なぜ男性ファッション誌『smart』は売れているのか(前編) | Red Bird  GAZO TAIRYO HP

なぜ男性ファッション誌『smart』は売れているのか(前編)

Business Media 誠 10月14日(金)16時33分配信

なぜ男性ファッション誌『smart』は売れているのか(前編)
『smart』9月号
 「雑誌が売れない」と言われるようになってから、もう何年くらい経っただろうか。ひょっとしたら若い世代にとっては、雑誌が売れていた時代があったことすら知らないかもしれない。

【画像:AKB48を表紙に起用した『smart』2011年11月号とその付録、ほか】

 出版業界に逆風が吹き荒れる中、その風をものともしない雑誌がある。そのひとつが男性ファッション誌の『smart』(宝島社)である。販売部数はこの3年で1.5倍増の24万部。日本ABC協会によると、販売部数は男性ファッション誌分野2位の『MEN'S NON・NO』(14万部)を大きく引き離している。

 「男性ファッション誌は本屋で立ち読みすることはあるけど、買ったことはないなあ」という人も多いかもしれない。それなのに、なぜ『smart』は販売部数を伸ばし続けているのか。そのナゾを解き明かすべく、太田智之編集長に迫った。聞き手は、Business Media 誠編集部の土肥義則。

●100万部を目指す

土肥:太田編集長、雑誌が売れていますね。販売部数を3年で1.5倍も伸ばすなんて、もう“お金を刷っている”といった感覚になるのではないでしょうか(笑)。

太田:いえいえ、そこまでは……。今は24万部ですが、雑誌も工夫次第で100万部のヒット商品になるのではと思っています。

土肥:えっ、100万部!? 100万部といえば『週刊現代』(52万部)と『週刊ポスト』(45万部)を足しても、まだ足りない数字ですよ(日本雑誌協会調べ)。ちなみに男性ファッション誌で、100万部を超えた雑誌ってあるんですか?

太田:たぶん、ないですね。ただ、弊社の女性ファッション誌『sweet(スウィート)』は100万部を販売していますし、今はアイドルのCDがミリオンセラーになる時代。男性雑誌も工夫次第で、100万部を超えるのではないでしょうか。

土肥:なるほど。今日は「なぜ『smart』が売れているのか」――。そのナゾに迫っていきたいと思っているのですが、その前にどんな雑誌かを紹介していただけますか?

太田:分かりました。『smart』は1995年に創刊しました。当時は原宿の一部で起きている現象……いわゆる“裏原宿”を取り上げていました。

 今ではファストファッションなどがあり、誰でもオシャレが気軽に簡単にできる時代。しかし当時は今と違って洋服の情報が少なく、裏原宿で次々にブランドが立ち上がっていました。その服を並んで購入している人たちがたくさんいたことに注目しました。そして、裏原宿で起きている情報を中心に取り上げていましたね。

 読者は裏原宿で売っているブランドをどのようにすれば手にできるのか、といった情報を求めていました。今と違って、服に関する情報に飢えていたんでしょうね。

●読者はファッションが好きなのか

土肥:太田さんが編集長になられたのは、2009年の3月。『smart』の販売部数が伸び始めたころですが、編集長に就任されてまずどのような点に注目されましたか?

太田:まず「読者は本当にファッションが好きなのか?」といった前提を疑うことが大切だと思いました。

土肥:えっ!? でもファッション誌なので、読者が服に興味を持つのは当たり前なのでは……。

太田:もちろん多くの読者は服に興味を持っています。でもそこに編集者が陥りやすいワナが潜んでいるんです。それは「自分たちの読者はファッションだけが大好き」と決めつけること。「自分たちの読者はこうだ」と思いこむのはファッション誌だけでなく、そのほかのジャンルでも見られるのではないでしょうか。

 また「専門誌」と呼ばれている雑誌は、のきなみ苦戦しています。男性ファッション誌をファッション専門誌と捉えるならば、同じ専門誌に携わる者としては「このままでは売れなくなってしまうかもしれない……」という危機感がありました。

 『smart』のコア読者は15~25歳。また30代の人にも読んでいただいているので「この世代の男性はどういったものに興味があるのか」といったことを考えました。編集部で議論していると、携帯電話、ゲーム、アイドルなどのキーワードが浮かび上がりました。そこで1つの雑誌の中に、読者が“引っかかる”ものをなるべく多く取り上げていこう、ということになりました。

土肥:『smart』を読んでいると、アイドルがたくさん出てきますよね。ページによっては、男性ファッション誌ではないみたい。

太田:「男性ファッション誌はこうだ」という前提をくつがえすのは、かなり勇気がいりました。しかし「ウチの読者はファッションだけに興味がある」というのは、編集者の乱暴な推測なのではないでしょうか。もちろん編集者のカンといったものも大切なのですが、推測ばかりだと読者の興味と乖離していくかもしれません。

土肥:ここに他社の男性ファッション誌が並んでいます。他誌の表紙は男性タレントを起用しているのに、『smart』はAKB48。しかもAKB48が掲載されている表紙は、9カ月連続とか(2011年11月号現在)。

太田:表紙については2009年から、ほとんど女性を起用していますね。もちろん男性タレントを起用するのが、ダメというわけではありません。ただ表紙の男性タレントが着ている服に、読者はかなり左右されてしまいます。例えば黒のスーツにネクタイ……となれば、そうした着こなしを好まない人にはなかなか雑誌を手にとってくれなくなります。

土肥:巨人の原監督インタビューを掲載している号もあります(2011年7月号)。スポーツ誌にプロ野球の監督インタビューを掲載するのは当たり前ですが、ファッション誌に載せるのは珍しいのでは?

