じゅにあのTV視聴録

~視聴した番組のメモ、雑感などを書いています~


テーマ:
【NHKスペシャル】
「決断なき原爆投下~米大統領 71年目の真実~」

(NHK総合・2016/8/6放送)
※公式サイト:http://www6.nhk.or.jp/special/

<感想>

 この記事を書いている8月9日は長崎に原子爆弾が投下された日です。残虐な大量殺戮兵器である核兵器が二度も使われ、罪なき多くの人びとの命が奪われました。そのことを決して忘れてはいけないと思います。

 さて、その日に視聴したのは先週末に放送された原爆に関するドキュメンタリー番組2本。まずはNHKスペシャルの方から感想を書きます。

 今回の番組では当時の軍関係者や大統領や側近の手記などを資料として「原爆投下は軍部主導であって、トルーマンは実際に投下されるまで大量殺戮兵器を都市で使用したということを知らなかった」という「シナリオ」を描き出しています。

 しかし、これは相当無理がある話だと思います。まず根本的な問題として、広島・長崎に原爆を投下した最高責任者は紛れもなくアメリカ大統領であることは動かしようのない事実です。

 軍部によって都合のいいように情報が操作されていたということですが、マンハッタン計画自体が戦局自体を大きく変えるどころか、対ソ連との軍拡競争の一環であったことは昨年放送された(→盗まれた最高機密~原爆・スパイ戦の真実~)でも明らかだし、それほど重要なものを副大統領だったトルーマンがルーズベルト大統領から聞いていないということはあり得ないでしょう。

 「京都は住民の知的レベルが高い」とか言ったという話は、広島・長崎の方への最大限の侮辱ですね。絶対に許せない発言です。訪れた場所は想像できて知らない都市は人が居ないと本気で思ったのでしょうか。本当に腹が立つ(怒)

 仮に番組の中で触れられたように広島の被害を聞いたときに悔やんだというのが事実だったとしたら、時間的に長崎への投下中止を決断できたはずです。それをなぜ黙認したのか説明がつきません。

 さらにトルーマンが自己正当化するためにした演説、この害悪は計り知れません。「戦争を早期に終結させた」「犠牲が最少になった」という誤った論調がアメリカに蔓延したのは周知の通りです。これが今でも世論調査で「原爆の投下は正しかった」と50%台のアメリカ人が回答しているほどです。

 この論調には二重の誤りがあります。まず核兵器という大量殺戮兵器の使用が「絶対悪」であることは言うまでもありません。それとともにアメリカ側には戦争を早期終結させる方法を手にしていた、にも関わらず意図的に使いませんでした。

 その方法は何か、簡単なことです。アメリカ側による「一撃講和」です。ドイツとの戦いと同じように東京を陥落させればいい話です。●●を徹底的に集中攻撃して最高責任者である昭○天○を捕縛するか白旗挙げさせればよかったのです。

※ネトウヨが湧いてこないよう検索キーワード対策のために伏字とさせていただきます。ご了承ください。

 よく「そうなったら本土決戦の総力戦になった」という主張がありますが、○和○皇は自分の命が惜しくて降伏しましたよ。戦後の彼の振る舞いは戦犯にならないように必死に工作したことから自信を持って言えます。

 ということで、今回のトルーマン擁護論は、当時の日本も軍部主導で○○は戦争を止められなかったという論調と非常に似ていて、責任逃れ以外の何物でもないと私は思いますね。

<視聴メモ・番組内容(いわゆるネタバレ)が含まれています>

※見出しは当方で付けました。

・今年5月、アメリカの現職大統領が初めて原爆が投下された広島を訪れた。大統領から謝罪の言葉はなかった。
・1945年8月6日、アメリカは広島に原子爆弾を投下した。当時の大統領ハリー・トルーマン、アメリカの全国民に向けラジオ演説でこう語った。

戦争を早く終わらせ、多くの米兵の命を救うため、原爆投下を決断した。皆さんも同意してくれると思う(トルーマンの演説)

