交心空間

◇ 希有な脚本家の創作模様 ◇


テーマ:

 淡い柿色の和服姿で剪定鋏(せんていばさみ)を握り締めた女が、秋の朝陽
を浴びながら庭木の手入れをしている。女の歳(とし)は三十路を少し越えた
ころであろうか、端麗なまでに研(と)ぎ澄まされたその容姿は、手にした鋏
の刃の輝きとは比べものにならないほどである。
「お目覚めですか……」
 古くなった小枝を切り落とすと、その背後へ静かに近づいてきた初老の男に
意識を向けた。そしてまた素知らぬ顔で、どの枝を切り落とそうかと木々を見
渡していく。
「こちらにお泊まりになったのは、初めてですね」
「そうだったかな」
 男は知りながらも恍(とぼ)けた感じで返した。すぐうしろにつくと、女の
白いうなじを見つめながら、ひんやりとした朝の空気に丹前の襟元を締め直し
た。初老といっても、まだその職を引退するには早すぎる歳であろう。会社人
間としての野望をやっと果たしたところで、社長の地位を手に入れたばかりで
ある。
「あ……そこは根元から切ったほがいい」
「そうですね」
 女は片方の手を鋏に添えると、少し顔をしかめながら力を入れた。バシッと
乾いた音がして枯れた枝は地面に落ちていった。
「何か、ありましたか?」
「なぜそんなことを聞く」
「昨夜、社長さんがお休みになられてから、電話がありました」
「誰からだ」
「無言でした」
「そうか」
 男は密生した庭木の彼方(かなた)に視線を向けた。おそらくその方向には、
男の生活感が染みついた住まいがあるのだろう。女は、そんな男の姿を振り返
ることもなく剪定を続けている。どの枝をどこから切り落とそうかと考えてい
るようだ。いや、そうではない。全く別の意味合いで意図的に思案顔を作った
といえる。男のほうに振り返って、どれだけその顔を見せたいと思っただろう
か。しかし振り返ることはせず、女は剪定を続けた。
「奥様だと思います」
 ぽつりと呟(つぶや)いてみせた。
 男は溜息をつくと、深々と腕組みをした。
「いつだったか、私が社長に就任したころ、どこにいてもいいが、これからは
居場所だけははっきりさせておいてくれと言っていた。この場所だけは言わな
かったが……興信所にでも調べさせたかな」
「奥様と、何かございました?」
「いや。何もない……何も」
「では……」
「うむ。百五十人の首を切ることになった。あとは、私が承認するだけだ」
「私は社長さんからいただいたこのお庭を、こうして守っているだけですが…
…そうですか。辛いご決断ですね」
「枯れておるわけではないが、会社の存続と他の若い枝を育てるためには、致
し方のないことだ」
 男は地面に落ちた枯れ枝を感慨深そうに見つめていたが、決して手を伸ばし
て拾い上げることはしない。とはいうものの、その無念さのやり場をさまよわ
せながら、やおら女の肩に手をかけた。肩から二の腕にかけて愛おしく撫で回
すと、女の胸元へ手を滑り込ませた。手は、着物の中で静々とうごめいている。
女は心持ち顎(あご)を上げて朝の冷たい空気を吸い込んだ。


交心空間 徒然雑記-背徳の庭

「まだ明るくなったばかりですよ」
「今夜も泊まろうと思ってる」
「よろしいんですか?」
「この庭が恋しくてな」
 そのときだ。コン……と獅子脅しが高く鳴り響いた。
「ァン……」
 女は、男の指先の動きに官能したかのように激しくその身をくねらせた。し
かしそれは、胸元に忍び込んだ手から逃れるためであり、巧みに手を抜き取る
と、素早く振り返って握り締めた剪定鋏を男の喉元(のどもと)に突きつけた。
艶美な瞳で男の顔を見据えながら鋏を胸元から腹、そして下腹部へと下げてい
った。男根の前でピタリと止めると、ガバッと鋏を開いてみせた。
「社長さんがこちらに泊まられるということになれば、私も、それなりの期待
をしてしまいます」
「妻と別れろということか?」
 男は唇を震わせた。たじろぐ姿を露(あら)わにするまでではないが、静か
な庭のごとく悠然さを装っていることは読みとれた。女は微かに笑みを浮かべ
ると、スーっと鋏を遠ざけて木の枝に宛がった。
「私の口からは、申せません」
 そして、パチンと力強く切り落とした。男の足下に転がり落ちた枝は、まだ
どこか生気を残しているように思えるものだった。
 男は、微かな苦笑いを浮かべた。
 女は、どこまでも妖艶に剪定を続けていた。


                               おわり

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