プラリア公開用ブログ兼イルマの記録簿

時々、プラリアが公開されます。イルマが何か呟くこともあるかもしれません。


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●プロローグ【代筆になりました】

私は朝倉千歳、橘舞の従姉妹で、最近百合園にいることが多いが、蒼空学園に席を置いている。
 繰り返すが、百合生ではない。
 私に似た人物が百合園の制服を着て歩いているのを見たら、それは従姉妹の橘舞だから、勘違いしないで欲しい。
 非常に唐突だが、今、私はちょっとした窮地に陥っていた。
「なぜ、引き受けたのですか?」
 頭上から届く冷たいイルマの声音が耳に痛い。
 いつも硬質な感じの声だが、いつも以上にその響きに冷たさを感じて、私は正座したまま肩を丸めて小さくなった。
 場所は、蒼学の寮の部屋で、カーペットの上に正座した私と、それを腕組みして格好で見下ろすイルマという図になっている。
 何か粗相をして、親に叱られている子供の心境だな。
「でっかめんさん、体調不良でマスタリングできないから、助けて欲しいって言われて…つい」
「呆れてものが言えません。そんな都合よくマスタリングの遅延中に体調不良になったりしません。どこぞのPBWの新人マスターじゃないんですから」
 イルマは…時々色々とキツいことをいう時がある。
「作者急病で休載並みに胡散臭い話ですわ」
 …
「事情がどうあれ、リアクションが公開されていないのは問題だろ。それに、イルマ。私は文章力にはちょっと自信あるんだぞ。伊達に葉書ファイターをやっていないからな」
「なんですか、その葉書ファイターというのは、もしかして、ミッドナイトシャンバラの葉書投稿の話ですか?毎回一杯投稿しているようですけど、まともに採用されたことないじゃないですか…」
「この間、ちゃんと読まれたぞ」
「ああ、あれですね。公共の電波で他人経由で謝罪をされたのは私、生まれて初めてでしたわ」
 やばい、イルマの目がさらに細くなった。
 この話題には触れぬ方がよさそうだ。
「お嬢様に任せておけばよかったのですよ。お嬢様なら適当にやったでしょうに」
「ぶ、ブリジットは、主賓だし、主賓が自分の誕生パーティーのマスタリングとか変だろ」
 ここまで来て、今更引く訳にもいかない。
 私は、懐から取り出した琴音の耳を頭に乗せた。
 所謂ひとつの猫耳というやつだ。
 上目遣いにイルマに視線を向けると、イルマは戸惑ったように視線を脇に逸らした。
「そ、そんな捨てられた子猫のような目で見られても困りますわ」
「駄目かにゃ?」
「何がにゃ?ですか、何が…」
 ちらりと横目でこちらを見てイルマと、視線がぶつかる。
 暫しの沈黙の後、折れたのはイルマだった。
 ふっと肩で大きく息をつく。
「仕方が無いですわね。他に代筆する人間もいないですし」
 勝った。
「とりあえず、マスター名はちーにゃんこでいいかな?」
「好きにしてください。その代わり私、マルイことイルマ・レストがサポートさせてもらいます。千歳だけだと心配ですから」


担当マスター、ちーにゃんこ&マルイ


●誕生会

 まず、何から始めようかな。
(誕生会の趣旨辺りから入るのがモアベターですわ)
 そうだな、まず、今回の誕生会だが、これは、もともとリツの誕生日が7月7日で…ああリツというのは私の契約者のリッチェンスのことなんだが、従姉妹の舞の契約者でもあるブリジットの誕生日が同じ7月の26日だったから、一緒にやろうという話になったんだ。
(お嬢さまは賑やかな方が好きですからねぇ)
そこで、ブリジットが主催している百合園女学院の推理研究会のメンバーを招待したら、その中にも7月生まれの人がいたんだ。
 ペルディータ・マイナ
 セイ・グランドル
 後、部員ではないけど、部員の関係者とかよく推理研の関係者とかでは、
 ラーラメイフィス・ミラー
 超娘子
 月夜夢篝里…この人は、当日までまったく面識はなかったが、推理研の部員ウォーデン・オーディルーロキの契約者月詠司さんの契約者という説明だったな。
(そういえば、ペルディータさんは機晶姫ですけど、誕生日といってよいのでしょうか?)
 うーん、初起動日とか、製造年月日とか…
(電化製品みたいですわね。やっぱり誕生日の方がいいような気がしますわ)
 うむ、まったく同感だ。
 会場になったのは、過去にも推理研の懇親会で利用したヴァイシャリー市内にある建物だった。
(そうですね。あの建物はもともと民家だったものを地球人観光客向けに改装した民宿だったのですが、空き店舗になった後、パウエル商会が管理している物件ですわ)
 説明感謝だ、イルマ。
 で、パーティーの準備を任されたのは、従姉妹の舞とイルマの二人だった。
 私の所には、声をかけて来なかったな、ブリジット…
(私はパウエル家のメイドですし、舞さんは契約者ですから、無難な人選だと思いますわ。やりたかったのですか?)
 いや、まぁ、頼まれたら頼まれたで、どうせイルマに頼る事になったろうからな…
 実際、私も手伝ってはいたしな。飾り付けとかな。
 橘の家やパウエル家からも応援が来ていたし、他の参加者もいろいろ手伝っていた。
(助かりましたわ。私一人だけでは、さすがに大変ですから)
 春美さんやうさぎちゃんたちもケーキを作ったり会場の飾り付けを手伝いに来てくれていた。
舞は…昔の完璧人間だった頃の舞ならともかく、今の舞だと手配とかちょっと心配だったけど、まぁ、今の舞には言葉とか態度に棘が無いし、話しやすくていいんだがな。
(昔の舞さんというのは…いえ、何でもないですわ。先を進めてください)
うむ、パーティーの開始時間は予定では、午後5時半からになっていたが、そういうこともあって、ほとんどのメンバーは、その時間までに会場入りしていた。
 主賓だからといって、準備にはノータッチだったブリジットはわざわざ一旦百合園の女子寮、まぁ、男子寮というのは無いが、を出て自分の家から会場入りすることになっていた。
ブリジット曰く、演出なのだそうだ。
(まぁ、お嬢さまのことですから…)
会場と言えば、笹飾りがあったな。
(ありましたわね)
 だから、イルマに聞いたんだ。
 どうして笹飾りがあるんだ?七夕はもう過ぎてるぞ、って。
(あの笹飾りは宇佐木みらびさんが持ち込んだものでした。願い事を書いて飾ると…)
 それってな、完全に七夕だよな。
 まぁ、リツの誕生日は七夕の7月7日だから、それに合わせてくれたという解釈でよかったんだろう。
(楽しんだ者勝ちでしょう)
 え?
(いえ、お嬢さまならそう仰ると思いましたので)
 確かに、言いそうだ。
 そうそう、その話をしている最中に、いきなり後ろから声をかけられて、びっくりしたな。
「それ、ボクが育てたやつを持って来たんだよ」
 ボーイッシュっていうのかな、声の主は、宇佐木煌著 煌星の書。
 その名前の通り、みらびちゃんの契約者で魔道書だ。
 著者の宇佐木煌という人物は、うさぎちゃんの祖母に当たる人らしい。
 みらびちゃんは、煌おばあちゃんと呼んでいるけど、普通の人間の女の子しかみえない。
 その時は、私たちの話を聞いて気分を害したんじゃないかとちょっと心配した。
(千歳ったら、あからさまに動揺して黙りこむから、私がフォローしました)
 むぅ、面目ない…
「ケーキは間に合いそうですか?」
「はるはるとかボクの分はもう終ったよ。みらびが苦戦してるみたいだけど…間に合うんじゃない」
 頭の上で手を組んで、少し退屈そうに見えた。
 ちなみに、はるはるっていうのは、春美さんのことだ。
 そういえば、リツもイルマのことをイルイルって呼んでいるよな。
 流行っているのか?
 まいまいとかぶりぶりとか…完全に別物といか、なんというか…
(何を言っているのですか…そんな訳ありません。まったく何度注意しても聞かないのですよ、リツにも困ったものですわ。先に行きましょう)
 そうだな。みらびちゃんの名前も出たことだし、ここでケーキの話もしておこう。
 この煌星さんもそうだが、春美さんとみらびちゃんたちは、ケーキを作る為に、前日から会場入りしていた。
春美さん、料理得意なんだ。
 私も蕎の打ち方を教えてもらったしな。
(霧島春美さんは得意ですわね。ええ、春美さんは)
 …いや、言いたいことは分かるがな。
 このケーキなんだが、最初春美さんとみらびちゃん二人が厨房で作っていたが、作る量が多いということで、結局は二人のパートナーが総出で手伝いに入った。
 あれ、本当に大きかったからな。
 何度が厨房に様子を見に行ったけど、中は戦場みたいだった。
 それぞれで分担して作ったケーキを合体させて、一つのケーキにしていたんだ。
(ケーキの話はその辺にして、また後にしませんか?)
 そうだな。じゃ、出席者の話をするか。
 出席者の多くは推理研の関係者が多かった。
 春美さん、みらびちゃん、みらびちゃんの契約者のセイさん、ペルディータさん、セサミさんも部員だ。
(セイ・グランドルさんは推理研初の男性部員の方ですわね。オープン・ザ・セサミさんは魔導書の方ですね)
 顔見知りがほとんどだったが、あまり面識のない人もいた。
 ピクシコラさんとニャンコさんも春美さんの契約者だけど、会うのは久しぶりだった。
 ディオネアはよく部室にも出入りしてるから、顔みるけどな。
(あら、そうでしたか?ディオネア・マスキプラさんもですけど、ピクシコラ・ドロセラさんと超娘子さんもお嬢様主催のヒーローショーに出演しておられましたわ)
 ヒーローショー?ああ、ヴァイシャリーの羽ばたき広場でやっていたやつか…それ、私は出てなかったしな…
 後、七尾さんの契約者、守護天使のラーラメイフィス・ミラーさんとは、会うのは初めてだったな。
(そうですわね。あの方自身も七尾蒼也さんも推理研の部員という訳でもありませんしね)
 考えてみれば、推理研の部員なのはペルディータさんだけで、七尾さんも部員じゃないんだよな。
 推理研が調査に乗り出すときは、いつもペルディータさんと一緒にいるような気がするがな。
(まぁ、それは、お嬢様や私が活動する時は舞さんや千歳も一緒にいるのと同じ理由ですわ。だって、私たちは運命共同体、パートナーですもの)
 そうかもしれないな。
 それとさっきから気になるんだが、なんで他人行儀に知り合いの名前をフルネームで言うんだ?
(リアクションで登場人物が登場する時は一度はフルネームでの表記をするのが、PBWの常識です)
 なんだと!?
 そういう大事な事は先に教えてくれないと、だなぁ。
(いまさな何を…私たちも登場する時は、最初は必ずフルネームじゃないですか…)
 むぅ、言われてみれば確かにそんな気がするな…
 えっと、一方で、部員じゃないけど、よく見る人もいるな。
 推理研の部員ウォーデン・オーディルーロキの契約者月詠司さんと、月詠さんの契約者であるシオン・エヴァンジェリウスさんは、推理研でイベントする時はいつもいるよな。
(イベント好きなんでしょう)
 確かに、シオンさんは、いつもビデオ回しているイメージがあるね。
 そういえば、シオンさんは吸血鬼なんだよな。
 月読さんは、やっぱり血を吸われてて、それでシオンさんには逆らえないとか、そういうことなんだろうな。
(そうでなくても、結局いいなりになっていそうな気はしますけどね)
 そうだ、ウォーデンで思い出したけど、月読さんの執事服はともかくとしても、あの子なんでメイド服で給仕していたんだ?
(シオンさんとジャンケンで勝負して、負けたとか何とか…)
 罰ゲームの類いか。
 言っては何だが、シオンさんと勝負した時点ですでに負けてる気がするな。
(逃げるのかみたいなことを言われてムキになって勝負を受けたみたいですわ)
 戦う前にすでに負けていたか…


 外部から初参加の人も何人かいたな。
 マイト・レストレイドさんもその一人だった。
 この人は推理研の活動先で知りあった人物で、いつもトレンチコートを着ているイメージがある。
(ハードボイルド系の刑事には必須アイテムですからね。もっとも、夏場であれは暑苦しいですわね)
 あれはいつも同じコートをきてるのかな?
 それとも同じコートを何着も持っているんだろうか…ずっと気になっていたんだが…
(同じのを持っているのでしょう。私も毎日メイド服を変えているのですよ。10着ほど持っていますわ、同じように見えるでしょうけど)
 そうだったのか…
 そうそう、レストレイドさんだが、皆はレストレイド警部と呼んでいることが多い。
 もちろん本当に警部と言う訳ではないが、イギリスのスコットランドヤードから来ている人で、向こうでは警察の手伝いもしていたらしい。
 いつものトレンチコートに身を包んだレストレイド警部が会場に到着したのは、開始時間の少し前ぐらいだった。
 誕生日の人のプレゼント用に人数分の花束を両手一杯に抱えてきたんだよな。
(誕生花を一人一人選んで持ってきておられましたわ。花言葉もちゃんと調べておられたようです)
 レストレイド警部を出迎えたのは、橘家から応援に来ていた執事の笹井さんだった。
 下の名前は…
(昇さんですわ)
 そうそう、笹井昇さんだ。
 橘の屋敷で何度か顔を見たことはあったけど、直接話したのは、今回が初めてだった。
 寡黙で生真面目な人だな。
 剣道も嗜んでいるらしく、動きはキビキビしてて隙が無い。
(雰囲気がちょっと千歳に似ていますね)
 そうか?
 今は、天御柱学園のパイロット科でイコンのパイロットをしているらしい。
 そういえば、笹井さんは、イルマのことをレストさんって呼ぶんだよな。
「レストさん、来客の応対は私がしますので、おまかせください」
 レストさんって誰だ?って一瞬思った。
(千歳、それはちょっとあんまりですわ。いっそ私も苗字を朝倉にしましょうか?リツみたいに)
 いや、すまなかった。
(笹井さんはよく動かれますし、頼りになる方ですわ。それに引き換え、デビットときたら…)
デビット・オブライエンか…笹井さんの契約者らしいけど、いったいどういう人物なんだ?
申し訳ないが、いきなり初対面の相手から千歳ちゃんとか言われるのは、正直なぁ。
 ブリジットのこと、ぶりっちとか呼んでたんだが、パウエル家の使用人なんだよな?
(甚だ不本意ですが、そうですわね。デビットの父親がパウエル家の家令を勤めておられて、信頼のおける方ですが、息子はご覧の有様ですわね。今度絞めておきます)
 余計なことを言ってしまったか。
 まぁ、身から出た錆だし、あまり心は痛まないな。
 鈴倉虚雲さんと茜星さんは、完全に推理研とは無関係な外部からの参加組だったな。
(そうですわね。ですけど、茜さんは、以前百合園女学院で猿が女子生徒の髪飾りを奪って逃げた時に、一緒に探してくださったそうですわ。鈴倉さんは、その契約者の方ですわね)
 鈴倉さんは、蒼学の同級性だよな…確か
(そうですわね。まぁ、蒼学は生徒数が多いですから、同級といっても、学校内でお目にかかったことは無いですね)
 その鈴倉さんは、パーティーの余興として、別の出席者とユニット組んでライブをやってくれた。
(メトロ・ファウジゼンさんですわね)
そのメトロさんは、パラミタ各地を舞台にしてレースをしているパラミタCSの主催者の人だな。
ツァンダGPが開催された時には、推理研からも出場していた。
(ええ、確か春美さんとお嬢さまがレーサーで、ペルディータさんが、ピットクルーでしたね)
 さて、出席者の説明はこれぐらいだな。
 前に言ったがパーティーの開始は5時半だった。
 ほとんどの参加者は時間までに会場入りしていたのだが、一人だけ時間になってもまだ来てない人がいたんだよな。
 メトロさんだ。
「ねぇねぇ、もう時間だけど、合図まだなの?」
 開始時間になるまで、誕生日組の人達は応接間の隣の部屋で待機していたんだが、待ちきれなくなったブリジットが扉から顔を出して、尋ねてきた。
「えっと、まだ、お一人見えてないので…」
 舞の説明にブリジットは奥に下がったけど、明らかに不満そうだったな。
 待たされるの嫌いなんだろうな。
(まぁ、堪え性が無いですからね。お嬢様は)
「今こっちに向かっているそうだ。すでに市内には入っているから、後は10分ぐらいで到着できそうだってさ」
 携帯でメトロさんと連絡を取っていた鈴倉さんが、舞に報告した。
「じゃ、待ちましょう」
 一言だったな。
(私なら先に始めていたでしょうね。時間は時間ですから…それにこれがレースだったら、スタート時間に来てなかったら、その時点で失格だと思いますわ)
 いや、まぁ、誕生会はレースじゃないしな。
 メトロさん、イルミンスールの人だし、地元じゃ無いから。
 そのメトロさんが、到着したのは、本当に10分後ぐらいだった。
「遅れたじぇ」
 ぜーぜーと肩で息をしたメトロさんは、執事服姿の月読さんが渡した水を一気飲みして、ぷふぁー、生き返るじぇい!とか言っていた。
「遅いよ、メトロン。皆、待ってくれてたのよ」
 春美さんが、メッと子供を叱るような仕草をすると、メトロさんは、反射的に頭を手で庇った。
「はるみん、悪かったじぇ」
 私はメトロさんとは面識なかったけど、春美さんとけペルディータさんとは、親しいみたいだったな。
(まぁ、同じイルミンスールの方ですしね)
「ほれ、これ」
 鈴倉さんが、メトロさんにクラッカーを手渡して、舞が隣室のドアを開けて、メトロさんの到着を告げた。
 いい忘れたが、この時には、皆手にはクラッカー、頭には、派手な色合いで星印の柄の入った三角錐の帽子、を被っていた。
 隣室から出てくる誕生日の人たちをクラッカーと拍手で出迎えようという趣向だな。
(千歳…分かることわかるんですが、葉書ファイターなら、もう少し雰囲気のある表現はできないですか?)
 黙れ
「そろそろ始めましょうか」
 パンと手を叩いて、にっこり微笑んだのは茜さんだった。
 ちなみに茜星と書いて、せんせい、と読むらしい。
 名前の通り、先生みたいな感じがする包容力のある大人の女性という感じの人だ。
 サル探しの時に、皆が茜さんを他校の先生だと勘違いしたというのも頷けるな。
(名は体を表すですわね)
 にっこりと笑みを浮かべて、舞がマイクのスイッチを入れ、10分遅れで誕生会が始まった。
 ドアの脇には、笹井さんが控えていて、舞が合図を送ると、ちょっとした芝居がった動作で扉を開けた。
 先鋒はブリジット、ついでリツ、春美さん、ペルディータさんとラーラメイフィスさんが二人並んで、その後には、セイさんと殿は月夜夢さんだ。
(千歳…その言い方では、まるで軍隊の行進みたいですわ)
「お誕生日、おめでとう!」
 クラッカーの弾ける音がパンパンって軽い音を立て、皆が拍手で出迎えた。
 皆の拍手に出迎えられて、誕生日組の面々は、用意されていた席に着席した。 
 そして、厨房から台車に乗せられた巨大ケーキが運ばれてきた。
 台車を押していたのは、笹井さんとデビットさんの二人だ。
 笹井さん、よく動くよな。ずっと動いてるような気がする。
(よく出来た方ですわ。それに比べてデビットときたら…)
 あ、そうそう、デビットさんと言えば、私の脇を通った時、片目を閉じて何かの合図を送ってきたが意味は分からなかった。
 そういえば、何の合図だったのか聞くのを忘れたな。
(どういうつもりだったのかは今度私が聞いておきますわ)
 まぁ、イルマに任せておいた方がよさそうだな。
「へぇ、これ、春美とうさぎちゃんたちが作ったやつ?中々やるじゃないの」
 青を基調にしたパーティードレスに身を包んでいたブリジットが椅子から身を乗り出すように歓声をあげる。
「えへへ。皆の為に頑張りましたよ」
 みらびちゃんが照れたような顔をしていた。
 まぁ、精一杯頑張っていたよな、みらびちゃん…
(ですが、努力だけでは如何ともしがたいものが世の中にはあるのですわ)
 …
「ボクも手伝ったよ!」
 椅子の上でぴょんって飛び跳ねていたのは、巨大角ウサギ、ディオネアだ。
「これは本当に美味しそうですね。私まで頂いて本当にいいんですかね」
「いいじゃないですか。誕生日なんですし…それにケーキも大きいですから」
 ラーラメイフィスさんとペルディータさんのやり取りが聞こえていた。
 二人とも誕生日が偶然同じ日だったらしい。
 そういう偶然というのもあるものなんだな。
(世の中には、適当、作為、という名の偶然もありますわよ)
 それは…すでに偶然じゃないだろ…
「ケーキ買ってくる必要なかったですかね、これは…」
(月詠さんは隅のテーブルに積まれたケーキ屋のロゴの入った紙袋に視線を向けながら、隣でビデオを回し始めたシオンさんに話しかけておられましたね)
 そうだったのか。私は気づかなかったけど…
(よかったですわ。ちゃんとしたケーキを買ってきてもらっていて)
 …
 イルマ、気持ちは分かるがな…
 ところで、ケーキといえば、セサミさんもケーキを持って来てくれていたんだよな。
 なんでも、イルミンスールの料理大会で優勝したケーキだったらしくて、凄く美味しかったな。
 もっとも、全員に配るには量が少なくて、食べれたのは、誕生日組の人達がだけだったのは残念だったな。
(ちょっと待ってください、千歳。誕生日組ではない千歳が、どうして、あのケーキの味を知っているのですか?)
 いや…一口だけ、リツが分けてくれたからな…イルマもブリジットから少し貰っていたろ?
(そんなこともありましたわね)
 巨大ケーキの登場の興奮が収まらぬ会場だったが、進行役の舞が持っていたマイクを落下させて、スピーカーから派手な音が響いた。
「わわわ、ごめんなさい。手がすべっちゃいました」
 舞…
(まぁ、舞さんですから)
「えっとですねぇ、ケーキも登場したところで、えっと…次はですね…」
 舞は見事にパニクって進行を忘れたみたいだった。
「歌ですわ、歌」
 そういえば、舞にフォローを入れたのイルマだったな。
 お前たち、結構仲良くなったんだな。
 この間空京デパートで浴衣を買った時も、舞の浴衣を選んだのイルマだったしな。
(何を言っているんですか。私も誕生会を任されていましたし、進行の舞さんの不手際は私の失態にも…浴衣は、千歳と舞さんは体形も容姿も似ていますから…ついでですわ)
 わかったわかった。そうだな。そういうことにしておこう。
(何ですか、その言い方は…不愉快ですわね)
「歌ですね。それでは、ここで茜星さんによるハッピーバーディ・ツゥーユーで、皆さん一緒に歌いましょう」
「おお、やっぱこれがないと誕生パーティーって気がしないよな」
 七尾さんが誰にともなしに言った台詞に地球人参加者の多くはうんうんと頷いていた。
 同意だな。確かに誕生日は、この歌は欠かせないな。
 舞からマイクを手渡された茜さんが、誕生日組の席の正面に移動して軽く会釈した。
 ピアノの前に陣取った仙姫に頷くて合図を送る。
 仙姫は、確か6世紀頃の朝鮮半島の出身だと聞いているけど、ピアノも弾けたんだな。
 軽やかなピアノの旋律に乗って、茜さんの歌声が会場に響き渡る。
「はつぴぃぶぁあぁすでえぃつうゆぅ~」
 仙姫のピアノ演奏が上手すぎたというのもあるかもしれない。
 だが、それを差し引いても、茜さんの歌声は、明らかに音程がおかしかった。
 私も自慢できるほど歌は上手くないが、これはちょっと…
「ちょー、音程ずれてるっすよ」
「黙れ、デビット、音痴とか失礼だろ」
 デビットさんと笹井さんのやり取りが聞こえてきた。
「オレは音痴とまでは言ってねぇぞ、昇。酷いヤツだな、お前。でも、こういう欠点がある美人もポイント高いな」
 なんのポイントだ…
(端的な事実ですわね。実際、音痴でしたから)
 イルマさん、自重してください。
 予想外の状況に戸惑いもあったが、もともとこの歌は参加者全員で合唱するのが普通だからな。
 他の参加者が歌うことで、茜さんの個性的な歌声はあまり聞こえなくなった。
 皆も、茜さんも機嫌よく、ハッピーバースディツゥーユーを歌いきることが出来たんだ。
 最初は、どうなるかとヒヤリとしたがな。
(実はあれ、私が茜さんのマイクのスイッチを切ったんですよ。ステレオ側の)
 そうだったのか…今明かされる衝撃の事実というやつだな。
 GJ、イルマ。

 その後、ローソクを皆で吹き消すという恒例の行事も行われ、ここで一旦ケーキは厨房に下がった。
 その後は、自由時間というか、ディナータイムに移行。
 お目当ての料理を皿にもったり、談笑したりし始めた。
「お誕生日おめでとう。リツの誕生日まで一緒にやってもらえて感謝している」
 私は、まずブリジットに挨拶しに行った。
 この誕生会の発案者だし、お祝いと感謝の言葉を最初に言いたかったからな。
「ありがとう、千歳。リッちゃんも他の皆も嬉しそうだし、やってよかったわ」
 ブリジットは、この時、大きな花束を手に持っていた。
「これね、警部に貰ったのよ。柄にもないことするわよね」
 私の視線に気づいてブリジットが、説明してくれた。
 ヒマワリみたいな花の咲いた花束は、レストレイド警部が用意した物だった。
(ハルシャギクですわね。花言葉は上機嫌・陽気・常に快活・清い心だそうですわ。堂々と咲き誇るハルシャギクの花は、活発なお嬢様にはぴったりの花ですわね)
 当の警部は、その頃、セイ・グランドルに、ハイビスカスの花束を手渡しているところだったが、渡されたセイは微妙な表情だったな。
「誕生日おめでとう、セイ」
「あ、ありがとうな、マイト」
 ちょっとあやしい空気だったな。BL臭はあまりしなかったけどな。
(BL?何ですか、それは?まぁ、男性が男性から誕生日に花をプレゼントされても、という気はしますわね。薔薇学の人たちなら違うでしょうけど)
「わわ、セイ君、ハイビスカスですよ。綺麗です」
 セイから花束を預かったみらびちゃんは、ずいぶん喜んでいた。
 この時、みらびちゃんは淡いピンクのディナードレス姿だった。
 髪型もばっちり決まって、かなり可愛い感じだったな。
(茜さんが着付けをされた様ですわね)
「ああ、綺麗だな」
 向き合ったセイさんの言葉に、みらびちゃんの顔が熟れたトマト見たいに真っ赤になった。
「そ、そんな…セイ君、あの…」
「綺麗だよな…ハイビスカス」
 痛いな…
(痛いですわね)
 私でも殴るかもしれないな、グーで…
(千歳、パーぐらいで)
「ダーリン、今日はありがとうなのです。リツのハートにホールインワンなのです」
 テケテケって音が聞こえて来そうな勢いでやってきたのはリツだった。
 意味はいまいちわからないが喜んでいるのはわかった。
 リツはリツで、クチナシの花束を手に持っていた。
(クチナシ…花言葉はお前は黙っていろですね)
 そんな訳ないだろう…
「私も警部さんに貰ったのです」
「ちゃんとお礼をいいましたか?」
 上機嫌のリツにイルマがチクリと言った。
「ぶぅ、言ったですよ。イルイルは意地悪なのですよ」
「ですから、イルイルと言わないようにと、何度言えば…」
 なぁ、お前たち、もう少し仲良くできないのか?
 というか、よく飽きないな。
(好きでやっている訳ではないですわ)
「ブリジットさん、誕生日おめでとうございます。推理研のおかげで、いつも楽しませてもらって感謝しています。推理研がなかったら、私、この世界からすぐに地球に帰っていたと思います。これからもよろしくです。本当にありがとうございます(はーと)」
「ずいぶん大げさね、春美…でも、まぁ、そう言ってくれると、作ったかいもあったわ」
 春美さんの言葉にブリジットは上機嫌だったな。
 推理研か…そういえば、私はなぜ、推理研に入ったんだ。
 推理とかからっきしなんだが…
(お嬢様が勝手に私と千歳の分の入部届を書いて、登録したんですよ)
 ああ、そうだった。
 知らないうちに、部員になっていたんだ…
 春の合同歓迎会で、巫女さん探偵とかやらされたな…
AD
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●あるうっかり者の記憶の断片


(なんですの、これ?)
 これは不幸な事故によって消滅して日の目を見ることがなたったシーンの再現だそうだ。


【皆でケーキつくり】

 誕生日に付き物の物といえば、なんだろう。
 プレゼントと、そして、やっぱりバースデーケーキだろう。
 厨房の中では、手作りケーキの作成が進められていた。
「どうだ、ちょっと手伝ってやろうか?」
 セイ・グランドルは、意外にも料理は上手だった。少なくとも宇佐木みらびよりはずっと。
 自分のケーキを作り終えていたセイは、ケーキのデコレートに悪戦苦闘しているみらびを見かねて声をかけたが、
「ぴょ!あ、ありがとう、セイ君。でも、うさぎは大丈夫ですよ」
「そうか…」
 どうにも大丈夫そうに見えないのだけどなぁ…
 しかし、頑張るといっているみらびの意気込みも尊重してやりたい。
「よし、ボクは終了、ちょっと外に出て新鮮な空気吸ってくるよ。ここにいるとボクまでケーキになった気分だよ」
 外したエプロンをテーブルの上に投げ捨てて、煌星が厨房の外にさっさと出て行く。
 確かに、厨房全体が砂糖とクリームの濃厚な匂いで満ちている。
「皆、後、一頑張りね」
 すでに自分の担当分のショートケーキを作り終えていた霧島春美はそう言って周囲を見渡した。
 長い間中腰で作業していたから、ちょっと腰が痛い。
 隣では、ディオネア・マスキプラが、何か緑色の草をケーキの中に入れていたし、さらにその横では、超娘子とピクシコラ・ドロセラも何かの缶詰やカプセルをケーキの中に仕込んでいる最中だった。
 春美と春美のパートナー、ディオネアとピクシコラ、ニャンコの4人のケーキの中には、何かしら仕込まれていた。
 春美にしてみれば、フォーチューンクッキーのケーキ版という趣向で、お楽しみ要素を付け足すつもりだった。
 少しでも誕生会を楽しいものにしたいという気持ちの表れだったのだが、現実はお楽しみというより、罰ゲームに近づいているような気がしないでもない。
 まぁ、それはそれで、楽しいことは楽しいだろう。
 きっと、おそらく、たぶん…

うん、結構楽しかったな。
(千歳はハズレじゃなかったからでしょう。私は酷い目にあいましたわ)


【君に花束を】

「あら、レストレイドさんではありませんか?」
 不意に声を掛けられて、マイト・レストレイドは声の主に振り返った。
 場所はヴァイシャリー市の商業区、広げたヴァイシャリーの地図を眺めていたところだった。
「ずいぶん難しい顔をされていましたが、どうかなさいましたの?」
 背の高い女性だった。
 1m70cm台の半ば、175cmぐらいあるはずだ。
 セミロングの栗色の髪、深く澄んだ青い瞳がこちらを見つめている。
 服装は、チェック柄のワンピース姿にサンダル履きで、右腕には買い物袋を下げている。
 地元住民だろうと推測するには十分だが、ヴァイシャリーの住民に知り合いといえば、ブリジット嬢ぐらいだが…
「ああ、君は確か…ブリジット嬢のメイドさんの…」
「イルマ・レストですわ」
「失礼、いつもと服装が違ったので」
「そうですね。お会いする時は、いつもメイド服ですから」
 いつもメイド服を着ているイメージがあったから、一瞬気づくのが遅れたのだ。
 まぁ、考えてみれば、普段からずっとメイド服で生活しているわけではない。
 イルマ・レストは、ブリジット嬢のメイドの一人、マイトの警察手帳という名の学生手帳には、そう記録されている。
 もっとも、二人の間からは主従以上の繋がりも感じてもいたが…
「誕生会のプレゼント用に花を買おうと考えて、近所の花屋の位置を地図で確認していところだ」
 隠す必要は無いので、マイトはイルマに説明した。
 マイトは、誕生会用のプレゼントに誕生花をプレゼントするつもりだったのだ。
「まぁ、誕生花のプレゼントですか。それは素敵ですわね」
 目を輝かせてイルマは嬉しそうに微笑む。
 やはり、女の子は花が好きだな。
 花にして正解だった。
「花言葉も調べていたんが、色々あるもんだな」
「花言葉ですか」
 警察手帳のページを指でなぞっていくマイトの脇から、イルマが覗き込むと、そこには、マダガスカルジャスミン、ハルシャギク、ハイビスカス、ルドベキア、アベリア、クチナチ等、各人に合う花と花言葉がびっしりと書き込んである。
 が、花の名前にざっと目を走らせたイルマは、少し眉をひそめた。
「マイトさん、申し上げ難いことですが、それらの地球の花は、普通のお店では手に入りませんわ」
「え?あっ」
 言われて、マイトは、手帳に書いた花の名前とイルマを交互に見ることになった。
 しまった!
 ヴァイシャリーの花屋には、ヴァイシャリー周辺で栽培できる花ぐらいしか置いてない。
 空京のデパートにでも行けば手に入るだろうが、時間的に今からだと厳しい。
「まいったなぁ。いい考えだと思っていたんだが…」
「いえ、ご心配には及びませんわ。地球産の花を扱うお店を知っております。普通、一見客とは取引をしない店ですが、ブリジットお嬢様の誕生日のプレゼントで、私から聞いた伝えれば、譲ってもらえるはずですわ」

(これは…つまり警部さんに花屋を教えたのは私だったのですか?)
 そういうことだろうな。


【そっくりさん】

「司って双子だったの?」
 ブリジット・パウエルは、月読司の背後から、不意に現れた司とそっくりの人物に驚いていた。
「そういう訳ではないんですが…」
「びっくりしました?ハッピーバースデー、お初にお目にかかります、月夜夢篝里ですわ」
 なんか背筋にゾクっとくる感じ女言葉だった。
 いわゆる一つのカマっぽいというか、オカマだろ、こいつ。
 司の背後から姿を表した篝里が、頬に手を当てて、目をパチクリさせて微笑んでくるが、正直、司の顔でやらえると…この際だ、はっきり言おう。
 キモい!と。
 どうやら、皆を驚かせるために、隠れていたらしいが、そんなことしなくても、存在するだけで、強烈なインパクトがある。
 司の説明によると、篝里は精霊なのだが、司の前世らしい…
 実際はどうかは分からないが、信じてしまえるぐらいにクリソツだ。
「初めまして、篝里さん、橘舞です。本当にそっくりですね。私も千歳とよく間違えられますけど、司さんと本当の御兄弟みたいですよ」
 舞が、篝里に挨拶すると、篝里は、両手を胸の前で合わせて、体をくねくねさせて喜んだ。
「こちらこそよろしくね、舞ちゃん」
 その隣にいた司は、篝里の動きをじっと観察していた。
 その目は、何だが、デパートで万引き防止に目を光らせる私服警備員のようだった。
 実際、万が一、篝里が羽目を外しすぎた場合は、何時でも取り押さえられるように身構えていたのだ。
「お願いですから、あまり他の人には迷惑かけなでくださいよ」
 眉根を寄せて、司が呟く。
 同じ顔で、トラブルを起こされては適いません。
「私からも、ハッピーバースデー、おめでとうございます、皆さん、今のうちに言っておきますね」
 ビデオカメラを準備しているシオン・エヴァンジェリウスを横目に、司もお祝いの言葉を口にする。
 何か既に諦めが入ってる気もするのは気のせいか?

月夜夢さんは…その…本当に月読さんと似ているよな
(外見に関して言えば、そうですわね)


【ドレスアップ】

「きゃー、もう皆可愛いすぎるわ~」
 茜星は、かなり舞い上がっていた。
 会場に早くから入ってた星は、女の子たちの化粧やドレスアップを手伝っていたのだ。
「うさぎは、変じゃないですか?」
 パーティードレスに編み上げられた髪、宇佐木みらびは、慣れない自分の姿に戸惑っていたが、星は、そんなみらびを安心させるようにハグをしてくる。
「大丈夫よ、みらびちゃん、とっても可愛いわよ」
「本当ですか?」
 みらびは、嬉しいような恥ずかしいような凄く微妙な表情だ。
「もちろんよ。女の子は、磨けば磨くほど綺麗になっていくんだから」
 ウインクしながら答えた星に、みらびは、はにかむようにぼそりと何かつぶやいた。
「セ…君は…くれるでしょうか?」
「うん?」
「おーい、そろそろ会場入りしろよな」
 セイ・グランドルがひょいと顔を覗かせてきたのは、この時のことだった。
「ぴょ!」
 突然みらびが奇声をあげて、星の後ろに隠れてしまう。
「あん?何やってんだ、みらび?何で隠れるんだよ」
 隠れたみらびの顔は、熟れたトマトみたいに耳の先まで真っ赤になっている。
「ブー、駄目ですよ、セイ君、化粧途中の女の子の部屋に入ってくるなんて、NGですよ」
 ちっちっと指を振る霧島春美に、セイは、戸惑ったように手を振った。
「い、いや。オレはそんなつもりじゃ…ただ、そろそろ時間だから…」
「セイくん、言い訳はよくないわ」
 ビシっと星に指差され、たじたじになったセイが後退していく。
「す、すいません」
「駄目です、セイ君は悪くなんですよ」
 
見ている方も恥ずかしいな、これは…
(続きが気になりますわ)


【アイドルRIN誕生秘話】

「ちょっと待ってくれ、メトロさんよ。何を用意してるんだ?」
 休憩室の中で、鈴倉虚雲は途方に暮れていた。
 いや、確かに、パーティーの余興に何かしようと、メトロ・ファウジセンに相談したのは自分だ。
「なら、ユニット組もうじぇ!」
 そういったメトロの提案に乗ったのも自分だ。
 いや、だが、しかし、ちょっと待って欲しい。
「俺は…女装してもいいとは言ってないよな?」
「そもそも話してないじぇ」
 サクッといい切るメトロ、二人の間に沈黙が流れた。
 ゴスロリ衣装をいそいそと用意しだすメトロのおちょぼ口を捻りたい衝動に駆られる。

 メトロンが現れた。
 メトロンは女装の用意をしている。

1攻撃する
2魔法を使う
3逃走する


3逃走する
虚雲は逃走を試みた…


しかし、メトロンに回り込まれてしまった。

「おい、先生方、頼むじぇ」
 メトロンは仲間を呼んだ。

 メトロの言葉に呼応するように部屋の扉がバタンと開いたかと思うと、どかどかと四人組の男たちがなだれ込んできた。
 月詠司、セイ・グランドル、ラーラメイフィス・ミラー、マイト・レストレイドの四人だった。
「何だ、お前らは!」
「まぁ、まぁ、少し落ち着こうや」
 宥めるような声とは裏腹に虚雲の脇に回ったマイトが得意の体術で虚雲の腕を絡め取り拘束してくる。
 それにさらにセイが加わる。
「悪く思うなよ」
「思うわ!って離せ!」
 セイに怒鳴りながら、腕を振り払おうとするが、相手は二人がかりだ。
 そうこうしているうちに、メトロからゴスロリスカートを受け取った司が、愉悦の笑みを刻んだ顔で、ゆっくりと迫ってくる。
「日頃やられる側ばっかりですけど、たまにはやる方もいいものですね」
 見た目、完全に悪の秘密組織の人である。
「諦めろ。これは、まぁ、推理研の儀式みたいなものなんですよ」
 マイトの目じりが潤んだように見えたが、何かよほどのことがあったのだろう、たぶん。
 だが、しかし…
「何の儀式だ、推理研と女装とどう関係あるんだ。ここは秘密結社か邪教の集団かよ」
「大丈夫ですよ。虚雲さん、素材いいですから、きっと似合うと思いますよ」
 と、爽やか系の天使の笑みで言うのは、カチューシャを手ににじりよってくるラーラメイフィス。
「激しく嬉しくねぇ!」
「お前ら、ちょー、勝手に着替えさすなー!」
 やめろ、ショ○カー!