・「多くの命を救うために決断した」と正当性を主張したトルーマン。この大統領の決断は今に至るまで、アメリカ社会で原爆投下の大義とされてきた。
・ところがトルーマンは原爆投下直後に、実は深い後悔の念を抱いていたことが分かってきた。

人々を皆殺しにしてしまったことを後悔している。日本の女性や子どもたちへの慈悲の思いは私にもある。

・さらにトルーマンが原爆投下に対して明確な決断をしていなかったという新たな事実も明らかになった。軍の原爆計画の責任者だったレスリー・グローブス准将、今回見つかった未公開テープで投下の経緯を語っていた。

大統領は市民の上に原爆を落とすという軍の作戦を止められなかった。いったん始めた計画を止められるわけがない(グローブスの音声)

・原爆投下を巡ってトルーマン政権と軍との間で、激しい攻防が繰り広げられていたことも分かってきた。市民の犠牲を最小限にしたいと考えていたトルーマン。

原爆を落とす場所は、あくまでも軍事施設に限る(トルーマンの日記)

・軍は最大の破壊効果を得るため、市民の暮らす中心部を狙っていた。

原爆の威力が隅々まで行き渡る都市に落としたい(グローブスの音声)

・そして市民の頭上に落とされた2発の原子爆弾。強烈な熱線、爆風、そして放射線に襲われ、その年だけで21万人以上の命が奪われた。
・大統領の明確な決断がないまま投下された原子爆弾。なぜ市民の命が奪われなければならなかったのか、71年目の真実。

<原爆計画の責任者のインタビューテープが残されていた>
・アメリカでは毎年、各地で退役軍人をたたえるパレードが行われている。オバマ大統領が広島を訪問した今年は、原爆投下が改めて大きな話題となった。

多くの日本人が亡くなったが、何千人もの米兵が救われた。トルーマン大統領は正しい決断をした(退役軍人の男性)

今生きているのは原爆のおかげだ。原爆が戦争を終わらせたおかげで、日本の子どもたちも死なずにすんだ(退役軍人の男性)

・トルーマンは多くの命を救うために原爆投下を決断した。アメリカでは、この大義が今でも市民に根強く受け入れられている。
・ところが戦後71年の間、信じられてきたこの定説を根本から揺るがす事実が明らかになった。軍の施設にある重要な資料が眠っていた。
・空軍の幹部を養成する士官学校。4か月の交渉の末、取材許可が下りた。図書館の書庫に、原爆計画の全てを知る人物のインタビューテープが未公開のまま保管されていた。

これからグローブス元准将へのインタビューを始めます。場所はワシントン、今日は1970年4月3日です(インタビュアー)

・原爆計画の責任者を務めていたレスリー・グローブス准将。正確な歴史を記録として残そうと、軍が2時間かけて聞き取りを行っていた。グローブスはこの3か月後に心臓病が悪化し世を去った。原爆投下の経緯を赤裸々に語っていた。

大統領は市民の上に原爆を落とすという軍の作戦を止められなかった。いったん始めた計画を止められるわけがない(グローブスの音声)

・大統領は軍を止められなかったと語るグローブス。陸軍士官学校を優秀な成績で卒業後、いち早く司令官となった人物。
・当時のルーズベルト大統領が極秘に始めた原爆開発「マンハッタン計画」。1942年9月、グローブスはその責任者に抜擢された。全米屈指の科学者を結集し、研究施設や工場を建設。22億ドルもの国家予算をつぎ込み、世界初の原爆の完成を目指した。
・ところが1945年、原爆の完成を待たずにルーズベルト大統領が急死した。その直後、大統領に就任したのが当時、副大統領のトルーマンだった。ルーズベルトから引き継ぎもないまま突然、巨大国家プロジェクトの最高責任者となったのだ。
・グローブスが就任当初のトルーマンについて語っていた。

トルーマンは原爆計画について何も知らず大統領になった。そんな人が原爆投下を判断するという恐ろしい立場に立たされた(同上)

