会話パートナー ひまわりの独り言

”失語症”って知っていますか? 
話す、聞く、読む、書くという言語機能に障害を持つ
失語症の人たちのコミュニケーションを支援する、会話パートナー。
これは、よっかいち失語症友の会(三重県)の
ある会話パートナーの独り言ブログです!


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先週、NHKの朝のニュースで、嚥下障害の話題が取り上げられていました。
脳卒中で食べ物の飲み込みがうまく出来ないために(嚥下障害と言います)、
胃ろうになったお年寄りが(胃に穴をあけて直接食べ物を送り込むこと)、
リハビリを受けることで、
以前のように口から食べ物を摂ることができるようになった、というお話。

食べる、というのは生きていく上で、大きな楽しみなので
きちんと噛んで味わえる、というのは本当に大事なことですよね。

ニュースでは、そういう専門のリハビリ機関が少ないことを訴えていました。

私としては、そういうリハビリを行う専門職も紹介してほしかったなあ。
言語聴覚士が、嚥下障害のリハビリもおこなうのですよ。
(だから、急性期の病院では、言語聴覚士は
嚥下障害のリハビリに時間を取られて、
言葉のリハビリまで手が回らない、と言う話もあるけれど)

食べること、話すこと、
人間としての基本ともいえる二つの機能のリハビリを行う
言語聴覚士さんが、もっともっと増えて、
ご飯をちゃんと食べたい人も
言葉を話せるようになりたい人も
十分なリハビリが受けられるようになればいいのに。

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安倍総理大臣は、女性が働く機会を増やすために、配偶者控除の見直しを検討するのだそうです。配偶者控除の恩恵を受けるために、仕事の量(時間)を調整する主婦が多いからだとか。

確かに、配偶者控除の所得上限を超えると、社会保険料等の支払い義務が生じる上に、夫の扶養から外れることになるため、超えないように調整する人は多いと思います。

 でも、それが「女性の社会進出を妨げている」と断言されると、“それはちょっと違うのではないか”と言いたくなります。配偶者控除があってもなくても、しっかり働きたい女性は働くと思います。でもフルタイムで働くよりも、家庭のことを優先したい女性もいるのです。家事や子育てに十分な時間を割いて、余裕のある時間だけ働いて家計を助けたい、と考える人もいると思います。それはいけないことなのでしょうか?

配偶者控除については、色々な立場からの様々な見方があると思いますが、子育てをする女性の立場から言わせてください。子供を手元で育てる自由を奪わないでほしいのです。

今は、とかく、「働いている人」が重視されがちだと思います。でも、家事や育児、介護などをこなして、働き手を支えるという風に、家庭の中で役割分担することも、一つの家庭の在り方だと思うのです。

それに、子供は、家族の大切な宝であると同時に、これからの社会を担う者たちです。その子供たちを、母親として手元で育てたいと願う女性もいます。その思いを尊重していただきたい。

子育ても家事も介護も、もちろん女性だけの仕事ではないかもしれませんが、それぞれの家庭にそれぞれの事情があり、夫婦そろってフルタイムで働けない事情を抱えた人もいると思います。子供の育て方、それぞれの家庭のあり方には、色々な形が許されるべきだと思います。ですから、女性の働き方の選択肢を狭めないでいただきたいのです。

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先日、といっても、1か月以上前になりますが、東京で開かれた、全国失語症会話パートナーのつどいに参加してきました。関東圏はもちろん、愛知、福岡や高知など、全国から80名くらいの会話パートナーが集まりました。パートナーの養成及び・又は派遣を行っている団体として、全国で15団体が紹介されました。全国制覇にはまだまだ遠い道のりですが、思ったよりも多いなあと思いました。

 

会話パートナー制度が全国的に広がりつつある中で、個人的にはパートナーのできることに限界を感じながらの参加でした。パートナーとして当事者活動に関わってきたものの、自分の力の無さに情けない思いをすることが度々でした。会話パートナーには、うまく言葉として表に出てこない当事者さんの思いを汲みとるという、技術だけではカバーできない心の働かせ方が必要となります。ですから、コミュニケーションが取れた時は大きな喜びとなりますが、うまくいかない時はたった数分さえもとても長く感じられて、当事者さんに申し訳ない思いでいっぱいになります。これでは当事者さんの社会参加を支援することなど出来ないのではないか、と焦りのようなものを感じていました。

