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あなたは、「すでにそうであること」に、いつもノーと言っていることに、自分で気づいているかね?と、さりげなく、いざなぎ空が問いかけてきた。

 

 

 

それは、路上で配られるティッシュペーパーを、いつも僕が、手に取らないことをおっしゃっているんでしょうか!?

 

 

 

ほぅ、なかなかいいボケをするじゃないか。暇じゃないから、無視させてもらうけどね。要は、あなたが、あるがままに「現実」を受け止めていないってことを、指摘させてもらっただけさ。すでにそうであることに「抵抗」して、瞬時に、自分の独りよがりな「物語」をつくりあげていて、まるで素直に受け止めてないわけさ。

 

 

 

それって、あるがままの現実を、自分勝手に脚色して、色眼鏡をかけてしまっているってことなんですかね?

 

 

 

そうだよ。花や鳥たちは、今起きていることに対して、記憶に従って「分析」したり、個人的な色眼鏡で「物語化」したりしないわけさ。

 

 

 

おっしゃっていることは、目前の現象を、個人的な記憶や経験に照らして「頭」で解釈してしまっている故に、それがつまり、すでにそうである現実に「抵抗」していることになっているとおっしゃっているんですか?

 

 

 

頭で「判断」したり、善悪に「区別」すること自体が、「時間」の直線的な流れに取り込まれてしまうわけさ。そうすると、あるがままの現実に「目に見えないカーテンの壁」をつくってしまうことになるわけさ。

 

 

 

ということは、あるがままの現実は、「時間の外」にあるってことですかね?

 

 

 

そうだよ。すでにそうである「現実」は、あなたの「考えの外」にあるわけ。「考え」が作動すると同時に、「時間」という概念の「牢獄の中」に閉じ込められてしまうわけ。

今この瞬間にある「現実」は、時間の外に、常に、永遠に在るわけさ。その「すべてなる存在」が、真のあなたでもあるわけさ。もちろん私たち「精霊」も、そこからやってきて、あなたに今、問いかけているわけだけどね。

 

 

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そこのところがよく呑み込めていないんですけど、つまり、考えというか「自我」が、いつも勝手に私の物語の中に入り込んでしまっているために、ただ在る、あるがままの現実を「無視」して、つねに「抵抗」していると、おっしゃっているんでしょうか?

 

 

 

そいうことだよ。つまり、あなたの「自我」が、いつも「本当のあなた」に、「成りすまし」てしまっているわけさ。よほどの「苦痛」か「困難な出来事」が発生しない限り、いつも慣れ親しんだ「思考グセ」を手放すことは、まずありえないわけさ。あなたは思考プログラムと一体化してしまっていて、それが自分のアイデンティティそのものになってしまっているわけ。

なので、キリストの「十字架のシンボル」が、いまだに有効なわけさ。

 

 

 

よく理解できないんですけど、それってつまり、耐えきれない「苦しみ」や「苦難」が、やむなく「必要」だっておっしゃっているんですか?

 

 

 

まぁ、そういうこと。あなた方は、自我による「思考」と一体化しているがゆえに、心の深いところで、いつもすべては分離していて、生き残るためには「敵」と戦わなければならない、って信じ込んでいるわけさ。この信念プログラムによって「あなたの肉体」が、この世で、他者という「敵」と戦い合う世界に、実際に住むことになるわけさ。

 

 

 

要は、すでにある「今この瞬間の現実」に無意識に「抵抗」して、独りよがりな「自我の夢」と一体化してしまっているってことなんですか?

 

 

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もちろんだよ。その「自我の物語」を疑いすらしないわけさ。その「ネガティブな思考」にすっかり慣れ親しんでしまっているから、自分をしっかりと守ってくれて、どんな夢も実現してくれると、とりあえず、あなた方は信じ切ってしまっているわけさ。

 

 

 

その自我の「成りすましゲーム」からしっかりと目覚めるために、私たちは、強烈な「苦しみ」や「逆境」によって精神的に「追い詰められる必要」があるわけなんですね?そしてあまりの苦しさゆえに、止むを得ず、すでにそうである現実を、しぶしぶ受け入れるようになるわけなんですね。

つまりそれが、イエスが磔になる「十字架の道」が意味する「シンボル」なわけなんですね?

 

 

 

わかってもらえて、嬉しいよ。

まだまだ多くの無意識を生きる人たちにとっては、あまりに苦しみがひどくて、やむなく思考(自我)を手放すという「手法」が必要なわけさ。なので今のところ、この「十字架の道」が、さとりをひらく最も「確実な方法」なわけさ。

まぁ、そんなわけだから、あなた方の量子力学の第一法則、「観察する側が、観察される側に影響を及ばさずにはおかない」という法則が、常に作用しているわけ。

要は、あなた方の目に映る世界が何であれ、あなた方の意識の「鏡」であり、夢の中の出来事と同じように、すべてシンボルなわけさ。意識のエネルギー粒子が、あなたの思いをカタチづくって、絶えずダンスしているわけさ。

 

 

 

そうなんですね。おかげで今回は随分納得できました。そこに気づくことによって、つまり、「自我の成りすましゲーム」が終わって、すべてなる存在の「入り口」が、今ここで、大きく開くわけなんですね〜( ´ ▽ ` )

 

 

 

そういうこと。なので、何が起こったにしても、消滅するのは、あくまで「自我」や「肉体」や「死」という概念、つまり「考え」のカタチのほうで、「真のあなた」のほうは、永遠に誰にも破壊されないわけさ。

 

 

 

 

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いざなぎ空との対話はつづく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
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「自我のものの見方を続けているかぎり、絶対にあなた達は、自分に自信を持つことはできない」っておっしゃった理由を、できれば、もう一度具体的に説明していただけないでしょうか、と、僕は、その意味をいまだに腑に落とせずにいたので、いつものように、いざなぎ空に問いかけてみた。

 

 

 

自我は、基本的に、いつも「足りない」と思っているから、その何かを探し求めて、常に動き回らなければならないからさ。

 

 

 

それって、つまり、私たちは、いつも「欲求不満状態」だから、結果的に、自分に「自信」を持てずにいるってことなんですか?

 

 

 

そうだよ。常に何かを足りないと感じているから、いつもおどおどと自分の身を守ろうとしているわけさ。もちろんそれは「幻想」に過ぎないのに…、気づけないわけさ。

 

 

 

どうして私たちの「自我」は、気づけないで、いつもありもしない危険に恐れを抱いて、縮こまってしまっているのでしょうかね?