<トルーマンが大統領に就任した直後のやり取り>
・原爆計画を仕切るグローブス、そして最終責任を背負うことになったトルーマン。この後、原爆はどのような意思決定を経て投下されたのか。
・NHKは全米各地に散逸していた機密資料を集め、投下までの4か月を詳細に検証した。すると政権と軍の間で知られざる攻防があったことが分かった。
・攻防の始まりはトルーマンが大統領に就任した13日後、大統領執務室でのことだった。この日、グローブスはトルーマンに原爆計画の進捗状況について初めて説明し、計画の続行を認めてもらおうと訪れていた。これまで原爆をどこに落とすかなど、詳細は報告されていなかった。
・アメリカで選挙で国民に選ばれた大統領が、最高司令官として軍を統率する文民統制という仕組みがある。重要な軍の決定事項は大統領に報告し、必ず承認を得ることになっていた。
・このときグローブスは24ページの報告書を持参していた。報告書には原爆の仕組みや核燃料の種類、予算などが簡潔に書かれていた。原爆開発が成功すれば、戦争に勝利するための決定的な兵器になると強調していた。
・しかし大統領の反応は意外なものだった。

大統領は「報告書を読むのは嫌いだ」と言った。原爆開発の規模を考えると特に長いとは思えなかったが、彼にとては長かったようだ(同上)

・トルーマンはこの報告書の詳細を知ろうとはしなかった。このときグローブスは、計画の続行が承認されたと考えたという。

計画を変更する必要はないと判断した。彼は「そのまま進めて後で報告せよ」という姿勢だった(同上)

・実は既にグローブスは軍の内部で原爆投下計画を極秘に作成していた。今回見つかった内部資料には、こう記されている。

最初の原爆は7月に準備、もう1つは8月1日ごろに準備。1945年の暮れまでに、さらに17発つくる。

・グローブスは原爆の大量投下まで計画していた。

<トルーマン自身の日記が残されていた>
・軍の狙いに気づくことなく計画を黙認する形となったトルーマン。その背景に何があったのか。トルーマンの故郷・ミズーリ州に作られた図書館に手がかりが残っていた。就任当日の日記。引き継ぎなく突然、大統領の重責を担うことになった不安が記されている。

私の肩にアメリカのトップとしての重圧がのし掛かってきた。そもそも私は戦争がどう進んでいるのか聞かされていないし、外交にまだ自信がない。軍が私をどう見ているのか心配だ。

・この頃、ヨーロッパではナチス・ドイツが降伏寸前。太平洋戦争でも日本を追い詰め、戦争をどう終わらせていくのか舵取りが求められていた。
・さらに戦後の国際秩序を決めるソ連などとの熾烈な駆け引きが、トルーマンの肩にのし掛っていた。

<原爆投下の目標地点を検討した会議で挙げられた都市>
・大統領から原爆計画の承認を得たと考えたグローブス。最初の面会から2日後、計画を次の段階に進めた。原爆を日本のどこに投下するのかを話し合う目標検討委員会。議事録を見ていくと、軍が何を狙って原爆を落とそうとしていたのかが分かってきた。
・グローブスが集めたのは軍人や科学者たち。この場にトルーマン大統領や側近は参加していない。初めに議論されたのは原爆をいつ投下すべきか、口火を切ったのは気象の専門家だった。

日本の6月は梅雨にあたり最悪だ。7月はまだましだが、8月になって良くなる。9月になるとまた悪くなる(ランズバーグ博士)

・8月の投下が決まると、目標地点について物理学者が見解を述べていた。

人口が集中する地域で、直径が5キロ以上の広さがある都市にすべきだ。それも8月まで空襲を受けず、破壊されていない都市が良い(スターンズ博士)

・狙いは最大の破壊効果を得ることだった。選ばれたのは17か所(東京湾、川崎、横浜、名古屋、京都、大阪、神戸、呉、広島、山口、下関、小倉、八幡、福岡、長崎、佐世保、熊本)。その中で広島と京都が有力候補に挙がった。

