交心空間

◇ 希有な脚本家の創作模様 ◇


テーマ:

 火曜日。雨は降っていない。むしろ陽が差しはじめている。
 何を疑うでもなく心配するでもなく、当たり前に身支度を終えて家を出た。
エレベータの前で同じ階に住む年輩のサラリーマンと出くわしたので、形式的
に挨拶をする。エレベータを待つ間、年輩者がやけに元気良く話しかけてきた。
話すのが面倒臭いわけではないが、ふと溜め息をついたときだ。年輩風を吹か
せたように一喝が飛んだ。
「なんですか、いい若いもんが!」
 瞬間、同じ口調で同じことを言った上司の顔が頭をよぎった。
 エレベータが来た。このままこの年輩者と一緒に乗ると、さらに説教されそ
うで、あたふたと口実を探る自分が見える。
「あ……忘れ物だ。お先にどうぞ」
 エレベータに乗った年輩者を見送りながら本当に忘れ物をしていると気づい
た。昨日まとめた社内報の原稿である。ふと思いついた口実に救われながらも、
ド忘れした現実に落胆して家に戻ると、妻が心配そうに俺を見た。
「これでいいのよね。顔色良くないわよ」
 茶封筒に入った原稿を受け取る。妻が俺の額にそっと手を当てた。
「大丈夫?」
 そう言われると、身体中から血の気が引いていく気がした。
 会社に電話する。風邪というウソで休みにした。電話にでた上司は、俺の体
調を気遣うでもなく家のことを詮索するでもなく、「分かった」の一言で電話
を置いた。


 ──俺の存在感は、一分にも満たなかった。


                             《つづく》

【これまでの展開】
月曜日の一歩(1)
月曜日の一歩(2)
月曜日の一歩(3)
月曜日の一歩(4)
月曜日の一歩(5)

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