 

今回のグループディスカッションでは、同じような思いを抱いているパートナーさんもいることがわかりました。それに対して、言葉を介さないコミュニケーションもあるのだ、という意見を頂きました。時にはうまく通じないことがあっても、わかってあげたいという思いが伝わればいいのではないか。言葉が出なくても、同じ場所で、一緒に同じ経験をすることで緩やかな関係が生まれて、そばにいることが心地よいと思ってもらうことも大切なのでは、という人もいました。笑顔が増えたり、言葉が出るようになるのは、そういう心地よい時間を過ごしたことの副産物なのだ、というお話もありました。

 

「私は会話パートナーなんだから、当事者さんにお話をしてもらわなくては」、と気負い過ぎていたのかもしれません。会話パートナーは、訓練をする人ではないのですから、無理に話してもらおうとするのではなく、当事者さんの心に寄り添い、穏やかに楽しい時間を一緒に過ごすことが会話パートナーの一番根っこの目的なのだと、改めて原点に戻ることができました。

「当事者さんがもっと積極的に社会に関わるためのお手伝いをするために、パートナーには何が出来るのか」、というもう一つの問いには答えは出ませんでしたが、こういう機会を捉えて、地域の垣根を越えて他のパートナーさんたちの様々な意見を聞けたことは、自分の活動や考え方を見直すのにとても貴重な機会となりました。

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先日、友人と高山へ行ってきました。お昼を食べたのは、市民公園のふもとにある、山小屋風のカフェ。なんと、シェフ以外の従業員はすべて障害を持った人だとか。でも働いている人たちからはそんな感じは受けませんでした。みんなとても自然に、しっかり働いていました。

このレストランを運営しているNPO法人は、障害者就労支援事業所を運営しており、これまでは割りばしの袋詰めやクラフト作品販売などを行ってきたそうですが、「障害者の性格や個性だって健常者と同じで十人十色で、接客業に向いている人もいるのだから」と、このカフェを始めたそうです。フロアで注文を聞いたり料理を運んだりしている人たちは、とても生き生きして見えました。障害を持っている人だって、自分の個性に合わせた仕事をしたいと思っているのだ、という当たり前のことを教えられました。

障害を持っている人にも、何かしら長所があって、それを生かせば十分に仕事はできるのだと、改めて感じました。いわゆる「健常者」のように“一人で何でもできる”ことばかり求めずに、長所のみをうまく引き出すような仕事の在り方を模索できないものか、としみじみ考えました。これも一つのワークシェアリングの在り方ではないでしょうか? 人はみんな、誰かの役に立っている、と思うことが生きがいになります。「障害ゆえに働けない」とみなされている人たちが、こうやって少しでも仕事ができるようになれば、本人は収入を得て、毎日が張りのあるものになるでしょうし、家族も障害を持った人の将来について希望が持てるようになるでしょう。行政としても喜ばしいことで、一石二鳥以上の効果があるに違いありません。

ただ、そのためには、障害の種類に合わせた仕事を探して分類し、障害者の能力や個性に合わせてマッチングする“コーディネイト”が最も重要で、最も大変な仕事となるでしょうね。長く続けられる仕事に出会えるように、一人一人に合う仕事を見つけなければなりませんから。

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 今から二十年も前、バスの中で50代くらいのおばさまたちが話していることがショックだったのを今でも覚えています。 その近くには障害を持った高校生くらいまでの子供たちが暮らす施設があって、時々その子たちが引率の先生と一緒に喫茶店に行ったりしていました。きっと社会勉強の一環だったと思うのですが、おばさまたちは、「あんな子たちが喫茶店に来るなんて、信じられない。大きな声を出したりして迷惑だわ。」・・・・・確かに、静かにお茶を楽しんでいるところに来られたら気分はぶち壊しでしょう。その時のおばさまたちも、気安い友達と遠慮のないおしゃべりの中でこういう言い方になったのだと思います。でもその時私は、「もしも自分の子が障害者だったら、そんな言い方はできないだろうに」と悲しくなりました。

