下記ホームページ内にブログを引っ越し致しました。

http://www.office-rye.com/kinosita/blog.html

使い勝手は、ブログ専用のアメブロのようには行きませんが、
多くの方から「HPとブログが分散してもったいない!」との指摘をいただき
それらしくページを作りました。

政治ページはweb内の別のページにありますので、
どちらかというと日常とオフロード中心になるかと思いますが、
政治コーナーに保存する程でもないこと等も書き込んで行きたいと思います。

もちろん、こちらのブログも過去ログとして平行して存在します。
(という程の中身でもありませんが、消すのももったいないので…。)

どうぞ皆さん、HP内のブログも、
これまで同様のぞいていただければ幸いです。
HP全体も少しずつ充実させて参りますので、
よろしくお願い致します!
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市長在任時代、災害対策の強化を進めました。

就任直後の10年前に危機管理課を設置し、
ディスプレイ型の訓練を実践想定型に変え、
災害対策本部の実践想定訓練を定期的に実施するなど
様々に取り組んできました。

その過程で実感したことは、
行政組織は日常の行為を適切に行う仕組みになっていて、
非常時の臨機応変の判断対応が極めて不得手である。

という事実です。

多くの部署は、
定型的維持管理業務を
いかに正確に間違いなく遂行して行くか
ということが重視されます。

そして、新しいことを生み出す場合も、
時間をかけて議論し、
様々に検証し、
公平公正な運用を目指し、
直ぐに改変しないで済む普遍性を目指し
制度を構築していきます。

こういう習慣で育てられているために、
想定外の事態が生じたときに、
・出来る限り正確の情報を迅速に把握、報告すること
・緊急時の限られた情報をたよりに最善と思われる選択を行っていくこと
ということが苦手なのです。


これを乗り越えて行く為に、
・訓練を重ねる 
と同時に
・「自分が在職中に必ず起こって対応しなければならなくなる」
という意識啓発を行い続けることが必要になります。

そして、こうした取り組みを進めた上で重要なのが、
執行責任者である政治家の判断となります。

いくら訓練を重ねて対応力が向上しても、
非常時に100%の対応が出来るだけの戦力はありません。
(もしそれを求めるなら、膨大な余剰人員を平常時から抱え、市民が莫大な人件費を負担をしなければならなくなるからです。)
そのため必然的に、生じている事象に優先度をつけ、取捨選択をして対応をしなければならなくなります。
この選択は、時限雇用をされていて、定期的に有権者に判断と行為の適否を審査される、公選職(政治家)でなければ、迅速に下すことはできません。

身分保障がされておらず、定期的に有権者の審判にふされる公職者だからこそ、結果責任を負う非常時の迅速な判断が可能になるのです。

先日、ツイッターで、「松本たけひろ和光市長が、0,19μSV/h以上で屋外活動4時間以下かつマスク着用という判断を行った」ことを勇気ある決断とつぶやきました。
この判断は、通常の法令に基づく事務ではなく、非常時の市町村長としての決断であり、その判断の可否を時期の選挙で問われることになるからです。

横並びで、国県の指示の範囲内で行っていれば、この政治的リスクを回避できます。皆と同じことしか行っていなければ、「他も同様であり、私だけが責められるのはお門違いだ」と反論することが可能です。しかし、そう言って自己のリスクを回避することではなく、市民のリスクを回避することを優先して判断をされたのでしょう。

これが「過剰反応で、結果として不要なことであり、市民に不要な混乱と不安を与えただけであった。」という場合、次期選挙で市民に不適格という審判を受けることになります。それでも、「不確定な状況の中で、子供たちの未来へのリスクを最低限に抑える。」ことを執行責任者として選択をしたのです。

当然、「この判断は正しく、いずれ後世に評価されるはずである。」という信念においてなされたものであるはずです。でも、その保証はありません。保証がなくても、「自分が執行責任を負っている限り、希望的観測ではなく、市民リスクを回避するよう判断することがその責務である。」という考え方で行ったはずです。

非常時に求められるのは、こうした覚悟を持った政治判断です。
「行政の使命は、生命と財産をまもることである。」
ということは、良く議会でも言われます。
この原点を踏まえていれば、
非常時の中でも、取るべき道はそう多くはありません。

現在の非常時だからこそ、
国においても執行責任者が、
複雑に入り組んだ諸要因に絡めとられることなく、
国民の生命財産をまもることを最優先に判断し行動してくれることを期待します。

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 7月28日、被災地支援から戻ってきていろいろと整理確認をしていたら、愛車(R1150GS)の車検が8月6日迄だと気がきました。

 んっ? 今日は木曜日。8月3日の水曜日朝からカミさんと久々のツーリング。まずい!今日を入れて4営業日しかない。カミさんのバイクにETCもつけなきゃならないが、バイク屋さんは隣の越谷。持って行くのはカミさんの優先だ。2台を別々に持って行って、電車で帰って…等考えていたら、日程が足りない!

