ラスト

テーマ:
三年前、広島に転勤した
不本意な転勤だった
三年後、また転勤で福岡に戻った
それもまた不本意だった
転勤時の事情が事情だったので、そうそう簡単には帰れないと思っていたから転勤するならいっそよそがいいと会社には伝えていた
ところが、私と入れ替わりで広島から福岡に転勤した人が、恋愛トラブルで精神的に参ってしまったために温情人事で(私ではなく彼のため)再度入れ替わることに
が、いろいろあって彼は職場に復活できずにフェードアウトし、私はなし崩しに広島と福岡の両方の仕事をしている
広島での三年で肥えた体は、この三カ月で転勤前にほぼ戻った

この三年間、ヨガの、実際に体を動かす練習は惨憺たるものだった

が、私の頭の中には常に、いま、自分は自分自身でいるだろうかという問いが渦巻いていた
答えはでず、混乱と痛みがつきまとっていた三年間だった

私生活では自分の力ではどうにもならない壁に阻まれ、途方にくれ、一時は荒れた
この一年は全体的には穏やかだったが、問題は以前残り、その解決は自力ではできない
そのおかげで逆に、心の落ち着きは取り戻した気がする

一方で仕事の方はもやもやと
三年前のトラブルの後遺症はない気がするのだが、自分の仕事そのものに先が見えない
私生活と合わせて、もやもやとする

もやもやしているが、考える
私はいま、自分自身でいるだろうかと
引っ越しのお陰で、再び、そして盛大に、私は自分の根っこを探っている

それがしっかりつかめれば、嵐のような人生でも、ただ歩くように生きていけるように思う

三年間、それまでやっていたことをことごとく中断し、足踏みしていたが、それはそれで必要な中断だったと感じる
この三年間、吐き出すためだけに書いていたこのブログだが、その役目は終わらせていいかなと
で、もう一つのブログをちゃんと再起動させようかなと

さよなら、アメブロ
ありがとう、広島

でも今週は出張で広島だったりする(笑

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一考察

テーマ:
ケータイだネットだとつながるツールは山ほどあるくせに人様に連絡しないタチなので、親密な関係の人間にすら寂しがらせたり心配させたり不安にさせたりすることが多々ある。
手紙も書かない、年賀状も出さない。
いや昔は書いていた。20代のころまではやっていた。まめに連絡もしていた。
でも結構それって、自分の性格からしたら無理しているよなーとか、自分のことを気にしてほしいというか、いわゆる自己顕示欲からでてるよなー、と思いいたってから、ふっつりやめた。
連絡しないと、この世の誰かが私のことを心配したりする、という発想はそこにはなかった。
その意味で、私は相当な自己中心的な人間である。
同時に、自己評価が低い人間でもある。
その傾向はいまでも対して変わっていないが、連絡しなくても、一番大事な時には連絡を取り合う親友がおり、連絡しないと心配して時に叱られるが温かく見守ろうと努力してくれるヒトもいる。

最近気づいたのだが、確かに私は一人でいることがものすごく好きな人間だが、一人が好きなのと、一人が寂しいという感情は、無理なく同時に存在するのだ。
連絡もせず、一人で休日をすごし、「寂しい」という言葉は頭の中にも胸の内にも浮かばないが、そのヒトと会えば、自分が実は寂しく相手のことを恋しく思っていたことに気づく。
ふっと体の力が抜ける。胸の緊張が解ける。なんだか涙が出る。勝手に笑みがこぼれる。
時には心より体の方が正直だ。

一人でいることが好きだ。ひとりで行動することが好きだ。自分の身の始末だけ考えることが好きだ。
でも、いま、たぶん寂しいのだろう。
たぶん、会いたいのだろう。
頭にも浮かばず行動にも現れないが、きっとそうなのだと経験から知っている。
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故障中

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ここ3週間ほど、肩が壊れている。
14年近い年月、内勤・パソコン・残業生活・・・
とくれば、当然肩こりだの背中や首のこわばりは職業病。
30過ぎてヨガを始めた動機の一つはこの肩こり対策でもあった。
ヨガを数年していたからといって、別に肩こりが極端に楽になっていたわけではない。
ないがしかし、この1年ヨガをしない生活を送ったのちに発見した。
ヨガをしていたから、ここまでもったのだと。
1年なにもしなかったら、あっというまに体は岩のようになった。

右腕を上にあげると肩に激痛。
右腕を後ろにやると肩に激痛。
ヨガを再開するも、痛みは引くどころか日に日に強くなる。
ついにネックレスもつけられなくなって整骨院にいったら、若い、おぎやはぎのでっかい方によく似た先生に、肩・背中のあまりのこわばりに驚かれる。
鎖骨周辺と肩のこわばりが尋常ではなく、肩関節がずれてこすれているための激痛だという。

通院のおかげで今は痛みは軽くなり、右肩の稼働域も普通の肩こり並みに近くはなった。
なったら今度は左肩のこわばりも実は尋常ではないことに体が気づく。
まだまだ整骨院通いは続きそうだ。
これはもはや、労災ではなかろうか?(笑)

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