牛山馬男のぶらぶらブログ

牛よりもさらに遅く。馬よりもなおアダージョに。お隣の森の中でぶらぶらと。水底から星を見上げる。PAKKA PAKKA POKKA POKKE


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 昨夜34歳の若さで亡くなった小林麻央さんが、最後に夫の市川海老蔵さんに最後にかけた言葉が、

 

「愛している」だったという記事を読んだ時、胸が張り裂けるような感情にとらわれた。

 

 

 確かに、小林麻央さんは、夫の海老蔵さんを深く愛していたのだろう。二人は何度も何度もその愛を確

 

かめてきたはずだが、やはり最後に「愛している」と告げたい思いにかられたことに、他人事とはいえ、言

 

葉にならない何かを感じる。むろん私は小林麻央さんがどんな気持ちだったのかはわからないのだが、

 

絶命する瞬間に、最後に信頼する夫に、もう一度最後の愛の気持ちを伝える女性を何と表現すればい

 

いのか、人間の究極の感情表現だったのだろう。

 

 

 海老蔵さんが小林麻央さんに出会わなければ、どんな人生を送っていただろう?海老蔵さんが結婚相

 

手として他の女性を選んでいたら、どんな人生になっていただろう?こういう発想そのものが愛というも

 

のからかけ離れていると言わなければならない。愛というものは、「選択」というものと無関係だからだ。

 

もう少し言えば、「条件による選択」とは相いれないものだからだ。

 

 

 母親は、自分の子どもが可愛いとか、才能があるとかそういう条件付けのもとで愛するわけではない。

 

ただ無条件に自分の子どもだから愛するのだ。同様に本当に男性と女性の間に愛という名にあたいする

 

愛が成立している時には、その美貌だとか才能だとか社会的地位だとか経済的な豊かさだとか、そうい

 

うそのありのままの人間の価値以外の条件に左右されることはない。岡本太郎が言うように、「恋愛とは

 

まったくの無条件」なのだ。

 

 

 海老蔵さんと小林麻央さんの関係がそういうものだったかどうかはわからない。最初は別のものだった

 

のかもしれない。お互いに外面的な価値や条件で、「釣り合う」という計算があったのかもしれない。た

 

だ、お互いが生活をする中でもっとお互いを知り、お互いの美質や欠点を認めて、それをも愛する中で、

 

「条件を選択する」という要素は次第に消えて、純度の高い夫婦愛へと変わっていったのだろう。

 

 

 そうなった理由は、やはり小林麻央さんが癌という病気にかかり、死の側から自分の生を見つめるよう

 

になったからだろう。たぶん遠からずやってくる死という絶対的な現実に向かい合った時、小林麻央さん

 

にできることは、残された限られた時間の中で、夫や子供や見知らぬ人たちに、何か美しいものを、ギフ

 

トすることだった。全く無条件のギフト。その豊かさの中で、海老蔵さんは変わっていったに違いない。

 

 

 フランスの哲学者アランはこんなことを言っている。

 

「しかし、選ぶとか拒むというような考えは、この模範的な愛(母の愛)には起こりえない。ここには恋する

 

者の学ぶべき何かがある。つまり、(恋の場合は)選択が多すぎるということだ。なぜならば、人々は気に

 

入るものを選ぶことができるからである。しかし、これは愛することではない。それどころか選ぶことでさ

 

えもない。なぜなら、ここでは出会いがすべてを決定するのだから。これに反して、自分の気に入ろうと入

 

るまいと、愛することを選び取るものは、自分自身の底から選ぶのであり、すべての運命を免れるのであ

 

る。ここに偉大な観念があるが、これはあまりに知られていない。つまり、精神はあれを選ぶかこれを選

 

ぶかという点で自由なのではなく、かえって、他の運を望まぬことによって自然の事実から自由を作り出

 

すであろう、という観念である。これによって、どのような運でもそれとして最上のものになる」

 

                                (アラン  「思想と年齢」より)

 

 

 死という絶対的な避けられない現実は、小林麻央さんにとって、もはや選択の余地のないものになって

 

いった。もはや、生き延びるという運は望まない、死を避けがたいものとして受け入れようとしたとき、む

 