何だ、このカオス…でも鈴倉さん、ステージでは結構ノリノリだったな。まさか舞台裏でこんなことが…
(確かに推理研に関わる男性は皆さん女装されてますしね。儀式かどうかはともかくとして…)


【ひょっとこ仮面&アイドルRIN オン ステージ】

 ピクシコラ・ドロセラのマジックショーが好評のうちに終わり、その興奮冷めやらぬうちに、ステージに上がったのは、鈴倉虚雲とメトロ・ファウジセンだった。
「次は、謎のアイドルRINとひょっとこ仮面によるライブショーです」
「行くぜ、RIN」
「おうですわ、ひょっとこ仮面」
 隣室から飛び出した二人の姿に、拍手と歓声があがる。
「皆さん、こんばんわ、皆のアイドルRINちゃんよ~」
「そして、皆さんのパーティーのお供におちょぼ口…ひょっとこ仮面だじぇ!」
 メトロは、顔にはひょっとの面を被り、虚雲は、なぜかドレス姿だった。
 出方が、お笑い芸人コンビぽいとか言ってはいけない。
 虚雲の女装とか、普通なら突っ込むところだが、推理研に関わる男性陣は女装することが多いので、皆特に不思議にも思わないのか、そこはスルーだ。
 それはそれでどうかとも思わないではないが、気にしない。
 エアギターのメトロ、ボーカルの虚雲、そして、舞台端で控えていたのは、ドラム担当の推理研の動く音響設備金仙姫である。
 当初の予定では、エアギターも、ドラム演奏もなかったのだが、歌だけでは寂しいので、急遽追加したのだ。
 大事なのはノリだ。
「いえーい、いくじぇ、皆!ギューィィィン!!」
 メトロはエアギターなので、弾いているフリをしながら、口で音を出していた。
「めとろん、頑張って!」
 春美とペルディータ、二人の声援がシンクロする。
 あ、あと、念のため言っておくが、ひょっとこ仮面である。
 アイドルRINとひょっとこ仮面だ。
 大事なことなので二度言いました。
「きょーん」
 席から立ち上がり、星も、虚雲に手を振る。
 あ、あと、念の為言っておくが(ry

 ドラムの演奏が始まり、全身でリズムを取るメト、もといひょっとこ仮面とRIN。
「ウィヴイン トレイニング フォオ デイズ ウィ レディー トゥ シング アス ビッグ パーティ ビギンズ ハピーバースデイ!(何日も練習したぜ。準備はバッチリ、でかいパーティが始まる。ハッピーバースディ!(訳:ブリジット・パウエル)」
「あーん、楽しそうね。私も飛び入りしちゃおうかな」
 軽快なビートにノリノリでライブを行う虚雲の姿に、星がうらやましそうに、恐ろしいことを呟いく。
 頼む、それだけはやめてくれ。

メトロさんもノリノリだったけど、女装の虚雲さんもノリノリだったな。
(飛び入りされなくて本当によかったですわ)


【ポケットの中身】

「よう、よかったな、相棒」
 ポンと肩を叩かれて、笹井昇は、契約者であるデビット・オブライエンを仰ぎ見た。
 デビットと昇は身長差が、30cm以上あるから、どうしても間近だと仰ぎ見る形になってしまうのだ。
 デビットは気のいい男だったが、女癖の悪さを除けばだが、間近で話されるのは、以上の理由から、昇は楽しい体験ではなかった。
「何がだ」
「またまたぁ、昇ちゃん。隠してもダーメダーメよ」
 急に背後から覆いかぶさるように抱きついてきたデビットを、昇をは肘で払いのける。
「ええい、やめろ、暑苦しい」
 男に抱きつかれるのは、過去の嫌な経験を思い出してしまうので、勘弁して欲しい。
 こっちにそんな趣味はないのに、何度か同性に言い寄られたことがあるのだ。
 無論、デビットにそっちの気はない。
 野郎と賞味期限の切れたオバちゃん、どちらか一人抱けと言われたら、迷うことなく、オバちゃんと答えたいっすよ。
 デビットとはそういう男だった。
 意外な程、あっさりとデビットは離れると、くるりと背を向ける。
 いったい何なんだ、こいつは…
「なになに、ラズィーヤ・ヴァイシャリー様ファンクラブ?会報特別記念号って…イルマのヤツ、ネーミングセンスねぇなぁ…」
 ケラケラ笑いながら、デビットは見覚えのある冊子をかざして眺めている。
「何!?」
 慌てて、スーツの内ポケットを確認すると、入れていたはずの小冊子が消えていた。
 プレゼント交換で、手に入れた、ファンクラブの会報…
「おま、デビット、何をするんだ、返せ」
 
(久しぶりに本気で他人に殺意を覚えてしまいましたわ)
 まぁ、ほどほどにな。



【お酒は20になってから】

「まったく、とんでない目にあったわい」
 賑やかな喧騒から離れて、隣室のソファにどかっと腰掛けたウォーデン・オーディルーロキは、片手に持ったワインボトルから、ワインをグラスに注いでいた。
 もう一つの人格ロキが、シオンの挑発に乗って勝負などするから、メイド姿で給仕する歯目になってしまったのだ。
 目蓋を閉じると、アフロヘアに付け髭メガネ姿になった司の情けない表情と、その隣でニヤニヤ笑いながらビデオを回すシオンが浮かぶ。
「付き合っておれんわ…」
 ロキの方が妙に静かだが、疲れて寝てしまったのだろう。
 ウォーデンからすれば、ゆっくりできるので助かるが。
「あら…困りますわね。まだ、仕事は残っていますわ」
 メイド姿のイルマ・レストがやってきたのはこの時のこと…
「それにアルコール類は禁止となっていたと思いますが?」
 目を細めて、イルマはウォーデンの傾けるグラスを見ている。
「はて?そうだったかのぉ…」
 すっとぼけた。
 誕生会の出席者には未成年者が多いから、そもそもアルコール類は用意されていない。
 ワインはウォーデンがこっそり持ち込んでいたものだった。
「まぁ、そう硬い事をいうでない。どうじゃ、一杯」
 ワインボトルを掲げて、ウォーデンが小首を傾げる。
 見た目は10歳の女の子がソファにどかった腰を降ろして、酒を勧める姿は、かなりシュールな光景だ。
「日本の法律ではお酒は20歳になってからと聞いておりますわ」
「ここは日本ではないじゃろ。それに、なぜ、手に空のグラスをもっておるのだ?」
 ウォーデンの視線は、イルマの右手の中のグラスに注がれていた。
「あら?」

 この後どうなったんだ?
(もちろん没収しましたわ。決まっているじゃないですか)


【守護天使のプレゼント】 

 ラーラメィフィス・ミラーは守護天使である。
「今後の皆さんの幸せをお祈りいたします。ほんの気持ちですが・・・」
 ラーラメイフィスは、バラの花を一本ずつ、参加者に配って回っていた。
 棘が刺さらないように、棘を取る気配りも忘れてはいない。
「ありがとうございます。綺麗なバラですねぇ」
 差し出されたバラを受けとった橘舞は嬉しそう微笑んだ。
 少し離れた場所でその様子を見ていた、ペルディータ・マイナは、守護天使のラーラメイフィスが花を贈っている姿は様になっている、と思った。
 その視線に気づいたわけではないだろうが、振り返ったラーラメイフィスがにこやかにほほ見えながら、こちらに歩いてくる。
「はい、どうぞ」
 差し出された一輪のバラを受け取りながら、少しを小首を傾げて問いかける。
「私も貰えるんですか?」
「もちろん、祝われる側じゃないですか。それに守護天使の愛は皆に公平なのですよ」
 冗談なんだが本気なんだか…
「ありがとうございます。あ、そうだ、手を出してください。バラのお返しです」
 ラーラメイフィスの出した手の上にペルディータは、キャラメルを一つぽんと置いてみせる。
「これは…ああ、古王国の生キャラメルじゃないですか」
「プレゼント用に用意した分に余りがあったので」

格好いい人から、バラとか渡されるとちょっと照れるよな
(棘を抜いておくとか気配りが出来るところは、さすがですわね)


【お揃いのロケット】

 橘舞は、ブリジットに近づくと、にっこりと微笑んだ。
「誕生日おめでとう」
「ありがと、ま、本当の誕生日はもうちょうと先だけどね」
 ブリジットの誕生日は26日だ。
 しかし、26日はお屋敷でパウエル家主催のヴァイシャリーの名士を招いた盛大な誕生会が予定されていて、今回のプレイべートな合同誕生会は10日近く早く15日に行われていた。
 まぁ、当日のパーティーには、ブリジットの契約者でもあり橘家の令嬢でもある舞も当然招かれているのだが…
 こんなアットホームな雰囲気には程遠い物になるのは、想像にかたくない。
「これ、本当はブリジットと出合った一年目の記念に渡そうかな、とも思っていたんだけど…」
 そっと、手渡しのは、可愛らしいリボンで結ばれてラッピングされたプレゼントだった。
「ありがと、開けてもいい?」
「うん」
 実際には、ブリジットは、舞がうんというよりも早く開け始めていたのだが、いそいそと期待に満ちた表情でラッピングを解いて、小さな小箱を取り出す。
 その様子を舞も両手を胸の前に合わせてて、期待するように見守っている。
 小さな小箱の中に入っていたのは、とても小さな愛らしい銀のロケットだった。
 もちろん、空を飛ぶほうじゃない。装飾品の方のだ。
 繊細な銀のチェーンに、品のいい細やかな装飾の施されている。
 ロケットの蓋を開けて、しばらくブリジットはじっとそれを見つめていた。
 表情がなかなか動かない。
 期待していた反応が無くて、舞は、ちょっと不安そうになった。
 もしかして、気に入らなかったのかな?
 けど、それは杞憂だったようだ。
 次の瞬間、降り注ぐ太陽のような笑みを浮かべて、ブリジットが微笑んだから…
「ありがと、舞。宝物にするね!」
「よかったわ。私も同じのを持っているの。お揃いなの」

(舞さんらしいですわね)
 そう…だな。


【イルミンミルクケーキ】

「うん?ちょ、このケーキ美味しいわ」
 諸般の事情があって、若干警戒しながらケーキを口に運んだ、ブリジットが、目を大きく見開いた。
 当たり外れ、どちからというとハズレが多かったケーキ選び、その後の口直しに司の用意した市販のケーキを食べた後だったが…
「美味しいでしょ、それ。イルミンの調理実習で優勝したメニューらしいわ」
 得意げに表情で説明するのは、ケーキを持ってきたオープン・ザ・セサミだ。
 『イルミンミルクケーキ』は、良質のバタークリームをたっぷり使ったミルクケーキで、イルミンスール魔法学校の調理実習で、セサミのパートナーが考案したものらしい。
 優勝したというだけあって、味は素晴らしかった。
 自然の素材を生かして甘さも控えめに作られたイルミンミルクケーキは、市販の濃厚な味わいのケーキを食べた後の舌には、ちょうどよかった。
「うーん、幸せー、上に乗ってる木の葉の象ったデコレートやドライフルーツは、イルミンスールの森をイメージしているのね」
 フォークでケーキを口に運んでいた月夜夢篝里も頬を緩ませる。
 イルミンミルクケーキはセサミのパートナーの手作りの為(注:セサミのパートナー仲間が主に製作に関わっているものと推測される)、量が少ない。
 そもそも、誕生日のプレゼントとして持ってきたものなので、誕生日の人の分しかないのだ。
 だが、しかし、他人の畑は青く見えるというが、他人が美味しそうに食べているケーキも、美味しそうに見えるものだ。
 実際、千歳や舞は、ブリジットやリッチェンスから少し分けてもらっている。
「篝里~、ボクにも一口」
「はい、ロキちゃん、あーん」
 ウォーデン・オーディルーロキが、手を伸ばすと、篝里は、フォークに刺さった一口サイズのケーキをウォーデンに口に近づけて…
 ウォーデンが、口を開けて、まさにパクリといこうした瞬間…
お約束のように、すぅーっと手を引っ込めた。
 ウォーデンの歯が、寸前までケーキのあった空間を虚しく噛み、ガチンと音を立てる。
「ひっどーい!」
 抗議するウォーデン、作戦成功に大笑いする篝里。
「うふふふ。あまーい、このケーキのようにあまーいわ」
「本当ね。でも、このケーキ、そんなに甘くないじゃない。甘さ控え目お替り行けそうね」
 手についたクリームを舌でぺろっと舐めとり、シオン・エヴァンジェリスが、嫣然と笑む。
「ありがと、篝里、美味しかったわ」
 その時になって、篝里は、フォークに刺さっていたはずの一口サイズのケーキが消えていることに気づいて、あーんっと呻った。
 ウォーデンの悔しそうな顔を眺めるのに夢中で、シオンの動きに注意を払っていなかった。
 地団駄を踏むウォーデンと落胆する篝里、悪びれた風もなく笑っているシオン…
 いつものことですけど…
「あなたたち…いったい何をやってるんですか」
 司の問い掛けに、もちろん、答える者はいなかった。

イルミンミルクケーキは…確かに美味しかった、うん。量が少なくて、皆に行き渡らなかったのは残念だったな。
(千歳は食べてるじゃないですか、ずるいですわ、千歳) 
  

【笹に願いを】

「笹に願いって…それって七夕じゃないの?」
 笹飾に願いを書いて欲しいといわれて、みらびから短冊を渡されたブリジットは、ちょっと疑問に思いながら、受け取ったペンと短冊を眺めた。
「パウエル代表、書いたら笹に飾ってくださいね」
 そういって、みらびは、他の参加者に白紙の短冊を配りに行った。
 他の人はどんなの書いているのかな?
 笹に飾られた短冊を見てみると、
『思いが届きますように 宇佐木みらび』
『自分の店をはやく持てるように セイ・グランドル』
『でっかい研究室が欲しい☆ 宇佐木煌著 煌星の書』
『これからも、推理研究会のみんなで調査に行けますように☆ 霧島春美』
『みんなでファンタスティックな日々をおくれますように☆ ピクシコラ・ドロセラ』
『いつまでも、みんな一緒にいたいな☆ ディオネア・マスキプラ』
『皆、仲良く暮らせますように 橘舞』
『ダーリンと一緒に幸せになりたいのです リツ』
『いいカヤグムが欲しいのぉ 金仙姫』
『世界が平和でありますように 朝倉千歳』
 うーむ。
「イルマは何書くの?」
 ブリジットは、後ろから近寄ってきた気配に振り返ることもなく話しかける。
「そうですわね、お嬢様がもう少しお淑やかになられますように、とでもしましょうか」
 ちょっとした冗談、いや、本心もあったが…
「…よし、決めた」
 屈みこんで短冊を覗き込んでいたブリジットは、口元に悪戯っぽい笑みを浮かべると、短冊にさらさらと何事か願いを書き込み、笹に吊るそうとする。
 短冊に書かれていたのは、
『早くイルマに素敵な彼氏が出来ますように ブリジット・パウエル』
「な、何を書いているんですか!」
 慌てて短冊を奪い取ろうとするイルマから、ひらりと身を捻って逃れると、ブリジットはスキップを踏みながら逃げていく。
 ブリジットの願いが書かれた短冊がその指先から、ゆらゆらと揺れて見える。
「こら!待ちなさい!」

えーっと、ふっ…まぁ、微笑ましいよな。
(何を笑っているのですか…まったく、お嬢様といい、デビットといい、一体何なのですか…)


【看板】

 コンコンコン、コンコンコン
 ノックにしては、派手な音が玄関のドアに揺する。
「よし、こんなもんでどうだ」
 セイ・グランドルは、ハンマーを持った手を腰の横につけて、少し離れた位置からそれを確認した。
 木製の看板だった。
 木彫りの看板には、味わいのある字で「百合園女学院推理研究会」と掘られている。
「いいんじゃない」
 と、応えたのはブリジットだ。
「でも、勝手にドアに取り付けてよかったの?」
 隣にいた舞は少し心配そうだが、
「当面、部室として使用する予定のようですし、問題ないでしょう。ドアぐらいはいざとなれば取替えられますから」
 イルマが、問題ないというと、安心したようにほっと胸を撫で下ろす。
 看板は、セイ・グランドルが作成したもので、パーティーに使った建物を推理研の部室に利用するという話を聞き、プレゼントの一つとして用意したものだった。
「ふむ、木彫りとはなかなか赴きがあっていいな」
「それ、ボクが掘ったんだよ」
 千歳の感想にディオネア・マスキプラが、歯で何かを齧る仕草をしながら説明した。
 どうやら、掘られた文字は、ディオネアが齧ったもの、という意味のようだが…
「ほ、ほぉ、器用なもんだな」
 看板を別の角度から眺めていたマイト・レストレイドは、関心半分呆れ半分という表情だ。
「縁の装飾とかな。真ん中付近は、歯が届かないから…道具で掘った」
 セイの補足説明に、皆は一緒互いに顔を見合わせて、苦笑した。
 そりゃ、そうだ。
 
 看板のプレゼントとは、考えたものだな。しかし、あの家、本当に部室になるのか?
(ええ、そうみたいですよ。百合園内の部室だと、男性は入るたびに女装しないといけないですから、好きな方もいるようですけど、女装)

そうか、私たちが知らないところでも色々あったんだな。
(それはそうでしょうけど、千歳…ちょっと気づいたのですが…)
 うむ、何だ?
(これを一本に継いで行けば、普通のリアクションになったのでは、と…)
 …
 な、何だって!?


マスタコメントっぽい何か

 まず初めに、公開が、とんでもなく遅れてしまって申し訳ありませでした。
 前半というか、ちーにゃんこ&マルイは、遊びすぎでした。
 あれやってなかったら、もっと早く完成したと思います。普通のリアクション形式でやるべきでした。
 後、今回、ケーキとプレゼントに関して、誰の物が誰に当たるかは、ランダムで決めたのですが、面白い組み合せになったようにも思いますw
 これから、夏祭りの後半に入るので、後半は早めに公開できるように頑張ります。


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テーマ:
● 夏祭りビデオ鑑賞


 皆さん、こんにちわ。イルマ・レストです。
 まだまだ残暑が厳しい中ですが、今日は8月末の夏祭りの映像を皆さんと一緒に観賞しています。
 ブリジットお嬢様の企画した一泊二日の夏祭り堪能弾丸ツアーの映像がまとまったのです。
 映像にはありませんが、東京から新幹線で京都駅に到着した私達は駅の改札口で待っていた千歳達と合流した後、宿泊予定の民宿差し回しの小型バス二台に分乗して、京都郊外の宿に到着いたしました。
 民宿を貸切にして、という事前の説明だったのですが、民宿というよりは、重厚な造りが歴史を感じさせる老舗の旅館ですわね。
 舞さんは庶民的な夏祭りを体験したかったようですけど、橘家の令嬢を安宿に泊める訳にはいかないという配慮が働いたのでしょう。
 このあたりは仕方ないでしょうね。
「おう、来たか」
 出迎えた女将に続いて旅館の中に入ると、ソファでくつろいでいた男性が立ち上がって手をふってこられましたわ。
 マイト・レストレイドさんのパートナー、近藤勇さんですね。
 その後、私達は夏祭用の地球の民族衣装、浴衣に着替えて大広間に集合しました。
 女性陣は全員浴衣、男性陣は、執事服の笹井昇さんと白い天御柱学園の制服を着た風音・アンディーオさん以外は、浴衣姿ですわ。
 女性の浴衣は色も柄も様々で見ても楽しめますわね。
 私と千歳、お嬢様たちの浴衣は空京デパートで購入したもので、今回のお嬢様の思いつきもこの浴衣がなければ、なかったかもしれないですわね。
 お嬢様の浴衣は、群青色に赤い朝顔、そして黄色い帯。
 青い色は、お嬢様のお気に入りですわ。
 あ、ちなみに、千歳と私の浴衣は色違いなのですよ。
 白地に赤い梅模様の浴衣に紫の帯が千歳、私のは黒字ですわ。
「春美さんの浴衣、素敵ですね」
 舞さんが、春美さんの浴衣を褒めています。
 朝顔模様の水色の浴衣に萌黄色の帯もよく映えていますわ。
「舞さんの浴衣も綺麗ですよ。八重桜ですね」
「ありがとうございます」
 それは、当然ですわ。
 舞さんの浴衣は、白地に薄紫の八重桜、薄桃色の帯。
 それも私がコーディネートしたのですから。
「ねぇねぇ、ボクのも見て」
「ディオも浴衣買ってもらったのね」
 お嬢様がディオネアの前に腰をかがめて話しかけています。
 ディオネア・マスキプラの浴衣は、ニンジン柄の黄色い浴衣に、ピンクの帯が…ニンジン柄…
 まぁ…リツのカエル柄といい勝負ですわ…
 といっても、リツは、カエル柄の浴衣は着てこずに、同時に買った花火模様の水色の浴衣に黄色の帯という無難な方を着ての参加です。
 ですけど、ウサギが着れる浴衣が売っていたとは驚きですわね。
 よく見ると、超娘子は、魚模様のオレンジの浴衣に黒の帯、ピクシコラ・ドロセラは、うさぎ模様の黒の浴衣に赤色の帯という組み合わせ。
 さすがに、カエル柄は私や千歳の良識まで疑われかねませんから、リツには無難な方を着させたのですが…
 杞憂だったかもしれませんわ。
「うむ、浴衣もよいものじゃな」
 桔梗の柄が入った薄黄の浴衣に、黄緑の帯という組み合わせは金仙姫ですね。
「あんたは、普段とそんな変わってないじゃない?」
「たわけ、チマとチョゴリと浴衣は全然違うわ。ブリの目はビー玉でも入っておるのか?」
 言わないでいいことを言うのは、お嬢様の悪い癖ですわ。
 そんな様子を止めもせずにこやかに見守っている舞さんも大したものです。
「ブラボー、いいねぇ。浴衣最高だな」
 この声は…
 デビットがにやけた顔をさらに緩ませて、パチパチと拍手していました。
「皆、めっさ可愛いっすよ」
「失礼だぞ。デビット」
「何言ってるんだよ。着飾っている女性を褒めない方がよっぽど失礼だろ、なぁ」
 窘めようとした笹井さんに、デビットが逆に言い返していますわ。
「あんたがいうと下心が透けて見えてるのよね」
「世の中には何を言ったかより誰が言ったが重要な時もありますからね」
 お嬢様の言葉に、私も一言つけたしさせてもらいましたわ。
 本当にデビットときたら…
「で、現地での行動だけど、団体でぞろぞろ移動するのもあれだし、基本個人で自由行動ってことで」
 お嬢様の提案に反対意見は特にありませんでした。
 総勢二十人近いですから、アヒルの親子みたいに後をぞろぞろというのは、私も嫌ですしね。


●夏祭り! 昼の部

 夏祭の会場へと向かう道すがら…
「えっと、のど自慢大会は昼の部なのね。仙姫以外で出る人は?」
 ブリジット・パウエルが、旅館で貰ったパンフレットを覗き込みながら問いかける。
「私は出るつもりですよ」
 ブリジットの少し前を七尾蒼也と一緒に歩いていたペルディータ・マイナが振返った。
「ボクたちも出る予定だよ」
 と、これは、ディオネア・マスキプラだ。
 その隣では、超娘子が大きくうなづいている。
「ん?ちょっと待て。言っておくがわらわはのど自慢大会に出る予定はないぞ」
 浴衣の襟元を正していた仙姫が、ブリジットに視線を向けると怪訝そうに言った。
「珍しいわね。わらわの雅で優雅な歌声をきかせてやるとするかの、とか言うと思っていたけど」
「たわけ。わらわが出てしまったら勝つに決まっておるわ。そんな大人げないことはせぬ」
 ふん、と鼻を鳴らして、仙姫はブリジットの疑問と言うか挑発をかわす。
 随分な自信だが、確かにそれぐらいの実力は持っている人物ではある。
「夜の部の盆踊りは参加するつもりじゃ」
「盆踊りも楽しそうですよね。後、花火も綺麗でしょうね」
 パンフレットから顔をあげた舞が、和み系の笑みを浮かべる。
「ヴァイシャリーの花火大会を思い出しますわね。ところで、私、盆踊りはしたことがありませんわ。見た事はあるのですが」
 ブリジットと仙姫、二人の間を歩いていた舞にイルマ・レストが反応する。
「リツも初めてなのです。ダーリンに教えてもらうのです」
 リツ、つま朝倉りリッチェンスは、朝倉千歳のすぐ脇を密着するかしないか微妙な距離を置いて歩いていた。
 千歳の浴衣が崩れるからと腕組みをイルマから禁止されていたからだ。
「いや、教えるほどの事でもないぞ」
 リツの顔を見ながら千歳は少し困ったように苦笑した。
「のど自慢は風も出るよ~」
 可愛らしいカラフルなオレンジ色の浴衣を着た鈴倉風華が、走り込んで来たのはこの時のこと。
「風、待って」
 その後を風音・アンディーオ追いかけて来る。
 大多数が浴衣を着ている中、白い天御柱学園の制服が際立っている。
「風華ちゃん、そんな早く走るとドロが跳ねて、せっかくの浴衣が汚れるっすよ」
「え~、やだぁー、おニューなのにぃ」
 デビットの注意に風華は、慌てて浴衣の裾を確認しようとしたが、浴衣の後ろはなかなか見れない。
「風音ちゃん、汚れてない?」
「ちょっと待って」
 アンディーオは、ためらうこともなく、その場に片膝をついて風華の浴衣の裾を確認する。
 その姿は、貴婦人に傅く貴公子のようでもあって、不思議な色気のようなものすら感じられる。
 まぁ、貴婦人というには、風華はまだ幼い感じだが…
「大丈夫、汚れてないよ」
「ありがと、風音ちゃん」
「ところで、デビット、あんた、まさかと思うけど、あんな小さな子に手出したら…」
 一瞬、風華とアンディーオに目を奪われていたブリジットが、我に返ってデビットに釘を指すと、
「ちょ、ぶりっちまで曻みたいなこと言わないで欲しいっすよ。しないっすよ、そんなこと」
 デビットが肩をすくめてみせる。
 が、そのオーバーアクションが、むしろ不安感を煽る。 
「どうだか…」
 じと目のイルマも容赦ない。
「お前なぁ…」

「マイト、さっきからどうした?」
 近藤勇が、やたらと浴衣をいじっているマイト・レストレイドを気にして声をかけた。
「いや、どこか変なところはないかと思って」
 金髪碧眼、マイトはイギリス人である。
 パートナーが日本人の近藤だし、マイト自身も日本通、パラミタには日本人も多いから和服は見慣れているが、自分で着ることは滅多にない。
「足元がスースーするしなぁ。涼しくていいが…」
「うむ、そこでくるっと回ってみろ」
 近藤に言われて、マイトはその場で両手をあげ、くるっと一回転する。
「どうだろう?」
「うーむ、いや、別に変なところはないな」
 この時、携帯の着信があって、マイトは懐に入れていた携帯を取り出した。
 携帯の画面を一瞥すると、犬型機晶姫ロウ・ブラックハウンドが、
「ばう!」
 と一声鳴いた。
「気にしすぎだ。落ち着け、みっともないぞ、か…」
 マイトは携帯画面とロウの顔を交互に見て、苦笑していた。
「ばうばう!」
 ロウは発声機能に問題があって人語は話せないが、携帯や端末を使って会話をすることは問題なくできるようだった。

 祭りの会場となった神社とその神社への参道沿いは、見物客で賑わっていた。
 参道の両脇には出店が立ち並び、スピーカーからは郷愁を誘う祭囃子が流れる。
 お決まりの祭と描かれた提灯は、まだ昼なので点灯していないが、夜には、さらに幻想的な夏祭りの雰囲気をかもし出すだろう。
 現地に到着した一行は、旅館でブリジットが言ったとおり、その場で、一旦解散した。
 分散しても携帯で連絡も取れるし、GPS内蔵だから、お互いの位置もすぐに分かる。
 便利な時代である。
 霧島春美は、のど自慢大会の前に、出店を回っていた。
 手には買ったばかりのりんご飴を持っている。
「夏祭りというと、やっぱりこれですよね」
 夏祭りの定番は、林檎飴、綿菓子、たこ焼き、焼き蕎麦など色々あるが、春美のこれは、りんご飴らしい。
 一緒に参加している他のパートナーたちは、のど自慢大会にエントリーする為に今は別行動中だったが、実は、彼女たちは、春美のすぐ側にいた。
「は、はる…」
 ニコニコ顔で歩いていく春美の後ろ姿に、ふわふわの体毛に覆われた前足をディオネア・マスキプラは虚しく伸ばしたが、その声も手を、歩き去っていく春美には届かない。
「喋るウサちゃんだぁ!」
「浴衣もかわいい!」
 ディオネアは名も知らない近所のちびっ子たちから、もみくしゃにされていたのだ。
 パラミタなら獣人も珍しくないが、ここは地球だ。
 しかもウサちゃんは子供から大人にも大人気のアニマルである。
 調子に乗った若いママが我が子をディオネアの上にのせ、旦那がビデオカメラを向ける。
 図らずも家族の思い出の1シーンに記録されることになったディオネアだが、その顔は少し引きつっていた。
「すいません、もう一枚お願いします」
 その近くでは、超娘子が、心が子供な大人たちの写真撮影に応じていた。
「こうかにゃ」
 特撮ヒーローっぽい決めポーズを決める娘子。
 パラミタでも、デパートなどでショーをやっているニャンコは慣れたものである。
「ここは私も手品をすべきか。二人だけに任せるのは危険だ」
 二人の様子を眺めていたピクシコラ・ドロセラが、浴衣の袖からトランプを取り出す。
 二人が心配で、自分がしっかりしないといけないという考えは間違っていないが、力の向かった方向が微妙だ。
 どうやら、この三人が春美と合流するのは、もう少し時間がかかりそうだった。
   
 足取り軽く出店に向かう春美にはお目当ての店があった。
「あ、やぶれちゃいました」
「お嬢ちゃん、残念だったな。ほれ、これはサービスしとくよ」
「いいですねぇ。リツもやってみたいのです」
 金魚すくいの出店の前には見知った先客がいた。
「舞さんたちも金魚すくいですか?」
「あ、春美さん」
 サービスの金魚の入った小さな袋を店のおじちゃんが受け取っていた舞が振り返って微笑んでくる。
 他にブリジットと千歳とイルマ、リツも一緒だった。
 どうやらこの5人は一緒に行動しているようだ。
「こういうのはだな…」
 腕組みして様子をみていた千歳が口を開く。
「水の流れ、金魚の動きを読むんだ。その動きに逆らわず、呼吸を合わせることが大事だ」
「むぅー、ダーリン…金魚すくい難しそうなのですよ」
 舞の隣で千歳を見上げていたリツの表情が暗くなった。
 千歳の説明は発想が達人すぎて常人にはちょっと難しかった。
「コツがあるんですよ。次、私がやってみますね」
 おじちゃんから網を受け取り、浴衣の裾を少し気にしながらしゃがみ込む。
 実際、金魚すくいは全国大会があるほどの競技性がある。
 簡単に見えて、奥が深いのだ。
 網は紙で出来ているから、耐久性は低い。
 この網を破らずに金魚をボールに移すには、スピードだけではなく、タイミングも重要なのだ。
 千歳の言っていることは正しい。
 ただ、言い方が難しい。
 実践した方が早い。
 春美は水面に呼吸の為にあがってきた赤い金魚、赤いからって3倍のスピードで動いたりしないのだ、に狙いをつけると、斜め上方から網を滑り込ませた。
「はい!」
 網の上で跳ねようとする金魚がローリングしながら、ボールの中に落ちる。
「わぁ、凄い。さすが春美さんですね」
「ほぉ、嬢ちゃん、結構うまいじゃねぇか」
 舞とおじちゃんから同時に声がかかる。
「えへへ、でも、まだまだこれからですよ」
 下がってきた浴衣の袖をたくしあげ、春美は次の金魚に狙いを定めた。
 
「うーむ、やはり舞様のお供をした方がよかったのでは…」
 少し離れた場所から、金魚すくいの出店を伺う者がいた。
 橘家執事笹井昇である。
「お前、舞ちゃんにあっちに行けって言われたろ?」
 と、呆れ顔でデビットが言うと、
「あっちに行けとは言われてないぞ。笹井さんも楽しんできてください、とは言われたが」
 昇は、人混みの中で舞に何かあってはいけないと警護を願い出たが、やんわりと舞に断られてしまった。
「お前さ、そんなだから空気読まないって言われるんだよ。舞ちゃんは、気のあう友達と夏祭りをエンジョイしたいんだよ。いかにもお供の者です然のお前が側をうろちょろしてたらウザイだろうが」
 ったく、お前のせいでオレまでとばっちりだよ、とぶつぶつ呟くデビット。
「お供…しかし、イルマさんが…」
「アホか、お前は。あいつは千歳ちゃんのパートナーだし、舞ちゃんのお友達にカウントされてんだろ。それにあいつがメイド服着てるか?浴衣着てんだろ。だいたい、何でお前はクソ暑苦しい執事服なんかで来てんだよ」
 もうボロクソである。
「じゃ、オレは行くわ」
 付き合ってられんとばかり、デビットは踵を返して、歩き出す。
「どこにだ?」
「決まってんだろ、祭り見物(注:ナンパの意である)だよ。お前はさっさと浴衣に着替え来い。お前の浴衣もオレが用意しといたからよ」
 手をぱたぱた振ってデビットは人混みの中に消えていく。
 どうしたものか。
 金魚すくいの出店の前では、春美のアドバイスを受けながらリッチェンスが金魚すくいに挑戦しているところだった。
 イルマが何か千歳に話しかけていて、ブリジットが派手なオーバーアクションをして舞が楽しそうに笑っている。
 声は聞こえないが、すごく楽しそうだ。
「…着替えて来よう」

「あ、こっちに来るわ」
 オープン・ザ・セサミは、歩いてくるデビットに気づかれないように、さっと看板の後ろに飛び込んだ。
 デビットは、セサミには気づかず、脇を通り過ぎていく。
 そっと顔を出して覗こうとしたその時、
「なに、やってんだよ」
 不意に背後から声を掛けられてセサミは飛び上がりそうになった。
 いや、実際ちょっと飛び上がっていた。
「わ!」
「どわぁ!」
 泉椿は、セサミのリアクションにびっくりして、楊枝に刺した状態で持っていたたこ焼きを地面に落っことした。
「何だよ、びっくりさせんなよ。もったいねぇ、一個落しちゃったじゃないか」
「びっくりしたのはこっちよ!」
 振り返ったセサミは眉を吊り上げる。
 片足をあげて下半身を捻った状態で、足元をじぃーっと見ていた椿は、
「ああ!たこ焼きソースが浴衣の裾にぃ!」
「え?嘘…どこ」
「と、思ったら柄だった!」
「どっちよ!」
 呆れてセサミが嘆息する。
「何か聞き覚えのある声がすると思ったら、やっぱり椿ちゃんとセサミちゃんじゃん?何やってんの?」
 ビクン!
 二人とも声のした方向をゆっくりと見る。
 イケメン、もとい、デビットだ。
 どうやら声に気づいて戻って来たらしい。
「急に椿が後ろから声を掛けてきたから、驚いちゃって…」
 そんなデビットとセサミのやりとりを眺めていた椿は、何事か思いついたのか、一人頷いた。
 見たところ、デビットは一人で行動しているようだし。
「そうだ、デビット一人みたいだけど、よかったら、あたしらと見物しねぇ?」
「ん?椿ちゃんたちと。もちろんOKっすよ」

 鈴倉虚雲は、雪を連れ出店が立ち並ぶ参道をそぞろ歩きながら、周囲を見渡していた。
 魔道書である雪の正式名は、アイドルレア写真集・雨雪の夜だが、虚雲含めて、誰もそんな長い名前で呼んだりはしない。
 雪は、夏祭の出店が珍しいらしく、少し進んでは立ち止まって出店を覗いている。
 雪に説明しながらだから虚雲の歩みも自然と遅い。
 他の参加者たちの姿はすでに付近には見えない。
「ふぅ、しかしまさか風と一緒になるとは…世の中広いようで狭いな」
 風というのは、鈴倉風華、虚雲の妹である。
 別に示し合わせた訳でもないが、偶然、同じ夏祭りイベントに参加していた。
「あれ?雪…」
 ふっと現実に立ち返って横を見ると、さっきまで隣にいた雪の姿がない。
「雪!」
「あなた…ここ」
 すぐに返事が返って来た。
 お面を売っていた店の前に立ち止まっている。
 狐の面を被っているが、雪だ。
 ほっとしながら、雪の元に虚雲は走りよる。
「急に居なくなったから心配したぞ」
「ごめん、仮面を見てた」
 雪は、狐の面をを外すと、並んでいたお面の棚に戻す。
「それは仮面じゃなくて、お面って言うんだ。意味は一緒だけどな。気に行ったのがあるなら、買ってやるぞ」
 虚雲は、懐から財布を取り出している。
 もう買うつもり満々のようだ。
「…いいの?それなら、私これがいい」
 そういって、雪は一つの面を手に取ると、それを被っていみせる。
 少し小首を傾げた仕草は可愛いんだが…選んだお面が…
「雪…本当にそれでいいのか…」
 虚雲は、ひょっとこ面を被って小首をかしげる雪を微妙な笑みで見ることになった。
 ひょっとこ面に何か思い出でもあるのだろう、たぶん。
「おや、虚雲君と、雪さん…でしたかね」
 ひょっとこ面を受けとっていた所にやって来たのは、月詠司とシオン・エヴァンジェリウス、ウォーデン・オーディルーロキの三人だ。
「ああ、あんたらか」
「いいわねぇ。青いわ、熱いわ。イチャラブしてるわ」
「…じゃ、俺たちはこれで、行こう、雪」
 シオンにビデオカメラを向けられた虚雲は、危険な物を感じ取り、雪の手を引いてその場を離れることにした。
 きっとその選択は間違いではない。
 逃げるように去っていく二人を見送る形になった司は、盛大なため息をついた。
「ちょっと、頼みますよ。絶対変な人たちだと思われましたよ」
 司が抗議するが、シオンは、それを無視して、ビデオカメラを構えたまま、人混みの中に歩いていく。
「どこに行くんですか?」
「お宝映像を探してくるわ~。ツカサはロキの面倒オ・ネ・ガ・イ」
 チュッと投げキス一つ残して、シオンは人混みの中に消えていく。
「何がオ・ネ・ガ・イですか。ちょっと…」
 後を追いかけようとする司だったが、この時、
「ねぇ、ツカサ。ロキもお面買って欲しいなぁ」
 くいくいとウォーデンに浴衣の袖を引っ張られた。
 ウォーデンには、老成した男性格のウォーデンと、天真爛漫というか悪戯好きな少女のロキの二つの人格をもっているのだ。
 ロキは、すでに特撮ヒーロー物っぽいお面を手に、興味津々だ。
「え?あ、いや…」
 もう一度シオンのいた辺りを見たが、すでにシオンの姿は人混みの中に完全に紛れてしまった後だ。
「それでいいんでか?すいません、これを頂けますか」
 仕方ないという素振りながらも、しっかり代金を払う司である。
 傍からみると、やっぱり家族サービス中のお父さんにしかみえなかった。
 
「のど自慢大会に出場予定の方は会場までお集りください。なお、飛び入りでの参加を歓迎して居ります」
 近くのスピーカーから、アナウンスが入った。
「あ、そろそろ始まるみたいですね」
 アクセサリーを眺めていた七尾蒼也にペルディータ・マイナが声をかける。
「お、そっか。じゃ、行くか。神社の駐車場が会場だっけ?」
 真剣な表情でアクセサリーを見ていた蒼也は、膝をポンと叩いて、よいしょっと立ち上がる。
「あれ?買わないの?」
「また後でだな。まだ色々店見て回りたいしさ」
 アクセ類は女性物ばかりかだから、きっと同行できなかった彼女へのプレゼントでもみていたのだろう。
「おお、ペルディータに蒼也ではないか」
 呼びかけられて声の方を見ると、仙姫が手をふって近寄ってくる。
 その後ろには、のど自慢大会出場組の、ディオネアや娘子の姿もある。
「ペルディータも一緒にのど自慢大会の会場に行くにゃ?」
 娘子が首をかしげながら、ペルディータに問いかける。
「そうですね。一緒に行きましょうか」
「仙姫も、のど自慢大会、 出場するんだっけ?」
「いや、わらわは出ぬ。見物させて貰うつもりじゃ」
 蒼也の問い掛けに仙姫が返答する。
「じゃ、俺と一緒か」
 ペルディータは出場するが、蒼也は出ない。
「あ、仙姫さんに聞きたいことがあったの」
 と、言ったのは娘子だ。
「どうすれば上手く歌えるようになるのかにゃ?」
「あ、それは私も聞きたいですね」
 機晶姫のペルディータは、その気になればプロのアーティストの歌声をかなりそれっぽく再現して再生することも可能だが、何かそれは違う気もする。
「うむ、上手く歌うコツか…」
 仙姫は、少し首を捻って、しばらく考え込んでいたが、
「楽しむことじゃな」

 喉自慢大会は、神社の駐車場を使っていた。
 駐車場と言っても、もちろん今は車両は止まっていない。
 参加するのは、ペルティータ・マイナ、超娘子、ディオネア・マスキプラ、鈴倉風華の4人。
 ニャンコとディオネアはユニットを組んでいるので、エントリーは3組である。
 地元ローカルラジオ局のパーソナリティーを勤めている進行役の男性の司会で大会は始まった。
 脇の審査委員席には、地元町内会の会長や高校の音楽教師などの肩書きを持った審査員がパイプ椅子に座って並んでいた。
 優勝者には、ペアで行くパラミタ、ヴァイシャリー三泊四日の旅が送られるとアナウンスされると、会場は大いに盛り上がった。
 まぁ、パラミタ在住者の一部を除いて、だが。
「協賛、橘グループって…舞の家じゃん…」
「まぁ、地元ですから」
 突っ込むブリジットに舞が応じる。
 それはともかく。
 パラミタ出場組の先頭を切ったのはペルディータだった。
 チアガールの衣装でステージにあがったペルディータは、司会役の問い掛けにも軽快に答えた。
「パラミタのイルミンスールから来ました。ペルディータ・マイナです」
「遠くから来られたんですね。チアガールの衣装似合っていますよ」
「ありがとうございます。今パラミタではろくりんが開催中です。応援するつもりでろくりん公式ソングを歌わせてもらおうと思います」
 パラミタでろくりんが開催中ということもあるからの選曲である。
 演技を勉強しているし、ナレーターなどもやっているからトークは慣れたものがある。
「ペルディータさーん!頑張ってくださーい!」
 舞が大きな声で声援を送ると、声援に気付いたペルディータが、黄色いボンボンをフリフリして、応じた。
「行け、ペルディータ!パラミタ魂を見せてやるのよ!」
 その隣では、ブリジットが両手をあげて、何か万歳のようなポーズをしている。
「元気のいい応援団が付いていますね」
 過剰な応援に司会の人は、ちょっと苦笑気味だ。
「なんだよ、パラミタ魂って…」
 蒼也のツッコミは当然スルーだ。
 が、肝心の歌の結果は、残念ながら、鐘2つだった。
「いやぁ、残念でしたね。元気いっぱい歌っていだけましたが…」
 マイクを向けた司会も残念そうだ。
「合格したかったですけど、歌はまだまだ勉強中なので。でも最後まで歌えたし、出てよかったです」
 見物人たちの暖かい拍手で見送られて端に下がって行くペルディータを蒼也が視線で追う。
「あいつ、演技は勉強しているけど、歌唱はなぁ」
「うむ、先鋒は討ち死にね。今思ったんだけど、長ネギ持って貰って、Levan Polkkaでも歌って貰った方がよかったかもしれないわね。歌唱がアレならネタ的に、だけど」
「まさかのリアルミク降臨…しかし、それは…」
 ブリジットの呟きに司が、鋭く反応した。
「確かに髪も緑だが…マニアックすぎだろ」
 虚雲も、ちょっと呆れ顔だ。
 しかし、過ぎてしまったことは仕方ない。
 福助盆に帰らずである。
 ついで登場したのは、ディオネアと娘子のコンビだ。
「二人とも、頑張ってね!」
 春美の声援に、ニャンコが元気一杯に手を振って応える。
「ディオネアがギターを弾けるとはな」
 仙姫は、ディオネアがギターを持ってステージにあがったことにちょっと驚いている。
 ギュインギュイーン
 ギターを弾くウサギの登場に会場から歓声があがった。
「可愛い!」
 特に子供と女性からの声援が大きい。
「うさたろー!」
 誰だ、うさたろーって?
 てか、誤解のないように付け加えておくと、ディオネアは、女の子である。
「ディオ…大丈夫?食べ過ぎてない?」
 声援に手を振って応えるディオネアに、娘子がぼそっっと呼びかける。
 実はディオ、ここに来るまで屋台を梯子して食べ歩いていた。
 先ほど絡まれていた子供や野次馬たちからも、御礼のお菓子を沢山貰ったりもした。
 店の人も色々サービスしてくれた上に、さらに、通行人からも食べ物を貰っていたのだ。
 明らかにディオネアのお腹が膨らんでいる。
 ディオネアには餌を与えないで下さいの注意書きはなかったのだ。
「ちょっとね。でも、うぷぅ、だ、大丈夫だよ」
 青い顔になっている。
 どう見ても、大丈夫そうではない。
 先に結果を言ってしまうと、この二人も鐘2つだった。
 選んだ曲が、アップテンポの動きの多い曲だっただけに、食べすぎたディオネアにはちょっとキツイ展開になった。
 その分、娘子が張り切ってアクロバティックなアクションで場を盛り上げたが…これは喉自慢大会であって、ヒーローショーではないので、動きは採点に考慮されない。
「ダイナミックな演奏でしたね。結果は鐘二つ、うーん、ちょっと残念でした?」
 最後に司会の人から、コメントを求められた娘子は、マイクを受け取ると、
「優勝できなくて残念だったけど、気持ちよく歌えたし、楽しかったにゃ!最後まで聞いてくれてありがとうにゃ!」
 二人もまた、盛大な拍手に包まれて、舞台を降りた。

