この時事日想で「“偏差値神話”は本当なのか 日大が早稲田をアゴで使うとき」(4月16日)というコラムを書いたところ、その感想や意見をインターネット上で見かけた。私はそれらに目を通し、驚いた。

 おそらく20代の読者と思われるが、 “偏差値神話”に極端なほどの影響を受けていたからだ。会社の昇進レースが、大学受験偏差値ランキングのようになっていると思い込んでいる人もいた。つまり、入学難易度の高い大学の卒業生が無条件で出世すると考えているのだ。

 さらに、この人たちは会社の人事制度や賃金制度のカラクリを怖いくらいに知らない。一方で、20代でもそのあたりを実に冷静に見抜く賢い人がいることも思い知った。

 そこで今回は、ある出版社の昇進競争でなぜ日大OBが早稲田OBを打ち負かしたのかをもう一度、取り上げようと思う。会社の中で上に上がる人には必ず理由があり、その逆も同じくである。そのカラクリの洞察こそ、大切だ。

●日大出身者をバカにする理由

 ある日、私が早稲田OBの副編集長に、著名なコンサルタントを著者にして本を作らないかと話した。

 すると、彼はこう答えた。

 「このコンサルは、京都大学の教育を出ているんだな。まあ、こういう人が会社員に向けてキャリア形成をテーマに書くことは意味があるね。だけど日大OBは、キャリアなんて作れないよ(笑)。彼らは会社を転々とすることが、キャリア形成と思い込んでいるから(笑)」

 日大のことはこの前に一切出ていない。ところが、彼は日大の話を脈絡もなく持ち出し、バカにする。その後も「日大しか……」「日大じゃあ……」と口にした。

 この副編集長はいま、“日大コンプレックス”に陥っているといっていいだろう。20年ほど前に早稲田大学を卒業し、出版社に入社した。売り上げや利益では、業界で10位以内に入る名門である。当時は大学生の間でマスコミ業界は人気があり、この出版社の内定を得るための倍率は、少なくとも数百倍だった。彼は期待されて入社したが、さえない編集者のままだった。

 そして今年の人事異動で、2歳年下で日大OBの副編集長が編集長に昇進した。つまり昇進レースで、日大が早稲田を打ち負かしたのである。

 早稲田OBの副編集長はこの会社の人事の慣例からいって、昇進はもう難しい。数年以内に窓際の部署に追い出されるだろう。そこで「編集局付」という、偉いのか偉くないのか分からない肩書を与えられ、“飼い殺し”になる可能性が高い。そして、定年を迎える。

 ここに、早稲田OBの副編集長が日大出身者をバカにする理由がある。同じ会社にいて、いまや上司である日大OBの編集長(元副編集長)をさすがに批判はできない。となると、その不満のはけ口としては、冒頭で述べたようにまったく無関係の日大出身者がターゲットになる。そして「日大しか……」「日大じゃあ……」と繰り返す。

●かくして早稲田OBの副編集長は負けた

 なぜ、早稲田OBの副編集長は負けたのだろう。そのあたりをほかの出版社に移った元部下や、この会社に出入りしているライターやデザイナー、印刷会社の営業マンなど8人にここ半年間でヒアリングをした。それを以下にまとめてみる。

<早稲田OBの副編集長が日大OBの副編集長に負けた理由>
(1)会社員としての自覚に乏しい
(2)会社や職場のカラクリを心得ていない
(3)管理職のミッションを分かっていない
(4)仕事をしていくうえでの視野が狭く、関係者への配慮に欠ける

 ここまで悪条件が並ぶと、むしろ「よく副編集長になれたな」と私は思う。では、1~4までを詳しく見ていこう。

 1と2は重なるものがあるが、要は会社員としての自覚、つまり、組織の一員としての意識が希薄なのだ。例えば、副編集長は上司(編集長)への報告・連絡・相談をあまりしない。これでは何をしているのかすら分からないのだから、上の人は評価できない。会社員は「評価に納得がいく」とか「いかない」という以前に、もっと自分を上司に理解させるという工夫をするべきである。

 成果主義が浸透しようと、人事考課全体のうち業績で判断されるのは50~60%。残りは、協調性や積極性など行動評価である。上司に報告・連絡・相談をしない部下は、この行動評価は間違いなく低い。

 行動評価が低い分を業績評価で挽回できればいいのだが、それほど甘くはない。書籍編集者に求められる業績は、その期間でどれだけ本を出して何冊売ったかということ。読者の中には、「1人でもがんばれば結果が出る」と思うかもしれない。だが、それも甘すぎる。そもそも、上司はこの副編集長を好ましくは思っていないので、あえて「汚れ役」の仕事をさせていた。

 つまり、ほかの編集者が行き詰まった本を担当させたのだ。行き詰まるということは内容的にも予算的にも問題が多く、こういう本は出版されてもなかなか売れない。よくて売れて1万部と言われている。上司は副編集長がうまくいかないようなワナを仕掛けていたのだ。

 ここは、大きなポイントである。上司は、部下が苦手とする仕事をさせたり、精神的に滅入る仕事を担当させることで潰すことがある。早稲田OBの副編集長はこの理不尽さを心得えていたと思うが、会社員である以上、上司の指示を拒むことはできない。

 副編集長の元部下で、現在、T出版社の編集者はこう証言する。「編集長から、あの人は嫌われていた。野球で言うと、敗戦処理のピッチャーのような仕事をあてがわれていた」。敗戦処理の仕事をこなしても、高い実績は残せないだろう。

●現実から逃げている早稲田OB

 次に3であるが、管理職のミッションは部署の業績を上げることに尽きる。部下の育成も大切であるが、最優先は業績を上げることだ。それを踏まえると。副編集長はたとえ嫌いであっても、編集長とタイアップして15人ほどの編集者を束ねて実績を出すしかない。ところが、編集長から邪険に扱われていることを恨み、協力しない。こうなると、また上司を怒らせる。編集長から低い評価を受けるのは、当然だろう。

 4について言えば、副編集長は本の著者には気を使うものの、それ以外、例えばライターやデザイナー、印刷会社には気を配れないようだ。ビジネス書の9割はゴーストライターが書いていると言われている。それならば、そのライターたちにもある程度の敬意を払わないといけない。

 ところが、この副編集長と仕事をした5人のライターに確認したところ、いずれも「お金の支払いがルーズ」「要領を得ていない」とブーイングのオンパレードだった。ほかのデザイナーや印刷会社からも「仕切れていない」「誠意がない」と似たような不満が出てくる。だから、こういうスタッフが逃げていく。副編集長はまた、新たなスタッフを見つけ出さないといけない。これでは、本を作るのに時間もコストもかかる。上司からは、永遠に信用されないだろう。

 しかし、本人は相変わらず「日大しか……」などと脈絡のない言い逃れをしている。そして、自分の能力は実は低いという現実から逃げている。かくして、早稲田OBは日大OBにあごで使われる日々になったのだ。【吉田典史】

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