郭公鳥の涙

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嘆くには老い過ぎた灰色の鳥は

きっと静寂にすら涙を見せない





人の子を育て、わが子を棄てる自分は


まるで郭公鳥のようだと悲しく呟いた




誰よりも多くを背負ったその背には

すっかりと痩せた翼が生えていた







しかしそれでも美しく飛び立つあなたの仔に産まれて、


私は初めて親の痛みを知った






だから願うのです


あなたがいつまでもそこにいてくれることを






また、違う巣に羽ばたいていってしまう鳥だとしても







あなたは私の命の根

誇りも涙も根となることを教えてくれた





地上に咲かす花は眼に見えないほどの小さくみすぼらしいものでも、



私はいつか朝焼けにも似た輝きを放って見せよう












あなたの仔として産まれ出でたこの誇りを、力の限り抱きしめながら




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君の帰る場所【第十九話】

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君の帰る場所【登場人物】





堤 征史郎【つつみ・せいしろう】19歳

美麗な容姿、薄情で冷淡な性格。極道になるという目的に異様なまでの執着心を持つ。


小嶋 ちふゆ【こじま・ちふゆ】15歳

料理が下手で少し天然。父親から受けた虐待に苦しむが、常に笑顔でいる事を決めている。


小嶋 春斗【こじま・はると】6歳

ちふゆが母親代わりとなって育てている弟。血縁関係はない。強がっているが実は繊細な子供。






小嶋 夕夏【こじま・ゆうか】3歳

同じくちふゆを本当の母だと思いこんでいる妹。成長も遅く体は弱いが、心優しくしっかりとしている。



小嶋 一秋【こじま・かずあき】34歳

酒色に溺れ自堕落な生活の果てに多額の借金を背負うが、ちふゆを担保に追加融資を受ける。



小野寺 笑【おのでら・えみ】15歳

イジメにあい自殺を考えていた時、ちふゆに四葉のクローバーをもらう。それ以来唯一無二の親友に。



小野寺 慈【おのでら・いつ】18歳

笑の大学生の兄。幼い時より成績優秀でスポーツも万能。笑のコンプレックスの対象。ちふゆに好意を抱く。







第十九話 ~彼を守る手~





自分の心の波紋に戸惑っているうちに、征史郎はすっと立ち上がり、
冷蔵庫から缶コーヒーを取り出し勢いよく栓を開け口をつける。






征史郎「 ・・・お前、明日必ず行けよ。

      

      まあ、言われなくても頼まれたってここにはいないだろけどな・・・ 」 








ちふゆはゆっくりと立ち上がり、征史郎を見据えて言う。


征史郎を見つめるその目は、射抜くような強さがあった。





征史郎はほんの少しだけ気構える。

決してちふゆには悟られぬように。










ちふゆ「 ・・・どうして・・・・・・?
     

     わたしを帰したら、あなたはどうなるの?


     また、ヒドい目にあわされるんじゃ・・・




     だって、わたしは、お父さんの借金の担保なのでしょう?      」












ちふゆは石倉に銃を突きつけられているところを見たのだろうか。


征史郎は何か、何か失態を恥じるような気持ちになった。









征史郎は空になった缶をゴミ箱へ投げ入れた。

ゴミ箱の縁へぶつかった缶が騒々しくゴミ箱内の底へ落ちていく。







征史郎「 はぁ・・・?


      バカか、オマエ?



      ・・・俺の心配してる場合かっつの。

      頭悪いにも程があるぞ。

     


      『担保になる』って意味、わかってんのか・・・? 」








征史郎は台所と部屋の境に立っている柱にもたれ、けだるそうに問いかけた。



ちふゆは透き通った瞳で、征史郎の横顔を見ていた。







征史郎は、まるで普段とは別人のように流暢にしゃべりだした。






征史郎「  好きでもない男のオモチャにされるんだぜ。  」







ちふゆは少しだけ目を伏せた。


征史郎はにやりと薄笑いを浮かべて鼻で笑った後、淡々と話し続けた。







征史郎 「   ・・・オモチゃってーのはな、頭おかしくなるくらい、男に体いじくられるんだよ。

          中3にもなりゃあ、男に女がどうしてやったら気持ちよくなるか知ってんだろ?  」




先ほどまでほんのりと赤みがかったちふゆの頬が、白くなっていく。


征史郎は憎むような顔つきで続けた。







征史郎「    ついこないだまで俺の付き合ってた女。


         それはそれは、おめでたいバカな女だったぜ?

         俺がちょっと頭下げたら、ソープに行って稼いでくれてよ。

         

 


         愛する俺のために、毎日毎日客のシモの世話だ。



         そこまでしてやっと大金手に入れても、根こそぎ全部俺に持ってかれて。

    


         最後の方は頭おかしくなっちまってたな。


         自分のことキタナイっつって喚くわ泣き出すわ、男と逃げるわで。

 
         ぶっちゃけ実際、オレも汚えと思ってたけど。 



         まあ、こんな話はどうでもいいや   」






征史郎は小ばかにしたような表情でしゃべり続け、時折こみ上げる笑いを抑えながら話を続けた。



やや興奮気味で話す様子は、ちふゆの目にやけに不気味に映った。









     


征史郎「  要するに、この世界の女はまじでアホばっかりでよ。

       尽くせばなんでも手に入ると思ってんだ。


       
       どいつもこいつも都合がいいんだっつーの。

       付き合う前に、俺はオマエに惚れる事はねえっつって付き合ってんのに、

       勝手に入れ込んで尽くして、勝手に頭おかしくなりやがるんだからな。 

       オレの知ったこっちゃねーっつーんだよ。 




       ま、大体組と関わった女は、そうなるっってことだ。


       逆に言えば、まともにやってたら身が持たねえっつうか。

       早めにプッツンしちまったほうがあとあとラクなのかも知れねえけど。




       お前みたいなクソガキが、それでも耐えられる根性持ってんのか?  」







ちふゆは、言葉も顔色も失っていた。


ハハっと白い歯を見せて笑う征史郎の屈託のない笑顔に、虫唾が走った。











ちふゆが足を一歩踏み出す。

よく見ると、その瞳は怒りで泣き濡れていた。










右手を振り上げ、征史郎の右頬を力いっぱい叩いた。










肉を弾く鈍い音が部屋中に響き渡る。












征史郎はちふゆを下目で睨んだ。


ちふゆが気づいた時には、叩いた腕を征史郎の右手に制されていた。









征史郎「 ・・・なんだ、おまえ・・・ 」














がくがくと腕は震える。

ひざが崩れそうになるのをこらえているのが精一杯だった。


ちふゆはそれでも征史郎を精一杯睨みつけた。












ちふゆ「 ・・・ひどいです・・・
     
      許せないです・・・・・・!






      ・・・どうしてそんなことして平気でいられるの?笑えるの?