広島には広い平地があり、周りが山に囲まれているため、爆風の収束作用が強まり大きな効果があげられる。

京都は住民の知的レベルが高い。この兵器の意義を正しく認識するだろう。

・2つの都市のうちグローブスが推したのは京都だった。

京都は外せなかった。最初の原爆は破壊効果が隅々まで行き渡る都市に落としたかった(グローブスの音声)

・破壊効果が最も高いとされた京都。グローブスが保管していた地図には直径5kmの円が引かれ、京都駅の西が中心となっている。円の中の大半が一般市民が暮らす市街地だった。

<京都への投下を反対した理由は>
・最も大きな破壊効果を得ることで原爆の意義を証明しようとしていたグローブス。候補地・京都を巡ってトルーマン政権との間で激しい攻防を繰り広げる。
・5月30日、グローブスはトルーマンの側近の部屋に呼ばれた。陸軍長官のヘンリー・スティムソンは文民の立場で軍から報告を受け、トルーマンに伝える役割だった。この日の様子をグローブスは詳細に語っていた。

スティムソンの部屋を訪ねると「投下目標の候補は決まったか」と聞いてきた。「ちょうど決まったところです」と答えた。「どこが候補になったか」と聞かれ、都市の名前を伝えた。すると「京都は認めない」と言われた(同上)

・なぜスティムソンは京都への原爆投下に反対したのか、そのことが分かる資料がイェール大学図書館に残されていた。グローブスから報告を受けた1週間後の彼の日記にこう記されていた。

この戦争を遂行するにあたって気がかりなことがある。アメリカがヒトラーをしのぐ残虐行為をしたという汚名を着せられはしないかということだ。

・スティムソンは、かつて京都を二度訪ねたことがあるという。原爆を投下すれば、おびただしい数の市民が犠牲になると知っていた。彼はこのころ激しさを増していた日本への空襲が、国際社会が非難する無差別爆撃にあたるのではと危惧していた。これ以上、アメリカのイメージを悪化させたくなかった。
・一方、グローブスは諦めていなかった。スティムソンとの面会から1か月後、京都に軍事施設があるという報告書を作成した。京都駅や絹織物の糸を作る紡績工場を軍事施設として報告していた。

「京都は他の軍事目標と何ら変わりません」とスティムソンに伝えたところ「京都への原爆投下は軍事的な意義がない」と認めてくれなかった。認めてもらうため彼のもとに6回以上通った(同上)

・京都への投下は国益を損なうと考えていたスティムソン、グローブスの提案を認めようとはしなかった。

<原爆を都市に落としたい軍部、政権サイドはあくまでも軍事施設に限ると>
・トルーマン政権と軍の攻防。膠着していた状態は7月のある出来事をきっかけに大きく動き始めた。7月16日、ニューメキシコ州で世界初の原爆実験が成功。原爆の実戦での投下が現実のものとなった。
・一方、日本では既に多くの都市が空襲で焼け野原になり、降伏は間近と見られていた。グローブスは戦争が終わる前に原爆を使わなければならないと考えた。

原爆が完成しているのに使わなければ、議会で厳しい追及を受けることになる(同上)

・22億ドルの国家予算をつぎ込んだ原爆計画。責任者として効果を証明しなければならなかった。
・原爆実験から5日後、スティムソンに部下から緊急の電報が届いた。

軍人たちは、あなたのお気に入りの都市 京都を1発目の投下目標とする意向のようだ(スティムソンの補佐官からの電報)

・軍は京都への原爆投下をまだ諦めていなかった。3日後、スティムソンはトルーマンに報告、京都を外すよう求めた。

私は京都を目標から外すべきだと大統領に伝えた。もし一般市民が暮らす京都に原爆を落とすという理不尽な行為をすれば、戦後和解の芽をつみ、日本が反米国家になってしまうと。すると大統領は「全く同感だ」と答えた(スティムソンの日記 7月24日)