「二戦二敗…風華ちゃん、パラミタ代表の意地を見せるのよ!」
 最後にステージにあがることになった鈴倉風華に、ブリジットが声援を送る。
「おっけー、風がんばるよぉ~」
 地球人だし、天御柱学園の生徒なので、パラミタ代表と言えるかは相当微妙だったが、細かいことは気にしない。
 喉自慢大会に出るために、屋台全制覇を我慢して、両手一杯の濃厚こってりソース焼きソバとたこ焼き、綿菓子だけにして、食べ過ぎないようしていた。
 それだけで十分重いだろ、というツッコミはしてはいけない。
 ディオネアとは真逆なのだ。ここが重要である。
 風華の選曲は、渋く演歌だ。
 浴衣姿の少女で演歌を歌うというある意味狙った演出とも言える。
 みんな、風の歌に酔いしれればいいよ。
 そんな心の声が聞こえたような気がした。
 この娘、可愛い顔して計算高い。
 顔で元気に笑って、心では黒く笑い、風華は、マイクを握る手に力を込めた。
 こぶしの効いた歌声が、ステージのスピーカーを通して流れ出した。
「いい感じゃないっすか」
 デビットがそんな感想を言う。
 そして、その結果は…
 キコカコキコカコキンコンカ~ン
 合格を告げる鐘が高らかに鳴り響き、客席からも歓声があがった。
「合格、おめでとう」
 司会と合格のメダルをかける女性アシスタントがステージ端から現れる。
「ありがとー、風、すっごく嬉しいよー」
 メダルをかけてもらった風華は、本当に嬉しそう。
 客席にいるのが耐えられなくなったのだろう、アンディーオがステージの前まで走りよってくる。
「風…おめでとう!凄くよかった」

「以上を持ちまして、喉自慢大会を終了いたします。また、来年ここでお会いしましょう」
 合格した風華に優勝の期待もかかったが、残念ながら、優勝者は、最後にステージにあがった素人演歌歌手だった。
「優勝した侍元仁って、地元で演歌教室開いている演歌歌手って話しだけど、そんな上手いとは思わなかったけど?」
 ブリジットは、ちょっと不満げだ。
「いや、参加者の中では確かに一番歌唱力があったぞ」
 仙姫がばっさりと否定する。
「地元の祭りのイベントですから、こんなものだと思いますわ」
 それでも不満そうなブリジットにイルマも宥めていた。

 さて、最終的な皆の成績はと、言うと、
 敢闘賞 高級神戸牛ステーキセット 2人前
  鈴倉風華
  
 ドレッサー賞 商品券 5千円分
  ペルディータ・マイナ

 ハッスル賞 商品券 3千円分
  ディオネア・マスキプラ&超娘子 


「風…」
 審査結果が終わり、ステージから降りてきた風華にアンディーオが心配そうに駆け寄る。
 が、アンディーオの心配とは裏腹に、敢闘賞の盾と賞品を手にした風華は嬉しそう。
「優勝は逃したけど、美味しそうなお肉貰っちゃった、こーべぎゅーだよ、高級だよー、風音ちゃん、後で焼いて食べよー」
 優勝できなくて風が悲しい思いをしているかと心配したけど、杞憂だったようだ。


●夏祭りビデオ観賞、休憩中

 正面のスクリーンから映像が消え、室内がぱっと明るくなる。
「この辺で10分休憩にします。後半は10分後からですよ」
 橘舞の宣言で、小休止が入った。
 明るくなった室内で、ぐっと背伸びをする者や、隣と雑談する者、立ち上がってトイレに向かう者もいる。
「風の歌声よかったよね。楽しかった~」
 最前列の椅子に陣取って映像を見ていた、鈴倉風華がきゃきゃと喜んでいる。
 その隣のアンディーオも、うんうんと頷く。
 一方、最後列では、
「私、あんなこと言ったっけ?」
 椅子に座ったままブリジット・パウエルは腕を組み、首を捻った。
「言ってましたよ。それに言ったから、映像に残っているんです」
「ふん、今頃自分がいかに考えなしに発言しておるか気づいたのか?」
 苦笑気味の舞の言葉に金仙姫の呆れ声が重なる。
「これで、オレが意地悪な姉妹から陰湿ないじめを受けているという事実が白日の元にさらされたわけっすよね」
 腕で目元の涙をゴシゴシと拭う仕草をしながらデビット・オブライエンがわざとらしく泣きまねをする。
「お前のは身から出た錆というんだよ」
 ドスっと笹井昇の肘鉄がデビットのわき腹に刺さった。
「助けて、魔法使いのお姉さん…」
 床に倒れたデビットの芝居がかった台詞に、手を伸ばされた春美が、ぷっと吹いた。
「何ですか、それ?意地悪姉妹とか魔法使い…あ、もしかしてシンデレラネタですか?」
「毒りんごでも食わせてやればいいわよ」
 ブリジットは容赦なかったが、毒りんごは眠り姫である。

「うーん、私の出番が少ないなぁ…台詞も二個しかない」
 ウーロン茶の入った紙コップを持っていた朝倉千歳が、少し、いや、かなり寂しそうに呟く。
「え?ま、まぁ…千歳、実際しゃべってなかったですし」
 デビットを睨んでいたイルマ・レストは、はっとしたように顔を千歳に向ける。
 気にしていたのですね…
「大丈夫なのですよ、ダーリン。後半があるのです。野球は7回からなのですよ」
 反対側にいたリッチェンスが拳を作って千歳を励ました。
「そ、そうですわ。まったく出番がなかった人もいますし」
「出番がない人って、カリギュラさんか?もともと参加者じゃないだろ、あの人は」
 少し膨れた表情の千歳が、ちょっと可愛いと思うイルマだった。

「しかし…あの映像、誰が撮っていたんだ?」
 鈴倉虚雲は、腕組みしたまま首を傾げている。
 ペルディータ?
 いやいや、本人も映ってるし…
 シオン…ブリジットもビデオカメラを持参していたが…
「わたしも…ぜひ知りたいわね」 
 ちょっと表情を引きつらせたオープン・ザ・セサミの隣で、泉椿が後半の夜の部の映像を想像して、深いため息をついた。
「何かもうここで帰っちゃいたい心境ですね」
 あはは、って月詠司が笑うのを、隣でシオン・エヴァンジェリウスがにっこり笑ってみている。
「いやぁ、後半が楽しみやね。期待大ですわ」
 ニカっと笑うカリギュラ・ネベンテス。
 前半まったく出番がなかった分、後半に期待しているらしい。
 人それぞれの思惑を孕みつつ、後半の夜の部の上映時間が近づいていてた。
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 ●パラミタサイド

 日本の本場の夏祭りを京都で体験、一泊二日の弾丸ツアー。
 ブリジットの言い出した夏祭りイベントの当日、空京の軌道エレベーターの近く。
 集合場所は、とりあえず、目印になりやすい大型液晶スクリーンの前だ。
 朝もまだ早い時刻だというのに、時期も時期だから、地球に帰省する地球人やら観光に向かうパラミタ人やらでスペースは、かなりごった返していた。
 集合時間より少し早めにやってきたブリジット・パウエルと橘舞、そしてイルマ・レストの三人は、スクリーンの近くで三人固まり、他の参加者がやってくるのを待っていた。
「今日もいい天気ですね。向こうの天気もいいといいですけど…」
 晴れ渡った空を見上げた舞が、京都の天気を心配すると、
「それは大丈夫だと思いますわ。笹井さんが、天気を調べてメールで送って来てくださいました。それによると、今日の京都周辺の天気は終日晴れということですわ」
 携帯のメールをみながら、イルマが答えた。
「笹井さんが?後で御礼を言わないといけませんね」
 笹井昇は橘家の執事のひとりである。
 今は天御柱学園に在籍して、イコンのパイロットをしている。
 今回の夏祭りイベントでも、パートナーのデビット・オブライエンと共に同行することになっていた。
「笹井さんはよく動かれますし、気配りのできる方ですわね。それに比べてデビットと来たら…」
 嘆かわしいとばかりに、イルマが首を振る。
 昇のパートナー、デビットは、パウエル家の使用人でもあり、イルマからすると同僚に当たるが…
 ルックスはいいものの、やることは適当だし、女を見たらナンパすることしか考えていないような人物だった。
 先日、ヴァイシャリーの羽ばたき広場で行ったヒーローショーには戦闘員役で出演する予定だったのに、女の家で夜明かしした上げてくに寝過ごしたことが発覚して、とうとう屋敷への出入を禁止された。
 父親はパウエル家の家令で、有能で信頼できる人物だが、息子はごらんの有様だ。
「デビットさんは…その…悪い人ではないと思いますよ。何と言うか、少しフランクな方ですよね」
「いいよ、舞。あいつのことは無理にフォローしなくて。あれは、フランクというより軽すぎるだけ…ヘリウムガス並にね。イルマが庇わなかったら、とっくにお父様に直談判して、クビにしてたわよ」
「お嬢様…私はデビットを庇ったつもりはありませんが…ただ、彼の父親セバスチャン様には、私がまだ見習いだった頃からお世話になっておりますし、その恩返しのつもりでした」
 それは庇ったということではないのだろうか?と舞は思ったが、言わないほうがいいと思って黙った。
 ブリジットの印象もかなり悪いようだった。
 ただ、ブリジットが他人を悪くいう時は、相手に興味を持っていることが多いことを知っているだけに、舞には本当にブリジットがデビットを嫌っているかどうかの判断はつきかねた。
 不機嫌そうな表情をしていたブリジットは、しかし、ふとあることに気づいた。
「あれ?そうすると、笹井から舞のところには連絡なし?」
「笹井さんからですか?いえ、来てないですね」
 笹井は舞の実家の執事だから、舞に連絡すればいいのにね。
「主従の形式に拘る方のようですから、直接舞さんにメールするのを憚られたのでしょう」
「でも、イルマは私のところには、メールも電話もしてくるよね」
「私と笹井さんは、ブリジットとイルマさんほど…」
「私が連絡しなかったら誰がお嬢さまに連絡するのですか?だいたい年頃の令嬢に異性の使用人が直接メールしたりすると、あらぬ噂を立てられかねません」
 舞の言葉を遮ったイルマが不機嫌そうに言い切ると、パチンと大きな音を立てて携帯を閉じた。
 ブリジットは、イルマの態度に目をパチクリさせていたが、すぐに関心は、まだ姿を見せない他の参加者たちのことに移った。
 しきりに周囲を見渡したり、携帯を取り出しては、時間を気にしている。
「お嬢様…少し落ち着いてください」
「ブリジット、まだ予定の時間じゃないから」
 ブリジットは、人に待たされるのが嫌いだった。
 待たされることに慣れていないし、そもそも生来の性分なのだろう。
「いや、それは分かっているのよ。けど、もうそろそろ来てもいい頃合いじゃない?」
 言うが早いか再び背伸びして周囲を見渡しだしたブリジットの姿を見ていた舞の脳裏に何かが閃いた。
 ピキーンというやつだ。
 ブリジット、ちょっとイタチみたい。
 以前動物番組で見たことのある、立ち上がって周囲を伺うイタチの姿と、背伸びしてきょろきょろしているブリジットの姿がよく似ている。
 金髪だし!(注:別にイタチは金髪ではありません)
 妄想に入って和んでいた舞は、突き刺さる視線を感じて現実に引き戻された。
 ブリジットの傍らにいたイルマが、じっとこっちを見ていた。
 も、もしかして、ブリジットがイタチに似ていると思ったのが分かったのかな。
 とりあえず、舞は誤魔化すように、にっこりと笑った。
 イルマはイルマで、営業スマイルで返した。
 お嬢様を見て、急にニヤニヤして…何だったのかしら?
 読めないですわね…

「あ、来た来た!」
 ブリジットが、興奮気味に声をあげたのはこの時のこと。
「え、どこですか?」
「あれは…蒼也さんとペルディータさんですね」
 ブリジットの指差す方向を確認したイルマが説明してくれたが、通行人の波に遮られて、舞には二人の姿は確認できなかった。
 ブリジットとイルマは176cmの長身だから、通行人の頭越しに近づいてくる二人を視認できたが、10cm以上低い舞からは、視認できなかったのだ。
 ほどなくして、人混みの間から、二人が姿を現した。
「おはようございます」
 ペルディータ・マイナがにこやかに挨拶してきた。
 それからしばらくして、今度は、霧島春美とそのパートナーたちもやってきた。
 ディオネア・マスキプラ、ピクシコラ・ドロセラと超娘子と、いつものメンバーだった。
「おはようございます。舞さん、千歳さんは現地集合なんですね」
 千歳の姿が無いことに気づいて春美が舞に話しかける。
「そうなんですよ、実家に戻っていて。それと、春美さん、聞きました。うさぎちゃん来れないみたいで…何か残念ですね」
「実家で急用ができたみたいです。とっても残念ですけど、来れなかったうさぎちゃんの分まで楽しみましょう」
 今回のイベントに参加予定だった宇佐木みらびは、急用ができて、不参加になってしまった。
 春美も、やはり残念そうだ。
「そうそう、ボク、みらびちゃんの分まで美味しい物一杯食べるよ」
 右手をというか、右前足を突き上げて、ディオネアは、早くも気合十分だ。
 しかし、女子が三人集まるとかしましいとは古来より言うが、今は三人以上いるので、かなり騒がしい。
「あれぇ?ソニさんは?」
 金仙姫は舞のパートナーの英霊だが、その姿が見えないので、娘子が舞に話しかけてきた。
「仙姫も先に地球に戻っているんですよ。民宿で待ってるはずです」
「そっかぁ、よかったニャ」
「ところでさ、ペルディータ、なんか蒼也からマイナスオーラが出ているようだけど、何かあったの?マイナスイオンなら空気清浄効果もあるだろうけどさ」
「え、蒼也ですか?」
 ブリジットに耳打ちされたペルディータが蒼也を見ると、賑やかな女子の集団から少し離れて一人佇む蒼也の周囲からは確かにブルーな空気が漂っていた。
「はぁ…」
 こちらの視線にも気づかず、ため息をもらしている。
 今の蒼也の周辺だけは、気温が1,2度ぐらい低いに違いない。
 でも、じめっとしてそうだから、不快度指数は高そうだ。
「蒼也、彼女を誘ったんですよ。皆に紹介したかったみたいで。でも、彼女の都合が悪くて来れくて、それでちょっと凹んでいるんです」
「え?彼女?」
 ブリジットが驚いたようにペルディータの顔を凝視したので、ペルディータは不思議そうに首を傾けた。
「蒼也、ちゃんと付き合っている彼女いるんですよ。言ってなかったですけど…」
「いや、そういうんじゃなくて…ああ、そうか。いや、いいわ、私の勘違い。気にしないで」
「?勘違いですか?」
 
「Good morning」
 流暢なクイーンズイングリッシュが聞こえてきた。
 挨拶してきたのは、トレードマークのトレンチコートに身を包んだマイト・レストレイド警部。
 その傍らには、犬型の機晶姫ロウ・ブラックハウンドが従っている。
「おはようございます、レストレイドさん」
「Good morning,Mr.Lestrade.」
 舞とブリジットがそれぞれの言葉で挨拶を返す。
「えっと、その子は…」
「こいつはロウ・ブラックハウンド。喋ることはできないが、会話は理解できている」
 マイトが、犬、もとい犬型機晶姫の頭を撫でながら、舞たちに紹介する。
「ばう!」
 ロウが一声鳴いて、首を縦に振った。
 マイトの説明によると、発声機能に問題があって、人語をしゃべることはできないらしいが、人語そのものはちゃんと理解できているらしい。
「私と同じだ機晶姫ですね」
 同じ機晶姫ということで興味を覚えたペルディータが、ロウの前で腰を屈める。
「ばう」
 ペルディータに向かってロウが挨拶するように吠えると、ペルディータがうんうんとう頷きながら、
「ばうばう」
「ばう?」
 ペルディータの鳴き真似に、ロウが少し首を傾げる仕草をした。
「す、すごいですね。通じてるんですか?私何をいっているんだかさっぱりですよ」
「なるほどな。やはり機晶姫同士だと、わかるものか」
 驚く春美と感心するレストレイド…が、しかし。 
「いえ、さっぱり。単に言ってみただけですよ」
 腰をあげて、立ち上がったペルディータがあっさりと否定した。
 あ、ロウがずっこけた。
「それはそうと、もう一人は?」
 ペルディータとロウの漫才を華麗にスルーしたブリジットが、マイトに問いかけた。
 レストレイドはロウと二人というか、一人と一匹でやって来た。
 しかし、申し込みでは後一人いたはずだから、ブリジットは小首をかしげて、理由を尋ねた。
「ああ、近藤さんな。近藤さんは先に京都に入ってる。近藤さんは元新撰組の局長だから、京都の街を少し見て回りたいと言ってな。大丈夫だ、民宿の位置も伝えてある。現地で合流するよ」
 近藤勇…言わずと知れた幕末の京都で活躍した、あの泣く子も黙る新撰組局長である。
「ふぅん、そうすると現地集合組は4人か…」
「他にもいるのか?」
 ブリジットの呟きに、マイトが問いかけると、ブリジットが頷いて見せた。
「千歳は先週から実家に帰ってるのよ。リッちゃんも一緒ね。それと仙姫も韓国旅行に行ってるから、そのまま現地で集合になってんのよ」
「私は、こちらに大事な用事がありましたので、一足早く地球から戻ってきたのですけど、リツが千歳のご両親に迷惑をかけていないか心配ですわ」
 ギリっとイルマが奥歯をかみ締める。
 イルマは、大事な用事、ヴァイシャリーでラズィーヤ様と一緒に花火見物ですわ、の為に、千歳とリツを置いて、一人パラミタに戻ってきていたのだ。
「仙姫は朝鮮半島の出身なので、里帰りですね」
「でも、仙姫って千五百年近く昔の人間でしょ?里帰りって言うのも微妙じゃない?ほとんど別世界だと思うけど」
 首を捻りながらブリジットが指摘すると、なるほどなという風にマイトも頷く。
「千五百年か…確かにそれだけ差があると街並とかも違うだろうしな。近藤さんは百五十年だが…」
 近藤さんは大丈夫だろうか?
 京都の街も変わっているし、少し時代錯誤なところがあるしな。
 
「鈴倉さんがお見えになりましたよ」
 鈴倉虚雲の姿を見つけて、舞が虚雲に手を振る。
「おはよう、今回はよろしくな」
 虚雲のすぐ後ろには、すでに浴衣に着替えていたアイドルレア写真集・雨雪の夜が、控えていた。
「それと、こいつは雪、今回一緒させてもらう」
 虚雲は、後ろに控えていた雪を促して、前に進ませた。
「初めまして。よろしく」
 虚雲に紹介された雨雪の夜が、無表情で抑揚のない口調ながらも礼儀正しく低頭する。
 繊細で儚げな印象のある中性的な美しさを持った美少女だ。
 ハマギク柄の薄青色の浴衣と相まって、目を離したら夏の夜の夢のように儚く消えてしまいそうな印象がある。
「雪さんですね。私は橘舞です。舞と呼んでください。こちらこそよろしくお願いいたします」
 他の参加者たちもそれぞれ雪に挨拶していったが、雪の表情は最後まで無表情のままだ。
「私はブリジットよ、ブリジット・パウエル。へぇ、もう浴衣に着替えてるのね。気合入ってるじゃない?」
「気合…服を着るのに?どうして?」
 ブリジットの言葉が理解できないと言う風に雪が首を捻る。
 虚雲が、頭の後ろを掻きながら、少し申し訳なさそうに、
「悪いな。雪はまだ人間の感情に疎くてな。悪気は無いんだ」
 困惑の表情を浮かべていたブリッットに、弁解した。
「雪が浴衣着て来たのも、単に着付けを手伝ってもらったからなんだ」

「あ、いたいた」
 ウォーデン・オーディルーロキは、集まっているブリジットたちを見つけて、駆け出した。
「ロキ、そんなに早く走るとぶつかりますよ!」
 人混みを縫うように走っていくウォーデンの後から月詠司が声を掛けたが聞いちゃいない。
 はしゃぐのはいいですけど、羽目外しすぎて怪我したり、他の人に迷惑かけないでくれるといいんですがね…
 本当に幼稚園児ぐらいの子供を持つ親の心境だ。
 ウォーデンは、老成した老人の人格ウォーデンと、幼い少女の人格ロキの二つの人格を持っている。
 ロキの方は、昨日の夜から、あの調子だ。
 ふぅと、ため息をつく司の傍らには、見た目小さな子供を連れた若夫婦に見えなくもないが、シオン・エヴァンジェリウスが、いつものようにビデオカメラを片手に持っている。
「夏祭り楽しみだわ」
 艶やかに微笑むシオンの横顔を盗み見た司は再びため息をつく。
 楽しみなのは、夏祭りそのものじゃないでしょ、あなたの場合は…
「夏祭りといったら、隠れてイチャラブよね」
 やっぱり…
「お願いですから、宿じゃなくて留置所で夜明かしになるようなことだけはやめてくださいよ」
「大丈夫よ、私は捕まるようなヘマはしないもの」
 あなたが大丈夫でも、私はいつも大丈夫じゃないんですよ。
「ほら、そんなところで突っ立ってないで、いくわよ、司」
 シオンに促されて顔を上げると、すでに皆の所にたどり着いたウォーデンが満面の笑みで手を振っているのが見えた。
 仕方ないですね、なるようにしかならないでしょう。
 達観というか、諦めと言うか、少し気が楽になったような気がして、司は一歩前に足を踏み出した。

 最後にやってきた参加者は、泉椿だった。
「おっす、もう皆集まってるのな」
 軽く手をあげて、駆け寄ってくると参加者の輪に加わる。
 パートナーでもあり、推理研の部員でもあるオープン・ザ・セサミは少し遅れて、歩いてきた。
「遅刻よ、椿。今、罰ゲームに何をさせようか皆で話していたところだったのよ」
 腕組みしていたブリジットがビシっと椿の鼻先に指をつき付け、宣言する。
「そうそう、ここでストリートパフォーマンスを見せてもらおうという話をですね…」
「いい映像が撮れそうだわ」
 ペルディータが頷きながら言うと、シオンがビデオカメラを椿に向けてくる。
「マジかよ。でも、遅刻はしてねぇだろ!?」
 慌てて時間を確認しようとする椿の姿に、ブリジットが肩を震わせて面白そうに笑い出す。
「冗談よ、冗談」
「罰ゲームなんてないし、遅刻でもないですよ」
 舞の言葉に、椿がほっと胸を撫で下ろす。
 どうやら、からかわれただけらしい。
「ひでぇな。お前ら、覚えておけよ」
「参加者は全員揃いましたわね」
 話し合いが一段落ついたところで、人数を数えていたイルマが言った。
 その言葉に参加者の顔を確認したセサミが、
「全員というと、あの…デビットさんや笹井さんたちは参加されないのかしら?」
 当然、デビットも参加するものと、自分が勝手に思い込んでいたことに気づいて少々狼狽した。
「デビット?あいつは別に来なくてもいいわよ。どうせナンパしかしないだろうしさ」
 ブリジットが、悪気もなく冗談のつもりで言ったが、セサミの表情が一気に暗くなった。
「呼んでねぇのかよ?そんな意地悪しないで呼んでやれよ」
 セサミの落ち込み具合を見てとった椿が、ブリジットに抗議する。
「いえ、参加します。二人とも天学生ですので、海京で合流する予定なのです」
 イルマの説明に、ようやくセサミの顔に安堵の表情が浮かんだ。
 が、じっとこちらを伺うイルマの視線に気づいて、視線を脇に逸らした。
 いつも観察している側だが、今は逆に他者から観察されているようで、少し居心地が悪い。
 パーンとブリジットが手を打ち鳴らす。
「よし、そんじゃ、そろそろ行きましょうか、地球に向かって出発よ」
 まさか空気に気づいて気を使ってくれた訳じゃないだろうけど…
 場の空気を変えてくれたブリジットにセサミはちょっとだけ感謝した。

軌道エレベーターに向かう途中のことだった。
「春美、どうかしたの?」
 ジィーっと一点を真剣に見つめている春美に気づいて、ブリジットが問いかける。
「いえ、ちょっと知り合いに似た人がいたような気がしたので…」
 ブリジットたちと一緒に軌道エレベーターに向かう途中、春美は受付に見知ったものに似た姿を見かけたような気がして凝視していたのだ。
「今、カリギュラが居たような…」
「え?兄貴が?まさか…」
 ピクシコラは、春美の見ていた先に視線を向けるが、人ごみが多くて何も確認できない。
「ごめん、きっと人違いだと思うわ」
「だよね、まさか、ここにいる訳ないよね」
 ディオネアも居ないほうに同意する。
 が、春美のパートナーの一人は、実はそこに確かにいたのだ。
「ボクはカリギュラ・ネンテスっていいますねん。地球渡航の目的でっか、観光ですわ」
 彼の名前はカリギュラ・ネンテス、関西弁を喋る守護天使である。
 長身の守護天使は、涼やかな目元の美青年で通る容姿の持ち主だが、関西弁のせいか、なぜか口調が軽く感じてしまう。
 係官に身分証明書を提示するカリギュラだったが、係官は怪訝そうに、証明書の文字を指でなぞる。
「失礼ですが、もう一度お名前を」
「カリギュラ・ネンテスです」
 自信満々に答えるカリギュラ。
 しかし、係官は渋い表情になって、証明書の氏名欄を示した。
「あの…証明書には、ネンテスになっているんですが?」
「…」
 彼の名前はカリギュラ・ネンテス、関西弁を喋る守護天使である。
 大事なことなので二度いいました。
「どうやら、事務処理のミスのようですね」
「何とかなりまへんか?」
「いやぁ…このままだと他人ですしね」
 両手をあわせて懇願するカリギュラに、係官はちらりと視線を向けて、
「もう一度聞きましょう。あなたのお名前は?」
 な、なるほど、ボクはすべて分かったで。つまり…
「ボクの名前は…」
「名前は?」
「カリギュラ・ネンテスですわ」
 一瞬の沈黙、地球へと向かう人々のざわめきがその一瞬だけ消えたような錯覚を感じる一瞬。
 今この瞬間だけ、この閉ざされた世界に存在するのはカリギュラと名も知らない地球人係官二人だけ。
 係官は、鷹揚にうなずきながら、カリギュラに証明書を手渡した。
「カリギュラ・ネンテスさん、いってらっしゃい、よい旅を…」



●海京サイド

 天御柱学園校内…
「デビット!デビットはどこだ?」
 そろそろ海京の駅、厳密にはパラミタと地球を繋いでいる軌道エレベーターの乗り込み口だが、に向かわないとお嬢さまたちの出迎えに間に合わないのというのに、いったい、あいつはどこに行ったんだ。
 Where is David?
 パートナーのデビット・オブラエンと契約してまだ日が浅いが、その言葉はすっかり昇の口癖になっていた。
 デビットはパウエル家に使える使用人でもある。
 昇と舞がそうであるように、デビットとブリジットとは主従の関係にある。
 出迎えに遅参とかありえないだろう…
 それに、あいつは、以前、ブリジット嬢との約束を忘れて遅刻した前科がある。
 それが原因で、パウエル邸への出入が禁止になっているというのに、自分の置かれている立場が分かっているのだろうか?
 あいつには、貴人に仕えているという自覚が足りないのだ。
 デビットは気のいい男だし、頭も悪くないし、自分よりもずっと要領がいい。
 だが、なぜか、執事としての心構えだけが、抜けている。
 そこが昇には不思議でならない。
 しかし、まずい。
 万が一、遅参などしたら舞様に恥をかかせることになるし、イルマさんからも白い目で見られる…
「おーい、昇。そんな大声で人の名前連呼すんな、恥ずいだろ。ここだよ、ここ」
 声が聞こえた。
 黙っていたら美形、喋ったらアレな男が、壁に背をもたせかけ、女の子に話しかけていた。
 10歳ぐらいの少女だ。
 こいつは…
「紹介しとくわ。この子、鈴倉風華ちゃん」
「こいつはオレのパートナーの笹井昇、見ての通り、堅物」
「おっはよー、よろしくねぇ~」
「初めまして、鈴倉さん」
 こみ上げる苛立ちを圧し止めて、昇は、風華に笑む。
 この子は何も悪くない。
 しかし、鈴倉?どこかで聞いた名前だが?
 が、それよりも今はもっと重要なことがあった。
「デビット、ちょっと話がある。こっちに来てくれ」
 風華から離れるように歩き出しながら、デビットを手招きする。
 有無を言わさぬ言葉の響きにデビットは肩をすくめたて従った。
「風華ちゃん、お兄さん、ちょっと話してくるから、待っててね」
 それでも、風華に爽やかな笑みを送ることは忘れない。
「なんだよ。野郎と耳打ちとかキモいちゅうのに」
 と、いいつつも、デビットは曻の前で屈み込むように顔を近づけてくる。
 小柄な曻に対して、デビットが長身である為、耳打ちしようとすると、そういう姿勢にならざるを得ないのだ。
 身長にはコンプレックスを感じていた曻も、この構図は遠慮したかったが、間違いが起きてからでは遅い。
「言っておくが、日本の法律では十六歳以下の女子にいかがわしい行為をすると犯罪になるぞ。例え、同意の上でもだ」
 風華は見たところ、どうみても10歳ぐらいだ。
 デビットの女好きを正すのは、半ばすでに諦めつつある昇だったが、これは流石に洒落にならない。
 しかし、その言葉を聞いた途端にデビットは傷ついたといわんばかりに顔をしかめた。
「ちげぇ!そんなんじゃねぇーよ、あの子も夏祭りに行きたいっていうから話をしてただけだっちゅーの。オレはそこまで飢えてねぇって。あの子の食べ頃は八年後ぐらいだろ」
 後半部分は聞かなかったことにしよう。
 ちらりと風華に視線を向けると、満面の笑みで風華が手を振ってくる。
「そうだったのか…それは悪かった」
「てか、今が旬な舞ちゃんとか千歳ちゃんとかいるのに、あえて今、光源氏に走る必要ないっすよ。あー、シオンさんみたいな大人の女性も捨てがたい…でも、彼女はなんかオレの危険レーダーがビンビン反応してるんで、スルーかな、残念だけど」
 前言撤回だ。その危険レーダー、可及的速やかに俺の怒りにも反応するように、改良できないのか?
 まぁ、それはともかく…
「しかし、そうすると、一人追加で宿に申し込みをしないとな」
 天学の制服を着ている以上、少女とはいえコントラクターなのだろうから、保護者の許可とか考えなくてもいいだろう。
 今回の夏祭りツアーは、外部にも参加者を募集していたから、部外者の参加も特に問題はないはずだが、ブリジット嬢には伝える必要があるだろうし、宿側にも人数の追加を伝えないといけない。
「いや、二人だ」
 携帯を取り出そうとした昇にデビットが修正を入れる。
「風音・アンディーオ、風華ちゃんのパートナー…あいつだろう」
 デビットが指差した先で、20代前半と思しき人物が風華に駆け寄ってくるのが見えた。
「風、ここに居た…居なくなったから、心配したよ…」
「風、あの人たちと日本のお夏祭りを見に行くの。風音ちゃんも行こう。おにゅーの浴衣も着たいと思っていたしね~」
 きゃきゃとはしゃいでいる姿は、やはり10歳の子供そのものだ。
 アンディーオは、あまり表情の変わらない顔で、それでも風華に慈しむような笑みをかすかに向ける。
「風がそれを望むなら…自分はどこまでも付いて行くよ」
 それが自分の存在意義そのものだから。
 

 ●地球サイド

 近藤勇という男がいる。
 かつて幕末という激動の時代を駈け足で走り抜けていった男達の一人。
 京都守護職松平容保の命を受けて京都の治安維持の任意ついた新撰組の局長である。
 時はながれ2020年、英霊となって復活した近藤は再び京都の地に立っていた。
 契約者であるマイト・レストレイドが知人と京都の夏祭に参加することになったので、久方ぶりに京都の地にやってきていたのだ。
「さて、少々小腹がすいたな…」 
 近藤は、通行人の流れを避け、甘味どころの前で立ち止まった。
 厳つく強面の男ではあるが、近藤は甘い物に目がない。
 だが、しかしだ…
 近藤の脳裏に、苦い思い出が過ぎる。。
 京都についてすぐ、あまりの暑さに氷を食べたくてアイスクリーム専門店に入ったら、中はカップルと女の子ばかりだった。
 まぁ、そりゃそうなのだが、男一人で入店した近藤は肩身の狭い思いをしたのだ。
 類似の甘味処に入るのを躊躇わせるに十分な経験だった。
 近藤が立ち止まっていた店は、本来は抹茶を扱う茶屋だが、二階が喫茶店になっており、駅で買った美味しいものガイド、京都食べ歩き、スイーツ特集によると、抹茶パフェが特にオススメらしい。
 「近藤さんじゃないですか?」
 入るか入るまいか悩んでいた所に、背後から声を掛けられた。
 朝倉千歳と朝倉リッチェンスは、東京から新幹線でやって来る他の参加者と京都駅で合流する為に、二人で京都の街を歩いていた。
 JRの京都駅に行く前に、リツが甘い物が食べたいと言うので、一度いってみたいと思っていた店にやってきたのだ。
 そこで偶然、店内を覗いていた近藤と出くわした。

「近藤さんも先に京都に入っていたんですね」
 運ばれて来た抹茶オーレをストローで一口飲んでから、千歳が話しかける。
「ああ、壬生寺に寄って来た。あそこが変わらずにの残っていて良かったよ」
 京都中京区壬生にある壬生寺は、正式な寺号は宝憧三昧寺、院号を心浄光院という律宗大本山の寺院である。
 もっとも、多くの日本人には、新撰組が屯所、つまり本部を置いていたことでその名を知られている。
「同志たちの墓にも参って来た。しかし、俺の銅像まであるとはな…こそばゆいというか不思議な気分だった」
 近藤のオーダーは、もちろんお勧めの抹茶パフェだ。
 上に乗っていたウエハスごと上段の抹茶アイスを一口でパクリといく。
 同じ抹茶パフェをオーダーして、ちまちまと小さなスプーンで食べていたリッチェンスが、えーという表情になったが、それに動じる近藤でもない。
「私達はこれから京都駅に舞たちを迎えに行きますけど、近藤さんはどうされるんですか?」
 千歳とリツは、今から京都駅に、東京から新幹線で到着する一行を出迎えるのだという。
「いや…俺はもう少し街を見ていく」
 千歳はともかく、隣のリッチェンスから、明らかに負のオーラが伝わって来る。
 店内に入ってから隣に座った千歳に寄り添って、自分には一言も話し掛けてこない。
 千歳には、ダーリンダーリンと盛んに話し掛けていたが…
 何か自分が他人の恋路を邪魔する無粋な男になった心境だった。
 男性が苦手なので、という千歳の説明だったが、そういう理由なら、なおさら一緒にいかない方がいいだろう。
 
 同じ頃、金仙姫は、鴨川沿いをてくてくと歩いていた。
 京都は、舞と契約した直後にも一度来たことがったが、舞の実家にいる時間の方が長くて、ゆっくりと街を見て歩くのはこれが初めてだった。
 服装はいつもの霊衣(チマチョゴリ)ではなく、京都地下街で衝動買いしたキャミソールにサンダル履きである。
 ちなみに空京デパートで舞たちと一緒に買った浴衣は先にパラミタから宿の方に送ってあるので、手元にはない。
「それにしても暑いのぉ…これはたまらんわ…」
 日差しが、ではなく、空気が暑いのだ。
 京都の夏は暑いですよ、と舞が言っていたが、なるほどと思う。
 だが、これがいいんですよという言葉には同意はしかねる。
 不意にかばんの中にいれていた携帯がなった。
 舞からじゃな。
 着信音から、掛けてきたのは舞の携帯からなのはすぐにわかった。
「もしもし」
「今新幹線の中か。韓国か?すっかり変わっておったが、それもまた一興じゃ。土産も買って来たぞ。安心するが良い。辛いものはわらわも好かぬ」
 知っている物がほとんどなくて、寂しくもあったがな…
 まぁ、行く前からそれはわかっておったことじゃし、観光は楽しかったので問題はない。
 土産物とかかさばる荷物は宅配でパラミタに輸送してもらったから、ほとんど手ぶらに近い。
 余談だが、仙姫は辛い物は苦手だった。
 朝鮮半島に唐辛子が普及するのは16世紀以降であり、仙姫が生きた6世紀頃の朝鮮半島にはまだ唐辛子はない。
 むしろ、舞好みの薄味の京料理の方が、仙姫の舌にも合っていた。
「さて、それでは、舞たちを迎えにいくとするかな」 
  
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第三回プライベートシナリオ【ヒーローショーをしよう】



プロローグ 今日は何の日?

