2011-08-06 08:58:21
原爆の日
テーマ:ブログ8月6日になると母は、「ピカドンの日は暑かった。」と毎年言っていました。
広島の人は原爆の事をピカドンと呼びます。
ピカッと光ってドンと落ちたからピカドンです。
祖母はピカドンの落ちた日、広島市内に在った赤十字病院で看護婦をしていました。
被爆して生涯にわたり、腕にガラスの破片が入ったままでした。
原爆の後遺症から喘息を患っていました。
それなのに私が可愛くてしょうがなくて、いつも背負ってくれていました。
母は足が弱い子に育つと、背負う事を祖母に対して嗜めていました。
それでも祖母は母に隠れて、僕を背負ってくれていました。
このような事を記憶しているのですから、かなり後年まで背負ってくれていたと想います。
祖母の背中で聞いた「ゼ-ッ ゼ-ッ」と言う、しんどそうな息遣いを覚えています。
「ピカドンの日は暑かった。」と今年も母の声が聞こえます。
祖母の息遣いを想い出します。






