交心空間

◇ 希有な脚本家の創作模様 ◇


テーマ:

「よいしょ、よいしょ……できた! 雪だるまができたぞー!」
 夜のうちに降り積もった雪に幼心を弾ませて家を飛び出した。決して大雪と
はいえない。それでも、家の前の道を何度も行ったり来たりして、地肌が見え
るくらいまで雪玉を転がした。毛糸の手袋に雪が染み込むのも気にせず、自分
のヘソくらいの高さの雪だるまを、僕は拵えた。玄関の脇に置いた。道ばたか
ら拾い上げた土混じりの雪を払い落とし、石垣の上や、隣近所の玄関脇に停め
てある自転車のサドルなどに積もった白く綺麗な雪を掻き集めて来ては、手袋
を外した小さな手の平でポンポンと貼り固めて仕上げをした。
 一旦家の中に戻り、内職の縫い物をしている母さんが裁断したあとの赤い布
の切れっ端と、オーバーコートに付ける大きめのボタンを鷲掴みにして持って
きた。ボタンは迷わず目にした。赤い布を唇に見立てようとしたのだが、どう
にも大人びた感じがして、子供の僕には親しみが湧かなかった。それでだろう
か、うまく結べないながらもリボンに見立てて、雪だるまの頭にちょこんと乗
せた。口は、指先で雪を穿って、笑っているように作った。
 僕は、“雪だるまって男だよな”と首を傾げるながらも、赤いリボンの映え
る雪だるまに対面した。
「ねえ、雪だるまさん。お願いがあるんだ。去年お父さんに買ってもらったク
リスマスプレゼント、鉄腕アトムのおもちゃなんだけど、部品がひとつなくな
っちゃって。僕ね、このおもちゃ、だ~い好きなんだ。今年のプレゼントはな
くっても我慢するから、その代わりにアトムの部品見つかるように一緒にお願
いしてよ……ねえ、雪だるまさん……雪だるまさん!」
 雪を降らせた灰色の雲の間から、微かに日が差しはじめていた───