・トルーマンもこの翌日、原爆投下に関して日記に記していた。

原爆の投下はあくまでも軍事施設に限るということでスティムソンと話した。決して女性や子どもをターゲットにすることがないようにと言った。

・トルーマンは市民の上への原爆投下に反対していた。

<広島への投下が決まった経緯は>
・ところがこの後、大統領の意思とは全く異なる方向へと事態は進んでいった。トルーマンのもとに軍から届いた新たな投下目標を記した報告書、最初に挙げられていたのが広島だった。
・34万人が暮らしていた広島。市内には日本軍の司令部が置かれていた。一方で西洋の文化をいち早く取り入れた活気ある市民の暮らしがあった。
・ところが報告書には広島は軍事都市だと強調されていた。

広島は日本有数の港と軍事物資の供給基地など軍の大規模施設が集まる「陸軍都市」である。

・この報告書について原爆投下の経緯に詳しいアメリカの研究者たちは、軍が市民の上に落とすことを覆い隠そうとしたと指摘している。

報告書は広島が「軍事都市」だと伝わるよう巧みに書かれていた。目標選定を行っていたグローブスらが意図的にだまそうとしていた(カリフォルニア大学のショーン・マローイ准教授)

軍は原爆によって一般市民を攻撃することはないと見せかけた。トルーマンは広島に原爆を投下しても一般市民の犠牲は殆どないと思い込んだ(スティーブンス工科大学のアレックス・ウェラースタイン准教授)

・結局トルーマンは投下目標から広島を外すことはなかった。

<広島への投下作戦に参加した軍人の証言>
・7月25日、グローブスが起草した原爆投下指令書が発令された。

最初の原爆を広島、小倉、新潟、長崎のうち、ひとつに投下せよ。2発目以降は準備ができ次第、投下せよ。

・この原爆投下指令書をトルーマンが承認した事実を示す記録は見つかっていない。大統領の明確な決断がないまま投下されることになった原爆。人類初の大量殺戮兵器の使用は、軍の主導で進められていった。
・原爆投下の前線基地となった太平洋に浮かぶテニアン島。グローブスは日本への空襲の拠点となっていたこの島に、原爆投下の特殊部隊を集結させた。509混成群団、全米各地から選抜された搭乗員で構成された爆撃部隊だ。
・広島への投下作戦に参加した一人、レイ・ギャラガーの証言から作戦の狙いが見えてきた。

司令官から目標はヒロシマと言われた。町を徹底的に破壊しろと命じられた(ギャラガーの音声)

・軍が作成した広島の投下目標を示した航空写真。目標とされた相生橋を中心に破壊の指標となる直径5kmの円が描かれていた。地図を立体化すると、円は山裾ギリギリまで広がっていた。相生橋を目標にしたのは破壊効果を最大にするためだった。

目標に正確に投下せよと命じられ緊張した。その後、食べ物の味も分からなくなった(同上)

・8月6日午前1時45分。部隊はテニアン島を離陸。

ヒロシマに近づくにつれ皆、口をきかなくなった。長い沈黙が続いた(同上)

・そして8時15分。

二度と見たくない光景だった。申し訳ないが地上の人々に心を向けることはなかった。私たちは運べと命じられたものを運んだだけだ。作戦は完全に成功した(同上)

<原爆投下の一報を聞いたトルーマンとグローブス>
・このときトルーマンは大西洋の船の上にいた。戦後処理を話し合うポツダム会談の帰り道だった。原爆投下の一報を受け、船の中で演説を収録。あくまでも軍事目標に落としたと強調した。

先ほどアメリカ軍は日本の軍事拠点ヒロシマに1発の爆弾を投下した。原子爆弾がこの戦争を引き起こした敵の上に解き放たれたのだ(トルーマンの演説)

・このとき軍の思惑には気づいていなかったと見られる。
・一方、ワシントンで報告を受けたグローブス。原爆を開発した科学者に電話し「君たちを誇りに思う」とねぎらった。