      その女の人はあなたの事、ボロボロになるまで好きだったのに・・・・・・




      一番勝手なのはあなたじゃない!!!  」








征史郎は呆気に取られた。


あどけない中学生の少女が自分の頬を平手で打ち、

「勝手なのはあなただ」と怒鳴りつけている。











事実、怒りよりも驚きの方が勝っていた。


征史郎の瞳は、泣きながら叱責するちふゆの悲しい表情で埋まっていた。















征史郎は足元に温かい体温を感じた。



夕夏が征史郎のヒザ元で仁王立ちし、両手を広げてちふゆから守ろうとしていた。








夕夏「 ぱっちん、めっ!・・・ 」





夕夏は顔を真っ赤にしている。

その膨れた頬は怒りを表していた。



夕夏は征史郎をひっぱ叩いたちふゆに対して怒っているようだった。










春斗が夕夏を征史郎のそばから離そうとするが、

夕夏は泣きべそをかきながら征史郎の足へしがみついて離れようとしない。








征史郎の中で、百合香の顔が浮かんだ。



自分を汚いと蔑み、崩れていく泣き顔だった。






愛しても愛しても、愛しい男の愛を得る事が出来ずに苦しみ、

とうとう最後まで叶わぬ願いに身を窶した女の、悲しい顔だった。













敦士なら、百合香を幸せにするだろう。












あいつは俺と違って百合香を愛していた。



















心の中で密かに、そんな独り言をつぶやいた。












誰に対しての言葉なのか。








自分でもわからない。




それでも、小さく傷む気持ちだけは芽生えている。





痛みの種を植え付けたのは、







ちふゆの怒りなのか。


夕夏のぬくもりなのか。


























征史郎は冷たく凍った瞳のまま、夕夏の頭を撫でる。


夕夏は、征史郎を見上げ、真っ赤な頬をほころばせてふわりと微笑む。








ちふゆの仰天した目と

春斗の驚く顔を横目に、征史郎は夕夏を静かに抱きかかえた。







夕夏「 ぱぱ 」





征史郎「 ・・・いや、違うし 」








夕夏「 ぱぱ、ぱぱ 」





征史郎「 違うっつってんだろ 」







夕夏「 ・・・ぱぱ 」










征史郎は深くため息をつく。








征史郎「 ・・・・・・ちっ 」














ちふゆと春斗は顔を見合わせる。



しかし、春斗とちふゆの目に映る征史郎はどこか素朴で、

憎めない、まるで心の成長が追いつかない少年のようだった。












~第二十話へ続く~







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君の帰る場所【第十八話】

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君の帰る場所【登場人物】




主人公:堤 征史郎【つつみ・せいしろう】19歳 母親譲りの美しい外見とは裏腹に、極めて残忍な性格。

                              金銭に異様なまでの執着心を持つ。


ひたむきな少女:小嶋 ちふゆ【こじま・ちふゆ】15歳 弟妹想いのひたむきで明るい少女。

                                   面倒見が良く、正義感が強い。


ちふゆの弟:小嶋 春斗【こじま・はると】6歳 幼いながらも姉と妹に対する保護本能が強い。

                             征史郎を極端に嫌う。

 

ちふゆの妹:小嶋 夕夏【こじま・ゆうか】3歳 ちふゆを本当の母だと思いこんでいる。生まれつき体が弱い。


ちふゆの父:小嶋 一秋【こじま・かずあき】34歳 酒色に溺れ自堕落な生活の果てに多額の借金を背負う。

                                子供達を捨てて蒸発する。


ちふゆの親友:小野寺 笑【おのでら・えみ】15歳 イジメられていた所をちふゆに助けられ、親友に。


笑の兄:小野寺 慈【おのでら・いつ】18歳 笑の大学生の兄。不幸な境遇を感じさせない前向きなちふゆに

                            ほのかな想いを寄せる。







第十八話 ~昂る想い~








年の頃は自分と同じくらい。





緊張しているせいだろうか。
滑舌の悪さを誤魔化そうとしているらしく早口で話すので非常に聞き取りにくい。


彼は礼儀正しく、慎重に自分の名前を名乗った。




電話の相手「  はじめまして。小野寺慈といいます。ちふゆちゃんの友人の兄です。      」




征史郎は斜に構えてちふゆを一瞥した。

思わずちふゆは征史郎の視線に小さくすくむ。


征史郎「 ・・・あの部屋へどうやって入った・・・? 」



 
征史郎がちふゆ達の荷物を取りに戻った時、征史郎は部屋に自分の携帯番号を書いた紙を置いてきた。

それは当然小嶋からの連絡が目当てだったのだが、まさか他人が連絡をよこすとは予想もしていなかった。




こちらが何者かという事がバレて警察へ通報されれば実も蓋もない。

言動には慎重にならざるを得なかった。

征史郎の傍若無人な言葉遣いにむっとした慈は少し黙った後、冷静に返した。

慈「 ・・・・・・・・・・・・・大家さんに、事情をお話して入れてもらいました。

   

   ちふゆちゃんたちの荷物が少しだけなくなっていて、

   この電話の番号が書かれた紙を見つけたので・・・  




 
   ・・・失礼ですが・・・、今、ちふゆちゃんはあなたと一緒ですか?

  

   もし一緒なら・・・失礼ですが一体どういうご関係なんでしょうか。    」



征史郎「 ・・・・・・・ちふゆの父親の知人です。

      ワケあって、ちょっと預かってるだけなんですよ。




      ・・・ああそれと・・・、この事はほかに誰か?  」

慈の声から張り詰めた感じがなくなった。


慈「 僕と妹だけです。


   家賃が滞っている事で凄く怒ってみえるので、

  

   紙を見つけたことは大家さんには言っていません。 


   というか、他の人に知れたらまずいのですか?  」  




・・・・・・やけに喰って掛かるな、こいつ。

征史郎は思う。

征史郎「 ・・・いや別に。

      

      ちふゆの父親に他言するなといわれているものでね   」


征史郎の苛立ちが伝わったのか、慈もまた、不愉快な気分に見舞われていた。

ちふゆを呼び捨てにするそのふてぶてしさがやけに耳につく。




慈「 『ちふゆ』・・・?・・・なるほど・・・。


   あの・・・それでちふゆちゃんはそこに・・・? 」  




征四郎は直感で悟った。

彼がちふゆの名前を呼ぶごとに、並ならぬ想いを含めている事を。





征史郎「 ・・・変わってやるよ  」  



慈は電話の向こうで苛立ちを押し出すかのように、静かにため息を吐いた。



征史郎は右手で持っていた受話器を遠ざけ、ちふゆの耳元に口を近づけた後小声で言った。


征史郎「 おい、ちふゆ。


      そいつがもしお前の信頼できる奴なら、甘えろ 」



ちふゆは征史郎の目を見る。


あの、凍てついた瞳だった。

初めて会ったときの、あの、氷のような眼差し。



返事をする間もなく、投げやりに携帯電話を渡される。

ちふゆは両手で受け取り、おそるおそる声を絞り出した。




ちふゆ「 ・・・・・・もしもし・・・  」



慈「 ・・・ちふゆちゃん?


   よかった・・・無事だったんだね 」





ちふゆは、懐かしい声に心がほころんだ。


ゆっくりと目を閉じ、笑や慈の顔を思い浮かべる。

だが、すぐに現実に戻り、湧いた疑問を口にした。




ちふゆ「 ・・・あ・・・どうしてこの番号が・・・ 」





慈「 笑が、君が学校に来ない事から異常を察知してね。

   差し出がましいとは思ったんだけど、緊急事態だと思って君の家に入らせてもらったんだ。


   それよりも、今、どこにいるの?

