ひびのせいかつ。

Theme: 読経 2011年02月20日(日) 19時09分22秒
みなさんお元気ですか?
ひびのせいかつに参っていませんか?

しかしそもそもなぜ人間は参ってしまうのでしょうねぇ?

何かをする、極端に言うとその日を生きるということについて、
ある程度の期待値みたいなのをそもそも持っていて、

それが期待値どおりの結果を出してくれないからってことなんでしょうけれど。
でも、イレギュラーでなんかが飛んできて、それを処理できなくて、
生きるということそのものに自分が持っている期待値に達しないパフォーマンスだからですかね?

自分はこんなもんじゃないと思うことはいつまで続くかは個人差なんでしょうけれど、
ある程度みんなが思っていると思うのです。

社会に対してや、自分の理想とする生活だったり、
パートナーとの関係だったり、まだ見ぬ誰かとの、
まだ見ぬ何かとの出会いだったり。

とにかく何かにつけて期待というか、理想というか、
何かしらのゴールのようなものを見出すのでしょうね。

それを『自分なんてカスみたいなもんだから…』と思うのはとても簡単で、
そう思っておけば、いちいち自分に失望する必要なんてのはなくて、
なんとなく自分がのらりくらりと生きていけばそれで良くなるのです。

となるとね、

結果をきちんと出すことを考えてそれなりの対策を考えて生きるか、
そもそも自分はクソだと認識して生きていくか、
どんなことがあってもそれはそれだと受け止める構えをとるか。

そのくらいしか生き方ってのはないのかなぁとも思います。
もちろんその振り幅はいろんな条件によって変わっていって、
何もかも同じ姿勢で生きていくわけでもないんですけれど。

しかも自分じゃどうしようもないのに、
それでも自分が思っている結果が出なくて、
自分は気持ちが参るってパターンもあるから難しい。

何もかも難しいひびのせいかつ。なんですけれど、
諦めたらとても簡単にクソとかカスとかで生きていけて、
諦めなかったら戦うしかなくて、結果を出せないと参って、
ある程度の精神防御力がないとぶっ壊れることもありますわな。

でも最近思うのはさ、
結局生きていくことなんて単なる生存競争で、
まずはそれがなされていないと生存競争に負けてるだけで、

そこになんだか救いを求めてしまう人もいるけれど、
所詮現代日本でなくては生きていけないんだから、
生存競争としては純粋に負けなわけです。

厳しいけれど、運も含めてすべてはそれなんだと思うのです。
いくら才能があっても、いくらうまくここまではやってこれても、
結局は最終的にどう着地するかでしかなくて、

超天才だろうがなんだろうが、結果出したもん勝ちなとこだから、
ガチャガチャ言ってる暇があるならやるしかないのよね。

俺の周りはほとんどがガチャガチャいいながらもみんなやってるから、
そういう人達とみんなで頑張っていきたいなぁと思うのですが。

なんだかね、ガチャガチャ言ってる人が多くて疲れるんです。
形はそれぞれのスタイルであるんだけれど、
でもなんかこう、ひたむきに頑張っていくしかないんだよなぁと思うわけで、

何にしがみついてもいいけど、ガチャガチャいってもいいけれど、
でもアンタはちゃんと自分なりの頑張りはできてんの?
なんだか都合のいい単語で逃げてない??

最近は本当に都合のいい単語が多くていいよね。
『不況』とか『ゆとり世代』とか『鬱』とかなんとか。

いやね、別に鬱病に対して何かを言うつもりはないよ。
むしろ自分がダメで鬱になった人ってさ、
ある日突然そうなった人に対して失礼な気がするのよ。

結局その人は負けただけなんだよね。
もちろんそこからまた戦いが始まるんだけれど、
でも始めないでその都合のよい単語に逃げる人もたくさんいるけれど。

でも結局さ、この国で生活してるから何とかなるだけで、
そうじゃなかったらのたれ死ぬ以外の選択肢なんてないんだよ。

と言ってみたくなることもままあるわけでございまして。

じゃ。

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