スロウ・ボートのジャズ日誌

ジャズを聴き始めて早25年ほど。これまで集めてきた作品に改めて耳を傾け、レビューを書いていきたいと考えています。1人のファンとして、作品の歴史的な価値や話題性よりも、どれだけ「聴き応えがあるか」にこだわっていきます。




テーマ:

ヴォランティアード・スレイヴリー


けさ、朝日新聞を読んでいたらウクライナ情勢について興味深い論評がありました。

この混乱は「二つの異なる世界観の衝突」だというのです。


国際政治学者の藤原帰一さんが寄せていた文書を簡略化してご紹介させてください。

藤原さんによると、今回、「自由世界の論理と国民国家の論理のぶつかりあい」が

あるというのです。どういうことか。


そもそもウクライナには親ロシアの政権がありました。

この政権が今年に入って欧米寄りの野党勢力によって倒されてしまいました。

するとロシアが反発、クリミアを併合したという経緯があります。

そして、これに派生する軍事的な緊張がいまも続いています。


藤原さんによるとウクライナ危機は欧米とロシアで

まったく異なる受け止めをされているそうです。

欧米側は親ロシア政権の崩壊を

「民主主義を踏みにじる政府を市民が倒した」ものとしている。


これに対し、ロシア側は「全く違う物語」を持っている。

去年からロシアの国営放送は

「ウクライナ各地でテロリストがロシア系国民の安全を脅かしている」と

繰り返し伝えていたそうです。

冷戦の終結で「負け組」となったソ連が解体し、

ロシアの周囲にはロシア系住民が少数派となる国が多くできてしまいました。

かつての地位を失ったロシア系住民は、

欧米寄りの勢力によって「迫害される側」なので、助けなくてはいけないというのです。


話が難しくなってきましたが、欧米から見ると

親ロシア政権の崩壊は「自由世界の拡大」という「正義」につながります。

しかし、ロシアから見ると

「欧米寄りの勢力から迫害されているロシア系住民を助ける」という、

ナショナリズムに支えられた「正義」があるということになります。

この二つがぶつかり合っているというのです。


正直、欧米寄りの見方に慣れていた私には「目からウロコ」的な指摘でした。

ロシアには「欧米から圧迫されている」というイメージがあり、

それにひるむことなく国内・国外のロシア人を守ろうという発想があるとは

思っていなかったからです。

私も藤原さんと同様、ロシアの軍事行動は出口のない愚かな行動だったと考えます。

しかし、同じ事象が立場の違いによって全く異なって見えることがある、という点は

グローバルな時代の中で注意しなくてはいけないでしょう。


ずいぶん長々と書いてしまいました。

今回は「異なる見解」を持たれ続けているジャズ・ミュージシャンの作品を聴いてみましょう。

ローランド・カークの「ヴォランティアード・スレイヴリー」です。


ローランド・カークについては、以前このブログで取り上げました。

http://ameblo.jp/slowboat/entry-10280523282.html


彼についてのプロフィールはこの記事にまとめられているので省略します。

ここで言っておきたいのは、彼についての評価が非常に分かれているということです。

複数の楽器を口にくわえて吹く、といった外見から

「まっとうな」モダンジャズファンからは早くから遠ざけられていたようです。


しかも、60年代後半からはゴスペルのコーラス隊を加えたり、

ソウル・ミュージック的な要素も増してきたりで、

ますますメインストリームから外れた存在として位置付けられてきました。


しかし、音楽に素直に耳を傾けると、「魂の叫び」に

非常に素直に従っていることがわかります。

形式にとらわれず、エモーションを大切にしたジャズの原点を

この人は追い続けたのでしょう。

そう考えると、彼こそジャズの「王道」を進んでいたという見方もできます。

いま、ネットで検索すると「カーク応援団」とも言うべき多くの人が

彼の再評価を求めていますが、それも分かる気がします。


「ヴォランティアード・スレイヴリー」は彼の「ごった煮」性が

あふれた作品として知られています。

曲もカークのオリジナルからスティービー・ワンダー、

バート・バカラック、コルトレーンまでさまざま。

好き嫌いは分かれると思いますが、聴いてみましょう。


1969年7月22~23日、NYでのスタジオ録音と

1968年7月7日のニューポート・ジャズ・フェスティバルでのライブ録音。


Roland Kirk(ts,fl,nose-fl,manzello,strich,gong,whistle & vo)

Charles Mcghee(tp)

Dick Griffin(tb)

Ron Burton(p)

Vernon Martin(b)