   笑が君たちのことが心配で心配で、たまらないみたいなんだ。 
 
   さっきの人は・・・・・・ 」





ちふゆは笑が極度の心配性であった事を思い出し、くすりと微笑む。

征史郎は腕を枕にして横たわり、食い入る様にちふゆを見ている。

ちふゆは視線に気づき、慌てて口元を引き締めた。






ちふゆ「 わたしは大丈夫です。春斗も、夕夏も。なんとか元気で・・・ 」





征史郎は、鋭い目線で唇を動かし、先ほど耳打ちした事を相手に「言え」としきりに促す。


ちふゆは征史郎の瞳に、何か切ない光が帯びているように見えた。


ちふゆの沈黙の理由を、察してか慈は抑えるような声でしゃべりだす。




慈「 ちふゆちゃん・・やっぱり君はうちへくるべきだと思うんだ。


   うちの両親にはもう言ってある。幸い、うちの両親は二人とも教育者だ。


   不幸な環境の下に生まれたばかりに、

   その子供達までもが過酷な運命を背負う必要はどこにもないと言ってる。


   

   だから、遠慮なくうちへおいで。もちろん、春斗くんも、夕夏ちゃんも3人一緒に。


   ・・・これは、僕の勝手な勘違いかもしれないけど、
   他人の家へ来るのに、とても気が引けているのだとしたら、

   いずれは自立するという前提で、とりあえず来たらいい。
   


   いずれにせよ今は何も気にせず、整った環境で今後のことをゆっくり考えるのが最善なんじゃな     

   いかな。



   笑から聞いた限りでは君にはお父さん以外の肉親はいないというし・・・。
 
   とにかく、笑や僕は君たちの事を心から心配してる。   」



慈の声は誇りと責任感に満ちていた。


ちふゆは胸の奥で小さな衝撃音がするのを感じた。

痛みとも取れるその音は、無意識のうちにちふゆの体を強張らせた。




でも・・・



でも・・・・・・・。





甘えていいの?




甘えたらどうなるの?







わからない。




わたしには。





どうしたらいいのか。














ちふゆ「 ・・・・・・・・・・ 」




慈「 今、君はどこにいるの?

   もし、そこの場所がわかるようなら、すぐにでも迎えにいくんだけど・・・ 」






じわり。と、得体の知れない妙な感覚が、肌の表面を撫でていくのがわかった。

ちふゆは背筋をなぞるものが何なのかわからなかったが、

喜ぶべきなのだろうかと戸惑う自分にまた、戸惑った。










・・・・・・・・なぜ?



なぜ、そんなに優しくしてくれるの?



私は他人。


返せるものは何もない。












違う。


疑問はそれじゃない。












これだけの言葉をかけてもらいながら、なぜ、信じる事が出来ないの?








どうして私は、笑を、慈さんを、信じる事が出来ないのだろう・・・?













ちふゆ「 ・・・・・・私・・・は、・・・ここに・・・・・・ 」











苛立った征史郎がちふゆの手から電話を取り上げる。


征史郎「 明日の朝10時に赤坂見附駅まで来てやってくれ 」







ちふゆの前で、征史郎は臆する様子もなく堂々と最寄の駅を告げ、電話を切った。



ちふゆは、心が震えるのがわかった。


・・・わたし、


さっき、何を言おうとしていたの?




征史郎「 ・・・なんだよ。


      嬉しくないのか。トモダチに会えるんだぜ?    」





そう言って、征史郎は鼻で笑って寝返りを打った。










・・・・・・行きたくない・・・。




ちふゆは自分でも説明のつかない不思議な感情に心をとらわれていた。









~第十九話へ続く~









      
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君の帰る場所【第十七話】

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君の帰る場所【登場人物】






主人公:堤 征史郎【つつみ・せいしろう】19歳 母親譲りの美しい外見とは裏腹に、極めて残忍な性格。

                              金銭に異様なまでの執着心を持つ。


暴力団員:石倉義光いしくら・よしみつ】 征史郎の尊敬する暴力団組員。

                          征史郎の本質を見抜き、その将来を見込んでいる。


ひたむきな少女・小嶋 ちふゆ【こじま・ちふゆ】15歳 弟妹想いのひたむきで明るい少女。


ちふゆの弟・小嶋 春斗こじま・はると】6歳 幼いながらも姉と妹に対する保護本能が強い。

                             征史郎を極端に嫌う。


ちふゆの妹・小嶋 夕夏【こじま・ゆうか】3歳 ちふゆを本当の母だと思いこんでいる。生まれつき体が弱い。


ちふゆの父・小嶋 一秋こじま・かずあき】34歳 酒色に溺れ自堕落な生活の果てに多額の借金を背負う。

                                子供達を捨てて蒸発する。








第十七話 ~大人の犠牲~









園長「 な、何ですか?あなたは 」



職員「 出て行きなさい!関係者以外は立ち入り禁止ですよ! 」







征史郎「  はあ?・・・関係者以外・・・・・・?


      ったく・・・相変わらず・・・胸クソ悪くさせる達人だなぁ、あんたら。


     
      たった3年前に出てった卒園生の顔くらい忘れんなっつーの  」







園長「 ・・・・・・??? 」


職員「 ・・・!!!??? 」






園長と職員は数え切れないほどの瞬きをして何度も顔を見合わせている。


職員が目を凝らし征史郎の顔を見るなり、言葉を漏らした。






職員「 ・・・あっ!!!

    つ、堤・・・君・・・?!!!  」





征史郎「 ふん。

     一応、脳ナシにもダニ程度の記憶力が搭載されてんだな。   」







征史郎は歪んだ笑みを浮かべて嘲笑した。


園長がきっと目を吊り上げて怒鳴る。






園長「 黙りなさい!

     ・・・す・・・、少しは、口を慎みなさい!
    

     撤回って、あなたこの子達と何か関係があるの?

     公的な書類もなしに突然、預かれと言ってきたかと思ったら・・・・・・

    

     一体どういうことなのか説明なさい。  」





園長は冷ややかな眼差しで征史郎に問いかけた。




征史郎「 ・・・・・・はー・・・飲み込み悪いババア達。
     
      だから、さっき預かれっつったのは、撤回するってこと。そのまんまじゃねえか。


      心配しなくても正式に預かった事になってないんだから、
      こいつらに万が一の事があってもお宅らに一切火の粉は飛ばねえよ。  
    
      それだけが心配なんだろ? 」





職員と征史郎の間で視線を右往左往させている園長に、職員は小声で言った。





職員「 ・・・園長先生、
     この子は3年前に無断で卒園した堤征史郎です。


     例の事件を起こした・・・・・・   」





園長は顔色を見る見るうちに失っていく。




征史郎「 ・・・・・・とにかく、こいつらは俺が連れて帰るから。  」




職員はじわりと汗をかき、園長はうつむいて考えていた。






征史郎「 こいつらの父親が引き取りに来たらオレに連絡をよこすように言っとけよ 」







そう言って、征史郎は名刺を放り投げた。職員の足元にひらひらと落ちていく。





ちふゆは不思議そうに、征史郎の横顔を見つめている。
















・・・・・・・・・・・・・・・どうして?