 

 

 

 

たぶん、前にも説明したと思うから繰り返しになるけど、あなた方の自我の視点は、目前の対象に、「一回に、ひとつづ」しか焦点を合わせられないわけさ。要は、あなた方の「脳の仕組み」のせいで、一度に、一点にだけフォーカスするために、結果的に、他のすべてを「排除」しなければならないわけさ。つまり、その一点だけに溺れ、酔いしれてしまうわけ。

そのために、ほとんど無意識的に、いつも敵がいるんだと感じてしまっているわけさ。

 

 

 

おっしゃっている意味がよくわかりません!もう少し噛み砕いて、優しく説明してください。お願いしま〜すm(_ _)m。

 

 

 

いつもそこのところが、私たちにとって難問なわけさ。何かを伝えるのに、私たちは、普段言葉を使ってないわけ。言葉って、肝心なところがまどろっこしいわけさ。でも、とりあえず努力してみるよ。

簡単な表現になるけど、自我の視点、要は、「肉体の目」で見るのをやめて欲しいわけ。そして直感というか、「心の目」で全体を、いまこの瞬間を感じて欲しいわけさ。あなたの「自我の目」がつくり出す様々なカタチの「向こう側」に映し出されている「光」を、自我が必死に区別し、切り刻む前の、私たちの全体性を感じて欲しいわけ。

一点にだけ酔いしれて、目前の対象に「一体化」せずにね。

 

 

 

目前に見えるカタチの「向こう側」を感じるんですか??

 

 

 

そうだよ。簡単に喩えるなら、あなた方のスマホに映し出されている「内容」のほうではなくて、その内容(画像)を映し出してくれているバックスクリーンの「光」のほうに、フォーカスして欲しいわけさ。

その背後に輝く「光」のほうが、真のあなた方であり、私たち精霊なわけさ。スマホの内容である画像は、その都度都度に常に変化しているけど、背後にある「光」のほうは、永遠に変わらないで静止しているわけさ。常に、いまこの瞬間に「在りつづける」わけさ。

 

 

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それって、聖なる「神の視点」のことをおっしゃっているんでしょうか?

 

 

 

いや、残念ながら、神は「全体」だから、何かを、「一点」だけを見るってことは絶対にあり得ないわけ。

なので、個別の視点は、どこにも存在しないわけさ。在るのは全体として存在するカタチのない「一つの意識」だけなわけさ。

 

 

 

見る目も、カタチも存在しないのでしたら、私たちは、一体何を知覚したらいいんでしょうか??

 

 

 

いい質問だね。そういうわけだからこそ、私たち精霊が、「案内役」として、あなた方の「問いかけ」に、「準備ができた人」に対して、一瞬のズレもなく、答えているわけさ。

 

 

 

その「準備ができた人」っていうのは、具体的には、どんな人たちのことをおっしゃっているのでしょうか?

 

 

 

この世の「仕組み」を、外側じゃなくて、自分の内側に向かって、何としても真実を教えてくださいって、「問いかけ」をするようになった人たちのことさ。

 

 

 

ということは、自分の内側に向かって、問いかけるようになった人たちだけに、その仕組みを「教えて」いただけるんですか?

 

 

 

もちろんだよ。その「問いかけ」がなければ、私たち「精霊」は、どうにも活躍する場(スペース)が与えられないわけさ。

 

 

 

そ、そうなんですか!?

 

 

 

そうだよ。長い長いあいだ、私たちは愛ゆえに、ただ、それだけを待ち続けていたわけさ。

 

 

 

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常なる究極のいま

 

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どうして私たちが、あなたに問いかけるようになったのか、その意味に気づいているかね?と、例のごとく、いざなぎ空が問いかけてきた。

 

 

 

さぁー見当もつきません!何故なんでしょうか?

 

 

 

偽りの世界で、道を失ったままでいたくないからさ。

 

 

 

そ、そうなんですか???でも、今の自分には、そういう自覚はありませんよ。仮に、それが真実だとしても、それと、あなたに問いかけをするようになったのと、一体どういう関係というか、つながりがあるんでしょうか?

 

 

 

私たちの役割は、あなたの思い込みによって矮小化された「視野」に、もっと広く深い「知恵」を吹きこむことで、思考による「偽りの世界」から、あなた方が脱出できるように、しっかりと導くことなわけ。つまり私たちは、真のあなたの「生命エネルギー」であり、あなたの「魂」そのものなわけさ。

 

 

 

なるほど。そうすると、あなた方は、私たちの「魂」なんですね。ところで、「魂」と「自我」とでは、聞くところによると、見える世界が相当違って見えるらしいですね?

 

 

 

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そうだよ。それを説明するにあたって、少し基本的な話をしとくね。まぁ、簡単にいうと、私たちは「宇宙の魂」で、あなた方の「魂」は、そのコピー、ミニ版なわけさ。そしてある瞬間ふと、私たち「宇宙の魂」は、自分自身を知っているだけでは物足りなくなって、自分自身のあらゆる部分を、相対的に「経験」したくなったわけさ。

それであなた方の「身体」と「マインド(自我)」と、私たちのコピーである「魂」という三位一体の道具を、発明したってわけさ。つまり、あなた方は「自我」以上の存在なわけさ。いまだにほとんど気がついていないけど、あなた方は「魂」の存在でもあるわけさ。そしてその「存在」は、あなたの中では、最も大きな部分でもあるわけさ。

それに対して「自我」のほうは、最も小さいサイズなわけさ。あなたの「魂」のほうはコピー版といえど、すべてを見通し、すべてを理解し、あなたが持ちたいと願っている可能性のすべてを、すでに持っているわけさ。あなたの「魂」が持っていないのはたったひとつ、それらの「経験」だけなわけ。

ただ問題なのは、あなた方の物質的な「脳」には限界があって、「一時に、ひとつずつ」しか新しいデータを処理できない仕組みになっているわけさ。確か、このことは、以前に、たぶん説明させてもらっているよね?

 

 

 

はい、確かに憶えていますよ。

その記憶が正しければ、私たちの脳には「容量の限界」があって、一気にデータを取り込んでしまったら、私たちは、自分自身を見失う状態になって、医学的には壊れてしまうと聞いています。

なので、真の私たちの「全的な存在」は、頭/脳という「道具」を使えるようにしておくために、全的なすべてなる「魂」が、時間を超越した領域の膨大なデータを細切れにして、「一時に、ひとつずつ」脳に供給することで、連続的な時空が創造される仕組みになっているって、一応、そんな風に聞いていますよ。

 

 

 

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その通りだよ。

なので私たちのやり取りは、あくまで、あなたの心の中で起きている現象なわけさ。あなたの「魂」は、いまこの瞬間、案内役としての役割を果たしているわけさ。いまここに「常にある究極の現実」に、あなたのマインド(自我)が、ようやく気づきつつあるわけさ。私たちの静かな沈黙のささやき、時間のないゼロポイント・フィールドの声を、受け入れ始めているわけさ。

 

 

 

今おっしゃった話と、うまく話がつながるかどうか分からないんですけど、時々、

自分の呼吸を、静かに観察しているんです。その出入りのリズムを、ただ感じていると、自分じゃない誰かが、その目に見えない「存在」が呼吸しているのを感じることができるんです。

すると、周りの景色や壁や椅子がふんわりとした光に包まれて、脈打つように優しく呼吸しているのが、伝わってくるんです。あらゆるものがひとつで、深くつながっているんです。これって、少し変でしょうか?!

