交心空間

◇ 希有な脚本家の創作模様 ◇


テーマ:

 今日は私の三十歳のバースデーです。といっても、誰がどう祝ってくれるわ
けではありません。どうせ、ただひとりで化石のような時間を持てあますだけ
で、気がつくとまた明日になっているのでしょう。


 ──これじゃなにも変わらないじゃない。もっと社交的になって、自分の思
いをどんどん伝えなきゃ。


 そのときです。静かな部屋に電話のベルが響きました。
「もしもし……え?……」
 それは、名も知らぬ男からユウコという女への電話でした。約束の時間をす
ぎているのに、連絡もなく一向に現れないユウコに対して業を煮やしている様
子です。「どうしたんだ!」と、ことのほか強い口調で、しかも一方的にしゃ
べってばかりです。
「もしもし、どちらにお掛けですか?」
 ユウコがどんな女なのか、この男とどんな関係なのか、私には何も解りませ
ん。それでも男の言い分はどんどんエスカレートしていきます。
「もしもしッ」
 私にしては珍しく声を張り上げました。
「何だよ。言いたいことがあるなら言えよ」
 やっと男が反応です。私は冷静さを取り戻して、自分はユウコではない、あ
なたは間違い電話をしていると伝えようとしました。ところがその気持ちとは
裏腹に、今の自分を変えるチャンスじゃないかと、後押しするものが込み上げ
てきたのです。
「私、ユウコになります。ユウコです」
 不意に呟いた自分が見えました。
「なんだこの女?」
 電話の向こうの男が気づいたのか、吐き捨てた言葉に突き放されるようでし
た。
「切らないで。変な女だと思うでしょうげど、切らないで下さい。今日、私誕
生日なんです。三十路になっちゃった……そんな言い方しても、あなた解るか
な? 声の感じじゃ、私よりも年下みたいだし。働いてるの? それとも学生
? 背は高いの? 髪型は? 茶髪? それとも金髪だったりして……そうだ、
私も髪染めちゃおうかな。でもうちの会社お堅いところだし、私みたいな地味
なのが飾り立てても、サマになんないよね……。じゃこうしよう。ばっさり髪
を切って、明日から心機一転。それでどう? ねえ、ショートヘアーの女って、
嫌いですか? メガネをかけてる女って魅力ないかな? ストッキングの上に
靴下履いて、さらに膝掛けを巻いて仕事してる女って、ダサイですか?………
………私はダメですか?」


 私の耳に聞こえてきたのは、男の声ではなく、ツーツーという電話の響きで
した。
「なにも言ってくれないんだ……イジワル……もうッ、さっきの勢いはどうし
ちゃったのよ。黙ってないで、私を誘ってください。私を、私をどこかに連れ
出してください……もしもし…………」
 ツーツー……虚しさが込み上げる響きでした。
 今年もひとりぼっちで年をとります。ただ、本当に髪を染めてみようかと、
小さな決心を胸に受話器を置きました。


                             《おわり》

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