 みなさん、おはようございます、橘舞 です。
 今日はいよいよ、ヒーローショーの当日ですね。
 よく寝れましたか?
 私はドキドキして中々寝付けなかったですよ。
 ショー自体には私は出演しないんですけどね…
 お弁当は持ちましたか?
 ティッシュとハンカチも忘れずにですよ。
 え?お前は誰だって?
 …
 そうですよね、私、ブリジットと比べると、空気みたいな存在ですし…
 あははは…はぁ…



6月某日 AM5:30 百合園女学院寮

 ピロロロロロ
 枕元に置いた携帯のアラーム音が徐々に大きくなってくる。
「うーん…」
 ブリジット・パウエル がアラームの鳴り続ける携帯を手で適当に叩いてアラーム音を止めるのと、室内がぱっと明るくなったのはほぼ同時だった。
 カーテンレールの滑る軽やかな音に混じって、聞き馴染んだ優しい声が降ってくる。
「ブリジット…もう朝よ」
「今何時?」
 眠い目を擦りながら、ブリジットは、窓際でカーテンを束ねている橘舞に話しかけた。
「5時半。もう、ブリジットったら…昨日自分でアラームセットして寝たでしょ」
 少し呆れたように苦笑している舞に、ベットに腰掛けたブリジットは腕組みして、部屋の天井を見上げた。
「そうだった?私、朝は苦手なのよねぇ」
 あくびをしながら、両手を伸ばして背伸びをする。
 今日はブリジットが企画したヒーローショーの当日。
 地球人とシャンバラ人の友好の為というのが本来の目的だが、単にやってみたかったというのもある。
 開演は10時30分からだが、会場の準備もあるから7時に羽ばたき広場に集合することになっている。
 まずは顔を洗ってシャワーを浴びて着替えて、それから…
 まだ本調子でない頭の中で手順を考えながら、携帯で新着メールをチェックする…と
 推理研のメンバーや、参加者・知人のメールに混じって、知らないアドレスからのメールが届いることに気づいてブリジットは一気に眠気から覚めた。
「ん?あれこれ…参加希望のメール着てるわ…」
 題名は「ヒーローショー、参加するぜ、ヒャッハー」
 何これ?悪戯?
 少し怪訝なものも感じながら本文を確認すると、
「ヒーローショー、俺も炎魔人 魔異都役で参加するぜ、ヒャッハー」
 From マイト・オーバーウェルム
「マイト・オーバーウェルムさん…私の知らない人だけど、ブリジットの知り合いの人?」
 携帯の画面を覗き込んできた舞が少し首を傾げながら問いかけてくる。
 メールを閉じてから、ブリジットは、顔だけ舞に向けて一言だけ答えた。
「いや、知らない人」



 AM7:30 羽ばたき広場

 ヒーローショーの会場はヴァイシャリー市の中央に位置する羽ばたき広場である。
 ブリジットと舞の二人が広場に到着した頃には、一足早く現場入りしていたボランティアスタッフによって、ステージの設営も最後の追い込みに入っていた。
「よっしゃ、どうよ、ステージはこんなもんだろ」
 朝焼けの中、ステージ中央で仁王立ちになる小柄な女性のシルエットが一つ、パラ実生の泉椿 である。
 椿は契約者のオープン・ザ・セサミがブリジットが代表を務める百合園女学院推理研究会に所属している関係もあって、ブリジットや舞とも面識がある。
 セサミから、ブリジットたちがヒーローショーをやるという話を聞き、ボランティアで会場の設営を手伝に来ていたのだ。
「いやぁ、あなたにこんな特技があるとは思わなかったわ」
 手際のいい作業にブリジットが素直に関心したように声を掛けると、泉は得意げに胸を張って見せる。 
「人は見かけによらないってか。パラ実式工法舐めんなよってな」
「まぁ…注文をつければ、もう少し見た目にも拘ってくれれば、なおよかったけどね…」
 建設速度の速さと部材そのままの良さを最大限に利用することに比重を置いたパラ実式工法 ゆえ、若干様式美と耐久性に欠ける部分もある…
 継ぎはぎ部分が見えてたりとか釘が一本抜け落ちていたりとかしてるが…決して手抜き工事と呼ぶ無かれ。
 大事なことなのでもう一度言おう、これはパラ実式工法である。
「ああん…わかってねぇな、ブリジット。見かけより中身、ハートが大事なんだよ」
 立てた親指で胸元を示しながら椿が、にっと笑う。
 ブリジットはうーんという今ひとつ納得できない顔つきだったが、まぁ、いいか、と返した。
 まぁ、そういう性格だ。
 この時、耳障りで甲高いハウリング音が周囲に反響した。
 ステージ端でナレーション担当の紅射月 がマイクのスイッチを入れたのだ。
「あーあー、テストテスト。本日は晴天なり本日は晴天なり…聞こえてますかね?」
「聞こえてるぞー。OKなんじゃね?」
 ステージ上から頭上に腕で丸を作りながら椿が答える。
「スピーカーの位置ですけど、もう少し客席よりの方がいいんじゃないでしょうか」
 と、スピーカーの位置の調整を提案してきたのは機晶姫のペルディータ・マイナ だ。
 彼女は、ショーでは、メモリープロジェクターの機能を使って背景やBGMを主に担当することになっている。
「そだね。ステージで聞こえても仕方ないか。客席に聞こえてないとね」
 ブリジットがしたり顔で頷くが、そりゃそうである。
「OK、じゃ、動かすぞ」
 さっそくステージ近くに設置してあったスピーカーを抱えて、七尾蒼也 が客席寄りに運んでいこうとするが…
「おい、コードの長さが足りないんだけど…」
 電源コードの長さが足りない。
「えっと…」
 困惑の表情を浮かべるペルディータに、
「延長コードなら休憩用テントにあるはずですよ」
 と、ブリジットの傍らにいた舞が答えた。
 休憩用テントとは、出演者が着替えたり休憩できるようにステージから少し離れた場所に設置されたテントのことである。
「ああ、じゃ、僕が行ってちょっと取ってきますよ」
 マイクのスイッチをオフにして、射月が軽く右手をあげた。
 ステージの設置は問題なく順調に進んでいた。



AM9:00 羽ばたき広場 

 ステージの設営が終了した頃、ヒーローショーの出演予定者たちが、メイド服姿のイルマ・レスト に先導されて公園にやってきた。
「あちらが皆さんのステージに…」
 すまし顔で説明しようとするイルマの脇を、一陣の風が走り抜けていく。
 突風に煽られて、イルマのメイド服の裾がふわっとまくれ上がる。
 ピクっとイルマの頬が危険なモノを含んで引きつったが、その時には、突風の主、飛鳥桜 はステージの前にたどり着いていた。
「Oh、これが僕たちのステージ、もう完成してるね」
「はぁ…朝っぱらから元気だな。こっちは仕方ないから付き合ってやるんだ。ありがたく思えよ」
 そんな桜のはしゃぎぶりに、契約者でもあるアルフ・グラディオス はため息交じりだ。
「ふん、なかなかそれっぽいじゃねぇか」
 水路を背にする形で設置されたステージの背後には無地の大型スクリーンが配置されていて、舞台袖の左右に隣接したテントは、出演者の待機所だろう。
 胸ポケットから取り出しながら煙草にライターで火をつけながら万願・ミュラホーク がステージを見渡した。
「今から楽しみだな。頑張ちゃうぞぉ」
「気合入れすぎて、暴走して大失敗とかやめてくれよな」
 早くも気合入りまくりの桜に傍らのアレフが、苦笑しながら冗談半分で一言釘を刺す。
 だが、これが実はこの後、冗談でなくなるのだが、それはまた後の話だ。
「わたくしもとても楽しみですわ」
 ハールカリッツァ・ビェルナツカ が、控え目な態度で少しぎこちない微笑を浮かべる。
 劇を通して、内気な性格を変える切っ掛けになればと思って参加したのだが、開演が近くなると、緊張と不安もあって、表情が硬くなってきている。
「おい、今からそんなガチガチになっていたら本番までにへばるぞ。俺たちの衣装は先に届いているはずだな」
 ハールカリッツァの緊張に気づいた松平岩蔵が忠告をしつつ、念の為衣装の所在を確認した。
 出演者の衣装や小道具は当日持ってくるのも大変なので、事前にブリジットの元に送って、それを当日会場で受け取るという手はずになっているのである。
「皆様の舞台衣装は、休憩所のテントに運び込んであります」
 桜の先行で出鼻を挫かれた格好になったイルマが、気を取り直して、説明を続ける。
「あと、飛び入りの方も3名ほどおられます。ヒーロー役が2名、怪人役1名の3人です」
「ヒーロー大集合ニャ」
 超娘子 が驚いたように声をあげた。
 今の時点でも、ヒーロー役はウルトラニャンコ役の娘子を含めて、岩蔵の暴れん坊軍人、桜のヴァルキュリア・サクラの三人だが、岩蔵が仲間を二人、桜も一人連れて来たから、ヒーロー側が6人いる計算になる。
 一方の悪役側は、悪の女幹部役のハールカリッツァと、怪人役の万願・ミュラホークとピクシコラ・ドロセラの3人、それにくわせて戦闘員5人という構成だ。
「ヒーロー役は百々目鬼迅様がヒーローで、契約者のネロ・ステイメン様は、守護霊のような存在なので1名カウントでよいかと思いますが…怪人役のマイト・オーバーウェルム様は、少し遅れて登場されるようですわ」
「なに、マイトだと?あいつが来るのか…」
 岩造は、予想外の名前が出たことに驚いて聞き返した。
「知ってる人か?」」
 興味を覚えたらしい娘子の問い掛けに、岩蔵は少し困惑した表情で応えた。
「まぁ、イルミンスール魔法学校で武術部の部長をしている奴でな…その筋では結構有名な奴ではある」
 その筋ってどの筋ですか…
 岩蔵の歯切れの悪いトークに、得体の知れぬ不安を覚える面々だった。

 

AM 9:30 ステージ端

 開演までにはまだ時間がある。
 ナレーション役を買って出た紅射月は、ステージ脇にパイプ椅子を置き、そこに座って、メモ帳に書き込んだ出演者の役名や特徴を頭に叩き込み、何度も反芻していた。
 ナレーションが、役名を間違えたり、セリフを噛んだりすると、非常に恥ずかしいことになる。
 責任は結構重大だ。
「ウルトラニャンコに、ヴァルキュリア・サクラ、暴れん坊将ぐ、いや、軍人か…ここは要チェックですね」
 間違えやすそうな箇所には赤いマーカーでチェックしていく。
「よぉ、あんたが今日のナレーション役だってな」
 不意に頭上に影が差し、ぶっきらぼうな声が落ちてきて、射月は顔をあげた。
 オールバックの一癖ありそうな風貌の青年と、その傍らにボーイッシュな感じの長身の女性が立っていた。
 自分の背丈と大してかわらないだろうから、180cm近くありそうである。
「ヒーロー役一名追加でお願いします。これが設定です」
 長身の女性がズボンのポケットから紙を取り出すと、射月はそれを受け取った。
 ざっと設定に目を通してみた。
 百々目鬼迅 がヒーロー役で波羅蜜多救世主アトラスマスクと、ネロ・ステイメン が、アトラスマスクの傍らに立つ者(Stand by me)『N』となっている。
「ああ…これはどうも。ブリジットさんから話は聞いていますよ。百々目鬼くんと、ステイメンさんですね」
「ああ、そうだ。あー」
 迅は、少し言いよどんで首を捻る。
「射月です。ナレーション担当の紅射月。よろしくお願いします」
 椅子から立ち上がり、さっと、ごく自然な動作で手を差し出す。
 迅は少し戸惑ったような表情になったが…
「百々目鬼迅だ。よろしくな、射月」
 短い時間ではあったが、迅は射月の手を握って握手に応じた。
 見た目は不良っぽいですけど、悪い人間ではないようですね。
 まぁ、根っからの悪人なら、ボランティアのヒーローショーに参加しようとも思わないでしょうが…
「司会さん、僕たちの出番も盛り上げてくれよな」
 飛鳥桜とハールカリッツァ・ビェルナツカの二人も近寄ってきた。
「ご苦労様です。わたくしの設定ややこしくありませんか?」
 と、これはハールカリッツァ。
 彼女の設定は、悪の女幹部だが、基は心優しい一般人の少女を悪の組織が実験目的で改造された為、まだ中に少女の自我が二重人格のように残っているというちょっと込み入った設定になっている。
 桜の方は、本当に顔を見せに来ただけのようだが、ハールカリッツァは、心配して様子を見に来た感じだ。
「いやいや、大丈夫ですよ。任された仕事はやり遂げて見せます」
「おい、そこのお前たち。そこで何をしている」
 不意に野太い声が掛けられたのはこの時のこと。
 ヴァイシャリー軍の軍服に身を包んだ二人組の兵士がズンズンと近寄ってくる。
「んだ?てめぇは…」
 迅が近寄ってきた兵士の進路を遮るようにして立ちはだかろうとする。
「ちょ、待ってください」
 予想外の展開に射月が二人の間に素早く割って入った。
 ここで騒ぎを起こせば逮捕されかねない。
 ヴァイシャリーでは、空京のような日本的な警察機構はなく、軍が警察権を握っているから、軍に逆らうのは、司法警察を敵にするのに等しい。
「何かあったのでしょうか?私たちはヒーローショーの出演者なのですけど…」
 ハールカリッツァが努めて穏やかに兵士に問いかけると、軍人の表情が少し軟化した。
「うむ、確かにその話なら聞いているが…」
「軍曹、逃走中の犯人は20代前半の男ですよ。特徴に合う者はこの中には見当たらないようですが…」
 軍人のやや後ろに控えていた部下らしい兵士も仲裁に入ってくる。
「犯人?何か事件ですか…」
 ポケットから取り出した角砂糖を口に放り込み、ネロが逆に兵士に問いかけると、兵士はちっと舌打ちして、くるりと背を向けた。
「もういい、いくぞ。お前も捜査情報をぺらぺら喋るんじゃない!」
「申し訳ありませんでした、軍曹。君たち、邪魔して悪かったね」
 上官はあれだが、部下は人が出来ているらしい。
「何だ、あれ。上司の方、感じ悪いなぁ」
 桜がむっとした表情になって、立ち去っていく軍人の背中をにらみ付けた。

 同じ頃、霧島春美 は、舞台端で立ち回りの練習をしている超娘子を待機所のテントの端からこっそり伺っていた。
「ニャンコ、張り切ってるみたいね」
「大丈夫っぽいね」
 角ウサギの獣人ディオネア・マスキプラ も、春美の後ろから覗き見の格好でこっそり娘子の様子を伺う。
 娘子は春美の契約者の一人であり、ディオネアからみると、パートナー仲間にあたる。
 デパートの屋上などで娘子はしばしばショーをやっているから、ショー出演暦では参加者の中では一番ベテランになるのだが、それだけに気負ってないか少し心配だったが、杞憂のようだ。
 と、この時、テントから見知った顔が出てきた。
「あれ?ブリジットさん、どうしたんですか?」
 眉間に皴を寄せて出てきたのは、今回のショーの企画者でもあり、春美も所属する百合園女学院推理研究会の代表ブリジット・パウエルである。
「あ、春美。聞いてよ、うちの屋敷の使用人に戦闘員役を頼んだおいたのよ。そしたら、一人来ないのよ。もうすぐ時間だっていうのに。電話にも出ないの」
 右手に持った携帯をちらつかせえて、ブリジットは頬を膨らませている。
 話によると、戦闘員役の使用人の一人が定時になっても姿を見せず、自宅に電話しても携帯に掛けても通じないらしい。
 腕組みしたブリジットは、苛立たしげに足を踏み鳴らす。
「戦闘員は舞台に子供たちが上がった時に、側について誘導役もするから…まぁ、一人代役は見つけてあるんだけど…来ると言って来ないなんて馬鹿にするにも程があるわよ」
 客席の方に視線を転じると、そろそろ席が埋まり始めている。
「えっと…何か事情があって遅れているのかもしれませんよ」
「だと、いいんだけど…とりあえず、もう一度だけ休憩用テントを見てくるわ」
 そう言って、ブリジットは休憩所になっているテントに向かって行った。
 ほどなくして、彼女は教導団の軍服を来た男性と黒いコスチュームに身を包んだ戦闘員を連れて戻ってきた。
 春美とディオネアは互いに顔を見合わせて安堵の息をついた。
 どうやら、遅れていた使用人もショーの開始に間に合ったようだ。


AM 10:30 ステージ

 大きく深呼吸を一つして、紅射月は、マイクを握る手に力を込めた。
 さすがに緊張してきましたよ…
 いよいよ、ヒーローショーの開演時間だ。
 覚悟を決めるしかない。
「それじゃ、射月さん、挨拶に出ましょうか」
 ペルディータ・マイナに促されて、射月は、もう一度深く深呼吸してから、マイクのスイッチをオンにした。
「ヴァイシャリーのちびっ子たちのみなさん、こんにちわ。ヒーローショーが始まりますよ」
 舞台に上がった射月と音響兼映像担当のペルディータの二人は、視線を客席に巡らせる。
 ヒーローショー自体が珍しいこともあるのだろうが、客席はほぼ満員御礼の状態だった。
 多くは小さな子供をつれた家族連れだが、中には、身体は大人心は子供、の人たちや、観光客らしい姿もある。
 射月は、ペルディータに目で合図してから、マイクを手渡す。
「はーい、みんな、こんにちわ!」
 マイクを受け取ったペルディータが会場に手を振りながら挨拶すると、会場からも、こんにちわー、という子供たちの声が返ってくる。
 ちなみに今の射月とペルディータはカラフルな色彩の戦隊ヒーロー物のオペレーターみたいなコスプレ衣装姿だ。
 射月はナレーションは地味な裏方の仕事と考えて目立たないだろうと考えていたのだが、それは甘かった。
「これからこわーい怪人さんや格好いいヒーローさんが登場するんだけど、その前に、ちょっとお姉さんのお話聞いてくれるかな?」
 最前列に陣取っている子供たちによく聞こえるように、ペルディータはゆっくりとした口調で、ショーの途中で急に立ち上がったりしないことや、ヒーローがピンチになったら、隣のお兄さんと声を揃えて、ヒーローに声援を送って欲しいこととか、お土産のお菓子は皆の分もあるから慌てなくてもいいことなどなど、いつくかの基本的な注意を説明した。
 説明が終わると、ペルディータがマイクを射月に返し、二人はそれぞれの定位置に移動する。
 ナレーション役の射月は舞台脇、ペルディータはステージ正面の位置で、音響とスクリーンへの投影を行う。
 ハードロックテーストのBGMに乗って、反対側のテントから、悪の組織のメンバーたちがステージに現れる。
 女幹部の衣装に身を包んだハールカリッツァ・ビェルナツカこと、シャダー・アジュールを中心にして、ワニと犬を合体させたような衣装の怪人ワニケルベロスの万願・ミュラホーク、黒いラビットガール姿のピクシコラ・ドロセラと黒い海賊ルックの男(ロランアルト・カリエド )、そして黒い衣装に身を包んだ戦闘員たちだ。
「あら、僕たちにお譲ちゃんたち、こんにちわ」
 ステージの中央で弓を手に立つシャダーが挨拶すると、会場からはまばらに挨拶が返ってくる。
 いきなり悪役然として悪の女幹部に挨拶されて戸惑っているのだろう。
「こら、お前ら、声小さいぞ。ちゃんと飯食ってきたか?」
 ワニケルベロスが耳を側立てる仕草をしてみせる。
「そやそや、そんな小さな声だしていると、力もでぇへんでぇ」
 肩に斧を担いだ海賊キャプテンブラックがステージの前を右から左、左から右にゆっくりと動きながら、もっと大きな声でと催促する。
 2回目、まだ小さい
 3回目、もう少し
 4回目、で、ようやくシャダーから、合格のサインが出る。
「よし、今のはなかなかいい挨拶だったわね。あなたたちには私たちの組織に入る素質があるようね。今日は、皆の為に、美味しいお菓子を用意してきたわ。さぁ、ステージに上がってこの美味しいクッキーを食べれる子は誰かな?」
 おいしそうな焼きたてのクッキーの入ったバスケットを手に黒いバニーガール姿の怪人ブラックラビットがにっこり微笑みながら、客席に見えるようにステージの前を横断していく。
 これは余談だが、実際そのクッキー、ワニケルベロスの中の人万願・ミュラホークの手作りだ。
 彼はジャダの森で猫華という名のパン屋を実際に切り盛りしているのだ。
「はいはいはいはい!」
 さっそく、やたら元気一杯な声をあげて10歳ぐらいの女の子が、最前列のロープのところまでやってきた。
 長い銀髪に青い瞳、人形のようなという形容が出来そうな美少女なのだが…
「よぉし、じゃ、まずはお嬢ちゃんな。元気な嬢ちゃんやな」
 子供の選抜役の一人になっていた海賊キャプテンブラックが女の子の手を握って、客席からステージに連れてあげる。
 他の戦闘員5人もそれぞれ一人ずつ子供をステージの中央につれて来る。
 合計6人の子供がステージ中央で一列に整列する。
「やっぱ子供てかわええなぁ・・・」
 ステージ上だから許されるが、黒ずくめの海賊男が言うセリフとしては、犯罪として立件できるレベルの危険なセリフである。
 何を言ったかよりも、誰が言ったが重要な時があると、言ったのは誰だったろうか…
 少女が客席に手を振る。
 キャプテンブラックが客席に視線を向けると、ビデオカメラを手にした女性が、手を振っているのが見えた。
 キャプテンブラックことロランアルトは、ヴァルキュリア・サクラこと飛鳥桜の契約者の一人なのだが、たまたまショーの様子を覗きに来たところを、戦闘員役の一人が来ないことに苛立っていたブリジットに見つかり、半ば強引に悪の組織側に参加させられてしまったのだ。
 けど、何で海賊やねんとツッコミたくもなったが、マスクを被って顔も見えない上に、ヴァーしかセリフのない戦闘員よりは百倍マシなのも事実だ。
「さ、あんたたち、まずは自己紹介なさい」
 シャダーがステージに上がった子供たちに自己紹介するように促す。
「1番、ウォーデン・オーディルーロキ 、10歳だよ、ロキでいいよ」
 と答えたのは、キャプテンブラックが連れて来た女の子だ。
「あら、ウォーデンが名前じゃないのかしら?ロキは、どこから来たのかしら?」
「うーんとね、ロキは北欧から来たんだよ」
「ほくおー?」
 聞きなれない地名に首を捻るアジャーにワニケルベロスがそっと耳打ちする。
「恐らく北欧です、アジュール様。地球のヨーロッパ大陸の北方のことです」
「ああ、北欧ね。もちろん知っていたわよ。ずいぶん、遠くから来たのね」
 そのやり取りを客席で見ていた、月詠司 は、額に手を当てて嘆息した。
「あーあー…ロキ、ステージにあがっちゃいましたよ」
 ロキに手を振っていた母親、もとい、シオン・エヴェンジェリウス は隣でビデオカメラを回している。
「なかなか愉しいイベントじゃない♪」
 シオンは他の子供たちと並んでステージ上にはしゃいでいるロキの姿を撮影しながら、ときおりロキに向かって手を振る。
 見た感じ完全にわが子の思い出を記録に残す母親そのものである。
 隣の知らないおっちゃんから、お子さん可愛いですね、奥さんも美人だし、と声を掛けられた司は、ありがとうございます、と答えておいた。
 いちいち否定するのもいい加減疲れた。
 司にしてみれば、今日はシオンとロキを連れて買い物に出て、帰り道に公園で散歩をするだけの簡単なお仕事、いや、休暇になるはずだったのだ。
 どうして、こうなってしまったのか…
 確かに空京の掲示板にヒーローショーの出演者募集の書き込みがあったのも知っていたが今日だったとは…
「ところで…蒼也君、君、さっきから何を見てるの?」
 すぐ隣の席でステージを見ずに携帯画面を覗いている七尾蒼也に気づいて、司が声を掛ける。
 蒼也とは、ロキが参加している百合園女学院の推理研究会主催の懇親会でも顔を合わせたことがあった。
 確か、ステージ正面でプロジェクターになっている機晶姫の契約者だったはずだ。
「ああ…ぱらみったーを見ていたんです…宝石店に強盗が入って、犯人がこの辺に逃げ込んだそうなんですよ」
 ぱらみったーは、呟きを携帯から打ち込むとそれがリアルタイムに配信されていくサービスで、何気ない呟きに反応が返ってくるのが面白く、最近流行っている。
「強盗ですか?」
「滅多なことはないだろうが…ペルディータにも知らせたいけど、携帯切ってるだろうしな」
 今、ペルディータはステージ最前列の椅子に座ってプロジェクター役をしている。
 ショーの間に流れているBGMは生前「鶯の君」と呼ばれていた自称金剛山の女仙金仙姫 が編曲したものを編集してペルディータが流しているのだが、ショーの途中に携帯が鳴ったりしたらショーが台無しだ。
 当然、携帯の電源は切っているだろう。
「それでさっきから兵隊がうろうろしているんですね。でも、公園に潜伏しているとは限らないですから」
 司の言葉の半分は本気、残り半分は願望だ。しかも、かなり切実な。
 ちらりとシオンに視線を向けるが、シオンは撮影に夢中なのか無反応だった。
 また、面白そうとか言い出して、首を突っ込むんじゃないか…
 そんな不安が一瞬頭を過ぎったとしても、誰が司を責められるだろう。
 買い物に来ただけのはずだったのに、一番肝心な物を買い忘れてましたねぇ。
「なぁ、蒼也君、どこに行けば売ってますかね?安息って…」
「え?さぁ、ちょっとわからないですねぇ…」

 二人がそんなやり取りをしている間にもショーは進行していた。
 子供たちの自己紹介が終わり、ブラックラビットが、綺麗にラッピングされたクッキーを子供たちに渡している。
「ふふふ、さぁ、子供たち。私たちの仲間になるなら、もっとたくさんお菓子もあげるわよ」
 シャダーの甘い言葉に子供たちの純真無垢なピュアハートが悪の色に染まろうとする。
「大変だ。このままでは、皆の友達が悪の手先にされてしまうぞ。さぁ、皆で正義の味方を呼ぼう」
 湧き出す羞恥心を強引にねじ伏せ、紅射月がマイク片手に会場の子供たちに呼びかける。
「ウルトラニャンコ!」
 思い切って声を出した射月に対して、しかし、会場からの子供たち声はまだまばらだ。
 あれ?
 ヴァイシャリーの子供たちには、ヒーローショーというものに慣れてないのだろう。
 声を出すタイミングが掴めないのか、恥ずかしがっているのか…
 舞台端でスタンバイしているウルトラニャンコも、これでは出れない。
「…ああん、何だぁ、今のは…蚊でも飛んでるのかぁ」
 ワニケルベルスが耳をそばだてる仕草をする。
「ふふ、この分では戦わずして私たちの勝利のようね」
 シャダーも、会場を睥睨しながら、ツンと顔をあげて、高笑いするようなポーズを取って、挑発してくる。
 射月は覚悟を決めた。
「声が小さいぞ、皆ぁ!そんなことじゃヒーロー来てくれないぞぉ!もう一度、お兄さんと一緒に呼ぼう、さぁ!ウルトラニャンコォォ!!」
 両手を広げ身体を仰け反らせて絶叫する射月。
「ウルトラニャンコ!」
「ニャンコ、ニャンコ」
 その熱意が通じたのか、それとも射月を不憫に思ったのか父兄の皆さんも一緒に会場からニャンココールが沸き起こる。
 そして、その時だ!
「そこまでだニャ、シャダー!皆もそのお菓子食べたらお腹ピーピーニャ!」
「何者だ!俺様の菓子を愚弄する奴は」
 若干私情も入って、声の主を探すようにワニケルベロスの怒声が辺りに響く。
 軽やかなアップテンポの曲と共に舞台端から颯爽と姿を表す影一つ。
「ウルトラニャンコがいる限り、このシャンバラでの悪事は許さない」
 空中で体の捻りを加えた宙返りを決め、ひらりとステージの中央に着地。
 派手なエフェクトと共に舞い上がる白煙の中に決めポーズを取るウルトラニャンコ。
「正義のヒロイン☆ウルトラニャンコ、ここに参上!」
 ヒーローの決めポーズと決めセリフが終わるのは待つのは、マナーである。
 シャンコの決め台詞が終わったのを確認したキャプテンブラックが、
「くっくっくっ、一人で現れるとは、飛んでい火にいる夏の虫だな。ウラトラニャンコ。いや猫だから、動物やな」
 手に持った斧(もちろん作り物だ)を娘子に向けて、邪悪な笑みを浮かべる。
 ワニケルベロスとブラックラビットが、キャプテンブラックの横に並び、その背後の指揮官位置にシャダーが立つ。
「アジュール様、今回はどうヒーローめを倒しますか?」
 ワニケルベロスが口を大きく開いて(実際には万願の頭の上についている飾りだが、リモコン操作で開閉可能なのだ)、会場を威嚇する。
「ふん、一人でやってくるとはこのシャダー様も舐められたものだね。お前たち、やっておしない」
 腕を力強く振り抜き号令するシャダー。
 まずは控えていた戦闘員たちが「ヴァ!」と叫びながら、一斉にニャンコに襲い掛かる。
 むろん、戦闘員が束になっても倒されるヒーローではない。
 うなるニャンコの肉球パンチ!
 肉球パンチを頬に受けた戦闘員が、少し幸せな表情になって、まぁ、実際にはマスクしているから顔は見えないが、空中でアクション映画ばりの横回転をしながら吹き飛ぶ。
 轟く怒涛の稲妻キック!
「ヴァ~」
 数で押す戦闘員たちだが、バタバタと倒されて逃げ戻ってくる。
「ええい、お前たち、なんて様なの、後でおしおきよ!」
 足もとに倒れ込んできた戦闘員の頭を蹴り、シャダーが怒鳴る。
 シャンコたちの迫真の演技と、悔しがるシャダーに会場から拍手と笑いが起こった。
「ここは私にお任せください、シャダー様、この私のダークマジック、とくと見せてあげるわ、勝負よ、ニャンコ」
 リアルでは、ウルトラニャンコの超娘子とブラックラビットのピクシコラ・ドロセラは、同じ霧島春美のパートナー同士だが、今は敵と味方だ。
 手の中からステッキを出現させた(手品だ)ブラックラビットがニャンコと対峙する。
 その間、残りの怪人二人のうち、キャプテンブラックは、斧を構えて待機していたが、ワニケルベロスはステージの端で、運動前のストレッチ運動を始めていた。
 意外に健康的だぞ、ワニケルベロス。
「解説しよう!ブラックラビットの正体は悪の道に落ちたマジシャンなのだ。彼女の身に纏う漆黒のラビットガール服が闇のオーラを帯びる時、ブラックラビットの力は、最高潮に達するのだぁ!」
 さっきのニャンココールで燃え尽きたかに見えた射月のコメントが場を盛り上げる。
 何か吹っ切れたようだ。
 ハットの中から飛び出した虹色のテープの束が、パンパパンというクラッカーのような(本当にクラッカーだが)音とともに飛び出し、ニャンコに絡みつく。
「もろたでぇ!」
 斧を振りかざしたキャプテンブラックが動きを封じられたニャンコに襲い掛かる。
「させない!」
 間一髪、ブラックラビットの呪縛から逃れたニャンコがキャプテンブラックの斧をかわす。
 ブォォォーン
 甲高い駆動音を会場に響き渡る。
 準備運動を終えたワニケルベロスが戦闘員から受け取ったチェーンソー(歯はゴム製です)を手に、ゆっくりとニャンコに迫る。
「俺様は史上最恐怪人ワニケルベロス!!その命…俺様に、消されなさい!ってか?ギャハハ!!」
 普通に悪いヤツだぞ、ワニケルベロス。
 ブラックラビットのダークマジックによって身動きを封じられたニャンコに、キャプテンブラックのアックスとワニケルベロスのチェーンソーが迫る。
 危うし、ニャンコ…
「このままではニャンコが危ないぞぉ!皆、彼女を呼ぼう。太陽の如く、悪の闇を照らす正義の大輪、ヴァルキュリア・サクラを!」
 沸き起こるサクラコールに、緊迫した戦闘用BGMが一転して、熱いヒーロー物OP調に変化する。
「僕を忘れてもらっては困るな」
 同時に虹色の閃光がチェーンソーを構えたワニケルベロスの頭部を直撃。
「ぐわぁ」
 派手な演技で大きく仰け反るワニケルベロス。
「ワニケルベロス!」
 ジャダーの叫び声と共に、新たなヒーローが、太陽を(実際にはペルディータが背後のスクリーンに投影した映像だが)をバックに、ひらりとステージに舞い降りる。
「悪の闇に咲く正義の大輪!」
 眩いライトの中に浮かび上がるシルエット
「ヴァルキュリア・サクラ参上!」
 制服と和服を合わせた衣装は、サクラの名の通りに、桜をイメージしたものだ。
「おっとぉ!みんなの声に応えてヴァルキュリア・サクラが来てくれたぞ!さぁ、皆でサクラに声援を送ろう、頑張れぇ、サクラ!」
「がんばれぇ、サクラ!」
 今度は会場も最初から大合唱でサクラへの声援が送られる。
 どうやら、会場もノリを理解してくれたらしい。
「OK!まかせとけって。このヴァルキュリア・サクラが来たからにはもう悪人たちの好き勝手にはさせない。ニャンコ、大丈夫か」
「大丈夫ニャ。助かったニャ」
 疲れたニャンコを庇うように、ステージ中央に進み出るサクラ。
「ふん、性懲りもなくまた現れたたね、サクラ。しかし、今日はいつものようにはいかないわよ」
 弓を構えてシャダーがポーズを決めると、さらにサクラのパートナー沈黙の剣士アンノウン(アルフ・グラディオス)が巨大な大剣(プラスチック製です)を肩に乗せ、ゆっくりとステージの端から姿を見せる。
「…?」
 サクラの横で大剣を構えたアンノウンは、斧を手にしたキャプテンブラックの顔を見て、渋い表情になったが、ヒーローになりきっているいる桜は気づいていない。
 とにかく、これで戦いは4対3の勝負だ。
 弓の乱れ撃ちでヒーローたちを威嚇するシャダー(矢はペルディータによる投影です)。
「おお、すごいレインアローだぁ!悪の女幹部シャダーのリカーブボウから放たれる青く輝く矢は、一度に最大八つまでの目標を狙い打つ事が可能なのだぁ!」
 接近戦を挑むべく接近しようとするサクラが、シャダーの繰り出す矢の雨を見事なフットワークでかわす。
 その傍らでは、ブラックラビットのシルクハットから召喚された鴉(手品です)を、ウルトラニャンコが迎え撃つ。
 出演者たちは、役者ではないもののに契約者やそのパートナーである。
 その常人離れした動きに、客席の一般人は固唾を呑んで展開を見守り、派手な演出がある度に歓声をあげる。
 剣士アンノウンとキャプテンブラックも斧とグレートソードで激しい鍔迫り合いを繰り広げて…いなかった。
(ちょ、お前何やってんだよ。しかも、なんで海賊なんだよ)
(これにはパラミタ内海より深い理由があんねんて。そのいろいろ複雑な経緯があったんや)
 剣士アンノウンの詰問にキャプテンブラックが言い訳するように応える。
(なんだ、そのパラミタ内海より深い訳というのは…)
 この時、事件は起きた。
 後に関係者は語る…
 俺もアイツも話に夢中になっててな…あれは、まぁ、不幸な事故やったんや(海賊キャプテンブラック AS ロランアルト・カリエド氏談)
「どうしたのかしら、サクラ?その程度かしら?」
 リカーブボウの乱れ撃ちに戦闘の間合いに近づくことが出来ないサクラにシャダーが挑発の言葉をぶつける。
 サクラの本気の炎が、ちょっと間違った方向に点火した。
「なんの、これが僕の本気だ、行くぞ、全力トマティーナァァァ!!!」
「何!?」
 懐から取り出した赤い球体を握り、大きく振りかぶるサクラ。
「おお、これは何だぁ。サクラの必殺技かぁ!?」
 しかし、サクラは接近戦を得意とするヒーローという設定になっているのだが…
 光条兵器は銃型だが、赤い球体が光条兵器でないのは明らかだ。
 射月もシャダーもこの展開は知らない。
 危険なものを察して警戒態勢に入るシャダー…来るか、サクラの必殺技。
 が、ここでちょっとしたイレギュラーが起きた。
 力みすぎたのか、文字通りの全力投球された赤い物体は、コースを外れてシャダーの脇を飛び越していく。
 その先にいたのは…
「お、あぶ…」
 キャプテンブラックの言葉が最後まで紡がれる猶予などあるはずもなく、それはブラックと鍔迫り合いを演じるフリをして会話していてアンノウンの後頭部を直撃した、
 グチャァ!という嫌な音を立てて、ステージに真っ赤な花が咲く。
 いや、もちろん、アンノウンの頭が砕けたとかそういうことではない。
 そりゃそうである。ヒーローショーが惨劇の舞台になってしまっては洒落にならない。
 そうではなく、砕け散ったのは、投げられた赤い球体の方、トマトだ。
 そう、あの野菜のトマトだったのだ。
 なんで、サクラがトマトを投げたのかって?それは聞かない約束なんだ。
「ぬぐぉ!」
 とても普通のトマトが当たったとは思えぬほどの勢いで派手に吹っ飛ぶアンノウン。
「えーっ!」
 とスピーカーに絶叫が響く。
 ナレーションをしていた紅射月の声だ。
 アンノウンは相棒でしょう…あの子、味方をやっちゃいましたよ。
「あ、あれ?ちょっと手元がくるちゃったな」
 テヘっっとか舌を出して誤魔化そうとするサクラである。
「お、おい、今の後頭部直撃だったぞ。大丈夫…」
 あまりの衝撃に役を忘れてワニケルベロスが思わず助けようとする。
 と、ステージ上で馬車に轢かれたカエルみたいになっていたアンノウンの手がピクリと動き、やがてゆっくりとした動作で立ち上がる。
 どす黒い怒りのオーラを身に纏いながら…邪剣士アンノウン大地に立つ。
 そのあまりの禍々しい瘴気にシャダーですら思わず後ずさるほどだ。
 ゆらっと上体を揺らしながら振り返るアンノウンの血走った目が頭を掻いてヘラっと笑っているサクラを捕らえる。
「っ何しやがる畜生が!俺を巻き込むんじゃねぇよ阿呆!」
 沈黙の剣士の口から罵声がサクラに叩きつけられる。
「あ、アホじゃない、アホじゃ。ちょっと手元が狂ったんだろ!」
 アホ呼ばわりされたのが腹に据えかねたのか、それまで照れ笑いしていたサクラも猛然と反論する。
「避けない方が悪いんだよ。アレフがトロいだけだろ」
「言ったなぁ、このアホ垂れぇ!!」
「アレフちゃう、アンノウンやろ、アンノウン」
 キャプテンブラックがとりなそうとするよりも早く、アンノウンは大剣を振り上げて、サクラ目掛けて突進していく。
 負けじと拳を構えて、アンノウンに迎え撃つサクラ。

 VALKYEIA SAKURA VS SOWRDMAN UNKNOWN

 ROUND1 FIGHT!

 大ジャンプで一気に距離を詰め、着地様に、構えた大剣を振り下ろすアンノウン。
 が、一瞬早くサクラがバックステップを踏んで斬撃をかわす。
 剣がステージの床をぶち抜き、木片が飛び散る。
 「あ!てめぇ、何しやがるぅ!」
 客席でステージが壊されるのを見た泉椿が悲鳴をあげた。
 剣を引き抜くのに手間取るアンノウンに対して、溜め状態からダッシュパンチ攻撃を繰り出したサクラの攻撃を受けてアンノウンの身体が後方に飛ぶ。
 「どうだ!」
 「何のぉ、爆炎剣!」
 剣に爆炎波を乗せたアンノウンの反撃に、追撃を入れようとしたサクラがガードに入る。
 「熱いじゃないかよ!」
 「もういっちょ、爆炎け…」
 「させるかぁ!」
 さらに爆炎波を放とうとするアンノウンのモーション途中に、サクラのしゃがみ弱キック足払いがHITする。
「いっくぞぉ!!」
 続け様に中パンチ連打からのコンボを狙うサクラ、だが、それを読んでいたアンノウンのガードからのカウンターが入った。
 「ばばば爆炎剣!」
 「はう~はう~はう~」
 下段からの切り上げ爆炎剣を受けたサクラが燃え上がりながら、中に舞った。
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「ちょっと、カットよ、カット!何やってのよ、あの二人は!正義の味方が仲間割れしてどうすんのよ!」
 舞台端からステージを見ていたブリジット・パウエルが喧嘩を始めた桜とアレフに驚いて、ステージに出て行こうとする。
 それを手で制する者がいた。
「まぁ、待て。ここは俺たちが行く。ここで劇を中断させる訳にもいくまい」
 暴れん坊軍人(松平岩蔵)である。
 その名前の割には常識人のようだ。
「それがよい。ここは私たちに任せていただきたい。悪いようにはせぬ」
 暴れん坊軍人は、部下の隼(ファルコン・ナイト )がそういい切る。
 断定的な物言いだが自信が感じられる。
「うん…まぁ、あんたらがそういうなら、任せてみてもいいけどね。確かに舞台を中断したくないし…」
「でも、舞台の床、穴が開いちゃってるわよ」
 怒りで震える泉椿の傍らにいたオープン・ザ・セサミが椿を横目に指摘した。
 アンノウンの一撃で、ステージの中央に穴が開いてしまっているのだ。
「ぶっとばす…」
 椿が怖いことを言っている。
「まぁ、お嬢ちゃんたちはここで大人しく俺たちの活躍を見てろよ」
 竜(ドラニオ・フェイロン )が椿の肩をポンと叩いて暴れん坊軍人と隼の後に続いてステージに出て行く。
 ちなみに、隼と竜は、岩蔵の契約者で、隼はファルコンに変形可能な機晶姫で、竜はドラゴニュートである。
 名は体を表すのである。
 舞台の中央では、サクラとアンノウンが、口汚く罵りあいながら、互いにパンチを出したりキックを出したりしてけん制しあっている。
 岩蔵は腰に手をあて、嘆息してから、下腹に力をこめて、
「こぉらぁ、お前らぁ、いい加減にせんかぁ!」
 サクラとアンノウンを一喝する。
 突然の登場に、一瞬BGMが止まったが、それもつかの間。
 すぐに暴れん坊軍人用に用意された時代劇のラスト5分みたいな曲が流れ出した。
 何か、成敗されてしまいそうだ。
 一方、射月はナレーションに困った。
 暴れん坊軍人用のナレーションも用意はしていたが、仲間割れ状態なので使うに使えないからだ。
「えっと…あ、あれは、暴れん坊軍人だ。暴れん坊だけど暴れないぞ。サクラとアンノウンを仲直りさせに来てくれたんだ」
 もうグダグダである。
「いや、そもそもこいつが…」
 トマトをぶつけたのが悪いと弁解しようとするアンノウンだが、先に切れたのは自分だから、言葉が力がない。
「そうですよ。皆仲良くですよ」
 と、今度は舞台端からひょいと顔を出す者がいた。
「ちょっと舞、顔出てるわよ!顔」
 舞台端から顔を出してきた舞をブリジットが押し戻そうとしていた。
 何が起きたのか理解できずに固まっていた会場の空気が再び動き出した。
 忍び笑いが聞こえてくる。
「いいから、お前たち、ちょっと来い!」
「はい…」
「あ、わかった…」
 暴れん坊軍人たちに連れられ、サクラとアンノウンは頭を掻きながら舞台端に下がる。
 最後に一人残された超娘子は、まだ呆気に取られている悪の組織に向き直り、
「出直してくるニャ」
 スタタタっと早足で退場した。
「あ…えっと…」
 な、なんなのかしら、この展開…い、いったいどう取り繕えば…
 退散したニャンコに伸ばしてしまったこの手が空しい…
 ハールカリッツァ・ビェルナツカは、悪の女幹部アジャー的はどう振舞うべきが思い悩んだ。
 基本はアドリブだから、いろんな展開を想定はしていたが、さすがにこれは想定外だ。
 それに、問題もあった。
 ステージの中央の床には、さきほどアンノウンが大ジャンプ斬りでぶちぬいた大穴が開いていて、このままでは立ち回りの障害になる。
 ナレーション役の射月も今にも泣きそうな顔になって沈黙している。
「せ…」
 キャプテンブラックが口を開いた。
「せ?」
 何か起死回生の秘策が…と、一縷の望みを託してシャダーは、ブラックに向き直り、先を促す。
「正義は…滅んだ」
「なんじゃ、そりゃ!」
 隣で聞いていたワニケルベロスが頭をキャプテン・ブラックの方に回した。
 ところで、ワニケルベロスの口(正確には万願の頭の上の飾りだが)はリーゼントのように前方に突き出している。
 そのワニケルベルスの長く突き出たワニの口が、キャプテン・ブラックの被っていたパイレーツハットを跳ね飛ばす。
 何が起きたのかと放物線を描いて飛んでいくハットの行方を視線で追う面々。
 飛んでいったパイレーツハットは、ステージ最前列でスクリーンに映像を投影していたペルディータの頭に、すとんとジャストフットした。
「え?」
 これには映像を投射に集中していたペルディータも驚いた。
「おおー、ワンダホー」
 思わず拍手するブラックラビットの声が、沸き起こる感情に震えている。
 これが笑いというモノか…
 それまでシーンと水を打ったように静まり返っていた客席で、誰かがプッと吹いて笑い声をあげた。
 それが起爆剤になったのだろう。
 堪えきれなくなった会場が一斉に爆笑の渦に包まれていく。
 慌ててパイレーツハットを外したペルディータの視線が外れた為に、スクリーンの映像が途切れて、背景が白くなった。
「えーっと、ここで10分の休憩を取りたいと思います。後半にご期待くださいっ!」



AM11:00 ステージ脇待機所

「悪い…」
「すまななかった。ついカッっとなっちまって、ちょっとやりすぎちまった」
 飛鳥桜とアルフ・グラディオスが頭を下げている。
「お前、ふざけんなよ、あのステージ作るのに、どんだけ苦労したと思ってんだよ」
「駄目ですよ、椿さん。気持ちは分かりますけど、喧嘩はよくないですよ」
 泉椿がアルフに掴みかかろうとするのを、舞が間に入って制止する。
「まぁ、ここは相手の話も聞いてあげなさい」
 と、椿のパートナー、セサミも言葉を添えてくる。
「すまなかった。ステージを壊すつもりはなかったんだ」
 椿に頭を下げるアレフを睨みつけていた椿だったが、
「ち、仕方ねぇな」
 さすがに舞を突き飛ばしてアレフに殴り掛かる訳にもいかず、握っていた拳を解いた。
「とりあえず、あたしはステージの応急修理してくる。あんな大穴開いたままじゃ、演技できないだろ。後半には間に合うようにするよ」
 怒りのエネルギーを修理作業に向けるべく、椿は踵を返すとテントを出て行く。
 ノシノシという擬音が聞こえきそうな歩き方で出て行く椿の後姿を見送るセサミが、小さく肩をすくめて苦笑した。
 一方、さすがに反省している二人を、腕組みしたままじっと睨んでいたブリジットは…やがて、ふっと息をついた。
「まぁ…会場は何か受けてるみたいだし。でも、後でちゃんと椿には謝っときなさいよ」
 傍で成り行きを心配そうに見守っていた橘舞が周囲の緊張が解けていくのを感じてほっと胸を撫で下ろす。
「帽子が飛んできたのは、ちょっと、びっくりしました」
 と、これはペルディータ・マイナだ。
 ペルディータは、パイレーツハットを、ロランアルト・カリエドに返しながら苦笑している。
「いや、あれは俺が悪かった。まさか、当たるとは…」
「あ?あれれ?狙ってやったんとちゃうんか?やるな、オッサン思とったで」
 ワニケルベロスの尖った口先を叩いて謝罪した万願・ミュラホークの言葉にアルフ・グラディオスが、意外そうな顔をする。
「あんなもん、狙ってやれるわけ無いだろうが…」
「申し訳ありません、皆様。わたくしにもっと何か気の効いたフォローが出来ればよかったのですが…」
 ハールカリッツァ・ビェルナツカは、アジャー役のツンな性格から、生真面目で内向的な本来の性格に戻っている。
「まぁ、あの状況で気の効いたフォローは難しかったと思いますよ。私も頭真っ白になりましたし、まさかヒーロショーの司会で膝が笑う経験をするとは…」
「笑っていたのは膝だけじゃなかったようだけど…」
 ブリジットの指摘に、射月の顔に、ゴボンと咳払いして誤魔化そうとする。
「な、何のことですか…嫌ですね。あははは」
 会場の爆笑に釣られて笑ってしまったのを見られていたのか。
 まぁ、さすがにあの状況ではインターバルを入れるぐらいしか思いつかなかったのも事実である。
「済んじゃった事は仕方ないわよ。後半で挽回して頂戴ね」
 この時、ひょこり顔の覗かせてきたのは、七尾蒼也だった。
「よぉ、なかなか楽しいショーだったな。特に最後の面白かったよ。あの帽子の芸には思わず吹いちゃったよ」
「蒼也だったの、あれ…聞き覚えのある笑い声だとは思ってはいたけど…」
「へ?」
 咎めるような口調でペルディータに睨まれて、蒼也は戸惑った表情を浮かべながら、
「ところで、今ちょっと時間あるか?」
「ごめん、今から後半のすり合わせしたいのよ。大事な用事?遅れてる参加者の一人も直に到着するし…」
 困惑の表情を浮かべるブリジットに、蒼也はあっさりと引き下がる。
「いや、なら、いいや。大したことじゃないしな。また後でな」
軽く右手をあげてから、蒼也は、それじゃまた後でといい置いてテントを出た。



