交心空間

◇ 希有な脚本家の創作模様 ◇


テーマ:

 平成24年度「NHK中四国ラジオドラマ脚本コンクール」で入選に輝いた
『紅いハンカチ』(作・藤井香織)の作品評を掲載します。


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 東京で孤独に暮らす水野(82歳)は、行きつけのスナックで歌謡曲の『赤い
ハンカチ』がかかるとカラオケを止めてしまうほどの嫌いよう。というのも少
年時代に憧れていた女性(浪子)が原爆の影響で白血病を患い、白いハンカチ
を鼻血で赤く染めたのがトラウマになっている。水野には浪子と交わした約束
もあった。一緒に宮島の弥山に登り「消えずの霊火」を見ることだが、果たさ
れず浪子は他界する。毎年原爆記念日に広島を訪れる水野は、スナックで働く
広島出身で帰省していた遙(25歳)と出遭い、遙の誘いで弥山に登り霊火を見
る。思いを遂げて瀬戸内海の景色を見た水野は、浪子の記憶を持ち続けるため
に一分一秒でも長く生きることを心に誓う物語です。


 読み終えてまず感じたのは、主人公が背負った境遇の構図「原爆に遇い命を
奪われた女性の願いや失われた恋心」が、一昨年の入賞作品『蝶の燃えた日』
(作・柳光博)に似ているところです。そして後半のストーリー展開の構図
「念願の場所に行き思いを遂げたことで新たな気持ちが芽生える」は、昨年の
佳作『金毘羅夫婦』(作・石原理恵子)に似ています。
 つまりこういった構図はドラマ創作における〝パターン・方程式〟のような
ものです。トラウマの内容や願望あるいは目標、感化されるモノや出来事ある
いは出逢った人とのふれあい……等々を替えれば創れます。禁じ手ではありま
せん。プロもアマチュアも、ほとんどの作者がなんらかの構図を利用している
でしょう。
 問題はその中でいかにユニークさを出すかです。印象に残るドラマには「ウ
リ・メリハリ・ポリシー」の〝3リ〟に「拘リ」が漂ってきます。残念ながら
この作品にはそれらが感じられません。「原爆と消えずの霊火」という地域性
では他の作品より色濃かったものの、境遇と展開の構図は方程式に当てはめた
にすぎません。人物像も際立った個性とは思えず、テーマにつながる水野の主
張「一分一秒でも長く生きること」も、台詞で言ったり手紙につづったりモノ
ローグで語ったりしていますが、それを表現(バックアップ)する行動や葛藤、
必死さが伝わってきません。つまり「ありきたりの脚本でドラマの域には達し
ていない」と受け取りました。


 脚本の細部で説明します。


 設定や展開において〝偶然〟を根拠にした部分が目立ちます。
 一番気になるのが遙の境遇と行動です。遙も亡くなった祖父との約束で「一
緒に弥山に登り消えずの霊火を見たい」というのは、水野の念願と被っていま
す。偶然にも同じ約束を抱えた二人といいたいところでしょうが、このように
「仲良しこよしの設定」だと人物同士が暗黙のうちに共感してしまい、シャン
シャン展開の典型的なパターンとなり葛藤は望めません。「本質は同じか似て
いるが表面的には違う」あるいはその逆で「本質は違うが表面的に似ている」
といった設定なら、そこに人物固有の思いや主張がぶつかり合い葛藤が生まれ
ます。これがドラマではないでしょうか。
 また水野同様に、遥も毎年平和慰霊祭に訪れて祈りを捧げてきたという設定
も……。慰霊祭の人混みの中で遙が水野に出遭う(見つける)のも……。浪子
の姪っ子の家に線香をあげに行ったとき、姪っ子から水野に渡された手紙の文
面を、しかも「弥山に登りましょう」という後半の展開で軸になるキーワード
を遙が見る(読む)のも……。都合のいい偶然を感じます。
 結局これらの偶然的設定(遙の存在)がストーリーを展開させたにすぎませ
ん。そのため水野は遙に操られたようで、水野の個性が特に後半は薄れていま
す。もしかしたら作者は、遙を主人公にしたドラマを書きたかったのでしょう
か?


