交心空間

◇ 希有な脚本家の創作模様 ◇


テーマ:

 文章の基本構造は「主部と述部の連携」で成り立っています。そして主部と
述部をつなぐのが「てにをは」などの助詞です。ところが脚本のト書きでは、
この基本的考えと違う書き方を見かけます。


【3月27日掲載の脚本例より】
  A子、コーラを飲みながら、ケータイメールしている。
  そこへB子、C子、来て、A子の隣にB子、A子の向かいにC子、座る。
  B子、アイスコーヒー、C子、チョコパを注文する。


 人物(主部)のあとを「てにをは」ではなく読点「、」を打ち、述部にあた
る行動や状況を続ける書き方で、「A子、コーラ」「C子、来て」「C子、座
る」などの部分です。普通では「A子がコーラ」「C子が来て」「C子が座る」
と書くところを、読点代用は脚本の世界ならではの特徴といえます。


 ──なぜそのような書き方をするか。


 おそらく「どちらでもいいんじゃないの、意味が通じれば」ぐらいで、明確
な答えを出す人はいないでしょうが、私としては「台詞の書き方に準じている
のではないか」と推測します。台詞を書くときは、人物名のあとにカギ括弧、
あるいは空白をとって台詞を書きます。


坂本「おはよう」  ※ テレビドラなどの脚本原稿。カギ括弧を用いる。
   or
坂本 おはよう   ※ 台本や戯曲原稿では空白を用いることもある。


 台詞の書き方は広く知られていますが、詳細に書けば『坂本が「おはよう」
と言う』となるはずです。つまり主部である人物【が】述部としての発言内容
を【と言う】のうちの、【が】と【と言う】が省略されているのです。
 ト書きにおいても、この感覚というか書き方を引きずっているようです。人
物のあとのカギ括弧を読点に替えたにすぎません。その読点が「てにをは」の
代用となり、結果「てにをは」省略の形になったのではないでしょうか。ほか
に確固たる理由があればは知りたいものですが、私は単に『悪い習慣』と理解
しています。


 ──なぜ悪いか。


 文意を明確に伝えたり、読むための間として用いる読点は必要です。しかし
「てにをは」の代用となれば、結局「変換して内容を理解しなさい」と押しつ
けられたようで、それにより難解になったト書きは「内容を理解する以前に、
優しさを欠いたト書き」と感じます。
 確かに脚本界ではそれが主流の書き方になっているようです。だからといっ
て、勘違いしてはいけないのが「そう書かなくてはいけない」と思い、ことご
とく読点を代用で書くことです。全てを、あるいはほとんどをこの形式で書く
と、とにかく読点の多いト書きとなり判読しづらいのです。
 代用により省略されている語が、何か即座に明確に分かればまだ救いがあり
ます。ところが、ここは「が」かな、それとも「と」なのと当てはめて(想像
して)読むようでは、脚本を読む目的は「パズルで内容当てゲーム」をしてい
るわけではないので、はっきりいって「読む意欲」が薄れるのは、私だけでは
ないでしょう。
 必ずとはいいませんが、「ここは」というとき以外は「てにをは」を用いる
ことを勧めます。それが文というものであり、読み手に対する礼儀ではないで
しょうか。ぜひとも考え直してほしい事項ですね。


【脚本コンクールで上をめざす戦略ポイント】
 1.ト書きは「てにをは」を用いて明確に読みやすく書く。読点で代用する
   場合は不明瞭にならないよう細心の注意を払う。


※ 指摘事項を修正した脚本は、全ての解説を終えてから掲載します。

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