2011-08-25 18:26:08
支那そば
テーマ:ブログ幼心に「支那そば」を覚えています。
昭和30年代から50年代に、笠岡には「斉藤」と云う小さな店があり、その暖簾には「支那そば」と染め抜いていました。
今、その店は伝説になりました。
鶏スープの調理で、チャーシューは豚ではなく鶏でした。
「斉藤」では「支那そば」だけを出し、メニューは「大」と「小」の二つだけ。
昼食時には表で何組も立って待っていました。
一般市民も政治家、役人も同じように並んでいました。
やがて、テレビの普及で笠岡でも「支那そば」を「中華そば」と呼ぶようになりました。
「斉藤」は店主の高齢化と笠岡市区画整理事業の推進により、惜しまれながら店を閉じました。
10数年前から「斉藤」の味を忘れられない人々によって多くの店が次々に営業を始めています。
いろいろな店で食べてみましたが、「斉藤」の「支那そば」とは違います。
現在、その数々のお店は「笠岡ラーメン」と称しています。
NHK「ゆうどきネットワーク」の全国放送でも取り上げました。
「支那そば」が懐かしい。幼い時から馴染んだ味は身体が記憶しています。