この人何の関係もないのに。







ただの親切心?

ううん。

そんなはずないよね。






それとも・・・何かの悪巧み?





ついていってもいいの?





この人を信じて、頼りにしても大丈夫?















園長は職員とホッと肩をなでおろし、目をあわせて静かにうなずいた。






園長「 まあ、そこまで言うなら・・・  」







征史郎は予想通りの反応に小気味よく鼻で笑った。




少しおどけたように、背中越しに声をかける。


征史郎「 じゃ、お騒がせしましたってことで。

     おい、ちふゆ、行くぞ  」





ちふゆは慌てて園長や職員に一礼し、春斗や夕夏の手を引きながら早足で征史郎の後を追いかけた。


















ちふゆと春斗と夕夏を連れ、征史郎が部屋に戻ったのは時計のハリが深夜10時を回るところだった。


征史郎は石倉とのことを思い出し、少し不機嫌であった。







車の鍵を乱雑に放り投げ、征史郎が敷きっ放しの布団の上で腰を下ろした時ちふゆは征史郎の真正面で正座をした。







ちふゆ「 ・・・あの・・・堤・・・さ・・・ん   」





征史郎は整髪量の効果が弱りすっかり乱れてしまった前髪を疎ましそうにかきあげ、うんざりとしたような顔つきでちふゆと目を合わせた。











その瞬間。

ちふゆの胸が鳴る。

どきりというよりは、ギクリというほうが近い。





征史郎の目がやけに艶めいていたので動揺し、準備していた言葉をなかなか声に乗せることができなかった。







春斗「 ・・・ちふゆ 」


夕夏「 ・・・・・・まま 」



ちふゆははっとする。







気がつけば顔から湯気が上がっているのではないかと心配になるほど顔が熱い。




征史郎は無言のまま、ちふゆの言葉を待った。



ちふゆ「 ・・・ありがとう・・・ございました。また・・・お世話になってしまって・・・ 」






征史郎「 ・・・一週間だ。 」






ちふゆ「 ・・・・・・え?  」




春斗と夕夏がちふゆを見る。









征史郎「 ・・・今日から一週間の間に、今後の事をよく考えろ。お前らが何とか生きていける方法を。


      しっかり頭使わねえと、また大人の犠牲になるぞ。

      一週間たったら、お前が決めた行き先まで送ってやる。   」

 



言い終わる頃には、征史郎はいつもの冷ややかな横顔に戻っていた。






ちふゆは征史郎を見つめたまま、正座の両足に置いた手で、春斗と夕夏の小さなそれぞれの手を握った。








その時、征史郎の携帯電話が鳴った。


電話の相手は意外な相手だった。











~第十八話へ続く~






君の帰る場所【第十六話】

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君の帰る場所【登場人物】






主人公:堤 征史郎【つつみ・せいしろう】19歳 母親譲りの美しい外見とは裏腹に、極めて残忍な性格。

                              金銭に異様なまでの執着心を持つ。


暴力団員:石倉義光いしくら・よしみつ】 征史郎の尊敬する暴力団組員。

                          征史郎の本質を見抜き、その将来を見込んでいる。


ひたむきな少女・小嶋 ちふゆ【こじま・ちふゆ】15歳 弟妹想いのひたむきで明るい少女。


ちふゆの弟・小嶋 春斗こじま・はると】6歳 幼いながらも姉と妹に対する保護本能が強い。

                             征史郎を極端に嫌う。


ちふゆの妹・小嶋 夕夏【こじま・ゆうか】3歳 ちふゆを本当の母だと思いこんでいる。生まれつき体が弱い。


ちふゆの父・小嶋 一秋こじま・かずあき】34歳 酒色に溺れ自堕落な生活の果てに多額の借金を背負う。

                                子供達を捨てて蒸発する。








第十六話 ~閉じ込めていた声~







車は国道を外れ、だんだんと山のある方へと進む。
奥へ奥へと行くうちに、気がつけば空は夕暮れをたたえていた。






車に揺られてもう何十分経つのだろう。







ちふゆは渇ききった空に不似合いな夕焼けが虚しい程鮮やかに沈み行く様を、

なんとなく征史郎の斜め後方から見るしなやかな横顔と重ねていた。













本当は優しいのだろうか。












ふとこぼれ落ちた雫のような疑問が波紋となり、心の水面を揺らす。










近い未来、死を予期し覚悟する者、
恐怖と不安に心を押し潰されそうな者、
何を考えているか見当もつかない者。







それぞれの思いを巡らせ、
長く重苦しい時間を経て車が止まったのは寂びれた施設の前だった。















“ ひまわり育成園  ”








そこは征史郎が育った場所。















“ 故郷 ”




ここを出た者の中には、そう言って懐かしむ者もあるだろう。




しかし征史郎にとって、この場所はそういった温かく甘やかな存在ではない。


むしろここにくるのは、極力避けたいとさえ思っていた。











ひまわり愛育園にいる子供たちは相変わらず飢えた目をしている。







一縷の希望かただの好奇心か。

施設の前に車が止まると子供たちは直ちに窓辺に集まり、車内から降りてくる人間の様子をじっと見ている。



その眼差しは、決してキラキラと輝かせる子供のそれではない。




幼さに不釣合いな、己を不幸に貶めた大人達への不信感と他人への嫉み、羨望。






両親の顔も知らない子供たちが、自分を迎えにきたのではないか。

違うとわかっていても心を落ち着けない様子でいる姿は、見る者の胸を締めつける。






征史郎は自分もまた幼い頃はその中の一人であった光景が浮かんだが、瞬時に頭の奥を拭った。








薄汚くカビ臭い廊下や、穴だらけの職員室の扉も、


それぞれにまつわる思い出が征史郎の心を限りなく不快で億劫な気分にさせた。







幸い、すれ違う職員たちは、すっかりと垢抜け大人になった征史郎に気づきもしない。




貧相でひもじい少年の頃の面影は、征史郎にとって特に捨て去りたい物の一つだった。












園長室に入って行く小嶋と春斗と夕夏、そしてちふゆ。







ちふゆは瞬時に征史郎を見た。

つられて春斗や夕夏も征史郎を見る。





どの瞳も不安と恐怖に揺れていた。








征史郎はその瞳をしっかりと見つめ返し、無言で見送った。

































「  征史郎・・・・・・


   ごめんな・・・・・・・・・・・
 

   ・・・・・・・・・・ほんとにごめん・・・・・・・・・・・・・   」













どれほどの時刻が過ぎたのか、

湿気た木目の枠に挟まれたガラスの向こうで、すすり泣く声がした。





征史郎ははたと我に返る。




ガラス越しにのぞくと、
体の弱い夕夏を引き取れないと言っている施設側に対して、小嶋が無理にでも置いて行くと言い張っている所だった。










小嶋 「  それじゃあなんだ、施設が拒否するって言うのか?!


 

      お前らその為に国からたっぷり金もらってんだろうが!
    