しろ小林麻央さんの内面は自由になった。ただただ周囲の人間にギフトを送ろうという純粋な愛情で満た

 

される感謝の気持ちで過ごせるようになったのだろう。

 

 死の間際、愛する夫に、「愛している」と告げずにいられなかった、小林麻央さんの愛にはたぶん第三

 

者には測り知れない色々な愛が含まれているように思う。ご冥福を祈りたい。

 

 

 「メメントモリ」。死を想え。死を想うことが、生と愛を想うことにつながる人間の心の偉大さを感じる。

 


 

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            薔薇の内部・・・・・ライナー・マリア・リルケ

 

 

 

どこにこのような内部を包む

 

外部があるだろう。どのような傷に

 

この柔らかな亜麻布はのせるのだろう。

 

この憂い知らぬ

 

咲ききった薔薇の花の

 

内海にはどこのそらが

 

映っているのだろう、ごらん、

 

薔薇はただそっと

 

はなびらと花びらを触れ合わし

 

今にもだれかの震える手に崩されることなど知らぬかのよう。

 

花はもうわれとわが身が

 

支え切れぬ。多くの花は

 

ゆたかさあまって

 

内から溢れ、

 

限りない夏の日々の中へ流れ入る。

 

次第次第にその日々がみちた輪を閉じて、

 

ついに夏全体が一つの部屋、夢の中の

 

部屋となるまで。

 

                   (高安国世  訳)

 

 

 

 

驚くべきことに

 

このゆたかな静けさで満たされた

 

神聖な夏の部屋に

 

無数のクソバエどもが

 

人間のような二重言語を使って

 

ブンブンと唸りながら

 

ダンスをしていたのだ!

 

そこはまた真の言葉を自ら捨てた

 

進んで唖になったものどもの住処

 

 

クソバエはクソバエにひれ伏す

 

クソバエはクソバエの奴隷だ

 

クソバエはクソバエに恋をする

 

クソバエは民主主義が大好きだ

 

クソバエはにこやかに笑いながら正義を語る

 

がんばれ!クソバエども!自ら川に飛び込んで破滅するまで

 

 

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汚い言葉で読むと気分悪いでしょうが、これくらいの言葉を使いたい気分なので。ご容赦を・・・・

 

 

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 9日に自宅近くのかなり大掛かりな電線工事の様子を見て、ふと不審に思い、自転車で通り過ぎた

 

の引き返して、スマホで写真に撮って、10日にツイートした。

 

 4年くらい前にずいぶんこいうことがあって、証拠写真?を撮りまくっては、NHKのニュースウオッチ9

 

当てに送った。NHKは無反応だった。

 

 

  NHKの反応と言えば、女子アナにピンクの服装をさせること、男性アナがピンクのネクタイを付けて、

 

不快感を示すこと。公共放送が公共の電波を使って行う行為としてはあり得ない行為なのだが、私がN

 

HKに対して批判的な記事を書いたりすると、ある日のすべての女子アナの服がピンクになったりするこ

 

とがあった。これは妄想ではない・・・・

 

 

  この記事は、4年半前、ついに神経がプッツンして書いたものだが、今日の朝の「おはよう日本」に続

 

き、ニュース7の鈴木菜穂子アナのピンクを見て、4年半前と似たような気持ちになった。まあ、先週の9

 

日のニュースウオッチ9の桑子真帆アナの傲岸不遜な精神構造を見て、この人も広島にいた頃はワラッ

 

チャオなどに出ていい性格だったのに、さすがにニュースウオッチ9のキャスターになるとこうなってくる

 

のか・・・・と残念に思っていたのだが、満月だったので気合が入っていたのだろう。「私がNHKを守るん

 

だ」という気迫みたいなものが表情に出ていた。彼女も今日はスーツの中はピンクのボーダーだ。

 

 私の見たところ、鈴木菜穂子アナの怒りは、どうも私が個人攻撃をしているようで許せない、と言うこと

 

らしい。何らかの責任は感じているのだが、同僚のせいにはして欲しくないという個人的な感情に支配さ

 

れているように見えた。問題の本質はそういうことではないのだが、女性の気持ちとしてはわかる。

 

