シンシアリーのブログ

ようこそいらっしゃいました。私はシンシアリーと申します。ブログや書籍などで韓国の反日思想を論じています。韓国人でありながら、変わった形での活動になりますが、出来る限りのことを尽くしたいと思います。


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韓国は、慰安婦を「異論ができない性奴隷」だとしています。

じゃ、1951年の韓国の人たちは、「慰安婦」という言葉に対してどんなイメージを持っていたのでしょうか。


当時、「米軍慰安婦」という言葉はまだありませんでした。1951年はまだ朝鮮戦争中で、いわゆる「基地村(朴正熙大統領が整備した米軍相手の売春街)」ができるずっと前のことです。


この時期に韓国に残っているインフラは、どこから来たのでしょうか。言うまでもなく、併合時代から残っていた有形無形のシステムでしょう。





所謂「日本軍慰安婦」というものが1945年まであったなら、1951年の人々が慰安婦という存在に対して持っている認識は、1945年でも1951年でも、そう変わっていないはずでしょう。


その1951年に東亜日報が慰安婦についてどういう認識を持っていたのか。それは、いまでは考えることもできない「税金をちゃんと払うようにしよう」です。






記事は1951年4月15日のもので、「通貨収縮にもっと頑張れ」という題です。

「国連軍関連で様々な形でお金が動いている。それに対してちゃんと課税すべきだ」という趣旨のものです。

そのために記事は、「国連軍関係費用でもっとも所得を得ているのは誰か」を指摘しています。

記事では「土木請負業社がもっとも得をしている」とし、

「その後が国連軍キャンプ周辺の慰安婦、洗濯所、皮革製品などの販売業者など」をあげ、彼らはちゃんと記録を残さない分、帳簿を無視しての課税も必要ではないだろうか、としています。



<・・・例えば慰安婦の所得はほとんどが化粧品店や洋装店に集中していてここに贅沢品税や特別行為税を加えているがその税率が低過ぎで・・・・営業及び事業所得に大胆な税を強行すべきであり・・・>





当時の記録から、いろんなものが見えてきます。

もし1951年の慰安婦たちの処遇が、併合時代の慰安婦と「劇的に変わっている」なら、用語そのものが変わっているはずです。

韓国で「慰安婦」という言葉が特別な意味を持つようになったのは、1992年になって吉田清治氏の告白(笑)関連で慰安婦問題が騒がしくなってからです。



65年前の慰安婦に対する韓国の認識、それは「ちゃんと課税しよう」でしかなかったのです。













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なんで「拝啓」なのかは本の終章あたりで・・





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