      ガキの面倒ぐらい見るのなんかワケねえだろう!       」







小嶋は声を荒げて喚いた。


今にも目の前のテーブルをひっくり返しそうな怒りようだった。









ちふゆは春斗と夕夏を両手で抱え込み、

父親の怒りの飛び火が移らないように父と同じソファーの隅で息を殺して縮こまっていた。














施設の園長と職員は辟易した様子でなだめる事も忘れ、ただただ困惑しているだけだった。









小嶋「  とにかくガキは置いていくからなぁ   」










捨て台詞のように言い放ち、小嶋がそのまま園長室を出て行く。







取り残された春斗と夕夏はちふゆの胸で震えていた。















征史郎は、何の躊躇もなく施設の門を出て行く小嶋の背中を眺めていた。





自分の中にある、“ 父親像 ”という印象がいっこうによくならないのは、
自分がいまだにああいった連中しか見ていないからだ、と冷静に悟っている。
















施設の職員はすっかり困惑し、警察へ通報するか、

もし引き取るのであるなら夕夏だけを県外の、病院が運営する養護施設への編入手続きをとろうと話し合い始めた。














ちふゆは、抱え込む両手に力を込めた。


それにあわせて春斗や夕夏も、ちふゆの腕に小さな手でしがみついている。















廊下の窓際でその光景を見ていた征史郎の心に、ある少年の言葉が響く。







「  いつも見てる  」












「 ・・・・・・ごめんな、征史郎。



  ・・・オレもう、だめかもしれない・・・。



  お前は何も気にしないでいいんだ。

  オレなんか、こんな目にあったってしようがないヤツなんだから。     









    オレ、本当は知ってるよ。


   お前は、本当はすごくいいヤツだ。



  
   大人になったら、俺たちみたいな大人の奴隷みたいな子供を、

   一人でも助けてやってくれよ・・・        



   え?

   お前がやれって・・・?
   
   

  
   俺はもう・・・ダメだから・・・・・・


   お前が代わりにやってくれよな・・・・・・      」










        











「  いつも見てるよ、オレ。 お前のこと   」














征史郎は体の内側で、何か抑える事の出来ない念に駆られていた。









気がつけばすでにその扉を開けていた。













自分でも驚く。

迷いのないその心・言葉。














面倒くさい。


かかわりたくない。


傷つきたくない。


傷つけたくない。










いつもならそんな軽い感情で流せていた。






でも今は違う。


幼い自分の声が、ただひたすら戸惑っている自分に、語りかけているのがわかる。

そう。









かつては己の不幸の原因とし、閉じ込めていたけなげな声。















「   もう誰も、苦しめたくない   」









助けたい・・・?














征史郎の意識の中で、澄み切った想いが滾っていた。



想いは言葉となって口から発せられた。




















征史郎「 はいはいはい、撤回ね! 」















園長室にいた誰もが目を皿のように丸くして、言葉を失くした。













~第十七話へ続く~




君の帰る場所【第十五話】

テーマ:

君の帰る場所【登場人物】






主人公:堤 征史郎【つつみ・せいしろう】19歳 母親譲りの美しい外見とは裏腹に、極めて残忍な性格。

                              金銭に異様なまでの執着心を持つ。


暴力団員:石倉義光いしくら・よしみつ】 征史郎の尊敬する暴力団組員。

                          征史郎の本質を見抜き、その将来を見込んでいる。


ひたむきな少女・小嶋 ちふゆ【こじま・ちふゆ】15歳 弟妹想いのひたむきで明るい少女。


ちふゆの弟・小嶋 春斗こじま・はると】6歳 幼いながらも姉と妹に対する保護本能が強い。

                             征史郎を極端に嫌う。


ちふゆの妹・小嶋 夕夏【こじま・ゆうか】3歳 ちふゆを本当の母だと思いこんでいる。生まれつき体が弱い。


ちふゆの父・小嶋 一秋こじま・かずあき】34歳 酒色に溺れ自堕落な生活の果てに多額の借金を背負う。

                                子供達を捨てて蒸発する。







第十五話 ~真に強き者~








征史郎が百合香と金原が失踪した事を知ったのは、

夕夏の退院手続きを済ませ事務所に戻ってからだった。









石倉が険しい顔で、ソープランドの店長から聞いた事を伝える。









百合香の思ってもいなかった裏切りにも関わらず、

やけに平然としている征史郎に対して、石倉は疑問を抱いた。





石倉「 やけにあっけらかんとしてやがるな。てめえの女ぁ、奪られて腹が立たねえのか? 」





くわえていたタバコを指でつまみ、タバコで征史郎の面を指した。







征史郎は少しの間を置いた後、軽く微笑んで返した。






征史郎「 いや、どうでもいいす。


      女なんて。

      次のネタはもう、用意してありますし・・・ 」





石倉は呆れたとも感心するとも取れる声を上げた。




石倉「 ほえー!

    ・・・お前も変わったやつだぁなぁ・・・・・・・。

    オレだったら相手の野郎、地の果てまでも追い掛け回してやるんだけどな・・・。



    おおっ、そんなことより小嶋の件だけどよ。


    子供たちの面倒見られないから施設に入れるっつってるんだけど、
    あまりきっちりとした手続きが要らないとこがいいみてえでな。


    

    何せアイツ、
    過去に子供を施設に入れちゃあ引き取ったりして、国や役所の信用が全く無いらしい。


    比較的、規則がゆるめで融通が利きやすいところ・・・それに割と近場の方がいいなあ。
    
    お前さん、どっかいいとこ知らねえか? 」





石倉は何とも困ったような顔で、泣き疲れて眠る春斗を大事そうに抱きかかえるちふゆに視線を向けた。


ちふゆは征史郎の車で静かに座ってうつむいたままじっと待っている。

その姿は疲労を癒しているようにも見えた。








征史郎「 ・・・・・・いいとこかどうかはわからないすけど、

 
      一応、名ばかりの規則はあるが職員どもに金でも握らせとけば何でも協力してくれるところ

      ならあります。
 

      体罰やなんかでよくよく問題になってるところですけど  」








石倉「 そうか・・・

     小嶋の件は長丁場になると思うから、少々難アリでも文句は言えねえなぁ。


     じゃあ悪いけどよ。
     これから小嶋と子供らとそこ行って手続きするの見届けてきてくんねえか?


     小嶋はその後開放してもいいからよ。 」




征史郎「 ・・・石倉さんはどうするんすか? 」




石倉は自らの発言に笑いながら、少しおどけるように言い放った。



石倉「 おーおれかあ?
    