AM11:05 羽ばたき広場

 テントの外に出た直後に蒼也の携帯がなった。
「もしもし…すいません、事件と逃走中の犯人のことブリジットかペルディータに話そうと思ったんですけど、打ち合わせ中で話出来そうな雰囲気じゃなかったです。ぱらみったーでもう少し情報を集めてみましょうか?そうですか、気をつけてください。犯人銃を持っているようですから」
 携帯でしばらく話していた蒼也は、携帯を切ると再び携帯の操作をしながら、客席の方に移動していく。
 その様子をこっそり蒼也の後についてテントを出ていたオープン・ザ・セサミは、興味深げに見ていた。
「ふぅーん、何かあるなぁ、とは思ったのだけど…今日はショー参加者の人間観察のつもりだったけど事件に逃走中の犯人か…何かそっちはそっちで面白いことがおきてるみたいね」
 好奇心に満ちた笑みを浮かべて、セサミは蒼也の電話の相手は誰だろうかと思いを巡らせた。
 話し方からして電話の相手は彼より年長者よね。
 司?違う違う…推理研のメンバーだとすると…たぶんあの人よね
「そうですか。ショーも大事ですし、仕方ないですね。私は少し周辺を調べてみます。何かあればまた連絡しますね」
 携帯を切ってから、霧島春美は契約者でもあるディオネア・マスキプラと共に、公園を歩き出した。
 宝石店を襲った強盗犯が、近くに潜んでいる可能性がある。
 兵士が公園に沢山要るのは、地球人とシャンバラ人の友好を快く思わないテロリストがショーを狙っているからに違いないと勘違いしたディオネアが、兵士の会話を盗み聞きしてきたのだ。
 強盗犯の追跡の方が、テロリストよりは現実味はある話だとは思う。
 客席にいた七尾蒼也から、ぱらみったーでも同じ情報が流れていることを聞いたから、強盗犯が逃走しているのは間違いないだろう。
 公園を巡回する兵士の数もさっきより増えてきてるのも気になる。
 現在判明している犯人の手がかりは、20代の男性で銃を持っていて、逃走中にカラーボールが足に当たった可能性があるってことぐらい…
 カラーボールが当たっているのなら、塗料の臭いから辿れるかもしれない。
 超感覚のスキルを使い、場に似つかわしくない塗料の臭いを探ってみる。
 すぐにそれは見つかった。
「ねぇねぇ、春美。犯人は足にペンキが付いているんだよ。ボクの推理によれば、犯人はまず着替えようとするはずだよ。犯人は着替えできる場所にいるんじゃないかな」
「なるほど、それはいい推理ね、ディオ。それじゃ、そうね、ショーの休憩用テントで着替えが出来るはずだから、そこに行って見ましょう」
 実際には、超感覚を使った時点で、テントの位置が怪しいことは把握できていたが、ここはディオを立てて、気づかないフリをする春美である。
 休憩用テントはステージからそんなに離れた距離ではないから、すぐにたどり着いた。
強烈な塗料の臭いが中から漂ってきているのを感じて、春美は緊張した。
 このテントの向こうでひょっとすると銃を持った強盗犯が息を潜めているかもしれない。
 応援を呼んだほうがいいかしら?
「よし、突撃」
 そんな春美の心配を知る由もなく、ディオネアがテントの中に飛び込んでいく。
「ちょっと、ディオ、待って」
 慌ててディオネアに続いてテントの中に入って、素早く内部を見渡すが、春美が恐れていた展開はなく、人が隠れている気配は無い。
「すんません!遅れたっすぅ!」
 突然テントの中に人が飛び込んで来たのはこの時のことだった。
「きゃぁぁ、誰!」
 飛び上がりそうになるほど驚いた春美の声に、入ってきた青年も驚いて固まる。
「しゅ…出演者の方っすよね。うゎ、魔法少女っすか。めがっさ似合ってるっすよぉ、それ。一枚いっすかね、写真」
「それはどうも…ただ、私は出演者じゃなくて本物の魔法使いですよ。ところ、あなたは…」
 何かしら、この軽いノリの人…敵意は見られないし犯人じゃないのは確かみたいだけど。
「え、俺?いやぁ、戦闘員役で出演することになってたんすけど、明け方まで彼じ、いや、友人の家でエンジョイしちゃってて、うっかり寝過ごちゃったっす。ブリジットのお嬢様、めっさ怒ってるっすよね、やっぱ」
 この人は、ブリジットさんの言ってた連絡なく時間にやってこなかった出演者の使用人みたいね。
 ちょっと頭痛を感じて春美は額を抑えてしまったが、重大な事を思い出した。
「あれ?ちょっと待って。戦闘員の出演者は全員ショーに出ていますよ。最後の一人もブリジットさんが連れて行くのも見たし…」
「え…いや…でも…あー、誰か代役してくれたのかもっすよね。じゃ、俺もう帰ってもいいすっかね。実はもう眠くって…」
 どうすればそういう発想になるのか…
「ねぇ、春美、こ、これ。僕凄い物発見しちゃったよ」
 ディオネアが驚きと興奮の入り混じった表情で、ソレを持ってきた。
「うぁ、何っすか、その汚ったねぇズボンとスニーカー。うぁ、ペンキついてるっすよ」
「すいません、少し黙っていてもらえますか」
 テントの中に逃走犯のものと思われる塗料のついたズボンとスニーカーだけが残されていて、いはいなずの出演者がショーに出演している。
 考えられる可能性は一つ…
「大変だわ。すぐにブリジットさんに知らせないと」
「あのー」
 物言いげな顔の青年に、
「あなたはここにいててください。外に出ないくださいね」
「え?ちょっと…」
戸惑う青年を置いて、春美とディオネアは外に飛び出していった。

「あはは、ヒーローショーって面白いね(最後の方はお笑いになっておった気がするがのぉ)
 ウォーデン・オーディルーロキは楽しそうにステージの体験をシオンと司に話していた。
 インタバールで休憩に入っている間に、戻ってきたのだ。
「まったく、いきなりステージあがるなんて信じられないですよ」
 呆れ顔の司はガン無視で、ウォーデンは上機嫌である。
 ウォーデンには、二つの人格が存在していて、老練な男性格であるウォーデンと好奇心旺盛な少女格のロキが一つの身体を共有している。
 もちろん、ショーを楽しんでいたのは、少女格のロキの方である。
 ウォーデンの方は呆れて今までは黙り込んでいたのだ。
「そろそろ後半始まるんじゃないの?」
 シオンに言われて、ロキがステージの方を振り返ると、壊れたステージの修復作業も終わったらしい。
 ペルディータがステージ正面の定位置について、舞台端には、射月もマイクを持ってスタンバイしている。
「よぉし、後半も楽しんでこよっと(まだ出るつもりかぁ!)」
 駆け出していくロキを疲れた笑顔で見送る司と対照的に満面の笑みのシオンのコントラストが何とも…
 まぁ、いつもの情景というものであろう。
 そこに席を外していた蒼也が戻ってきた。
「おや、蒼也君。長かったですね。混んでましたか、トイレ」
 いや…俺、トイレに行ってたんじゃないんだが…と内心思いつつ司の問い掛けに蒼也はあいまいな笑みで応える。
「うー、うーん、んん?」
 ビデオカメラでステージを撮影していたシオンが、何やら呻くような声をあげている。
「なんですか、さっきから…あまり変な声出さないくださいよ。周囲の方々の私たちを見る目がどんどん冷たくなって来てるんですよ。お願いですから、もうやめてくださいよ」
 来たときは、若い夫婦者と暖かい目で見て貰えていたものの、ロキやシオンの言動から、そろそろ不審者扱いにされかかっている。。
 当のシオンはと言うと、ステージにあがったロキをビデオカメラで追いかけていたのだが、今はズームを最大にしてステージの一点を拡大して凝視していた。
「このショーって本物の武器とかも出してるのかしら?拳銃とか」
 カメラを覗いたままシオンが誰ともなしに問いかける。
「どういう意味ですか?本物の拳銃なんて使わないでしょう。子供が大勢要るんですし、危ないじゃないですか。だいたい、本物なんて使う意味もないですしね」
 意味が分からないといわんばかりに首を振る司。
「本物?ちょっと待ってくれ。本物の拳銃がステージにあるって?」
 二人の夫婦漫才にも見えるやり取りを聞いていた蒼也が、はっとしたように表情を強張らせたのはその時のこと。
「ええ、黒い衣装を着た5人組のうち一人だけ腰のベルトに拳銃を挟んでいるんだけど、なんか本物に見えるのよね」



AM11:10 ステージ上

 ステージではシャダーとその部下たちが勢ぞろいしてショーの後半が始まっていた。
「先ほどはとんだ邪魔が入っていしまったわね」
 シャダーがゆっくりとステージの中央に進み、尊大な印象を与えるよう前髪を掻き揚げる。
「しかし、時は満ちた。もはや誰にも我らの邪魔はさせぬ」
 ワニケルベロスが恭しく頭を垂れる。
「アジュール様、本部から援軍、炎魔人魔異都殿も参られます。さすれば、このパラミタは我らのモノとなったも同然」
「おめでとうございます、アジュール様。総統もお喜びになられるでしょう」
 ブラックラビットが、シルクハットを胸の前に添え、深々と低頭する。
「その言葉は、もう少し先までとっておきなさい、ブラックラビット。あの忌々しいヒーローどもを血祭りに上げた後までね」
 ククッと邪悪な笑みを浮かべるシャダーが、背後に並んでいた子供たちに向き直る。
「さて、お前たちには偉大な計画の為に生贄となってもらうわ」
「えー、ひっどーい。お菓子くれるって言ったよね?」
 シャダーの言葉に、頬を膨らませたのは、銀髪の少女ウォーデンである。
「そうだ、そうだ」
「嘘つきは泥棒の始まりってお母さんが言ってた」
 他の子供たちもウォーデンの言葉に釣られて口々に反論する。
「黙れ、今頃気づいても遅いのよ。知らない人について行っちゃ駄目とも言われていたでしょう。お母さんの言うことを聞かないから罰が当たったのよ」
 腰に手を当てて、諭すように告げるシャダーに子供たちが不満そうにぷっと頬を膨らせていた。
「何とか、うまく行っているわね」
 舞台端から後半の様子を眺めていたブリジットが、ほっと胸を撫で下ろす。
「前半の失敗は取り戻して見せるよ。あの、僕が先発で行っちゃ駄目かな」
 サクラが一番手に名乗りをあげる。
 先ほどステージ上で喧嘩してしまったことを、気にしているらしい。
「俺からも頼む。頼める義理でもないだろうが…」
 と、剣士アンノウンもサクラと一緒に頼んでくるので、ブリジットは他の出演者たちに視線を送った。
 普通に考えれば、後半の一番手は、暴れん坊軍人か波羅蜜多救世主アトラスマスクが出るべきだろうが…
「俺は構わんよ」
「先発ってやられる役だろう。だったら後発でいいぜ」
 暴れん坊軍人と波羅蜜多救世主アトラスマスクは承諾してくれたので、ブリジットは、
「じゃ、サクラに行ってもらうわ。それでいいわよね」
と告げる。
「ニャンコもOKにゃ。サクラが頑張ってきてね」
「ありがとう、皆。僕頑張ってくるよ」
「ちょっと待てよ」
 と、呼び止めたのは、テントの柱にもたれかかって腕組みしていた椿だ。
「また意味も無くステージに穴開けたら許さないからな。修理結構大変だったんだぜ、今度、イケメンの一人でも紹介しろよな」
「ごめん、今度は気をつけるよ…って、え?イケメン?」
 言われた意味を図りかねて思わず問い返す桜に、目を細めてから椿はふぅと息をついた。
「イケメンだ、イケてるメンでいい男ってことだ、付け麺じゃねぇぞ。ただし、アレフ、てめぇは駄目だ」
 ええーという表情になって凹んだアレフに、周囲から笑いが起こる。
「残念だったわね。まぁ、頑張って、株上げてくるのね」
 ブリジットの声援?に送られて、サクラとアンノウンが再び、ステージに飛び出していく。
「お嬢様、マイト様をお連れいたしました」
「ヒャッハー、遅れたぜ、ヒャッハー」
 ブリジット付きのメイド(元だが)イルマ・レストが遅れていた炎魔人魔異都役のマイト・オーバーウェルムを伴ってやってきたのはこの時のことだ。
「あ、あなたがマイト?遅かったじゃない。もしかして来ないのかと思ったわよ」
 遅刻にちょっとナーバスになっていたブリジットが、マイトの姿を見て、安心すると同時に不満も口にした。
「いやぁ、悪ぃな。途中で兵士に何度も呼び止められちまってな。俺は不審者じゃねぇぜ、ヒャッハーって行っても、信じてもらえなくてな」
 そりゃそうだ。ヒャッハーという人種が私は不審者ではありませんと言って、誰が信じるんだ?
「兵士に連行されかかっていたところを、見つけてお連れしました」
 さらっとイルマがマイトが遅れた理由を補足してくれる。
 ちなみに、マイトの格好は銀色の防火スーツに背中には燃料タンクと火炎放射器を担いでいるといういでたちである。
 まぁ、あれだ、こんな人物が目の前を横切って職質しなかったら、街の治安を預かる者としては職務怠慢だといわれても仕方あるまい。
 税金泥棒である。
「で、俺の出番はどうなってる?」
「えーと、マイトさん。あなたの設定は、本部からの増援の炎魔人 魔異都ということになっているから、戦闘の中盤で登場して暴れてもらうつもりだから…」
 ブリジットが、マイトに出演内容の説明を始めとした、その時、七尾蒼也と霧島春美の二人がテントに飛び込んできた。
「ちょっと…皆、大変ですよ。強盗犯のショーに出てます」 

 春美の説明を聞いていた松平岩蔵が、己の額をパンと叩いた。
「ん?ああ、くそぉ、あいつか。アイツが犯人だったのか」
「あいつ?」
「戦闘員役のヤツが一人遅れててテントに迎えにいったろ。アイツが強盗犯だったんだよ」
 怪訝な表情になったブリジットに岩蔵が説明する。
 強盗事件があったことは、ファルコン・ナイトとドラニオ・フェイロンからも聞いていた。
 ショーの客に紛れて追跡をやり過ごす可能性はあると思ったが、参加者の中に紛れ込んでいたとは…
「しかし、お前は使用人と強盗犯の区別がつかんのか?休憩所で顔を見てるだろう」
「いや…あんた、うちの屋敷に何人使用人がいると思ってるのよ。だいたい、パンツ一丁の男なんてそんなじろじろみたくないわよ」
 岩蔵が遅れて来た戦闘員役の男が強盗犯だと気づかなかったのは、ブリジットが直接男と会っているのだから、あの男は間違いなくパウエル家の使用人だと思ったからだが…
 実際にはブリジットがテントに入った時は、すでに男は着替え中で、背中を向けてしか話をしていない。
 つまり、顔を見ていなかったのだ。
「ど、どうしましょう。すぐに犯人さんを捕まえましょうか」
 動揺する舞に対して、腕組みして話を聞いていたネロ・ステイメンは冷静だった。
「いや、それは得策じゃないですね。おそらく彼はショーの出演者のフリをして、追跡をやり過ごすつもりでしょう。彼も捕まりたくはないでしょうから、こちらから下手に動いて犯人を刺激するのは危険ですよ」
「うむ、その通りだな。犯人はまだ自分の正体が露見したとは思っていない。戦闘員役の役者でいられる間はすくなくとも兵士から問い詰められる心配も無いからな、自分から正体を明かすようなマネはすまい。つまりステージにいる間は寧ろ危険はない」
 ファルコン・ナイトが、テントの影から、戦闘員役を演じている強盗犯の男の様子を観察しつつ、推論を展開する。
「つまり、俺が兵士に捕まったのは、そいつのせいってことだな」
 顎をしゃくっていたマイトが、合点がいったとばかりに頷く。
 いや、それはちょっと違うだろ、と露骨に不審者にしか見えないマイトの姿に視線を送りつつ、テントの中にいた他の面子は思ったが、敢えて誰も言わなかった。
「俺らもそいつのせいで兵士からガン飛ばされたしな。ショーが終わるまで演技を続けて、終わってから張り倒すか?」
 百々目鬼迅の言葉に、
「そうだな、ステージには子供もいるし。犯人は拳銃を持っている。ショーの間は下手に刺激せず、テントに戻ってきたことろを拘束して、軍に引き渡そう」
 岩蔵が提案に、その場にいた者たちが同意する。
「それじゃ、予定通りショーを続行するわ。万が一に備えて犯人の動向には注意してね」
 意見がまとまったところで、ブリジットがショーの続行を宣言する。
「OK、じゃ、俺は向こうのテントに移動するぜ」
 軽く手を振って、ガスタンクを背負ったマイトがステージの反対側の悪の組織メンバー用の控えテントに向かった。

AM11:20 ステージ上

 「おっとここで新たな怪人が登場だぁ!」
 ナレーションの声がステージに響き渡るのと同時に、ステージ端から、文字通りの熱気が吹きつきてきた。
 ステージ上に、全身を炎に包まれた炎魔人 魔異都が登場すると客席からどよめきが沸き起こる。
「燃えてるぞ」
「派手だな、あれは幻影か何かなのかな」
 マイトは着込んだ防火スーツに油を撒いて火だるまになり、炎の魔人を演出しているのだ。
 防火スーツなどは一般のシャンバラ人は知らないから、派手な演出に興味津々である。
「炎魔人、魔異都は、悪の組織によって改造された改造人間だ。その全身は炎に包まれ、直視することも出来ないぞ」
「ヒャッハー、汚物は消毒してやるぜ」
 ナレーションに合わせて、ステージ中央に立った魔異都が火炎放射を空に向かって構える。
 ボォォォっと音と共に炎の柱が垂直に立ち上り、会場のボルテージも最高潮だ。
「おお、炎魔人 魔異都殿も到着された。これで勝ったも当然だな」
「ちょ、ほんまに燃えとるで、危ないやっちゃなぁ」
 側に近寄られると、それだけでも熱い。
 ワニケルベロスは演技を続けているが、薄着のキャプテンブラックは、迫ってくる熱さに一歩後退する。
「さぁ、炎魔人魔異都、お前の力をみせてやるがよいわ」
 あの火炎放射器…本物みたいですけど、まさか本気で使わないですわよね。
 ハールカリッツァは、内心戸惑いつつも、アジャーとして振舞い続ける。
 が、すぐにその考えが甘いことを思い知る。
「ヒャッハー、任せろ!」
 ボォォォっという炎が水平にステージを舐める。
 炎に撒かれかかった暴れん坊軍人が慌てて跳び下がる。
「ちょ、マイト、てめぇ!」
「危ないなぁ、あれ、目がマジだよ」
 ファインティポーズをとったままのサクラも戸惑い気味だ。
「おい、まず、あいつを何とかしようぜ」
 大剣をガード状態で構えるアンノウンの言葉に、ヒーローたちが互いに頷きあう。
 しかし、どうしたものか…危なくてうっかり近寄るとバーベキューにされかねない。
 この時、マイク片手にメモ帳を見ていた射月が、ヒーローたちの意図を汲んで、ナレーションを追加する。
「でも、炎魔人は、女と猫には弱いんだ」
 いきなり弱点をばらされる炎魔人。
「What the hell…」
 射月に抗議しようとする炎魔人に隙が生まれた。
 女+猫だと…いるじゃないか、まさのぴったりのヒーローが一人。
「ニャンコ行きまーすぅ!」
 DAAAASH!
 ダッシュから跳躍、棒立ちになった魔異都に、宙に待ったニャンコが派手なエフェクトと共にニャンコキックを見舞う。
「Wait!」
 BAGOOOOM!!
 ニャッコのキックをもともに食らい、背後のスクリーンに大写しにされた派手な擬音と共に魔異都の身体が勢いよく後方に吹き飛ぶ。
「NOOOO!!」
 派手な登場シーンの割りに、あっけなくやれらる炎魔人魔異都。
 ナレーターまで敵にしてたのが、運の尽きか…
「くぅ、お前たち、こうなれば総力戦よ」
 アジャーの号令のもと、一斉に戦闘員と怪人たちが動く。
 だが、一人だけ子供の肩を掴んだまま動かない戦闘員がいる。
「何をしているの。あなたも行くのよ」
 アジャーがいらだった口調で促す。
 アジャーはまだその人物が戦闘員に扮した強盗犯とは知らないのである。
 この時のことだ。
 立ち見の客を押しのけて、軍服を着た兵士が前に進んでくるのが見えた。
「どけ!道をあけろ!」
「あいつじゃっすかね、たぶんあいつっすよ」
 20代ぐらいの男が兵士たちに顔を向けて指差すのは、ステージに立つ戦闘員だ。
「あ、あの人!テントで待っててくださいって言ったのに…」
 舞台端から客席を見た霧島春美が、兵士を連れて来た男の正体に気づいた。
 遅れてきた戦闘員役をするはずだったパウエル家の使用人の男だ。
「ちょ、何考えてるのよ、あいつ、何、兵士なんて連れてきてるのよ」
 ブリジットも慌てたが、後の祭りだ。
 ステージに向かってくる兵士に気づいた強盗犯が腰の拳銃に手を伸ばす。
「アジャー、そいつは偽物だ。組織の裏切り者だぜ」
 床に転がりうつ伏せに倒れていた魔異都が、片膝立ちになって火炎放射器の強盗犯に向ける。
 が、強盗犯は女の子を人質に盾にしているから、火炎放射器の引き金は引けない。
「くそぉ!」
 強盗犯が引き抜いた拳銃を魔異都に向けて引き金を…
「させねぇ」
 舞台端にいた泉椿の遠当てが一瞬早く、早く男の腕を弾き、銃口が反れる。
 放たれた弾丸は、魔異都の脇を掠め、ステージの縁を削った。
「いつまで、掴んでおるんじゃ!」
 人質の女の子もとい、ウォーデン・オーディルーロキが振り向き様に強盗犯の股間を蹴り上げる。
 思いもせぬ人質の反抗を受けて、強盗犯は痛む股間を押さえて蹲る。
「この糞餓鬼がぁ!」
 怒りに銃口をウォーデンに向けようとする強盗犯。
 しかし、銃が本物だと気づいたハールカリッツァの放った蹴りが男の手の中から拳銃を跳ね飛ばしていた。
 ステージを滑ってきた拳銃を、素早くキャプテンブラックが拾い上げて回収する。
「この野郎!ふざけんなよ」
 事情を察したワニケルベロスの怒りのアッパーカットが男の顎に炸裂、強盗犯は宙に舞い、ドウっとステージに倒れた。
 契約者を敵にして一般人が適うわけもない…
 ノックアウトされた強盗犯はピクピク動いている口から泡を吹いていた。
「いったい何だったのですか?」
 ファルコン・ナイトととドラニオ・フェイロンが伸びている男の身柄を確保するのを眺めながらハールカリッツァは、岩蔵に問いかける。
「ああ、近くの宝石店で強盗は入ってな。こいつがその犯人だよ」
 顎をしゃくって取り押された男を示す岩蔵に、ハールカリッツァは驚きに目を見開いた。
 ヴァイシャリー軍の兵士がステージに上がってくる。
 突然現れた兵士たちに何事が起きたのかと客席が固唾を呑んで見守る中、上がってきた軍曹の階級章をつけた男に、岩蔵は歩み寄って敬礼した。
「俺は教導団龍雷連隊の松平岩蔵だ。逃走中の犯罪者の身柄を拘束したので、引き渡したい。君たちの現場指揮官は誰か?」


エピローグ

 皆さん、ご機嫌いかがですか?
 今日は、先日のヒーローショーを撮影したビデオ上映会です。
 兵隊さんたちがステージに上がってきた時は、もうどうなることかと思ったのですけど、松平さんやブリジジットから事情を聞いた兵隊さんたちは、犯人さんを身柄を受け取ると、協力を感謝しますって言って帰っていかれました。
 ショーが中断しましたけど、ほどなく再開する事ができました。
 参加したお客さんの中には、あれも演出の一つだと思っていた人もいるみたいですよ。
 えっと、今回は、知り合いのシオン・エヴァンジェリウスさんがショーの様子も撮影されていたので、そのビデオをお借りしてきたんですよ。
 ペルディータさんも記録しているですけど、別の角度から見た映像も新鮮ですね。
 ちょうど、場面はクラマックスです。
「えっ……?私は、何を……いっ、いやぁぁぁぁぁ!な、何ですか、これは!」
 悪の組織の女幹部アジャー・アジュール役のハルカさんが突然頭を抱えて蹲り、ヒーロー役の桜さんが心配して近寄ります。
 私もここはちょっとびっくりしましたね。
 本当に、ハルカさんの具合悪くなったのかなぁって。
 でも、演技だったんですね。
「バーカ♪」
 ハルカさんの嘲りの言葉とガントレットの隠されていた武器のアームブレードっていうんですか?それで桜さんをばっさりとやっちゃんたですよ。
 あれ、ハルカさんの必殺技だったそうです。シャダー・オブ・オルシナスって言うんですよ。
 格好いいですよね。
「本気で騙されちゃったぜ」
「そうだったのですか。ちょっと演出過剰だったかなぁ、と心配でしたけど」
 桜さんが椅子の背にもれかかってテーブルを手でバンバンって叩いてちょっと本当に悔しそう。
 それを見たハルカさんが苦笑しています。
 桜さんがリタイアしちゃってヒーローさんたち大ピンチです。
「推理させてみよう。私の傍らに立つ者は精密な分析と推理とパズル操作をする」
 舞台を写したり、歓声をあげる子供たちを写したりしていた画面が激しくぶれて発言したヒーロー役の百々目鬼 迅さんにズームされます。
 推理研の部員でもあるネロさんの契約者さんですね。
 私、この日初めて拝見しましたよ。
 ちょっと見た目は怖い感じの人ですけど、ネロさんの契約者の方ですし、いい人みたいです。
 迅さんの傍らに立っていたネロさん、役名は傍らに立つ者『N』さんですね、が、額に人差し指を当て、考えるポーズをします。
「分析終了、アジャーの中にもう一つ人格があることは事実。彼女の心の中では、悪の女幹部アジャーと本来の人格とか鬩ぎあっていると結論付けます。必殺技を使って疲弊している今がチャンスです」
 そのネロさんの分析は事実だったのです。
 ハルカさんは、動きに精彩がなくて、時々頭を抱えて苦しそう。
 ナレーション役の紅射月さんのナレーションに合わせて会場から、頑張れコールが沸き起こります。
「最初はこれは無理だぁって思いましたけど、慣れたら結構クセになりそうですね」
 射月さんが、少し照れたような笑みを浮かべながら画面を見つめています。
「けど、マイトのあれは、びっくりしましたよ」
 そうそう、マイトさん…
 マイトさんが最後凄かったんですよ。
 声援を受けて復活した桜さんの銃型光条兵器の一撃がマイトさんの背負っていたタンクに当たったかと思ったら、マイトさんは、タンクから炎を噴射しながら空に飛んで行っちゃったんですよ。
 ぴゅーーーって
「ヒャッハー!」
 空中でドカーンって爆発して、後には真っ黒な黒い煙が空に浮かんでいました。
 凄い演出ですね。ハリウッドも真っ青ですよ。
「たーまやー」
 桜さんの声が入っているのが、ちょっとお茶目ですね。
 遅れて来たマイトさんとはあまりお話できなくて、ちょっと残念でした。
 今頃はイルミンスールに戻られているんでしょうか。

 映像が終わり、白くなったスクリーンを背にするようにブリジット・パウエルが立つ。
「皆ご苦労様。ちょっとしたハプニングもあったけど、無事にヒーローショーも成功したわ」
「うむ、無事という表現が適切かどうかはかなり微妙だがな…」
 疲れた表情で、松平岩蔵がため息をつく。
「でも、本物の悪党も退治できたし、本当にヒーローしてたよな」
 打ち上げ用にと万願・ミュラホークが作ってきたケーキを頬張りながら、飛鳥桜は上機嫌だった。
 ショーの中で本当に犯罪者を捕らえるなんて、まぁ、そう滅多にあることではない。
 途中感じの悪い兵士にもあったが、最後には褒められて悪い気はしない。
「でも、本当に最後までやれてよかったですね。本当に途中からどうなるかとドキドキでしたよ」
 今でも考えると胸がドキドキしているのか、橘舞が胸を押さえながら息をついていいる。
「何か自分の演技を見るのは、ちょっと恥ずかしいですけどね」
 ハールカリッツァ・ビェルナツカが、はにかんだ笑みを浮かべる。
「結構はアジャー役まってたわよ、ハルカ」
 それはそれで…あまり嬉しくない気がするのですが…
「まぁ、それはそうと…次回なんだけど、次は空京あたりでやれるといいわね。今度はもっと舞台を大きくして…そうそう、大学の講堂使わせてもらえないかな」
 まだやる気だったのか…夢を語りだすブリジットに、出演者たちが顔を見合わせる。
「さてと、俺はそろそろ猫華に戻って明日の仕込みしないとな」
 万願が付き合ってられんとばかりに椅子を引いて立ち上がると、松平岩蔵も、それにつられるように立ち上がる。
「あー、俺も黒羊郷の戦況が気になるな」
「そうですわね。わたくしもそろそろ戻らないと。名残惜しいですがこの辺りで失礼いたしますわ」
 と、これは、ハールカリッツァだ。
「えー、ちょっと何よ、これからいいところなんだし、もう少し付き合いなさいよ」
 ぷっと頬を膨らませるブリジットに、隣に控えていたイルマ・レストがため息をつく。
 そんなやり取りを暖かい眼差しで眺めながら橘舞はちらりと窓の外に視線を送る。
 夏の日差しの中で、ヴァイシャリーの街並が光り輝いている。
 今日はヴァイシャリーは平和です。



 担当マスター でっかめん

 マスターコメント
 でっかめんです。
 今回は大幅に予定より公開がずれ込みました。
 申しわけありませんでした。
 ヒーロー物難しいですね。
 マスタリングに関してですが、強盗犯に関わろうとする方は結構多かったのですが、遅れてきた使用人が途中で現れる可能性に触れた人はいませんでした。
 なので、ショーの途中ででしゃばってきちゃいました。
 ま、何事もなくショーが終わった後で犯人の身柄を押させるというのは一番無難ながら、ドラマ的に地味な展開になるので、結果オーライじゃないかと勝手に思ってます。
 後、出演者の中で、役名の記載が無かった方に関しては、ブリジットが勝手に見た目で命名しましたw
 今回の反省点としては、ヒーローと怪人の戦闘描写が、十分取れてないこと。
 全員分の戦闘描写を入れると、シーン自体を増やさねばならず、文章量が大幅に増量になってしまうので、割愛された部分もあります。
 次回は8月に夏祭りを題材にしたイベント物を考えています。
 それでは、今回はこれにて。
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テーマ:
このシナリオは、

蒼空TRPGとマイトラジオで御馴染み【マイト・オーバーウェルム 】
冴えた推理でカキーンと解決【百合園女学院推理研究会 】
ラズィーヤ様の健康をお祈りする【ラズィーヤ・ヴァイシャリー様ファンクラブ 】

の提供とか協力でお送りいたします。


ACT1 いきなりえんでぃんぐ?~清掃ボランティア~

『お父さん、お母さん、元気ですか?私はとても元気です。
 パラミタでの生活にも慣れ、いい友達にも恵まれて毎日が充実しています。
 …中略…
 4月からは私も2年生になり、生徒会執行部への加入して今は白百合団の一員として…』

 ~ある百合園生の手紙より抜粋~


5月某日 AM8:30 ヴァイシャリー市はばたき広場

「皆さん、おはようございます!」
 中性的な張りのある声音が朝の清らかな空気の中に響き渡る。
 私はちらりと声の方向を伺った。
 腰に吊るした細身の剣が陽光を浴びて鮮やかなきらめきを放っている。
 赤いマントと白と黒を基調にした衣装、頭を飾る羽飾もなかなか決まってて、結構格好いいと思う。
「今日は、はばたき広場清掃ボランティアにご参加いただき、ありがとうございます」
 真口悠希 …それが、彼女?の名前。
 整った悠希の横顔を眺めていて、ふと私はあることを思い出していた。
 ルームメイトの子がマジケット用に製作していた悠希×静香校長のBL本どうなったんだろう?
 内容がハードすぎて、ちょっと口では言えないけど…
 いけない、いけない、任務に集中しないとね。
 悠希の少し後ろでは、百合園女学院シャンバラ校の制服(メイド服にしか見えないけど私は好きかな。可愛いし)に身を包んだ生徒会執行部白百合会の崩城亜璃珠 先輩と一般生徒の七瀬歩 さん、そして、白百合団員の私。
 崩城先輩が美麗な横顔に不機嫌そうな表情を浮かべているのとは対照的に、七瀬さんは柔和な微笑を浮かべている。
 七瀬さんの事はあまり詳しく知らないけど、崩城先輩の名前はよく知っていた。
 旧財閥系崩城一族の出身で、日本の百合園本校にも在籍していたし、パラミタに来てからは、百合園に友好的なパラ実生を集めた神楽崎分校の分校長も勤め、最近はアイドルとしても売り出し中の有名人。
 百合園は大金持ちのお嬢様が通っているお嬢様学校だと認識されているけど、皆が皆令嬢という訳でもない。
 当然、ピンからキリまであるわけで、崩城先輩がピンなら、まさに私はキリの方。
 同じ百合園生でも、住んでいる世界がまるで違う感じ?
 一方、私たちと相対する様にその正面で整列していたのは、地味なトレーニングウェアやジャージ姿の若い男女の集団だった。
「待てよ。いつから百合園の白百合団はボランティアを監視するようになったんだよ?」
 列の中からジャージ姿の赤毛の少女が言い放つ。
 目を吊り上げて食って掛かってきたのは…確かパラ実生の泉椿 ね。
 泉の鋭い視線と指摘に気圧されたように、悠希が半歩後退する。
 彼はきょろきょろと周囲を見渡し始めた。
 公園の主だった出入り口付近には、私と同じ白百合団の子たちが待機していて、こっちの様子を伺っている。
「え…ああ、それはですね。その…形式上というか…何というかですね…」
 必死に弁明しようとする悠希だけど、言葉が尻すぼみになっていく。
 まぁ、実際のところ、監視以外なにものでもないし…
 悠希の劣勢を見かねた崩城先輩が悠希の横に並んだ。
「あの子達はあの子達で、ちゃんと別の目的もあって来ているのよ。気にすることはないわ。もっともあなた方の出方次第ではもちろん対応も変わってくるわよ。不審者の追跡や拘束も想定しているから」
「結局、監視するんじゃねぇかよ」
 崩城先輩の説明に泉は不満げに言い返したけど、それ以上は何も言ってこなかった。
 事前に執行部からあった説明では、近いうちにヴァイシャリーの観光マップを作る予定があって、静香校長やラズィーヤ様などの要人も企画参加者と一緒に市内を回るらしい。
 その際の警備の訓練も兼ねているという話だった。
「屈辱だわ。おのれ、ツインドリル…」
「不穏当な発言は慎みなさい、ブリジット。これ以上、私に余計な仕事を増やさないでくれる?」
 再び崩城先輩の声が響く。
 今の発言をしたのは誰?
 崩城先輩の視線の先では、ジャージ姿の金髪碧眼の少女が苦い薬でも飲まれたような表情を浮かべていた。
 顔立ちは丹精だし、見た目はヨーロッパのどこかの国のお姫様みたいな…見た目はね。
 あの子は…たしか推理研の代表のブリジット・パウエル
 シャンバラ人、地元ヴァイシャリーの有力な豪商の一人娘らしい。
 旧華族の名門橘家の令嬢と契約を結んでいた。名前は、橘舞さん。
 ところで、ツインドリルは、ヴァイシャリーを統治するヴァイシャリー家の令嬢であり、百合園シャンバラ校の創設者でもあるラズィーヤ・ヴァイシャリー 様のことみたい。
 当然だけど、ラズィーヤ様のことをツインドリルなって呼ぶのは彼女ぐらい。
 大物なのか馬鹿なのかどっちかよね。普通の人なら怖くて言わないよね、そんなこと。
「ところで、人数が一人足りないようだけど?」
 整列したボランティア参加者を眺めていた崩城先輩が、参加者の数が一名足りないことに気づいたみたい。
「ああ…シオンは、その吸血鬼なので、炎天下はちょっと…」
 20代半ばの長身の男性、月詠司 が申し訳なさそうに説明する。
 私は、手帳を開いて参加者名簿を確認。
 月詠さんの契約者でもあるシオン・エヴァンジェリウス の名前はすぐに見つかった。
 性別は女性、種族は吸血鬼になっている。
 「いや、まぁ、しかし、心配はない、司がシオンの分も頑張るそうじゃからな」
 と、言葉を繋げたのは、月詠さんの隣にいた10才ぐらいの流れる銀色が綺麗な女の子だった。
 月詠さんと少女が並んで顔を見合わせる構図は、一見、絵になる親子の図みたいにもみえるけど、少女の口調は、可愛らしい見た目とは裏腹に老齢な男性を思わせるもの。
 月詠さんの契約者の一人、剣の花嫁のウォーデン・オーディル-ロキ に違いない。
 「なら、いいわ」
 少しの思案の末に、崩城先輩はあっさりとウォーデンの提案を承諾した。
 「え、いいんですか?」
 月詠さんは、こうもあっさり承諾されるとは思っていなかったのか、メガネのフレームを指で弄るの止めて逆に問い返していた。
 「吸血鬼が太陽の下が苦手だというのは頷ける話だし。無理やり引っ張ってきて足手纏いになるぐらいなら、あなたが彼女の分も働く方が合理的でしょう」
 それはそれで、月詠さんの負担が大きいような気がするんですけども…
 この時、月詠さんの腰辺りをポンポンと叩くものがいた。
 月詠さんが顔を下に向けると、体高140cmほどの巨大兎が顔を上げている。
 絡み合う視線と視線。
 「そんな悲しい顔をすることないよ。人生色々あるもん、ボクも手伝うよ。一緒に頑張ろうね」
 あの兎…えっと、獣人のディオネア・マスキプラ ね。
 推理研のメンバーの一人でマジカルホームズで知られる霧島春美さんの契約者の子。
 正確にはジャッカロープという角兎の獣人らしい。
「きゃははは、司、シオンの分も頑張れ~」
 不意に、それまで静かだったウォーデンが、唐突に子供じみた笑い声をあげて月詠さんの背中を後ろからバンバンって二回叩いた。
 手元の資料によると、ウォーデンには、ロキという少女の別人格も持っているらしいから、多分、今のはロキなんでしょうね。
 月詠さん…何か苦労してそうだよね

 はばたき広場はヴァイシャリー市の中心にある公園だけあって、実によく手入れされている。
 ボランティアで清掃する必要などなさそうな感じ。
 それでも、日頃目の届かないような場所には、それなりに雑草が生えていたり、ゴミが溜まっていたりもする。
 最近は、地球からの観光客も増えてきて、中にはマナーの悪い人もいるのらしい。
 「そっちはただ見ているだけで、楽でいいよな?」
 あ、またあの子…
 声の方を見ると、大きく膨らんだゴミ袋を手に持った泉椿が、険しい表情でずんずんと近寄ってきた。
 その時、私と崩城先輩と七瀬さんは、ベンチに腰掛けて作業の様子を眺めていた。
 あ、もちろん私は座ってないわよ。立って作業を見ていたのよ。
 泉は、両手を広げて制止しようとする私の手を払い退けて、崩城先輩の真正面で立ち止まった。
 ベンチに座って顔を上げた崩城先輩とそれを見下ろす泉が視線が正面からぶつかり合う。
「ん?紫外線はお肌の大敵なのに、私もちゃんとこの炎天下で、付き合ってあげてるじゃない?ねぇ?」
 崩城先輩の言葉に、泉は、ふっと口元に不敵な笑みを浮かべた。
「あ、そっか。それは気づかなかったよ、ごめん、おばさん」
 場の空気が…凍った。
 念の為言っておくと、崩城先輩はおばさんなんて年齢じゃない。
 まぁ、泉からみれば年長者なのは、事実だけど。
「ほぉ…そうね。それなら、私も少し体を動かしてみようかしら。お相手しもらえる。椿ちゃん」
 崩城先輩は、ベンチの脇においていた鞭を手にすると、ゆっくりと立ち上がる。
 ど、どうしよう…
 休日のはばたき広場は家族連れやカップル、観光客などで賑わっている。
 ここでトラブルを起こすのは不味い。
 でも、崩城先輩は私でどうこうできる人じゃない。
 ベンチに座ったままの七瀬さんは、困ったような微笑を浮かべているけど動く気配はない。
「あわわ、亜璃珠さん、自重、自重ですよっ!」
 少し離れた場所で作業を見守っていた真口悠希が異変に気づいて飛んできたのはこの時のこと。
「そうですよぉ、喧嘩してもいいことはありません。仲良く公園を綺麗にしましょう」
 そして、凍った空気も一瞬で解凍してしまうような甘い声音の主は、泉の後ろからやってきた。
 20代半ばのおっとりした感じのシャンバラ美人。
 教師の茜星 …まぁ、教師というのは自称らしいけど。
 茜さんも、契約者仲間の瀬戸鳥海已 と共にボランティアに参加している参加者の一人。
「さ、仲直りしましょう」
 茜さんは泉の手を取ると、少し落ち着きを取り戻したようにみえる崩城先輩の元に連れて来ようとする。
「もういいよ。離せってっ!」
 このままだと握手をさせられかねないと感じたのか、泉は茜さんの手を振りほどくと、最後にもう一度だけ崩城先輩を睨んで、作業の輪に戻って行った。
「まぁまぁ、泉さんは照れ屋さんですのね」
 茜さんは、両手を顔の前に合わせて嬉しそうに微笑んでいた。
 今の…たぶん、照れていたんじゃないと思うけど…
 黒髪の青年が歩ってきて茜さんの手を引いたのはこの時のこと。
「センセイ…頼むぜ」
 黒縁のメガネをかけた青年、瀬戸鳥海已さんね。
 どこか陰のある印象を受けるのは、彼が吸血鬼だからなのかな。
 瀬戸鳥さんに促された茜さんは、崩城先輩に微笑んで一礼すると、海已に手を引かれて作業に戻っていった。
 崩城先輩はというと、どかっとベンチに腰を降ろして腕組みしている。
 マジでちょっと怖いんですけど、崩城先輩…
 非常に居づらい空気。
 七瀬さんには申し訳ないけど、私は、作業状態を確認してきますといい置いて、その場から距離をとることにした。

