交心空間

◇ 希有な脚本家の創作模様 ◇


テーマ:

 俺は新聞社の報道カメラマン。衝撃的な場面と、その修羅場に立たされた数
々の人間模様を撮り続けてきた。事件、事故、災害……。小刻みに変わる状況
の中でなら、何をターゲットにどう伝えるべきか瞬時に身体が反応し、決して
シャッターチャンスを逃すことはない。十二年の経験がもたらしたカメラマン
の本能だ。それなのに………。


 ──なんだ、この静けさは。どうしたっていうんだ、こののどかな雰囲気は。


 盲腸で緊急入院した同僚のピンチヒッターで、日本庭園で開かれた茶の湯と
琴の催しの取材は、とにかく退屈で溜息とあくびの繰り返しだった。


 ──俺の空間じゃない。


 苦み走ったコーヒーは。聞き慣れた救急車やパトカーのサイレンは。現場に
群がる野次馬のざわめきは……。そんな刺激を求めながらも、仕事と割り切っ
てファインダーを覗き込んだ。作法にしたがってお茶をたてる着物姿の女性。
その傍らで、客人たちをもてなす師範のおもむき。露出を調整し試写体にフォ
ーカス、あとはシャッターを押す。なんの興味も興奮もなく、辺り構わずただ
押し続けた。


 ──俺の求めるものはどこにあるんだ。


 フレームの中に、茶席とは少し離れた場所で琴を弾く女の姿が飛び込んでき
た。紅葉の柄をあしらった振袖が、中秋の青空と庭園の木々に調和している。
年のころは二十代後半だろうか。女の穏やかな面立ちは、俺のギスギスした風
貌とは百八十度の温度差を感じた。
 女は琴を奏でながら小首をかしげ、少し上目遣いに俺を見た。その澄み切っ
た視線は、強く俺の脳裏に焼きつけられていった。


 ──何を言いたいんだ、君は。


 俺は竹細工の縁台に腰をおろし、カメラを膝の上に置いて静かに目を閉じた。
女の奏でる雅やかな琴の音色に乗せて、渋みのきいた茶の香り。透明感のある
ししおどしの響き。ゆるやかな時間の流れ。そっと頬を撫でゆく風の感触が伝
わってくる。いつしか俺は、深い安らぎに包み込まれていった。
 その空気を胸いっぱいに吸い込んだ瞬間、「ア!」と思った。女の優しい視
線は、ドロドロとした世界に浸かった俺へのねぎらいか。


「一期一会……」


 俺は、洗練された空間にカメラを向け、夢中でシャッターを切った。


                             《おわり》

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