 

 

 

別に変じゃないよ。観察される側が、観察する側に気づいてもらえて、ほほ笑み返しているのだよ。あらゆるものは、もともとひとつなワケさ。

要は、あなたの自我がデッチ上げた「偽りの世界」から、ようやく「脱出」しつつあるだけのことさ。いつも「あなた」に起こっているように見えるヴァーチャルなゲームから、いま解放されつつあるだけのことだよ。

 

 

 

そ、そうなんですか!?

 

 

 

肝心なのは、自我がでっち上げた「偽りの時空間」の中で、自分自身を「見失う」ことのないようにすることなワケさ。私たちの役割は、あなた方が、この世界に何をしに来たのかを、マインド(自我)にもわかるように、深い真実の情報を与えることなワケ。

つまり、マインド(自我)がでっち上げた偽りの物語や感情と「一体化」しないように、あなた方を「常なる究極のいま」に導く仕事なワケさ。

確かに、この世は、すべてが非常に洗練されていて、手が込んでいる。しかし、どれも現実ではないワケ。すべては「ホログラム」なわけさ。

 

 

 

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イエスが、「私は、自分では何もできない」といった意味がわかるかね?と、不意に、いざなぎ空が問いかけてきた。近くの公園を散歩していた時だ。

 

 

 

 

ってことは、洗濯やトイレ行くことも、自分ではできないってことなんですか?と、意味がよくわからないので、僕はそう答えた。

 

 

 

 

ほぅー、軽口を叩く余裕はあるわけだ。もう少しマトモな答えは、浮かんでこないのかね?

 

 

 

 

すいませんm(_ _)m。もう少しスピリチュアルな意味で捉えるとして、例えば、自我の「思考」に反応して懸命に「何か」を行なったとしても、本当の成功は得られないってことなんでしょうか?

 

 

 

 

つまり、こういうことさ。あなた方が「いまに在る」ことに気づかない限り、行動だの希望だのと、外側にある「時間の次元」でばかり意味を探し求めて、永遠に彷徨い続けることになってしまうわけさ。そこで、なんとか「充足感」や「意味」を発見したにしても、そんなものはいずれは「解体」したり、偽りの「幻想」だったということになってしまう。

「時間」のなかで発見された「意味」には、相対的で一時的な真理しかないわけさ。あくまで思考は「動くカタチ」だから、いまに在る「静寂」に、静かに停止している思考抜きの「意識」に気づくことができないわけさ。

 

 

 

 

そ、そうなんですか?「いまに在る」というのは、静かに「停止」していることなんですか!?

 

 

 

 

そうだよ。何度か説明していると思うけど、いまに在るというのは、時間のない「静寂の状態」に、思考無しで「停止」しているってことなわけさ。

 

 

 

 

ということは、エゴや思考は絶えず動き回っているから、思考と「一体化」している限り、停止して「いまに在る状態」、その静寂に、なかなか「気づく」ことはできないって「意味」なんでしょうか?

 

 

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そうさ。常にカタチに自分を同一化しなければならないというエゴの「洗脳」を捨ててしまえば、本当のあなたである「内なる空間」、つまり「虚空の喜び」を感じることができるようになるわけさ。

しかしこれは、自我(エゴ)にとっては逆に自分を見失うことになるから、ものすごい「抵抗」に遭遇することになってしまうわけさ。

 

 

 

 

その「抵抗」に遭遇するから、私たちは、なかなか簡単には「覚醒」できないわけなんですね!

 

 

 

 

まぁ、そういうことになるかな。なので、イエスは、「本当の自分自身を発見するためには、自分を失わなければならない」と教えたわけさ。

 

 

 

 

ということはつまり、この世のモノや思考や感情等のカタチへの同一化が少なくなればなるほど、エゴという自我が貧しく小さくなる。そしてカタチのレベルに執着しなくなってくるから、私たちは今この瞬間と調和して、自我というカタチを取る前の自分に、静寂なる虚空意識に「帰還」することが可能になるってことでしょうか!!

 

 

 

 

なんとか追てきてもらえているようだね。いまこの瞬間の静寂には、カタチはないわけさ。できれば、静寂という言葉の概念も、あなたの頭/心から消し去って欲しいわけ。ただこの瞬間に停止して「在る」わけさ。しつこく言うけど、静けさには、カタチはないわけ。そして「思考」はカタチだから、いまこの瞬間の「時間のない静寂」に気づけないわけさ。なぜなら思考が止まると、「エゴの死」が訪れるからさ。

 

 

 

 

意外というか、ずいぶん感動的なお話ですね。すべての物語が消えてなくなるわけなんですね。見て、聞いて、嗅いで、味わって、触れるだけにして、要するに、一切の解釈やレッテル貼りを停止して、どんな分析も一切無しにするんですね!

 

 

 

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その通りだよ。

「思考」は現実を、生命のない断面に切り裂いてしまう。その切り刻まれた断片的な現実感ゆえに、破壊的で非理知的な行動が、あなた方の世界のあちこちで起こって来ているわけさ。

なので、その思考による「個別の幻想」を、いまこの瞬間にある「気づき」から分離してしまえば、まだカタチとして現れていない「生命の全体性」と「その喜び」につながるわけさ。そして、そのさらに深いレベルでは、すべてがひとつなわけさ。ここで最も重要なポイントは、あなたがそこに気づくことによって、そのすべてなる虚空意識が、あなたを通じて、この世にアクセスして、流れ込んでくるようになるわけさ。

すると、何処からか助けが現れたり、不思議な共時性が、頻繁に起こってきたりするようになるわけさ。

 

 

 

 

つまり、その共時的な現象の現れが、「私は自分では何もできない」というイエスが言った意味に、つながってくるわけなんですね⁈

 

 

 

 

そいうことさ。自我という「個別の思考」によって、「いまという瞬間」に、あなた方は無意識に背を向けてきたのさ。

 

 

 

 

「希望」や「期待」という思考のカタチに執着することで、エゴの罠である「偽の時間の牢獄」に囚われてきたってことなんですか⁇

 

 

 

 

もちろんだよ。思考がつくる時間を「否定」すれば、結果的にエゴを「消滅」させることになるわけ。すると、何をしても、うまくいくようになるよ。

 

 

 

 

わかりました。首から上を取り外して、とりあえず「頭」無しで、生きていきま〜〜す♪(´ε` )

 

 

 

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柔和な者が地を継ぐ

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「心の貧しい者は幸いです」とイエスが言った意味がわかるかね?と、いざなぎ空が問いかけてきた。ぼんやりとソファーに腰掛けて、外の景色に目を向けていた時だ。

 

 

 

「さぁー?」と僕は、肩をすくめて答えた。正直、見当もつかなかったからだ。

 

 

 

それじゃ、その後に続く「天の御国はその人のものだからです」と言った意味の方はどうかね?