 結局部品は見つからないまま、三十数年という月日が流れた。俺は、物作り
とおもちゃ好きとが高じて玩具メーカに就職した。開発部に配属され、いつし
か時代を反映するゲームソフトの制作にたずさわっていた。
 そして今夜も時間の経つのを忘れ、開発部のオフィスで、頭上の蛍光灯と自
分が開発したゲームキャラクターのスクリーンセーバーの明かりに照らされて
いる。床に並べ上げたプログラムリストを四つん這いになって覗き込んでいる
ときだ。ワイシャツの胸のポケットから携帯電話がするりと抜け落ちた。電話
はポケットに挟んだストラップのお陰で胸と床の間にぶら下がった。リストに
打ち出されたコマンドを追うたびに動く上体に合わせて、ぶらりぶらりと揺ら
めいている。揺れることはそれほど気にならず、むしろ数万ステップにおよぶ
コマンドの中から、目的の箇所を見つけだすことに必死になっていた。
 “!”と身を乗り出しリストを覗き込んだとき、不意に携帯電話が鳴った。
ディスプレイ画面をチカチカ光らせながら、床すれすれの所で揺れている。け
たたましい音とケバケバしい光で、それまでの集中力が一瞬にして途絶えてし
まった。
「エイ、クソッ」
 思わず携帯電話を払い飛ばした。ストラップが外れ、電話はデスクの下に転
がり込んだ。それでも電話の着信音は切れることなく、薄暗いデスクの下で光
り続けていた。
「誰か俺の携帯に出て! 机の下でリンリンチカチカ騒いでるから。誰でもい
いから出てよォ!」
 誰からの返答どころか、俺の叫び声に反応して動く人の気配すら感じない。
手の平で口の辺りを強く撫で回しながら、上体を起こして辺りを見渡した。指
先に、無精髭のザラザラが伝わった。
“誰もいない?”
 壁に掛かった時計は夜の七時を回ったところだった。まだこんな時間なのに
と思いながら「ハーッ」と大声で一息吐いて、机の下にもぐって携帯を手にし
た。
「もしもし……」
 低く出た。
「もしもし、パパ!」
 息子の溌剌とした声だった。
「ォオーッ、隆史か。どうだ、元気でやってるか?」
「元気だよ。パパは?」
「ァー、もうパパはクタクタだぞ」
「ねえ、パパ知ってる? 雪が降ってるよ。いっぱい降ってるよ」
「雪?……そうなのか? 隆史……ちょーっと待てよ」と俺は机の下から抜け
出し、窓のところに歩み寄った。下ろされているブラインドの羽根に指を差し
入れて、グイッと引き下げると、その間から窓の外を覗き込んだ。
「すっげェなァ……辺り一面真っ白じゃないか」ことのほか甲高い声だった。
すぐさま脇にある紐を引っ張ってブラインドを開けた。
「ァハハハハハ……積もってるよ、隆史」
「ウン! こっちも積もってるよ、パパ」
「隆史、雪だるま一緒に作りたいな」
「作ろ作ろ! 大っきな雪だるま作ってさ、明日のクリスマスにサンタさんの
プレゼントと一緒に飾ろうよ!」
「ァン?……アー、そうか……そうだったな。今夜はクリスマスイブか……」
 思わず拳を額に当てた。
「それでみんな早く帰ったのか……結局残ってるのは俺だけかよ。ありがとう
ございますだ、クリスマスッ」
 改めて誰もいないオフィスに、歯を剥き出して威嚇してみせた。それから、
答えは決まっているはずなのに、さてどうしようかと、辺りをウロウロして思
案する自分を演じ始めた。
「隆史、パパもクリスマスしたいけどな、仕事なんだ……だから隆史と一緒に
クリスマスは。それどころか雪だるまも……ァ、そうだ。その代わりプレゼン
トはちゃんと送っとくから、届くのちょーっと遅れるかもしんないけど、パパ
きっちり隆史の好きなものは……もしもし?……」
 パソコンの前で足が止まり、“もしや?”と苦虫をつぶしたような顔をした。
「相変わらず言い訳が巧いのね」
 無機質な声は妻の良子だった。
「何だお前か……子供をダシに使うなよ」
「それはどういたしまして。でも、妻も子供もほったらかしにしてるあなたに
比べたらどんなもんでしょうね」
「出てったのはお前の方だろ」
「そうさせたのは、どっちなのよ」
「分かった分かった……そりゃ仕事仕事で帰れない俺が悪いけど、仕方ないだ
ろう。年明けには新作ゲームのプレゼンなんだよ……なのにバグがあって……」
「バグ?……何、それ?」
「バグも知らないのか、お前。何年プログラマーのカミサンやってんだよ」
「知らないわよ、そんなこと」
「バグっていうのはな、いいかよく聞け……プログラムに悪い所があるの」
 俺はジョイスティックを操作してゲームを起動した。次々に変わるシーンに
反応してレバーやボタンを操作して、ゲームを進行していく。
「つまり、俺の作ったゲームソフトがまともに動かないんだよ、ここへきて」
 突然画面がエラー表示を出して異常終了する。
「やっぱり、ダメだ……」
 俺はうなだれた。
「へー、そうなんだ……」
 クスクスっと、妻の笑い声が残った。
「ま、精々そのバグとやらを探してなさいよ。私は私で、隆史と二人クリスマ
スで、う~んと楽しむから……それから、あなた宛に封筒送っといたから。離
婚届が入ってるわ」
「なにィ!?」
顔を上げて目ん玉をひん剥いた。


------------------------------> 短編小説集【背中の男】「バグな夜」より 
------------------------------> つづきは本書でお楽しみください


短編小説集『背中の男』より「バグな夜」  発刊・文芸社


雪の舞い散るクリスマス・イヴ。
仕事のトラブルと離婚の危機……。
男のもとへ現れたのは雪の精だった。
「あのころの純粋なあなたに戻って」


     閃きは突然やってきます。それは微かで一瞬のことです。掴みとっ
     たとき、人は窮地を抜け出せるのかも知れません。バグ探しと離婚
     の危機を雪の精の助けにより切り抜ける男……。それは、子どもの
     ころの優しさがもたらした幻影だったのかも……。
     クリスマス・イヴです。こんな夜があってもいいじゃないですか!

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