 

 ともあれ、5年も前から言っているように、NHKが取材に来ていれば、未だに延々と同じ状態が続いて

 

いるということはなかったのは確かだ。結局、警察機関でも中央の警視庁は安泰で、その命令下にある

 

茨城県警が大変な思いをしなければならないという、中央の歪みをすべて地方が引き受けるという構造

 

は、原発問題と同じなのだ。東京にいるとそういう構造に無関心になるのはやむを得ない。

 

 

 2010年の8月にニュースウオッチ9で、かつての特高警察の警察官が自身の過去を振り返って懺悔

 

するという、かなり思い切った番組を作った時、何とデジタルテレビがハッキングされて、映らなくなったと

 

いう異様な経験があった。以前も書いたがこちらの記事

 

 この時は、あさイチの柳澤秀夫解説委員と話したいとFAXをNHKに送ったのだが、広報の人間が電話

 

してきて、水戸放送局に連絡して欲しいと、地方の問題として処理しようとした。デジタルテレビのハッキ

 

ングなど地方の放送局の技術力では調べようもないのにだ。もう、9年近くも前にこんな事態が起こって

 

いたのだ。さっさとレコーダーを持って行って調べていれば、ネットにおける「監視」の問題ももっと早く関

 

心を引いていただろう。当然、共謀罪に関してももっと違った切り口で批判できたはずだ。

 

  

 国民のプライバシーや基本的人権を長期的な観点から考えることより、まず自身の組織の保身を優

 

先させる。国民の受信料で成り立っているのだから、国民の権利や自由を守るためには、どんな圧力を

 

受けても国民の利益になることを報道すること、それが公共放送の義務であり使命だろう。

 

 

 私は別にNHKが嫌いなわけではなく、95%はNHKを見ている人間であるから、無理だとわかってい

 

ても言わざるを得ない。

 

 

「ジャーナリズムとは、報じられたくないことを報じるこ

とだ。それ以外のものは広報に過ぎない」

             (ジョージ・オーウェル)
 
 

 

 

 

 

 9日に工事をしていった茨城電設の車は、今日お昼前に3日前と全く同じ場所にやってきて、また

 

元に戻したのか、別の形に変えたのか、とにかく工事のお兄さんたちが動揺しているようで気の毒

 

だった。誰もこんな面倒なことには関わりたくないのだ。私もそうだ。

 

 

 本当は安倍政権と警察権力を批判しなければいけないのに、NHKを批判している。それだけ親しみを

 

感じている裏返しの反感ではあるのだが・・・・報じられたくないことを報じる仕事、それは私がやるべき仕

 

事じゃない。君たちがやらねばならない仕事なんだ!

 

 

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今日、「共謀罪法案」が、自公維新の賛成多数で、衆議院を通過した。

 

この法案への反対運動は特定秘密保護法や安保法案の時のように盛り上がらない。

 

それは、国家権力による、「監視」という問題が実感を持って感じられないというのが一つの理由として

 

考えられる。NHKの報道などを見ていても、自分たちの報道の自由の問題などに直接関わってくる可能

 

性が高いのに、他人事のような報道姿勢が続き、共謀罪が持つ危険性を本気で掘り下げ、報道しようと

 

する真剣さが感じられない。本来なら、NHKスペシャルで特集番組を組むなり、一般市民と有識者を交

 

えた、討論形式の番組でも作るべきだろう。

 

 

 下の記事は、3年半ほど前に書いた記事である。3年半前に危惧していた状況が現実のものになっ

 

てしまった。ジャーナリストでもない一ブロガーでもこのくらいのことは考えられるのだから、この世界で

 

飯を食っている人間、職業上、監視社会に関し、警告することを要請されている人たちの責任は重たい。

 

はっきり言ってあまりにも怠慢かつ甘いのだ。

 

 

 この間、エドワード・スノーデン自身が出演する、「シチズンフォー」や、「スノーデン」などの映画も上演

 

されたし、ジャーナリストは組織に所属するかフリーであるかに関わらず、この問題について深く考える

 

機会はたくさんあったのに、このざまである。自らに直接かかわって来た時にはもう遅いのだが、真剣な

 

