うたってつくってかんがえごと

めぐです。
うたうかつくるかしています。
FBで書いたものをこちらに残す形式にしました。


テーマ:
いろんな論を読んで、心に留まった事と、考えメモ。



★象が「さびしく」笑うこと

象:おそらく子ども。純粋無垢の象徴。人を悪く思う、疑う、ましてや殺す等みじんも考えない。
不信感を持つ=赤目になったとき、自分にもその感情がある事を知る。
(ナウシカのオームのようだとちらっと思った。)
だが、象は「助けて」とは言っても、「オツベルを殺して」とはいっていない。
しかし結果、オツベルを殺してしまったと思われる。
「そんなつもりではなかった」と言ったって、結果は結果だ。
オツベル側の人間からしたら、象は「悪」になったのである。
「さびしく」笑ったのは、これまで「善」の中だけで生きてきた(というか善悪という概念がないかもしれない)象の、葛藤のためではないか。




★人間がやっつけられる、注文~との比較

この状態は、注文の多い料理店などとは、似て非なる。
注文~の場合は、紳士が自ら迷い込み、自らだまされて、逃げ出したからある意味自業自得だが、
象の場合は、迷い込んだ、きっかけを作ったのは自分。
なのに、殺されたのはオツベルの方なのだ。
(もちろんひどい仕打ちをしたのはあるから自業自得なのだろうけど)
オツベルのところに自分がいかなければ、オツベルは死なないですんだ。
ふらっと行って、きっかけをつくったのは、自分自身なのだ。
こう思ってしまった時、その心はどんなに切なかったろう。
「さびしく」笑うことなど、オツベルと出会う前にはなかった事なのだろうと思う。
これが、象にはじめてうまれた感情の様に思える。




★よだかと似た感情

「さびしく」笑うのは、
「オツベルの冷酷さを改心させられなかったことへの悲しみであろう」
という説が有力なものとしてあるようだ。
でも、私はこの象がやっぱり無垢な子供に見えて仕方ない。
「改心させられなかった」というなんとなく上から目線のものではないような気がしている。
もっと、「自分にも他を踏みつぶす力があって、それで自分の命がその上にたっているのだ」と思ったときのどうしようもない悲しみのような、
よだかの葛藤↓と近いもののように思える。
ああ、かぶとむしや、たくさんの羽虫が、毎晩僕に殺される。そしてそのただ一つの僕がこんどは鷹に殺される。それがこんなにつらいのだ。ああ、つらい、つらい。僕はもう虫をたべないで餓えて死のう。いやその前にもう鷹が僕を殺すだろう。いや、その前に、僕は遠くの遠くの空の向うに行ってしまおう。
これで本当によだかと同じ結末をたどると考えると、
川へ入ったのは象だ、
という考えにいきつく。
でもよだかよりは象は思い詰めてないような気がする。
たくさんの仲間が助けてくれたところが、よだかとは違う。
希望をこめて、そうでないと思いたい。




★牛飼いは、オツベルを評価している

よくよく考えれば、オツベルは正しく賢い「支配」をした。
象目線で行くから、「かわいそう」なのであって、これが象の心情などまったくわからなければ、どうか。
現実にはわかることなんてない。
牛飼いは、もちろん牛を飼いならしているのだから、象よりオツベルの賢い行いのほうに目がいくのは当たり前だ。
だいたいオツベルはしじゅうテキパキとしている。
先回りして考えて、すっかり象をまるめこんでしまう。
あわてふためく部下の上に立つ、良いリーダーであることは間違いないのだ。




★六

三途の川を渡るには六文銭が必要、六は死のモチーフか。
稲こき器械、ビフテキ、ピストル、これら、六。
深読みか??他も要確認。




★赤

赤い着物をきた童子、生と死の境の何か?考え過ぎかな。
ちなみにこの童子がオツベルの娘なんでないか、なんて論もあった。
それで最後川に入るのも、童子だと。
うーんそれは深読みしすぎかな、とは思うけど珍しい考えなのでメモ。
ちなみに銀河で、カムパが行ってしまう直前にも、赤は登場する。↓
二本の電信ばしらが丁度両方から腕うでを組んだように赤い腕木をつらねて立っていました。
他も要確認。




