考える。考える。考える。

Theme: 読経 2012年02月25日(土) 21時03分33秒
はいどうも。

『医龍』を読んだのです。
天才外科医と凡人を自称する外科医のくだり。

天才にはついていけないから凡人につく。

で自分は最終的に天才につくってあたり。
最初に読んだのは何年か前で、

なんだかよくわかってなかったんだけれど、
今読むと恐ろしく考えさせられます。

研修医がさ、間違ってるっぽい既存の集まりと、
一見むちゃくちゃに見える新しい発想とを知って、

どうすりゃいいか葛藤するのよ。
なんかすごい共感するところがあって。

俺の生活はさ、すごくそういう風潮の仕事でね、
既存も既存、もう古びてほこりまみれの考えを、
ずっとつきつめて、今や現代の考えではない、

そんな風潮を見ずしてつき進んでいる職場です。
俺はそれにすごく違和感を感じます。

新しいものに飛び付きたいとかでもないんだけれど、
どうやったらいいか、自分が納得する方に進みたいの。

でもそれが上手くいかないところが目下最大の悩み。
結局何を言ってもイデオロギーの対立みたいな。

それはもちろん俺がそういう考えを持っている部分があって、
だからそれが伝播するんだろうけどね。

かたくなになるのはかたくなにさせる理由があるんだよねぇ。

まぁそういう現状にはまぁ悩んでるとしてね、
『俺はいったいどうなりたいか』ってのが視点。

自分はたぶん天才ではないと思うのよね。残念ながら。
なんかさ、存在だけでなんとかなる人ってのもいるじゃない?

そういうのではないから天才ではないってことね。

努力しなきゃいけない人なのは間違いなくてさ、
どうすりゃいいのか悩みつつ努力もしてるけどね。

『何になりたいか』ってのは幸運なことに一つの壁は越えたのよ。
ないたいものにはなれたわけだしね。

問題は『どうなりたいか』ってことなんだよね。

仕事ができるって何?
尊敬される人って何?
力があるとかいうけど、力って何?

前はもっと軽やかだった気がするのです。

そして今たまたま映画『サウスバウンド』を見たりして。
『自分だけが正しいと思うと、意見が違う人を憎らしく思えたりする』

なんてフレーズを聞くともう何が何だか分からなくなりますね。
自分だけが正しいと思ってるフシもあんだろうなぁ。俺。

何が正しいかわからないので、自分で決めるしかない。
なんか昔にそんなこと言ってた気がするんだけれど、
もう一周したのかと思いつつも、

結局はそこで一周できるくらいの広さしかない人間なんだわな。

どうなりたいのかねぇ?俺。
どうっていうか、俺の行きたいところって、
どのあたりなのかはっきりしないのです。

見えているような、そうではないような。
でもやっぱりどっか、『誰にも批判されないあり方』
ってのを目指してしまう気がします。

それってやっぱり、『天才』じゃなきゃできない事なんだけどね。

でもなぁ、世界中のありとあらゆる天才は、
どっかで誰かにがっちりディスられてんだよね。

俺の夢見るものなんざ、夢ではなくもはや妄想のレベルなんだけどね。
もうちょい自分の進む先にピントを合わせなきゃね。

誰かたまにはコメントをくれ。
どうでもいいんだけどね。

いや、今のはなんか強がりだな。
誰かの意見を聞きたいなぁといつも思うのです。

安田貴広という人間を全く知らないとして。

Theme: 読経 2012年02月06日(月) 19時44分20秒
あー、別にdisってるわけじゃないのでめんどくさいのはご勘弁。
はいどうも僕です。

いったいいつ以来の更新なのかももうよくわかりませんが、
とりあえず更新してみましょう。わーいかなりレア。

今回は俺なりの宣伝行為をしてみようかと思うのです。
友人がCDを発売したものですから。

で、まぁそのレビューてかなんかそんな感じの話をね。
彼の現在の精神構造が一体どのようにして構築されたのかと。

やっぱ歌詞でしょ。もちろん音も注目なんだけれど。

彼の書く歌詞はすごく難しいのであるのです。
何がと言いますと、『自己開示願望のあるインテリ』なところなのです。

自分の心を開いて、他人と本気で心の接触をすることってあるでしょ?
でもそれがめちゃくちゃ難しいことだってのはおそらくみんな知ってる。

で、ものすごく理論的にそれがわかっていて、そんなもんリスキーだから
絶対にしない方が楽チンなことがわかっているんだけれど、

わかっているんだけれどそこに憧れがある人のようなわけです。

なんかそう書くと『心の淋しい人間だ』とお思いの人もいるでしょう。
それがね、全くそんなことがなく、むしろ真逆に感じるわけです。

自己開示というのがキーワードだと思うので、ちょっとだけ注釈を。
ごく簡単に言うと、自分をさらけ出すということなのですが、
『信じる』のとも、『リスクを恐れない』のともちょっと違って、

受け入れてくれる相手もしくは社会(集団)に対しての意見表明、
要するに『おーそうだそうだ』と言ってくれる温かいクラスで、
『ぼくはこうおもいます』って言うことだと思うのです。

受け入れてくれないと単なる独り言を言う変なおっさんだし、
そもそも『こうおもう』なんて言うことすら辛いわけです。

話を元に戻しましょう。

彼の歌詞から見てとれるのは、現代人が抱える深層の問題を、
見事に気づき、それが故に閉塞感というかネガティブさみたいなもの、
なのではないでしょうか。

自分は受け入れられたい。でも自分は人を受け入れられない。
どっちが先かと悩むんだけれど、どっちでもありどっちでもない。

とても現代っぽい感覚ではなかろうかと。

ルールはルールとしてあるんだけれど、実はそんなもんは言葉でしかなく、
結局雰囲気だとか、権力者に右にならえの現代社会。

その中で自分の意見なんてのは言えないのです。
受け入れられなかった時のリスクを考えると、全然無理。

口を開くだけでも精一杯でしょ。
そしたらなんだか生きてる意味ってなに??と思うでしょ?
でもお腹は空くしセックスはしたいのです。

何よりも、自分の都合は抜きにして手放しで受け入れてくれるような、
受け入れるってか、ちゃんとみんな個人の意見や生き方があって、
それをちゃんと尊重していこうやみたいな、

言葉にするとものすごく薄っぺらいんだけれど、
その淋しいとか認められたいとかそんなのにすごく近いんだけれど、
それとは明らかに違う何かが根底に流れている気がするのです。

それを考えると、現代の若者の抱える問題そのものなのではないかと。
全力でやっている人がいて、それを見てなんだか笑ってしまう。

そんなことして何になるの?

その答えを見いだせない現代人そのものなのかなと思います。
現代人の深層を自ら見抜いて、自分も大いにそれで悩んで、
それが歌詞に出るから気づいている人にはよく刺さるのだと。

そう思うわけです。

繊細だからこそ気づけて、それを言葉に出来ることがすごいと思うの。
みんなはもっと簡単な言葉で片付けて、イライラして終わるはずなのです。

世の中の『当たり前』に傷つくことができるのは一つの才能だわな。
みんなは自分の人生ですら傍観していることがあるからね。

人間とは何か?

突き詰めると刺さる歌詞ができて、一歩突き抜けると宗教家。
そのギリギリの感じがアーティストなのでしょう。

というわけで『蒼と群青』を買え。
よろしく。じゃ。

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