    俺ぁこれからちょっと組同士の野暮用でなぁ。
    これだから中間管理職ってやつぁいけねえな~。
    
    まさに貧乏暇なしってな。 


    ・・・ヘタしたらヘタする仕事が残っててな。

    今抜き差しならねえ状態でよぉ、ちょっと手ぇ離せねえんだ 」






征史郎は石倉の表情から、一寸の緊迫感を読み取った。



征史郎「 オレ、急いで戻ります。
      小嶋のガキの件が片付いたら、オレも連れてってください 」








石倉は驚いてすぐに笑顔で交わした後、征史郎に向けて言った。





石倉「 ・・・いや。お前さんはダメだ。別の仕事に行け 」










征史郎は石倉に近づき、もう一度言う。




征史郎「 ・・・必ず石倉さんの役に立ってみせます。 」















石倉は征史郎の右頬を左の手の甲で打った。

皮膚と皮膚とがぶつかる鈍い音が響き渡って、ちふゆは少し離れた車内から咄嗟に二人を見た。







征史郎は、乱れた前髪の間から石倉をじっと見つめたまま目をそらさなかった。






征史郎「 ・・・俺には、極道になってやらなきゃいけないことがあるんです。

      いまだに組長に会って貰えないのは、俺に実績が足りないからなんじゃないんすか?
  


      組には入れるならはなんでもします!指だって詰めてもいい。


      金だろうが誰かのタマだろうが、必要なものは何だってここに持ってきます。


      だからどうか、お願いします!! 」


※タマ=命のこと





征史郎は土下座をした。



石倉は目を細め、上着の中から拳銃を見せたかと思うと征史郎に突きつけた。





征史郎「 ・・・・・・・! 」



黒く禍々しい物が征史郎の死角に忍び込む。








石倉「 おい・・・


     勘違いするんじゃねえぞ・・・?

     

     金積んだら、肝がデカければ誰でもなれるもんじゃねえぞ、極道ってのはよ 」








征史郎は鼓動が早まって行くのがわかった。

額の辺りからひんやりとしたものが滲んでくる。







征史郎のみぞおちにすんなりと食い込む拳銃の先に、


石倉の凄まじい気迫と魂が込められていることを肉体全体で、意識の奥のさらにまた深い部分で理解した。











征史郎「 ・・・なんで・・・すか?

     
      なんで・・・ダメなんですか?!


      命なんて惜しくない・・・
      もとからこんな命だ・・・いつだって覚悟は出来てるのに・・・・・・ 」





一瞬の戸惑いはあったものの、征史郎もまた一歩も譲らなかった。





むしろその眼光は燻し銀のように鈍く、光り輝いていた。


ここで撃たれて死んでしまったとしても、何の未練も執念も無い。

本気でそう思っていた。








自分の命の重さは自分が決めるものだと、征史郎は常に考えてきた。













しばし二人が見詰め合う。



お互いがお互いの瞳の奥に入り込み、その心情を、魂を、一つ一つ探り合うかのように。



征史郎の瞳には執念が。

石倉の瞳には憐憫が宿っていた。












石倉はふっと鼻で笑って、征史郎の脇から銃を離してすぐさま上着の内側にしまい込んだ。







後味の悪そうに辺りを見ましながら、石倉は少し微笑んで上着の乱れを直した。










石倉「 どうやらお前、俺が思っている以上にバカみてえだなぁ。
    
    どういう縁なんだか、俺の若い頃にそっくりだ。




    こりゃあ、俺もある人からの受け売りなんだがな。

    

    ヤクザの世界ってのは、
    お前ら若いチンピラみてえに無鉄砲で恐怖心の無いヤツが行けば、一瞬で散るんだ。

    

    それはただの犬死にだ。

    それがカッコいいとでも思ってんのか?





    第一、どんな事情があるのかは知らねえが、戦争はお前の望みを果たす機会と場所じゃねえ

    ぞ。

    

    組の為・組長の為、仲間の為。確かにそういう兵隊は必要だ。とてつもない戦力になる。
    

    だが戦争ってのは、てめえの大事な人間の為にちゃんと帰る場所がある者が戦う方がいいん 

    だ。

    

    守る者がいる。



    たったそれだけで、そういう野郎の方が比べ物にならねえ程、強い。 」








石倉の目にわからないように、征史郎は肩をすくめ少しだけ心を軽くした。





征史郎「 ・・・・・・ 」






石倉「 ・・・実を言うとなぁ、オヤジの指示なんだ。

     お前を正式な組員にもせず騙し騙しでいたのも、連れていけないと言うのも。

     だからお前がどれだけ足掻こうと、文句言おうと、こればっかりはどうにもならねんだなぁ  」








征史郎は妙な顔で眉をひそめた。





征史郎「 な・・・どういうことすか。


      上は・・・組長は俺を何で・・・  」






石倉は征史郎の顔をまじまじと見つめ、何かと闘っているかのように何かを言いかけてはまた黙る。



確かに、組長に会いたいと口に出す度に、石倉には何度もはぐらかされてきた。




組の門の前でずっと土下座をし、
組長の出入りを狙って面会を懇願した時、数時間立ち上がれないほどに殴り倒してきたのもまた、この石倉だった。











征史郎の心に不信感が募る。










石倉「 今はまだ時じゃねえということだ。

     その時がきたら間違いなく嫌でもお前は理解することになる。


     今は黙って組長の命令に従え。いいな? 」









そう言って石倉は慌しく自分の車に乗り込み、征史郎の視界から去って行った。










征史郎は釈然としない気持ちのまま、

石倉に言われたとおり小嶋とちふゆと春斗と夕夏を乗せ、ある養護施設に向かった。







~第十六話へ続く~



君の帰る場所【第十四話】

テーマ:

君の帰る場所【登場人物】






主人公:堤 征史郎【つつみ・せいしろう】19歳 母親譲りの美しい外見とは裏腹に、極めて残忍な性格。

                              金銭に異様なまでの執着心を持つ。


暴力団員:石倉義光いしくら・よしみつ】 征史郎の尊敬する暴力団組員。

                          征史郎の本質を見抜き、その将来を見込んでいる。


ひたむきな少女・小嶋 ちふゆ【こじま・ちふゆ】15歳 弟妹想いのひたむきで明るい少女。


ちふゆの弟・小嶋 春斗こじま・はると】6歳 幼いながらも姉と妹に対する保護本能が強い。

                             征史郎を極端に嫌う。


ちふゆの妹・小嶋 夕夏【こじま・ゆうか】3歳 ちふゆを本当の母だと思いこんでいる。生まれつき体が弱い。


ちふゆの父・小嶋 一秋こじま・かずあき】34歳 酒色に溺れ自堕落な生活の果てに多額の借金を背負う。

                                子供達を捨てて蒸発する。







第十四話 ~一人ぼっちの闇~







暗闇にポツリと浮かぶ幼女の姿。


ライトを浴びているわけでもないのに、
何か煌々と浮かび上がるその姿には微かな不気味さを醸し出している。



寂しそうに人差し指をくわえ、半べそをかいてきょろきょろと見回しているのは夕夏だった。

その顔から見て今にも大泣きしそうだが、
子供なりに現状を把握しようと精一杯、周囲の情報収集に努めている事が見て取れる。


少し歩みを進め、立ち止まり背後を振り返る。

その繰り返しだった。



ちふゆは初めからそこにいて、

大声を出したいのにどれだけ振り絞っても声が出せない。

そんな不快な苛立ちと焦りに襲われていた。


事実としていつからそこにいたのかも、そして本当に声を出そうとしていたのかもわからない。

ただ、彼女はこれ以上夕夏を一人でいさせることが

極めて危険なことであるかのように思えてならなかった。







ちふゆ「  何を探しているの? 」












夕夏はちふゆに気づかない。








ちふゆ「  春斗!


