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「武るる 日本全国の武将と城の旅。ときどき観光とグルメ」お城めぐりの旅、
岩村城攻めの際、総大将の織田信忠が陣を敷いた場所、「大将陣」を紹介します。
武田勝頼vs織田信長、「信長怒涛の甲州征伐~勝頼滅びへの道」史跡めぐりの旅ともリンクしていますので、よろしくお願いします。

史跡名ゆかりの武将住所
大将陣織田信忠、織田信長、秋山信友、おつやの方、武田勝頼岐阜県恵那市岩村町大将陣
誤字やリンク切れ等がございましたら、コメントにてお知らせくださいますよう、よろしくお願いいたしますm(_ _ )m
スマホで地図が表示されない場合、再読み込みすると表示されるようです。
大将陣は岩村城を望める小高い丘にあります。
くるまr駐車場はありません。

天正3年(1575年)5月、長篠の戦いで武田の騎馬隊を破ると、織田信長は子・信忠を総大将とし岩村城の奪取を命じます。
岩村城主は武田の将・秋山信友で、その妻・おつやの方(信長の叔母)は敵方に寝返り城を明け渡した上に結婚をし、幼い城主の坊丸(信長の5男)を府中(甲府)に人質に送ってしまったのですから、信長の怒りモードは凄まじかったことでしょう。

信忠は岩村城が見える高台の丘に陣を敷き、采配を振るいます。
途中、武田勝頼が救援に動いたとの報があり、織田信長も京から岐阜へと移動しますが、勝頼の援軍が到着する前の11月に岩村城は落城しました。
城の攻防戦は5ヶ月あまりにもおよびました。

総大将・織田信忠、「大将陣」に布陣
その際に総大将の織田信忠が陣を敷き、采配を振るった地が「大将陣」です。
「大将陣」は小高い丘にありますが、要害なような感はなく、あまり大勢が詰められる感じでもありませんでした。
開発でかなり地形も変えられているでしょうが、一番高い所に総大将の信忠が陣を敷き、その周辺に家臣が陣を敷いたと思われます。


senran_iwamura_taisyou03
大将陣全景。
小高い丘(丘というほどでもない?)にあります。
でも高台にあります。



senran_iwamura_taisyou04
一応、公園になってます。
ちょっとした広場といった感じでしょうか。



senran_iwamura_taisyou02
陣への虎口。
ちょっとは砦らしい雰囲気。



senran_iwamura_taisyou01
削平された感はあります。



senran_iwamura_taisyou05
大将陣から見る岩村城。
この景色を信忠も見ていたんですね(^ε^)


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