交心空間

◇ 希有な脚本家の創作模様 ◇


テーマ:
 「旅行に行こう!」と思い立ち、行き先も決めない「ぶらり旅」は楽しいも
のです。
 しかし脚本執筆の世界において「ぶらり旅」感覚の創作はお勧めできません。
脚本創作の過程においては「誰と、いつ、どこに行って、何をして、どんな思
い出を残すか」を想像し、計画することが必要です。つまりぶらり旅でなけれ
ば旅行者は「誰・いつ・どこ・何・どんな」を検討するために『情報収集』を
して、最終的に「これ」と決めます。
 脚本創作も同じです。作者は閃いた『発想』を膨らませて、ドラマに相当す
る「誰(登場人物)・いつ(時代)・どこ(背景)・何(エピソード、ストー
リー)・どんな(テーマ、メッセージ)」を検討するために『ネタの収集(考
えの書き出し)』をする必要があります。収集は「どんなものがあればドラマ
を創れるか」の可能性に着眼して、まず集める作業に専念します。全てのネタ
を使うわけではありませんから、いずれは検討を繰り返して決める作業『採用
と却下』が必要です。
 旅行者が人であるように、ドラマを展開するのも人です。したがって『人間
性を描く』ことがドラマの重要課題になります。発想は、人についてか、エピ
ソードについてか、どの部分で起こるか分かりませんが、どの部分であっても
人物中心にネタを収集していけば課題は満たされます。
 発想から脚本執筆まで、思考と作業の流れを説明しましょう。

 発想があると、まずその『人物』を取り巻く『背景』《図1参照》を考えま
す。背景とは、人物が存在する場所(世界・業界・環境)、そしてその時代
(時期・時間)、さらに人物が置かれた境遇や心境です。これらを対で考える
ようにします。

《図1》
   【思考の流れ】            【作業の流れ】
  人 物 ←→ 背 景          ┬ 発想
        (場所・時代・境遇)    ┘


 発想からイメージ(想像)を膨らませると、いくつかの『エピソード』《図
2参照》が浮かんできます。この段階でドラマが成立するかどうかはまだ考え
ず、イメージに専念します。
 ドラマの展開として、そのエピソードが先に起こると明確に分かるものは順
に配置していきますが、どの時点でそのエピソードが発生するかタイミングが
順不同であったり、不要と思われるエピソードであっても、とにかく書き出し
ます。発生順に並べる(整理する)のはもっと先の段階です。

《図2》
   【思考の流れ】            【作業の流れ】
  人 物 ←→ 背 景          ┐
       ↓(場所・時代・境遇)    ├ イメージ拡張
      ↓              ┘
      ↓
      ↓
    エピソード


 エピソードを考えていると、人物のキャラクター(個性)も見えてきます。
このときも人物に戻ったりエピソードに行ったりして、作業を続けます。つま
り『人物』『背景』『エピソード』をグルグル回りながら材料を書き出します。
この作業が『ネタの収集』《図3参照》です。
 ネタの収集は、いわゆる『ハコ書き』と呼ばれる作業です。パソコンのない
時代には、名刺サイズのメモ用紙に書き、壁やボードに貼り付けたり、それこ
そ大枠に分類した箱の中に溜めていました。書き出しは、思いつくものから順
不同で構いません。

《図3》
   【思考の流れ】            【作業の流れ】
  人 物 ←→ 背 景          ┐
  (個性) ↓(場所・時代・境遇)    │
  ↑   ↓   ↑          ├ ネタの収集
  ↑   ↓   ↑          │(ハコ書き)
  ↑   ↓   ↑          │
  └ エピソード ┘          ┘


 いろいろ書き出していると、「こんなことが言えるのではないか」と考える
ようになります。これが『テーマ』《図4参照》です。必ずしもこの段階で決
める必要はありませんが、早いうちに決めるとドラマの方向性が確認できます。
方向性が決まると、ネタの収集もそれに沿ったものを集めればいいわけですか
ら、より効率的にもなります。
 テーマは、たとえば「愛」という漠然としたものではなく、「苦境の中で親
子愛を貫く母親の姿」といった、絞り込んだ形で捉えるようにします。

《図4》
   【思考の流れ】            【作業の流れ】
  人 物 ←→ 背 景          ┐
  (個性) ↓(場所・時代・境遇)    │
  ↑   ↓   ↑          ├ ネタの収集
  ↑   ↓   ↑          │(ハコ書き)
  ↑   ↓   ↑          │  ↓
  └─エピソード ┘ →→→ テーマ  ┘ テーマ検討


