数ヶ月、仕事と研究に集中していて久々の更新です…。
 
 
これからに必要な能力は様々あるかと思います。

これだけ 様々なツールと、価値観が多様化してくると、

当然、単一的な世界ではなくなります
 
 
 
既に、現在も起こりえていることが、
 
 
言語 を 認識できていない
 
 
ということ。
 
 
ここでの「言語」というのは、

日本語 等の言語ではなく、
 
この世界において 1人1人が、

「自らを送受する」ために必要な言語です。
 
 
簡単に言えば、コミュニケーション能力
 
 
 
しかしながら、
 
ここでは、ただ単に「意思疎通」をすることを指しているのではなく、
 
 
 
「 価値 : どういった概念であり、意味であり、具体的なものとして指すのか」

 
 
を、伝え・受け取る のに必要な「 大規模な共通言語 」 が より無くなってきています
 
 
 
これは当然なことで、

それぞれの 価値観 が 多様化 すれば、

それだけ、同じ単語においても「意味付け」が異なってきます
 
 
私たちは、「 同じ単語をつかえば 同じことを言っているだろう

と思いがちの方も多いですが、

全くその使用する上での意味づけ、価値づけは、個人で異なっています
 
 
 
その単語「意味」や「価値」が、わからなければ、

お互いにコミュニケーションをとることができません。

 
 
音楽や、スポーツのように、

「わかりあえる」

という意味での共通言語として使用しているのではなく、
 
 
より具体的に表現するための、

ルールだったり、共通価値としての活用が、

難しくなっていくこと
を指しています。
 
 
 
そうなってくると、

最大公約数 のような、

「 皆が分かる 理解 」

のような、「表面的に限定した内容
」を、

お互いに送受しあいます。
 
 
さらに、そうすると、
 
表面的なこと」しか送受しなくなりますので、
 
自分自身の「本質的」だったり、「奥深い」ことだったりを、

送受する機会が減ってくること
になります。
 


単語数を増やしたり、表現を増やしたりすれば、

これらの「表面的」なものが解消される訳ではありません。
 
 
物事には経緯があり、

意味があり、

差があり、

成り立ちがあります。


 
 
それらの感覚が不足すれば、

ただ表面上を浮遊するような、

表面的な価値でしか、物事を理解できないことになります。
 
 
 
 
逆に…、

これからの時代に向け、

ツールや、物の豊かさに囚われず

 
それらに利用されるのではなく、

活用されていく方
は、
 
 
本当に多くの方々と触れ、自身を知り、深める機会となります。
 
 
自身の世界の狭さと、この世界の広さを知り、
 
お互いの深い価値を共有すること、

共有することのできない、難しい奥行きのあることに敬意を示し、

その異なる文化や価値を、それぞれ扱い楽しむことは、
 
 
本当に大きな自分自身との出会いに繋がることでしょう。

 
 
 
ツールとしての効率化、速さ、シンプル化は、多いに進めると良いと思います。

しかしながら、

私たちが「人」らしくいるには、

或いは、

私たちが「人」らしい「心」を維持するには、
 
 
私たちが一体何を持って「私」たちなのかを、

その時代にあった方法で「定義」していくことが必要になってくるかもしれません。

 
 



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