 こりゃ自分で整備して持ち込むしかないと、陸自の予約を取ろうとすると、電話予約は廃止されてネット予約オンリーに。じゃあネットでと思ったら、登録が必要。では登録をして、予約状況を調べようとしたら、あと何台まで可能か詳細に解る便利なシステム。これは凄い!と驚きつつ、足立陸自の予約を調べたら、8月2日しか空いてない!もしこの日に落ちたら、再整備して再検査で出発に間に合わないかも…。うわーっ、と思いながら8月2日をネット予約、点検簿ダウンロードして点検開始。

 1時間ほどしてから、「キャンセルが出ているかも?」と淡い期待でネットの再チェックをしたら、当日の2時30分からに1台予約可能に。ラッキー!と思って予約を変更したが、もう時間があと2時間。急いで記録簿通りの点検をしなければ…。

 せっせと進めて、なんとか2時に自宅を出発。2時20分陸自着。書類を作って、納税確認してもらって、検査受付へジャスト2時30分。さあ、検査コースへ。1コースへ向かって行くと、バイクが10台ぐらい溜まっていました。

 そして、驚く。
 このバイク達、車検通るの?

その1 ハーレー フロントフェンダー無し
         ナンバー水平取り付け
         サイドカバー等無し
         配線等ガムテープ巻き
その2 XJ400 アップハンドル
         ナンバー跳ね上げ
         チェーンガード無し
         その他いわゆる族車?
 街なかを走行していて検問等があったら、間違いなく整備不良でキップ切られるんじゃないか?というバイク達。

 前にいた方に、「10年ぶりに来たんですが、あれ、大丈夫なんですかね?」と聞いたら、「大丈夫」との答え。親切な方で、つい色々と聞いてしまいました。
 「タンデムグリップは?」→
    外車にはないものが多いので、非関税障壁として撤廃
 「ナンバーは?」→
    運輸省としては、後方でたっている人が読み取れる程度でOK
 「排気音は?」→
    最近の規制後のバイクは計測するが、それ以前のものは対象外
 「排ガスは?」→
    これも最近の規制後のもののみ検査
 「アップハンドルは?」→
    構造変更の申請していればOK
 「10年前はこういうバイクは通らなかったのでは?」→
    陸自で通すのは難しかったですね。

 規制緩和が進んでいるとは聞いていましたが、これほどとは…。以前の純正主義も困りものでしたが、これでいいのか、あまりの変化にしばし唖然。

 一方で、最前列にいた、とてもきれいな新しいバイクは、きっちり回転数ごとに排気音を計測されていました。すごく静かな排気音でしたが…。

 複雑な想いの中、私の番。検査官は異常に親切かつ簡潔に、外回り、灯火検査終了。(電気系の付加物以外どノーマル。回りと比べれば超優良?)

 その後コースイン。前後ブレーキテスト 排ガスをパスして(10年前の車両のため、排ガス規制該当せず。キャタライザー付きですから十分きれいなんですが…。)光軸検査へ。光軸が不合格だと、テスター屋さんに行って余計な出費になるので、ちょっと不安でしたが無事クリアー。
 
 あっけなく、検査合格印をもらい、車検証発行カウンターへ。「少々お待ちください」と言われ5分ぐらいかと思ったら、30秒後に「木下サーン」。速い!吉野家より速い!

 10年間の変化を実感しつつ、帰途につき、3時30分自宅着。出費は、重量税4400円、検査手数料1700円、自賠責保険14110円でした。

 百聞は一見にしかず。現場から学ぶ。この大切さを再確認しました。うっかりミスからバイク屋さんにお願いする時間がなく、昔取ったナントやらで短時間集中での対応になりました。しかし、結果として、規制緩和、民営化というものがどういう結果を生んでいるのか。その一部を、良い面も、悪い面も実感することができた半日でした。


 


 
 
         

 
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被災地での活動をしていると、
ついブログの更新がおろそかになってしまいます。

先週は木曜日午後、
今週は金曜日午後、
岩手県大槌町を出発し、
東北道を南下しながら車上計測してみました。

計測に使ったのはSBM20というロシア製のGM管。
これに定格範囲内の電圧を加えて、クリック音をIphoneに入力。
GAMoVというアプリで、132CPMを1μSVに設定して、
車の屋根の上において巡航計測。

この管で100CPMで1μSV換算をしているカウンターもあるらしいですが、
もともと、GM管で線元も不明確な状態で、正確なSVはでないはずですから、
色々調べて、標準的らしい132cpmで設定しました。

花巻も草加も、0.2μSV以下の数字で変動してます。
これ以下の数字はもともと不安定で、あまりあてになりません。

一方で、白石を過ぎて、国見に近づくにつれて、数値が上昇。
0.4以上の数字が、矢板北を過ぎて矢板手前まで続きました。

ほとんどが、0.6以上。
2キロほどの区間では1.1~1.2を計測!
正確な数値とは言えませんが、
約150CPMのカウント音は実際に聞くと連続しており、
普段聞く20~30のとぎれとぎれの音とは全く違うものです。

