五月の薔薇-1  

 


 全身の「浮遊感」と気だるい痺れの中で、「」だけはカッと開けさせ

られている。

 「」の奥底から、「何者」かが「自分自身」を見透かしているような気

がして、靖子は思わず「吐き気」を催していた。


 アキラが随分小さく、自分の下に見えている。

だが、良く看ると、アキラに組み敷かれているのは、見覚えのある花柄

の衣服の「」である。

 アキラがゆっくりと膝を割り入れて、黒髪の流れる「その女」の下肢を

広げようとしていた。

 その「情景」の意味するところが、靖子にはまだ「了解」出来ていかない。


 時折、黒い靄のような物が、時折靖子の『視界』を遮って漂って来る。

 靖子の「脳髄は、看させようとする自分の内部からの「」と、それを

遮る「黒い靄」の間で、バランスを喪いかけていた・・・・


 このままでは、「自分」の心と身体はバラバラになってしまう。。。

そう幽かに気づいた瞬間、靖子の「身体」はクルリと反転すると、一気に

落下し始めて行った・・・・・

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風車-3  



 ぽたり、と雫が落ちて来たような気がした。


 洋介は、憑き物が落ちたように、枯れ枝の中で覚醒していた。

身体の冷えが自分の汗の性である事に気付くのに、いくらかの時間

が必要であった。


 「キンキン」と鳴るあの音は、掻き消えていた。。。


 それは、自分にとってだけでなく、行動を共にして来た者達や、「

の「洞窟」の二人を初めとした、この半島の総ての人々に深く関わる

大切な「物語」を、幽かな「記憶」としてしか思い出す事が出来ない事

を意味していた。

 

 だが、洋介には「解かって」いた。

これから自分が進むべき「」の先に、自分の追い求めて来たモノが

現出」しているに違いない事を!!


 軋むような身体の「強張り」をほぐすように、腕を上げて背伸びをする

と、ゆっくりと立ち上がった。


 汗の雫が、つぅ~と背筋を伝わると、洋介は思わず身震いをした。

それは、洋介の「決意」と、これから立ち向かう「洞穴」の二人の「世界

への「恐れ」から来ているのかも知れなかった。。。

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06石楠花-1  


 靖子の右手の中で、握り締めた「木像」がどんどん「」を帯びて

来ている。


 「奔流」となったアキラの化身が、靖子の下半身を凌駕しようとして

来る。思わず、膝をきつく閉じようとしたが、靖子の半身は濃密な液

体の中で別の生き物のように浮遊し始めた。


 冷たく重い「感覚」の中で、自分の意思が届かないもどかしさが、込

み上げて来る。


 焼きつくような痛みと共に、その手が溶けて、「木像」と一体になっ

てしまうのではないか、そう思った時、靖子の「感覚」は遠のいてい

った。。。


 やがて、靖子の身体はゆっくりと宙に浮き上がり、「洞穴」の天井に

近付いて行った。


 ほどなく、靖子の身体はクルクルと旋回し始めていった。。。。



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 いつの間にか、川の中に浸かった自分が居る。


奔流」となった水の流れが、巨大な壁となって靖子の方に押し寄せて

来ようとしていた。

 靖子は、その大きな流れに抗おうとして、必死に手を伸ばして捉まる

ものを探した。

 川の中央には、何も見当たらない。目を四方に向けると、左手の方に

舟が繋がれているのが見えた。


 川岸に近いところにある船着場まで何とかたどり着こうとして、重い下

半身を動かそうとするのだが、脚の感覚無くなっていて思うように前に進

まない。


 あっと言う間に「奔流」に飲み込まれてしまった靖子の身体は、水の

渦の中で一気に沈み込み、また浮き上がり、グルグルと「旋回」し始め

ていたのだった・・・・



 

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公園の桜-1  


 

 洋介の前には、幾重にも重なるように、岬の「洞窟」や「洞穴」の

情景」が時空を超えて現れては消えて行った。

 その瞳はカッと見開かれたまま、閉じる事は許されなかった。


 洋介には、それらの「情景」の一つひとつが、岬の「歴史」の真実

である、と思われた。

 