危機感にあまりにも乏しい、というのが現実だ。共謀罪は成立するだろう。そして、何かの機会でその牙

 

を剥き出すだろう。


 

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 二日続けて、舞台における「時間」を考えさせられる、素晴らしい舞台を観た。

 

 

 まずは両国のシアターⅩでの、勅使河原三郎と佐東利穂子による、デュオのダンスの「トリスタンとイゾ

 

ルデ」。これは本当に奇跡的な舞台で観終わって、あまりの感動にしばらく呆然としていた。

 

 ほとんどの観客も言葉を失った感じで、延々と熱い拍手が続いた。長いダンスとの格闘の末に、勅使

 

河原三郎は本当に深い部分で確信できる境地に到達しているように見えた。

 

 

 勅使河原はこう書いている。

 

 

「冷たすぎる夜、熱すぎる感情、音楽の背後の深い沈黙、引き裂かれる闇、原作にある不可能な愛、死、

 

人間への郷愁という秘密の刻印を、私は全身に焼き付けらえた感覚を否定できません。前奏曲「愛の

 

死」から始まる音楽が、悲劇的陶酔によって身も心も奪い取る。その時、私は無限循環という死と生の理

 

想をダンスにしたいと強く願っていました。つまり私にとりまして、死と生の無限循環こそがひとつの理想

 

で、そっぽを向きながら、公演実現の機会を虎視眈々と狙ってもいたのです」

 

 

  ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」は凄い音楽だ。この音楽にある、愛の陶酔、果てしなく高まって

 

いく愛の感情、ただただ愛する人と融合したいという狂おしいまでの情熱は、確かに死と隣り合わせであ

 

り、死へと向かっていくものだ。愛する人と融合できるなら、もう死んでもいいという強烈な心情をどこまで

 

表現できるか?しかもそれは人間の精神の最も暗い部分とつながっていて、暗黒の森が背後にひかえ

 

ているのだ。

 

 

 私には愛する女性がいるので、この狂おしいまでの愛が、舞台空間で炸裂している様を見ていて、もう

 

頭がおかしくなりそうだった。この恋人たちの情熱がよくわかるのだ。愛することの不可能性。どこまでも

 

うねりながら無限に不可能の愛に向かって、己を投じる。己を焼き尽くす。愛のための自己放棄・・・・・・

 

 

  勅使河原はこうも言う。

 

 

「絶え間ない自問自答から逃げず、不条理や不可能性が共通の友人で、自分から離れた我として呼吸

 

する身体を躍らせる時、 新しいも古いもない、これしかないダンスが生まれるのです。私たち仲間は、そ

 

のようにダンスを語ることができます。目の前にある{時刻}にすべてを投げ出す覚悟、それは私たちの

 

{ダンスのとき}であり、{トリスタンとイゾルデ}が与えてくれる貴重な{生}であります。{死}が透けて見え

 

るような、真水のような{時}といってよいのかもしれません」

 

 

 もちろんダンス的なテクニックは重要だ。技術なしでトリスタンとイゾルデを踊ることなどできない。

 

しかし、最も重要なのは目の前にある瞬間に、自分のすべてを投げ出す覚悟なのだ。観ていると勅使河

 

原がこういう姿勢で普段から生きていることがはっきりと見える。そこから何もない舞台空間に、真の生

 

命的な時間が生まれてくるのだ。勅使河原はそれを「真水のような時」と表現しているが、まさに純粋無

 

垢でキラキラと輝く時間が身体を通じて生成していく。こういう時間は身体があるから生まれるのだが、

 

そのメカニズムは一種の謎としか言いようがない。ただ、真に優れたダンサーが空間に我を明け渡すと

 

き、そこには言いようのない輝きを持つ生命的な時間が生まれる。観ている人は、そこに生と死が混然

 

一体になって、生まれては消え、消えては生まれていく様を体験する。

 

 

 観ていて、歓喜と苦しみが交互にやってきて、思わず泣きそうになったが、至福の舞台だった。

 

ただただ愛する人といっしょに観られなかったのが残念だった。

 

 

 

 

 劇場の外では、両国の江戸を蘇らせる春の伝統祭りというのをやっていて、人々で賑わい、様々な催し

 

をやっている。その賑やかな明るさが、私の中の満たされない孤独な熱情をヒリヒリと意識させた。

 

 四月の終わりとは思えないような冬のような澄んだ光の中をダンスの感動と吐き出し口のない恋慕の

 

情を抱えて、影法師のように駅に向かった。

 

 イゾルデはいずこ?