 作業している参加者に近寄ってみると、男性が声が聞こえてきた。
「まぁ、実際これぐらいで済んでよかったんよな。特に俺ら男性陣はさ」
 どうやら、瀬戸鳥さんと誰かが話をしているらしい。
 あれは…シャンバラ人のセイ・グランドル 君ね。
 彼を初めて見た時は、百合女の制服を着た女装姿だったけど、あれは正直ちょっとね…
 彼もブリジットが主催している推理研究会のメンバーらしい。
「下手すりゃ簀巻きで運河にポイだったらしいしな」
「マジかよ」
 セイ君の言葉に、瀬戸鳥さんが顔を上げて絶句。
「私は、捕まったらキロ幾等のブロック肉にされて学園で飼育されているケルベロスの餌にされるって聞きましたよ」
 スコップで側溝の砂利を掬っていた月詠さんが作業の手を止めて二人の会話に参加する。
「犯罪だろ、それ」
 セイ君が、チョップを入れる仕草をしてツッコミを入れる。
「死体も出ませんから、完全犯罪成立ですよ」
 いやいや、確かにケルベロスは飼われているけど人肉は餌じゃないし…もしかして、それであんなに必死だったのかなぁ、月詠さん。
「馬鹿らしい。付き合ってらんねぇぜ」
 瀬戸鳥さんが、つけていた軍手を地面に叩き付けると立ちが上がった。
 そのまま帰ろうとするんじゃなかと一瞬不安になったけど、そこを茜さんが呼び止める。
「海巳くんも、そんなこと言わないで。公園が皆の力で綺麗になったら気持ちいいわよ?ね?」
 一拍の間を挟んで、仕方ねぇな、とか小さく呟いから、瀬戸鳥さんは、再び腰を落とす。
 ふーん、瀬戸鳥さんって茜さんには弱いみたい。
 まぁ、茜さん、大人な感じな美人だしね。
 ちょっとおっとりしているところが男心をくすぐるとか、そんなのかな。
 私はさらに道なりに歩いて、今度は花壇の周囲で作業している女の子たちの集団に近寄ってみた。
「みらびちゃん、あんまり無理しなくていいよ」
 声を掛けているのは、ピンク色の髪をポニーテールにした女の人だった。
 イルミンスール魔法学校の霧島春美 さん、筋金入りのシャーロキアンで、マジカルホームズって結構その筋の人たちの間でも有名みたい。
「私は大丈夫ですよ」
 霧島さんが声をかけたのは、同じピンク色の髪をツインテールにまとめた可愛らしい女の子。
 同じくイルミンスール魔法学校の宇佐木みらび ちゃん。
「あ、ディオちゃん、それは食べちゃ駄目だよ」
 抜かれた雑草の山を見ていた角兎獣人ディオネアに宇佐木ちゃんが声をかける。
「え~、違うよ、ひどいなぁ。ボク雑草なんて食べたりしないよぉ」
 ディオネアが両手を振り上げて、ぴょんと大きく飛び跳ねる。
 抗議しているらしい。
「ぴょっ、ごめんなさいです」
 驚いて謝る宇佐木ちゃんの声に霧島さんの楽しそうな笑い声が重なる。
 この二人も推理研のメンバー…正確にいうと、ディオネアも含めて三人というべきかもだけど、なんだが、楽しそう。
「見回りですか。ご苦労様です」
 不意に背後から声をかけられて、私は、びっくりして後ろを振り返った。
 そこには金髪ロンゲのイケメン守護天使さんが、もとい、ラーラメイフィス・ミラー さんがいた。
 右頬の桜の花びらのペインティングがチャーミング。
 ラーラメイフィスさんは、守護天使だけあって、その微笑みはまさに天使の微笑み。
 右手に空き缶の入ったゴミ袋も持っているけど、そういうのはこの際アウトオブ眼中よね。
 洗練された上品な物腰に誘われて、崩城先輩の側が居づらくてって思わず本音で答えちゃった。
 大失態だけど、ラーラメイフィスさんは、そこには触れずにふふって笑っただけだった。
 それでは、と一言だけ告げて、私の側を離れていく。
 ほっと息をついた私の耳に、ラーラメイフィスさんの会話が聞こえてくる。
「これも、お願いできますか?」
「そこにおいて置いてください」
 ラーラメイフィスさんと会話していたのは、機晶姫の女の子。
 ペルディータ・マイナ さん、温泉食堂『ゐる民』で働いているのをみたことがある。
 ベルディータさんは、集まってきた空き缶を一つ一つ小さく潰しては、ゴミ箱に移していた。
 この人も推理研所属、推理研って代表はちょっとアレなのに、部員はまともな人が多いのね。不思議だわ。
空き缶の詰まったゴミ袋を置いたあとも、ラーラーメイフィスさんはその場に立ち止まっていた。
「何か?」
 ペルディータさんがそんな彼に怪訝そうに顔を向ける。
「いえ、のどかな光景だな、と思いましてね」
 促されて、ペルディータさんが周囲の風景を見渡す。
「そうですね。のどかで平和な光景ですね」。
 走り回る子供たち、笑顔を記念写真を撮る観光客。
 空を見上げると、真っ青に晴れ渡った青空が地平線の向こうにまで続いていた。


ACT2 ゆり畑より

5月某日 PM16:00 百合園女学院

「きゃー、百合園女学院って素敵な場所だわ」
 校門の真正面で、スーツ姿の女性が歓声をあげた。
 放課後ということもあって、校門の周囲には、下校するお嬢様たちと、出迎えにやってきたメイドやバトラーの姿も多数見受けられる。
 まぁ、百合園ではいつもの情景。
 その真ん中でスーツ姿のシャンバラ人女性(茜星)は校門前で両手を胸の前で合わせ、目をきらきらせていた。
 今にも踊りだしそうな勢い。
 そんな彼女の派手な喜び方に、百合生たちの中には失笑したり笑いを噛み殺している者もいる。
 スーツ姿の女性の少し後ろでは、フードを目深に被った貴族っぽい衣装に身を包んだ占い師風の人物(瀬戸鳥海已)が、短く首を横に振って肩をすくめるような仕草をしているのが見えた。
 占い師は、右手で素早く携帯を操作していた。
 これ以上あの女性のパフォーマンスが過剰になったらさすがにやめさせないといけないかと思った時、女性が肩から下げていたハンドバックの中で携帯の着信音が鳴り出した。
 ハンドバックから携帯の取り出してしばらく画面を覗き込んむ。
 それから、後ろの振り返って、女性は、にっこりと占い師に向かって微笑んだ。
 「でもね、でもね、見てみなさいよ。もう別世界よ。可愛い子も多いし、抱きしめたくなっちゃうわ。ほら、あそこで女の子たちがあつまって何かやってるわ、ちょっと見に行きましょう」
 女性は、言うが早いか占い師さんの手を強引に引っ張った。
 フードが煽られてめくれそうになるのを手で必死に押さている占い師を引きずるようにしながら、中庭の方に走っていく。
 中庭を見ると、確かに人が集まっている。何かあったのかな?
 揉め事だとすると、白百合団員としては見過ごせないから、私も中庭に移動することにした。
 そこでは、ちょうど金髪碧眼の少女が携帯を使って大声で通話していた。
「もしもし、舞?今出てこれる、無理?部室に誰がいるかな?春美たちがいた?そっか、かけてみるわ」
 ブリジット・パウエル…推理研の代表で新入生歓迎会で推理研の勧誘をしていたのを覚えていた。
 中庭の一角には、彼女以外にも百合生数名と部外者らしい女の子の姿もあった。
 その中には、私と同じ白百合団員の真口悠希の姿もある。
 一旦、携帯を切ったブリジットは、もう一度携帯を操作してから耳元に携帯を持っていった。
 
同時刻 百合園女学院推理研究会部室 
 その日も、推理研の部室では、いつものように僕も含めた何人かの部員が集まって、お茶を飲んだり、おしゃべりをしたりとまったりとした時間を過ごしていました。
 ここに来ると甘い物がたくさんあるのでいいですね。
 角砂糖とカルピスの原液が常に常駐されているだけでも、十分満足です。
 話が横道にそれましたね。
 霧島春美の携帯が鳴ったのは午後4時3分ジャストです。
 部室の時計は約2分遅れているので、これは間違いないです。
「あ、もしもし春美です。ブリジットさん、どうしたんですか?え?学園内で強盗事件ですか!?」
 それまで、おしゃべりをしながらカードゲームに興じていた部員たちが動きを止めて春美に注目する。
 まぁ、強盗事件と聴いた瞬間は、僕も耳をそばだてましたよ。
「ぴょ、強盗ですか!」
 宇佐木みらびも驚いたよう春美の方を向く。
 部室の隅で不自然に壁に向いて座っていた長髪の女性がガタッと椅子を引いて、腰をあげた。
「な、なんだとっ!」
 喉太い声と共にたちあがった瞬間、長髪が頭からずれてテーブルの上に落下する。
 百合園の制服に身を包んではいるものの、声の正体は、みらびの契約者でもあるセイ・グランドル。
 ちなみに、もちろん男ですよ。
 百合園男子禁制ですから、半ば無理やり女装させられたようですが…
「それは、ボクたちの出番だね!」
 専用の椅子に乗ってゲームを観戦していたディオネア・マスキプラが、耳をピンと立てる。
「学園内で強盗事件とは…穏やかではないですね」
 手札のカードを裏向けたままテーブルの上に置き、ラーラメイフィス・ミラーが呟く。
「でも、何か猿がどうのって聞こえましたけど?」
 と、言ったのは、同じくカードゲームの参加者の一人、ペルディータ・マイナ。
 顔を見合わせるメンバーたちの注目を浴びていた春美が、代表からの電話を切った。
「うん、どうも奪われたのは女子生徒の百合の頭飾りで、奪った犯人はお猿さんらしいんだけど…これから探すから来れる人は中庭に来てって」
「お猿さんですか。バナナが大好きな?」
 みらびが、首を捻りながら問い返す。
「うん、確かにおかしいですね。猿だとすれば…犯人というのはおかしい。猿なのでしょう」
 僕は思わずツッコミましたが、どうでもいいツッコミでしたね。
「まぁ…ここでは事情もよくわかりませんし、中庭に行きましょうか」
 ペルディータが椅子から立ち上がると、それにつられるように、ラーラメイフィス、春美、みらびも立ちがある。
 ドアに向かってさっそく移動を始める彼らに慌てたのはセイだった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。こんな格好で人前になんて出れねぇよ」
 セイは百合園女学院推理研究会の部員ですが、だからといって男子禁制の掟から除外される訳はないです。
「大丈夫ですよ、ほら、私も一緒ですしね」
 そんなセイの狼狽を、ラーラメイフィスが穏やかな微笑で応じる。
 セイと同じく百合女の制服で女装した彼は、その場でくるり一回転。最後にスカートの端を摘んでポーズまで決める。
 「あんたと一緒にすんな。俺は明らかに違和感あるだろうが…」
 ギリッという歯軋りの音が聞こえてきそうなほど苦い表情をして、セイがこぼす。
 同じ女装をするにしても、もともと中性的な美しさを持っている守護天使のラーラメイフィスなら…
 ちょっと腹が立つほど美人ですね。
 一応僕も女ですからね、まぁ、愚痴だと思って聞き流してください。
 一方のセイですが、彼はどう見ても百合園の制服は似合わないです。
 「さぁ、早く行こうよ、皆待ってるよ」
 そんな二人のやりとりなどまったく無視して、早くもドアを開けて廊下に飛び出たディオネアが、二人をせかす。
 ディオネアの傍らでは、みらびが不安そうな表情を浮かべてセイに視線を向けている。
「あー、わかったよ。行きますよ」
 セイは、テーブルに落ちていたかつらを鷲掴むと、それを頭の載せた。
 しょうがねぇなぁ、と呟きながら、
「ネロ、お前は行かないのか?」
みらびたちが待つ廊下に向かって大股で歩いていく途中で、セイは、部室の一角に陣取っていた僕に声をかけてきました。
「ちょっと今は気が乗りません。代表には糖分が足りないので補給してから行くとでも伝えてください」
 どう考えてもこれは事件という程のものじゃなさそうですしね。


PM16:15 百合園女学院中庭

 私が、スーツ姿の女性を追い、ブリジットたちの集まっている場所に合流してほどなく、新たに三人組のグループが近寄ってきた。
「なんじゃ、勢ぞろいして、何かのイベントかのぉ?」
 10歳ぐらいの少女(ウォーデン・オーディルーロキ)が、老人口調で問いかける。
「あら、誰かと思えばブリジットじゃないの?また何か面白ことしてるの?」
 と、艶やかな声で呼びかけたのは、3人組の中でも妖艶な美貌を持った女性(シオン・エヴァンジェリウス)で、彼女は、女性にしては長身の女性?(月詠司)の腕に自らの腕を絡めていた。
「私も興味あるわぁ。みんなは、ここで何をしているの?」
 七瀬さんを中心に集まっていた百合生たちに、スーツ姿の女性(茜星)が声をかけると、ブリジットが小首を傾げた。
「あ、えっとぉ、どちら様でしたか?」
「あ、ごめんなさい、私センセイよ。皆さん、こんにちは」
 ブリジットの問い掛けにスーツ姿の女性がそう答えると、
「こんにちは、先生」
 礼儀正しく七瀬さんがお辞儀する。
 それにつられて他の人たちも、先生に対して、行儀良く挨拶をする。
「知らない先生だけど…中等部の先生とか?」
 お辞儀した後、隣にいた悠希にブリジットが小さな声で問いかける。
「いや、僕も見たこと無いです。でも、歩さんが知っているのなら高等部では?もしかすると新任の先生じゃないですかね?」
 これ、後でわかることだけど、スーツ姿の女性は、先生なんかじゃなくて、単に、茜星(せんせい)という自分の名前を名乗っただけだったのよね。
 でも、タイミングがタイミングだったし、皆、目の前の女性が、本物の教師だと思い込んでいた。
 まぁ、何をしているのか興味があったのは私もだけどね。
 そこで、状況をブリジットがかいつまんで説明した内容する。
 七瀬歩さんが百合の頭飾りを誰かに奪われたこと。
 そして、七瀬さんの証言から、どうも犯人は、猿らしい。
 猿?なんで校内に猿がいるのよ?
「そんなことってあるのねぇ。事情は分かったわ。私も海已ちゃんと協力しちゃうわよ」
 説明が終わった頃には、ブリジットが呼び寄せた推理研のメンバーもやってきた。
「歩さん、他に何か思いつくことはありませんか?」
 一生懸命メモを取っているのは、推理研の一人、宇佐木みらびちゃん。
「そうですね。あ、でもたぶん日本猿じゃないかと思います。昔動物園でみたお猿さんと同じでしたから」
 うーんって感じで人差し指を立てて宙に視線を向けいてた七瀬さんが思い出したように言う。
「日本猿ですか?誰かが学園内に持ち込んだのでしょうか?」
 鉛筆を走らせる手を止めて宇佐木ちゃんが首を捻る。
「生徒のペット?あるいは授業で使う為に教師が持ち込んだとか?」
 そう言ったのは、同じく推理研の霧島春美さん。
「とりあえず、俺…いやいや、あたしは例のもん外で買ってきますのですわ」
 百合園の制服は着ているけど、まったく着こなせてない人物(セイ・グランドル)が一人。
 口調は、それはないでしょ、って言いたくなる位に物凄く不自然極まりない口調だった。
 悠希が何もいわないところを見ると、知っているのよね?同類ってことかなぁ…
 でも、もうちょっとバレないようにしてよって思った。
 男の娘を百合園校内で発見しても正直対応に困るの。
 まぁね、百合園は建前では男子禁制、だけど、校長が校長だし…
 後、学内で複雑な背後関係とかあったりして、ヘタに告発したら後が怖いっていうか…
 男の娘の悠希が告発されないのも、静香校長のお気に入りだからとか、百合生の数ある派閥の中でも勢力のあるグループの一員と目されているからとか…ね。
 不審者だったら捕縛すべきだろうけど、そういう感じじゃないし。
 そんなことを考えているうちに、成り損ない男の娘は逃げるみたいに去っていった。
「えっと、まぁ、それじゃ人数も集まってきたことだし、手分けして捜索を始めましょうか。タイムリミットは午後6時までね。その時間になると白百合団の巡回も始まるから、白百合団が事態を把握する前に私たちの力で猿を見つけるのよ」
 いやぁ、実はもう知っていたり…第一、悠希もいるじゃないの?
 私は、まだ団の腕章も付けてないし、私のような新人のことは知らなくても無理はないかもだけどね。
 でも、さすがに身分を隠して一緒に探すわけにはいかないし、そろそろ身分を明かすべきかな、って思い出したまさにその時。
「ちょっと待ちなさい。あなたたち」
 威圧感というか有無を言わさぬ響きの篭った声が響いた。
「中庭で部外者が集まっているって聞いて来てみれば…」
 腕組みしてそう言ったのは、ドリ…艶やかな縦ロールの黒髪の百合園生。
 同じ白百合団の先輩でもある崩城亜璃珠先輩…
「あ、亜璃珠さん、こんにちわ」
「団長、こーん」
 七瀬さんとブリジットの挨拶が軽い…
「あ、えーと…亜璃珠さん、これはですねぇ」
「悠希…取り締まるべき立場にあるはずのあなたまで一緒になって何?ちょっと白百合団員としての自覚に欠けるんじゃない?」
 弁明しようとした悠希をビシって指差した崩城先輩の眼光が鋭い。
 こ、怖…
「いや、あのね、団長。言い出したの私だし、悠希は…」
 たじろく悠希と崩城先輩の間にブリジットが割り込む。
 崩城先輩は、手でブリジットの発言を封じた。
「人の話は最後まで聞きなさい。この件の処理はあなたに任せるわ、悠希」
「ぼ、僕がですかっ!」
「これぐらいの事件ならあなたでも処理できるはずよ。あなたで処理できない問題については全て私が責任を持つわ」
 驚いている悠希の顔が印象的だった。
 あれ、でも…崩城先輩って、何かイメージとちょっと違う。
「でも、その代わり、失敗した時は…」
 とたんに、崩城先輩の顔に楽しむような…例えるなら、捕まえた獲物のネズミをいたぶる猫のような笑みが浮かぶ。
「ひぃ…」
 悠希の引きつった顔が印象的だった。
 やっぱり、崩城先輩はイメージ通りの人だった。
「ねぇ、誰なの、この偉そうな女?」
 それまで黙って成り行きを見守っていた女の子がちょっとぶっきらぼうな口調で問う。
 パラ実生の泉椿だ。
 現場付近でモヒカンが見つかったという理由で、容疑者の一人にされかかっている子。
「この方は白百合団の崩城亜璃珠さんです。神楽崎分校の分校長もされているんですよ」
「カサブランカの騎士団という組織の代表もやってんのよ。私も所属してるけど」
 七瀬さんの説明に、さらにブリジットが補足する。
「ふぅーん、あー、それでブリジット、団長って言ってたのか。しかし神楽崎分校の分校長ねぇ、分校長って、暇なのか?」
「暢気な事を。パラ実生に嫌疑が掛かっていることを忘れているのではない?あなたも容疑者の一人になるわよ」
「はぁん?なんだそれ?喧嘩売ってんのか」
 崩城先輩を睨み返す泉。
「あら?もしかして、取り戻す自信がないのかしら?」
 そんな泉の態度に、しかし、崩城先輩は何か楽しそうに見える。
「ふざけんな。おもしろいよ。取り戻してやるさ」
「皆さん、仲良くしましょう。皆で探せばきっと見つかりますよ」
 ヒートアップする二人、厳密に言うとヒートアップしているのは一人だが、を取りなすように、先生が間に入る。
「先生の言うとおりですよ」
 と七瀬さんもすかさずフォロー。
 崩城先輩は、怪訝そうに先生の顔を凝視した。
「失礼ですが所属がどちらでしょうか?学内でお見かけするのは初めてに思いますけど?」
 問いかけられた先生は、あっという顔をしてから
「私は蒼空学園から参りましたの。百合園女学院の中に入ったのは初めてですから」
「蒼空学園の方でしたか。通りで存じ上げないはずです。失礼いたしました」
 なるほど、蒼空学園の先生だったのね。そりゃ見たこと無いはずだわ。
 なんで、蒼学の教師が百合園に来ていたのか知らないけど…
「えっと、団長、そろそろ捜索始めたいんだけど…あんまり時間ないし」
 ブリジットが気ぜわしそうに口を挟んだ。
 ちらりと腕時計を確認すると、時刻は4時15分を少し過ぎたところだった。

PM16:30 百合園女学院中庭

「ねぇねぇ、あたしたちは何もしなくていいのかな?」
 ブリジットさんたちと中庭待機組になったあたしは、ベンチに腰掛け足をぶらぶらさせながら、隣にいたブリジットさんに問いかけてみた。
 捜査組は本校舎には悠希さんと蒼学の先生と占い師の海已さん…そういえば、先生の名前聞いてなかったね、と、ウォーデンさん。
 寮には、亜璃珠さんと泉さん、それとシオンさんが、それぞ向かっている。
 後、機晶姫のベルディータさんは、魔女の箒で空から捜索するということで飛んでいっちゃった。
「まぁ、発見の報告が入るまで歩は待機でいいんじゃない。私はその辺ちょっと探してみるわ」
 ブリジットさんが勢い良く立ち上がる。
 両手を挙げてぐっと背中を反らせてから、よしっと一言気合入れて、歩き出す。
「あ、待って。あたしも行くよ!」
 一人だとつまらないし、待っていろって言われたけど、あたしも立ち上がって、ブリジットさんの後に続く。
 ブリジットさんとあたしは、並んで中庭を歩いて、何かの作業をしている霧島春美さんの元に近づいてみた。
 春美さんはスコップで地面をザクザク掘ってる。
「…春美さん、何をしてるの?」
 あたしが首を捻りながら問いかけると、穴の横で作業を見守っていた角兎のディオネアちゃんが、おヒゲをピクピクさせながら、
「落とし穴を掘っているんだよ」
 ディオネアちゃんは、うさ耳もピンと立てて、とっても可愛いし、なんか得意そう。
「ねぇねぇ、歩はボクの推理聞きたい?ねぇ、聞きたい?」
 瞳をキラキラ輝かせるディオネアちゃん。言いたくて仕方がない感じです。
「あ、ぜひ聞きたいな。ディオネアちゃんの推理」
「えっへん、そっか、聞きたいんだね。それでは仕方ないね。僕が思うに犯人は…」
「犯人は?」
 これはブリジットさん。もったいぶって言葉を止めたディオネアちゃんを促します。
「犯人は頭がたくさんあるヒドラみたいな怪獣だよ。だから、帽子がたくさんいるんだよ」
 え?ヒドラ…
 戸惑って、ブリジットさんの反応を伺うと、ブリジットさんもさすがに微妙な表情になってる。
 いつの間にか穴掘り作業を中断した春美さんが、ウインクしてきた。そしてお願いのポーズw
「う、うん!そうだね…そうかも」
 にっこりとあたしが笑って頷くと、ディオネアちゃんは大喜びしてぴょーんって大きく飛び跳ねた。
 ありがとうという表情で微笑む春美さんに、微笑み返して、
「手伝いましょうか?一人で穴掘るの大変でしょ?」
 あたしも手伝いを申し出る。
 この時、ブリジットさんが何かに気付いたらしく、植え込みに近づいていく。
 見ると、植え込みが不自然にガサガサと動いてた。
 もしかして、もうお猿さん見つかった?とか思ったけど、そうじゃなかった。
「ねぇ、ねぇ、ちょっと、あんた…司」
 植え込みの中に声をかけるブリジットさん。
「なんだですか?声をかけないでくださいよ。バレちゃうでしょう」
 植え込みが割れて、月詠司さんの神経質そうな顔を出てきた。
「何をしてんのよ?」
「もちろん、猿を探しているんですよ。おさるさーん、出ておいでー」
 かすれるような小声で呼びかける司さんに、ブリジットさんのこめかみがピクリと震えるのが見えた。
「そんな小さな声じゃ聞こえないでしょうが!そんなことしてないでちょっとこっち来て穴掘るの手伝ってよ」
 ブリジットさんが、司さんのの腕を掴み強引に茂みの中から引っ張り出そうとする。
 「わわ、ちょっと…勘弁してくださいよ。男だってバレたらどんな目にあうか…ケルベロスの餌にされたくないですよ」
 ケ、ケルベロスの餌って…誰からそんな作り話を、司さん…
 「大丈夫よ、その時は…」
 手を引きながら穴の前で司さんを振り返るブリジットさん。
 「その時は…」
 司さんのごくりと喉を鳴らす音があたしのも聞こえた気がした。
 「そん時よ」
 あたしも、思わずえーって言いたくなった。
 当人の司さんは、悲壮な表情になってしまって、
 「あ…あははは」
 って疲れたように笑った。



この物語は、引き続き、

蒼空TRPGとマイトラジオで御馴染み【マイト・オーバーウェルム 】
冴えた推理でカキーンと解決【百合園女学院推理研究会 】
ラズィーヤ様の健康をお祈りする【ラズィーヤ・ヴァイシャリー様ファンクラブ 】

の提供とか、ご協力でお送りしていたします。。

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テーマ:
ACT3 きゃっち・ざ・もんきー

PM4:40 百合園女学院本校舎

 僕と茜星さんと占い師の瀬戸鳥海已さん、あとウォーデン・オーディルーロキさんの4人は本校舎の中で逃走した猿を探していました。
「わぁー、すごいわぁ。蒼学とはやっぱり内装も全然違うわね。お洒落だし可愛いし…」
 茜さんは校舎内の内装が珍しいらしく大はしゃぎです。
 その頭には、なぜか百合の頭飾りが載っています。
 百合園の来るので入手して持ってきたそうです。
 あ、そうそう、茜さんが学校の先生と言うのは僕たちの勘違いでした。
 茜星(せんせい)という名前の方だったのですね。
 と、茜さんの携帯が鳴り、メールをチェックした茜さんは、後ろに続いていた女占い師ライクな服装に身を包んだ瀬戸鳥海已さんに微笑まれています。
「…」
 瀬戸鳥さんは相変わらず無言で、一言も口を開いてくれません。
 瀬戸鳥さんは、占いで大きな時計のある場所が怪しいという占いをされたのですが…それも直接口頭ではなくて、わざわざメールで送ってくる徹底振りです。
 残念ながら、時計台や講堂も探しましたけど、猿は見つかりませんでした。
 茜さんのお話では、瀬戸鳥さんは本物の占い師というわけではないようでした。
 瀬戸鳥さんがしゃべらないのは、やはり男だとバレるのを警戒しているからなのだと思いますが…
 僕も男ですよ、と教えてあげたほうがいいのかな、とも思いますが、言い出すタイミングが掴めません。
「百合園が褒められるのは、僕としても嬉しいですね。百合園が褒められるのは校長である静香様が褒められているのと同じですし…蒼学は機能優先みたいな気がしますね。百合園はシャンバラ王国復興後に宮廷に仕える女官や宦…」
 いいかけた自分の言葉に、思わず震えました。
「かん?」
 少し後ろをきょろきょろあたりを見渡しながら続いていたウォーデンさんが食い付いてきました。
「い、いえ、なんでもないですっ!さ、探しましょう」
 下腹部の辺りで痛みが走ったような気がしましたね。
「あ、悠希、静香ならいないよ。知ってるか」
 廊下を歩いてきた顔見知りの女子生徒が僕の顔を見るなりそう言ってきました。
 ぼ、僕はいつも静香校長を探しいてるように思われているのかなぁ。
 まぁ、否定はしないけど…
「あはは…探しているのは確かですけど…静香様ではないですよ、この辺で猿見てませんかっ?」
「猿?なんで?みてないなぁ」
 女子生徒は首を横に振る。
 それもそうだよね。猿がいたらもっと騒ぎになってるだろうし。
「あ、そっか。わかったわ」
 突然、パンと両手を打ち合わせて茜さんが大きな声をあげてきたので、僕たちは驚いて茜さんの方を見た。
 何が分かったのだろう…
「あなた悠希ちゃんだったのね。静香校長ラブな子よねぇ~恋する乙女も可愛いわー」
 背後でズッコケそうになった瀬戸鳥さんにも気づかず、茜さんは楽しそう。
「え~っ、僕のこと蒼空学園にまで伝わっているんですかっ!静香様が有名だからですね。僕なんて全然。可愛いなんて、恥ずかしいですよ」
「あのなぁ(きゃははは、悠希ちゃん、かわいいー)」
 どこからか取り出したビデオカメラでウォーデンさんがこっちを撮影しています。
「そういえば、理科準備室で猿を見た気がするな」
 友人は思わぬ言葉に僕たちは色めき立ちました。
 情報を提供してくれた友人に礼を言って、僕たち4人は、理科準備室に向かうことにしました。

 理科準備室で僕たちは、確かに猿を見つけました、よ?
「もしかせんでも、猿というのこれか?」
 ジト目で僕を見ながら、ウォーデンさんが指差した先にあったものは…
「まぁ、よく出来た標本ですね。でも、この子が百合の頭飾りを取ったとは思えませんね。動けませんしね」
 茜さんの微笑みとストレートな言葉が心に痛いです。
「す、すみません…」
「まぁ、おぬしが間違えた訳でもないからのぉ(ねぇねぇ、どうせならもっと百合っぽいところ探そない。更衣室とかさ」
 ウォーデンさんが途中から口調を変えて、さらっととんでもないことを言ってくれます。
「そ、そんなところ入れませんよ。何を言っているんですかっ」
「ん?何でおぬしが赤くなるんじゃ?女同士じゃろ?」
 思わず赤面した僕を見て、怪訝そうにウォーデンさんが首を捻る。
 ウォーデンさんは、僕が男の娘だってことは知らないから…
「…」
 事件が起きたのはこの時のことでした。
 ポンポンと茜さんの肩を瀬戸鳥さんが叩き、
「うん?」
 茜さんが、瀬戸鳥さんの指差す方向に視線を向けて、
「あれ?標本が数が一体増えてます?」
 僕たちも茜さんの言葉に引かれるように、標本に視線を転じました。
 標本は一体でした。ええ、でした。
 でも、今僕の目の前には二体の猿の標本があり、一体の頭の上には百合の頭飾りが…
「さ、猿が…」
 いた。
「えっと、ねぇねぇ、お猿さん、その頭飾りと私のこれとかえっこしない?」
 頭に載せていた自分の頭飾りを手にすかさず茜さんが猿が話しかける。
 猿はウキーっと歯を剥いて、それでも、ちらちらと茜さんの頭飾りに注意を向けているように見えました。
「悠希、今じゃ、行くぞ!」
 僕とウォーデンさんは、猿の注意が頭飾りに向いている隙をついて、同時に飛び掛りました。
 つれ合って倒れる僕とウォーデンさん、そして猿の二人と1匹。
「ちょ、ウォーデンさん、そこは僕の、どこ触ってるんですか、や、やめ、あっ…」
「馬鹿言うな、どこも触っておらんわい(あれ?なんか…悠希、何か堅いもの付いてるよぅ)」
「ちょ、やっぱり触ってるじゃないですか!」
 こんなところで何やってるんだろう…いや、それ以前に肝心な猿はどこだろう?
「待って!お猿さーん!捕まえましたぁ!」
 茜さんの声に、僕ははっとして後ろに振り返りました。
 僕たちのすぐ目と鼻の先で、茜さんが覆いかぶさるようにして床に蹲っています。
「センセイ、それは猿じゃなくて、標本だって」
 思わず声をあげる海已さん、小声ですけど初めて声を聞きましたね。
 どうやら倒れてきた猿の標本を本物と間違えてしまったみたいです。
 すると、本物は今どこに?
 廊下から悲鳴があがったのはこの時のこと。
「きゃ、何々」
「猿よ、猿。きゃー、可愛い!!」
 どうやら、猿はとっくに廊下に逃げていたようです。
「おい、悠希、いい加減どいてくれんかのぉ(このスケベ!)」
 僕に組み伏せられた格好になっていたウォーデンさんが不機嫌そうに言いました。
 気付くと僕の手は、ウォーデンさんの慎ましい胸元に…
「わわっ、すいません!」

PM5:00 百合園女学院中庭

 私の携帯が鳴ったのは、ディオネアの罠の穴掘りを終えて、一服していた時だったわ。
 まぁ、掘ったのはほとんど司だったけどね。
 携帯の液晶画面を確認すると、発信者はロキと表示されている。
「もしもし、私だけど。ロキ?」
「猿が見つかった。本校舎の理科準備室で見つけたのじゃが残念ながら逃げられてしもうた」
 息を弾ませたロキの声が聞こえてくる。
「校舎の外に出てしまったようじゃな。われらも追跡に移るが、ペルディータに校舎付近を空から捜すように伝えてくれると助かる」
 電話は私の返答も待たずに切れた。
「猿が見つかったんですか?」
 横合いから春美が声を掛けてくる。
「うん、だけど、逃げられて…猿は校舎の外に出たみたい」
 答えながら、私はすぐにペルディータの携帯に電話をかける。
「あ、もしもし、ペルディータです」
「ペルディータ、私だけど。今どこにいる?猿が本校舎で見つかったのよ。だけど、校舎の外に逃げられたみたい。悪いけど校舎付近を空から捜してくれる」
「わかりました。これから校舎に向かいますね」
「まだ捕まってないんだよな。これ、まだ無駄にならないで済みそうかな」
 携帯を切ったところで、バナナの束を抱えた肩で息を切らせていたのは、百合生の制服に身を包んだセイ・グランドルの声が聞こえてきた。
「わぁ、セイ君、ありごうとうですぅ」
 バナナの束を受け取った宇佐木みらびちゃんは凄く嬉しそう。
 セイ、どこに行ったのかと思ったら、バナナを買いに行ってたのね。
「あ、それ私も一本貰えますか?」
「もちろんですよ、一本でいいですか?」
 少し申し訳なさそうに春美が言うと、うさぎちゃんはバナナの房から一本バナナをもぎ取ると春美に手渡す。
「じゃ、私も一本」
 そう言って、私もみらびちゃんから一本受け取る。
 私は、春美がこっそりとディオネアが仕掛けた罠の中にそのバナナを置くのを視界の端に捉えていた。
 ディオネアは、犯人がキメラのような怪物だと言っていたから、罠におびき寄せる餌として落とし穴の上に置いたのは、帽子だったのよ。
 たぶん、それだけだと猿はこないって、春美は思ったのね。
 ディオネアに気付かれないようにこっそりとバナナを置くところが、いかにも春美らしいわね。
 そんなことを考えながら、私はバナナを一口。
 うん、よく熟れたいいバナナだわ。
「食べちゃうんですか?」
 みらびちゃんがが目を大きくして問いかけて来たので、私はちょっとびっくりした表情になった。
「そりゃ、バナナは食べるものでしょう」

PM5:10 百合園女学院校庭

「すみません、学内が飛行禁止とは知りませんでした」
 困ったなぁって、私は内心でそう思った。
「あなたねぇ、ここをどこだと思ってらっしゃるのかしら?空京のストリートじゃありませんのよ」
 白百合団の腕章を付けた先輩団員に詰問されているのは、魔女の箒を手に持った推理研の機晶姫の子。
「氏名とそれを証明できる証明書をお持ちですか?それか本校にあなたの身元証明が可能な人は?」
 中庭で事情は聞いていたし、わざとらしいなとは思うけど、私は形式どおりに問い質す。
「ペルディータ・マイナです。私の身元ならブリジット・パウエルさんが証明してくれると思います。推理研究会の代表をされています」
 ペルディータさんは何か言いたそうな表情でこっちを見ていた。
 私は中庭では一切発言していないし、こっそり抜け出したから、顔を覚えられてはいないと思っていた。
 だって、彼女の目に録画機能があって全部録画していたなんて知らないもの。
「ああ、推理研の…場違いで空気を読まない、あなたのような方の保証人にはぴったりの方ですわね」
 嫌味と棘をたっぷり含んだ物言いに、ペルディータさんの表情が曇るのが見えた。
「少し横から失礼。事前に崩城さんの承諾は得ているのですが、それでも駄目でしたか?」
 と、姿を現したのは、金髪の長髪も綺麗な美人さん。
「あれ、ラーラ…」
 どうして、ここに、という表情を浮かべるペルディータさんに、ラーラ、つまりラーラメイフィス・ミラーさんはウィンクしてから先輩団員に向き直った。
「え…崩城さんとは崩城亜璃珠様のことかしら?」
「ええ、その崩城さんですね?何でしたら今から連絡を入れてみましょうか?」
 携帯を取り出してボタンを操作しようとするラーラメイフィスさんを先輩団員は慌てて止めた。
「い、いえ、それには及びませんわ。崩城様の連絡先ならばこちらで存じていますもの。ちょっと待ってくださいませね」
 先輩団員は回れ右をすると、私を手招きして少し離れた位置まで移動した。
「私たちは箒で飛行している機晶姫など見ていません。いいですわね?」
「いいんですか?」
 ペルディータさんたちから背を向けた格好で並んで立った私たち。
 私が先輩に目だけを向けて確認したら、先輩も目だけ動かして応じた。
「いいのです」
 話はそれで終わり。
 私たちは、待っていたペルディータさんたちの元に戻った。
「行ってもらって結構ですわ。速度は出さず、あまり高く飛ばないようにだけ注意してください。百合園には他人に上から見下ろされることを嫌う方は多いのですわ」
「箒を使ってもいいんですか?ありがとうございます」
 ペルディータさんは、嬉しそうにお礼を言ってきたけど、
「礼を言われる筋合いはありませんわ」
 と、先輩の歯切れは悪かった。
「さて、私は中庭の手伝いの方に戻りますね」
 仕事は終わったといわんばかりにラーラメイフィスさんがくるりと背を向けると歩き出した。
「ありがとう」
 その背中に向かってペルディータさんが声をかけると、
「どういたしまして」
 一瞬、立ち止まったラーラメイフィスさんは艶やかに微笑んで軽く手を振って見せた。
 やっぱり、女装してても、イケメンがやると様になるよね。

PM5:15 百合園寮

 百合園寮には、いかにもお嬢様的な優雅なメロディーが流れていた。
 寮での捜索に向かったのは、あたしと、偉そうな女二人(崩城亜璃珠、シオン・エヴァンジェリウス)の三人。
「これが百合園の学生寮かぁ。いかにも貴族趣味よねぇ。でも、悪くないわ」
 シオンは、百合園寮の内装が気に入ったらしくあちこちに視線を向けていたけど、手に持ったビデオカメラで撮影を始めると、亜璃珠がそれを手で制した。
「困るわね。そういうものを持ち込まれては。何を撮るつもりかしら?」
 にっこり冷たい微笑むを向ける亜璃珠に、同じぐらい冷気を帯びた微笑でシオンが応じる。
「千年単位で生きてるけど、百合園の寮に入るのは初めてなのよね。ほら、旅行先で記念写真とか、あなたも撮るでしょう?」
「ここは観光地じゃありませんので。写真・ビデオの撮影はご遠慮願います」
 この二人うぜぇ…
 何この毒舌トークショー。しかも、観客あたし一人…
 何の罰ゲームだよ、これ。
「けど、あれだね、想像通りのところもあるけど、意外なところもあるな。住んでいるのは、もっとお嬢様っぽい奴ばっかりかと思ってたけどなぁ」
 あたしは、話題を変えたくて、通り過ぎる百合生を見送りながら感想を口にしていた。
「百合園の寮には地球人と契約した子も入ってるのよ。その子たちは別にお嬢様とは限らないし。それに、シャンバラ校に来る地球人も変わり者も多いのよ」
 したり顔で説明してくれた亜璃珠に、あんたを見てたら納得だわ、と言いたいけど、そこは我慢だ。
「しかし、猿がいるようには見えないなぁ。いたら、もっと騒ぎになるだろう」
「犯人が本当に猿とも限らないわ。ひょっとしたらすぐ近くにいるということもね…」
 その物言いには、カチンと来た。
「言っておくが、あたしは犯人じゃないからな」
「何も、あなたが犯人だとは言っていません」
 ああいえばこういう女だ。
「でもねぇ、犯人はだいたい最初そういうものよねぇ、俺は犯人じゃない、って」
 横からシオンが茶々を入れてくる。こいつも余計なことを言って人を困らせるのが好きな奴だよな。
「あのなぁ…だいたい、あたしはモヒカン持ってないし」
「確か、モヒカンはパラ実生のステイタスアイテムなのではなかったかしら?あらぁ?もしかして、どこかで失くした…とか?」
「お前ら…どうしてもあたしを犯人にしたいらしいな」
「複数形にしないで欲しいわ。私は犯人が近くにいる可能性もあると言ったまでよ。繰り返すけど、あなたが犯人とは言っていないわ」
「わたしも、モヒカンを失くしたの?と聞いただけよ」
 シオンの嫌味な微笑がムカつくわ。
「お前らなぁ…人をからかってそんな楽しいのかよ…」
 その問いにはどっちも答えなかったが、面白いわよっていう二人の心の声をあたしは確かに聞いたよ。
「もう嫌だ、こんな場所、早くキマクに帰りてぇ」
 拳で殴り合っていたがまだマシだと思う。
 ここと比べたらパラ実の方がずっと分かりやすくてさっぱりしてると思うよ。
 この時、亜璃珠の携帯が鳴った。
「あら?ブリジットからね。もしもし、何かあったの?猿が見つかった。それで…そう…わかったわ」
 今まで違った真剣な表情で電話に応対する亜璃珠。
 なんだよ、そういう真面目な対応もちゃんとできんじゃん…
「見つかったのかよ。だからあたしは犯人じゃないって言ったろ」
「ええ、猿は見つかったわ。でも、猿は逃走中。空からも追跡したけど、この寮の周辺で見失ったらしいわ。すでに寮内に潜入した可能性もあるわね」
「それなら、手分けして探さない?3人集まっていても効率が悪いわよ。見つかれば携帯で連絡するということでどう?」
 シオンの提案はまともな意見に思えるし、反対する理由はないよな。
「そうしようぜ。あんたらと一緒だと疲れるし」
 おもわず本音も添えた。
「いいでしょう。しかし、その前に…そのビデオカメラはお預かりしておきます」
 さっそく歩き出そうとするシオンの肩を掴んで亜璃珠が呼び止める。
「…」
「猿の捜索にビデオが要るとはおもえないですから?違います?」
 肩越しに振り返るシオンとにらみ合う亜璃珠という構図。
 まさかここでやり合うつもりかよ。
「OK…残念だけど、仕方ないわね」
 先に緊張を解いたのはシオンだった。
 シオンは、肩をすくめると、ビデオカメラを亜璃珠に手渡した。

