交心空間

◇ 希有な脚本家の創作模様 ◇


テーマ:

「どうかな、この雰囲気は?」
「んー……いいじゃないの」
 あっけらかんとした顔で、直美が返してきました。
 今夜こそ、入社当時から思いを募らせてきた直美に告白しようと、僕は最高
の演出をみせるために店一番の席を予約したのです。
 そこは、ホテルの最上階にあるレストランバー。薄暗い店内のテーブルには、
グラスの中に灯されたキャンドルライトが、ゆらゆらとその炎を絶やすことな
く男女の語らいをロマンチックに彩っていきます。ピアノの生演奏は洒落たメ
ロディーを奏で、オーダーを運ぶ黒服の男たちは気品に溢れクオリティーさを
漂わせてくれます。壁一面のガラス窓の向こうに広がる夜景。雨上がりの夜空
には煌めく星、星、星……。眼下に伸びる大通りは、行き交う車たちのヘッド
ライトの輝きで光の川と化し、一層のムードを高めていくでしょう。
 カクテルとオードブルを口にしながら直美は、店内の雰囲気に溶け込んだの
か、僕に好意をもってくれているのか、満面の笑みを浮かべています。
 ──順調、順調。
 さり気なく直美と視線を合わせた僕の心の中に、邪悪な声がこだましました。
 建設会社の設計部で共に働く僕と直美は、設計者として良きライバルです。
リラクゼーションをテーマにしている僕のライフスペースの設計に対して、直
美は機能性と清潔感を追求したオフィスの設計で、功績を積み上げてきたやり
手です。社内では仕事に関するやりとりばかりで、お互いの好みなどプライベ
ートの話を交わすことなどありません。
 そんな僕たちが職場を離れ、ゆったりと流れる時間の中、好きな音楽や休み
の過ごし方、ドライブに行くとしたらどこがいいかなど、たわいもない話に華
を咲かせていったのです。話せば話すほど僕は、自分が持ち合わせてない直美
の魅力に惹かれていきました。直美も日ごろのストレスを癒すかのように、僕
の話にテンポよく返してくれます。
 ──よし、今がチャンスだ。
 相性の良さを確信した僕は、そっと直美の方に身体を寄せて、優しく彼女の
手をとったのです。
「広島の夜景も捨てたもんじゃないだろう」
「幻想的で吸い込まれそう」
「でも、どんな光のイリュージョンよりも、君の瞳の輝きに勝るものはないよ」
「嬉しいわ。素敵なひとときをありがとう」
「君とこうしていると、とても落ち着くよ」
「私も、同感」
 ──もうこっちのものだ。
 待ちに待った瞬間です。直美の瞳を見つめながら静かに息を吸い込みました。
気持ちを落ち着かせて、自分にも言い聞かせるように口を開きました。
「できるなら、この時間を止めてしまいたいな」
 言葉の毛布に包まれた直美は、これまでにない幸せな笑みを浮かべ僕を見つ
めてきました。そして、僕の顔に彼女の吐息がかかるくらいに近づいてきたの
です。ところが、ふと直美にひとつの疑問がよぎったのでしょうか。眉間にシ
ワを寄せた彼女は、職場で交わすテキパキした口調で返してきました。
「時間が止まったら、私たち二人、何の進展もないわけよね。つまりそれは、
行き止まりの愛ってこと?」
 言葉の鎖です。一瞬の間に重苦しく縛りつけられた僕は、ポカンと口を開け
たまま苦笑いするしかありませんでした……。


                              《おわり》

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