 

 

 

 

 

 

 

 

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 一ヵ月以上も記事を更新しなかった。それなのにペタを付けてくださる方々にありがとうと言いたい。

 

書かなかった理由はない。ただずっと心身の状態があまり良くなく、書く気が起らなかった。

 

書くと嘘くさいことを書きそうな気がして用心していたのも事実だ。

 

 

「哲学の日」?哲学しているのは、いわゆる哲学者や哲学学者だけではない。

 

電車の通らないような山村の老婆も深く、生きることや愛することについて哲学している。

 

そういう老婆は腰が曲がっていても、後光が差すような叡智に溢れている。

 

プラトンやニーチェやヴィッドゲンシュタインや荘子を手に取ったことがなくても哲学者は哲学者だ。

 

 

最近、手に取った、「ギリシャ悲劇名言集」にこんな言葉があった。

 

「あらゆるものの中で女が一番てごわい」

 

三大悲劇詩人の一人、エウリピデスの言葉らしいが、まさにそう思う。心底そう思うようになった。

 

頭でわかっているのと、身体感覚で、身に沁みてわかるのとは違う。

 

身に沁みてそう思うようになった。

 

私以外にもそう思う、特に手強い奥さんを持つ男性は多いだろうが、まさに、「あらゆるもののなかで

 

女が一番手ごわい」のだ。

 

 

これに反対の劇作家の台詞がある。

 

シェークスピアの「ハムレット」の中の台詞だ。

 

「心弱きもの、おまえの名は女!」

 

これもまたある意味で深く真実を突いている。こういわれてむしろハッとするのは女性の方かもしれな

 

い。女性特有の弱さや狡さ、あるいは虚栄心などは女性自身の方が深く理解しているだろう。

 

 

まさにこの女の「手ごわさと弱さ」、そして美しさや優しさや豊かさが男を悩ませるのだ。男を真の哲学者

 

に成長させるのは、抽象的な論理よりも、女を愛することから始まるように思う。男とは異次元の「手ごわ

 

さと弱さ」を理解し、愛することは男を間違いなく哲学者にする。哲学史に残ることはなくとも・・・・

 

 

 

 

 

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精霊?

 

いるでしょうね!いたるところに・・・・

 

見えていた時期もあったんだけど(笑)。20代の前半くらいは観えていた。

 

ランボーのイリュミナシオンにある、「精霊」Génieが学生時代は大好きだった。

 

 

             精霊   Génie

 

 

 彼は愛情だ、現在だ、泡立つ冬にも夏のざわめきにもその家を開け放ったじゃないか、彼は

 

飲み物を、食べ物を、浄めたのだ、かれは、逃れ行く場所の魅惑だ、停止状態の超人的な歓

 

喜なのだ。彼は愛情だ、未来だ、力だ、愛だ、おれたちは、狂熱と倦怠のうちに立ったまま、そ

 

れが、嵐の空を、恍惚とはためく旗に囲まれて、過ぎていくのを眺めるのだ。

 

 彼は愛だ、再び発明された完璧な尺度であり思いも及ばなかった驚くべき理智である愛な

 

のだ。そしてまた、永遠だ、つまり、もって生まれた数々の資質によって愛されている機械なの

 

だ・・・・・

 

 

  久しぶりに読んでみたが、やはり凄い!これを10代で書いちまったら、馬鹿々々しくって文

 

学なんかやってられないだろうな。それくらいモノが違う。不可視のものをここまで力動感溢れ

 

る言語にできるというのは天才技としか言いようがない。

 

 

 

 

 精霊は、こういう場所にいるんだよ。タイの映像作家、アピチャッポン・ヴィーラセクタンの写

 