★個人的に思い出す八匹目の象

幼い時、八匹目の象はオツベルと象のテーマソングのような気がしていた。
読んでみると内容は違うのだけれど、それでもやっぱり似たものを感じる。
八匹目は資本主義の矛盾を突いた寓話「セチュアンの善人」からのものらしいから、風刺しているものは同じかな。これは「セチュアンの善人」をちゃんと読みたい。
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オツベルの、
川へはいっちゃいけないったら。
って、銀河鉄道と関係あるのかな。

    ↓ここ

「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」




『川』
天の川、
三途の川、
生と死との境目。


有力な説は、牛飼いの飼ってる牛が川に入った、とか、
象が川に入ろうとした。(その前に、「さびしく」笑っている。)
そういうものだけれど、深読みできるのが宮沢賢治の楽しいところ。答えがないしね。それがいい。



20年以上も宮沢賢治にどっぷりつかっていれば、自動的にずいぶんなオタクになってきたので、赤目、沙羅樹、サンタマリア… 気になるところが多いです。

さようなら、サンタマリアは、キリスト教との別れ、決別。
そして救うのは沙羅樹の下にいた象、仏教の救い。という論を読んだ。


銀河でジョバンニは、
かおる子の言う神様、おそらくキリスト(ハルレヤと歌うことなどから)を、『うその神様』だという。

結果、それぞれの降りる駅は異なる。宗教、観念の違いによって。

だが、ジョバンニの言う神様は、かおる子の言うような、具体的な宗教色をもつものではない。

ジョバンニの言う「神様」、「ほんたうの幸」とは、宗教で救われるというのではなく、賢治の言葉、世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない、ということと、思う。

なのにジョバンニという名前は、キリスト教の聖人ヨハネから来ているというちぐはぐさも。




まだまだ深読みは楽しそうです。

今年は北守で笑って、オツベルで考えて、
対比が楽しい秋になりそう。稽古はもう楽しいです。
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遅くなりましたが石巻公演、ありがとうございました!
喜んでいただけてとっても嬉しかったです。

また、私達をよんでくださった三七会の皆様に感謝です。
こうして何度も再演の機会を頂けると、どんどん作品が磨かれていって、アマの団体の成長にとって、とってもありがたいです。





仕込みの後に、大川小学校にいきました。


ただ、呆然としてしまって、
あったものが、
こんなにすとんとなくなってしまうことがあることに、
ただ胸が詰まるばかりでした。



石巻に長く居たO野寺ママの話も、
はじめてちゃんと聴いた話でした。
結婚した当時の思い出は全部流されてしまって、
でも、今、そこで生まれた2人の可愛い姉妹がにこにこしていて、


なくなったものがあって、
支えになるものがあって、
生まれるものがあって、

一瞬の今を、千秒にも生きられること、
この嬉しさを胸に刻みました。




ちなみにさらに帰りに、
Aじさんから、両親の結婚前の話を聞きました。
私を0歳から知っているので、我が家のこと、じゃがのことを私より長く知っています。

ママやAじさんたちが話してるのを見ると、なんだか面白いです。
今は親なんだけど、私からしたら、
たのしいお兄ちゃん、やさしいお姉ちゃんの感覚で、ずーっと続いているような感じがするから。
(ちなみに私は、Aじさんにしっぽがあるとだまされ続けた事を未だに覚えていて根に持っています。)



幼いとき、
人はある年齢になったら、
「大人」になって、
子供を産んだら、
「親」に変身するような気がしていたけど、
でも、そんな分断できるものではなくて、
ずーっと「人間」で、
「人間」どうしで付き合っていくものなんだなと。


年月がたつと、
いなくなった人もいれば、いなかった人もたくさんいて、
続いていく、回っていく、変化しながらそこにあり続ける関係が、幸せな事だと感じました。


あれからもう3年、
それぞれ状況も立場も変わっていますが、こうしてまた石巻に来れた事が嬉しい。
前回の公演記録を三七会の方が書いてくださっていました。懐かしいなあ~
http://blog.livedoor.jp/ishinomaki37k…/archives/7513448.html


しかし我ながら3年前からひどい顔芸。
もう女王一段落したのでしばらく普通の顔で暮らします。おかえり権力のないわたし。



さて、次は久しぶりの吉川さん&萩さん節~♪!楽しみです^^
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来年からの大河ドラマにむけて、
【守り人をもう一度続けて読んでおこう計画】静かにゆっくりと進行中。


