シンシアリーのブログ

ようこそいらっしゃいました。私はシンシアリーと申します。ブログや書籍などで韓国の反日思想を論じています。韓国人でありながら、変わった形での活動になりますが、出来る限りのことを尽くしたいと思います。


テーマ:





韓国語でファンチョン(黄泉)をフェンソン(横線)とタイプミスした結果、おかしな誤変換がありました。修正済みです。




最近の本ブログのテーマの一つに、「共有削除記カチカンガー」(価値観が~)というのがあります。「正統戦隊ワカランジャー」の後番組です(笑


日本の「和」と、韓国の「ハン(恨)」は、決して共存できない価値観であると、本ブログでは今まで何度も書いてきました。

反の日本語読みが「ハン」ということから、「反の国」という皮肉もいろいろ書きました。読者の皆さんならご存知でしょう。



価値観を語るにおいて、必然的に書かないといけないものが、「あの世」に関する概念です。

今日は、韓国人の「死」の価値観について書いてみたいと思います。





韓国の諺に「犬の糞だらけでもこの世がいい」というのがあります。元々は「雖臥馬糞 此生可願(馬の糞ばかりでもこの暮らしを望むよ)」という中国の諺が起源だと言われています。たとえいくら苦労しても、死ぬよりはいい、という意味です。表現が汚いのはともかく、この死にたくないという感覚は、誰にも同じでありましょう。

ただ、死は、いつかは誰にも訪れます。

その時、どんな反応を見せるのか。



韓国の全羅南道の莞島(ワンド)、古くから伝わるサンヨッソリを一つ紹介します。

働いてばかりだったのに、もう行けというの。行けないよ。悔しくて行けないよ

韓国では、遺体を墓場まで運ぶ棺輿をサンヨ(喪輿)といいます。サンヨッソリは、サンヨを運びながら歌う一種の葬送曲です。

悲しいというより、恐ろしいですね。悔しい、悔しい、悔しくてこの世を去ることができない。国が違いますがジャパニーズホラーみたいな雰囲気です。

当たり前ですが、これは死んだ人が歌うわけではありません。遺体を運ぶ人たちが歌うものです。自分たちが死んだ人の立場になって、「悔しくて行けない」と歌います。ひょっとすると、これは死んだ人ではなく、自分自身の処遇を歌っているのかもしれません。

さて、「行く」というからには、あの世という考え方は確かにあったみたいですが、それは「別の世」というのではなく、「終わり」に近い感覚なのがわかります。


今を生きる韓国人が「伝統」と呼んでいるもののほとんどが儒教関連です。

外国ではどうなのかわかりません。儒教と別の宗教との考え方の融合(混乱とも言いますが)もあったでしょうし、長い歴史の中、いろいろ教え方も教えられ方も変わったのでしょう。

しかし韓国では、「黒韓史」にも書きましたが、朝鮮時代になって儒教による「独裁」が続きました。仏教すらも、排斥されました。

それから民族主義が強まり民族宗教というものが流行り、キリスト教が繁栄しましたが、それでも儒教思想は宗教というよりは思想という存在として、韓国人の精神の中に刻まれています。



週末、ある儒教団体の「書院」に行ってきました。あれこれ見物してから、関係者(どう見ても関係者に見えました)にちょっと聞いてみました。

「儒教でも、来世観を持っているのでしょうか」

「ありません」

「はい?」

「儒教では来世はありません。だから儒教ではなく、儒学と言ったほうがいいと思います」

「黄泉への道とか、そういう話をよく耳にしますが」

「孟子がそれを引用したことはありますが、元々黄泉、韓国では黄泉(への)道とよく言いますけど、それは儒学の概念ではありません」

「有名人が取り上げて話題になった、とw」

「そういうことそういうことww それから韓国の儒学者たちが、あの世というものを説明するために無理矢理黄泉を持ち出すようになって、ウリナラで黄泉が有名になっただけです」

「じゃ、儒教・・儒学では、あの世というのは存在しない、と」

「人が死ねば、タマシイが別の所に行くという考え方はあります。でも、それは別の世界ではありません」

「じゃ、どこに行くのですか?(ネタの核心に迫るシンシアリー記者)」

「ホンベック(魂魄)という言葉をご存知ですか」

「あ、はい」

魂魄は、韓国で「タマシイ」を表現する言葉として有名です。お化け映画などでよく出てきます。

「人には魂魄というものがあって、人が死ぬと、魂魄は魂と魄に分離されます。魄は体と共にお墓に残ります。魂は、体から出てくるので、祠堂を作って、そこにいらっしゃるようにしないといけません」



確か、プロテスタントだった頃、「人には霊と魂がある。魂は他の生き物にもあるけど、霊があるのは人間だけ。だから、霊を持たない動物は、死んでも天国に行けない」と聞いたことがあります。似ているような似てないような。


「先、話しましたけど、黄泉とか、そんな考え方と混ざって、魄が(墓場に留まるのではなく)あの世へ行くと考える人たちもいました。しかし、元々儒教にはあの世という概念は無いのです」


そういえば、弟子が孔子に「死ってなんでしょうか」と聞くと、孔子は「生も知らないのに死を知ってるわけないだろう」と答えたそうです。頓智な返事だな・・という気もしますが、本当に知らなかった(持論がなかった)のではないでしょうか?





