160608



ブログを書き始めて11年近くになる(10月18日で丸11年)

もうそろそろ潮時かなぁと思う。
自己顕示も承認欲求も、自分の居場所を演出するのも、もういいや。

昔は良かった...なんていう陳腐な言葉は使いたくないけど、
少なくとも11年前のブログは良かった。
心も体もシンプルで、素直だった。
いつの間にやら、ありとあらゆる小細工を身につけて...
心も体も荷物でいっぱいで、今の私はとても不細工で滑稽。

雑多なものを取り除こう。

まず、このブログ。
雑多なものを取り除いたらどうなるか?
私にもわからない。
小細工なしに書ける日が来るまで、ちょいとさよなら致します。

生きていたら、またお逢いしましょう。
ほな、皆様息災で。

グッド・バイ。





160608-2気持ちはニュートラル
長い間ありがとうございました。何のお礼もできないままでごめんなさい。










* * * * * * * aysure de calon * * * * * * *
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今更ながら、孤独についての考察

テーマ:





よく言われていることで、

たくさんの友達や家族に囲まれていても「孤独」な時がある。

あるいは、

友達も少なくて家族もいないけどそれほど「寂しさ」は感じない。


私がどちらの部類に入るかは別として、どちらの感覚もわかるような気がしている。

先日、家族の為に晩ご飯作りをしている時、とてつもない孤独感を感じた。

まな板で野菜を刻む包丁の音だけが永遠に繰り返される世界だった。

妙な感覚になり、私は、真夏に道に落ちたアイスクリームのように、

どろっと溶けてそのまま無くなってしまうような気持ちだった。

 どこから来る感情なのか分からずじまいだったが、

生まれて初めての経験だった。


常に孤独を感じている人というのは、こんな感情を常に持ち続けているのだろう。

耐えられない苦痛だ。

私なら、アイスクリームのように溶けて無くなってしまった方がマシだと思った。




この記事は、Ameba Ownd「calon's Spin Off」で書いた記事です。








via calon's Spin Off




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やぁ、ジュン

150601


まったく...
6月に入ってしまった。

何もできていない。
時間だけがずんずんと迫ってくる。
「淘汰」「精査」苦手なもばかりが残ってしまった。
手に持った荷物はそう簡単に下ろせないってこと。
長く生きれば生きるほど荷物が増えるっていうのに、
体や脳ミソはどんどん衰えていく。
私はすべて捨てきれない弱虫小虫。

この分だと老後も予定より早くやってくるかもしれない。
「ロスタイムが楽しみだ」なんて言ってられない。

さて、6月よ、
「やぁ、ジュン」と声をかけるほど、私がキミが好きではない。
爽やかさのひとかけらもないキミ...
イラつく頭に拍車をかけるキミ...







150601-2紫陽花の花は見たくない








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