そして勝手にキャスティングを考え中。
バルサだけは綾瀬はるかで決定していますね。美人すぎなきもしますが、私はすごく良いなあと思います。

マニアなのでマニアな方とぜひ分かち合いたいです。

図書館大好きっこの子供の時から、
守り人はハリーポッターやジブリに匹敵、いやそれを超える作品だ!!!と大好きなのであります。


実写化や受賞でさらに読む人が増えたようですごくうれしい。

さて、精霊、闇、夢、神 いまここ。


●精霊
全編通してもやっぱり、これが好きかもしれない。
いろんな子がでてくるけれども、一冊の中での成長ぶりはチャグムがダントツで伝わってくる。

これからどんどん成長するんだけど、すべてはここから始まったと思うとそれだけで泣けてくる。

チャグムの姿は、自分の人生、立場を受け入れて、しっかり自分の足でたって生きていく、そういう力をくれます。

幼いときの神木くん的な賢そうな子がイメージ。具体的に浮かんでこないけど(というかそんなに子役を知らない)。

ラスト、ラストがどうしても泣ける。「チャグムって呼んで」のところは、もう台詞もわかっているのになぜ泣けるのか。

これを覚えていると、夢の巻でチャグムが夢にとらわれた時、再会した時に、ものすごくぐっとくる。ぜひセットで読みたい。


●闇
今読むと、国の上にたつ者の考え、下々の者の無力さ、考えさせられます。
大きな陰謀にまきこまれて…あれ、これゴールデンスランバーみたいだな、とふと。

それるけどチャグムの父役は堺雅人とかがいいなあ。リアル夫婦だけど二の妃は菅野美穂合う。絶対合う。ああでも蒼井優とかもいい。ここは割合いろんなひとが当てはまる。

そしてカンバルの王は大好きな市村さんがいい。テルマエロマエのイメージからものすごく完璧。

新ヨゴは美しい王族、カンバルは威厳ある強そうな王族、という対比がぜひほしいところ。

話は戻って、自然から多くのものをとってはいけない、というのが、森は生きているともつながる。

ジグロとのシーン、これまた泣けます。この巻は、バルサの感情が一番あらわになっている感じがする。

ジグロは、トヨエツとか、浅野忠信とか、そんな渋い方が良いな。


●夢
別の人生もあったかも…と夢に魅せられとらえられる…大人になってからの方が、響く話です。

とくにトロガイの昔の話は、涙なしによめない。ここにきてトロガイに樹木希林がうかぶ。

タンダが、優しいのがだめなんじゃないか、となるくだりで、トロガイが話すところが好き。

優しいのは力がないことじゃない、弱い事じゃない、その人にしか、できないこともある。

タンダは山田孝之とかのイメージ。完全なる草食系だけど線が細すぎない人がいい。
思えば時代にも合っているような。お母さんは山へ戦いに、お父さんは川で薬草をとりに。そういう生き方があってもいいじゃない。

光さんの「やさしさとゆうき」がうかびます。男の子にも優しさ、女の子にも勇気、なんてぴったり。


●神
ファンタジー感が強く、スファルがあのアラジンの適役?とかぶるんだよなあ。
これだけとりだしてディズニー映画みたいになりそう。

この巻は、今までなかった「宗教観」まで考えさせられるところがある。
さらに、銀河のカムパのように、「母親」こそがすべて、神だ、というような。
信じこむことのあやうさ、大きな力をもちすぎたものの代償、「神」とは何なのか。

大事な人を守りたいから他人を傷つけていいのか、力をもっているのに、なぜそれを出さないで見殺しにするのか、

そんな問いかけが、重すぎて、重すぎて、アスラもそうなんだけどチキサがどれだけ思い悩んだろうと思います。

みんな自分の正義があって、読んでいて、誰が間違っているの?と何度も考えてしまう難しいテーマです。



ここまできて、次は虚空に戻ろうかなと。
まだまだ語り尽くせないので、好きな方はこっそり声かけてください。
サッカーみたいに放送日に上映会とかあったら絶対行く。

守り人大好き。人生の教科書。
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★絵を担当しました★

<「花曼荼羅」アプリ、配信スタート!>

【塗り絵】を担当させていただいている、
花曼荼羅アプリ配信がスタートしました!綺麗ー!!!

https://itunes.apple.com/jp/app/hua-man-tu-luo/id995868724?mt=8

カード(占い)と、塗り絵がどちらも楽しめます。
配信開始にテンションあがりつつカード引いたら、
ピオニーだった…!(始まりの意味があります)運命!


占いは毎日引けますよ~かわいいおみくじの様な感じ。
塗り絵は自分で描いたのに楽しい。色んな形で保存できる!
開発会社の皆様、三女神の先生方に感謝です!