 時代を超えて折り重なるように、今まさに展開して行く「情景」そ

のものが、岬の「洞窟」と「洞穴」の中の二組の男女によって、繰り

返されて行くことになる。。。


 抗うことの出来ない「」によって、そう深く「了解」させられていた。


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           大いなる「」は、


    海の底から湧きあがるように岬へと接近すると、


崖下の「洞窟」から、「水の道」を通って一気に山の峰に向かい、


       その「思い」を遂げようとしていた。。。



         

       ――ウミは「」を恋求めていた――

神木  


 洋介は、今、アキラや「源爺」のいう「アイツ」の意味が深く了解出

来たように思えた。


 キンキンと頭の中で鳴り響く音の次に何が現れて来ようとも、しっ

かりと受け止める他はない。洋介は、薄れ行く意識の中で僅かな「

杭」を打とうとして、もがいていた・・・


 「」と身体の僅かな隙間に入りこんだ「」は脳髄へと至り、その

」の内側から「禁忌の封印」を解き、時空を超えた「情景」として目

の前に投影させて来る。

 その圧倒的な「」のことを、彼らは「アイツ」と呼んだのではないか。

 残されたかすかな思力が、洋介にそう語り掛けて来ていた。


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 洋介の目の前に、自分が見ようと欲しながら、本能的に目をそらし

て来た事が、否応なく「真実」として「展開」し始めようとしていた。

それを自分の意思では止める事が出来ない。

 何故なら、その「情景」こそが、自らが本源的に追い求めていた「

」であり、人々が封じ込めて来た「禁忌」に他ならないからだ。


 岬の人間達の「歴史」がもつ幾つもの「禁忌」が、今まさに解き明か

されようとしていた。。。


 
 


檜の森  


 洋介は恐る恐る身体を起そうとして見た。

 痛みを感じていない筈の身体に力が入らない。腕を動かして

顔に降り掛かっている枯葉を取り除こうしたが、指先が痺れて

いて思うように身動きが取れない。


 このままここでじっとしている訳にはいかない。

 そう洋介が焦りを感じた途端、大きな「」が老木の枝の廻り

を渦巻いて幹の下へと駆け降りて来る気配に捕らわれて、洋介

の産毛が逆立った。。。


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 洋介は、いつの間にか、「」を見始めていた。それは余りにも

鮮やかな「原色」の世界であった。


 「源爺」とその廻りに幾人かの人間が腰を下ろしている。

 どこかで見たような光景だった。

 そして、同じその場所に重なるように、ある「儀式」が取り行われ

ている。その「儀式」を「」となって見ているのは、他ならぬ「漁師

の若者」であった。


 洋介は、時間を超えて展開する「洞穴」の中の光景を、今、その

総てを重ね合わせて観ていた。いや、見させられているのかも知

れない。

 そうかすかに感じた時、洋介の「」の奥からキンキンという音と

共に抗いようのない、圧倒的な力が出現して来たのであった。。。

hikari  



 「磨崖仏」のある「洞窟」への近道は、大岩と山の峰の両方を見渡せ

る場所で、岬の灯台が見える所に一際高く聳えるように立つ「老木」を

探すことから始めねばならなかった。


 山の夜道でその「老木」を探す事は洋介にとって至難の技であった

が、幸い月明かりと、灯台の閃光が大きな手助けになってくれるので

はと考えていた。

 もし、「源爺」の言う通りであるとしたら、その「老木」の懐にある割れ

目を廻り込んで進むと、「」の真上に続く道に出る筈である。


 洋介は、山道を登りながら、潅木の間から灯台の灯りを見つけよう

としきりに後ろを振り返った。

 何度目かに身をよじった時、灯台の「閃光」が垣間見えたような気が

した。

 その刹那、足元の枝につまずいてバランスを崩した洋介は、もんど

り打って山道を転がり、潅木の根元にしたたかに叩きつけられた。。。


 息をつまらせながら、背中に冷や汗の雫を感じた洋介は、月明かり

を塞ぐように枝を伸ばした「大木」を見上げている。

 不思議に身体の痛みは何も感じない。時間が止まったような場所に

自分の意識が捉えられたような気がした。


 その時、洋介は「老木」の割れ目に敷き詰められた、枯れ枝の中に

埋もれている自分を「発見」したのだった・・・・



             掲載写真はみなっちの海日記より

海のくらげー1  


 