 そもそも水野は、歌のタイトルや歌詞に〝赤いハンカチ〟という言葉がある
だけなのに「なぜ血染めのハンカチ」に行き着くのでしょうか? 歌詞は全く
〝血〟を匂わせるものではありません。飛躍した設定に思えてなりません。作
者は「なぜだか」を理由にしているようですが、これも偶然的設定です。やは
りドラマのタイトルであり、亡くなった浪子と「思い出の接点となる設定」だ
けに、これはしっかりした理由付けが必要でしょう。そうでないと水野が元国
語教師であるがゆえ、遙の言葉遣いに拘るシーンがあるのに対して、水野は単
に語呂合わせで固執しているところに矛盾を感じます。
 それにしても作者はなぜタイトル表記に〝赤い〟ではなく〝紅い〟を用いた
のでしょう。歌謡曲の『赤いハンカチ』とリンクさせておきながら、タイトル
は別の字を使っています。意図があるならこれもドラマの中で伝える必要があ
ります。〝紅〟だと口紅の赤を想像させます。つまり作者は、浪子の血ではな
く、前半の展開で遙が水野のハンカチを借りたときに着けてしまった口紅のほ
うをアピールしたかったのか?……それは本末転倒でしょう。仮に〝赤・紅〟
どちらでもいいのなら、リンクさせたモノ、そして「浪子の血の赤」に合わせ
るのが常套(じょうとう)と考えます。


 作者はあえてモノローグとナレーションの二本立て(使い分け)で書いてい
ます。それにもふれておきましょう。
 使い分けが不明瞭です。ナレーションは第三者の立場で主に状況説明に使い
ます。しかし現状の書き方は、主観的で水野の心境まで踏み込んで語っており
モノローグ化しています。配役も両方水野になっており同じ口調で書かれてい
ます。放送では分からないでしょう……。しかし原稿レベルで作者が使い分け
た以上、なんらかの意図があると受け取りました。それならば意図が伝わる書
き方が必要です。たとえばナレーションは、三人称の文語体で書き配役も水野
ではなく単に〝N〟と表記する。そしてナレーションに感情表現は持ち込まな
い。一方モノローグは、一人称の口語体で書き配役は〝水野M〟と表記する。
さらに台詞との違いを出すために、モノローグに入るとき特定の言い回しを使
って印象づけるとか、それこそ浪子に話しかけるように書く……これなら今で
も水野の心の中に浪子が生きていることを伝えられる? この場合モノローグ
は少年期の声で少年口調だと水野の時間は止まったままというのを表現できて
オモシロイかも?(ただし最後のモノローグは少年から現在の水野に移行する)
……などの工夫があればモノローグも生きて魅力的な使い分け(使用)といえ
るでしょう。
 またドラマには浪子や水野の手紙が登場します。放送ではこれをそれぞれの
声で朗読する形になるでしょう。ある意味「語り」と受け取れます。台詞のよ
うに感情を全面に出して〝しゃべり口調〟の演出をすれば受け取りは変わるで
しょうが、手紙の内容からすると大きな感情移入はないので、やはり淡々とし
た〝語り口調〟になるでしょう。そうすると「モノローグ+ナレーション+朗
読」によりドラマ全体が感情希薄になっていきます。手紙の設定を生かすなら、
モノローグとナレーションは(極端にいえば)排除するくらいの創作意欲が必
要と感じました。


 以上の点から私は、この作品の創作性に納得がいかず共感はできませんでし
た。

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地域性を反映したドラマ創り(平成24年度中四国ラジオドラマ脚本コンクールの結果と総評)

佳作『イナナギ』の作品評



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