<ワシントンに戻ったトルーマンが下した決断は>
・政権と軍の思惑がかけ離れたまま投下された原爆。トルーマンが認識の誤りに気づいたのは、ワシントンに戻った直後だった。そのときのことがスティムソンの日記に克明に記されていた。

8月8日午前10時45分、私は大統領を訪ねた。そして広島の被害をとらえた写真を見せた。(スティムソンの日記 8月8日)

・このとき見せたとされる写真は、空から撮影された原爆投下直後の広島。直径5kmの市街地がことごとく破壊されていた。それを見せながら広島の被害について説明したスティムソン、そのときトルーマンが発した言葉も記されていた。

こんな破壊行為をした責任は大統領の私にある(同上)

・軍の狙いを見抜けなかった大統領、明確な決断を行わなかった自らの責任に気づいた。
・しかし動き始めた軍の作戦は止まることなく暴走していった。同じ日、テニアン島では既に2発目の原爆の準備が整っていた。
・止められるのは最高司令官の大統領だけ。しかし原爆は8月9日午前11時2分、長崎に投下された。広島の写真を見た半日後のことだった。
・トルーマンはこのときの心境を友人への手紙に記していた。

日本の女性や子どもたちへの慈悲の思いは私にもある。人々を皆殺しにしてしまったことを後悔している。

・8月10日、トルーマンは全閣僚を集め、これ以上の原爆投下を中止する決断を伝えた。トルーマンがこの場で発した言葉。

新たに10万人、特に子どもたちを殺すのは、考えただけでも恐ろしい(ウォレス商務長官の日記 8月10日)

・3発目の準備をしていたグローブス、大統領の決断には従うしかなかった。

3発目の準備を中止させた。大統領の新たな命令がない限り、投下はできなくなった(グローブスの音声)

・日本への原爆投下がようやく止まった。

・原爆が落とされた広島、長崎。黒焦げになった少年、寄り添うように焼けて亡くなった親子、地表は数千度に達したという。

・大統領が初めて下した決断、21万人以上の命を奪った末の遅すぎる決断だった。

<原爆投下を正当化するために付け加えられた演説>
・大統領の明確な決断がないまま行われていた原爆投下。この後、トルーマンはその事実を覆い隠そうとした。長崎への投下の24時間後の国民に向けたラジオ演説で、用意されていた原稿にはなかった文言が加えられていた。

戦争を早く終わらせ、多くの米兵の命を救うため、原爆投下を決断した(トルーマンの演説)

・多くのアメリカ兵の命を救うために原爆を落としたというのだ。研究者はこの言葉が、市民の上に投下した責任を追及されないよう後付けで考えられたものだと指摘する。

トルーマンは軍の最高司令官として投下の責任を感じていた。「例え非道な行為でも投下する理由があった」というのは、大統領にとって都合の良い理屈だった。このとき「命を救うために原爆を使った」という物語が生まれた。世論を操作するため演出された(前出のウェラースタイン准教授)

・8月15日、日本降伏。世論調査で8割のアメリカ国民は原爆投下を支持した。「原爆投下は正しい決断だった」という定説が生まれたのだ。
・その後、原爆による被害の実態が伝わらないまま、世界では核開発競争が続いていった。

<被爆者と面会したトルーマンの説明は>
・原爆投下から18年後、トルーマンは一度だけ被爆者と面会したことがあった。そのときの映像には、被爆者に対し原爆を投下したのは日本人のためでもあったと説明していた。

原爆投下の目的はアメリカ人と日本人、それぞれ50万人の犠牲者を出さずに戦争を終わらせるためだった(トルーマンの説明)

・最後まで目を合わさず、面会は3分ほどで打ち切られた。
・明確な決断をしなかった責任。それを覆い隠そうとしたトルーマン。事実を語らぬまま、88歳で生涯を閉じた。
・あの日、トルーマンと面会した被爆者が今も広島で健在だった。森下弘さん(85)は当時のことを振り返る。

講堂で我々被爆者がトルーマンと会うことになったが、我々は下で見守っていた(森下さん)