 

私は、障害を持つことが即、不幸なことだとは言えないと思います。障害があっても、前向きに幸せな人生を送っている人もたくさんいます。とは言っても、誰だって進んで障害者にはなりたくはないでしょう。“たまたま”障害を受けてしまっただけです。それは誰にも起こりうることなのです。でも残念ながら、人は自分に関わりのないことはなかなか想像が出来ないもののようです。

 自分や自分の家族がもしも障害を受けていたら、と想像してもらうだけで、障害者に対する見方が変わり、今よりちょっぴりでも障害者でも生きやすい世の中になるだろうに、という思いは、今も変わりません。

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脳卒中・失語症に関する講演会、パネルディスカッションの
案内が届きました。
講演会は、脳卒中の予防・再発防止失語症のリハビリ、
本人や家族の体験談と盛りだくさん。
失語症を巡るディスカッションも行われます。

失語症者の意思疎通を支援するための講習会も開かれるそうです。
お近くの皆様も、行ってみようかと思われる遠くの皆様も
ぜひ、お出かけください。
(事前の参加申し込みが必要です)

日程と場所:8月3日(日) 
        慈恵会医科大 西新橋キャンパス
      (本館中央講堂、及び1号館5階講堂)
      (最寄駅:御成門駅、神谷駅、新橋駅など)

内容:  10時半~ ①失語症意思疎通支援の講習会
      13時半~ ②公開シンポジウム 「脳卒中・失語症」

一日通して参加しても、どちらかだけに参加しても良いそうです。
お申込、お問合せは ラジオNIKKEI「日曜患者学校」係あて
    (TEL) 03-6205-7810  (FAX) 03-6205-7808

参加申し込みの場合は、以下の点をお伝え下さい
 (1) お名前
 (2) ①、②のどちらに参加するのか、或いは両方参加するのか
 (3) 所属団体、またはお住まいの地域
 (4) 連絡先
 (5) 車いすの有無


色んな方の色んな立場からのお話を聞けそうですね!










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一か月も
前の話になってしまいますが、65日のNHK クローズアップ現代で、中高年に広がる麻薬汚染が取り上げられ、その中で日本には相談できる場所がない、という指摘がされていました。

麻薬の恐ろしさを改めてかみしめながら、その一方で、相談できる場所がないのは麻薬患者だけではありませ~~ん!!と叫びたくなりました。

そうです、失語症の人にだって、相談できる場所が必要です。残念ながら、失語症という障害はまだまだ一般的に知られていません。だから、突然「あなたは失語症です」と言われた人とその家族は、まず、「それって何???どんなもの??治療法は?これからどうなるの??」と数えきれないくらいの疑問が湧いて、不安に駆られます。症状や治療法については、言語聴覚士の先生に食い下がって聞くことができますが、それだけでは、生活していく上での不安はぬぐえません。

お役所は、積極的に手を差し伸べてはくれません。どんな支援・援助でも申請が必要ですが、事前申請でなければならない、とか、収入がいくらまで、とか、細かい条件があって、なかなか判りにくいのが実情です。中には、「とにかく、まずは身障者手帳を取らなければ!」ということがわかるまで、役所に数回通った、という人もいます。

失語症です、と言われた瞬間の、何も知らない白紙の状態では、何を聞くべきなのか、さえわからないんですよね。現状では、リハビリについては病院、経済的な支援や生活の便宜を図るための援助については市町村の役場、介護保険については。。。。。。などと、色んなところへ聴きに行かなければなりませんし、どこへ行っても断片的な情報しか得られません。「じゃあ、具体的にどうしたらいいのか」そんな疑問にはなかなか答えが見つからないのです。そんな失語症者と家族のために、失語症相談センターのようなものがあるといいのに・・・・と切実に思います。欧米にはある、という話を聞いたことがあります。うらやましい・・・