 三人で手分けして捜索を開始したものの、しばらくは何もなかった。
 もしかして、寮にはいないんじゃないのか?と思い始めた頃。
 突然、絹を裂くような女の悲鳴があがった。
 「なんだよ!」
 あたしは、悲鳴のあがった場所を探して寮内を走り出す。
 「椿ではないか。おい、寮内を走るでない」
 寮生の部屋から出てきた派手な衣装の女性とぶつかりそうになる。
 名前を呼ばれたから誰かと思ったらチマチョゴリ姿の金仙姫 じゃないか。
 だけど、今は話をしている場合じゃない。
 そういや、あいつも舞やブリジットと同じ部屋って言ってたっけ?
 「ふふ、お宝映像ですわ」
 駆けつけた私が見たのは、異常な光景だった。
 開け放たれた寮生の部屋のドアの前で下着姿の女の子がうずくまり、その頭の上で猿が興奮気味に帽子を振り回している。
 その様子をなぜか、ビデオカメラを構えたシオンが撮影している。
 亜璃珠に渡したはずなのに…あいつビデオカメラの予備を持っていたのか。
 この時、あたしは、背後から吹き付けてくる何かを感じ取って、本能的に身を屈めた。
 風を切り裂く鈍い音と共に、あたしの頭の上を何かが飛び越え、それはシオンのビデオカメラを直撃して、シオンの手からカメラを弾き飛ばす。
 「な、何なのよ、いきなり」
 さすがのシオンも驚いている。
 そりゃ、そうだよな。
 寮の床にそれは突き刺さっていた。どこからどうみても、ランスだ。
 そう騎士が馬上突撃とかに使うあのランスだよ。
 誰かが投げたランスがあたしの頭上を飛び越え、シオンの手の中のビデオカメラを貫いたのだ。
 ドスゥって重い音と共に床に突き刺さったランスに驚いたのか、猿は飛び乗っていた寮生から離れると、廊下を走って逃げていく。
 追いかけようとしたけど、
 「何、これどういうことですの?」
 騒ぎに気づいて部屋から飛び出来てた寮生たちにゆく手を遮られてしまった。
 でも、そりゃ騒ぐよな。ランスだぜ。
 「猿がいたわよ?どういうこと?」
 「え、猿、どこどこ?」
 目の前で床に突き刺さってるランスのことに誰も触れないのはなぜだろうな…
 「あなたたち、何をしているのよ」
 遅れて駆けつけてきた亜璃珠の怒声に、困惑していたあたしの思考は現実の世界に戻ってきた。
 「いや、いきなりランスが…」
 状況を説明しようとするあたしに向かって亜璃珠が言い放つ。
 「何言っている?ここではランスが飛んでくることなんて日常茶飯事よ。それより猿は?」
 そうなのか…とりあえず、あれだよなぁ、百合園、怖ぇ~
 この時、寮内に流れていた緩やかなメロディーが止まり、雑音の後にスピーカーから音声が流れた。
 「生徒会執行部白百合会から全校生徒の皆さんへ。現在、校内において不審者の目撃報告がされています。校内にいる全生徒は単独行動を控え、集団で行動してください。なお、不審者を発見した場合は、白百合会または教師に連絡してください」
 一旦、それで音声が途切れたけど、ほどなくして再び音声が入る。
 さっきよりも硬質な声だった。
 「緊急、白百合団より各白百団員へ通達。校内に不審者が潜入した模様。各団員は不審者を捜索し、発見次第身柄を拘束すること。非殺傷武器の使用を許可する。以上」
 通達が終わると、再び何事もなかったかのように、優雅なメロディーが寮内に流れ始める。
 「ふん、どうやらここまでみたいね」
 天井付近のどこかにあるスピーカーを見上げていた亜璃珠が嘆息する。
 「お、おい、何か大事になってる気がするんだが…」
 「すみませんっ、猿は?」
 この時、通路の角を曲がって本校舎組のメンバーがやってきた。
 先頭を走っていた悠希が息を切らせながら問いかけてくる。
 「逃げられちゃったよ」
 「残念ですわ」
 あたしの言葉に、シオンが言葉を繋げた。
 その残念は猿が逃げたことに対してか、それとも壊されたビデオカメラに対してだったのかは、確認するつもりはない。
 「ゲームは終わりね。こうなってしまった以上は、白百合団員としても逃走中の猿を捕まえて事態を収拾しないといけないわね。悠希、付いてきなさい」

PM5:30 百合園女学院中庭付近

 通達があって、待機していた白百合団員たちも不審者の捜索に乗り出し、慌しくなってきた。
 中庭付近で不審者の捜索にあったていた私と先輩は、弓で上空を狙う団員に気付いた。
 狙う先にいたのは、魔法の箒で飛行していたペルディータさん。
 私は、矢を撃つのを止めようとしたけど間に合わなかった。
 放たれた矢は、魔法の箒の尾部に命中した。
 空中で制御を失ったペルディータさんは、ふらふらと蛇行しながら高度を落としていき、樹木の中に消えてしまった。
 同時に、バキバキっという枝の折れる音と悲鳴が聞こえてきた。
 私と先輩はペルディータさんが墜落した地点に急いで駆けつけた。
 私たちが駆けつけると、尾部に折れた矢が刺さった魔法の箒が地面に落ちていて、前方の茂みの中からペルディータさんが這い出してくるところだった。
「ちょっと、あなた。大丈夫ですの?ですから、あれほど注意しましたのに?」
 先輩が眉を潜めて、呼びかける。
 腰辺りをさすり立ち上がろうとするペルディータさんに私は手を差し伸べて立ち上がらせた。
「ちょっと痛かったですけど大丈夫ですよ。こうみえても頑丈ですから」
 手足についた泥を払いながらペルディータさんが言いった。
 確かに見たところ本当に怪我はしてないようだった。
「ちょっと、ペルディータ、何か今すごく派手な音とか聞こえたけど何かあったの?もしもーしっ!」
 私の足元に落ちていた携帯から、聞き覚えのブリジットの声が響いてくる。
 私は落ちていた携帯を拾うと、ペルディータさんに手渡した。
「もしもし、ちょっとトラブルがあって、これ以上空からは追跡できません。お猿さんは中庭の方に向かいました」
「いったいこれは何の騒ぎかしら?」
「これは、崩城様。ペルディータさんは不審者と誤認されて他の団員に弓で撃ち落されたようですわ。今、私たちが保護してさしあげたところですの」
 姿を現したのは、崩城先輩と悠希たち。
 先輩が姿勢を正して一礼すると、そう説明する。
 まぁ、間違いじゃないわよね。
「猿を追っていたら、いきなりドスって何かが箒に当たってバランスを崩して落ちてしまいました。矢だったんですね」
「猿は?」
 短く問いかける崩城先輩。
「中庭の方に向かいました」
「まだ遠くには言っておるまいよ。うまくいけば、中庭におるブリジットたちと挟み撃ちにできるはずじゃな」
 ウォーデンさんが言うと、崩城先輩とペルディータさんも頷いた。
 けど、シオンさんだけが、嫌そうに顔をしかめるのが見えた。
「まだ走るの?優雅じゃないですわね」

「猿はこっちに向かっているわ」
 ペルディータからの報告を受けた私は、周囲に集まってきた待機組に説明した。
「なんか、無駄に騒ぎが大きくなってしまったような気が…」
 歩が困惑の表情を浮かべる。
 白百合団の通達は中庭にはスピーカーを通して聞こえていたしね。
「どうしますか?ブリジットさん」」
 春美が近寄ってきて判断を仰いでくる。
 そうよねぇ。
「こう騒ぎが大きくなっちゃたら白百合団に任せた方がいいかな。やれることはやったよね、私たち」
 同意を求めると、歩を頷く。
「その方がいいかもしれませんね。別に頭飾自体は新しいのを手配すればいいだけですし」
 まぁね。しかし、それを言ってしまうと御仕舞いな気もしないではない。
「え?でも、まだお猿さん捕まえてないよ」
 完成した罠を見つめていたディオネアが驚いたような声をあげる。
「うん、そうなんだけど。こんなに大騒ぎになったら、きっとお猿さんもびっくりしちゃってバナナ食べにこないよ」
「バナナ?」
 問いかけるディオネアに春美はちょっと慌てたように首を振る。
「あ、あの…うさぎちゃんがね。お猿さんはバナナ好きだから、バナナを用意していたのよ。ね?」
「そうです。うー、セイ君が買ってきてくれたこのバナナ無駄になっちゃいそうですか?」
 バナナの房を手に残念そうにうなだれるうさぎちゃん。
「そっか。なるほどねぇ。いや、ボクもわかっていたけどさ、猿はバナナが好き。その辺はさ」
 うんうんと頷くディオネア
「いや、てか、お前、犯人はヒドラとか言っていたって聞いたぞ?」
 すかさずセイのツッコミが入ると、ディオネアは、
「…えへへ」
 あ、笑ってごまかした。
「そういえば司さん?でしっけ?あの方はどこに。あの姿でこの状況の学内を動き回るのは危ない気がしますけど?」 
 ふっと歩が思い出したように司のことを口にした。
「あ、やばいよな。放送だと不審者には武器使ってもいいとか言ってたもんな」
「ぴょ、司さんの命が大ピンチですかっ!セイ君も隠れていてください。セイ君はうさぎが守ります」
セイの言葉にうさぎちゃんが過剰に反応した。
「ああ…そういえば…司ね。すっかり忘れてたわ。どこに行ったのかなぁ。もう…仕方ないわね」
 ため息をつき、私は携帯で司のアドレスを探して、通話ボタンを押した。
 呼び出しコール数回で、突然ブツってコールが切れた。
「どうですか?」
 ラーラメイフィスが小首を傾げながら問いかけてきたけど…
「何かすぐに切られたわ」
 この時のことよ。
「待って、ちょっと皆静かにしてくれる」
 所在無げに周囲を見ていたディオネアの耳がピクンと動く。
 耳をそばだてながら一点をじっと見ていたディオネア。
「何か近づいてくるよ」
 その言葉通りそれは姿を見せた。
「お猿さんですよ!」
 うさぎちゃんが、走ってくる猿を指出して歓声をあげる。
 確かに猿だわ。一匹の頭に百合の頭飾りを載せた猿が走ってくる。
「見て、春美。僕の罠に向かっているよ!」
 猿はディオネアが仕掛けていた落とし穴に向かって走っている。
 このまま行けば上手く罠に掛かってくれる可能性はある。
 が、しかし…猿は罠の直前でピタリと動きを止めて、後ろを振り返った。
「わぁ、ちょっとどいてください!」
 その視線の先から砂埃を巻き上げながら猛スピードで突進してくる司。
 つけていたカツラは外れ、必死の形相で走る司の足元には矢が、頬には放たれた弾丸が掠めていく。
「待ちなさい!この変質者!」
 その背後からは手に武器を持った白百合団員の子たちが追いかけてくる。
「追いかけられてますよ」
 春美が行ったけど、まぁ、それは見ればわかるんだけど…
 「ん?おいおい、馬鹿、コースを変えろ!」
 思わずセイが叫んだけど、逃げるのに必死の司に聞こえるはずもなく。
 司は全速力でディオネアの仕掛けた罠、つまり自分で掘った穴の上に乗り…
 そして…
 すぅーっと司の姿が私たちの視界から消えた瞬間、ドスンという音と司の悲鳴があがった。
「自分で掘った穴に自分で落ちてどうすんのよ!」
 墓穴を掘るとはまさにことのことか…
 落ちた司は落とし穴から這い出ようと、淵に手をかけたところで、白百合団員たちに取り囲まれていた。
「は、はははは…この程度、日常茶飯事ですよ…あはははっ」
 現実逃避か…哀れね
「あんたでしょ、百合園寮で女の子の着替えを覗いた上に襲い掛かった変態って」
「友人から来たメールだと、ビデオカメラ使って撮影までしようとしていたって話よ」
 剣の切っ先を鼻先に突きつけられた司の顔が引きつった。
「へ?ち、違いますよ。誤解ですよ、お宝写真ゲットとかそれ、私じゃないですよ。ねぇ、ブリジットさん、ちょっと事情を説明してくださいよ」
 何か私に助けを求めてきたけど、これは…
「あんた、姿が見えないと思っていたら、そんなことしていたの…残念だわ」
 いや、ここはお約束というやつでしょう。
「ちょ、嫌だなぁ、ブリジットさんまで何を言ってるんですか。ねぇ、歩さん」
「司さん、最低です」
 歩がトドメの一撃を繰り出した。
 合掌…チーン

 まぁ、勝手に自滅した司は置いておくと、猿の方よね。
 猿は、騒ぎから逃げるように中庭から校門方向に向かって移動していた。
「ここは私に任せてみてください」
 ラーラメイフィス・ミラーが、猿の正面に回り、両手を広げてみせる。
「さぁ、お猿さん、落ち着いてください。私は敵ではないですよ」
 にっこり魅惑的な微笑みを浮かべるラーラメイフィス…まぁ、あれが人間の女の子ならクラっとくるかもしれないけど…
「百合の頭飾りを欲しがるのですから、あなたはレディなのでしょうね」
 そんなものなの…
 ちょっとツッコミたいところだけど、ここはラーラメイフィスに任せるべきかしらね。
 成り行きを固唾の呑んで私たちは見守っていたわ。
 その視界の端で、助命の哀願を続ける司が女の子たちに簀巻きにされて担がれて行ったけど、まぁ、大事の前の小事よね。
「うっきー」
 猿はそんなラーラメイフィスの態度にちょっと興味を覚えたのか、首を傾げている。
 この時には、ようやく追いてきた団長以下その他も合流。
 そえぞれが阿吽の呼吸で猿とラーラメイフィスを囲むように展開していく。
 この時点で、私は正直勝利を確信していた。
 ラーラメイフィスの説得工作が失敗しても、時間を稼いでいるうちに、対猿包囲網は完成する。
 ラーラメイフィスは腰を下ろして猿と同じ目線になってそっと片手を伸ばす。
 けど…唐突に猿はラーラメイフィスに向かって突進したかと思うと、大きく跳躍した。
「おや?」
 虚を疲れたラーラメイフィスの肩を踏み台にして高く飛ぶ。
 猿は着地するや猛ダッシュ、対猿包囲網の弱点、みらびちゃんに向かって突っ込んでいく。
「させるか!」
 セイがみらびちゃんを庇うように立ちはだかかったけど、猿は巧みなフットワークでセイの左を抜くと見せかけて、素早く進路を右に変更。
 フェイントにひっかって重心が左側に崩れたセイの右脇をすり抜ける。
「春美!」
「任せて!」
 私の叫びに春美が隠し持っていた網で猿の前に飛び出る。
 しかし、猿は野生を舐めるといわんばかりに、春美のフルスイングした網の真下を潜り抜けていく。
 セイと春美を抜き去った猿の前に残るのは、みらびちゃんのみ。
「ぴょ!」
 けど、最後の希望、みらびちゃんは両手に抱えていたバナナの房を盾にしながら、その場で蹲ってしまう。
 一瞬、猿がみらびちゃんを襲うんじゃないかとも考えたけど…
「ぴょ?」
 猿は、みらびちゃんが持っていたバナナの房を奪うとみらびちゃんには一切構わず、走り去っていく。
「後を追いかけるよ、僕についてきて!」
 逃げる猿を追ってディオネアが走り出す。
 走りなら猿に負けるわけにはいかない。
 闘争心に火のついたディオネアが猛然と猿の追跡を開始する。
 逃走する猿と追う兎…さらに、その後を追う私たち。
 変な構図よね。

PM5:50 百合園女学院校門前

 猿の最後の逃走劇はそう長くは続きませんでした。
 角兎ディオネアに追跡された猿は、ちょうど学園に入ってきた一台の馬車に進路を阻まれたの。
 異変に気づいた御者が馬車を急停車させ、馬車を先導していた軍馬からは武装した女性騎士が飛び降りる。
 猿はその馬車が、誰の馬車かは気にも留めず、それはそうだろうけど、こともあろうにその馬車の天蓋に飛び乗ったのよ。
 後ろから追跡してきたディオネアが兎の跳躍力を最大限に生かして、天蓋によじ登った猿の上にフライングボディーアタックを決める。
 猿とディオネアは、一塊になって馬車の天蓋から地面に転がり落ちた。
「いたた。あ、頭飾り」
 ディオネアは、落下の衝撃で昏倒した猿の横で泥まみれになって落ちていた百合の頭飾りを掴んで、高くかざして見せる。
「取ったぞ!ってあれ?」
 猿と捕まえた興奮から周囲が見えていなかったみたい。
 ディオネアは周囲を取り囲んだ女性騎士たちの殺気立った視線に気づいて、きょろきょろ四方を見渡している。
 贅をこらした豪奢な二頭立て馬車には、このヴァイシャリー地方を治めるヴァイシャリー家の紋章が描かれていて…
 お父さん、お母さん、先立つ不幸をお許しください。
 そんな文句が一瞬、私のあなたにも浮かんだ。
 ヴァイシャリーに、不敬罪とかないよね。ね?
 強張った表情をした警護の人がこちらに向かって歩いてくる。
 走り疲れて肩で息をしていた私たちは、目の前の現実に、もうただ座り込むしかなかった。
 「じゃ、ま、そういうことで、私はこれで…」
 「どこにいくつもり?ブリジット」
 立ち上がってその場から立ち去ろうとするブリジットの襟首を崩城先輩が掴んで引き戻すのが、見えた。
 「ど、どうしましょうか?」
 困惑した悠希の言葉に少し切れ気味になった崩城先輩の声が空しく響き渡った。
 「どうにもならないわよ」


ACT4 エピローグ

5月某日 PM3:00 はばたき広場

「皆さん、お疲れ様でしたっ。3時になりますので、本日のボランティア清掃を終わりたいと思います」
 悠希がボランティア作業を宣言すると、周囲から歓声があった。
長かった清掃ボランティアもようやく終了。
「皆さん、本日はお疲れ様でした」
「推理研究会の橘舞さんが、ティータイムに差し入れを持ってきてくださってますよ」
 七瀬さんがそう言いながら、ティータイムの準備を始めいてる。
「マカロンとシュークリームを持ってきました」
 橘さんは、にこにこと春の日差しみたいな微笑を浮かべている。
 生粋のお嬢様というイメージの人よね。
「あんたも来たの?」
 ブリジットが声を掛けたのは、私が初めてみる黒髪の美少年いや少女かな?
「ネロさんは、運ぶのを手伝ってくださったんですよ」
 橘さんが、嬉しそうに微笑みながらそう答えた。
 後から分かったことだけど、彼女はネロ・ステイメン。推理研の部員だったみたい。
「一人で運ぶのは大変そうでしたから。それにマカロンとシュークリームも頂きましたからね」
 答えながら、ネロは角砂糖をそのまま口に放り込んでいる。
 甘党にもほどがあるでしょう。
 私は保冷庫の扉を開けて、中からよく冷えたドリンクを出すのを手伝った。
「あ、マカロンとシュークリームですね。おいしそう」
 バスケットの中のマカロンを見て茜星さんが手を叩いて喜んでいる。
「ふぅ、やった解放されるのかよ。マカロンか…うん、悪くないチョイスだな」
 マカロンを頬張っている泉も今日最高に機嫌がよさそうだ。
「ボクの分は?」
「ほら、これ」
 ディオネアがマカロンの置かれたテーブルの下で飛び跳ねていた。
 それに気づいた月詠さんがマカロンを紙の皿に乗せて手渡している。
「あ、有難うございます。ディオ、ちゃんとお礼いいなさいよ」
「いや、いいですよ、別に、大したことじゃないですし」
 春美さんが礼を言うようにディオネアに伝えると、月詠さんは苦笑して手を振る。
「ありがとね、司」
「クリーム、ついてますよ」
「なんじゃ、柄にもなく照れておるのか(お互い寿命が縮んだ者同士だしね)」
 月詠さんの態度に、ウォーデンがにやりと笑う。
「確かに寿命が縮む思いでしたね。簀巻きにされた時は最後かと思いましたよ」
「うんうん、騎士さんたちに取り囲まれた時は、うひゃーって感じだったよ」
 護衛の騎士から囲まれた時のことを思い出したのか、ディオネアはぶるっと体を震わせる。
「あらぁ?何だか、皆で楽しそうねぇ、司。私だけのけ者ってどゆこと?」
 いつの間にやってきたのだろう。
 不意に、月詠さんの背中にしなだれかかってきたのは、本日欠席のはずのシオンさんだった。
「いつ来たんじゃ(あ、マカロンの匂いにつられて棺から這い出てきたなぁ)」
「あ、すみません。途中でばったり出くわして。荷物を持つのを手伝ってもらったんです」
「そういうこと」
 舞さんの説明に、悪戯っぽいく笑うシオンさん。
「ばっかり…ですか…」
 月詠さんのシオンさんに向けた疑いの篭った眼差しがなんとも印象的。
「うーん、なかなかいい素材を使っているわね。合格点ね。さて、マカロンの方は…」
 声に気付いて振り返ると、崩城先輩が、シュークリームを味わった後、マカロンに手を伸ばそうとしている。
「団長、あんまり食べ過ぎない方が…」
 背後からブリジットに言われて崩城先輩の手が止まった。
「え?」
 崩城先輩の目が素早く周囲を見渡す。
 私は、不自然に服のボタンを気にし始めた悠希や、紙コップの中の紅茶を覗き込んでいる七瀬さんに習って、お茶組みに専念して、顔を伏せることにした。
 今、崩城先輩と目を合わせるのは不味い。
「何よ、皆して。一つだけよ」
 そんなやり取りの近くでは、茜さんが、瀬戸鳥さんに声を掛けていた。
「ほら、海巳ちゃんは一つも食べてないじゃない。そんなブスっとした顔してちゃ駄目よ。これ、どっちも美味しいわよ」
 マカロンとシュークリームが乗った皿を両手に持って、瀬戸鳥さんの前に差し出している。
「いや、センセイ…俺は…」
「うん?」
 右左に首を傾けながら微笑みむ茜さん。
 どっちにするって意味なんだろうと思う。
「こっちのやつで。飲み物はコーヒーがいいな」
 観念したように瀬戸鳥さんは、マカロンの皿を受け取る。
「ありがとうございます。歩さん」
 ん?この声は…
 後ろを振り返ると、七瀬さんが差し出した紅茶をラーラメイフィスさんが受け取っているところだった。
「でも、意外にゴミ出ましたね。ぱっと見た目は掃除する必要もないように見えたましたけど…」
 隣にいるのは、ペルディータさん。
「そんなものですよ。見えているところだけが全てでないですからね」
「しかし、運動した後の一杯ってのは、やっぱり最高だな」
 ぐいっと、セイ・グランドルが一気にコップの中の紅茶をあおっている。
「あっ、セイ君、ちゃっと手を拭きましたか?」
 ペーパータオルで手を拭いていた宇佐木ちゃんが問いかけると、セイはゴホゴボって咽込んだ。
「ば、ばかっ、拭いたよ、拭いた」
 慌てて弁明してズボンで手を拭くセイの姿に、周囲から笑い声が起こった。
「セイ君…ところで、パウエル代表、結局、あのお猿さんは学校の先生のペットだったのですよね?」
「ペットというよりは、生物の教師が授業で使う為に、日本から取り寄せた猿だったみたいね。でも、業者の人が鍵をちゃんと締めてなかったから、それで逃げ出したみたいよ」
 宇佐木ちゃんの問い掛けに、ブリジットが紅茶をすすりながら説明する。
 そうなのよね。
 結局、あの猿は以前は日本の猿園にいたみたいで、芸も出来るし人間にも慣れていたらしい。
 この頃には、監視についていた他の団員たちもティータイムの輪に加わってきて、いっそうに辺りは賑やかになっていた。
 時刻は午後3時すぎ…
 暖かい5月の日差しに照らされて、今日もヴァイシャリーは平和でした。

『と、いうのが今回私が関わった事件のあらましです。
 そうそう、書き忘れていたけど、あの馬車は無人で誰も乗っていませんでした。
 お屋敷からラズィーヤ様をお迎えに来ただけだったの。
 おかげで、ボランティア奉仕ぐらいで許されたんだと思います。
 もし、ヴァイシャリー家の人が誰か乗っていたらと思ったら、ちょっと怖いですけどね。
 それでは、長くなったけど、今回はこの辺で。
 また、お手紙します。
                                                         あなたたちの娘より』
~ある百合園生の手紙より抜粋~


マスターコメント

 でっかめんです。
 今回は再遅延してしまい申し訳ありませんでした。
 色々誘惑に負けて遊んでしまいました。
 今回のリアクションですが、直接的に猿を捕縛するアクションがなかった為、説得とか罠を仕掛けるのはあったのですが…行くところまで行ってしまいましたw
 まぁ、もともとコメディーなので、これぐらいはいいでしょう、たぶん。
 後、記述方法については、NPCの一人称形式を前回に引き続き採用してみました。
 今回は舞台が百合園の中だったので、無名の百合生視点で書こうと思ったのですが、一貫してそれは無理なので、途中他のNPC視点にも切り替えていますが、結果として読み難いかな、と反省しています。
 それでは、今回はこれにて。
 ご参加ありがとうございました。
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テーマ:
プロローグ? ~担当マスター逃げました~

おかしい…これはどうも、おかしいわ。
今日は2020年4月18日時間はもうすぐ夕方…
壁に貼られたカレンダーを、ちらっと確認してから、私は、舞と共用で使っているノートパソコンを起動すると、デスクトップ画面から専用アプリのアイコンを マウスでダブルクリックした。
カリカリっていうハードディスクを読み込む音がして、しばらくするとアプリが立ち上がる。
私のIDとPWを素早く入力。

ID:ブ リジット・パウエル
PW:******

そしてエンターキーをぽん。
液晶ディスプレイの中央に二台のPCのアイコンが現れる。
その間を一本の線が結んでいて、その線上を辿る光点が忙しなく行ったりきたりしている。
待つこと、数秒…線全体が明るく点灯し、画面が切り替わる。

ブリジット・パウエルさんが接続しました。

一般的なメッセージソフトのチャット画面に似た画面上で、私はマウスの矢印をメッセージ欄に走らせ、メッセージ欄をクリック。
「ちょっと、代理人、プラリアどうなんっての?公開日明後日だけど本当に大丈夫なんでしょうね?」
一気にタイプして、エンターキー。
5秒経過、10秒経過…そして無反応…
ぶり「もしもーし」
ぶり「おーい」
ぶり「こらー、死んだか?返事しろ」
反応なし…
どうなってのよ、もう…
居ないのかな?
ひょっとして留守なのかもしれない。
向こうの世界の今日は日曜日の筈だし、もしかするともうプラリア書き終わって、どこかに出かけてるとか?
共有フォルダーを確認してみるか。
ひょっとすると、フォルダに入ってるかもしれない。
フォルダの中には一個だけテキストファイルがあった。
うん、これかな…
ちょっと開いてみて、私は目が点になった。

『自分のマスター属性が『戦争』でありますので『学園生活』は無理っぽいであります。後は任せるであります。自分はヒラプニラで蛸壺でも掘って来るであり ます。探さないで欲しいであります』

はぁ?
後は任せたって何?
もしかして…逃げた…敵前逃亡?
まさか、私にプラリア代筆で書けってこと?
てか、自分が参加してるシナリオを自分でマスタリングするとか聞いたことないし…
どんな曲芸よ、それ。
ちょっと頼むわ、マジで。
一応、途中までは出来てるけど…
でも、これって…場面の説明と登場人物の台詞と立ち位置しか書いてない…
リアクションになる前の台本の段階で逃げ出したのね。
どこの誰よ、○○マスターの○○シナ、マダァ?(・∀・ )っ/凵⌒☆チンチン とかやってたの…
まぁ、代理人の知識はある程度私も共有している訳だし、代理人に出来て私に出来ない訳はないだろうけど…
実質後1日半か…
やるしか…ないわよね。


  

シナリオ名:第1回推理研究会主催懇親会/担当マスター:でっかめん



「わぁ、結構いい感じですねぇ」
 橘舞 は、ゆるゆるの笑顔で建物を見上げている。
 ここはヴァイシャリーの郊外、私たち百合園女学院推理研究会のメンバー数名は、懇親会の会場となる民宿の前にいた。
 かつては私の専属メイドでもあり、今は橘舞の従姉妹朝倉千歳 の契約者であるイルマ・レスト が手配してくれた会場は、私の実家パウエル商会が貸し店舗として管理中の物件だった。
 青い屋根に白い壁、典型的なヴァイシャリー様式の建築物…
 以前は地球人観光客向けの民宿として利用されていたらしい。
「内装も結構いいらしいわよ。いつでも使える状態って聞いてるから」
「皆さーん、こんにちわー」
 この時、通りの向こう側から見知った人物が手を振りながら近づいてくるのが見えた。
 緑色の髪をポニーテールでまとめた少女と、その後ろを半歩遅れて青年が歩いてくる。
「あ、ペルディータさんたちですよ。こんにちわ~」
 やって来たのは、推理研のメンバーであるペルディータ・マイナ だった。
「やっほー、ペルディータ、何今日は彼氏同伴?」
にっと笑って、私がちょっとからかうと、ペルディータは慌てて首を横に振る。
「ち、違いますよぉ。蒼也とあたしはそんな関係じゃ…」
 照れ隠しに顔を隠す仕草が、かなり可愛い。まぁ、似合う人には似合うのよねぇ。
 ペルディータの隣に視線を移すと、七尾蒼也 は微妙な表情を浮かべて、困ったように頭の後ろを掻いていた。
 ああ…ちょっとまずいこと言ったかなぁ。これは一方通行っぽい?
「ちょ…ブリジット、失礼だよ。ペルディータさん、蒼也さん、ごめんなさい、ブリジットが変なこと言って…」
「いや、全然気にしてないから。えっと、いつもペルディータがお世話になっています」
 舞の言葉に、蒼也は笑顔になって応じると、丁寧に挨拶した。
 彼とは墨死館 で一緒だったけど、部員ではないし、まだ親しいという訳ではない。
「そんな…こちらこそ、ペルディータさんには色々お世話になっているんですよ」
「いや、そういってもらえると、ありがたいです」
 何やってるのよ、この二人…舞も何だか他人行儀臭い感じ。
 まぁ、中高と百合園本校にいた舞は異性に免疫があんまりないからねぇ。
「男手も必要かと思って早く来たんだ。力仕事とかあれば手伝うよ。あ、その荷物、持とうか?」
 結構頼もしいこと言ってくれるわね。
 でも、ちょっと下心が透けて見える気もしないではない。
 舞と軽く社交辞令を交わしてた蒼也を、しかし、少し後ろで見ていたベルディータは、さっきのテレ顔とうってかわった不機嫌そうな表情を浮かべている。
 あーあー、蒼也君、後ろ後ろ。
「ふぅーん…力仕事手伝うって。あたしの荷物ももってくれたことないくせに?そもそも蒼也ってまるっきり理系だし。あたしがやるからいいわよ」
 何かグサって音がここまで聞こえきそうね。
「え?」
 間の抜けた声をあげる蒼也の脇をスルーして、ペルディータは私と舞の前に滑り込んできた。。
「もう中には入れるんですか?」
「う、うん。料理組のイルマや春美たちがもう中に入って準備始めてるわよ」
 パーティをやるのに必要最低限な飲み物や食べ物は事前に用意して持ち込んで歩けど、何人かは手料理を振舞うということで、先に仕込みに入っている。
「じゃ、中に入りましょ」
 舞が、密やかに展開された男女の葛藤に気づくことも無く、春の日差しみたいな微笑みを浮かべている。
 この顔で言われたら、何も言えないでしょ?
 こういう時は、頭の中が常春の舞も役に立つのよね。
「あ、じゃ俺も…」
「お待ちくださいませ。蒼也様。力仕事をしてくださるのですよね。では、これを頼みますわ」
 展開に付いて行けずに出遅れた蒼也が、私たちの後を追いかけようとした時、その背後から声をかける者がいた。
 あれは…イグテシア・ミュドリャゼンカ ね。
 イグテシアは手押し車の上に大きな釜を乗せていた。
 彼女は魔女なんだけど、その釜も寓話とか出てくる魔女の釜そのものね。
「これを厨房まで運んでくださいます。さすがに段差があるので、中にまで押して入れませんわ」
「え、このデカい釜を?俺が?」
 見たままの感想を正直に言うわね。
 きっとすごく重いわ、あの釜。
 慌てた蒼也が振り返った時には、ペルディータと舞は、すでに先に中に入っていて…
 私は、にっこり微笑んで蒼也に手を振った。
 ガンバ、蒼也。

 会場となった民宿はイルマが事前に言っていた通り、内装も綺麗だし、必要なものはすべて揃っていた。
 まぁ、実際には事前に下見はしている。
 やっぱり不安だしね。
 自分の目で一度確かめとかないとさ。
 私は、会場の飾り付けをするという舞たちと別れると、一人厨房に向かった。
 中に入ると、さっそくいい香りが漂ってくる。
「どう?進んでいる?」
 厨房の中では、イルマや千歳や霧島春美 たちが、料理を作り始めていた。
「あ、ブリジットさん」
 千歳と並んでキッチンに向かっていた春美が振り返る。
 身に纏った和風な衣装が目新しい。
 後から名前を聞いたけど、作務衣というらしい。
「ここのキッチン素敵ですね。綺麗だし広いし、言うこと無しです。そうそう、これ、どうですか?」
 くるりとその場で一回転。
 伸ばし棒を顔の横に構えて、魔女っ子なポーズを決める春美。
 和風になっても決めポーズはやっぱり魔女っ子なのね。
「うん、似合ってるんじゃない。お寿司屋みたいで」
「全部春美さんが用意してくださったんですよ。やはりこういうのは形が大事ですからね」
 そう言うのは、春美の隣で腕組みをした千歳だった。
 彼女は春美と御揃いの作務衣姿に、額には捻り鉢巻までしている。
 あんたは似合いすぎててちょっと怖いわ。
 舞の母方の従姉妹である千歳は、顔の各パーツは舞と類似品にご注意レベルで似てるけど…きっと舞が作務衣を着ても、全然似合わないだろうね。
 ちなみに、千歳と春美は、蕎麦を打つらしい。
「イルマは何作んだっけ?」
 ちなみに、この厨房にはキッチンは二つある。
 元は民宿だったから、一度の大量の料理を出せるように改装されているからね、きっと。
 春美たちとは反対側のキッチンを使って作業していたイルマはへーパータオルで手を拭いてこっちに近寄ってきた。
「私は、若鶏のから揚げの香草仕立てですわ」
「なるほどね、頑張ってね」
 実はイルマは料理が言うほど得意じゃない。
 イルマはメイドと言っても、厳密には私の遊び相手兼お目付け役だったから、屋敷にいた他のメイドたちのように炊事や洗濯はしてなかった…からだろう、た ぶんね。
 まぁ、人には向き不向きはあるものよ。
「ねぇねぇ、ボクも何か手伝うこと無い?」
 声の方向に顔を向けると、春美と千歳の間に割り込むようにして、大きな兎がピョンピョンと跳ねていた。
 体長140cmの…ああ、ディオネアだわ。
 ディオネア・マスキプラ 、春美のパートナー、ちなみに獣人、ゆる族じゃないわ。
 私が、かなり最近までゆる族だと勘違いていたことは内緒よ。
「えっと…」
 春美の表情が微妙だ。
 そりゃそうだわ。あの手むくじゃらの手で料理は無理よ。
 私が保健所の人間なら、即営業停止処分ね。
 ばっちゃいから営業しちゃメって…
「じゃ、ディオは、表で四葉のクローバー集めてきてくれるかな?後で名札につけて皆に配るから」
 ウインクしながら春美が提案すると、ディオネアが嬉しそうに一段と高く跳んだ。
「うん、ボク頑張る!」
 くるりと春美たちに背を向け、ディオネアは厨房の出口、つまり私たちの居る方向にやってくる。
「ちょっとどいて。大事な仕事があるんだ」
 私とイルマは、ディオネアの為に脇に道を譲る。
 ちょっぴり凛々しい表情になったディオネアは勇ましく飛び跳ねながら厨房から出て行った。
 いい仕事をした春美は、というと、再び調理というか千歳の指導に戻っていた。
「蕎麦粉はブレンドしてきたので、このまま使いますね。これをボールに入れてお水をいれて練っていきます」」
「ふむふむ。こうかな?」
 春美の説明に、千歳が頷きながら聞き入っている。
「そうですよ。その感じですよ。千歳さん、うまいですよ」
「私もダーリンを手伝えることは何かありますか?」
 ダーリン?
 千歳に話しかけているのは…確か千歳の新しい契約者、剣の花嫁の朝倉リッチェンス だ。
 イルマから聞いた話では、千歳と契約した直後に腰を痛めてそのまま病院に搬送、長期間入院していたらしい。
 このほどようやく退院できたそうだけど、もう大丈夫なのかな?
 しかし、ダーリンって何よ?
 千歳が困った顔しているけど、あの子、そういう趣味なのかな。
「えっと…そうね。じゃ、リッちゃんも一緒に作る?」
「リツ、あなたは退院してきてばかりでしょう。また腰を痛めて病院に逆戻りというのは困りますわよ」
 春美がリッちゃんに呼び掛けたのに対して、イルマの苛立ちの混じった声が割って入る。
「大丈夫ですよ。イルイルは心配しすぎです。あんまり考えすぎると禿げますよ」
「誰がイルイルですか?誰が…」
 あっかんべーをするリッちゃん。
 イルマの眉間にピクピクと血管が浮かぶ。
「欠陥剣の花嫁がリコール対象外なのが本当に残念ですわね」
 そんなやり取りの間、当事者の一人である千歳は何か聞きとれない小さい声でぶつぶつと呟いていたけど、
「確かに蕎麦を練るのは腰に負担がかかりそうだ…何か軽作業があれば」
「ダーリン、私のことを心配してくれれるんですね、感激です」
 うーん、イルマに対する態度とはずいぶん違うわね。
「ちょ、ちょ…ちょっと道明けてくれ…」
 急に背後から声がかかった。
 誰かと思ったら、イグテシアの大釜を両腕に抱えた蒼也だ。
 ふらつきながら厨房に入ってくる。
 「落とさないで下さいませね」
 声の主は、ちょっと蒼也の背中に隠れてて見えないけど、声からしてたぶんイグテシアね。
「あそこですわ。あそこに置いてください」
「どこだ?見えないんだけど?」
「それは…私の背が小さすぎて見えない…と?」
 聞こえてくる声音が鋭さを増したような気がした。
 底冷えする冷たさとはこのことか…
 蒼也の後ろにいるイグテシアの姿が私から見えないのは、蒼也が180cm近い長身だからという理由もあった訳だけど…
 イグテシアは、身長が130cmぐらいしかない。
 彼女のプライドの高さに比べてその背の高さはとても控え目…
 身長の話題は、イグテシアにしないようにしないと、とね。
「ち、違う。そうじゃなくて、置く場所がわからない」
「まぁ、そうでしたか。こちらですわ」
 自身の勘違いだと察したのか、声のトーンを普段の物に戻して、イグテシアは蒼也の脇をすり抜け厨房の一角に進んでいく。
 このやり取りの間、私は背後から誰かの視線を感じていた。
 振り返ると、広間にいたペルディータが体を傾けながら心配そうにこちらを覗き込んでいる。
 そんなに心配なら、来ればいいのにとも思うけど…
 私が見ていること気づいたペルディータは、はっとした顔をした後、パタパタとどこかに走っていってしまった。
 あ、逃げた。
「ご苦労様でした。男手があって助かりましたわ」
「ど、どういたしまして…」
 応えた蒼也は、両膝に手を付き肩でゼイゼイ息をしてる。
「どうぞ、お水ですよ」
 春美が水を入れたコップを手渡すと、蒼也は一気にそれを飲み干していた。
 その間に、イグテシアはセッティングされた釜の周囲に、持ち込んできた食材?を並べ始めている。
「イグテシアさん、ですよね?私、朝倉リッチェンスです。あの…何をされているんですか?」
「まぁ、初めまして、リッチェンスさん。これですか?ギャザリングヘクスの準備ですわ」
 リッちゃんに尋ねられたイグテシアは得意そうに小さな胸を反らしている。
「魔女秘伝の味ですのよ。滋養強壮によく、魔力を高める効果もありますのよ」
「へー、楽しみですね」
「期待してくださって結構ですわ」
 んー、食材の中に毒草か毒茸っぽいのとか、何か正体不明な肉の塊みたいな物があるんだけど…
 大釜に入れられた水の中に、イグテシアはそれらを豪快に放り込んでいく。
「ほ、ほぉ…凄いな。野性味に溢れたワイルドな料理だ。あれがパラミタ風料理というものか…」
 感心というより、どこか畏怖のこもった千歳の呟きに、私は頭痛を覚えた。
 あれがパラミタ料理の基準なら、私をいまごろ地球に亡命してるわよ。
「違うと思いますよ。あれはギャザリングヘクスなので…その…ちょっと特殊というか…」
 千歳の勘違いに春美がフォローを入れる。
 ギャザリングヘクスは魔術の1つだ。
 イルミンスール魔法学校の生徒であり、自身も魔術師である春美は当然そのことを知っているのだろう。
 当然、あれが不味いことも含めて…
「あのぉー、イグテシアさん、イグテシアさん。ちょっとお聞きしたいことあるんですよ。あのー、みらびちゃんから聞いたんですけど、実は私も手芸に興味 あがって、手芸くら…」
「ごめんなさい。リッチェンス。今は大事な仕込みの途中なのです…ここが重要なポイントの一つなのですわ。申し訳ないですけど、お話なら後でお伺いしま すわ」
 イグテシアは片手をあげて、リッチェンスの発言を封じた。
 リッちゃんは、イグテシアを怒らせてはいけないと感じたのか、大人しく引き下がった。
 私の目には適当に食材を放り込んで、杓文字の親分でかき混ぜてるようにしか見えないけど、違うのね。