それぞれ花にも、形にも意味があって、心を込めて、描いています。
意味まで勉強したい方はぜひ、花曼荼羅講座へどうぞ♪
http://www.hanamandara.com


ぜひダウンロードしてみてくださいね♪
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森は生きている、東日本大震災復興支援チャリティ 寒河江公演、たくさんのお客様に見守られながら、無事終了しました!

たくさんの笑顔にお会いできて、とっても幸せでした。

被災地支援の募金もたくさん集まったとのこと、感謝のきもちでいっぱいです。




忘れないうちに、今回じーんときたことを、ひとつ。

劇とは別なところですが、表現って、その舞台裏までひっくるめて、あたたかさだったり、幸せが伝わると思っているので、これも関係あるよね。

えーとまず、じゃがのおじぎの順番やら、歌う場所分けはだいたいこの世代区分でやっています。↓

第3世代☆学生組(10代から20代くらい)
第2世代☆若手社会人組(20代から30代くらい)
初代☆親組(40代それ以上)

今日の楽屋前に突如、第3世代☆学生組から、じゃがのお母さん“達”に、プレゼントandメッセージが。忙しい中いつのまにこんなことを!




私、親組じゃないのにひとつひとつメッセージ読んでじーんときちゃった。そして勝手に写真におさめちゃった。本番前に泣かせるなよー。

本当に大家族だねえ。みんないーこだなー、ほんとにいーこだ。
こうやってありがとう、を素直に伝えられるのは、とっても素敵なことだと思います。真似しなくちゃな。

私がこの先子供を産んだら、こんないいお兄ちゃん、お姉ちゃんがいると思うと、間違いなくいい子に育つと思います。ゆかいなおじいちゃんとおばあちゃんもいっぱいいるしね。まーまだまだ先だろうけど、その時はみんなよろしくです。

さて、次は7月!石巻におよばれです!

またたくさんの笑顔を作れますように、まだまだ精進しますヾ(@⌒ー⌒@)ノ
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5月に寒河江、7月に石巻公演が決まり、また森に入っています。
やっぱり森、楽しいなあ。
やる度に、もっとこうしたらいいかも、と反省して試行錯誤できるので、重ねるごとに楽しい。
アマチュアだと、たいてい一回やって終わりなので、回を重ねて成長するのがなかなか難しい。
でも、やっぱり回を重ねるって大事だ。
なので、何度も公演する機会をいただけるのはありがたいです。感謝。



それから、
「おかえり」
が嬉しい。
改めて、たくさんの家族がいるなあ、と思う。


音楽は、
幼い頃は、空気。まわりに当たり前にあるもの。

物心ついてからは、高揚。わくわくするもの。思わず笑顔になるもの。

最近は、安心。素直になれるもの、体のこわばりがとれるもの、のような感じ。

普段うーっと頑張ってる感じを全部ぬいで、軽くなって、何か他のものになれる、体を脱いで、心ひとつになる感じが、いいデトックス。たくさん笑って、ものすごくすっきり。



帰る場所、安心する場所、認められる場所があるのは、人を壊れなくする近道だと思う。
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早くも森生きの再演が決まったそうです!


東日本大震災復興支援チャリティー 合唱団じゃがいも公演

日時:2015年5月10日(日) 14:00 開場 / 14:30 開演
会場:寒河江市市民文化会館 ホール(山形県寒河江市)
入場料:一般 1,500円  学生・高校生 500円  中学生以下 無料
http://www.the-jagaimo.com/mori-iki/

今回は、東日本大震災復興支援チャリティー公演です。
入場でいただいたお金は、震災の義援金になります。
ぜひ、ご来場いただけると嬉しいです。

主催はなんと伯父さん。
森を見たときからとっても気に入ってくれて、

もっとやらないともったいない!
地元の人がやってるすごいことは、地元の人にみせないと!
必要な経費は俺が出す!入場料は義援金にしよう!

