2006-12-30 09:08:45

ローン残高を減らして癒される(ローン繰越返済)

テーマ:癒しの空間

年末の大仕事としてローンの繰越返済をしてきた。


約150万円繰越返済して、ローン残高を大幅に減らした。


ローン償還予定表を銀行からもらったが、返済期間も3年短くなった。


得した金額は約12万円。


年利1.2%の3年固定のローンのため、あまりお得感がないが、12万円のプラスは大きい。



今月の貯金に計算された。



3年固定金利1.2%の期限内の返済も可能となってきた。



来年から金利が上がり、ローン完全返済後は、金利によっては定期預金に入れたい。



来年こそは良い年になって欲しい。。


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2006-12-09 09:50:39

三国志~赤壁の戦い 劉備の苦労②「赤壁の戦い」

テーマ:歴史の部屋

劉備は荊州から逃げ、曹操の猛追を何とかしのぎ、手勢もそれなりに確保することに成功した。

呉の孫権は、曹操に対して抗戦するか降伏するか迷っていた。


講和の張昭、抗戦の魯粛。


最後に軍最高幹部の周瑜がいた。

諸葛亮は周瑜に働きかけをした。


周瑜は考えた末、水戦なら勝てると結論を出した。

周瑜は孫権に「陸戦では負けるが、水戦なら必ず勝てる」と説いた。


陸戦なら負けるかもしれないが、水軍なら『必ず』勝てる。


『必ず』という言葉により、孫権の心は抗戦することに決めた。


とりあえず、劉備と同盟することも決めた。


孫権は劉備と同盟して曹操と抗戦するになった。


はたして、曹操は南下してきた。


しかし、曹操陣営は万全ではなかった。


疫病がはやっていたのである。


曹操は孫権・劉備軍に一撃与えて引き返す予定であった。



曹操陣営は船を鎖でつなぎ要塞を作っていた。


周瑜は講和派であった黄蓋に投降と見せかけて、火の船を要塞にぶつける作戦を立てた。


曹操は疫病であせっていたのかもしれない。


黄蓋の船を調べたが、燃えそうな物を見つけることができなかった。


降伏の旗の部分に燃える物を隠していたのだ。



周瑜の作戦は当たった。


火の船は要塞にぶつかり、火の海になった。


そこへ、孫権、劉備軍は一撃を与えた。


もとより、疫病で士気が上がらなかった曹操軍は退却した。


これが有名な「赤壁の戦い」である。



これにより、曹操による天下統一はなくなってしまうという、大々的な戦いであった。



勝戦後の孫権、劉備の領土の分配はこうだった。


荊州の北はすべて孫権の物。


劉備は荊州の南の3郡を手にいれたのみ。


しかし、赤壁の戦いで手勢を温存できていた。


劉備は落ち込んでいたが、諸葛亮が励ます。


「蜀を取ろう」


劉備はいくらか明るくなった。



終わり。


このつづきは下記URLで記載しています。


http://www.d3.dion.ne.jp/~jkondou/sangokushi/index.htm


こちらでよろしく。。

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2006-12-02 20:00:29

三国志~赤壁の戦い 劉備の苦労①「諸葛亮との出会い」

テーマ:歴史の部屋

呂布が舞台を去り、劉備は袁紹の元から離れ汝南にいたが、曹操に討伐され、劉表の元へ逃れた。



劉備の失意の時代の始まりだ。


劉備は主を変えすぎていたため、劉表は前線に出させてくれない。


そうして、7年間過ぎていった。



しかし、7年後運命的な出会いがある。


諸葛亮との出会いだ。


有名な「三顧の礼」で今まで劉備陣営にいなかった参謀を手に入れることができた。



そして、天下の形勢が動き始めた。


曹操が袁家を滅ぼし、荊州に南下する準備をしはじめたのだ。


その上、荊州では劉表が重い病気にかかり、兄弟二人で相続争いが始まった。



弟とその取り巻きは降伏派であり、降伏されると曹操は劉備を討伐するだろう。


兄は後ろ盾が少なく、形勢が悪かったので、諸葛亮に相談した。


諸葛亮は兄に荊州の軍勢を率いさせて本拠地から他の城へ行かせた。


少しでも、荊州の軍勢を曹操に渡さないためであるl。



とうとう曹操の大軍が南下してきた。


一番最初に遭遇するのは劉備である。


荊州首脳陣は兄が去ってくれたので、安心して降伏するつもりであった。


それに、劉備を捨て駒として戦わせて、その後で降伏すれば、曹操にとって印象が良い。


劉備を見捨てることで満場一致した。



劉備はそのことを察知し、初めて参謀の諸葛亮に相談することができた。


「呉の孫権と連合して曹操と戦う。」


対等の連合は難しい。なるべく対等の連合を見せるため、できるだけ兵を集めて威勢を張ることが必要である。



諸葛亮は弟を斬って荊州の兵を奪うことを推薦したが、劉備は劉表の恩で息子を斬る事ができない。


そこで、荊州の兵を奪って逃げることとした。



劉備たちは荊州の本城付近で騒ぎを起こし、兵士を呼び出した。


そして、こっちだこっちだと兵士を誘導して、劉備陣営に兵を加えた。


反曹操派の徐庶らも自ら参加した。


住民たちも参加した。


曹操軍が来れば、荊州上層部は優遇されるが住民は奪略される。


劉備についていくことになった。



諸葛亮は住民を帯同させることに反対したが、劉備は住民を連れて行った。


曹操は荊州陣営の降伏を受けた後、すぐに精鋭5千の兵を劉備討伐に向かわせた。


途中、劉表の弔問と評して劉備と同盟を結びに来た呉の参謀魯粛と会うことができた。そこで、同盟の話ができた。



劉備の行軍は住民を帯同しているため、行軍は遅い。


曹操は精鋭5千の兵なので、行軍は驚くほど早い。


長坂で激突し、劉備は一方的に大敗した。


劉備の武将の奮戦で何とか命は取り留めた。



そこに、劉表の子供で本拠地から数万の手勢を率いて脱出していた兄と出会った。


諸葛亮の布石が当たり、精鋭数万の兵を手に入れた。



劉備は何とか踏みとどまった。


次は、呉の孫権を曹操と戦わせなければならない。


また、単独ではなく劉備と同盟をして、戦わなくてはならない。


難題は山積みだ。



その②へ続く。

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