いろいろありがとうございました、と帰路につきましたが、Cちゃん(車)の中で、あれこれ考えてみました。


最近は祠堂を作る人はいませんが、そういう考え方なら、どうして儒教がここまで墓を大事にするのか、分かる気もします。

結局、死んだ先祖の「死後」は、その子孫にかかっているという意味になります。


子孫が大きなお墓を作り、立派な祠堂を作り、ちゃんと祭祀を捧げたりすると、先祖の魂も幸せになれる、と。子孫は繁栄することが、そのまま先祖の死後の繁栄である、と。


憎しみのあまり、死んだ人の墓を荒らしたり、汚物を撒いたりするのも、そういう考え方から来ているのでしょうか。





貴族ならそれでいいかもしれませんが、非支配階級の人たち、儒教という「上か下か」しか知らない世界で「下」として生きなければならなかった人たちは、どうだったのでしょうか。

子供は自分自身と同じ身分で生まれ、同じ仕事をし、死ぬしかありません。それじゃ、死んでもなお、生きている時よりマシな暮らしなど、出きっこないに決まっています。


「悔しい。このままじゃ行けない。どこにも行きたくない」・・悔しすぎで永遠に赦せないという「恨(ハン)」の民族、韓国人。ひょっとすると、「死」という摂理すらも、赦すことができなかったのでしょうね。








靖国神社問題と繋がっているような気もします。あいつらは悪党なのに、大きな祠堂で楽している、と。よく位牌がどうとか言ってますし。



ホスピス(治せない病気の末期ケアを行う施設)で大勢の人たちの死を目にし、その姿から感じ取った感動や教訓を著書にまとめてきた苦痛緩和専門医アイラ・バイオク(Ira Byock)さん。

彼は「The Four Things That Matter Most(もっとも重要な四つの言葉)」で、私たちの人生でもっとも大事な四つの言葉を紹介しています。

・私を赦してください

・貴方を赦します

・ありがとうございます

・愛しています




それができないんじゃ、生きても死んでも安らぎは得られそうにないですね。






以下、偶然見つけたものですが、内容が合ってるようで追記しておきます。2013年7月4日ハンギョレ新聞のコラムより部分引用です。


<・・まずすべきことは、死に対する価値観を確立することである。韓国人は、他の国の人々に比べて死をタブー視し、これに対する悩みが不足しているという。

最近『終焉準備』という本を出版した梨花女子大学国際大学院韓国学部のチェ・ジュンシク教授は、「韓国人は来世観が無い儒教の影響で、死を準備しようとする心構えが不足し、精神より物質を追求する傾向が強い」、「若い時から死について勉強し、悩むことで、人生をどのように生きるべきかについても気づくことになる」と述べた。

多くの人々が死を否定して回避する反応を見せるけど、体が健康なうちに「良い死」とはどのようなものであり、どのように自分の死を迎えるべきかを考えておくほうがいいだろう。・・>


http://media.daum.net/culture/others/newsview?newsid=20130704152008583



そういえば、イギリスだったかな?こんな言葉がありますね。

<子供が生まれたら犬を飼いなさい。

子供が赤ん坊の時、子供の良き守り手となるでしょう。

子供が幼年期の時、子供の良き遊び相手となるでしょう。

子供が少年期の時、子供の良き理解者となるでしょう。

そして子供が青年になった時、自らの死をもって子供に命の尊さを教えるでしょう。>


・・・若くして死について考えることは、重すぎるのも事実ですが、人生観の成立には必要かもしれませんね。




※ちょっと補足です

・最近は葬送曲を謳いながらサンヨを運ぶ風習はほとんど無くなりました。

・葬式場では「哭(慟哭)」といって、アイゴーアイゴーと大きな声で泣き叫ぶのが当然で、泣き叫ぶ「フリ」でもするのが礼儀みたいになっていました。さすがに昔ほどではありませんが、この風習は今でも残っています。他にも韓国では「泣き叫ぶ」が何かの慰めみたいになっていて、慰安婦象の近くでこのようなパフォーマンスをする人もいました。

・輪廻、転生などの考え方も韓国にもあります。ただ、風習などに反映されているとは思えません。

・キリスト教では天国地獄の二元論的な「あの世」観が一般的です。いくらいい人でもイエスを信じないと天国には行けないと教えています。カトリックには煉獄という考え方もあるそうです。

・韓国で言う「黄泉」は、日本のヨミノクニではなく、多分中国でいう黄泉のことだと思います。多分、日本に漢字が入ってきて、「ヨミ」を「黄泉」と書く(充てる)ようになっただけでは?と思います。漢字表記が同じなだけで、中身は別物です。中国の黄泉って確か地下世界だったような・・韓国では一般的に「あの世」という意味でよく使われています。



そんなところかな・・・


じゃ、次のエントリー行きます。






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