・森下さんは当時の落胆の気持ちを今も忘れることができない。

あっけない、肩すかしみたいな感じだった。原爆投下を決定したとき、幼い命もたくさんあることを考えなかったのか(同上)

・森下さんが被爆したのは14歳のとき。同じ中学校の生徒のうち350人以上が犠牲になった。なぜ子どもの命が奪われなければならなかったのか考え続けてきた。
・トルーマンが原爆投下は軍事目標に限ると記していた日記を見てもらった。

多くの子どもたちや非戦闘員が命を失うことになるということに思いを至さなかったわけではない。それを押し切れなかったということ、それが残念だ(同上)

・この夏も森下さんが通っていた学校で慰霊祭が行われた。仲間たちは一人一人に夢や希望があった。そのことにどれだけ思いは馳せられていたのか、改めて仲間たちの無念と向き合うことになった。

命を無残に奪われるということ、そういうことが本当にあった。悲しみがここにしずもっているが、本当に(仲間たちが)安らかに眠れているかどうか、改めて今日思い起こした(同上)

・71年前、兵器の効果を示すため市民の頭上に落とされた原子爆弾。計画の実現だけを考えた軍の危うさを指導者は見逃した。
・事実は書き換えられ、原爆は正当化されていった。
・戦争は何をもたらすのか、広島、長崎が突きつける重い問いかけだ。

(2016/8/9視聴・2016/8/9記)

