代表、リーガ・エスパニョーラ・バレンシア所属のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。


1997年にアルゼンチンリーグのリーベル・プレートのメンバーとして選ばれた。

1999-2000年シーズンにはリーグ優勝の際に活躍した。2001年1月、約25億円の移籍金でバレンシアに移籍。

2001-2002年シーズンのリーグ優勝にも大きく関わった。

しかし、2004年にクラウディオ・ラニエリ監督が就任すると、本来以外のポジションでプレーさせられたり、途中出場が多くなったりと不遇された。

その後移籍も噂されたが、成績不振によりクラウディオ・ラニエリ監督が解任されると、本来のポジションに戻って再びプレーを行った。

アルゼンチン代表の一員として2002年の2002 FIFAワールドカップに出場したが、予選で敗退した。

また、ハビエル・サビオラはリーベル時代からの大の親友である。

弟のアンドレス・アイマールもサッカー選手である。


aimar



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

国籍 アルゼンチン
誕生日 1979年11月3日
出身地 リオ・クアルト
身長 170cm
体重 62kg
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




サラゴサ、アイマール獲得を発表

 サラゴサは29日、バレンシアからアルゼンチン代表MFパブロ・アイマール(26歳)を獲得したと発表した。契約期間は4年、移籍金は推定1100万ユーロ(約16億円)と見られている。

 サラゴサはビクトル・フェルナンデス新監督の下、すでに同じアルゼンチン代表MFダレッサンドロを獲得しており、今オフ2人目のビッグネーム加入となった。

 アイマールは29日の午後にバレンシアの練習場を訪れ、チームメートに移籍の報告と別れのあいさつを行った。報道陣に対してもコメントし、「サラゴサへ行くことになった。バレンシアファンの皆さんには本当によくしてもらった。今までありがとう」と感謝の気持ちを述べた。サラゴサは、31日にアイマールの入団発表を予定している。

-Ichiro Ozawa from Spain-

サッカー

[ スポーツナビ 2006年7月30日 11:39 ]


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