太田:ですね。しかもシーズン中に掲載したので、読者も驚かれたのではないでしょうか。でも原監督のインタビュー記事を掲載することで、これまで『smart』を手に取ってくれなかった巨人ファンにも読んでいただけるようになりました。

 多くの男性はいつもファッションのことばかりを考えているわけではありません。女の子も好きだし、ゲームも好き。スポーツが好きな人もいれば、アートが好きな人もいる。先ほども申しあげましたが、「読者はファッションだけが好き」という前提を疑いながら、雑誌を作っています。

●編集者が陥りやすいワナ

土肥:お話を聞いていると、AKB48を表紙に起用したり、巨人の原監督インタビューを掲載したり、新しい読者の獲得に力を入れているように感じますね。

画像:AKB48を表紙に起用した『smart』2011年11月号
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1110/14/news022.html

太田:月刊誌は1年に12冊発行されますが、ここでも編集者が陥りやすいワナがあると思うんです。「ウチの読者は毎号読んでくれている」という思い込みですね。しかし「A君は毎月『smart』を買ってくれている」と思い込んでしまうと、編集者は繰り返すことに恐怖を感じてしまいます。例えば同じ人が出ていたり、同ジャンルの企画を掲載することに。

土肥:やがて同じことを避け始めるということですか?

太田:そうです。この恐怖に取り付かれると、避けて、避けて、避けてしまう。避けてばかりいると、その結果、できた企画の中身はスカスカになりがち。編集部では「もちろん毎号買っていただいている読者もいますが、全読者が12冊すべてを読んでいるのが当たり前ではない」という前提に立ち、企画を練り上げています。

 裏原宿がブームだったころに比べ、今の男性は「まず一番に服がほしい」という気持ちが弱くなっているかもしれません。しかし、その代わりに腕時計、靴、カバンなどに興味を持っている人が増えてきています。

 服はリーズナブルなものを装い、腕時計は高級なものをつける。腕時計だけでなく、靴やカバンにもお金をかける男性が増えてきました。

 編集部では「若い男性の間で、腕時計が注目されている!」という仮説を立て、腕時計の特集を今年は7回も行いました。

土肥:避けることをせず、同じことを繰り返したわけですね。

太田:編集者の立場からすると「年に7回も腕時計の特集を組んでいると、読者はあきてしまうのでは……」と不安になります。しかし考えてみると、その不安に根拠はないんですよ。私は読者が読みたい企画であれば、繰り返し同じ企画を組んだ方がいいと思っています。

 腕時計の特集を何度も行っていると、いろいろな“気づき”があります。例えば、今の若い男性は高級な時計からリーズナブルな時計まで、どっちも欲しいという人が多い。これはアンケートからもうかがえましたし、読者調査でも同じ結果が出ました。

土肥:へー。

太田:読者は本当にファッションだけが大好きなのか――。読者は本当に毎号読んでくれているのか――。この2つの前提を疑うことから、雑誌作りが始まっているといった感じです。

土肥:その結果、他の男性ファッション誌と違うモノができあがったというわけですね。

太田:もちろん毎号購入していただいている読者もたくさんいるので、既存読者を大切にしたコンテンツも作ります。と同時に「今月号の特集は面白そうだから、買ってみよう」と新しい読者が増えるようなコンテンツにも力を入れています。

 最新号(11月号)では、SDN48が人気つけ麺店のラーメンを食べるという企画を立てました。

土肥:つけ麺とSDN48? 男性ファッション誌なのにつけ麺ですか?

太田:Twitterのクラスタを調べてみると、つけ麺好きはたくさんいるんですよ。この特集を読んだ人は「悪乗りしているなあ」と感じるかもしれませんが、結果、テレビやスポーツ紙にも取り上げられました。面白いものと面白いものを編集して、新しい市場を生みだすのも編集の力だと思います。

 また市場というものを重視しますね。編集者の中には「自分はこの洋服が嫌いだから掲載しない」という人がいます。例えば渋谷で流行している服があるのに「嫌いだから……」という理由だけで掲載しない。

 しかし読者からすれば、“編集者の好み”というのはどーでもいいことなのかもしれません。今、どんなことが流行しているのか。それを雑誌に取り込むことはできないだろうか。そんなことばかり考えていますね。

(後編、10月18日掲載予定)

[土肥義則,Business Media 誠]