というようなとんとんばなしで進んで、今に至ります。

普段から伯父さんは地域に貢献しまくっていて、
自分の幸せも、周りの幸せも、
にかっと笑いながらどんどん実行していてかっこいいです。



好きな事で幸せになるひとがいて、
それを広めたいと思ってくれる人がいて、
それを見て楽しくなってくれる人がいて、
その気持ちがまた誰かの幸せになるという

こういう「循環していく」幸せが、理想的だと思います。

機会を設けていただいて、とっても感謝です。






狼森~の中に、

「春になりました、そしてこどもが11人になりました」

というくだりがあって、
昔はなんだか何もおこらない話だな~くらいにしか思わなかったのですが、

あれは、年月がたつごとに
新しい環境に移住して耕したり、
その集落にこどもがふえたり、
循環していく幸せの縮図だ、と、今思うのです。

なんだか光さんもそんなようなことを言っていた気がする。





さらに今回の目玉は!


おいしいおとうふと一緒にチケットが買える!



チケット取り扱いに豆腐屋さんがあるのはじめた見た。笑





もちろん、チケットは私にいってくれても大丈夫です!

ということでまた山形行ったり来たりします~。

じゃがライン(総勢40名)の家族的会話にいつもほっこりしながら、はやく稽古帰りたいな~と3日だって待てない女王でした。

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合唱団じゃがいも「森は生きている」
たくさんのお客様に見守られながら、無事終了致しました!
超特急でカメラマンきさらづさんより、写真をいただきました。
ゆっくりお話ができなかった方もたくさんいたので、とりいそぎ、感謝、感謝、感謝を!!!
みなさま本当にありがとうございます。





各地の総勢50名という大所帯が、一人もかけることなくこうして本番ができたこと、きっと光さんのおかげだなと、光さんがついているような気がしました。
お客様の中にはお子さんもたくさんいて、最後まで集中してみてくれているのが分かって、心底うれしかったです。
ああ、幼い頃の私が、ここにいる、今度は私が伝える番なのだ。
と感じました。

さっそく「森は生きているごっこ」をはじめた子のお母さんから報告が。
歌のパワーはすごいです。
山形からまた、反省をふまえて東京にもってこれたかな、
回数を重ねて、悩みに悩んで、より納得できる物になってきたように思います。
次もあるようなので、さらにさらに磨きをかけていきたいです。自分、もっとがんばれ。

感無量、幸せなじゃが王国の女王(現在じゃがロス)でした。
本当にありがとう。




**


お礼とは別に、しばらく前からとっておいた、私と森の裏話。

長々と書き留めたい事を。


**

すごく昔の話。

保育園のときに劇をやって、こんにゃく座の舞台で、何度も見てきて、というのは前にも書いた気がしますが、
さらに「森は生きている」や「もえろ~もえろ~」は、とっっっっっても思い入れがある曲。

というのも、
親たちの練習会場で遊んでいた頃、まだじゃがいもには、
「舞台に立つ年齢制限」的なものがあった。

当時まだ「舞台で二時間、じっとしていられる年齢」ですらなかったわたしたちは、
この、「森は生きている」を歌うときだけは、意気揚々と歌に参加できたのだ。(あと打ち上げのとき)

光さんの弾くピアノの前や後ろや下で、どんなにこぼれる笑顔で歌っていたことか。
もえろ~のピアノの時なんて、手がぶつかるんじゃないかの距離で見ていた。
こんなにわくわくする音がでるなんて、光さんの手は魔法の手だ!と思った。
(そして興奮のあまりピアノに頭をぶつけたりした。まず下に入るなという話だが)

当時の事を何にも覚えていないのに、歌だけは覚えている。歌ってすごいと実感します。
音楽が人を幸せにする事を、教えてくれた曲です。


(われら2世代目がちゃんと大人に混ざりだしたころの。
3世代目は生まれてもない時代。
本当は赤子くらいからあるんだろうけど、
私がみつけられた写真の古いのはここまででした。)


**

ちょっと前の話。

最後に父が話した光さんとの話、直さんとも実はエピソードがあって。

まだ光さんがいた、なめとこの稽古の合間にテルサの前でラーメン食べながら、
次はどうしようか、宮沢賢治じゃないやつで、という話になって、

「森がやりたい!」とすかさず私。

「あのな恵、あれはお前がやりたいだけじゃだめなんだよ、
役者がたくさんいるんだ。難しいし、じゃがいもじゃまだ無理だよ」と直さん。

私は何度か光さんと直さんの前で森がやりたいと話したけど、直さんはいつもまだ無理、の一点張り。
そのたびにふくれてひきさがって、くそう、いつか絶対…!と思っていました。

光さんはといえば、

「いいんじゃない、できるなら」とにこにこ(にやにや?)してるだけだ。
(ああ、見せたかったな。)
だから、私の夢は、本当にみんながいないと叶わなかった。

直さんに「良かった」って言わせられたこと、ついにやったぞ!って、思った。
一緒に、こんな大変なことを楽しいって、がんばってくれる人がいて、
なんて幸せだと思う。どうもありがとう。