 

 

 

はっきり言って見当もつきません。一体どんな意味なんでしょうか??できれば、僕に理解できる程度に、分かりやすく、説明していただきたいんですけど〜。

 

 

 

ご期待にそえるかどうかわからないけど、とりあえず、説明するね。要は、自分の「考え」や「感情」や「行動」に、自分の心を「同一化」しないで、心をいつも、澄み切った「空っぽの状態」にしていなさい、ってことだよ。そうすれば、天の御国の、静かで深い喜びを、感じることができるようになるわけさ。

 

 

 

どうも意味が飲み込めてないんですけど、「心が貧しい者」っていうのは、「考え」や「感情」や「何か」に、自分自身を「同一化」してない「心の状態」のことを意味しているんですか!?

 

 

 

そうだよ。自我というか「エゴ」は、常にあらゆる「カタチ」に同一化しようとし、何かに「執着」しないで過ごすことはできないわけ。自分は正しくて他者はまちがっているという「考え」も、エゴの無意識の主たる「カタチ」の一つなわけさ。

要は、それが集合的な「妄想」であることを見抜けないで、虚しい充足を求めて、一生モノやカタチを追い求めることになるわけさ。「自我」を獲得し続けるには、常にバラバラな「他者」や「敵」が必要なわけさ。

 

 

 

つまり、「心が貧しい者」が、「幸い」なのは、思考や感情や何かのカタチに自分を同一化して、それに、自分を「かぶせていない」からっておっしゃっているんですね??

 

 

 

もちろんだよ。カタチの世界であるこの世は、常に「諸行無常」の世界であり、いずれは確実に滅びていく世界なわけさ。カタチとして現れている地球や月や太陽や銀河は、何もない宇宙の広大な空間から生まれてきているわけさ。つまり、目に見える世界は、目に見えない世界から生まれ、カタチのある世界は、カタチの無い世界から生まれ出てきているわけさ。

本当のあなた方は、カタチに制限された「身体」や「思考」や「感情」ではなくて、そのカタチを出現させている宇宙、静かなるゼロポイント・フィールド、つまり「虚空」なわけさ。

 

 

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そのお話の流れからすると、「天の御国」とは、つまり「虚空」のことを意味しているってことですよね?

 

 

 

わかってもらえて、有難いね。何かに自分を同一化するのをやめて、「心の貧しい者」になった時に、虚空の純粋な意識、ただいまに在る喜び、つまり「天の御国」の喜びを、その「生命の周波数」を感じることができるようになるわけさ。

 

 

 

なんだか頭が混乱してわけがわからない気分になってきました( ;∀;)。そうすると、私たちが希望や夢を「未来」に求めると、無意識のうちに、いつもおっしゃっている「偽の時間」の流れる「思考」に「救い」を求めることになるから、つまり、思考という「カタチ」にエネルギーを吸い取られて、要は、エゴの「罠」に落ちることになってしまうんですね!!

 

 

 

そこに気づいてもらえて、嬉しいよ。

あなたを解放してくれる未来の出来事なんてない。何ものも「将来」あなたを解放してくれないわけさ。なぜなら、あなたを解放するのは、常に「いま」、現在の「この瞬間」だけなわけさ。そこに気づくこと、それが「覚醒」なわけさ。なので、私たちの使者であるイエスは、山上の垂訓として、こう言ったわけさ。

「柔和な者は幸いである。その人は地を受け継ぐから」と。

 

 

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その、今までのお話の流れからすると、その「柔和な者」とは、思考やカタチに「アイデンティティ」を求めないで、カタチになる前の空間、「虚空意識」に目覚めている者のことを指しているわけなんですか?!

 

 

 

まぁ、遠からずってとこかな。要は、柔和な人とは、「エゴのない人」なわけさ。自分の本質が「虚空」であること、純粋なカタチの無い「意識」であることに気づいているわけ。

そして、この世のカタチとお互いに相互作用をすることで、あらゆるカタチに流れ込んでいる意識を、あなたを通して、その「無意識」から目覚めさせて、一つである全体性の喜びを分かち合い、生命としての深く静かな永遠性を、今この瞬間に思い出しているわけさ。

 

 

 

それが、「柔和な者が地を継ぐ」って意味になるわけなんですね?

 

 

 

ほぅー、わかってきたじゃないか。

 

 

 

そ、そうですか!

やったーって気分で〜す♪(´ε` )

 

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私は何も知らない

 

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「『汝の敵を愛せよ』とイエスがいった意味がわかるかね?」と、いざなぎ空が、例のごとくふいに問いかけてきた。それは、ちょうど洗濯機のスイッチを入れようとしていた時だった。なんとなく気分が沈んでいたから、もしかして洗濯でもすれば、気分転換になるかも、って思っていたのだ…。

 

 

 

それは、つまり、「敵のように見えるだけ」ってことなんですか?と反射的に僕は聞き返していた。

 

 

 

外側に見えるものは、常にあなたの「鏡」なわけさ。あなたの気持ちのシンボルが現われているに過ぎないわけさ。夢の中の出来事と、全く同じだよ。

 

 

 

ということは、「敵」は自分の気持ちが、というか、自分の「考え」が反映されて、そのまま「結果」として外側にあらわれているって、そうおっしゃっているんですね?

 

 

 

そうだよ。あなたの目に映る「カタチの世界」は、以前にもいったように、あなたの、あなた方の意識の投影なわけさ。あなた方の個別な「自我」と外側の「カタチの世界」は、独立していないわけさ。主体と客体を超えて、あらゆる瞬間に、あなた方は、自分の住む「カタチの世界」を創造しているわけさ。

 

 

 

それって、量子力学の第一法則、「観察する側」は、「観察される側」に常に影響を及ぼすっていう、例のアレですかね?!

 

 

 

そいうことさ。要は、あなたが、生存競争の中で生き残るために他者と争わなければならない、という深層部でのあなたの「考え」が、あなたの肉体の奥にある虚空エネルギーに、沈黙のスペースに充満している光子エネルギーに反映され、作用しているわけさ。

その結果として目に見えるカタチとなって、この世に出現してきているわけさ。言っている意味わかるよね?

 

 

 

おっしゃっているのは、私たちの「恐れ」が最初にあって、それが「虚空」である光エネルギーの量子に反映されて、「敵」を創造してしまっている、そういうことですよね。つまり、自分の「考え」の反映にすぎない「敵」に、自分の自我意識が映し出されているその「鏡」に、リアクションとして、「行動」を起こしたって、見当違いだっておっしゃっているんですよね?

 

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もちろんさ。すでに在る「目に見える世界」でどんなに悪戦苦闘して変えようとしたって、もう遅いわけさ。ほんとうの革命は、外側ではなく、内側から始まるわけさ。外側だけに焦点を向けて、「変化」を起こそうとするのは、結果的に、自らの「無意識」と戦うことになるわけ。

 

 

 

外側のカタチである「敵」と、闇雲に戦い続けることは、「無意識」と戦っていることになるんですか?