 とりあえず、イグテシアの料理はヤバそうだという貴重な情報を得た私は、厨房を後にして広間に戻った。
 広間では、テーブルが並び、飾りつけなど懇親会の準備が着々と進んでいた。
 テーブルには、ずいぶんと可愛らしいパッチワークで作られたクロスが掛けられている。
 ははぁ、これを用意したのが誰か?私の灰色の脳細胞が教えてくれるわ。
「犯人は…あなたよ。みらびちゃん!」
 ビシっと、私は、すぐ近くでテーブルクロスの皴を伸ばしていて宇佐木みらび を指さした。
「ぴょ!?」
 私の名推理に驚いたのね。
 みらびちゃんは、両手を前方で突き上げ、ばんざいみたいな格好をしたまま固まった。
 何か鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔になっている。
「ごめんさない、パウエル代表…橘先輩には許可貰っていたんです…」
 あ…何か泣きそう。
「こら、アホブリ。手伝いもせんで後輩イビリか…まったく呆れたやつじゃな」
 この無駄に偉そうなしゃべり口調、そしてこの声…金仙姫
 舞もなんでこんなうさんくさい自称女仙なんぞと契約したんだか…いや、舞だからか…
「誰が、アホブリよ。誰が」
「おぬし以外に、どこにアホがおるんじゃ。ああー、すまぬすまぬ。それがわからんからアホなんじゃな」
 フフンと言わんばかりの表情で仙姫が言う。
 本当に嫌味なヤツだわ。しかも何か手に金ピカのマイク持っているし。
 金さんだけに金ピカですか…
「フン、あんただって手伝ってないでしょうが。マイクもってるだけにしか見えないわよ」
「たわけ。わらわは、カラオケの調整をしておるのじゃ」
 仙姫が顎で示した方角に視線を転じると、確かにカラオケセットがあった。
 カラオケセットの前ではしゃがみこんだペルディータが説明書片手に調整をしているのが見える。
 私はにやりと仙姫に笑って見せた。
「おかしいわね。私の目には調整しているのはペルディータに見えるけど?」
 私の鋭い指摘に仙姫の顔が苦渋の表情に変わる。
「むぅ…ああいえばこういうヤツじゃ。わらわは機械には疎いのじゃ。ペルディータは得意そうじゃしな」
 まぁ、機晶姫のペルディータは、確かに機械には強そうだけどね。
「二人とも…そこまでにしようね。もう、みらびちゃんが怖がってるでしょ」
 私たちの言葉という名のジャブの打ち合いにレフリー…じゃなかった、舞が割って入る。
 あ、そうだ、みらびちゃんのこと忘れてたわ。
「駄目ですか?」
「いやいや、それはいいわよ。何か春らしくっていい感じじゃない」
 みらびちゃんの用意したパッチワークテーブルクロスは春をイメージした明るめのデザイン。
 みらびちゃんは手芸くらぶにも所属していて、合同歓迎会の時にも衣装の作成をしてくれていた。
 新しく加入したディオネアと合わせて我が推理研究会のマスコット的存在でもあるのよ。
「よかったです」
ほっとしたようにみらびちゃんが息をついた。
 ちなみにみらびちゃんは見た目は小動物っぽいけど、有能な魔術師の多数輩出した一族の出らしい。
「ああ…居ましたね。探しましたよ」
 探偵Nことネロ・ステイメン が、片手に角砂糖の入った袋を持って近寄ってきたのはこの時のことだった。
「ん?どうしたの、ネロ?何か用?」
「いや、実はせっかくですので、ちょっと芸を披露しようと思いましてね。ジクソーパズルです」
「ジクソーパズル…あのバラバラのパーツをはめて絵とかを完成させるやつ?」
「ええ、そのジクソーパズルですよ」
 当然です、といわんばかりのすまし顔でネロが応じてくる。
 まぁ、それ以外にジクソーパズルと名のつく存在を私も知らないし、あるとも思わないけどね。
「ネロさんはパズル得意ですよね。以前も物凄い速さでルービックキューブを完成 させてましたし。30秒かかってなかったですよね」
「ルービックキューブを30秒以内で。凄いです」
 みらびちゃんが驚きと尊敬の篭った眼差しでネロを見上げている。
「あ、そういうばネロがそれやった時は、みらびちゃんまだ推理研にいなかったもんね」
 まぁ、私はどっちかというと、ルービックキューブよりも、ネロが角砂糖をそのまんま食べていたことに驚いたわ。
 今となっては、ネロが部室で角砂糖を食べてようが、カルピスの原液で一気してようが、気にもならないけどね。
「それでですね、あれに絵を描いてもらって、それを組み上げるというのをやろうと思います」
 ネロの言った「あれ」は、会場の隅に置かれたラウンドテーブルの上にあった。
 近寄ってみると「あれ」は大きな無地の白いボードのように見えたけど、細かい複雑な模様の切れ目が無数に入っていて、一つ一つがパズルのパーツになって いる。
 間違いなくこれはジクソーパズルだ。けど、なんて無地?
「これにですね、絵を描いてもらおうと思います。代表に」
「あー、なるほど、だから無地なのね、ふーん、そっか、これに私がね…って、私ぃ!?」
 この時、私はかなり変な大声を出したらしい。
 何事かと、他で作業してた人たちまで作業の手を止めて集まってきてしまった。
 これは、ちょっと恥ずかしいぜ、おい。
 自慢じゃないけど、私、絵なんて描けないわよ…本当に自慢じゃないわね。
「まぁ…無理なら他の方でもいいですがね」
 相変わらず落ち着いた態度でネロは新しい角砂糖を口に放り込む。
 そうして貰えると助かるわ。



 「んー、参加者皆集まってるわね。じゃ、そろそろ始めるわよ」
 マイクのスイッチをオンにして、私は広間に集まった部員とその関係者を見渡した。
 私を含めて総勢18人。結構な数よね。
 中央のテーブルには、事前に手配しておいた飲み物やサラダなどの前菜や、千歳と春美が作った蕎麦、イルマの若鶏のから揚げ、そして、見なかったことにし たいイグテシアのギャザリングヘクスが並んでいた。
 それを囲むように4つテーブルが並び、そこに4人から5人ほどが人がいる。
 「今日は我が推理研究会の第1回懇親会に集まってくれてありがとう」
 一旦言葉を切ると、周囲から拍手が上がる。
 正面に舞の満面の笑みがある。
 こっちまで幸せになりそうな暖かな微笑み…
 拍手が鳴り止むのを待ってから、私はさらに言葉を続けた。
 「開始の前に、皆に新しいメンバーを紹介しておくわ。知ってるとは思うけど、まずはディオネア・マスキプラ。春美のパートナーね。獣人、ゆる族じゃない わよ」
 「え、あ、ボクかぁ、ごめんごめん」
 ディオネアは前菜の野菜スティックにすっかり魅了されていたらしい。
 春美に突かれて自分が紹介されたと気づいたみたい。
 ディオネアは椅子の上でぴょんと高く飛び跳ねた。
 「ディオネア・マスキプラだよ。皆、改めて、よろしくね」
 出席者の服にはディオネアが外で集めてきた四葉のクローバーと名札がついている。
 ディオネアが一人一人手渡していったら、ディオネアのことを知らない人物は厳密にはもうここにはいない。
 だけど、これは儀式みたいなものだから。
 「次は…」
 「はいはい!」
 リツこと朝倉リッチェンスが、私の言葉を遮るように手をあげた。
 「リツ、おやめなさい!」
 リッチェンスの隣にいたイルマが咎める様にリッチェンスの手を掴んで下げさせようとするのを、私は手で制した。
 「朝倉リッチェンスちゃん。リッちゃんは、まぁ、朝倉って名乗ってるから分かるだろうけど、千歳の契約者ね」
 「そうでーす。私はダーリンの嫁ですから。朝倉なんですよぉ」
 リッちゃんを挟んでイルマとは反対側にいた千歳は、疲れたようにため息一つ。
 「いや、だから、そのダーリンというのはだな…」
 まぁ、千歳の気持ちもわからないでもない。
 「リツは剣の花嫁なのです。略して嫁。以上で説明はよろしいかと」
 「えー、私の紹介なのにぃー、あーさては焼き餅焼きですね。イルイルは陰険小姑ですよ」
 強引に紹介を打ち切りにさせようとするイルマを、リッちゃんは、ぷぅーっと頬を膨らませて睨んだが、まぁ、そんなものがイルマに通じる訳もなかった。
 「まぁまぁ、その辺にしておきなさいって。パーティーは始まったばかりなんだからね」
 と、私は二人の間を取り持つように合いの手を入れる。
 いやいや、結構私、今立派に代表してるよね。
 
 
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 ディオネアとリッチェンス二人の新人の紹介を終えて、いよいよ懇親会の開始を宣言しようと思った矢先に、ちょっとしたハプニングがあった。
「失礼します」
 そう言って予定外の人物が広間に姿を見せたから。
「あれ、セイさんじゃないですか?」
 突然の来訪者の登場に、春美が腰を浮かせる。
 そうだ、あれはみらびちゃんの契約者のセイ・グランドル だ。
 だけど、みらびちゃんからはセイが出席するという話は聞いてない。
 まぁ、一人増えたからってどうってことはないけどね。
 だけど、ちょっと様子がおかしい。
 セイの顔が少し強張っているように見えたから。
「ど、どうしたんですか?どうしてここに?」
 その表情を正面から見ることになっただろうみらびちゃんの声が不安げに揺れる。
墨死館 でのこととか色々考えたんだけど、うさぎは探偵とか推理とかやってるといつも以上に無茶するだろ?」
 何か話が見えない。即席の壇上から降りて、二人の側に近づいてみる。
「ほえ…うう、あの、辞めさせに来たのですか?」
 みらびちゃんは、今にも泣き出しそう。
 いったいどういうつもりだろう。
 まぁ、確かにちょっと墨死館とか危ないところもあったけど、何も今ここでそんなこと言わなくてもいいでしょう。
「違う!」
 思わず背後から一言言いかけた時に、セイが首を横に振った。
 背後から近寄っていた私は、びっくりして立ち止まる。
「だから!俺が…側に、付いてようと思ったんだよぉ!」
 パチーンという小気味良い音が会場に響いた。
「いたた…」
 額を押さえて後ろによろめくみらびちゃん。
 え?今一体何が起きた?
 答えを求めて、みらびちゃんの横にいた春美に視線を送ったけど、春美も口をポカーンとあけたままの状態で呆けている。
 デ、デコピン?…今のデコピンだよね。
「セイくん…それって」
 やや涙目で上目遣いに視線を送るみらびちゃんに対して、咳払いしたセイは、くるりと後ろを振り返った。
 正対することになった私は、反射的に身構えてしまった。
 ディーフェンス!ディーフェンス!
「パウエル代表、そういうことですのね、俺も推理研に入ります」
「へ?」
 いや、我ながら間の抜けた声を出してしまったわ。
 ああ、何だ、そういうことか…びっくりするじゃない
 みらびちゃんを連れ帰りに来た訳じゃないんだ。
 私はセイの後ろで、今は喜びで涙目になってるみらびちゃんに視線を向けた。
 よかったね、みらびちゃん。
「よろしくお願いしますっ!!」
 セイの気合の入った挨拶と同時に、ゴスゥン!!って派手な音がスピーカーから会場に響いた。
「ぐおぉぉ、痛ぇぇ!!」
 次の瞬間、額を押さえてのけぞるセイ。
 あのね…あれはワザとじゃなかったのよ。
 これは偶然が重なった不幸な事故だったの。
 大声と同時にセイの頭が勢いよく下がり、びっくりした私のマイクを持つ手がほぼ同時に跳ね上がった結果、マイクとセイの額が奇跡の邂逅を果たしちゃった訳よ。
 あのゴスォンは、マイクの先がセイの額に激突した音。
 おかげで、今までの緊張が一気にとけて、周囲からドッと笑いが起こった。
 いや、本当にわざとじゃないのよ。
 でも、みらびちゃんにデコピンしたんだから、それで帳消しじゃない。



 セイの飛び入りもあって、予定より一人増えた状態で少し遅れて懇親会が始まった。
 時刻は夕食時だから、私もお腹減ったし、まずは腹ごしらえよ。
「おお、この蕎麦いいね。本格的だ」
 蒼也が春美と千歳が作った蕎麦を食べながら、OKサインを作ってみせる。
「よかったね。あれ、千歳さんが作ったやつよ」
「いや、あれは春美さんが作った分だと思う」
「違う違う、あれは絶対千歳の分だって」
 千歳と春美は、お互いに譲り合っているし…
「こっちのから揚げもなかなかイケますね」
「ねぇねぇ、ボクの分はボクの分は~(そんなに焦らんでも無くなりはせんじゃろ)」
 イルマ作のから揚げも評判は悪くない。
 から揚げを頬張る月詠司ウォーデン・オーディルーロキ が空の皿を渡そうとしていた。
 ちなみにウォーデンはウォーデンという真面目な紳士然として性格と、ちょっと無邪気というか砕けたすぎた感じのロキという二つの人格をもっている。
 今の発言は口調からして前半がロキで後半がウォーデンよね。
「ワタシもお貰っておこうかしら。あら、香草の香りが食欲をそそりますわね」
 ウォーデンと同じ司のパートナーであるシオン・エヴァンジェリウス もその列に並んでいる。
「よかったら、後で、マカロンも食べてくれよ」
 そう言いながら、マカロンを皿に盛っていたのは、確かにセサミの契約者の子だ。
舞に誘われて行った事がある荒野の孤児院でも顔を何度かみたことがある泉椿 だった。
「あー、マカロンですか。いいですね、今頂きますよ。角砂糖だけだと寂しいな、と思っていたのです」
「そっか。味は保障するよ。まぁ、私が作った訳じゃないけどさ」
 マカロンを手に取るネロに椿はそう言って豪快に笑う。
 彼女は自分で作ったのでなく、誰かが作ったものを持ち込んだようね。
 ネロは…まぁ、相変わらずね。
 さてと、私は何にしようかなぁ。
 いきなりマカロンという選択肢はないし、やっぱりまずは蕎麦かな。
「お嬢様も蕎麦ですか?さあ、どうぞ」
 蕎麦のところに近づいたら、先に来ていたイルマが私の分も取り分けてくれた。
「あ、サンキューね。イルマのから揚げも評判いいみたいじゃない?」
 蕎麦の噛んでいたイルマにそっと耳打ちすると、イルマは満更でもない表情で、頷いた。
「あれは自信作ですもの。香草が決め手なのです」
「こんないい宿が空いているんて不思議ですねぇ」
 と、この時、舞が近寄ってきて話に入ってきた。
 イルマは一瞬無表情になった後、少し物憂げな表情を作る。
「ええ…実はこの民宿、以前は若い夫婦が経営したそうなのですが、オーナーが厨房の爆発事故で亡くなり、絶望した妻は厨房で首を作って自殺されたそうです。それ以来深夜になると厨房からはすすり泣く女性の泣き声が…」
 あ、舞が笑顔のままフリーズしてる。
「ふふふ、もちろん冗談ですわ」
 悪戯っぽくイルマが笑うと、舞はちょっと呆気にとられた表情になったけど、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「もう、イルマさん、からかわないでくださいよ。一瞬、信じちゃいましたよ」
 そりゃそうよね。
 私が使うのに、そんな曰く付きの物件は紹介する訳ないわよ。
 まぁ、でも、皆の作った料理はおおむね高評価みたいで、皆も嬉しそう。
 いやぁ、よかったよかったぁ~
「さぁさぁ、皆さん、私のギャザリングヘクスもお召し上がりください」
 あー、何も聞こえない…
 不気味な湯気をあげる大釜の前でにっこり微笑むイグテシアの魔女の微笑みを、しかし、直視しようとする者は現れない。
 やはり、無かったことには出来ないわよね。
 でも…あのスープの色はヤバすぎるでしょ。
 何入れたらスープが紫色の極彩色になるのよ。
 毒入り危険、食べたら死ぬで。
 色でメッセージを伝えることが可能なんだって教えてくれる例だと思うのよ。
 まぁ、伝説の勇者ぐらいでしょ、あれ食べられるの…
「しょうがいわね、ここはあたしが…」
 この膠着状態を打開すべき立ち上がったのは、泉椿。
 女勇者現る。
 だけど、パートナーであるオープン・ザ・セサミ が背後から組み付いて椿を制止する。
「待ちなさいって。いくらあなたが味音痴でもさすがにあれは…」
 血気にはやる勇者を諌める賢者のごとく…
 まぁ、あれよ…セサミは魔道書だし、椿に何かあったら、洒落にならないからね。
 その時、私は見たのよ。
 セイと蒼也がアイコンタクトを交わしているのを。
 お前、先に行っていいぜ。
 いや、そちらからどうぞ。
 そんな二人の掛け合いが、聞こえたような気がした。
「そういえばさ、料理は男の人の先に手をつけるもんじゃないの?そうでしょ、仙姫?」
 いや、自分でも言ってることが苦しいのはわかる。
 女の子たちでさっさと他の料理は食べてる訳だし…でも、このままじゃ椿とセサミの命があぶないもの。
 いくらなんでも女の子のデリケートな胃にあれば、危険だし、とりあえず時間稼ぎよ。
 急に話題を振られた仙姫は一瞬きょとんした顔をしたが、次の瞬間、事情を察したらしい。
「うむ、確かに、昔はなぁ、食事を男子より先に女子が手をつければ、それだけで張り倒されたものじゃな」
 うむうむって感じで仙姫がうなずく。
「ああ…儒教の教えですね」
 と、応じるのは春美ね。
「そうじゃな。年長者が優先…」
「え!?」
 仙姫の言葉に美味しそうにから揚げを食べていた齢4000歳のヴァンパイア、シオンの顔色が変わった。
「男子のな」
 ほっとするシオンの隣で、今度は司が顔色を変えた。
 青い顔になって手と顔をぷるぷる振って全力拒否。
 ここにいる男はセイと蒼也と司の3人だけど、セイと蒼也は高校生、司だけが20歳を超えている。
 つまり、あれを食べるのは必然的に、彼ということになる。
「お、俺が貰おう」
 動いたのは、蒼也。
 考えたら、あの大釜を厨房に運んだのは彼だった。
 知らなかったとはいえ、イグテシアの行為に間接的に加担してしまった責任を感じたのかもしれない。
「まぁ、蒼也さん。さ、どうぞ」
 イグテシアが、ようやく現れた希望者に、にっこり微笑んで紫色の液体と怪しげな具をてんこ盛りで皿に盛った。
「釜を運んで貰ったお礼ですわ。遠慮なくお召し上がりくださいませ」
「サ、サンキュー…」
「蒼也…」
 呼びかえるペルディータを振り返り、軽く手をあげ、笑って答える蒼也。
「大丈夫だ、すぐに戻る」
 きっとね、私だけじゃないと思うのよ。
 あなたも、思ったはずよ。
 あ、死亡フラグだ…って。
 お前はすでに死んでいる…1・2・す(ry

**検閲により一部削除しました By 代理人**

 いや、本当に危なかったわね。もう駄目かと思ったわよ。
「バカバカバカ!蒼也のバカッ!」
 舞のキュアポイズンで死の淵から生還を果たした蒼也は、今は、広間の隅っこで半狂乱になったペルディータにポカポカ殴られていた。
 もちろん、イグテシアの謎料理はすでに封印され後日廃棄されることになる。
「おかしいですわね。理論上完璧だったはずですのに…」
 イグテシアが実は猫舌で、味見を全くしていなかったと言う衝撃の事実は明らかになるのは、もう少し後のことだったけど…
 まだぶつぶつ文句を言っているイグテシアは放置として、さて、懇親会もいよいよ中盤、私は代表として、皆のところを回ることにするわ。
 まず私は、舞と椿がおしゃべりしているところに近づいていった。
 二人は4人掛けソファに腰掛けて、ずいぶん話が弾んでいるようだった。
「何か盛り上がってるじゃない?」
「あ、ブリジット。今ね、椿さんと孤児院 の話をしていたのよ」
 舞が話している孤児院というのは、パラ実の 大鋸 が孤児を集めて荒野に作った孤児院のこと。
 私は正直興味なかったんだけど、舞に付き合って何度か足を運んでいるうちに孤児院の子ともそれなりに親しくなった。
 クリスマス やったり、スキー にいったり…最近ちょっと顔出してないわね。
 皆元気にしているかな。
「子供たちの写真、入れてあるんだぜ、おまえも見るか?」
 椿が、銃型のHCに記録されていた孤児院の子供たちの写真を見せてくれた。
 せっかくだし、ちょっとソファに座って写真を見ることにするわ。
 よく知ってる子もいれば、あまり知らない子もいる。
「そういや、おまえらも孤児院にいたもんなぁ。イリヤ分校は知ってるか?」
 話を振られたけど、私も舞もイリヤ分校 については知らなかった。
「そっか…」
 椿が銃型HCで今度はイリヤ分校の写真を見せてくれた。
 イリヤ分校はパラ実生を自称するシャンバラ大荒野の住人が、悪事に手を染めず生きていけるように農業や開墾など手に職を付ける場所なのだそうだ。
 そんなものが存在するなんて全然知らなかった。
「パラ実生ってだけで悪者扱いするヤツもいるけど、皆が皆悪いヤツって訳じゃないんだぜ」
 椿はちょっと不満そうな、悲しそうな顔をした。
 余談になるけど、実はパラ実と百合園は結構交流があったりする。
 神楽崎分校 などがその最たる例よね。
 不良の代名詞みたいなパラ実とお嬢様学校の百合園という両端にあるような学校に交流があるのは、ちょっと不思議よね。
「肩書きや出自が全てではありませんけど、人の心の中までは覗けませんから。相手を良く知らない以上、外見か肩書きで判断しがちになりますからね」
 私たちが集まっているを見つけたイルマが近寄ってきた。
「しかし、見た目だけで判断されるのは悲しいぞ」
 そういったのは、イルマの横にいた千歳。
「見た目と中身が違うということは多々あるわよね」
 セサミは、ちょっと小首を傾げながら、イルマに問いかけた。
「たとえば、イルマさんは、ごくごく普通のメイドさんにしか見えないけど…」
「けど?」
 セサミの言葉に、イルマも首を傾げながら問い返す。
「うん、確かにな。イルマほど剣の腕が立つメイドさんはそうそういないしな。人を見た目では判断するのはやっぱりよくない」
「でも、暗がりが怖かったり」
 したり顔で頷いた千歳の言葉に私が、ちゃちゃを入れると、イルマがわざとらしく咳払いする。
「お嬢様、人の弱点をぺらぺらといわないで下さいませ。そもそも、私の暗所恐怖症は誰のせいかお忘れになられました?」
「ん?そういう言い方をするということは、イルマのトラウマを作ったのはブリジットなの?」
 セサミが目を見開いて問いかけてくる。
「まぁ、確かに私のせいと言えなくもない」
 昔、イルマと隠れん坊をしていて、うまく隠れたイルマのことをうっかり忘れてしまったのよねぇ。
 イルマはワインセラーに隠れたんだけど、それに気づかずに使用人が外から鍵掛けちゃって…
「お嬢様のせいですわ」
 滅多に感情を出さないイルマだけど、さすがに嫌そうな顔をしている。
 ちゃんと反省しているわよ。私だって…
「見た目で判断できないというと、ヴァイシャリーのラズィーヤ様 も読めない人よね」
 思い出したようにセサミが再び話題を切り替えてくる。
 ツインドリルか…いや、髪型的にさ。ドリルでしょ、あれは。
「そうねぇ、一体何を考えてるんだか掴めないわよね。確かに…でも、何よ、いきなり?」
「ブリジットとイルマって最近ラズィーヤ様と仲いいんだよね。皆噂してるし」
はぁ?こいつ、何言ってるんだろう。誰と誰が仲いいって。
 ホワイトデーのパーティでラズィーヤのフォークでタルト を食べさせられた羞恥プレーを思い出して、私は顔全体がかぁーっと熱くなってくるのを感じた。
「冗談でしょう。なんで、私がツインドリルと仲良しなのよ。イルマじゃあるまいし」
「人の上に立つ人物は多かれ少なかれそういうものでしょう。他人に簡単に本心を見抜かれるようでは、寝首を掻かれるのが関の山ですわ」
 イルマがずいぶん物騒なことを言うのを、セサミが興味深げに頷いているのが見えた。
 うーん、セサミって何かイルマに興味でもあるのかな?
 ま、いっか。
 私は、一旦その場を離れ、会場の隅でジクソーパズルの準備に入っているネロに声を掛けた。
「どんな具合?」
 声をかけると、3000ピースのジクソーパズルをじーっとネロは見つめている。
 パズルには、それぞれタッチの違う複数の人物画が描かれていた。
「ええ、今絵柄と各パーツの配置を覚えていたところですよ」
 ネロは私に描いて欲しかったみたいだけど、私は絵を描くのは得意じゃなかったから、皆で寄せ書き風にしてみたの。
 ただ、絵心のある人が居なくて皆かなり適当に描いたものだから、結構絵柄は微妙。
 人のはずだけど、人外にしか見えない絵もあった。
 あのアニメキャラっぽい蒼也はペルディータ作かな。
 あっちの小学生の絵日記みたいなのは春美だと思うけど…ああ、きっとディオネアね、たぶん。
 まぁ、私の自画像もかなりアレな出来になってたし、黙っておくわ。
「でも、こんなので大丈夫なの?結構無地のままのところ多いけど」
 そうなのよ。実はサインペンで似顔絵を描いてるだけみたいなものだから、全体に色を塗ってる訳じゃない。
 普通、ジクソーパズルって、微妙な色合いでピースの区別したりもするものだと思うけど…
「まぁ、大丈夫でしょう。見ててください」
 自信ありげな表情で一度うなずき、ネロは再びジクソーパズルに視線を落とした。
 邪魔をするのは気が引けるわね。
「イグテシアさん、イグテシアさん…」
「ああ…あなたですか」
 大釜の前で未だに陣取っていたイグテシアに声を掛けたのは、リッちゃんだった。
「そういえば、話があるのでしたね?」
 それまで、じーっと冷たくなり始めたギャザリングヘクスの成れの果てを見つめて思案に耽っていたイグテシアは、しかし、顔をリッちゃんに向けて、そう問いかける。
 ぱっとリッちゃんの顔に笑顔が広がる。
「はいはい、あるんですよ、あるんですよ。聞きたいことがあってですね、手芸くらぶ のことなんですけどもぉ」
「手芸くらぶ…ああ、それがどうしましの?」
 手芸くらぶ?みらびちゃんが入ってるあれかな?
 でも、まさか、イグテシアも入っているとか?
 少し離れた位置から二人の話を聞きながら、私は、編み物をしているイグテシアの姿を想像して…
 ごめん、ちょっと吹いた。
 その気配を敏感に感じ取ったのか、イグテシアをこっちを睨んだから、私は絡まれる前にその場を立ち去ることにした。
 後から、みらびちゃんに話を聞いたら、リッちゃんはみらびちゃんのパッチワーククロスを見て、手芸くらぶに興味をもったらしい。
 その皆で手芸くらぶを主催しているのが、イグテシアの契約者なんだって。
 やっぱり、イグテシア自身は手芸くらぶと直接関係なかったみたい。
 まぁ、そりゃ、そうだよねぇ。
 
 ところで、本来、食事の時に上映会をする予定だった。
 機晶姫のペルディータには録画機能があって、行動の記録を色々記録しているそうなのよね。
 もちろん、映写機能もついてる。
 本来のスケジュールだと食事開始後に頃合を見てのはずだったのだけど、ちょっとしたバイオハザードなハプニングが起きたものだから、食事中に出来なくなっちゃったのよね。
 結局、上映会は、映写機兼ナレーションであるペルディータが落ち着くまで先延ばしになっていて、上映会が開始されたのは、ちょっと遅い時間帯になってしまった。
 そのせいで本来の上映時間は半分になったけど、その分内容は濃くなったと思えばいいのよ。
 記録の中心は蒼也のハプニング集みたいなつくりだったけど…結構皆、受けてたわ。
 あやうく七尾蒼也追悼記念上映会になりかけたから余計にね。
 ペルディータはパラミタ刑事シャンバラン製作委員会 という組織にも所属していて、そこで演技の練習もしているみたい。
 映し出される場面に合わせてた絶妙なペルディータのナレーションもあって、上映会は終始笑いに包まれた。
「トリモチ状態にした餅を投げつけ相手の動きを封じる無属性の攻撃…その名も…」
モチッドミスト!
 ペルディータのナレーションを映像の中の蒼也の言葉を引きづく。
「凄い! お餅で動きを封じるなんて、さすが蒼也!」
「はっはっはっ、任せなさい、俺のモチッドミストに捕えられぬ物など無ぁい!」
 再生される音声に、主役の蒼也は恥ずかしそうに頭の後ろを掻いて顔を伏せていた。
 言った時はハイテンションだったから言えたんだろうけど、これは確かに恥ずかしい記録だわね。
 だって、モチッドミストだよ…ってか、ただの餅だし。
「ふむ、なかなかいいものじゃな。微笑ましいというかな」
 ウォーデンは自前で持ち込んだらしい葡萄酒を飲んでいた。
 大半の参加者が未成年だし、アルコール類は用意してなかったから、たぶんそうだと思う。
「きゃははは、でもモチッドミストだよモチッド!おっかしぃぃ!」
 しゃべってる人物は一緒だけど、あれはウォーデンのもう一つの人格、ロキだね。
 まぁ、傍から見れると一人芝居しているみたいだけど。
 それからしばらく、俺のモチッドミストに~の台詞が推理研で密かにブームになったりしたけど、ま、それは脇においておいて。
 上映会が終わると、参加者は、カラオケ組と雑談組、あとネロのジクソーパズル見物に分かれることになった。
 私は最初、歌はやめとけと蒼也から言われたというペルディータと一緒に、ネロのチャレンジを見守っていた。
 でも、ほら、3000ピースだし。
 いくらネロでも10分、15分で完成するものじゃないわよ。
 私は、また来るからとネロに言い置いて、カラオケ組に加わることにしたわ。
 私が加わった時には、ちょうどイルミン魔女姉妹探偵こと春美とみらびちゃんが、魔女っ子アニメのテーマソングをデュエットし終えたところだった。
 しまった、聞き損ねたか…
 次は誰?
 と、おもむろに、
 チャーチャン、チャララランという、何やら無駄に暑苦しいメロディーがスピーカーが流れてきた。
 知らない曲だけど、男性陣は知っていたようで、おお!とかこれは!とか騒ぎ出す。
「頑張って!」
 パチパチ拍手しているのは舞、マイクを持ってリズムをとっているのは…千歳?
 曲名を確認するためにテレビ画面を見ると、そこには『大江戸ゴビニャー応援歌(タ○ガーマスク替え歌 )』
「トラだ!、トラだ!お前はトラになるのだ!(本当はトラ猫だけど)」
 マイク片手に熱唱する千歳…
「ルール無用の悪党に、肉球拳法見せてやれ~」
 いつもは寡黙で生真面目な印象のある彼女だから、ノリノリでアニソンを熱唱するギャップは、ちょっと驚きよね。
 けど、皆大盛り上がり。
「行け!行け!ゴビニャー(ゴビニャー)、大江戸ゴビニャー~!」
「ダーリン、最高ですぅ!」
 盛大な拍手に包まれて、なぜか千歳は涙目になっていて、はしゃぎまわるリッちゃんの横では、イルマがちょっと物言いたげな表情を千歳に注いでいた。
 ま、それはいいんだけど…ところで、大江戸ゴビニャーって誰
「さて、次はわらわの番じゃな」
 次いで千歳からマイクを受け取ったのは、仙姫だ。
 自信満々という字が顔に書いてあるんじゃないかと思えるぐらい、余裕の表情で中央に進んでいく。
 千歳の選曲した大江戸ゴビニャー応援歌とはうって変わって、しっとりしたメロディーが流れる。
 この時、ウォーデンとシオン、司の三人がこっそりとその場から離れていくのを、私は視界の端に捉えていた。
 3人は小脇に紙袋を抱えて化粧室に姿を消した。
 確かあの3人、仙姫の次に何か曲入れたそうだし、きっと何か準備があるのね。
 視線を仙姫とテレビ画面に戻すと、画面には、見慣れない記号みたいのが表示されていた。
 사랑해
 何…あれ?
「안녕 내 사랑 이제 더 이상 울지 않을 게요…」
 ゆっくりとゆるやかに舞ながら、仙姫の口からは哀切な調べが紡がれていく。
 でも、何を言ってるのか全然理解できない。
「ちょ…仙姫、何言ってるの?わかんないんだけど、何語?」
「韓国語みたいだけど?まぁ、あたしも意味はさっぱりだけどさ。でも、あの人めちゃくちゃ上手くない?」
 私の問い掛けに、椿が答えてくれたが、彼女もわからないらしい。
 ああ、そういえば、仙姫って英霊だけど舞とは生まれた国が違うみたいなこと言ってたしね。
 自称女仙様って設定だから、なんちゃって、かと思ってたけど、本当だったんだ。
「でも、意味は分からないですけど、何か切ない歌ですね…」
「うう、何か涙が出てきました」
 舞と春美が貰い泣きしてハンカチで目を拭っている。
 確かに歌が上手いのは認めるわよ。
 まぁ、仙姫から歌と踊りを取ったら出汁が出切った昆布と変わらないものね。
 仙姫が歌い終わっても、その場にはまだ余韻が残っていて、誰もが感慨深げな表情になっている。
 これは…次の人、めっちゃ歌い難いでしょ。
 そういえば、次は確か…
 唐突に室内の照明がふっと消えたのはこの時のことだった。
「何だ?」
「ぴょ!停電ですか?」
「でも、カラオケはついてるぜ」
 周囲から戸惑いの声が起こる。
 そして再び唐突に、照明が付いた。
「さぁ、皆、これからが本番よ」
 声の主はいつの間にか中央を陣取っていたシオンだった。
 いつの間にか黒い魔法使いっぽいドレス衣装に着替えている。
 その左右には、やはり不思議な衣装に着替えた司とウォーデンが控えている。
 ああ、さっき化粧室に行ったのはこれに着替える為だったのね。
「わぁ、可愛い衣装ですね」
 3人の衣装はいわゆるコスプレみたいだけど、ウォーデンのキャラには見覚えがある。
 右手にもったネギ。メタリックな銀と黒の服に緑色のネクタイのコントラストがよく映える。
「確か…初音ミクだよね」
 シオンと司のキャラは私にはちょっと分からなかった。
 後で聞いて分かったことだけど、巡音ルカとKAITOというキャラクターだったみたい。
 どちらも、初音ミクと同じ音声合成DTMのパッケージキャラクターなんだって。
 舞が両手を叩いて喜んでいる。
 激しい、強烈なイメージのメロディー…知らない曲だったけど、なかなかいい曲 だと思うわ。
 3人のテンションに引っ張られてて、場の空気も熱気に包まれていく。
 リクエストで入った曲、卑怯戦隊なんとか って曲も大盛り上がりだった。
 どっちかというと、この3人にはこの曲の方が、あってるような気がする。
 まぁ、3人には内緒だけどさ。
 ただ、後半のあれは…ね。
 数曲、ウォーデンがソロ曲を歌っている間にシオンと司が化粧室に下がって、再び二人で戻ってきたんだけど。
 その時、司は、赤い超ミニスカを履いて現れたのよ。
 MEIKOというキャラらしい。
 皆、テンション高くなってたから、司の女装にも盛り上がったけど、百合女的には司の女装は詰めがまだまだ甘いと思う。
「…ふふふ、ツカサ…張り切ってどぉぞ~♪」
 促すシオンの声に、なんだか司の顔が強張って見えたけど、気にしないでおこう。
 ヴァンパイアと契約した人間との関係をあまり詮索するものじゃないわよね。
 それでも、曲が始まると、最初嫌がっていた感じの司もノリノリで踊りまくってる。
 何か吹っ切れたような、さわやかな表情が、何だか印象的だった。
「ワタシたちばっかりじゃつまらないわ…それじゃ~次は誰か衣装着てみたい人」
 シオンが、ぐるりとあたりを見渡して問いかえると、さっそく手を上げる者がいる。
「はいはい!やりたいです!」
 元気一杯にリッちゃんが手をあげる。
「はーい、一名様、ご案内~どの衣装が着てみたい?」
 レオンが手招きして、リッちゃんを呼ぶ。
「ぴょ、私も着てみたいかも…」
「じゃ、じゃ、私も」
 リッちゃんに次いで、みらびちゃん、さらに春美まで。
 それと…何かを期待する目で、こっちを見るのはやめて、舞。
 あー、何かあやしいノリになってきたわ…

 そして…どんな楽しい時間もいずれは終わりが来るものよ。残念だけどね。
 時間も遅くなってきて、やがて、お開きに時間になった。
 会場は民宿だし、宿泊施設もあるんだけど、セイと蒼也の二人は帰るということで、皆で二人を見送らないといけないから。
 遅くなりすぎる前に、今回の懇親会は無事に終了。
 外に出ると火照った頬に、夜風が心地いいね。
 最後はコスプレショーと化していたカラオケのカオスな余韻がまだ熱になって残っている感じ。
 皆のコスプレ姿もしっかりばっちりペルディータに撮られるんだろうねぇ。
「今日は楽しかったよ。ちょっと死に掛けたけど」
 イグテシアの料理で昇天しかけた蒼也が冗談っぽく言うと、周囲からは笑いが起こったけど、イグテシアだけは拗ねたようにプイと顔を背けていた。
「明日また片付けに来るよ」
 と、これはセイ。
 彼はシャンバラ人だから、地元に知人の家に泊めてもらうらしい。
「あんまり羽目外しすぎて、皆に迷惑かけるなよ」
 みらびちゃんに一声声をかけることも忘れない。
 セイからみると、きっとみらびちゃんは妹みたいな感じなんだろうね。
「だ、大丈夫ですよ。セイ君、お休みなさい。今日は来てくれて嬉しかったです」
「ほんと今日は来てくれてありがとね。じゃ、またね」
 最後に私が締めると、二人は手を振って、夜道の向こうに歩き出した。
 私たちは、二人の姿が暗闇の中に消えるまで、見送った。
 
 その後、残った皆で少し雑談したりもしていたんだけど、時計を見たら日付が変わっている。
 そこで、今日はここまでってことで、私たちは割り当てたられた部屋に下がることにした。
 私は舞と仙姫と相部屋。まぁ、寮と同じ組み合わせね。
「楽しかったですねぇ」
「うむ、また皆カラオケしたいものじゃな」
「そうね。ま、また機会があれば第2回やりましょう。それと仙姫、次は分かる言葉でお願いするわ」
 私は、ベットの上に寝そべりながら、うーんと背伸びをした。
 ん?何か忘れている気が…何だったかなぁ。まぁ、いいか。
 そして、就寝…
 どれぐらい時間が経ったろう?
 ちょっと寝苦しくてごろりと体を回転させて、時計で時間を確認しようとした時のことだった。
 「ぎゃあぁぁぁぁ!!」
 突然の絶叫に、私も驚いて飛び上がった。
「な、何!何よ、今の声!」
「なんじゃ、いったい?」
「んー、どうしたんですか?あれ?スタンドの電気つかないですよ?」
 舞の声に、私もベッド前の電気スタンドのスイッチを押してみたが、電気がつかない。
「でたぁぁああ!」
 再び絶叫…あの声は、司?
「何なのよ、全く…」
 まさか、幽霊でも出たんじゃないでしょうね。
 とにかく、状況を確認する必要があるわ。
 暗闇の中を廊下に出ると、異変に気づいて廊下に出てきた他のメンバーたちと出くわした。
「今の悲鳴なんだ?」
 暗闇の中のシルエットは椿みたい。
「下の方から聞こえましたね」
 この声は春美、その側でごそごそ動く影が見えるけど、たぶんみらびちゃんかディオネアだろう。
 この時、光の筋が私たちの顔を照らし出した。
 光源は、両目をライト代わりに点灯させたペルディータだった。
 その横には不機嫌そうなイグテシアの姿もある。
「音の方角から考えるとおそらく厨房ですね」
「まったく、誰ですの?こんな夜更けに騒いでいるのは?」
 厨房とは…怖いことを言ってくれる。
 前のオーナーが厨房の火災で亡くなったのです…それ以降夜になると厨房から女性のすすり泣く声が…
「あ、あれはイルマの冗談だったはずよね」
「ブリジット、イルマを見なかったか?部屋にいないんだが?」
 不安げな顔で姿を見せた千歳の言葉に、その場にいた者たちはお互いに顔を見合わせる。
「厨房だ、急ごう!」
 私たちは、何かに追われるように階段を駆け下り、厨房にむかった。
 そこで…そこで私たちが見たのは…
「あ、あんたたち、何してんの?」
 ペルディータのライトに照らし出されたのは、厨房の入り口でもつれ合うように倒れこんでいる二人の女性
ウォーデンとイルマだった。
 これは、一体どういうシチュエーションなわけ?
 この時、パッと室内の明かりが点灯した。
「ブレーカーが落ちたみたいですね」
 振り返った先に居たのは角砂糖を指先で弄ぶネロだ。
 明かりがついたことで、冷静さを取り戻したらしいイルマが慌ててウォーデンから離れた。
「申し訳ございません。お騒がせいたしました」
 乱れたメイド服を治して、咳払い。
「むぅ、これにはちょっと理由があってな(ちょー、ボクもびっくりしちゃったよ)」
 埃を払ってた立ちがあるウォーデン&ロキ。
「いやぁ、一瞬本物の幽霊かと思ってしまいましたよ」
 通路の反対側から姿を見せたのは司とシオンの二人組
「ぬおぬしら、人を置いて先に逃げおって」
 ギリっと悔しそうにウォーデンが睨む。
「ごめなさいね」
 応じるシオンはしかし、ビデオ片手にどっか楽しそう。
 本物の幽霊じゃないことをわかってて遊んでいる感じね。
 ウォーデンに事情を確認すると、どうやら3人は深夜の民宿を探検していたらしい。
 暗闇の中、厨房からパニックになった飛び出してきたイルマを幽霊と勘違いしたいうことらしい。
「まったく、人騒がせね、あなたたち」
 ウォーデンとイルマは申し訳なさそうだが、司とシオンは悪びれた様子は見られない。
 まぁ、何も無くてよかったけど。
 トントンと肩を叩かれたのはこの時のこと。
「完成しました」
 ネロだった。
 何が?
 得意そうに一点を指差すその先に、壁に飾られた人物画が飾られている。
「さすがに情報が少なすぎて少し時間がかかりましたけどね」
 そう、そこには、私たち皆で描いた合同芸術作品が飾られていたのよ。
「あ!あれ、完成したんですか!」
 舞が私の真横で驚きの声をあげた。
 ネロが取り組んでいたジクソーパズルだ。
 でも、まさか本当にこんな短時間で完成させるとは思わなかった。
 てか、まだ作っていたんだね。ごめん、ネロ、すっかり忘れてたわ。
 偶然というか何というか、宿泊組全員が集合していたの都合がよかった。
 皆の快哉を受けて、ネロも満足そう。
 頃合いを見計らって私は、皆に告げる。
 「さ、そろそろ寝るわよ」 
 そして…
 「また、明日からよろしくね」

おしまい。



エピローグ?

 ふぅ、なんとか終わったね。
 私は、疲れた目を揉みほぐしながら、文章データをセーブした。
 出来上がったTXTファイルをマウスでドラッグ、共有フォルダに移動させる。
 でっかめんGMのプラリアはこうして異世界にいる代理人の元に届けられた。
 さすがに私ができるのはここまで。
 公開作業やリンク貼りは、こちらからじゃ無理だしね。
 終了ボタンを押して、接続を切ろうとした瞬間。
 ピローンというサウンドと共に、メッセージウインドウがPOPUPして画面に現れた。
 差出人は、敵前逃亡を図った代理人本人…
「サンキュー、今確認したわ。あと、銅板娘シナ来てた。面白いよ」
 って、あんた、いるじゃない!
ヒラニプラに蛸壺掘りに行ったんじゃなかったの?
「こら!」
私の怒鳴り声は液晶ディスプレイにぶつかって空しく室内に反響した。

 本当におしまい。
 

 担当マスター でっかめん

 マスターコメント
 でっかめんです。
 お待たせしました。予定日より公開が遅れてしまいましたが…
 今回はリアクション作成時点で大幅に手法を変更しました。
 通常、リアクションはPC主観で書かれるのが普通ですが、今回はNPC扱いのブリジットの一人称視点で描かれています。
 どんな風になるか一度やって見たかった面もありますが、PC主観でPCの心理描写を組み込んでいくと予定の時間では全然足りないことが途中で判明したので、変更せざるを得なかったです。
 次回は、もっと期間を長くするか、あるいは参加PC数を減らすかどちかになると思います。
 誤字脱字、私のキャラの口調が変という方はブリ宛にキャラメかスレに書いてください。
 それでは、今後とも推理研究会をよろしくお願いします。


  

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