 靖子の頬に、幾粒もの水滴が流れ落ちて来ていた。


 おぼろげな意識の中で、それは、アキラの身体の「」のようでもあり、

」のようにも感じられた。


 だが、靖子の心の中では、「洞穴」の壁から沁み出して来た水が、あ

る「」と共に、自分達二人に迫り、何事かを成し遂げようとしている事

が、何故だかはっきりと知覚出来ていた。


 左掌の中の「木像」が熱を帯び出している。すると、アキラの身体も

どんどん熱く火照り、その「分身」が靖子の内側を刺激して来た。

 靖子は、アキラを受け入れようとしながら、激しく拒絶する身体の「強

張り」と闘っていた。

 それはまた、自分の中の忌まわしい「過去の影」との戦いを意味して

もいた。


 顎を上げて、「木像」を見ようとする靖子の「」が宙を彷徨って行く。

 靖子の「」には何も見えて来ない。いや、見ようとして「」を明ける

事を怖れる自分がいる。

 だが、靖子にとっての恐怖の「根源」は、何も見ようとしない自分の

脳髄」から何者かが映し出されて来るという「予感」に他ならなかった。


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 アキラの身体が僅かに持ち上がり、靖子の耳にその熱い息遣いが聴

こえて来た。次の瞬間、アキラは巨大な水の「奔流」と化して、靖子の中

に突進しようとして来た。


 靖子は思わず「木像」を強く握りしめていた。。。

 


         

         海中の掲載写真はみなっちの海日記より

磨涯仏  



 大岩を後にした洋介は、月明かりを頼りに潅木の間を縫うように、元

来た「」を登り始めた。


 洋介には、折り重なった『伝説』の全貌が、ゆっくりと開けて見え出し

ていた。今、その『伝説』を創り上げて来た「」を溯ろうとしている。

 

 「祠」の奥の「洞穴」の二人が、「大いなる意志」の「」に翻弄されて、

どのようにしているのか気掛かりであったが、今は先を急ぐしかない。


 アキラと靖子に襲い掛かる「」は、もしそれが自分が考える『

の中の存在であるとしたら、必ずや二人にある「試練」を課して時空を

溯り、「木像」を奪い取って「水の道」を下り始めるに違いない。



 右側に、展望台が見え始めて来た。

自分の「役割」は、何であるのかを考えると、洋介は自然に足元から

「震え」がせり上がって来るのを、止められないでいた。


 もし「源爺」の話の通りであるとしたら、どこかで必ず「アイツ」の攻撃

を受けるだろう。、「洞穴」の二人に襲い掛かろうとする「」の矛先をか

わし、その攻撃に耐えて何とか「時間」が稼げるとしたら、自分には「

りの」しかない。

 その為には、「源爺」が自分に教えてくれた近道から、山の「洞窟」の

中へそっと這入り込み、「磨崖」の前に置かれている「祈祷のバチと

襷」を手に入れなければならない。


 そして、「洞穴」の二人を何としても「覚醒」させてこちらの世界に戻し、

木像」を手元にしながら、皆で「水の道」を一気に下って行く他にない。


 はやる心の昂ぶりを押えながら、大きく深呼吸をすると、明滅する灯

台の「閃光」に勇気付けられるかのように、洋介は力強く夜露に湿り出

した坂道を、足早に登り始めて行った。。。


                掲載写真は宿根木の歴史より  

奥日光冬景色ー3


 大岩の前で「覚醒」した3人は、それぞれの「体験」を、沈黙の中でしっ

かりと共有していた。

 どんなに「水の道」を下って行こうとしても、上に押し上げて来ようとす

る大きな「力」には逆らえない事を知らされてしまった。


 「源爺」は、力の無い声であったが、洋介を近くに呼び寄せると、ある事

を告げた。

 洋介は「そうか、良く分かった」と言うかのように、2,3度深く頷くと、よろ

めきながらその場に立ち上がり、両手を高く天に突き上げて仰ぎ見た。


 それから、芳江の側に歩み寄ると、

『何も怖く無い』からと肩に手を掛け、その目をじっと見つめて来た。


「自分はこれから、山の「洞穴」に戻り、アキラと靖子さんと共に此処へ戻

って来る。それまでここで「源爺」と一緒に待って居てくれ」

 

 芳江の手を取ってそう言うと、洋介は遠くを見る眼をしたまま、身支度を

整え出した。。。