Sonny Brown(ds)

Jimmy Hopps(ds)

Charles Crosby(ds)


①Volunteered Slavery

カークのオリジナル。

1960年代の音楽というのは、鈴が鳴りだすとそれだけで

何とも妖しい雰囲気を醸し出すのですが、

この曲の冒頭も鈴と野太いテナーで始まります。

そこに絡み合ってくるのは民族音楽にも聞こえる雑然としたコーラス。

文章では表現できませんが、胡散臭さ全開です。

しかし、この整理のなさがとてつもないエネルギーを生み出します。

この後、ブラス隊がビートルズの「ヘイ・ジュード」のメロディを

繰り返し引用しながら吠えまくるのですが、

その力強いこと!

ジャズというよりはブラック・ミュージックとしか言いようのない世界ですが、

「ソウル」が感じられること間違いなしの演奏です。


③My Cherie Amour

ご存じ、スティービー・ワンダーの大ヒット曲です。

ホイッスルで入るという驚きの「入り」も楽しいのですが、

ここではカークのフルートの「温かさ」を聴いてください。

全く奇をてらうことなく、ストレートにメロディを吹くカークの音に

どれだけ愛情が満ちていることか!

「とにかくこの曲が好きでたまらない!」と言わんばかりの演奏、

聴く者に元気を与えてくれます。


⑤I Say A Little Prayer

こちらもイントロが印象的。入りのテナーの咆哮に加え、

なぞの「語り」からは、フリージャズが始まるとしか思えません。

それが一転、ブラス隊とともにバカラックの「あのメロディ」が

始まるではありませんか!

ビートの激しさに、一つ間違えばB級チンドン屋になりかねない進行ですが、

ピアノ・ソロとトロンボーンが交錯するあたりから

ただならぬ「ジャズ感」が広がってきます。

あまりのパワーの発散に、ここまでくると「ライブ盤か?」と勘違いしてしまうほど。

終盤、コルトレーンの「至上の愛」まで引用したカークのソロが圧巻です。


⑨A Tribute To Coltrane

今回ご紹介するなかでは唯一のライブバージョン。

タイトル通り、コルトレーンなじみのナンバーをメドレーで演奏しています。

「ラッシュ・ライフ」は入魂のバラッド。これを聴いてカークの

「ストレートさ」にびっくりする方もいるでしょう。

ここまで抑制された表現ができるとは・・・・

しかし、続く「アフロ・ブルー」で静けさから一転、

コルトレーンの「ライブ・アット・バードランド」と同様の激しいソロが爆発します。

モード奏法の中でここまでエネルギーを注入できるのは

カークとコルトレーン以外にいないのではないでしょうか。

その後、コルトレーンのオリジナル「ベッシーズ・ブルース」では

一転して4ビートで攻めます。

このあたりの冷静な展開を聴いていると、彼が計算し尽くされた演奏を

難なくできてしまう実力の持ち主だということが分かります。

スタジオ録音での「ゆるさ」もねらいどおりで、

全ては自分のパワーを最大限生かすためにやっているのではないか・・・

カークの実力と幅広さ、おそるべしです。


おそらく、カークは「わが道を行く」と決めて、

最後まで自分のスタイルを貫いていったのでしょう。

外部から「異なる見解」を持たれようと、関係なかったのかもしれません。


しかし、ウクライナのように大国の介入を受ければ

「わが道を行く」とは言っていられません。

しかも、二つの異なる世界観は容易に相容れることができない。

あとは戦争という最悪の結果を避けるために

どこかで妥協するという現実的な選択肢しかないのでしょうが・・・

「欧米の正義」だけが通用しない難しい時代に私たちはいるようです。

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フォー・リアル


1年以上にわたってお休みしていたブログを久しぶりに書くことにしました。

更新しない状態の中でも、ジャズ作品のレビューとして

記事を利用してくださったみなさん、ありがとうございました。

今後も「気まぐれ」で書いていくことになるかと思いますが、よろしくお願いします。



きょう、パソコンに向かうことにしたのは

昨今の「ことば」をめぐる状況があまりにもひどいと思ったからです。

その張本人とも言うべき人が、我が国のリーダー・安倍首相です。

「戦争ができる国になる」ことを「積極的平和主義」と呼んだり、

「与党にしっぽを振る野党」のことを「責任野党」と言う。



けさの新聞を読んでいると、政権は外国人労働者の受け入れを

増やす方針を決めたそうです。

東京オリンピックに向けて人手不足が心配される建設業や、

介護や農業、家事支援でも受け入れ拡大を検討するとか。



私が許せないと思ったのは、安倍首相の以下の発言です。

「移民政策と誤解されないよう配慮しつつ、

外国人人材の活用について検討を進めてほしい」

・・・この人の「ことば」に対する不誠実さはどこまで続くのでしょうか?