失語症とは何か、から始まり、リハビリに関する情報、日常の過ごし方、公的支援・援助の受け方、仲間との交流の場についての情報提供、など失語症に関することは何でも聞きに行ける場所。その人と家族の状況を踏まえて、最良と思われる方法、こんなことも考えられるという選択肢を教えてくれる場所が欲しい、と思います。おぼろげながらでも、これからの過ごし方、生活のめどが見えてくるような相談場所があれば、と思います。

出来れば、障害を受けた人の辛さ、家族の辛さ、それぞれを受け止めて、ゆっくり話を聞いてもらえる場所でもあるといいなあ。う~~~ん、それって理想的!

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3回にわたって紹介した報告書の中には、失語症者とその家族の切実な声がつまっていて、失語症者が普通に生活することがいかに大変なことか、改めてひしひしと感じました。

家族に頼らず、一人の自立した大人として生活出来るようになりたい、それが失語症の方の切実な願いだと思います。それには、たくさんの支援や施策が必要ですが、ここでは意思疎通支援者について、考えたいと思います。

報告書にもあった要約筆記は、文字を介した失語症者への支援として、例えば講演会や会議の場などでは大変有効な手段だと思います。しかも、着手しやすい支援だと思います。既存の要約筆記者の制度を活用できるからです。

但し、現在の一般的な要約筆記の方法は失語症者にはわかりにくいものです。よっかいち失語症友の会でも、以前要約筆記を利用していましたが、会長と要約筆記者との間で何度もやり取りをして、試行錯誤をしてもらっていました。

 ①文章で書かない。 ②要点をまとめて簡潔に、単語で。

 ③矢印なども用いて一目でわかるように。

こういった、失語症の特性に合わせた要約筆記を習得してもらえるよう、カリキュラムの追加などを早急に具体化してほしいです。

 

それに加えて、言葉を介した支援も重要です。

私が理想だと思っているのは、個人に対して派遣するだけでなく、失語症の方の行き先に、それぞれそういう専門職がいて、訪れた失語症の方のサポートをしていただくことです。特に、医療機関、デイサービス、就労支援施設には常駐してほしい。それから役所、金融機関や駅などにも配置していただきたい。

もちろん、個人的に派遣してもらって、行きたいところに同伴してもらうのも良いのですが、個人派遣を受けるための様々な手続きや、日程の連絡などは、失語症の人にはとても難しい。だったら、行く先々に支援者がいてくれれば、そんな手続きもいらず、思いついた時に出掛けても行った先で支援が受けられるではありませんか!


専門職の養成・派遣/配置までには何年もかかるでしょうが、それまでにも出来ることはあります。様々な機関で失語症者と向き合う可能性のある担当者に、失語症の特徴と対応法の研修を受けて頂き、日々の対応に生かしていただくことです。

失語症者への対応と言っても、基本は、相手の言いたいことを、慌てずせかさず、しっかり確認しながら聞き出す、ということです。それを心がけて頂けるだけで、失語症者の「利用しやすさ」は、格段に良くなると思います。それは、とりもなおさず、社会的弱者の声に耳を傾ける、ということです。

そして、弱者の声をしっかり聴くことのできる社会は、障害者のみならず、外国人やその他のどんな人にも優しい社会になるに違いありません。

そういう社会を目指したいと切に願っています。

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このアンケートは、失語症のみを対象にしたものではありませんが、ここでは失語症関連の回答をまとめます。

失語症の人は、意思を表すことも、他の人の意思を理解することも共に困難ですが、伝えたい思いが強く、心理的ストレスや挫折感が強い人がたくさんおられます。意思を伝える際に使える補助具(イラストなど)は、あまり使われていないようです。

また、家族の付添・支援がなければ、最低限の社会参加さえ成り立たない場合が多く、家族の負担が大きくなっていることがわかりました。

さらに、レストランのメニューに写真を使ったり、駅などでわかりやすいイラストなどを使う、といった工夫もしてほしいという意見がありました。

 