 

 

 

そいうことさ。実際には存在しない「敵」に、抵抗すればするほど、自らの「無意識」にどんどん引きずり込まれていくようになってしまうわけさ。何度も言っているように自我は「幻想」であり、本当のあなた方は、目に見えないエネルギー粒子であり、今在る時間のない領域、つまり、「虚空」なわけさ。

 

 

 

つまり、目に見える「カタチの世界」にのめり込まないで、永遠に変化しない「沈黙のスペース」こそが本当の自分の「居場所」なのだと、肝に銘じなさい、ってことでしょうか??

 

 

 

まぁ、そういうことさ。目に見える「結果」のレベルに執着して、働きかければ働きかけるほど、あなたは、目に見えるカタチの領域の中で、ますます自分自身を見失ってしまうわけ。

要は、あなた方が一番に的を絞るべきなのは、「原因」のレベルなわけさ。「今に在る領域」に強烈に在るようにすれば、「原因」と「結果」の距離が近づいてきて、終いには「時間」が無くなって、「原因」と「結果」が、イコールになるわけさ。

 

 

 

そこのところがまだつかめません。僕の意図である「原因」が、「結果」としてのカタチになるには、この世の現実では、相当に「時間」がかかりますよね。同時に、原因=結果なんて、ありえませ〜〜ん(/ _ ; )

 

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その気持ち、理解できなくはないよ。

でも、私たちの領域には「時間」は無いわけさ。つまり、あなた方の「自我」とは別の思考体系にあるわけさ。あなたの「自我」が、虚空の「すべてなる領域」を、理解することは不可能なわけさ。

まず最初にあなたの「自我」が捨てなければならないのは、「足りない」という「欲しがる思い」そのものなわけさ。それが自我の思考体系の「根幹」なわけさ。それに対して、もう一つの宇宙で在る「虚空の思考体系」というか、「質感」は、「願い」と「叶う」ことの間に、時間差が無いわけ。原因=結果の法則が、同時に重なって唯一の法則として「在る」わけさ。この完璧な力のせいで、あなたは、恐れや悪夢を、カタチにする自由が与えられてもいたわけさ。

 

 

 

はっきり言って、そんな「自由」は、遠慮させてください。お願いします( ;  ; )

 

 

 

そうかなぁ。これ以上にいいニュースはないと思うよ。

肉体に閉じ込められた「自我」ではなく、本当のあなたは、永遠の命に支えられた完璧な宇宙エネルギーそのものなわけさ。「今この瞬間」に在る創造主なわけさ。あなたは、無意識状態の「思考の夢」から目覚めて、新しい思考の質感、魂の「不滅性」に、シフトしようとしているわけさ。

ここで最も肝心なのは、あなたが「不滅」で在ることに「気づく」ことによって、他のすべての創造物に対しても、深い癒しを「ギフト」できるようになるのさ。

 

 

 

自分が虚空であると「気づく」だけで、一体何をギフトできるんでしょうか⁈

 

 

 

あなた方を通して、あらゆる創造物も、自分も同じように「不滅」で在ることを認識することで、奇跡的な癒しである虚空の「平安」を、その「喜び」を、分かち合うことができるわけさ。

 

 

 

ふ〜〜ん。もしかして、それが虚空の「愛」なんでしょうか?

 

 

 

もし、そのことを、あなた方の「自我」に尋ねたら、「私は何も知らない」と答えるかもしれないね。

 

 

 

ふ〜〜ん。たぶんね^ ^

 

 

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距離のない旅

 

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「花や自然を眺めていると、どうして気持ちが安らいで、癒された状態になるのか知っているかね?」と、不意に、いざなぎ空が問いかけてきた。庭にある花や木々に、ホースで水を散水していたときだ。

 

 

 

さぁー、深く考えたことないですけど、たぶん、さり気なくて、人工的じゃないたたずまいが好いのかも・・と、質問の意図がつかめないまま、僕は思いつきで答えた。

 

 

 

花たちや自然は、じっと静かに、ありのままに「動かず」にいてくれるからさ。

 

 

 

それが、どんな意味を持っているんでしょうか?!

 

 

 

静かに、じっと動かないことで、そのエッセンスがあなたに浸透してくるわけさ。花たちの静止状態が、思いがけず、あなたを癒してくれるのは、少なくとも自然がありのままの次元に「在る」からさ。

 

 

 

ということは、「私たち」は、自然と違って、「ありのままの次元」にいないってことなんですね?

 

 

 

そうだよ。

「私」とそれ以外の誰か、「私」と木々、「私」と宇宙といった具合には、自然界のものはみな解釈していないわけさ。つまり自然は、自分自身を「独立した存在」だと思っていないわけ。自分勝手にでっち上げた「自己イメージ」に執着して、あなた方のように、一枚の布地から、自分だけを切り取ったりはしてないわけ。あなた方がとうに忘れてしまった「場所」に、自然は、今もどっしりと在るわけさ。

 

 

 

まだ、おっしゃっている「意味」がつかめていないんですけど…?

 

 

 

もう一度説明するけど、あなたが、花や自然の木々に惹きつけられるのは、静かに「静止」しているからさ。「静止した場所」が、あなたの「故郷」であり、真のあなたが今もいる「場所」だからさ。

 

 

 

静かに「静止」している場所が、僕の「故郷」でもあるんですね? それは、一体どこなんですか?!

 

 

 

それは、「今、ここ」なわけさ。

「今、ここ」だけが、あの世とこの世が交差するスクランブル交差点なわけさ。花や自然は、あなた方と違って二つに分離してないから、癒されるわけさ。

 

 

 

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変な質問になりますけど、どうして私たち人間は、二つに、分裂してしまったのでしょうか?

 

 

 

まぁ、簡単に言うと、言葉と思考によって、あなた方人間は、偽のアイデンティティ、自己イメージに執着して、生きるようになってしまったからさ。そしてそのニセの自分である青写真というか、地図の方を、本物とカン違いして「一体化」してしまったわけさ。

ところが、自然や植物たちには、「私」という独立した意識は無いわけさ。万物と一つにつながっているから、「私」という個別の認識からは、いまも解放されているわけ。

 

 

 

つまり、木々や花々は、「今に在る」ってことなんですか?時間のない静止した「今という領域」に気づくよう、私たちの教師の役を、自然が演じてくれているってことなんですか⁇

 

 

 

まぁ、そういうことになるかな。

あなた方は、「思考」と一体化することで、今という「静止した領域」から接続を断たれてしまっているわけ。考えることで、時間という「横軸の動きの牢獄」に取り込まれてしまっているわけさ。時間という観念の中で、足りないものを探して、死ぬまで放浪し続けなければならないわけさ。

いろんな欲望や必要性を考えて旅に出る前は、あなた方は「幸せ」だったのさ。「イメージ」を追いかけて旅に出る前は、すでに「満たされ」ていたのにね。要は、そこに気づくまで、とりあえずは「時間」が必要なわけ。

なので、「考え」による観念的な世界から、カタチのない「ありのままの領域」へとシフトするために、もう一度大いなる意識と一つになってつながるための教師として、自然という「動きのない存在」が不可欠なわけさ。

 

 

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ということは、木々や花たちは、私たち人類より先に、「今に在る意識」に覚醒してしまっているんですか?