私のように北海道という地方に住んでいるとよく分かるのですが、

この国は実質的に「移民」を受け入れています。

農業や水産加工場などでは「外国人技能実習生」といった名目で

戦力として働いている人たちが大勢います。

確かに、日本での滞在期間は3年間で永住は認められていません。

しかし、実際に居住して「縁の下の力持ち」的な働きで

私たちの暮らしを支えている人たちがいるのです。



政権の方針のように、これから追加で働ける期間を設けたり、

いったん帰国しても再入国を認めるということになれば、

彼らの生活基盤は明らかに日本となるでしょう。

この現実を「移民政策」と認めず、「仮住まい」の人たちに

まっとうな権利を与えないという非人道的な措置をいつまで続けるのか。

外国人を「使い勝手のいい人たち」としてしか考えていない

意図と欺瞞が見え見えで、気分が悪くなります。



もっと現実を見て、正しい「ことば」を使おうよ・・・・

今回はそんな思いを込めて、タイトルに偽りなく

「リアル」をしっかり見据えた作品を聴いていきたいと思います。

ハンプトン・ホーズ(p)の「フォー・リアル」です。


ハンプトン・ホーズについては、このブログでも過去に取り上げてきました。

http://ameblo.jp/slowboat/entry-10323097321.html

http://ameblo.jp/slowboat/entry-10665145489.html


非常によくスイングするピアニストで、今回の作品でも好調です。

その理由として、ベーシストがスコット・ラファロということもあるでしょう。

録音が1958年なので、ラファロがビル・エヴァンス(p)と活動を開始する

前の年ということになります。

この頃からすでに相当なグルーブを持っていたことが分かります。


1958年3月17日、ロサンゼルスでの録音。


Hampton Hawes(p)

Harold Land(ts)

Scott La Faro(b)

Frank Butler(ds)