       お姉ちゃんここにいるよ!  」







春斗は悲しそうな顔でたたずみ、じっと夕夏を見つめていた。










ちふゆの胸に耐え難い孤独感が押し寄せてくる。






心が苦しくなることはこれまでにあったが、

これほど悲しく、虚しい気持ちは初めてだった。






涙がほほを伝う。




すると余計に寂しさがこみ上げてくる。







どうして気づいてくれないの?







こんなに声を出しているのに。こんなに手を伸ばしているのに。








私はもういらないってことなの?












違うって言って。




誰でもいいから。お願いだから。







違うって。





こんな私でも生きていていいって言って・・・












ちふゆは額に玉のような汗をかき、助手席でうなされていた。

大粒の涙が後から後からと、腫れたこめかみに流れ伝う。

ちふゆの色を無くし、渇いた唇から時折漏れる言葉。




ちふゆ「 ・・・おねがい・・・違うって言って・・・・・・ 」










その言葉は征史郎の耳に重く、悲しく響く。


征史郎は見守る風でもなく、運転の合間、時々ちふゆの横顔を見ていた。








ちふゆはうっすらと目を明け、自分が泣いていることに気づいた。







征史郎の冷たい視線を感じてすぐに身を起こすが、

無防備な姿で眠ってしまっていた事を、心の奥で恥じた。









急いで涙を拭う時に腫れたこめかみに指が触れ、激痛が走り、ちふゆは強く息を吸う。








征史郎はチラリとその光景を目にして言う。









征史郎「 何が違う? 」








ちふゆはキョトンとした。

突然の質問は意味不明なものだった。







征史郎「  寝てるときに何度も「違うって言って」って言ってただろ。何が違うんだ  」











ちふゆは征史郎の顔を見て、ゆっくりと自分の口に手をあてがった。






ちふゆはしばらく黙って足元を見つめていたが、嗄れた声でおそるおそる言った。




ちふゆ「  そんなこと言ってたんですか・・・わたし・・・・・・・。
  
       ごめんなさい・・・・・・どんな夢だったか覚えてなくて・・・  」








そう言って、窓の外に視線を移す。

窓に映っているのはやつれた自分の姿だった。

ちふゆは嘘をついた。

夢の内容を征史郎に伝えるのは、あまりにも軽率だと思えた。







それに、こんな事は初めてじゃない。



それなのに。

なぜか、ちふゆは心が裸になっていくのを隠し切れないでいた。












ちふゆ「  すいませ・・・少しだけ泣いてもいいですか・・・?  」



言い終わる前にすでに涙は頬を伝っていた。







少しの間が空いて、征史郎はうなずいた。

すでにちふゆは泣いていたし、それを「いけない」、と言う理由もなかった。







「 いつも見てる 」





征史郎の中である少年の鳴き声がこだまする。



あの時封印したはずの、締め付けられるような切なさが蘇ってくる気がした。








ちふゆは両手で声を押し殺し、肩を震わせて泣いた。


痛むのは体じゃなかった。












ちふゆは、小嶋が実の父親じゃないことを幼い頃より知っていた。


確か、あの時母は淡々と言った。

その母の顔ももう思い出すのが難しい程、昔の事だが。





「  ええか、ちふゆ。
   
   あの人はアンタのほんまのお父ちゃんじゃないんやし、
   他人のあたしら親子が養ってもらうには絶対文句を言うたらあかんよ。

   辛い時こそ笑うんや。
   
   ちふゆとお母ちゃんとの約束な。  」




その言葉だけを言い残して、ちふゆが小1の時、母はちふゆの前から消えた。









以来、小嶋は人が変わったようにちふゆを厄介者扱いするようになった。



数ヶ月後、父が若い女と再婚する時、ちふゆは養護施設に預けられた。







その後間もなく春斗や夕夏が生まれ、小島の暴力に耐え切れなくなった母親が二人の子供を置いて出て行くと、子供達の面倒を見れなくなった小嶋は子守代わりにちふゆを引き取った。









それでも希望を見失わなかったちふゆは、

表向きは普通の元気な女子中学生に見えるよう、極めて明るく振舞った。

それは何よりも、弟や妹にまで寂しい思いをさせたくはないという強い想いがあったからだった。





ちふゆの努力もむなしく、父は仕事もせずに酒やスナックの女に溺れ、
ヤミ金融に手を出しては貢ぎ、麻雀や競馬・競艇などのギャンブルに明け暮れた。


挙句の果てには暴力団関係者の女に手を出す始末だった。





すっかりと理性をなくした小嶋がちふゆにはじめて手をかけようとしたのは

春斗と夕夏が小学校と保育園に入ってからだった。








制服が夏服に変わったばかりの頃、

雨に濡れて帰宅したちふゆを見る父親の目は血走っていた。

家に春斗と夕夏は近所の公園で遊んでいて部屋にいなかった。





雨に濡れた白い夏服のセーラー服には、ほんのりと下着の色が浮かび上がる。

後ずさりする娘をいきなり押し倒し、荒々しく胸を触ろうとする父。





ちふゆ「  お父さんやめて!なにするの!!?  」


ちふゆは必死に足をばたつかせ、父親の腹部を力いっぱい蹴り上げた。




小嶋は激昂し、ちふゆの髪を掴むと畳の地面に引きずり回してちふゆの抵抗を防いだ。





体をうつぶせに押し付けられ、背後で父の手が下半身をまさぐるのがわかった。

完全に萎縮し、体が言う事を聞かなくなった瞬間。





春斗と夕夏が帰宅し、ちふゆは救われた。







ちふゆの脳裏に焼きついた父親の形相。

そして、太くて短いざらざらとした指の感触。






血縁関係はないとはいえ、

父親に自分が女として見られている恐怖に震える日々。

ちふゆは気が狂いそうだった。








何度も自殺を考えた。



だが、春斗や夕夏を遺してはいけなかった。







ちふゆの葛藤をよそに、父親の暴力は日に日にエスカレートしていく。







今でも折れたままのちふゆの両足の小指は、他でもない父が折ったものだった。


春斗を殴ろうとしている父親から弟を庇った時、逆上した父が病院にいかずに済む程度の苦痛を与えようと、ちふゆの両足の小指を故意に折った。







病院にいく金もない為に、激痛に耐えながら誰にも話さず普段どおりに演じて生活した。


だがさすがに体育や運動は出来なくなり、ちふゆはそれまで頑張っていたバレー部の部活をやめた。






親友の笑にも、こんなことまでは話していない。

話したい、と思うことはあったが口から出るのは強がりばかりだった。


ちふゆは人に心配される事を、何よりも恐れた。

母がいつか、帰ってきてくれるのではないか。

そんな気持ちを抱いて、これまで頑張ってきた。

約束を破ると、二度と母が帰ってこない気がした。

仮に人に話したとして、必ず涙は止まらなくなり相手に頼ってしまう。

そうなればもう、母との約束を果たせなくなる。





だから常に笑顔でいる事。





母との約束を守るためにも、

誰にも思いを打ち明けられないまま、ここまで来た。







限界があることは知っている。


当の昔からそれに近いものはずっと乗り越えてきた。





かといってその限界を自分で決めてしまった時、その先がどうなるのか恐ろしくてたまらないのだ。





路頭に迷うのは自分だけではない。


わかっているからこそ、自分の意思を持てない。






春斗は?夕夏は?