報告書では、まとめとして、以下の点を挙げています。

①意思疎通困難者への法制度が進みつつあることを当事者に知っていただき、その意見を聴きながら今後必要な支援、援助者に関する施策の整備へ進んでいくべき。

②言語訓練は、言葉以外の代償手段の活用も含めて他者とのコミュニケーションが取れるようになること、また失語症者の生活上の問題を解決することを、大きな目的の一つとすべきである。代償手段の開発も重要である。

③意思疎通支援者

 個別支援としても、全体支援としても、要約筆記者による支援は現実的である。ただし、失語症者にわかりやすい要約筆記を行うためには、その特性に合わせるための追加講習などを行う必要がある。

④記号・イラストによる掲示の促進

 医療機関、公的機関、交通機関や飲食店、商業施設などで、絵文字やイラスト、写真などを用いたわかりやすい掲示を行うことは、他の障害者や外国人にも利用しやすいユニバーサルデザイン化と言える。

⑤復職(就職)・復学(進学)支援

⑥医療・福祉・介護職者が、意思疎通困難者の特性と対応を学ぶことで、家族の介助がなくてもそれらの施設が利用できるようにすべき。

⑦日常の、或いは災害などの際に、意思疎通困難者も正確な情報が得られるような、働きかけが必要。

⑧当事者団体との協力と、それらの団体への支援

⑨意思疎通困難者への支援は急務であり、早く取り掛かれることから取り組んでいくことが必要である。

 

 障害者総合支援法によると、意思疎通支援者の養成・派遣は都道府県の地域生活支援事業の一つと位置づけられています。しかし今のところ、ろうあの方以外の「意思疎通が困難な障害者」に対する支援者の制度は確立されていません。障害の特性に合わせた知識と援助法を身に着けた意思疎通支援者の養成が急務です。
 政府も、ようやくそういう認識を持つようになり、具体的にどのような支援者が必要で、そのためにはどんなカリキュラムでの養成が必要か、という調査をしようと動き出したのです。
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このアンケートを通じて、失語症になった人たちは、会社の会議(-77%)、地域の講演会(-56%)、趣味の会(-50%)、同窓会(-43%)やなどへの参加が著しく減少していることがわかりました。つまり、失語症の人は、仕事や趣味、友人関係のすべてにおいて、今まで築いてきた人とのつながりを保つのが難しくなるということです。参加出来るのは、主にデイサービスや失語症者の集まりですが、医療現場やデイサービスなどでさえ、失語症に対する理解や配慮が足りず、当事者が放置されているという実態も報告されています。

また裁判などでは、自分の主張ができないことで著しく不利な立場にたたされる可能性があることが、人権にかかわる重大な問題として指摘されていました。

その解決策として、要約筆記や会話パートナーのような形の支援が挙げられていました。

 

 失語症の原因は、脳の言語野の障害ですから、会議などへの参加が難しいことは容易に想像できると思います。例えば、良く知らない外国語で開かれる会議や集まりに参加して、内容を理解したり、発言することが出来るかどうか想像してみてください。・・・・・内容が理解できなければ、参加する意義って感じられないですよね。それどころか疎外感を感じ、もう参加したくない、と思うかもしれません。

失語症の人は、ちょっとした連絡事項も、他の人と同じスピードで理解することはできません。また、友人とのにぎやかなおしゃべりも、スピードについていけず、何を話しているのか理解できないとしたら、その場にいることそのものが苦痛に感じられるかもしれません。発症前は、当然のようにみんなに交じって参加していたのですから、そのショックはいかばかりでしょうか?

 

こうやって、失語症の人は、仕事でも、友人関係でも消極的になって、家に閉じこもりがちです。また、窓口の人の話が理解できないため、一人では様々な手続きをすることができず、家族に説明してもらったり、決めてもらったりすることが多いようです。

このように、失語症の人は、自分のことを自分で考えて決め、自分で実行する、という当たり前のことが難しく、また、何をするにも家族の援助が必要で、「社会の一員として生きる」ことが困難なのです。

 

失語症であっても、他人と関わりあいながら生きていける社会にするためには、何が必要なのでしょうか?

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