 

 

 

いや、そうじゃないよ。

木々や花や自然や鳥たちは、まだ自らの本当の姿に気づいてはいないわけさ。過剰な思考による「分離状態」にはまり込んでいないだけで、「無意識状態」という意味では、「覚醒」する前のあなた方と、大差ないわけ。あなた方が忘れてしまった、時間のない「沈黙のスペース」が、本当の自分なのだと再び気づくことで、あなた方は「無意識状態」から、もう一度「在る意識」へとシフトできるわけ。

つまり、ここが最大の進化(神化)のポイントなわけさ。この思考を超越した「静止した領域」に意識的に気づくことは、まったく新しい意識体系、つまり、創造主の神意識に、あなた方が「神化」することになるわけさ。

そしてそのことは、自然にとってもギフトになるわけ。「覚醒」したあなた方の意識を通して、自然も、自らの神聖さとその美しさを、初めて「認識」することができるわけさ。

花や星や銀河は、あなた方のその「覚醒」を、何千年も前から、首を長くして待ち続けていたわけさ。

 

 

 

なんとも感動的ですね!!そ、それが、いつもおっしゃっている「思考の夢」から醒める「物語」なんですね?!

 

 

 

もちろんさ。

 

 

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何かを求めるというのは、たとえそれが「幸せ」であっても、求めれば求めるほど逆に不幸になるって、確か以前にそう言われてましたよね?そこのところの「仕組み」をすぐに忘れてしまうというか、たぶん、よく呑み込めていないのだと思うので、できたら、もう一度説明していただけないでしょうか?と、いざなぎ空に問いかけてみた。

というのは、説明を聞いたときには、一瞬理解した気がするのだけど、何故かしばらくすると、また靄の中に取り込まれてしまったようになって元に戻ってしまうのだ。

 

 

 

わかったよ。それじゃ説明するね。

「幸せ」というのは「考え」だから、「考え」というのはいつも「変化」するわけさ。手に入れたと思っても、すぐに「幸せ」を感じなくなってしまうのは、そのせいなのさ。「考え」は、いつも変化していて、ハイになって調子よく乗っている時もあるかわりに、必ず下降して、また落ち込む時がやってくるわけさ。

だから「幸せ」は、いつも不安定で、捉えどころが無いわけさ。「幸せ」を求めれば求めるほど、結果として、あなた方はいつも「苦しむ」ことになるわけさ。「幸せ」という考えの「波」がやってきては、また必ず流れ去っていく。考えは情報だから、すぐに流れ去っていくわけ。

 

 

 

「幸せ」というのは、「考え」だったんですか?

 

 

 

そうだよ。あなた方の物理次元の出来事のほとんどは、「考え」から出現してきているわけさ。少し詳しく説明すると、エネルギーや情報の最低単位は「量子」であらわされていて、「考え」の単位は、「意識の質感」で表されているわけさ。あなた方が物理次元で認識するあらゆる「経験」は、要は「意識」とその「質感」に過ぎないわけさ。その「質感」を大きく分けると、「感覚」、「イメージ」、「感情」、「思考」の4つに分けられるわけさ。

これらの「経験」は、意識の中で起きている「意識の経験」なわけ。少し飛躍して感じるかもしれないけど、あなた方の体の中と外側で、「意識」が意識自体を「主体」と「対象」として「経験」しているわけさ。

 

 

 

それって、つまり、何もかもが「考え」の源である「意識の質感」でつくられているって事なんですか⁉︎

 

 

 

もちろんだよ。あなた方の個体である人間という「カタチ」も、社会制度が生み出した、都合のいい「考え」の一つに過ぎないわけさ。

 

 

そうなんですね。それで私たち人間は、前回のブログでも触れた「青写真」というか、「地図」にすぎないという表現をされたわけなんですね。「青写真」や「地図」というのはあくまで「考え」であって、ありのままの「現実」ではないと・・・。

 

 

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まぁ、そういうことさ。

あなた方は、社会が作り上げた「観念」や「考え」の中で、条件付けされて、生きているわけさ。あらゆるレッテル、定義、判断、アイディア、経済的な環境等から得たすべての「考え」と自分自身を「同一化」して、その「考え」を、無意識に自己像の「アイデンティティ」としてしまっているわけ。先程から言っているように、それらは社会にとって好都合な「幻想」に過ぎないわけ。

むしろ、ここで注目すべき重要な点は、「考え」ではなくて、「幸せとは何か?」と、今この瞬間「問いかけ」ている『私』とは、一体「誰」なのかってことなわけさ。

 

 

 

まぁ、そのお話の流れからすると、考えのカタチ(青写真)ではなくて、その考えが生まれてくる「場所」、つまり、考えという「波」ではなくて、波の「源」は「誰」なのか、ということになりますよね⁈

 

 

 

素直に追てきてもらえて、有難いね。

物理次元のあなた方は、文脈的な役割としてのカタチの動きに過ぎないわけで、真のあなた方は、「意識」であり、「虚空」なわけさ。なので本当のことを言うと、真のあなた方は、「観察者」でも「被観察者」でも無いわけさ。経験の「主体」と「対象」の両方が、あなた方の意識の海の中に同時に、絶えず現れては、消えていくわけさ。

あなた方の世界最古の哲学、ヴェーダンタの聖者が残した素敵な言葉がある。「私が世界にあるのではなく、世界が私の中にある。私が体内にいるのではなく、体が私の中にある。私がマインドの中にいるのではなく、マインドが私の中にある」と。

 

 

 

ところで、変な質問をしますけど、そんな風な「絶対的な知」が真の自分なのだとしたら、なぜ物理的な次元の個別な「体」を持った私たちは、様々な考えや観念に「制限されている」上に、必死になって憶えた「コト」や経験した「出来事」さえ、すぐに「忘れて」しまうのでしょうか??

 

 

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なかなかいい質問だね。ところで前々回のブログで私(いざなぎ空)が言った「忘れる」ことは重要な「意味」があると説明したことを憶えているかね?

 

 

 

はい。憶えていますよ。真の私たちのいる場所、「虚空」では、すべてがすでに創造されてしまっているから、「創造主」であるためには、私たちはそのことを忘却してしまわないと、創造主としての「歓び」を、物理次元で再び「経験」することができなくなるからだって、確か、そんな風な説明でしたよ。

 

 

 

そうだよ。そこが肝心なところなわけさ。「忘却」することで、物質次元のあなた方は、もう一度いろんな経験を「新たに」することで、再び「創造主」になれるわけさ。虚空の個別化であるあなた方の「魂」にとって、創造主であることに勝る「歓び」は無いわけさ。

 

 

 

それって、要は「意図的な忘却」ってことなんですか?!