ちふゆはもうずっと子供の頃から、先の見えない不安と闘っていた。









ちふゆの心はやつれ、どこに向けていいのかわからない憎しみと、怒りと、悲しみが常に潜んでいた。








~第十五話へつづく~


君の帰る場所【第十三話】

テーマ:

君の帰る場所【登場人物】






主人公:堤 征史郎【つつみ・せいしろう】19歳 母親譲りの美しい外見とは裏腹に、極めて残忍な性格。

                              金銭に異様なまでの執着心を持つ。


暴力団員:石倉義光いしくら・よしみつ】 征史郎の尊敬する暴力団組員。

                          征史郎の本質を見抜き、その将来を見込んでいる。


ひたむきな少女・小嶋 ちふゆ【こじま・ちふゆ】15歳 弟妹想いのひたむきで明るい少女。


ちふゆの弟・小嶋 春斗こじま・はると】6歳 幼いながらも姉と妹に対する保護本能が強い。

                             征史郎を極端に嫌う。


ちふゆの妹・小嶋 夕夏【こじま・ゆうか】3歳 ちふゆを本当の母だと思いこんでいる。生まれつき体が弱い。


ちふゆの父・小嶋 一秋こじま・かずあき】34歳 酒色に溺れ自堕落な生活の果てに多額の借金を背負う。

                                子供達を捨てて蒸発する。











第十三話 ~見えない傷~









石倉は失望の念を込めて言い放つ。





石倉「 征史郎、この野郎はほんとにどうしようもねえクズだぞ 」










小嶋とちふゆ・春斗の3人をワンボックスの黒い車に乗せたまま、

車の外で石倉は憤りも甚だしいようにそう言った。









煙草の煙が、征史郎の鼻先で漂う。










征史郎の発した息で一瞬にして散っていく。








征史郎「 ・・・どういうことですか 」








石倉は靴のつま先で小石を蹴る動作をしながら、煙草を煙たそうにつまんで濃煙を深く吐いた。






石倉「 ・・・娘を担保に、追加で融資を受ける気だとよ。 」









征史郎はこの事態を、予想していた。



ただ、朝のちふゆと春斗の不可解な態度がいつまでも意識に残り、不本意にも征史郎の疑問を掻き立てている。








征史郎「 担保って・・・あいつ中3ですよ 」








石倉は先の短くなった煙草をさらに吸い続けた。


そして、どこかやるせなさそうに、繰り返しやたら濃い煙を吐き続ける。









石倉「 お前がよく知ってるだろ。


     まだ未成熟な女を換金する方法なんて、この世界には腐るほどある。

     お前が手前のオンナを売り飛ばすより簡単なこった 」





石倉の目が不幸な女たちを哀れんでいるようだった。

その純粋な眼差しに、

征史郎は事態の重みを感じた。


















その時だった。



甲高い、
絹を裂くような、

しかし篭った悲鳴が二人の耳に届いた。
























小嶋と子供たちが乗っている車内を征史郎がのぞいた時、

ちふゆは後部座席で耳を押さえ、顔を隠すようにしてうずくまっていた。





がくがくと震えるその手は赤紫色に変色している。












征史郎「 おい、何をしてる?! 」










初めて見る小嶋という男は、げっそりと頬のこけた貧相な男だった。


生気のかけらもない亡霊のような表情。


額に張り付くように伸びた前髪の間から、
爬虫類のようなねっとりとした視線を投げてやたらと気味の悪い薄笑いを浮かべている。














石倉「 お嬢ちゃん、平気か? 」












石倉と征史郎はちふゆに目をやった。









ちふゆはガタガタと震え、顔を上げようとはしない。

その耳元から、何か薄く赤い液体が流れ出ている。









征史郎はちふゆの姿に場違いな懐かしさを覚えた。










春斗「 うわあああああん 」


春斗は脅えきった様子で、ちふゆの背中をさすって震えながら泣いていた。









石倉は春斗の体を引き寄せ、抱き上げた。


春斗は石倉の腕の中で、壊れたように泣いた。










征史郎はちふゆの体を起こし、素早く車から降ろした。


征史郎がその肩を掴んで起こした瞬間、ちふゆはその身を鉄のように硬くした。

ちふゆの白い左のこめかみから耳にかけて赤紫色に膨れ上がり、耳に至っては2倍程に腫れあがっていた。









征史郎「 ・・・おい、大丈夫か 」


征史郎は冷静に問いかける。

ちふゆの肩を掴む無意識なその指には、緊張と不自然な力が込められていた。














石倉は春斗を抱いたまま車内に残った小嶋を怒鳴り散らしている。












ちふゆ「 ・・・・・・ 」



ちふゆは硬く目を閉じ、冷静になろうと努力した。

渇いた唇が目に見えるように震え、歯と歯がぶつかる音が聞こえる。


車から漏れる春斗の泣き声と混じっていた。












征史郎「 ・・・なんで殴られた 」









ちふゆは古い唾を飲み、ほんの少し息を整えた。


うまくいけばそのまま気持ちを落ち着かせよう、そう思った。








ちふゆは何とか奮起して征史郎を見上げる。


だが少女の瞳に映った征史郎の目は、信じられないほどに澄んでいた。

かつての言動が架空のように思える。












ちふゆは驚きと衝動に堪えるのに必死だった。
















ちふゆ「 ・・・夏を・・・ 」


征史郎が覗き込んだちふゆの目に涙が滲む。










ちふゆ「 今すぐ夕夏を病院から連れてこいって・・・ 」

  




言い終わるか終わらないかのうちに、ちふゆは声をのどに詰まらせた。








一度崩れた壁は、もう一度組み立てるのに時間がかかる。

一瞬の気弱のせいで、これまでの努力が無駄になる気がした。






だが、ちふゆはあふれる涙を止める方法を知らない。

あとは何も考えられなくなった。
それは放棄に酷似した諦めというものだった。







ただ、心に任せて苦しそうにむせび泣いた。それしか痛みを治す術を知らなかった。












征史郎はこのとき初めて本当のちふゆの姿を見た。










征史郎がちふゆをまじまじと見つめると、


その顔の皮膚に石倉に負けずとも劣らない夥しいほどの古傷がある。








髪が乱れて露になった額の傷。
病院で縫合しなければならないような大きいもの。








ちふゆはうまく言葉を話せない事に焦りながらも、悲痛な細い泣き声を押し殺して泣いていた。



征史郎の目には、ちふゆが自分の呼吸すらも許さないように見えた。














征史郎は掴んでいたちふゆの肩から手を離し、車内にいる石倉と小嶋のところへ歩み寄る。

















石倉「 征史郎、こいつぁほんとにどうにもならんぞ 」


石倉は春斗を後部座席に座らせ、車の外で小嶋を詰問していた。









征史郎の顔つきは何も変わらなかった。












しかしその表情の内側では凍てつくような黒い怒りが蠢いていた。










~第十四話へ続く~