(3世代め、登場期)

**

最近の話。


女王をやる!となって、もう一度しっかり女王をみつめて、
出した私の中の女王像は、寂しい女の子。

にくたらしいけどにくめなくって、みんなつい言う事をきいてしまう。
おぞましい女王にはなりたくない、自由奔放な、赤ちゃんが体だけ大きくなってしまったような子。
自分でもきっと、大きすぎる力を、どう制御していいかわからないのだ。

「女王はこうあるべき」にしばられて、彼女を単なる「幼い女の子」として扱ってくれる人は、周りにいなかった。
むきになって、「女王」を演じていても、中身はまだ幼い女の子なのだ。

愛されたくて、ほめられたくて、認められたいのに、
権力をふりかざすしか、人をつなぎとめるすべがわからなかった。
ちょっかいだすのは、わめくのは、かまってほしいから。


大人になっても、人との関わり方に苦労している人が、どれだけいることか。
つなぎとめるものがなくて、儚くなってしまう人か、どれだけいることか。

私はじゃがにいて、「よその家の子供」なんて扱いをされた事は一度もなかった。
同じようにしかられ、ほめられ、愛されてきた。

同じように私も弟妹たちを、しかった事もあるし、ほめてたくさん抱きしめてきた。
そういうことが、どんなに心の支えになるか、伝えたかった。

女王はあのとき、お金も権力もなくても、人のつながり、あったかさは生まれるのだと知った。人との関わり方を知った。
あのワガママはすぐには変わらなくても、きっと少しずつ、人との関係を作れる子になっていくだろう。

女王が森でたくさんのことを知ったように、
私は28年でじゃがで、たくさんのことを、知った。重ねて、ありがとう。

夢からさめたくないな、と思いつつ、
女王だって森から帰ったらまた日常を生きて行くんでしょう。

私も日常頑張ります。

★写真はTさんがとっておいてくれたふるーい新聞記事から。
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稽古の帰り、平和を研究している警護隊長から、
過疎化している地域や、高齢化が進んで、存続の危機を心配する合唱団の話を聞きました。
そばにいるのはたいてい同じ年代の仲間だから、その代がおわれば、おわりなんですよね。

**

はた、と考えるのです。
小中高、と、同じ年の友達とはつながりがまだあっても、
1つ、2つ違う学年はどうだろうか。

大学くらいになると、そもそも年が違ったりするからそうでもないけど、
でもそれだって3つや4つくらいなもんだ。

20や30やそれ以上違う人と、「対等」でいられる場所が、どれだけあるだろうかと。

年齢だけじゃない、状況や、性格や、身体ふくめて、「違う」人が「対等」でいられる場所が。





それは決まり上「対等」ではなくて、気持ちが、ということ。


遠慮せずに意見を言える、提案できる、とか、
私はこう思う!って言えないような雰囲気がないところ。


「無理がきかなくなった」人は、できる人がサポートする。
「変わってる」人は、つきあい方がわかれば排除する必要がない。
(むしろじゃがの空間には、そもそも「排除」のはの字もない気がする。)

それが、こうしましょうね!なんていう義務や決まりでなく、
「当たり前」なのが、当たり前で、幸せな事なのだと気づかされます。


**


私は、斜め前あたりに座っている最年長70代のTさんが、
「できない」「覚えられない」と口にしたのを聞いた事がない。

サポートが欲しいところ、確認したいところはすぐ周りに確認する、
細かいカンペを作って、高校生の孫に何ら引けを取らない様子で、2時間半の舞台をやってのけてしまうのだ。
(もちろんその努力は数十倍なのだろうが、それをひけらかさないのがTさんの素晴らしいところだ。)

それを見て、私はいつも嬉しい気持ちになる。
一緒に頑張る事ができる事が、いつまでも尊敬できる事が、嬉しい。

ソロがある合唱劇は、つい前に出る人を見がちだけれど、たくさんの主役がいます。
あ、こんなひともいるな、あ、あの子こんなにおっきくなったのか!なんて、楽しんでくださいね。

光さんや直さんが、「じゃがいもが“東京で”公演する意味」と、
よく口にしたけれども、子じゃがだった私が、中じゃがになって、だんだんそれが分かってきたように思います。


本番まで、あと少し。
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