スロウ・ボートのジャズ日誌

ジャズを聴き始めて早25年ほど。これまで集めてきた作品に改めて耳を傾け、レビューを書いていきたいと考えています。1人のファンとして、作品の歴史的な価値や話題性よりも、どれだけ「聴き応えがあるか」にこだわっていきます。




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高度経済成長期のヒーローとして、

「巨人、大鵬、卵焼き」の流行語でも知られる

元横綱大鵬の納谷幸喜(なや・こうき)さんが19日、亡くなりました。

72歳でした。


大鵬さん(と言っていいのでしょう)は

現在40代前半の私から見ると、ちょっと遠い存在でした。

1971年に引退していますから、当時の私は2歳。

現役時代を知らないのも無理はありません。

しかし、史上最多32回の優勝を果たしたことは何となく知っていたので、

「相撲界の誇り」なのだろう、というぐらいの認識はありました。


実は大鵬さんの「出身地」は道東の弟子屈町となっています。

この町には「相撲記念館」があり、

大鵬さんの偉業をたたえる展示が行われています。

釧路に引っ越してきた私は、「へ~そうなんだ」と思ったものの、

それ以上の関心は持っていませんでした。


しかし、20日の北海道新聞を見て驚きました。

大鵬さんの生まれは現在ロシアとなっているサハリンだったのです。

父親はウクライナ出身で、1917年のロシア革命に抵抗した兵士だったとか。

その後、父は日本統治下だった樺太(サハリン)に移住、

日本人の母との間に生まれたのが、後の大鵬さんだったのです。


第二次世界大戦終了間際の混乱で

当時5歳の大鵬さんは父親と生き別れになり、

ソ連に占領された樺太を離れて北海道に引き揚げてきました。

その後、道内を転々とする苦しい生活を送り、

小中学校から定時制高校時代までを弟子屈町で過ごします。

16歳で相撲に入門してからは、徹底した努力で昇進し、

21歳で横綱にスピード出世しました。

その後の活躍はメディアが伝えている通りです。


「相撲界のヒーロー」というより「昭和のヒーロー」と

言った方がいいかもしれませんが、

これだけの巨大な存在が「ハーフ」だったことは意外でした。


相撲は「国技」とされる一方、現在はモンゴル人横綱しかいないことで

「盛り上がりに欠ける」などという人がいます。

しかし、昔から「外国の血」は入っていたのですね。

現実をまっすぐ見据え、様々な国籍の力士が入り乱れる方が

実は大記録がうまれたりして、相撲を活性化させるのでは・・・

そんなことを考えてしまいました。


いろいろな背景を持つ人物が入り乱れることで

面白い音楽となってきたのがジャズ。

今回はちょっと変わり種、ハンガリー出身の

ガボール・ザボ(g)の「ソーサラー」を聴いてみましょうか。


ザボはジプシーの流れをくむギタリストで、

そのプレイには独特の哀愁と民族音楽をごった煮にしたような

不思議な響きがあります。

典型的なハード・バップとは明らかに違いますし、

「ジャズではない」と考える方もいるかもしれません。

それでも、彼のような異才がジャズに新たなアイデアを持ち込み、

フュージョンなどの登場に貢献したことは間違いありません。


1967年4月14~15日、ボストンの「ザ・ジャズ・ワークショップ」での

ライブ録音。

サイド・ギターやパーカッションを入れた異色の編成です。


Gabor Szabo(g)

Jimmy Stewart(g)

Louis Kabok(b)

Hal Gordon(per)

Marty Morell(ds)