②Wrap Your Troubles In Dreams

「夢に悩みを忘れ」という邦題があるスタンダード。

この曲は多くのジャズマンが挑戦していますが、

ホーズはかなりブルージーなアプローチをしています。

導入はピアノトリオで、テンポはやや遅め。

どこまでしっとりいくのかなと思ったところで、

ハロルド・ランがメロディーを歌いあげます。

これが、彼にありがちな一本調子ではなく、

前のめりながらもちょっと抑えたいい演奏です。

ソロに入ってもこのトーンは変わらず、

味わい深いものになっています。

続いてホーズのソロ。

ややタッチを重くして、一つ一つの音に

印象を与えようとしているかのようなプレイです。

それでいながら、音には明確なつながりがあり、

いつのまにか彼のブルースにどっぷり浸かってしまいます。

彼が残したバラッドの中でも指折りの出来ではないでしょうか。

この後、ラファロの力強いベースソロを経て、

再びランドが登場、エンディングへと向かいます。


⑤For Real

ホーズ作曲のタイトル・ナンバー。

まさに彼らの「リアルな」実力が現れた作品です。

イントロはラファロの勢いあるウォーキング・ベース。

ミドル・テンポながら切れとノリの良さにぐいぐい引き込まれます。

続いてはランドによるメロディとソロ。

こちらもお得意のブルースを伸び伸びと吹いています。

しかし、なんといってもここでの注目はホーズの「黒い」ピアノ・ソロ。

音数はあまり多くないのですが、次第にテンポアップするに従い、

左手からガツンと来るアクセントと合わせ、

どんどん深いブルースの世界に引き込んでくれます。

オーバーな表現がどこにもない、それでいて実力の深さが分かる

素晴らしいソロです。


「嘘のない」ストレートなジャズを聴いてすっきりしました。

我が国のリーダーにも「ごまかし」や「事実を覆い隠す」言動は

控えてもらいたいと思います。

そんな「ことば」が横行して無力感が漂うことによって、

間違いなく国力というものは落ちていくでしょうから。

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高度経済成長期のヒーローとして、

「巨人、大鵬、卵焼き」の流行語でも知られる

元横綱大鵬の納谷幸喜(なや・こうき)さんが19日、亡くなりました。

72歳でした。


大鵬さん(と言っていいのでしょう)は

現在40代前半の私から見ると、ちょっと遠い存在でした。

1971年に引退していますから、当時の私は2歳。

現役時代を知らないのも無理はありません。

しかし、史上最多32回の優勝を果たしたことは何となく知っていたので、

「相撲界の誇り」なのだろう、というぐらいの認識はありました。


実は大鵬さんの「出身地」は道東の弟子屈町となっています。

この町には「相撲記念館」があり、

大鵬さんの偉業をたたえる展示が行われています。

釧路に引っ越してきた私は、「へ~そうなんだ」と思ったものの、

それ以上の関心は持っていませんでした。


しかし、20日の北海道新聞を見て驚きました。

大鵬さんの生まれは現在ロシアとなっているサハリンだったのです。

父親はウクライナ出身で、1917年のロシア革命に抵抗した兵士だったとか。

その後、父は日本統治下だった樺太(サハリン)に移住、

日本人の母との間に生まれたのが、後の大鵬さんだったのです。


第二次世界大戦終了間際の混乱で

当時5歳の大鵬さんは父親と生き別れになり、

ソ連に占領された樺太を離れて北海道に引き揚げてきました。

その後、道内を転々とする苦しい生活を送り、

小中学校から定時制高校時代までを弟子屈町で過ごします。

16歳で相撲に入門してからは、徹底した努力で昇進し、

21歳で横綱にスピード出世しました。

その後の活躍はメディアが伝えている通りです。


「相撲界のヒーロー」というより「昭和のヒーロー」と

言った方がいいかもしれませんが、

これだけの巨大な存在が「ハーフ」だったことは意外でした。


相撲は「国技」とされる一方、現在はモンゴル人横綱しかいないことで

「盛り上がりに欠ける」などという人がいます。

しかし、昔から「外国の血」は入っていたのですね。

現実をまっすぐ見据え、様々な国籍の力士が入り乱れる方が

実は大記録がうまれたりして、相撲を活性化させるのでは・・・

そんなことを考えてしまいました。


いろいろな背景を持つ人物が入り乱れることで

面白い音楽となってきたのがジャズ。

今回はちょっと変わり種、ハンガリー出身の

ガボール・ザボ(g)の「ソーサラー」を聴いてみましょうか。


ザボはジプシーの流れをくむギタリストで、

そのプレイには独特の哀愁と民族音楽をごった煮にしたような

不思議な響きがあります。

典型的なハード・バップとは明らかに違いますし、

「ジャズではない」と考える方もいるかもしれません。

それでも、彼のような異才がジャズに新たなアイデアを持ち込み、

フュージョンなどの登場に貢献したことは間違いありません。


1967年4月14~15日、ボストンの「ザ・ジャズ・ワークショップ」での

ライブ録音。

サイド・ギターやパーカッションを入れた異色の編成です。


Gabor Szabo(g)

Jimmy Stewart(g)

Louis Kabok(b)

Hal Gordon(per)

Marty Morell(ds)


①The Beat Goes On

シェールのヒットで知られるポップなナンバー。

ドラムが刻む8ビートに乗って登場するザボのギターは

音の末尾が「震えている」変わったものです。

反響の仕方がジャズではないというのか・・・

ちょっと間違うとベンチャーズにも聞こえかねないのですが、

ジミー・スチュワートとのインター・プレイで

どう展開するか分からないスリルがあります。

この「わからなさ」が魅力となっています。


④What Is This Thing Called Love

異色のサウンドの中でスタンダードがあると

ジャズ・ファンは安心してしまうものですが・・・

この演奏にはあてはまりません。

おなじみのメロディがかなり崩されていることは予想がつくとしても、

その後のギターソロがパーカッションのみをバックに

急速調で展開されるのにはびっくり。

ほとんど民族音楽と言える野性味があるのですが、

「スムーズな」ジャズっぽい部分もある。

驚いていると、やがてサイド・ギターとリズム人が加わり、

演奏は一気に白熱したものとなります。

「エスニックなジャズ魂」ー変わった世界があるものです。


この他にも②Little Boat でボサノヴァを演奏したり、

⑤Space のように妖しいジプシー的な世界があったりと、

「民族音楽のジャズ版ショーケース」の趣があります。

ザボは時代を先取りした、いや、変化の先鞭をつけた

ミュージシャンの一人と言っていいでしょう。


大鵬さんは若くして脳梗塞を患ったこともあったのか、

日本相撲協会の理事長になることはありませんでした。

彼のような人物がトップになっていたら、

日本人の相撲観はもう少し大らかになって、

違う世界が広がっていたのではないかー

あくまで可能性の話ですが。

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