【ブログランキング】
▼▼ワンクリック投票をぜひお願いいたします▼▼

にほんブログ村 テレビブログ テレビ番組へ 


※関連ページ(NHKスペシャル)
調査報告 相模原・障害者殺傷事件~19人の命はなぜ奪われたのか~
未解決事件 File.05 ロッキード事件 第3部 日米の巨大な闇 40年目のスクープ
未解決事件 File.05 ロッキード事件 第2部 実録ドラマ(後編)
未解決事件 File.05 ロッキード事件 第1部 実録ドラマ(前編)
ミラクルボディー 第3回 未知の能力を呼び覚ませ 義足のジャンパー マルクス・レーム
ミラクルボディー 第2回 復活!日本柔道“柔よく剛を制す”の秘密
ミラクルボディー 第1回 シンクロナイズドスイミング 世界最強の人魚たち
私は家族を殺した “介護殺人”当事者たちの告白
古代史ミステリー「御柱」~最後の“縄文王国”の謎~
シリーズ キラーストレス 第2回 ストレスから脳を守れ~最新科学で迫る対処法~
シリーズ キラーストレス 第1回 あなたを蝕むストレスの正体~こうして命を守れ~
大アマゾン 最後の秘境 第3集 緑の魔境に幻の巨大ザルを追う
スクープドキュメント 北朝鮮“機密ファイル”知られざる国家の内幕
廃炉への道2016 核燃料デブリ 迫られる決断
人生の終い方
そしてテレビは“戦争”を煽った~ロシアvsウクライナ 2年の記録~
天使か悪魔か 羽生善治 人工知能を探る
揺れ続ける被災地 “連鎖”大地震1か月の記録
大アマゾン 最後の秘境 第2集 ガリンペイロ 黄金を求める男たち
シリーズ古代遺跡透視 プロローグ 大ピラミッド 永遠の謎に挑む
そしてバスは暴走した
若冲 天才絵師の謎に迫る
老人漂流社会 団塊世代 しのび寄る“老後破産”
緊急報告 熊本地震 活断層の脅威
大アマゾン 最後の秘境 第1集 伝説の怪魚と謎の大遡上
巨大災害 MEGA DISASTER Ⅱ 日本に迫る脅威 地震列島 見えてきた新たなリスク
新・映像の世紀・第6集 あなたのワンカットが世界を変える
シリーズ東日本大震災 “26兆円” 復興はどこまで進んだか
私を襲った津波~その時 何が起きたのか~
風の電話~残された人々の声~
ゼロから町をつくる~陸前高田・空前の巨大プロジェクト~
被曝の森~原発事故 5年目の記録~
“原発避難”7日間の記録~福島で何が起きていたのか~
難民大移動 危機と闘う日本人
新・映像の世紀・第5集 若者の反乱が世界に連鎖した
司馬遼太郎思索紀行 この国のかたち 第2集 “武士”700年の遺産
司馬遼太郎思索紀行 この国のかたち 第1集 “島国”ニッポンの叡智
CYBER SHOCK~狙われる日本の機密情報~
史上最悪の感染拡大~エボラ 闘いの記録~
ママたちが非常事態!?~最新科学で迫るニッポンの子育て~
新・映像の世紀・第4集 世界は秘密と嘘に覆われた
シリーズ東日本大震災 原発事故5年 ゼロからの“町再建”~福島 楢葉町の苦闘~
震度7 何が生死を分けたのか~埋もれたデータ 21年目の真実~
シリーズ 激動の世界・第3回 揺れる“超大国”~アメリカはどこへ~
シリーズ 激動の世界・第2回 大国復活の野望~ロシア・プーチンの賭け~
シリーズ 激動の世界・第1回 テロと難民~EU共同体の分断~
新・映像の世紀・第3集 時代は独裁者を求めた
自衛隊はどう変わるのか~安保法施行まで3か月~
未解決事件 追跡プロジェクト~埋もれた情報 動き出した事件~
調査報告 介護危機 急増“無届け介護ハウス”
いのち~瀬戸内寂聴 密着500日~
シリーズ東日本大震災 追跡 原発事故のゴミ
パリ同時テロ事件の衝撃
シリーズ認知症革命・第2回 最後まで、その人らしく
シリーズ認知症革命・第1回 ついにわかった!予防への道
アジア巨大遺跡・第4集 縄文 奇跡の大集落~1万年 持続の秘密~
アジア巨大遺跡・第3集 地下に眠る皇帝の野望 ~中国 始皇帝陵と兵馬俑~
盗まれた最高機密~原爆・スパイ戦の真実~
シリーズ東日本大震災 “津波の海”を潜る~三陸・破壊と回復の5年間~
アジア巨大遺跡・第2集 黄金の仏塔 祈りの都~ミャンマー バガン遺跡~
アジア巨大遺跡・第1集 密林に消えた謎の大都市~カンボジア アンコール遺跡群~
“ジョーズ”の謎に挑む~追跡!巨大ザメ~
私が愛する日本人へ~ドナルド・キーン 文豪との70年~
巨大災害 MEGA DISASTERⅡ 日本に迫る脅威 第3集 火山列島 地下に潜むリスク
作家 山崎豊子 ~戦争と人間を見つめて~
老衰死~穏やかな最期を迎えるには~
緊急報告 列島大水害
巨大災害 MEGA DISASTERⅡ 日本に迫る脅威 第2集 大避難~命をつなぐシナリオ~
巨大災害 MEGA DISASTERⅡ 日本に迫る脅威 第1集 極端化する気象~海と大気の大変動~
老人漂流社会~親子共倒れを防げ~
新島誕生 西之島~大地創成の謎に迫る~
“終戦”知られざる7日間~“戦後”はこうして始まった~
カラーでみる太平洋戦争~3年8か月・日本人の記録~
女たちの太平洋戦争~従軍看護婦 激戦地の記録~
アニメドキュメント あの日、僕らは戦場で~少年兵の告白~
“あの子”を訪ねて ~長崎・山里小 被爆児童の70年~
特攻~なぜ拡大したのか~
憎しみはこうして激化した~戦争とプロパガンダ~
きのこ雲の下で何が起きていたのか
密室の戦争~発掘・日本人捕虜の肉声~
日航ジャンボ機事故 空白の16時間~“墜落の夜”30年目の真実~
生命大躍進 第3集・ついに“知性”が生まれた
生命大躍進 第2集・こうして“母の愛”が生まれた
生命大躍進 第1集・そして“目”が生まれた
AD

じゅにあさんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。