真。森の精霊がひそやかに語りかける場所・・・・・たぶん、私の精霊たちは夢の中でメッセー

 

ジを送ってくれている。下は東京都写真美術館でのアピチャッポン・ヴィーラセクタン展での写

 

真。精霊的な感覚と強い政治性を兼ね備えた、素晴らしい展覧会だった。

 

 

 

 

 全く話は代わるが、私の北海道の友人が、ワールドメイトという宗教団体に入っていて、その

 

団体の教祖の深見東洲氏の本を何冊か送って来た。そこに守護霊とつながれる呪文、パ

 

ワーコールというのが載っていて、例えば、恋している好きな女性と結ばれたい時は、「センテ

 

ンナム フル ホビル」と何度も唱えるといいと言う。また、「ハルチ ウムチ ツヅチ」と唱える

 

のも効くという。本当かな?ものは試しだ。やってみよう。ちなみにこの北海道の友人は、自称

 

性欲大魔神というのだが、結婚まで童貞を貫く、とかつて宣言して、周囲を笑わせた。

 

 

 まだ独身だから、童貞なのだろうな・・・・・童貞と精霊、何か関係はあるかな?宮沢賢治は、

 

童貞だっから精霊が見えたんじゃないのかな?今朝、「イートハーボ農学校の春」という童話

 

を読んであまりの天才ぶりに驚倒した。ランボーや宮沢賢治みたいな才能は、この俗社会に

 

は居場所はないんだろうな。人間のくせに精霊みたいな奴らなんだから・・・

 

 

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精霊の存在、信じる?

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君のこと、オリーブみたないな女だって、ダチが言っていた

 

すっかり忘れてたのに何で今朝の夢に裸で出てきた?

 

今の俺はBARABARAポパイ

 

頭のてっぺんから爪先までBARABARAの気分

 

 

 

オリーブよ、君のこと忘れていたよ

 

真冬の横浜中華街まで何度も探しに行ったけな

 

君がテキーラあおりまくってべろんべろんになっている噂を聞いて

 

何で自分に正直にならないんだろうって不思議だったよ

 

 

 

最低の詩を書いている

 

まったく言葉が出てこないんだ

 

オリーブよ、なんで俺の夢を荒らすんだ?

 

俺の唯一の保証された楽園を荒らしやがって

 

 

 

恋の嵐は耐えがたく春の嵐はさらに耐えがたい

 

オリーブよ、そんな細い裸を見せるなよ

 

そんな針金みたいな足でおぼつかなく突っ立つなよ

 

俺は今、BARABARAになったまま転がっている

 

 

 

オリーブよ、見掛け倒しの変装して出てきたな

 

オリーブよ、そんな色目で俺を見るなよ

 

オリーブよ、俺の中の愛の炎を燻ぶらせたいのか?

 

オリーブよ、何であの時、愛を告げなかったんだ?

 

 

 

そのトランジスタのような足で俺を蹴ってくれ

 

女の心底の意地でもって俺の頭をかち割ってくれ

 

オリーブよ、お前の後に三人も愛しちまったんだぜ!

 

オリーブよ、お前が最後の女じゃなかったんだぜ!

 

 

 

君の写真が何万枚も貼ってあるデパートの中で

 

バレンタインデーに会ったけなあ

 

君がデザインしたチョコの箱は

 

とんでもないブラックボックスだったよ

 

 

 

あそこから国家権力が飛び出してくるとはな!

 

君のデザインしたチョコの包装紙に国家権力も包まれていたわけだ

 

これっぽっちも予想しなかったよ

 

ただの5センチ四方の新聞広告で笑っていた君が

 

 

 

BARABARAポパイを恋で八つ裂きにして

 

BARABARAポパイをジェームズボンド寅さんにしちまって

 

何というか豚以下のトンマ野郎のちんぽこに

 

オクラホマ劇場の万国旗をぶら下げてさ

 

 

 

確かに酔っぱらいながらオクラホマミキサーを踊っているけど

 

君の確かな鑑定眼は忘れちゃいないさ、オリーブ

 

君の犯した罪も忘れちゃいないさ、オリーブ

 

素っ裸で夢に出てきてそんなに困惑していても

 

 

 