 テーマが見え隠れしてくると『ストーリー』を考えます。『構成作業』《図
5参照》です。仮にテーマが漠然としていても、ストーリーを考えているとテ
ーマも見えてきます。大事なのは作業を進めることです。
 ストーリー展開は『起承転結』を踏まえて考えます。視聴者を惹き付けるた
めに、エピソードの配列を意図的に替えるときもありますが、ドラマ全体を把
握したうえで行わないと、逆にバラバラの展開になります。最初は、主人公の
時間軸に沿った流れ(行動と心境)を組み上げるといいでしょう。

《図5》
   【思考の流れ】            【作業の流れ】
  人 物 ←→ 背 景          ┐
  (個性) ↓(場所・時代・境遇)    │
  ↑   ↓   ↑          ├ ネタの収集
  ↑   ↓   ↑          │(ハコ書き)
  ↑   ↓   ↑          │  ↓
  └ エピソード ┴→→→→→→┐   ┘  ↓
      ↓          ↓   ┐  ↓
      ↓          ↓   ├ 構成とテーマ検討
      ↓          ↓   │
    ストーリー ←←─→→ テーマ  ┘


 これらの作業を繰り返してドラマの隙間(不備や矛盾、面白味など)を埋め
つくし、構成とテーマを完成させます。繰り返す(戻る)行為はマイナス要因
に受け取れますが、実はこれが大事なのです。
 その時々で考えた素材(人物・背景・エピソード)は、それまで構築してき
た考えに基づいているか、『根拠の存在』を確認します。存在しなければ、そ
の考えは『却下の候補』です。しかしながら、それでもその素材を『採用した
い』なら、前に戻って根拠となるものを設定する必要があります。
 また根拠の存在確認は『論理の展開』の検証でもあります。ストーリー展開
や人物の心境の変化など、納得できる根拠で表現されているかの確認でもあり
ます。執筆前の大詰めといえます。その台詞やト書きは、前の何を何を受けて
発生しているか、またこの先何に影響を及ぼすものか、相互関係を確認します。

 これらの作業を経て、やっと『脚本執筆(初稿)』《図6参照》に入ります。

《図6》
   【思考の流れ】            【作業の流れ】  【時間配分】
  人 物 ←→ 背 景          ┐         ┐
  (個性) ↓(場所・時代・境遇)    │         │
  ↑   ↓   ↑          ├ ネタの収集    │
  ↑   ↓   ↑          │(ハコ書き)   │
  ↑   ↓   ↑          │  ↓       ├ 50%
  └ エピソード ┴→→→→→→┐   ┘ 採用と却下    │
      ↓          ↓   ┐  ↓       │
      ↓          ↓   ├ 構成とテーマ確定 │
      ↓          ↓   │  ↓       ┘
    ストーリー ←←─→→ テーマ  ┘  ↓
            ↓           ↓       ┐
            └→→→→→→→→→ 脚本執筆(初稿) ├ 50%
                               ┘

 何を採用し却下するかで、ドラマは幾様にも変わります。それが「作者とし
て本当に描きたいものか」も大切ですが、見失ってはいけないことは「描きた
いものが筋道立てて語られているか」にあります。これは、感動を与える『ド
ラマ創作』以前の問題で、物語を納得させる『脚本成立』の領域になります。
裏を返すと、素晴らしいドラマは優れた脚本を経て創られているのです。
 ということで「考えることから逃げず堅実な組み立てを行うこと」が、脚本
創作の重要なポイントといえます。
 『構成(含むネタ収集や採用却下の検討、テーマ確定)』と『脚本執筆』の
時間配分は同じくらいかけます。仮に一ヶ月で原稿用紙六十枚程度のドラマを
書く場合のスケジュールは、二週間程度の構成期間を経て、残りの二週間で脚
本執筆(初稿)をします。この割合からしても『構成は脚本創作に欠かせない
作業』であり、この地道な作業こそが骨太のドラマ(見応えあるドラマ)にな
るかどうかの分かれ目になります。

 ドラマは、限られた時間内で数々の感動をいかに伝えるかが課題です。とり
とめのないエピソードを延々と見せている余裕はありません。何と何をどのシ
ーンでどう見せるか。それらを連ねてどんな感銘を与えるか。そしてドラマ全
体を通して何を伝えるのか。とにかく巧妙な算段や綿密な計画が必要です。こ
うしてでき上がったドラマこそが、視聴者から「素晴らしい」と賞賛され、単
なる娯楽作品から芸術作品になっていきます。往々にして『ドラマは計算の芸
術』と言われます。魅力的な人物、惹きつけられるエピソード、テンポある展
開、固唾を呑むクライマックス、そして深く心に沁み込むテーマ。ドラマ脚本
を書く以上、計算(思案)を重ねて、これらに際立った芸術作品を目指してく
ださい。


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