①The Beat Goes On

シェールのヒットで知られるポップなナンバー。

ドラムが刻む8ビートに乗って登場するザボのギターは

音の末尾が「震えている」変わったものです。

反響の仕方がジャズではないというのか・・・

ちょっと間違うとベンチャーズにも聞こえかねないのですが、

ジミー・スチュワートとのインター・プレイで

どう展開するか分からないスリルがあります。

この「わからなさ」が魅力となっています。


④What Is This Thing Called Love

異色のサウンドの中でスタンダードがあると

ジャズ・ファンは安心してしまうものですが・・・

この演奏にはあてはまりません。

おなじみのメロディがかなり崩されていることは予想がつくとしても、

その後のギターソロがパーカッションのみをバックに

急速調で展開されるのにはびっくり。

ほとんど民族音楽と言える野性味があるのですが、

「スムーズな」ジャズっぽい部分もある。

驚いていると、やがてサイド・ギターとリズム人が加わり、

演奏は一気に白熱したものとなります。

「エスニックなジャズ魂」ー変わった世界があるものです。


この他にも②Little Boat でボサノヴァを演奏したり、

⑤Space のように妖しいジプシー的な世界があったりと、

「民族音楽のジャズ版ショーケース」の趣があります。

ザボは時代を先取りした、いや、変化の先鞭をつけた

ミュージシャンの一人と言っていいでしょう。


大鵬さんは若くして脳梗塞を患ったこともあったのか、

日本相撲協会の理事長になることはありませんでした。

彼のような人物がトップになっていたら、

日本人の相撲観はもう少し大らかになって、

違う世界が広がっていたのではないかー

あくまで可能性の話ですが。

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きょうまで3連休という方も多いと思います。

みなさんはいかがお過ごしでしょうか?


私は昨日、阿寒湖に行ってきました。

パートナーと「わかさぎ釣り」をするためです。

阿寒湖は釧路から車で1時間半ほどで、

釣りにふらっと出かけるには手頃な場所です。


朝9時半に着くと、氷結した湖が広がっていました

 ↓

スロウ・ボートのジャズ日誌-阿寒湖 氷結


阿寒湖の周辺は最低気温が氷点下20度を下回る寒~いところ。

しっかり凍った湖の上に、駐車場ができている(!)ほどです。


そして、わかさぎ釣りのためのテント群が見えてきました。


スロウ・ボートのジャズ日誌-テント群


阿寒湖では、1500円でわかさぎ釣りに必要な

竿やエサを貸してくれます。

これらのテントは防寒のために設置されていて、

空いていれば自由に使うことができます。

私たちが着いた時点でかなりの人が利用していたのですが、

幸い、二人用のテントに入ることができました。


こちらはテント内で撮った写真

 ↓

スロウ・ボートのジャズ日誌-竿と穴


分かりにくいですが、赤いのが竿。

氷に空けた穴に釣り糸を垂らし、ひたすら待ちます。

私たちは3時間近く、ここで粘りました。

あまりに寒くて鼻水が止まらない・・・


釣ったわかさぎは湖畔のお店で天ぷらにしてくれます。

この代金も先ほどの1500円に含まれています。


スロウ・ボートのジャズ日誌-わかさぎ天ぷら


大漁でした!と言いたいところですが・・・・

なんと、釣れたのはたった3匹。

それも、全てパートナーが釣ったもので、私はゼロでした・・・

小さなわかさぎが「サービス」で付いてきたおかげで

ようやく味わうことができた次第です。


この日は、周囲の方もなかなか釣れなかったそうですが、

やはりコツが分かっていなかったのでしょう。

わかさぎ釣りに詳しい私の弟によると、

竿を適度に動かして魚を誘引すると共に、

引っかかった時は「クッと」竿を上げなければ引っかからないそうです。

次はもっとうまくやらなくては・・・


それにしても「全く成果を挙げられない」状態というのは

何とも心が晴れないものです。

自宅に帰ってきてからもすっきりしないものが残っていました。

そんなときはちょっと「影がさした」経緯のあるジャズを聴きましょうか。

ソニー・ロリンズ(ts)の「ザ・ブリッジ」、邦題はズバリ「橋」です。


このアルバムはロリンズが3年ほど「雲隠れ」した後に発表されました。

私が持っている日本版CDのライナーノーツによると、

ロリンズが音楽シーンから離れてしまった理由として

「私生活の乱れ」や「自分の音楽を見つめ直すため」が挙げられています。

いずれにせよ、ロリンズの中に何らかの「影がさし」、

模索を続けた後の作品であることは間違いありません。


隠匿生活の間、ロリンズは橋の上で一人、サックスの練習に励んだとのこと。

そこで突き詰めた成果がアルバムに現れています。

豪放なトーンは相変わらずで、新しい船出への高揚感もあります。

しかし、その一方で「考え抜いた末の」繊細な部分も感じられるのです。

「大胆でありながら、配慮が行き届いた」バランスの上に成り立つ音楽。

天才ならではの葛藤が反映されています。


1962年1~2月、NYのRCAビクタースタジオBにて録音。


Sonny Rollins(ts)