俺のBARABARAさ加減はしっかり見ていたよな

 

あの時モンゴルの草原を走る黒い馬のように逃げて行った君

 

星降る流星群のようにテレビの画面を引き裂いた君

 

その愛と偽善をもって俺をさらにBARABARAに壊してくれ

 

 

 

証拠づけられた正義漢の仮面をかぶって

 

今日も規則正しく不正は報道される

 

今日も礼儀正しく殺人は報道される

 

BARABARAはさらに野卑にあるいは高貴に

 

 

 

遠い星の軌道の中を彷徨っている

 

オリーブの記憶が作った円形の軌道をたどって

 

はるかな沈黙の雫がしたたるのを待っている

 

BARABARAにひび割れた唇の上に沈黙の闇がしたたっててくるのを

 

 

 

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 今日は、ひな祭り。5年前の茨城県桜川市の「真壁のひな祭り」に関する、連続した記事を

 

再度掲載させていただく。最初にここに行った時はこんな風に感じたんだと、今、読んでも懐

 

かしい。このモチ米を買ったお店には今回は行けなかったが、ご主人はまだ健在だろうか?

 

 北関東の地域の深みを体現する、「真壁のひな祭り」が今後も存続して欲しい。

 

 

 今回は5年前の三つの記事を再掲してみた。東京にはない、空間的な「奥」の質感を感じ

 

取って頂ければ嬉しい。全体的に、ひな祭りの記事が少ないように感じるのは、日本人の日

 

常生活の中で、ひな祭りの意味がどんどん少なくなっていることの証かもしれない。残念なこ

 

とだ。

 

 

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牛山馬男で入れるとこんな結果に・・・・全く国家権力にまで優しく親切にしてしまったおかげで
 
確かにストレスが溜まってるな。
 
 
  昨日は、久しぶりに真壁のひな祭りに行ったら、ちょうど待ち合わせの場所で来るかと思って
 
いていた女性が来なくて、到着したばかりのバスの上を赤いヘリが旋回。これには驚いた。数
 
時間真壁にいてヘリが飛んできたのはその時だけだったからね。盗聴、ハッキング、メールの
 
傍受、はてはNHK内にスパイまでいるのかと疑いたくなった。これは妄想ではないから怖い
 
です。なんだかなぁ・・・・
 
 
 家に戻ってPCを開いたら、Microsoft edgeが初期化?されていて、登録していたお気に入
 
りがすべて消えてしまうという怪奇現象・・・・予定通りいかないので警視庁公安部、頭に来た
 
んだろうなあ・・・・・来なかった彼女は賢かったね。
 
 
 Microsoft edgeに同じ現象が起きたのは、国会で共謀罪に関して突っ込んだ質問をした、民
 
進党の階猛衆議院議員と、山尾志桜里衆院議員のfacebookに共謀罪と監視社会に関して、
 
2月9日にコメントを書いた直後にも同様な現象が起きた。まあ、公安の「おとなしく黙って
 
ろ!」という一種の脅しなんだろう。階議員はコメントに丁寧な返事をくれて、勧めた、映画の
 
「スノーデン」もちゃんと見てくれた。誠実な人だ。
 
 
 
 
これに乗ってきたら、やばかったかも^^文春砲が炸裂したかもね。
 
下は花咲か爺さんですよ!このように老いて、衆生の人たちを祝福したいものじゃ。
 
 
 
 
神聖なお雛様。神聖で純粋な対関係、つまりカップルは、共同体と緊張関係にある、と私の尊
 
敬する日本倫理思想史の先生は教えてくれた。カップルが国家権力を揺るがせる、あるいは
 
脅威を与えるというのは、理屈に合っている。
 
 
 優しさ、親切心もほどほどにしないとね!殺されかねないね(笑)
 
これで、「共謀罪」を成立させようとしているんだから、本当に恐ろしい世の中だ。
 
NHKが共謀罪について特集を組まないのも恐ろしいけど・・・・・
 
やはり詩など書いている場合ではないのかな?
 
 
何かの時のために書いて残しておきます。
 
 
 
 
                                     ▼私を構成する成分は・・・
 
 
\あなたはなにでできている!?/
 
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