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2017-03-05 12:40:18

石田三成と笠岡 【再表示2016年6月30日のブログ】

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2016年6月30日掲載したfacebookページを再表示します

 

石田三成と笠岡
ETV「知恵泉」で関ヶ原の戦いを取り上げ、石田三成のその後について語っていました。
次々に知る史実に驚きました。
京都・六条河原で斬首されたこと。「‥‥‥」
その首は、三条大橋のたもとに晒されたこと。「‥‥‥」
大徳寺・三玄院の住職が徳川幕府に供養を願い出で墓を設けたこと。「ウーム」
明治40年に京都大学が墓を発掘調査した結果、石田三成は身長156㎝と解ったこと。「へーッ」

番組の終わりに最大の驚きが待ってました。
石田三成家系図が画面に映し出されて、ナレーションが流れました。

曰く「石田三成には七人の子供(娘五人と息子二人)が有り、
長男・重家は出家して僧侶となり90歳の長寿を全うした。
次男・八郎は備中・笠岡村で農業に従事し土地の庄屋として暮らし
長らく石田三成の子孫であることを世に伏せて暮らしていた。」
「うっわー!」直系の子孫は関ヶ原の後、笠岡で暮らしていた。

歴史が突然、身近になりました。

▼豊池美術店ホームページはこちら
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2017-03-04 21:28:39

石田三成末裔に関するFacebook効果!

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本日、見ず知らずの方から突然に電話を頂戴しました。
「そちらのfacebookで以前に拝見したのですが石田三成さんの末裔の方が住んでいらしゃる地域は笠岡のどの辺りでしょうか?」
聞かれて、こちらが驚きました。
電話の様子では、遠くからそれに関してわざわざ笠岡をお訪ね頂いたようでした。ありがたいことです。
そして、豊池美術店のfacebookを見て頂いている方が確かにいらっしゃるのだなぁと嬉しくなりました。
「これもなにかのご縁」と屡々使われる言葉ですが、人はご縁で繋がっているのだなぁと想いました。

石田三成さんの末裔に関しては、
「2016/6/30石田三成と笠岡」として掲載しました。


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2017-02-25 11:46:26

怪物の正体!

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新聞記事を見て謎が解けました。
1月17日のブログに記した真黒の大きな怪物の正体が判明しました。
JR西日本にお目見えする「トワイライトエクスプレス瑞風」でした。
豊池美術店の前に停車している時は、黒くマスキングしていましたが、公開されたのは深緑色です。
腑に落ちて、すっきりしました。

 

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2017-02-11 19:13:46

大原焼と民芸運動

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里庄町図書館で、里庄町文化協会・事務局長の佐藤健治氏を紹介して頂きました。
佐藤氏にお目に掛かると、「自分よりも大原焼について語る事の出来る方の処へご一緒いたしましょう。」と小野康郎氏宅にお連れ戴きました。
小野氏は僅かに残る大原焼陶工の一人です。
折しも大原焼の「羽釜」を制作していました。
テレビで電気炊飯ジャーのCMで「羽釜で焚いた美味しいご飯のよう‥‥」と謳っていた羽釜とはこれだな!と嬉しくなりました。
人は便利さと引き換えに何かを無くし文化は変遷して行くのだなと感じました。
小野さんはにこやかにお話しして頂きましたが、「ええもんが残るためには、あんたらみたいな道具屋さんが頑張ってもらわにゃならんでェ~。」と語られ「はい。」と答えました。
里庄町が制作した書籍「大原焼」もお見せいただきました。
昭和28年(1953年)に柳宗悦・バーナードリーチ・濱田庄司・河井寛次郎が来窯と記されていました。
その折に大原焼陶工を交えて座談会がもたれたと記録されています。
座談会の後に、「話はよいが、ついて行けない。」(大原焼陶工・小野正光氏)との意見も有ったようです。
時代と生活様式の急激な変化に大原焼は市場から姿を消して行きました。
そのような状況の中でも、このたび僕が目にした大原焼風呂釜のように心に残るものが在ります。
それを次代に伝えて行くのは、我々道具屋しかないと想いました。

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2017-02-10 12:53:15

大原焼 里庄町歴史民俗資料館

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大原焼の風呂釜を詳しく調査する為に里庄町歴史民俗資料館に行きました。
入館と同時に目に飛び込んできたのが大原焼の風呂釜でした。
大興奮です。スマホで写真を撮らせていただきました。
ガラスケースに入っていたので、光が反射していますがほぼ同じ形の風呂釜です。
かつて、大原焼を制作していた長老にお聞きしましたところ「大原焼は主に日常の生活雑器(焙烙・火消壺・ご飯を炊く羽釜・台所のくど)などを制作し茶道具は稀にしか造られてい無い。」と語られました。
愈々貴重な作品である事が判明しました。
大原焼は里庄町里見の大原地区で焼かれていた焼き物です。最盛期には備前焼の1.5倍の規模で広く他の地域にもシェアを持つ産業でした。
現在ではその名を知る人も少ない状況です。この度は大原焼の風呂釜をきっかけにちょっとタイムトラベルして来ました。
解らないことが解った時の充実感は嬉しいものです。
館内を拝見すると遠い記憶に母が使っていたような生活用具を展示していました。
里庄町歴史民俗資料館は第一日曜日・第三日曜日に開館しています。

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