Jim Hall(g)

Bob Cranshaw(b)

Ben Riley(ds)

H.T. Saunders(ds)


①Without A Song

どちらかというと「変わっていない」ロリンズの面が

現れたトラックでしょうか。

安定して洒脱なテナー。

バックがギターということもあり、

広い空間で自在に流れるようなソロをとるロリンズは

名作の「コンテンポラリー・リーダーズ」を思い出させます。

ここは軽妙なソロでバンドに明るさを与えている

ジム・ホールのギターに耳を傾けるのもいいかもしれません。


④The Bridge

ややロリンズの「愁い」を感じさせるトラック。

短いフレーズを細かいブレイクで区切っていく独特のメロディ。

ちょっと神経質な響きもあります。

その後に続くソロも、この複雑なリズムのもとに進んでいきます。

サックス奏者にとっては明らかに難易度が高い構成に

ロリンズは果敢に挑みました。

めまぐるしい急速ブロウがありますが、本能に赴くままというより

どこか冷静な計算も顔をのぞかせます。

やはりロリンズは「自分の新しい音楽」を模索していたのでしょう。

孤独な練習をしていた「橋」がタイトルになっていることからも

覚悟のほどがうかがえます。


⑤God Bless The Child

ビリー・ホリディ作曲のバラッド。

こちらはロリンズの「成熟」が感じられるナンバー。

ベースのみによるスローなイントロに導かれ、

テナーがしっとりとメロディを歌い上げます。

男性的でありながら、どこか「細い音」も交えた繊細な吹き方。

そのバランスに聴き入っていると、絶妙なタイミングでギターが入り、

メロディの一部を請け負います。

このジム・ホールの「柔らかい」音色が全体のテンションを

一気に鎮め、さらに曲の世界に入り込ませます。

まず、浮遊感のあるホールのソロ。

なんら「奇をてらっている」部分はないのですが、

たっぷりと音に「間」をもたせたプレイには

独特の優しい味わいがあります。

続いてロリンズのソロへ。

ギターから一転、音楽に「肉声」をもたらしてくれる音。

激しいブロウをしているわけではないのに、

「地に足が着いた」説得力のある音色です。

ロリンズが求めていたのは個別のテクニックではなく、

こうした「訴求力のある音」だったのではないでしょうか。

続いてギターとの美しい応答を経て、演奏は収束します。


ロリンズの「探求」の深さを感じ取れる演奏群。

天才ですら、時には歩みを止めて考える時間が必要なのですね。


私はわかさぎ釣りで落ち込んでいる場合ではないかもしれません。

何事も努力と探求・・・


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先日、休みを利用して鶴居村に行ってきました。

名前の通り、タンチョウ(鶴)がたくさん現れることで

知られている村です。

一度、このブログでも記事を書きました

 ↓

http://ameblo.jp/slowboat/entry-11235844156.html


前回、訪ねたのは春で、

タンチョウの姿を見ることはできたものの、数はわずかでした。

タンチョウがたくさんいるのは冬ということで、

今回はその姿をじっくり見ようと出かけました。


スロウ・ボートのジャズ日誌-伊藤サンクチュアリ遠景


向かったのは「伊藤サンクチュアリ」と呼ばれる

「タンチョウの撮影ポイント」です。

望遠レンズを構える多くのカメラマンがいました

 ↓

スロウ・ボートのジャズ日誌-カメラを構える人々


タンチョウが本当にいっぱい!