 

 

 

もちろんだよ。一旦「忘れ」てから、もう一度再び「思い出す」わけさ。それが永遠なる「いのち」の循環の仕組みであり、地上のあなた方の神化の道(タオ)なわけさ。

つまり、馬の「遮眼帯」のように視野を狭めることで、「気づきの量」を減らすわけさ。その制限のおかげで、「一度に、ひとつずつ」(一期一会)の物語として成りゆくことが可能なわけ。

そのメカニズムのせいで、あなた方は様々な意識の「質感」を思い出すチャンスを与えられ、たとえ対極的で危機的な文脈の状況の中でも、再び創造主としての「歓び」を思い出すことで、何度でも「覚醒」していられるわけさ。

 

 

 

ソレが虚空の「意図」なんですか???

 

 

 

そうだよ。虚空のあらゆる個別化に対する「愛」なわけさ。

 

 

 

なんか、ややこしいような、単純なような、妙な仕組みではありますけど、

ソレが「愛」だと聞けて、とても嬉しいで〜〜す♪(´ε` )

 

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物理次元にいるあなた方は、人間という「地図」というか、「青写真」のようなモノであることに、気づいているかね?と、いざなぎ空が問いかけてきた。

 

 

 

おっしゃっている意味がわかりません!?もしかして私たちが、「記号」や「プログラム」のようなモノに「一体化」しているってことですかね??

 

 

 

まぁ、とりあえず結論から先に言うと、あなた方は、「純粋な意識」なわけさ。物理次元で、人間でいるという「(カタチ)」を見つけているに過ぎないわけ。本当は、そんな風な「考え」や「概念」を生み出している側の、純粋な「存在」だということさ。

 

 

 

ということは、その純粋な「存在」が、何もかもの源なんですか??

 

 

 

そうだよ。その純粋な「存在」そのものが、あらゆる周波数の「衝動」を自ら持っていて、あなた方の集合的な元型となっている「観念」や「考え」と共鳴することで、物理的な現実が「出現」してきているわけさ。

量子力学的な表現でいうと、「超ひも」の様々な周波数でできた元型パターンとのシンクロ(共鳴)によって、要は、この世の物理次元が「出現」してきているわけさ。古事記でいうところの、天孫降臨という創造全体の仕組みは、実は、それだけのことなわけさ。

 

 

 

ということは、私たちが「経験」したいと思うことに、「注意」を向けて共鳴させればいいってことなんですか?

 

 

 

そうだよ。それだけのことさ。あることにどれだけの質で「関心」を向けているかだけなわけさ。もし人生で「経験」したくないことがあれば、ただそのことから「注意」をそらせばいいわけさ。

 

 

 

でも嫌なことや、考えたくないことから意識をそらそうとすればするほど、余計に気になって、尚更「考え」てしまうところがありますよね?

 

 

 

まぁ、その場合は、逆にその「悩み」と一緒になって過ごせばいいわけ。「判断」したり「分析」したりしないで、もちろん「解釈」もしないで、ただその「悩み」や「痛み」を感覚全体で味わうわけさ。その悩みや苦しみから逃げようとすればするほど、その悩みや苦しみという「考え」が、どんどん「拡大」されてしまうわけさ。

なので、あなたの「注意」を、その自らの苦しみの「感覚」そのものに向けるわけさ。すると、いつの間にかその「苦しみ」や「痛み」が治まって、消えていくことに気づくようになる。要は、純粋意識というものは「癒しの力」そのものなので、その感覚にフォーカスした時に、その癒しの力があなた方にも「浸透」してくるわけさ。

 

 

 

それって、もしかして悩みや苦しみという「考え」から離れることから起こる「現象」でもあるんでしょうか?!

 

 

 

ほぅ、なかなかいいところに気がついたね。すごくいい「質問」だよ。苦しみも悩みも痛みも、要は、あなたが考えつくどんなものも「観念」なわけさ。意外かもしれないけど、時間も空間も観念なわけさ。「観念」や「考え」は、所詮人工的なプログラムに過ぎないからそこに一体化すると、あなた方からエネルギーを奪う「寄生体」となって、ある意味「エイリアン」のように作用してしまうわけさ。

なので、考えや観念と一体化すると、あなた方は、若さを失い、情熱を失い、病気がちになるわけさ。

 

 

 

なるほど。感動しました。でもそんな話、これまで誰からも聞いたことがありませんでしたね。ところで、不思議に感じるので質問しますけど、本当に、「時間」も「考え」なんですか?!

 

 

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もちろんさ。その証拠に、私たちのすべてなる領域には「時間」は無いわけさ。すべてが同時連続的に、いっぺんにあるわけさ。かつて在り、今あり、これから起こることは、今ここに、ぜ〜んぶ折りたたまれてすでに在るわけさ。つまり「時間」とは、一つの経験ともう一つの経験を区別するための「認識の指標」に過ぎないわけさ。

なので、「時間」や「観念」に囚われれば囚われるほど、あなた方は、純粋な意識の「存在」とやりとりできなくなって、生命そのものの喜びや豊穣さと接触できなくなってしまうわけさ。

 

 

 

要は、「時間」も「考え」も人工的なモノだから、虚空と物質次元との間のエネルギーのやり取りの「障壁」となって、私たちの「いのちの循環」である光エネルギーの流れが、スムーズじゃなくなるわけなんですね。「考え」がつくる時空間障壁が、ありのままの領域から流れ込んでくる量子の光の流れの「邪魔」をしてしまうってことなんですね。

つまり、「考え」や「時間」を生み出している「存在」そのものの方に気づいて、むしろその存在こそが「真の自分」で、実は、あらゆるモノやデキゴトや人間関係を創り出す側に自分がいるってことを「思い出し」、しっかりと「覚醒」しなさいってことなんでしょうか?

 

 

 

そうだよ。あなた方は、本当は創造主なわけさ。ただ、そのことをすっかり忘れてしまっているだけなわけ。とにかく今必要なのは、虚空の光の流れを妨げないことだけなわけさ。

もともと虚空は「考えの源」であると同時に、願望を実現する「源」でもあるわけ。その仕組みを心配しなければしないほど、より効率的に働いてくれるようになっているわけさ。あなた方が自分に自信がなくて、不安になったり、疑ったり、必要以上に「結果」に執着してしまっている時に、いつも本来備わっている虚空の純粋な流れの「邪魔」をしてしまっているわけ。

「執着」するというのは、虚空の願望実現の仕組みを「心配」し、「疑う」ことに他ならないわけさ。幻想である「自我」を手放して、量子の光の流れである虚空の衝動の一部として、あなた方を通して流れるに任せるわけさ。執着を手放せば手放すほど、虚空のコピーである魂(真のあなた方)は、あなた方のために、すべての詳細を指揮して、実現してくれるわけさ。

 

 

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つまり、植物のように、何もしなくても、虚空(魂でもある)からいつも与えられているってことですか?

