望む望まないに関わらず。

Theme: 読経 2011年04月18日(月) 23時03分25秒
誰かに影響を与えてしまったり、与えられてしまったり、
傷ついてしまったり、傷つけてしまったりすることがありますよね。

何が原因かと問われたならば、おそらくそれは自分が生まれてきたことそのものが原因で、
それを取り巻く世界がそうさせてしまっているのでしょう。

となるとありとあらゆる局面において、それはそもそも生まれてきたことが原因だから、
起こったことも起こらなかったこともそれはすでにわかっていたことなのかもしれません。

今自分が幸せだと感じたことも、今自分が不幸だと感じたことも、
体調が良い瞬間だろうが、痛かろうが痒かろうが、甘かろうが辛かろうが、

そう感じる根底には、今この瞬間に起こる全ての事柄の根底には、
自分が生まれてきたということがその原因として明確にある。

突き詰めていくとそうなる気がする。

何もかもそう考えると簡単です。
昨日のこと、おとといのこと、去年のこと、10年前のこと、
明日明後日明々後日その次の日もその次の月も年も、

何かが起こった、もっと言うと何も起こらなかったのは、
その原因として自分がこの世界に存在しているという事実がそうさせる、もしくは、
その事実がそうさせないということなのです。

もうそこまで掘り下げると完全に哲学を超えた宗教的なことなんですが、
じゃあ何で生まれたのよというところまで突き詰めると、
自分の親が生まれてきたからで、究極までさかのぼると、その答えは結局、

宇宙

になるのかなぁと結論付けられる気がして、
じゃあ宇宙って何よ??となるともはや答えは出ないような気がします。

宇宙って何かと問われたならば、単なる星と星をつなぐ真空の空間なんだけれど、
それは今その姿であるというだけで、目の前の現象としては確かにそうなんだけれど、

それが何で発生したのかを突き詰めることは不可能でしょ??
万が一科学で答えを導き出せたとしても、それも現象でしかなくて、

人間が人間として宇宙を突き詰めていくとその答えは『観念』なのですよ。
要するに考え方ってことなんです。

なぜ?どうして?を問うことは必要なことなんだけれど、
それは現代の科学でその全てを解き明かすのは不可能だから、

宇宙とかは神様が創ったことにして、
神が宇宙を作って地球を作って人間を作って自分を創っているから、

自分は神(のような存在)によって作られたわけで、
現象としては親から生まれてきたということなのでしょう。

眠いのにガチャガチャ書くと答えはまったくないんだけれどね、
簡単に言うと『全てのことの全ての原因はたった一つで、それはこの世は宇宙だから』
ってことだと思いません??

そう考えると一気に心が楽になります。

あくまでも自分の目の前にあるモノやコトは現象でしかなくて、
構造は自分以外のどこかにある。
そのどこかだとか何かだとかを突き詰めたって答えは出ないから、
神様みたいなモノがあって、そいつらが全部決めてるんです。

こういう構造でこういうものを作ったらさ、そのうちこういう感じの生き物ができるよね。

という一つの現象でしかない我々はさ、
自分の意思なんてものはもちろんあったとしても、
それすらも一つの現象でしかないのよ。

スポーツやビジネスの結果は一つの枠があるものだから、傾向と対策だとか、
反省点と改善点のようなものは考えることは比較的可能と言えるけれど、
枠のない、たとえば人間関係のようなものには答えはないってこと。

悩む暇があるならどんどん突き進んでいけばいいのよね。
どうせその構造は自分では持ち得ないものなんだから。

現象のみを追い求めてガシガシ進むべし。ってはなし。

じゃ。

Comments

[Publish Your Comment]

Add your comment

Let's send a present!

Amebaおすすめキーワード

    アメーバに会員登録して、ブログをつくろう! powered by Ameba (アメーバ)|ブログを中心とした登録無料サイト