スロウ・ボートのジャズ日誌-タンチョウ


なぜ冬にこれだけ多くのタンチョウがいるのかについては

前回の記事でも触れました。

この時期に「エサやり」が行われているからです。

「伊藤サンクチュアリ」では、日本野鳥の会が給餌活動をしています。

その様子も見ることができました

 ↓

スロウ・ボートのジャズ日誌-えさやり


タンチョウはエサがまかれても、すぐついばむわけではなく、

人間とは一定の「距離」を持っていました。


もともと、釧路湿原などにすみ、植物の種や魚などを

食べてきたタンチョウ。

それが、明治時代の乱獲や、湿原の開発が進んだことで

生息数が激減、絶滅の危機を迎えていました。


そうした中、昭和20年代に入ると

食べ物が少ない冬に飢えたタンチョウが人里に現れるようになりました。

そこで、阿寒町(現釧路市)や鶴居村周辺で

飼料のトウモロコシなどを与える人々が出てきたのです。


「伊藤サンクチュアリ」も酪農家の伊藤さん(故人)が

長年「エサやり」を続けた場所。

その後、伊藤さんが日本野鳥の会に土地を提供し、

いまの形になったそうです。


野生動物に対して冬限定とはいえ、

「エサやり」を行うことに賛否両論があることは事実です。

しかし、絶滅の危機にあったタンチョウを千羽ほどまで

回復させた功績は認められるべきでしょう。

自然の中だけで過ごせればタンチョウも幸せなのでしょうが、

それだけの条件は北海道といえどもなかなかないのが現状です。


それにしてもタンチョウは美しい。

飛び立つところを間近に見ましたが、

羽を大きく広げる姿は本当に優雅でした。

「鶴は千年」というおめでたい表現が出てくるのも

分かるような気がしました。


スロウ・ボートのジャズ日誌-飛ぶタンチョウ


おめでたい気分になったところで、ハッピーな音楽を聴いてみましょうか。

日野皓正(tp)の「ニューヨーク・タイムズ」です。


このアルバム、ふだん私が取り上げることの多いストレートなジャズではなく、

いわゆる「フュージョン」です。

1980年代前半という時代のためでしょうか、

日野さんが非常に明るいサウンド作りをしています。

私が持っているCDの帯には

「アーバン・ポップ・サウンドの頂点を極めたHOT&COOLなプレイ」という

うたい文句があります。

ちょっと恥ずかしく感じる表現ではありますが、

確かにこう書きたくなるような「オシャレ・サウンド」なのです。


お正月の締めくくりとして、80年代フュージョンで

華やか気分に浸りたいと思います。


1983年6~7月、ニューヨークの「ブラント・スタジオ」で録音。


日野皓正(tp、cor、flh)

Kenny Kirkland(key)

Lou Volpe(g)

Tom Barney(b)

Richie Morales(ds)

Manolo Badrena(per)

この他にホーン・セクションが参加しています。


①Otis

ソウル・シンガー、オーティス・レディングに捧げた日野さんのオリジナル。

とはいえ、ソウルを強調したものではなく、

歯切れのいいリズムと豪華なホーンが引っ張る

スピード感あふれた内容になっています。

メロディはキーボードとホーンが呼びかけあう構成になっており、

いま聴いても新鮮です。

そんなメロディからリーダーのソロへ。この音色はコルネットでしょうかね?

プレイ・スタイルは明らかにマイルスなどにもつながる「ジャズ」ですが、

ポップなサウンドの中に違和感なく溶け込んでいるところに

当時の日野さんのサウンドに対する確信を感じます。

続くキーボード、ギターのソロもノリノリで

若いミュージシャンを集めた日野さんのうれしそうな表情すら見えてきそうです。


⑥Key Breeze

「オシャレ・サウンド」の典型と言える、日野さんのオリジナル。

キーボードとギターで作られるシンプルなイントロに

温かいフリューゲル・ホーンのメロディが入ってきます。

エレキの世界にここまで「人肌の温かさ」と洗練を加えたところに

このアルバムの素晴らしさがあるように思えます。

スロー・テンポの曲ですが、ソロでのフリューゲルホーンは

意外にしっかりと歌い上げています。

リーダーの集中力の高さも特筆されるべきでしょう。


⑧Free Land

冒頭からとても「押しの強い」リズムがホーンとともに響き渡ります。

メロディの合間には4ビートも顔を出しますし、

非常にジャズ的なスリルがある一曲と言っていいでしょう。

まず、ケニー・カークランドのキーボード・ソロが

ピンとした緊張感の中で展開されます。

これを受け、リーダーのトランペット・ソロが

ドラムとのバトルのような形で展開。

そこからベースとパーカッションの応酬へとつながる展開は

目が回るようですが、かっこいい!

「形にはまらないフュージョン」の大きな成果です。


すがすがしいまでに自信に満ち、ポップなサウンド。

新しい年を祝福してくれるかのような音楽です。

私は明日以降、本格的に仕事に入りますが、

タンチョウの凛とした姿と勢いのある音楽の力を借りて、

予想される課題に向かっていきたいと思います。

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