一段高い高速上でさらに2m高。
車が常に走行して空気は撹拌されています。
先週も今週も、同じ風向きで運ばれてきている訳ではないでしょう。
一方で、路面にある物質からで、これほどカウントするのだとしたら、
大量の路面付着がなければならないはずです。

そう考えると、3月末に降ったものが、
風に巻き上げられて存在しているということが考えられます。

そうであるなら、それを常時吸引してしまう状況で良いのか?
きちんと検証する必要があると感じます。

また、その区間の両サイドは、
一部が山、ほとんどが田です。
3月に乾燥していた田が、
青々と若い稲に覆われています。
田んぼに降った物質が稲の生長ととともに吸い上げられ、
お米に凝縮されることがないことを祈ってしまいます。

牛肉からの検出が拡散し、連日報道されていますが、
当初は大丈夫だと言われていました。

浮遊している物質の吸引は大丈夫なのでしょうか?
稲への凝縮はあり得ないのでしょうか?

私たちの年齢以上であれば、
積極的に食べ続けなければ大きな影響はないのかもしれません。

でも、子供たちには?
吸引して、内部からあれだけの数の放射線にぶつかる。
やはり、より慎重に(現状のシステム維持のための慎重ではなく)
判断すべきだと感じます。

そして汚染された藁を食べたことで、この結果です。
お米の収穫後は、このまま栽培を続けていて大丈夫なのでしょうか。

2週続けて東北道昇りで簡易計測して、
svの数字ではなく、
実際に放射線のカウントされている数の
あまりにも歴然とした差に驚かされました。

あれだけの放射線が人体に24時間ぶつかり続けている状態。
CPMの計測は、線元が判明しない中で正確ではないとはいうものの、
一つ一つの放射線があの小さな管にこれだけの数飛び込んでいる、
ということはリアルに感じることが出来ます。

ぜひ、政府の関係者には、svではなく、
逆に簡易なCPMでの計測比較をしてみてほしいと思います。

どれだけ、飛び交っているものが多いのか実感できるはずです。
そして、何らかの対策の必要性が感じられるはずです。
知事と町長が再稼働に同意した玄海原発。
それが、国が全てのストレステスト(変な用語ですが)をすることになり、
再稼働前の手続きが増えて、玄海も即再稼働はできなくなりました。

これを喜んでいる方が多くいらっしゃいます。
確かに、再稼働へGO!ということではなくなったのですから、
一定の前進と捉えていらっしゃるのでしょう。

でも、そう単純ではないと感じます。
物事を変えて行くとき、様々な抵抗にあいます。
そして、一進一退の状況が生まれます。

どういうことかというと、政府の誰かが、
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大臣が再稼働を要望に行って国が責任を持つとまで言ってしまった。
それを覆すのは並大抵のことではない。
でも、一カ所再稼働させたら次もドミノ倒しでいってしまう。
それでは生まれ始めている脱原発の流れが、事実の積み上げで消されてしまう。
それはまずい。何とかしなければ。
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と考えて、編み出した答えが
全ての原発再稼働前にストレステストを
という結論であった可能性があります。

これであれば、
大臣が言ってしまったことを保留にすると責められるかもしれませんが、
国民の安全を考えて全てに適用することとしたため、
大丈夫と言った玄海を例外にすることはできない、
と理屈を付けて再稼働へのドミノスタートを止められます。

でも、この手には副作用があります。
なんとか再稼働をさせたい人達にとっては、
これをクリアーすれば堂々と再稼働できることになるからです。

おそらく、立案者もそれは解っているでしょう。
解っていてもドミノスタートを切らせない為に、
必死で考えて両派が納得できる線を編み出したのではないでしょうか。

つまり、このストレステストは、
脱原発派に取っては再稼働停止への一歩であると同時に、
原発推進派に取っては手間はかかるけど再稼働への錦の御旗を得る手続き、

になってしまっているのです。

国会の答弁等を聞いていても
古い基準ではなく、より安全を考えて新しい基準を設け、
それに照らし合わせて安全であれば再稼働させて行く、
となっています。

この基準を低くすれば、多くの原発を再稼働させることが出来ます。
そして、その基準を厳しくすれば、どれも再稼働できません。


おなじストレステストに、同床異夢で期待を寄せているはずです。

政府の全ての人を疑ってかかり、否定してしまいがちですが、
現実は、脱派、推進派が入り乱れて存在しているからこそ、
ストレステストなどというものが出てきたと考えられます。
みんな推進派なら、あのまま玄海再稼働に向かったはずです。

その、政府内での脱派が孤立しないように見極めて行くこと、
そして、その人達が動きやすいような空気をつくり、行動を重ねて行くこと、
それが、この「諸刃の刃が」出てしまった以上、非常に重要だと感じます。

ストレステストの基準がどうなるのか、
そこを注視して行きましょう!