 

 

 

そいうことさ。あなた方がこの物理次元に来ているのは、あなた方の肉体を通じて、虚空の意思を表現するためなわけさ。個別化した自我(エゴ)が執着する「夢」や「希望」や「理想」に取り組むためじゃないわけさ。あなた方が見るべき「対象」は、今この瞬間の目の前にある「物事」のみ。「原因」と「結果」の二点だけを同時に意識するわけ。

そうすることで、虚空(すべてが叶えられて「ある」)と物質次元(いつも足りなくて「無い」)のやり取りである光子の明滅反転が、つまり、光の川(スピ的にいう天の川)の流れがスムーズになり、生の循環が軽やかになって、新しい時空間が、この世にどんどん生まれてくるわけさ。

 

 

 

それが聖なる二分法といわれる、永遠の創造の仕組みなんですね?すべてがすでに叶えられて「在る虚空」から、いつも足りなくて満たされ「無い物質次元」に、歓びに満ちた光エネルギーが絶え間なく流れ込んで、一度に、ひとつずつの、成りゆく(一期一会)物語が「出現」してくるわけなんですか??

 

 

 

そうだよ。ところで、それを考えたのは誰かな!?憶えている…?

 

 

 

えっ、さぁー〜〜〜???

 

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「忘れる」ってことは、とても大切なことなのを自覚しているかね?と、いざなぎ空が問いかけてきた。

 

 

 

はぁー?!意味わかりません。何をおっしゃりたいのですか?と、ワケがわからず、反射的に聞き返した。相変わらず前後関係を無視した、唐突な問いかけだった。

 

 

 

いささか理解し難いかもしれないけど、虚空にいる真のあなたは、自分自身を思い出すこと、そして何かを創造する楽しみを味わいたかったのさ。そのために、この世という場所に、「あなた方」と「時間」を発明したわけさ。すでに創造されてしまっている真の自分の様々なバリエーションを、思い出すことで、一度に、ひとつずつというか、一期一会の個別の経験を、時間の中の物語として再び味わうためにね。

 

 

 

物理次元で一期一会の経験をするために、そのためだけに、あなた方は、「時間」と「私たち」を創造したんですか??

 

 

 

そいうことさ。私たちの領域、虚空では、永遠が限りなく拡がっているわけさ。当然永遠には時間も空間もないから、「あの時」も、「あそこ」も、「ここ」もないわけ。要は、「永遠」と「今」しかないわけさ。全部が、折り重なって、いっぺんにあるわけさ。

 

 

 

ということは、つまり、物理次元のこの世には「時間がある」からこそ、「忘れる」ことができるし、「思い出す」こともできるって、そうおっしゃっているわけなんですか?

 

 

 

そうだよ。そこが肝心なところなわけさ。時間が無いと、「記憶」も意味がなくなるわけさ。かつてあり、今あり、これから起こることは、今、すでに起こって「存在」するわけさ。物理次元のように流れ去るものは何ひとつないわけだから、永遠の中においては、「記憶」なんて、まるっきり意味ないわけさ。

 

 

 

「記憶」が意味ないことは、とりあえず理解しましたけど、「忘れる」ことが大切だとおっしゃる意味が、いまいち掴めないんですけど、できれば、その理由を教えていただけませんか?

 

 

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その理由は、真のあなたが「虚空」そのものであり、すべてのモノゴトの創造者だからさ。でも、あなたが創造者であるためには、何かを「創造」しなければならないわけさ。ところが、すべてなる領域である虚空においては、すべては、すでに創造されて、「在る」わけさ。

言っている意味、わかってもらえているかな??

 

 

 

それって、真の自分が「創造者」で在ることを忘れないと、つまり、あらゆる物事や人間関係がすでに創造されて在ることを「忘却」しないと、今更「創造者」になれないって、そうおっしゃっているんですか?

 

 

 

わかってもらえて、ありがたいね。真のあなたである「虚空」は、自分自身のあらゆる側面を、物理次元において、いつまでも、いつまでも経験したいと望んだわけさ。要は、あなたの「肉体」と「時間」は、それを可能にする「道具」なわけさ。

 

 

 

そのお話の流れからすると、僕の自意識、つまり、自我の「感情」や「思考」は、真の自分が創造した変容し続ける「パターン」のひとつに過ぎないことに、しっかりと覚醒しなさい。そして観察される側のカタチではなくて、観察する側、すべてなる虚空意識であることを思い出していくことにこそ意味があるって、そう言われるんですか?

だとすると、この対話も、虚空の流れの準備段階のサポートとして、起こってきているということなんでしょうか??

 

 

 

そうだね。そうやって、真のあなたの忘却という「仕掛け」を通じて、もう一度、創造の再経験を、取り戻しつつあるわけさ。

 

 

 

でもそうなるためには、自我との一体化を解除して、真の自分である虚空の意図をしっかりと思い出し、認識しなければならない。真の自分が望んでいる統一調和の意図を、意識的に「出現」させるようにならなければいけないってことなんですかね?

 

 

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そういうことさ。簡単な仕組みだろ。虚空の意図に覚醒することで、いまだに時間の牢獄に囚われている人たちのために、あなたに、自由なる光の河の流れとなって、感情的なカルマの輪廻から解放していく、ただ生きているだけで嬉しい存在の見本となって欲しいわけさ。

 

 

 

それって、皆に、観察される側じゃなくて、観察する側であること、時間を自由に操ることのできる存在としての「自分」を、皆に思い出させる役割を、この僕が、研修プログラム等を行なうことで、しっかりと伝えていきなさいってことなんでしょうか?

 

 

 

わかってもらえて、嬉しいよ。とにかくあなた方に、自意識(エゴ)を徹底的に解体すると同時に、すでに創造されてしまっているカオスなる虚空の元型を思い出し、その周波数に、同調させて欲しいわけさ。そうすれば、あらゆるものの「一部」が、あらゆるもの「すべて」と一致するわけさ。

結局のところ、本当の現実なんてものは、一切ないわけさ。あなたが意図してフォーカスしたものが共振して、あなたを通して、あなたが「現実」にするわけさ。あなたの頭に何かがひらめき、何かをイメージしたとするなら、それは、すでに在るものと共鳴して、思い出しただけなわけ。

 

 

 

すると、独自なヒラメキとか、オリジナルなアイデアってのは「存在」しないのでしょうか?

 

 

 

すでに存在しているものが無ければ、それについて、何かを思い出すことはもちろん、考えることすらできないわけさ。「考える」というのは、例えると、グーグルで検索して「取り出す」ような仕組みなわけさ。要は、永遠なる集合的元型の中から、すでに在るデータ画像を検索して、取り出すプロセスが「思考」なわけさ。

なので、自らの新たな宣言と、ワクワクする感情が、焦点を絞るプロセスとして何より重要になるわけさ。

 

 

 

つまり、意図し、フォーカスしたものが「現実化」するってことですか?

 

 

 

そうだよ。ここで一旦虚空に溶けて、「空っぽ」になった純粋な意識に向かって、再び祈り直す必要があるわけさ。要はあなたが、真に望むものが再び「発見」され、「復元」されて、出現してくるわけさ。

 

 

 

そっ、そうなんですか!?

なんかある意味、とても単純な仕組みなので、妙にホッとしますね♪(´ε` )

 

 

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